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      <title>隔数日刊─Daily Bullshit</title>
      <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/</link>
      <description>日々の戯れ言の掃き溜めですな。なるべく毎日更新したいが……。</description>
      <language>en</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Thu, 26 Jan 2012 22:22:23 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>共和党の４人──米大統領選挙基礎講座、みたいなもん</title>
         <description><![CDATA[<p>アメリカではここ連日、共和党の大統領候補指名争いの模様がニュースになっています。しかしいったい誰が本命なのか、いずれの候補も今ひとつ決め手に欠いて、アメリカにいてもよくわからないから日本では尚更でしょう。</p>

<p>米大統領選挙というのは基本的に２大政党である共和党と民主党の間で争われます。かつてのロス・ペローのように第３の政党候補が注目されることもありますが今回はその動きはありません。いまは現職の民主党オバマ大統領に対抗する候補を、誰に一本化しようか共和党が決めている段階です。これが予備選挙と呼ばれ、夏までに正式決定しますが、普通はもっと前の３月、つまり再来月ですね、多くの州で一度に予備選が行われるスーパー・チューズデイと呼ばれる決戦の火曜日（今回は３月６日）で大勢が決まると言われています。でも、今回はどうなんでしょうね。</p>

<p>というのも、いま注目されている４人の共和党候補は共和党の支持層を層ごとに縦割りしているような人たちばかりで、党全体をまとめるような突出した大物がいないのです。</p>

<p>共和党はオバマさんの民主党に比べて保守派です。アメリカの保守派というのは宗教における保守派と、政治における保守派の２つがあります。その２つともアメリカの建国の歴史に深く関わっています。</p>

<p>アメリカはキリスト教徒が作った国です。それも本国イギリスのキリスト教が堕落したと言って飛び出してきた厳格なプロテスタントたち、清教徒（ピューリタン）と呼ばれる人たちです。</p>

<p>この人たちにとって、人生は聖書が拠り所です。新大陸に渡り、西へ西へと開拓が始まったときも移住したその土地に作ったものはまずは教会でした。そこが公民館であり娯楽場であり学校であり政治の場でもあったのです。</p>

<p>こんな人たちを支持層にしているのがリック・サントラム候補です。この人は妊娠している女性が中絶するのはどんな理由があってもダメ、ましてや同性結婚などもってのほか、というキリスト教原理主義者です。宗教に対する考え方が違う日本人から見ると、なんだかものすごく頭がおかしくさえ見えます。</p>

<p>もう１つ、アメリカはそんな人たちが自分たちで作った国です。便宜上、議会や政府や裁判所なんかを作っていますが、それはあくまで調整役であって、この国の主人公は自分たちだという自負を持っています。そこでは自助努力こそがモットーであり、政府は余計なことはしなくてよい。そこから生まれるのが「小さな政府論」。この極端な形を標榜しているのがロン・ポール候補です。彼は徹底して「他人のことに口を挟むな」主義。福祉政策など不要、さらには外国に戦争に行ったりするなんてことも無駄なお世話だと言い切ります。</p>

<p>さて、その中間でキョロキョロしているのが穏健派と称されるミット・ロムニー候補です。前者２人に比べて、この人は「極端ではない」ということで支持と選挙資金を集めています。マサチューセッツ州知事で投資会社の経営者でもありましたから失業に悩む米国社会の経済政策も改善してくれるのではという期待もあります。共和党のもう１つの支持層であるビジネス界や富裕層からも、「落ち着きどころ」としての期待を集めている、といったところです。</p>

<p>ただ、その投資会社時代の大量解雇などの経営実態や、超高額所得のわりには税金を15％しか納めていないなどの金持ちぶりなども明らかになってきて、逆風も吹いています。州知事時代に彼が作った健康保険制度もまるでオバマの医療保険と同じで社会主義的だと攻められてもいます。おまけに彼のマサチューセッツ州というのは同性婚を認めた全米で最初の州だったのです。これも共和党らしからぬ、と不評。そこを突かれると言を左右するというか、いまは反対だと言ったりしてしどろもどろになったりするのです。</p>

<p>共和党の支持層の最後は、とにかく民主党が嫌いという勇ましい人たちです。この人たちの受け皿が1999年に政界を引退したはずのニュート・ギングリッチ候補です。この人は若い頃から連邦下院で鳴らした政治家で、クリントン政権時代は舌鋒鋭い野党の論客でした。というかケンカ口調が上手いんです。そう、宗教的、政治的保守派と続いて、最後はとどのつまりジェンダー的保守派、男性主義のショービニストなのですね。マイノリティに優しい民主党は、男らしくないと毛嫌いする人たち。</p>

<p>この人、がんで入院中の最初の奥さんを「大統領夫人になるには若さと美しさに欠ける」と言って離婚しちゃって不倫相手だった若い女性と結婚しちゃった人です。さらにはその奥さんのときにも不倫をしていてまた離婚、その10日後にまたその不倫相手と結婚した。それが現夫人です。まあ、この人を支持する人たちはそんなことはあまり気にしない人たちばかりですが、アメリカには西部劇時代から続くこういう保守的男性主義がいまもかっこいいと思っている人たちがけっこういるということでしょう。</p>

<p>頭の変な宗教右翼、頑固一徹の小さな政府論者、中途半端な穏健派、そして凶暴な男性主義者──この４人がいま、互いのアラをつついてとにかく指名争いでトップに立とうとしている。まあ、おそらく資金的な面からも今後はロムニーとギングリッチの２人へと絞られてゆくでしょうが、いまのところ、それが次の大統領を狙う共和党の現状です。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2012/01/post_387.html</link>
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         <category>時事問題・アメリカ</category>
         <pubDate>Thu, 26 Jan 2012 22:22:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>新年に考えること</title>
         <description><![CDATA[<p>子供のころはおとなになったらわかると言われつづけてきましたが、おとなになってわかったことは、おとなになってもいろんな答えがわかるわけではないということでした。にもかかわらず、疑問の数は以前より確実に多くなっているような気さえします。</p>

<p>昨年末からずっと考えているのは民主主義のことです。アラブの春も、99％の占拠運動のアメリカの秋も、根は民主主義に関わることです。でもそこに１つ大きな誤解があります。それは、民主主義になれば自分の思っていることがきっと実現するという誤解です。</p>

<p>民主主義は、何かを実現するにはおそらく最も非効率的な制度だと思います。なぜなら、民主主義とは、何かをやるためではなく、何かをやらせないための制度だからです。</p>

<p>それは「牽制」の政体です。「抑制」の政体と言ってもいい。様々な歴史がある個人や集団の暴走で傷ついてきました。そのうちに傷つけられてきた「みんな」こそが歴史の主役なのだという考え方が広がってきました。そこでそのみんなで、付託した「権力」の独善や独断や独裁や独走を許さない仕組みを作っていった。それが民主制度でした。</p>

<p>ところが民主制度になると、何かを実行するにもいちいち特定の集団の利益や不利益に結びつかないかとかみんな（＝議会）で検証しなくてはなりません。ものすごく面倒くさいし時間もかってまどろっこしいことこの上ない。<br />
　<br />
「アラブの春」で指導者を放逐した「みんな」は、これから民主的な政体ができると期待しているのでしょうが、心配はなにせそういうシチ面倒くさい仕組みですから、直ちに現れない変化に業を煮やしてまたぞろ過激な原理主義思想が台頭してくることです。</p>

<p>アラブに限ったことではありません。イギリスやイタリアでの若者たちの暴動も、ウォール街占拠運動も、世界はいま、急激に変質する経済や社会の動きに対応し切れていないこの民主制度の回りくどさに、辟易し始めているのではないか？</p>

<p>冒頭に、疑問は多くなる一方なのに答えはわからないままだと書きました。世の中は情報や物流や金融が世界規模でつながることでとても複雑になってきています。ギリシャの債務が日本のどこか片田舎の農家の借金に関係してくる。いままで「風が吹けば桶屋が儲かる」噺を笑い話にしていましたが、いまやそれは冗談ではなくなっているのです。なのにその論理の飛躍をより緻密な論理で埋めつつ理解する能力を、人間はいまだ持ち得ていない。これからだって持てる理由もありません。それは私たちの処理能力を越えているようにさえ思えます。</p>

<p>そんなときに「風」と「桶屋」との間を快刀乱麻で切り捨てる人物が魅力的に見えてきます。先の大阪市長選挙での橋下徹市長の誕生は、きっとそうした「みんな」のもどかしさを背景にしています。暴れん坊将軍や水戸黄門といっしょです。しち面倒くさい手間を省いて１時間で悪者を退治してくれるのです。そして「みんな」は、世直しなんぞにあまり努力する必要もなく楽に暮らせるわけです。</p>

<p>めでたしめでたし？　いえ、この話はところがここでは終わりません。なぜなら、フセインもカダフィもムバラクもサーレハもみな当初は暴れん坊将軍や黄門様と同じくみんなの英雄として登場してきたからです。しかし権力は堕落する。絶対的な権力は絶対的に堕落します。独占的な権力は独占的に堕落し、阿呆な権力は阿呆なくらいに堕落する。そうして「切り捨てられる」余計として、また「みんな」が虐げられるのです。</p>

<p>民主主義の中から登場したものたちが、その民主主義を切り捨てるような手法でしか政治を断行できないと判断するようになる。それは自己否定であり自己矛盾です。これは民主主義の、いったいどういう皮肉でしょうか？　その答えを、私はずっと考えています。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2012/01/post_386.html</link>
         <guid>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2012/01/post_386.html</guid>
         <category>時事問題・国際</category>
         <pubDate>Tue, 10 Jan 2012 04:43:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>新年に考えること</title>
         <description><![CDATA[<p>子供のころはおとなになったらわかると言われつづけてきましたが、おとなになってわかったことは、おとなになってもいろんな答えがわかるわけではないということでした。にもかかわらず、疑問の数は以前より確実に多くなっているような気さえします。</p>

<p>昨年末からずっと考えているのは民主主義のことです。アラブの春も、99％の占拠運動のアメリカの秋も、根は民主主義に関わることです。でもそこに１つ大きな誤解があります。それは、民主主義になれば自分の思っていることがきっと実現するという誤解です。</p>

<p>民主主義は、何かを実現するにはおそらく最も非効率的な制度だと思います。なぜなら、民主主義とは、何かをやるためではなく、何かをやらせないための制度だからです。</p>

<p>それは「牽制」の政体です。「抑制」の政体と言ってもいい。様々な歴史がある個人や集団の暴走で傷ついてきました。そのうちに傷つけられてきた「みんな」こそが歴史の主役なのだという考え方が広がってきました。そこでそのみんなで、付託した「権力」の独善や独断や独裁や独走を許さない仕組みを作っていった。それが民主制度でした。</p>

<p>ところが民主制度になると、何かを実行するにもいちいち特定の集団の利益や不利益に結びつかないかとかみんな（＝議会）で検証しなくてはなりません。ものすごく面倒くさいし時間もかってまどろっこしいことこの上ない。<br />
　<br />
「アラブの春」で指導者を放逐した「みんな」は、これから民主的な政体ができると期待しているのでしょうが、心配はなにせそういうシチ面倒くさい仕組みですから、直ちに現れない変化に業を煮やしてまたぞろ過激な原理主義思想が台頭してくることです。</p>

<p>アラブに限ったことではありません。イギリスやイタリアでの若者たちの暴動も、ウォール街占拠運動も、世界はいま、急激に変質する経済や社会の動きに対応し切れていないこの民主制度の回りくどさに、辟易し始めているのではないか？</p>

<p>冒頭に、疑問は多くなる一方なのに答えはわからないままだと書きました。世の中は情報や物流や金融が世界規模でつながることでとても複雑になってきています。ギリシャの債務が日本のどこか片田舎の農家の借金に関係してくる。いままで「風が吹けば桶屋が儲かる」噺を笑い話にしていましたが、いまやそれは冗談ではなくなっているのです。なのにその論理の飛躍をより緻密な論理で埋めつつ理解する能力を、人間はいまだ持ち得ていない。これからだって持てる理由もありません。それは私たちの処理能力を越えているようにさえ思えます。</p>

<p>そんなときに「風」と「桶屋」との間を快刀乱麻で切り捨てる人物が魅力的に見えてきます。先の大阪市長選挙での橋下徹市長の誕生は、きっとそうした「みんな」のもどかしさを背景にしています。暴れん坊将軍や水戸黄門といっしょです。しち面倒くさい手間を省いて１時間で悪者を退治してくれるのです。そして「みんな」は、世直しなんぞにあまり努力する必要もなく楽に暮らせるわけです。</p>

<p>めでたしめでたし？　いえ、この話はところがここでは終わりません。なぜなら、フセインもカダフィもムバラクもサーレハもみな当初は暴れん坊将軍や黄門様と同じくみんなの英雄として登場してきたからです。しかし権力は堕落する。絶対的な権力は絶対的に堕落します。独占的な権力は独占的に堕落し、阿呆な権力は阿呆なくらいに堕落する。そうして「切り捨てられる」余計として、また「みんな」が虐げられるのです。</p>

<p>民主主義の中から登場したものたちが、その民主主義を切り捨てるような手法でしか政治を断行できないと判断するようになる。それは自己否定であり自己矛盾です。これは民主主義の、いったいどういう皮肉でしょうか？　その答えを、私はずっと考えています。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2012/01/post_385.html</link>
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         <category>時事問題・国際</category>
         <pubDate>Tue, 10 Jan 2012 04:43:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>捏造された戦争のあとで</title>
         <description><![CDATA[<p>先日の野田首相の東電福島第１「冷温停止状態」宣言を聞いていて、なにかどこかで同じ気分になったことがあるなあと思ったら、ジョージ・W・ブッシュが2003年、イラク開戦50日ほどで空母リンカーンの上に降り立って行った「任務完了（Mission Accomplished）」の演説でした。これからの問題が山積しているのに任務が達成されたなんて、バカじゃないかってみんな唖然としたものです。そして彼はその後、史上最低の大統領の１人に数えられるようになりました。</p>

<p>ブッシュのその任務完了宣言から８年有余経った12月14日、オバマ大統領が米軍の完全撤退をやっと発表しました。クリスマスの11日前でした。</p>

<p>クリスマスというのは家族が集まる１年の〆の大イベントです。このタイミングでの発表は、実際にクリスマスに帰国できるかは別にしてとても象徴的なことです。その後ろにはもちろん今年11月の大統領選挙のことがあります。共和党の候補指名争いの乱戦というか混乱というか、ほんとくだらないエキセントリズムの応酬のあいだに、オバマは着々と失地を回復しているようにも見えます。失業率は若干ながら改善し、議会では給与減税法案の延長を拒んだ下院共和党に怒りの演説をしてみせて翌日には明らかに渋面の共和党の下院議長ベイナーから妥協を引き出しました。イラク撤退もオバマの成果になるでしょう。戦争の終わり方は難しい。とくにブッシュの始めた「勝利」のない戦争を終わらせることは、尚更です。</p>

<p>たしかに今も米兵が反政府派の攻撃にさらされているアフガニスタンに比べると、イラクはまだマシに見えます。しかし撤退後は米軍というタガがはずれて治安は悪化するでしょう。事実、12月22日には早くもバグダッドで連続爆弾テロがあり60人以上が死亡しました。政権が空中分解する恐れもまだ色濃く残っているのです。</p>

<p>さまざまな意味で、イラク戦争は新しい戦争でした。そもそも発端が誤った大量破壊兵器情報による「予防的先制攻撃」でした。ブッシュ政権は同時に9.11テロとイラクの関連付けも命じていました。イラク戦争はつまり捏造された戦争だったのです。</p>

<p>他にも、戦争の末端で多く民間の軍事請負企業が協力していることも明らかになりました。ブラックウォーターという軍事警備会社が公的な軍隊のように振る舞い、実際米軍とともに作戦を遂行していました。さらにはその途中の2007年9月17日、バグダッド市民に対する無差別17人射殺事件まで起こしたのです。ブラックウォーターはこの年、悪名をぬぐい去るかのように社名を“Xe”（ズィー）に変更、さらには今月には名称を"Academi"（アカデミー）というさらに何の変哲もないものに再変更して、すでに新たに国務省やCIAと２億5000万ドルの業務請負契約を結んでいるのです。</p>

<p>一方で、ウィキリークスが公開した、ロイターのカメラマンら2人を含む12人の死者を出した<a href="http://www.youtube.com/watch?v=5k2cluTc7Uk" target="_blank">2007年の米軍ヘリによるイラク民間人銃撃事件</a>は衝撃的でした。ウィキリークスには米陸軍上等兵のブラッドリー・マニングの数十万点に及ぶ米外交文書漏洩もあり、これも従来なかった戦争への異議の形でした。</p>

<p>マニングはいま軍法会議にかけられ、終身刑か死刑の判決を下されようとしています。米軍の検察側の言い分は「ウィキリークスに重要情報を漏洩したことでアルカイダ側がそれを知ることになった。従ってこれは敵を利する裏切り行為だ」というものです。それはすべての戦争ジャーナリズムを犯罪行為に陥れる可能性を持つ論理です。どんな隠された情報も、公開することで敵に知れるわけですから。そこに良心の内部告発者は存在しようがありません。国家が間違いを犯していると信じたとき、私たちはそれをどう止めることができるのでしょうか？</p>

<p>大手メディアは一様に米国側の死者が約4500人、イラク側の死者は10万人と報じていますが、英国の医療誌Lancetは実際のイラク市民の死者は60万人を超えるだろうと記しています。実際の死者数は永遠に誰にも明らかになることはないでしょうが、米国側の公式推定である10万人という数字ではないと私は思っています。</p>

<p>そしていま米軍が撤退しても、例の民間の軍事請負業者はだいたい16000人もまだイラクに残るそうです。戦争の民営化から、戦後処理の民営化です。こうしてイラクの管轄は米軍から米国務省（外務省に相当）に移ります。バグダッドの米国大使館は世界最大の大使館なのです。そんな中、“戦後復興”に向けてすでに多くの欧米投資銀行関係者がイラクを訪れていることを英フィナンシャル・タイムズが報道していました。将来的に金の生る木になるだろう国家再建事業と石油取引の契約に先鞭を付けたいのです。</p>

<p>イラクはまだ解決していません。お隣イランでは核開発疑惑でイスラエルや米軍がまた予防的に施設攻撃をするのではないかと懸念されています。そしてアジアでは金正日死亡に伴う北朝鮮の体制移譲。そのすべてが米国の大統領選挙の動向とも結びついてきます。</p>

<p>2012年はあまり容易ではない年になりそうです。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/12/post_384.html</link>
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         <category>時事問題・アメリカ</category>
         <pubDate>Sat, 24 Dec 2011 23:30:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>沖縄を「犯す」</title>
         <description><![CDATA[<p>７週間ほどどっぷり日本に浸かってきました。おかげさまで私の翻訳したブロードウェイ・ミュージカル「ロック・オブ・エイジズ」は西川貴教さん、川平慈英さんほかキャスト・バンド・スタッフのみなさんの奮闘で東京、大阪、北九州と無事に公演を終えることができました。よかったよかった。</p>

<p>またいろいろと美味しいものも食べてきましたが、ところで本日の話題はまた沖縄の話です。</p>

<p>日本にいて楽なのは、なんとなくふうわりと過ごすことができるところです。換言すればすべてを言わずとも通じるところ。逆に居心地の悪さもまた、すべてを言わないから論理が通じないところです。そしてその意味の通じなさ／おかしさを言論メディアまでもが黙過しているので、居心地の悪さはいつかイライラに嵩じてしまう。</p>

<p>今回もそんなことがありました。沖縄防衛局長が米軍普天間飛行場の辺野古移設に関する環境影響評価書の遅れについて「（女性を）犯す前に犯すとは言わない」という比喩を使って更迭されました。そのことに関するメディアの論調がどうも表面的で片手落ちだったのです（ちなみに、「片手落ち」は片手のない人への揶揄とは関係ない語源を持つ言葉ですからね）。</p>

<p>確かに「犯す前に犯すとは言わない」とは、こりゃ非道い言い方です。女性の人権無視も甚だしい。野田さんも「女性や沖縄の方々を傷つけ不愉快な思いをさせ申し訳ない」と謝罪しましたから、更迭の理由はその表現方法なんでしょう。</p>

<p>でも、それはとてもおかしな理由付けです。</p>

<p>環境アセスは、これが出たら一応下調べも済んだということで次に工事へと進みます。つまり「工事」を「やる」という宣言にもなります。防衛局長はこの「工事」を「犯る」と言い換えた。問題の核心はここです。</p>

<p>つまり辺野古移設は沖縄を「犯す」＝蹂躙する行為だと彼は（図らずも？）示唆した。それは沖縄県民の過半数が思っていることでもあります。だから辺野古移設も反対だし、米軍基地という「犯す」主体が丸ごといなくなってほしいとも願っています。</p>

<p>もしこれが当の沖縄県民の発言だったら、自虐的ではあるがそれ以外に表現しようのない事として問題にはならなかったでしょう。それは発言者の「当事者性」というものです。</p>

<p>ならば防衛局長は沖縄県民の代弁者として「本当の事」を言ったのか？　本当の事だが政府は違う立場に立っている。発言はそれに反する。だから更迭したのだ──この場合は沖縄の代弁者たるこの局長の更迭に、沖縄県民は怒って然るべき、という見方も出てきます。</p>

<p>一方で、逆にこの沖縄防衛局長の人柄がとんでもないという場合もありましょう。本当に女性蔑視の男性至上主義者なのかもしれません。同じような発言の前歴もあるイヤな奴で、だから報道メディアもオフレコ発言とはいえ横紙破りを承知の上で今回ついに問題にしたのかもしれない。</p>

<p>それを指摘しつつ、では実際にこのオフレコ発言を最初に記事にした琉球新報の編集局長談話を見てみましょう。彼は掲載理由をこう記します。「人権感覚を著しく欠く発言であり、今の政府の沖縄に対する施策の在り方を象徴する内容でもある」。なるほど、私が前段で指摘したような、あまり踏み込んだ見方も説明もしていません。新聞メディアとしてはまあそこまで触れる必要もないでしょうし。しかし明らかに、局長はここで問題は２つあると併記しています。「人権感覚を著しく欠く発言」とそれに象徴される「今の政府の沖縄に対する施策の在り方」。</p>

<p>そう、２つです。でも、政府謝罪にはその後者がすっぽりと抜け落ちている。「女性や沖縄の方々を傷つけ不愉快な思いをさせ」たという野田さんの謝罪は前者に対するものだけであり、むしろより重く本質的な後者＝沖縄施策の非人間性、から視線を逸らさせる詭弁なのです。政府はまさに、また黙って気づかれないように沖縄を「犯そう」としているのです。</p>

<p>そういえば以前も同じようなことがありましたね。「福島＝死の町」発言。これも「福島の人に不快感を与えた」から辞任。以前にも<a href="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/09/post_377.html" target="_blank">このブログ</a>で指摘しましたが、問題の核心は福島が実際に死の町であるという事実です。言葉尻の問題ではない。</p>

<p>自民党時代も民主党政権になってからも、政治家と官僚がこういう表面的な言い換えで問題の本質をごまかすのは変わっていません。次は４年間上げないと言っていた消費税の引き上げを、どういう理由でごまかすのかを見ているとよいでしょう。<br />
</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/12/post_383.html</link>
         <guid>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/12/post_383.html</guid>
         <category>ジャーナリズム/マスメディア</category>
         <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 17:47:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>モヤモヤの向かう先</title>
         <description><![CDATA[<p>とにかくなんだか楽しいのです。サマーキャンプとか昔のウッドストックとかのノリです。日中はひっきりなしに音楽をやっているし、公園中央では寄付されたBBQチキンやビザやサラダやリンゴやチョコバーなどをビュッフェ形式で無料配布しています。体がなまればヨガを教えてくれたり、別の一角ではずらっと古本が並べられて段ボール紙に手書きでライブラリーとあります。</p>

<p><img alt="music.jpg" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/music.jpg" width="536" height="401" /></p>

<p><img alt="yoga.jpg" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/yoga.jpg" width="536" height="401" /><br />
ヨガやコンサートなどのアトラクションも用意されている</p>

<p>あちこちで演説をしている人もいます。でも拡声器の使用が禁止されているので周囲の人がその人の言った言葉を繰り返し、それがだんだん外側へとウェーブのように伝搬される人間拡声器のシステムを作り上げてしまいました。面白いでしょ？　夜にはその人間拡声器で総会が開かれ、みんなで次のデモの日程を決めたりします。自分の意見を言いたい人はそのときにも発言できます。次の行動の情報をツイッターなどで世界中に伝えるチームや、メディア班や医療班、清掃班まで組織されています。生ゴミをコンポストで堆肥にしようという声も上がり、それを実践するチームが環境保護派を軸に編成されもしています。</p>

<p><img alt="compost.jpg" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/compost.jpg" width="536" height="401" /></p>

<p><br />
この「ウォール街を占拠しよう」運動に、わが国の総領事館が「ウオール街及びその周辺への不要不急な訪問は避ける」とのお達しを出していますが、アメリカを知るなら、私はこれは不要不急な訪問、つまり御用とお急ぎのない人こそぜひあそこ、ズコッティ公園まで出向いて見といた方がよいと思います。</p>

<p>たしかに何をどうしろと言うのか今ひとつ判然としないところがあります。「１％の人間が99％の私たちを支配している」というのがスローガンの１つ。確かに米国では上位１％の富裕層がこの国の富の25％をも独占しています。貧困は６人に１人にまで拡大し、20～24歳の失業率は15％近い。学費が毎年４万ドルもかかるのに、大学を卒業しても就職できずにローンだけが残るのです。そういった格差社会への抗議なのですが、そこには反戦のプラカードも環境保護や国民医療保険の訴えもあります。</p>

<p>50年平和運動をやっているという「Granny Peace Brigade（おばあちゃん平和旅団）」のジョーン・ブルームさん（72）は「昔はベトナムとか問題は１つに絞れたのに、今はいろんな問題がぜんぶ複雑に絡んでいて、そのすべての根源がウォール街ってことなのかしらね」と話してくれましたが、その指摘はけっこう当たっているかもしれません。高度の金融支配に対する漠たるながらも明確な異議申し立て。諸悪の根源はわかっているのに、それを具体的にどうすればよいか誰もその手だてがわからないほどに入り組んだ世界。となりでキャロル・ヒューストンさん（80）が「アラブの春がなにかできたんだから、あたしたちにだってなにかできるわよ」と明るく笑っていましたけれど。</p>

<p><img alt="granny.jpg" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/granny.jpg" width="536" height="401" /><br />
おばあちゃん平和旅団のジョーンさん(左)とキャロルさんも公園に日参中</p>

<p><img alt="cards.jpeg" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/cards.jpeg" width="536" height="401" /><br />
思い思いの手書きのプラカードが並ぶ</p>

<p><br />
地方から集まった人たちはそうして300人ほどが野営を続け、家のあるニューヨーカーたちは日々の仕事を終えてから集まったりして、夕刻の公園人口は1000人近くに増えています。</p>

<p>彼らの大部分は明らかにリベラル派です。３年前の大統領選挙ではオバマさんの「チェンジ」の掛け声を支持していた人たちです。しかしこの３年でよい方向にチェンジしたことはあまりない。それどころかサブプライムローンの破綻からリーマンショックに至った後でオバマ大統領が行ったことは、ブッシュ政権のやり方を踏襲した、累計で1900億ドル以上、当時のレートで17兆円以上にもなった金融機関に対する公的資金の注入と救済の継続でした。しかもその間にも金融界は巨額のボーナスをトップに支払っていたのです（契約上、それを支払う以外になかったのですが、そんな契約が世間に理解されるはずはありません）。米国のCEOの平均年俸は一般社員の475倍です。ちなみに日本は11倍ほどですが。</p>

<p>これはとても難しい問題です。ゴールドマン・サックス、バンカメ、AIG……それらを潰すことは大変な社会的打撃をもたらすことになる。Too big to fail. リーマンは潰しましたが（そういえば北海道拓殖銀行もそうでした）、それ以上はまずい。これは究極の選択です。でもそれを許すと、彼らは巨大であることを担保に、ますます巨大になれるのだということです。どちらに転んでもやばい話です。でも、日本の戦後のあの農地解放の時はどうだったのでしょう？　大地主を廃止し、農地を小作農たちに解放した。あのドラスティックな農地改革と、大金融資本の解体とを比較することが間違っているのかどうか、私にはわかりません。でも、できないことではないんじゃないかと思うのです。財閥解体のときはどうだったんでしょう？　もっとも、一国だけそういう巨大金融企業を解体したところで、ただその国の国際競争力が弱くなって他国の食い物になるだけの話なのは素人アタマでもわかります。だから解体も出来ない。</p>

<p><img alt="corpUSA.jpeg" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/corpUSA.jpeg" width="536" height="401" /><br />
ユナイテッド・コーポレーションズ・オブ・アメリカ</p>

<p><br />
アフガン戦争も泥沼、パレスチナ問題では国連の国家承認に拒否権を行使すると表明、オサマ・ビンラーデンやアウラキ師の殺害の超法規性……リベラル派にはいま、オバマさんのカッコいい言辞と実際の行動とがどうもマッチしないことに苛立ちが募っています。このままでは来年の大統領選挙で素直にオバマ再選に動けない。私には、そのどうにもモヤモヤした政治的な衝動が、保守派のティーパーティー運動に対抗する形でこの野営に結集しているような気がするのです。</p>

<p>オバマさんの再選はひとえに、この運動のエネルギーをうまく再度自陣に引き寄せられるかどうかにかかっていると思います。</p>

<p><br />
<img alt="highschool.jpeg" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/highschool.jpeg" width="536" height="401" /><br />
高校生たちもやってきた。「宿題があるから毎日は来れないけど、ここに来ていろんなことを学びたい」とパトリックくん（16）＝右端<br />
</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/10/post_382.html</link>
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         <category>時事問題・アメリカ</category>
         <pubDate>Wed, 12 Oct 2011 17:30:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>野田演説を書いたのはだれだ？</title>
         <description><![CDATA[<p>野田さんの首相としての外交デビューとなった今回の国連ニューヨーク訪問は、私の知る限り欧米メディアは一行もその中身を詳報しませんでした。原子力安全サミットでのスピーチも国連総会での演説も無視。かろうじて野田オバマ会談の内容がAPやAFP電などで型通りに伝えられただけです。</p>

<p>というのも、世界が注目している東電の原子力発電所事故の問題はすでに国会の所信表明などですでに伝えられていた内容だったし、冷温停止を年内に（２週間分だけだけど）前倒しするというのもこれにあわせたかのように細野原発相が直前に話していてすでにニュースではなかったからです。</p>

<p>それでも国連での第一声は震災支援への感謝と東電・福島第一原発事故の謝罪から始まりました。低姿勢なのは国会の所信表明と同じで、話し振りも真面目な人柄を表しているようでした。でも、震災から原発、金融危機回避の協調から、南スーダン国連PKOへの協力、中東やアフリカへの援助や円借款と種々多様なことを網羅して終わってみると、はて、何が言いたかったのか中心テーマが思い起こせない。</p>

<p>これは何なんでしょうか？　問題全般に配慮が行き届き、そつなくすべてに触れておく。どこからも文句の出ようのない及第点の演説テキスト。でも逆に、これだとすべての論点が相対化してしまって、主張も個性も埋没してしまう。なんだか「これもやりました、あれにも触れておきました」みたいな、学生の宿題発表みたいな印象だったのです。</p>

<p>総会演説は特にパレスチナの国家承認を訴えるアッバス議長、それに反対するイスラエルのネタニヤフ首相というアクの強い演説に挟まれて、さらには直後のブータンの仏教的幸福論にも高尚さと穏健さで負けて、これではニュースにしたのが日本からの随行記者たちだけというのも宜なるかな。まるでわざと、あまりニュースにならないように、目立たないように、と仕組んだみたいな演説構成だったのですから。</p>

<p>それを疑ったのが原発問題です。先に訪米した前原さんともども野田さんは「原子力発電の安全性を世界最高水準に高める」として、それを免罪符のように外国への原子力技術の協力や原発輸出を継続する考えもさりげなく表明したのです。でもこれって、欧米メディアで取り上げられていたら批判もかなり予想される発言じゃないですか？</p>

<p>考えても見てください。チェルノブイリ直後のゴルバチョフがそんなことを言っていたら世界はどう反応していたでしょう？　日本国内でだって、立派なはずのどっかの一流料亭が食中毒を起こして、それでも「これを教訓に安全面での最高水準を目指し、ご期待に沿うべく明日からすぐに弁当を売ります」などと言えますか？</p>

<p>だいたい日本の原発ってこれまでだって「世界最高水準の安全性」だったはず。にも関わらずこんな重篤な事故になり、だからこそ原発は危ないという話なのです。野田さんは「現在の放射性物質の放出量はいま事故直後の400万分の１」とさも自慢気でしたが、これだって事故後の放出が１週間で77万テラベクレル（テラは１兆）と天文学的ひどさなのに、それがたかだか400万分の１に減ったからと言って何の意味があるのか。おまけに累積残存放射性物質の問題はまるで片付いていないのですよ。</p>

<p>するってえと、野田演説は、誠実なのは話し振りだけで、肝心なところで実はチラチラとごまかしが仕込まれていたってことになります。しかも問題を指摘されそうな部分はみんな「演説全部をきちんと読んでもらえれば、それだけじゃないことも書いてある」「あくまで安全が徹底された上での話だ」という逃げができるように仕掛けられていました。こんな巧妙な、言質を取られないようにどうとでも読めるような、つまりはとても官僚的な演説を、いったい誰が考えたんでしょうね。</p>

<p>そうしたらこないだの毎日新聞、「野田佳彦首相が就任直後、政権運営について (1) 余計なことは言わない、やらない (2) 派手なことをしない (3) 突出しない、の「三原則」を側近議員らに指示していたことが分かった」と報じていました。これ、まさにそのままこんかいの国連演説にも言えることです。ということは、官僚的ながら、ひょっとすると自分で書いたのかもしれませんね。いやそれにしてもよくでき過ぎています。政権運営についても、だれか知恵のある官僚のアドバイスでもあったんじゃないかと勘ぐりたくもなります。</p>

<p>つまりはこの政権は既定路線からはみだそうとしない、波風立てずに長続きするように、という、ときどき爆発したり突出したりして官僚たちが右往左往した菅さんのときとはまた別の形の、官僚主導政治ってことでしょうか。民主党の拠って立つ政治主導はいったいどこに消えたんでしょうね。そりゃ難しいだろうけどさ。</p>

<p>オバマさんが「I can do business with him」と言ったそうですが、これを「彼とは仕事ができる」と日本語に訳してもちょっと意味が曖昧です。「仕事」っていろいろありますけど、ビジネスというのは、取引、商売のことです。ジョブやワーク（何かを為すため、作り上げるために動くこと）ではない。それもアメリカの企図している事業のための取り引きであって日本の都合は関係ありません。そんなビジネス、取引、契約の相手としてノダはふさわしいというニュアンスが窺えるのです。</p>

<p>選挙を控えて国の内外で問題山積の大統領は、安全牌のはずの日本にまで煩わされたくはない（鳩山さんのときには安全牌だったはずの日本にずいぶんと振り回されましたからね）。野田さんはまさに「米国の仕事上、もう煩う心配のない相手だ」という意味なのでしょう。そういや普天間やTPPでも米国の意向に沿って「宿題を１つひとつ解決していく」と表明していましたっけ。やれやれ。</p>

<p><br />
【追記】というようなことをざっと先日のTBSラジオのdigなんかで話したのですが、途中、国連総会での野田演説がどうしてあの順番になったのか、パレスチナとイスラエルに挟まれてそこでも埋没しちまったみたいで、あれも仕組んだのかなんて勘ぐっちゃいましたが、いやそんなことはありませんでした。国連代表部に電話して訊いたら、そうそう、順番の決め方、思い出しました。あれは王様や大統領なんかの国家元首が最初にずらっと演説をするのですね。それから次に首相クラス、次に外相クラス、となる。</p>

<p>で、アッバスさんはパレスチナの暫定自治政府の大統領ながら、まだ国家として承認されていないので、最初の元首カテゴリーの最後に位置することになった。</p>

<p>次に首相クラスが来ます。ところでその前に、各国から国連事務局に、自国の代表が演説したい時間枠（何日目の午前か午後、という選択）というのを３つ提出するそうです。帰国日程もありますからね。</p>

<p>で、日本は初日は大統領クラスで埋まるので最初からそこの枠は選択せずに、２日目の午前が第１希望、３日目の午前が第２希望、２日目の午後を第３希望として出していました。「午後」というのは、みんな演説が長くなるので深夜になっちゃったりして大変だから午前を優先させたということです。で、結果、３日目の午前、アッバス大統領の後の、首相クラスのトップとして登場した、というわけです。</p>

<p>というか、同じ枠にイスラエルも希望してたんですね。国連事務局はそこで考えた。「パレスチナとイスラエルは同じ問題を話すだろうが、近すぎても刺激的過ぎる。で、そこに同じ枠希望の日本とブータンとをバッファーとして挿入しようと。日本は律儀に真面目な演説をするし15分の持ち時間を大きく越えるような真似もしたことがない。さらにブータンは仏教的平和国家で、緩衝剤としてはうってつけではないか」とまあ、この注釈は私の推測ですが、まあそんなところじゃないかなあ。</p>

<p>おかげでアッバスさんのときには満員だった総会場は野田さんのところでトイレタイムになっちゃって４割くらいまで聴衆は減りました（国連の日本代表部は、国連デビューの野田さんに、この順番なので聴衆は退席するかもしれないけれど、はんぶんも入っているのはいい方なのです、とガッカリしないよう説明していたそうです）。CNNも野田演説の前にカメラをスタジオに切り替えてアッバス演説の分析と解説の時間に使いました。で、次に総会場が映ったのはイスラエルのネタニヤフさんの演説だった、というわけです。あの人、そんなに演説はうまくないんだが、相変わらずドスが利いてましたね。もっとも、パレスチナの国家承認国連加盟に強硬に反対するネタニヤフさんでしたが、最新の世論調査では、69％ものイスラエル国民が「イスラエル政府は国連による独立パレスチナ国家承認を受け入れるべきだ」としているのです。調査はまた、占領地区に住むパレスチナ人の83％がこの国家承認の努力を支持していることも明らかにしています。</p>

<p>潮目は変わってきているのです。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/09/post_381.html</link>
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         <category>時事問題・日本</category>
         <pubDate>Thu, 29 Sep 2011 12:18:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「死の町」</title>
         <description><![CDATA[<p>実際、政治部や政治記者クラブには現役の大臣や首相が気に食わないと言って「絶対に辞めさせてやる」と豪語する“猛者”がいつの時代にも存在します。「産経新聞が初めて下野なう」「民主党さんの思い通りにはさせないぜ」（あ、これは社会部選挙班だったか）とか言ってしまう勘違い土壌が昔から延々と続いているのです。</p>

<p>朝日新聞のサイト（９日18時16分）によれば、鉢呂経産相の「死の町」発言は９日午前の閣議後記者会見で出てきたもので、前後の文脈まで入れると「残念ながら周辺町村の市街地は人っ子ひとりいない、まさに死のまちという形だった。私からももちろんだが、野田首相から『福島の再生なくして、日本の元気な再生はない』と。これを第一の柱に、野田内閣としてやっていくということを、至るところでお話をした。」ということだったそうです。</p>

<p>これがどういう失言なのか、私にはわかりません。</p>

<p>でもそんな「問題」発言をしたから、フジテレビがその前夜にオフレコの囲み取材で出た、放射能をうつしてやる、という旨の発言をも“暴露”して「ほらこんなやつなんです」と視聴者に知らしめた。【追記：そうしたら13日時点でフジテレビの記者、じつはその囲み取材の中にもいなかった、という話が出てきました。最初に報じたフジも伝聞でやっちゃったわけ？　へっ？　そりゃ、なんじゃらほい？】</p>

<p>毎日サイト（10日２時31分）の神保圭作、高橋直純、田中裕之の３記者連名記事によると、この「『不用意』では済まされない発言」で、コメントを求めたフクシマ関係者は一様に「怒りをあらわにし」「あきれた様子だった」とか。産経（10日11時37分）に至っては「人間失格だ」とまで言わせています。</p>

<p>ふむ、百歩譲って「死の町」と表現することが住民たちの愛郷心や帰郷の希望を傷つけたとしましょう。でもだれがどう取り繕おうともフクシマ原発の周囲が現在「死の町」である現実は変わりません。あの、牛舎につながれたまま餓死し、文字どおり骨と皮だけになって累々と畳み重なるように死んでいた牛たち。その責任は「死の町」と呼んだ人にはありません。死の町にしてしまった人にあります。それをまるで「王様は裸だ」と言ってはいけないと、言論の雄たる報道メディアが事実を糊塗してどうするのか。ストロンチウム90やセシウム137を「死の灰」と言ってきたのは、それがまさにそうだからであり、ここを「死の町」と言わなければ、再出発も再興もうつろなごまかしです。</p>

<p>そこを「死の町」にしたのは東電や原発政策です。それらはいまも抜本的な責任を取らずに処分もありません。あれだけの大事故なのに東電には警察の捜査も入っていないんです。報道が責めるべきはそちらでしょう。</p>

<p>おまけに例の「放射能うつす」は毎日の記者への発言とされるものでした。囲み取材でも聞いていない記者がほとんど【前段の追記参照】。なのにフジが報じるや他紙他局もみんな伝聞でこれを記事にした。結果、時事は「放射能つけちゃうぞ」、朝日は「放射能をつけたぞ」、産経は「放射能をうつしてやる」、読売なんか「ほら、放射能」。テレビも「放射能をうつすという趣旨の発言」と濁していました。【追記２：視察から帰ってきて服も着替えていないと愚痴った鉢呂に、どこかの記者の方から「じゃあ、放射能ついてるんじゃないですか」と言われて、それに応じる形で「じゃあつけてやろうか」とすり寄った、という情報まで流通しているそうです。なんともはや……。だから伝言ゲームはダメなのです】</p>

<p>報道記者は、裏の取れない情報は、それがいかに重大でも泣く泣く捨てねばならないのです。もし政治家が図太い嘘つきだったら、言った言わないの水掛け論に持ち込むでしょう。そのときに傷つくのは歴代築き上げてきた報道への信頼です。いや逆に、報道した記者が冒頭の政治記者のようなやつだったらどうするのか？　ジャーナリズムは体制の転換にまで影響を及ぼせます。だからこそ事実に謙虚でなければならないのに、発言の趣旨の確認や裏取りの基本も捨てたこのメディアスクラムは唖然以外の何物でもない。</p>

<p>鉢呂さんは原発慎重派でした。震災後には福島の学校を回ってクーラーをつける手配をしたり子供たちの年間被曝線量を20ミリシーベルトから１ミリに下げるのに尽力しました。大臣就任後はエネルギー審議会に原発慎重派を入れるべきと発言したり、将来の原発ゼロにも言及しました。</p>

<p>こんなに簡単に謝って辞任してしまう人が自説を貫いて官僚や原発推進派と渡り合えたかどうかはおぼつかないですが、日本の政治の機能不全の一因は、いまの政治報道にもあるのは確かでしょう。だいたい、毎日が「『不用意』では済まされない発言」と書いていたあの記事（産経もほとんど同じトーンです）、あれ、書き方が、典型的な作文記事の書き方なのです。筆が主観に走ってる走ってる。質問とその答えのコメントも誘導尋問のにおいがプンプンする。読んでいると、その浅ましさがわかっちゃうんですよね。よい記事は、ああは下品じゃないのです。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/09/post_377.html</link>
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         <category>ジャーナリズム/マスメディア</category>
         <pubDate>Tue, 13 Sep 2011 11:36:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>どぜう総理</title>
         <description><![CDATA[<p>すでに旧聞ですが海江田さんの演説はホントに下手クソでした。「修羅場をくぐって悔しい思いをした私だからできることがある」って言っておきながらそれが何かはパス。テレビからもはっきり「アガって頭の中真っ白」がわかりました。演説でその人の度量の幾ばくかがわかるのだとしたら、こんな人にはだれも投票したくないというレベルでした。</p>

<p>にしても、ドジョウってのもどうなんでしょうか。野田さんの演説も生い立ちだとか昔の話ばかり。とても日本的というか情緒的というか、この期に及んでコレかよという思いを禁じ得ませんでした。だいたい相田みつを的なもので政治を語るなんて、海外配信した外国人記者たちはどう翻訳したんでしょう。<br />
　<br />
いや、数多のファンがいらっしゃる相田センセをここで批判する気はありません。個人的に愛好している分には私が口を挟むスジでもありますまい。ただし、このドジョウも輿石さんを取り込むための布石だったとしたらこの人、けっこうやるかもしれませんね。</p>

<p>それでも、今度の所信表明演説はぜひ国際的にも通用するような言葉で語っていただきたい。なぜならいま放射性物質は日本を越えて世界に飛散流出しているのですし、環境破壊に対する国際的な批判にも応えねばならないのですから。それに円高や世界同時不況を避けるための国際協調も訴えなければなりません。そういう世界視点を持たないと政治はすでに立ち行かないのに、日本の政治家にはいまでも世界も聴いているのだと意識した演説があまりに少なすぎます。</p>

<p>各報道メディアで60％前後という高支持率は巷間言われる政権発足のご祝儀相場ではありません。ここには「ノーサイドで行きましょう」という口調に民主党の再建を託した人たち、輿石さんや山岡さんらを内閣に取り込んでの小沢さん支持者たちが含まれます。</p>

<p>その一方で、ご自身や前原さんら松下政経塾の保守路線を歓迎する自民党支持者たち、そして安住さんの財務相就任や元財務官僚の古川さんの入閣による財政再建派（つまりは増税派なんですが）、さらには原発を早く再稼働させてほしい産業界の思惑までが結集した数字です。</p>

<p>もちろん相田みつをの情緒的ファン層もいたでしょうが（しつこい）、本来の民主党支持者たちの大方と、逆にそれを取り壊したい自民党復権派とが一緒になっての数字なのです。それだけ国民の多くが、いまの日本の危機に政治が一丸となって対処してほしいと願っているということです。</p>

<p>もっとも、私は大連立には反対です。だいたい民主党だけでも舵取りができていないのに自公を加えて大連立をやって、そんな複雑な組み合わせを制御できる「頭」が存在しているとはとても思えません。わけがわからなくなって大政翼賛の単純思考に陥るか空中分解するかのどちらかです。</p>

<p>そもそも政権交代と大連立って理屈が正反対。こういうときこそ前に進んで事を処理しなければならないのに、どうも元のサヤに戻ればうまく行くと思ってしまう人が多いんですね。そりゃ「あのころはよかった」的な感慨を持つ人はいるでしょう。しかし官僚が箱ものを作っていればそれで社会が動いていた自民党下の成長時代はとうに終わったのです。</p>

<p>にもかかわらず今回の新政権で手腕を問われているのは野田さんではなく財務省だという揶揄もあります。慣行と現状にしがみつく官僚制度の手強さを、どうにか未来に向けて手なずけてくれれば、ドジョウだって相田みつをだって私は大歓迎なのですが。<br />
</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/09/post_378.html</link>
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         <category>時事問題・日本</category>
         <pubDate>Sun, 04 Sep 2011 15:50:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>男の美学</title>
         <description><![CDATA[<p>骨董などの査定をする「なんでも鑑定団」が好きで島田紳助のしゃべくりの妙にいつも感心していました。なので彼の引退会見を見て、とても残念な気分になりました。残念だったのは引退ではありません。彼の認識についてです。</p>

<p>芸能界が興行の出自としてそのスジの人たちと無縁ではないことは知っています。それは相撲界も同じ。文化というものはどこか薄暗さを伴って初めて厚みを増すし、現代社会が近世近代のいかがわしさを一掃して清潔一辺倒になるのもなんとも味気ない。</p>

<p>そんなこともあってかこの突然の引退に「犯罪や事件を起こしたわけでもないのに潔い」だとか「男の美学だ」とかいう反応もありました。私もどちらかというと「付き合いは大切にする」派なので、紳助もそんな人付き合いの義理を理解せずにうるさいことを言う吉本にキレて「なら辞めちゃる！」となったのかな、とも思ったのです。</p>

<p>ところがよく聞くと話に出てくるＡさんＢさんというのが恐喝未遂で上告中の元ボクサー渡辺二郎被告と山口組ナンバー４の筆頭若頭補佐で極心連合会の橋本博文会長。付き合いの発端は十数年前に関西テレビの自分の番組で右翼の街宣車をおちょくり、それに怒った稲川会系の右翼団体が連日同局に街宣車で乗り付ける騒ぎとなって、その解決を渡辺被告経由で橋本会長に依頼したということのよう。</p>

<p>紳助は会見で「僕の中ではセーフだと思っていた」「この程度で引退しないといけない。芸能人は注意してほしい」と呼びかけていましたが、これって本当に「セーフ」で「この程度」と言うべき話なのでしょうか？</p>

<p>ヤクザには美談がつきものです。曰く、終戦直後の混乱期に誰も相手にしてくれなかった孤児の自分に「坊主、これで飯でも食えや」と優しくしてくれたのはあのヤーさんだけだった、とか、阪神・淡路や東日本大震災でもいち早く炊き出しをしてくれたとか問題を解決してくれたとか、確かに義理堅い任侠心に溢れているふうに見える人もいるでしょう。でも、彼らの義侠を支えるそのカネはいったいどこから出ているのでしょう。</p>

<p>紳助が橋本会長に口利きしてもらって解決した稲川会系右翼の問題だって、これはつまりは山口組と稲川会の貸し借りの話。言ってみればグル、仲間内の出来レースです。そんなものに恩義を感じているのだとすれば、それはあまりにナイーブに過ぎる。</p>

<p>会見では「Ｂさん」に言及するときの紳助の実に丁寧な言葉遣いが耳につきました。それを見ながら私が思い出していたのは故人、伊丹十三のことでした。</p>

<p>『ミンボーの女』（92年）で伊丹は日本映画でタブーだった暴力団批判を真っ向から展開しました。もちろん彼一流のウィットとともに。</p>

<p>結果、彼は暴力団に付け回され、映画公開直後に自宅近くで５人組に襲撃されて顔や両腕を切られる重傷を負いました。これはやはり山口組系後藤組の犯行でした。その後も彼は別の映画のスクリーンを切り裂かれたり数々の脅迫や嫌がらせを受け続けました。しかし彼は「私はくじけない。映画で自由を貫く」と宣言してどこのだれにも口利きを依頼したりはしませんでした。</p>

<p>「潔さ」とか「男の美学」とか言うならこの伊丹十三の方であって、島田紳助ではないでしょう。伊丹十三とは私はなんの面識もありませんが、エッセーや映画からは多くを学びました。私からの一方的な友誼ながら、その故人との付き合いを裏切らないためにも、私は今回の紳助引退にはいっさいの同情をしないと決めます。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/08/post_380.html</link>
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         <category>芸能・スポーツ</category>
         <pubDate>Sat, 27 Aug 2011 15:58:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>宗教の罪</title>
         <description><![CDATA[<p>ニューヨーク州で同性婚を合法とする法律が施行された７月24日は、一方でまだ２日前に起きたばかりのノルウェーの爆破テロと銃撃テロの余波が続いていて、ニュースもおめでたい話と悲惨な事件とが交叉するめまぐるしい１日でした。</p>

<p>多くの報道は当初、ノルウェーの事件をイスラム過激派によるテロだと断じていました。英紙サンは一面で「アルカイダの大虐殺：ノルウェーの９・11」と見出しを打ち、ウォール・ストリート・ジャーナルも「ノルウェーは欧米の規範に忠実であったから標的にされた」として犯行を「ジハーディスト（聖戦主義者）たち」によるものと推断したのです。</p>

<p>でも結局イスラム教徒は関与していませんでした。関与したのはキリスト教原理主義者でした。</p>

<p>そうわかるとメディアは今度は一斉に「テロ」という言葉を使うのをやめ、犯人を異様な反イスラム・反移民思想を持つ「極右の国粋主義者」と説明し始めました。</p>

<p>このテロ事件がニューヨーク州での同性婚開始に影を落としたのは、私にはとても象徴的なことだと思えます。理由は２つ。この両者がともに「マジョリティが犯罪をなすとその罪は個人に帰属し、マイノリティが犯罪をなすとその罪は集団全体に帰属すると見なされる」という法則を想起させるからです。</p>

<p>ツイッターで、ノルウェー事件を次のようにつぶやいた人がいます。「イスラム教原理主義者がテロを行えば世界中のイスラム教徒がみな悪者のように糾弾される。だがキリスト教原理主義者の白人が大量に人を殺しても、他のキリスト教徒たちは誰に責められるでもなく平気なままだ」</p>

<p>片や欧米におけるキリスト教とイスラム教の関係、片や世界中の性的多数派と少数派の関係。</p>

<p>ゲイの場合はこう。たとえば猥褻行為やポルノ絡みで逮捕されたとすると「やっぱりゲイは変態だ」となるし、殺人でも犯そうものなら「やっぱりホモの連中は異常だ」となります。対して多数派である異性愛者の痴漢や殺人者はその犯罪を取り立てて性的指向と絡めて論難されることはありません。単に単独の、よくある犯罪の一例として忘れ去られるだけです。</p>

<p>もう１つ、同性婚のニュースではこれに反対する人たちも紹介されていました。彼らの代表者の１人は、同性婚を違法なものに戻すと宣言して「ニューヨーク州はこれから血みどろの混乱状態（Bloody Mess）になるだろう」と恫喝していました。</p>

<p>その反対団体はキリスト教の団体でした。この「血みどろの混乱」と、ノルウェーの銃撃犯のあの血みどろの銃撃とは、違うものなのでしょうか？　あの日、同性婚開始のニュースの直後にノルウェーの犯人の背景を説明しながら、このキリスト教原理主義の２人が、じつは深くどこかでつながっているのだということを、キャスターの誰ひとりとして指摘しなかったのが私には不思議でした。</p>

<p>片や1500ページものマニフェストで移民とイスラム教徒への宣戦布告をした犯罪者、片やニューヨークが血みどろになると予言する団体代表。もちろん彼らの残酷はキリスト教者たちの全体に帰属するものではありません。しかし、この２人が攻撃対象とする集団全体にテロル（恐怖）を植え付けようしていることは明白です。その意味でこの２人は等しくテロリストであり、キリストの名の下に憎悪を広めている…キリストは迷惑しているのでしょうか？　それとも、彼にも責任の一端はあるのでしょうか？</p>

<p>宗教自体の持つ先験的な罪業を考えています。<br />
</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/07/post_379.html</link>
         <guid>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/07/post_379.html</guid>
         <category>LGBT問題</category>
         <pubDate>Sat, 30 Jul 2011 15:54:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>演劇もまた語れよ</title>
         <description><![CDATA[<p>今週発表されたトニー賞でベスト・プレイ賞を受賞した「ウォー・ホース（軍馬）」も、ベスト・リバイバル・プレイを獲った「ノーマル・ハート」も、見ていて考えていたことはなぜかフクシマについてでした。</p>

<p>ウォーホースは、第一次大戦中に英国軍の軍馬として戦地フランスに送られたジョーイと、その元々の飼い主アルバート少年の絆を描いた劇です。舞台上を動き回る実物大の模型の馬は人形浄瑠璃のように３人で操られるのですが、次第に操り師たちの姿が気にならなくなり、いつしかそんな馬たちに感情移入してすっかり泣いてしまいました。</p>

<p>それは、敵味方の区別なくひたすら人間に仕える動物の姿を通し、戦争という人間の罪業を描く試みでした。健気な馬たちを見ながら私がフクシマの何を思い出していたかというと、あの避難圏内に取り残された動物たちのことです。</p>

<p>荷物の取りまとめに一時帰宅を許された住民たちは、帰宅してすぐにペットフードを山盛りに与えて連れて行けない犬や猫をいたわります。それらを記録したTVドキュメンタリーでは、時間切れで再び圏外へと去ってゆく飼い主をどこまでも必死に追いかけ走る犬を映し続けていました。それが、劇中のジョーイのひたむきさに重なったのです。</p>

<p>ノーマルハートは80年代前半のエイズ禍の物語ですのでこれもまたぜんぜんフクシマと関係ないのですが、全編、無策な政治と無関心な大衆への怒りに満ちていて、あの時代の欺瞞を鋭く弾劾し検証する作品でした。それが、見ている私の中でまた原発を取り巻く同様の欺瞞と無為への怒りに転化していたのです。</p>

<p>エイズの話など、いまはぜんぜん流行らないのに、どうしてかくも力強くいまもまだこの劇が観客の心を打つのか、わかるような気がしました。それは演劇人の、時代を記すという決意のようなものに打たれるからです。</p>

<p>エイズ対策を求めてやっと市の助役とミーティングを持てた場面で、遅れてやってきた助役は主人公のネッドに「いちいち小さな病気の流行にまで我々がぜんぶ対応できるものではないんですよ」と言います。「それより、あなた、少しヒステリックになってるのを抑えてくださいな」</p>

<p>「わかった」とネッドは言います。「サンフランシスコ、ロサンゼルス、マイアミ、ボストン、シカゴ、ワシントン、デンバー、ヒューストン、シアトル、ダラス──このすべての街でいま新しい患者が報告されている。それはパリやロンドンやドイツやカナダでも発生している。でもニューヨークだ。おれたちの街、あんたが守ると誓った街が、それらぜんぶの半数以上の患者を抱えてる。１千人の半分だ。そのうちの半分が死んでいる。256人が死んでるんだ。そしてそのうちの40人は、おれの知ってるやつらだ。もうこれ以上死ぬやつを知りたくない。なのにあんたはこれっぽちもわかってない！　さあ、おれたちはいつ市長に会えるんだ？　ランチに出てます、ランチに出てますって、市長は14カ月もずうっとランチしてるわけか！」</p>

<p>ここにあるのは過ちと誤りの清算の試みです。時代に落とし前を付けてやるという気概です。演劇とは、それを通して自分たちで歴史の不正義を記録してゆくのだという、責任と覚悟の表明なのです。</p>

<p>そう思いながらこれを書いていると、HBOであのリーマンショック後の政財界の内幕を描いた「Too Big To Fail（破綻させるには大き過ぎる）」がウィリアム・ハートの主演で放送されていました。NYタイムズの記者によるノンフィクションを、こんな短期間で上質のドラマに仕上げた。</p>

<p>こういうのを見ると本当にかなわないなと思ってしまいます。　AKB48の「総選挙」を責めるわけじゃないけれど、あれをどの局もそろってニュースの一番手に持ってくるならその一方で、テレビも演劇もジャーナリズムも、もっともっと社会への取り組みがあってもいいじゃないかと思ってしまう。</p>

<p>東電と政府の欺瞞と怠慢とを、日本の演劇や映画やテレビは必ず作品に昇華してもらいたいと思います。どこでどういうウソがつかれ、どこでどういう悲劇が生まれたかを、ドラマもまた語ってほしいと切に願います。</p>

<p>ブロードウェイという華やかな娯楽の街で、拍手を忘れるほどの怒りが渦巻き、涙ながらの喝采が渦巻くのはなぜなのか？　それは人間の言葉の力です。すべてを語ることで対処しようとする文化と、すべてまで語らぬことをよしとする文化の膂力の違いを、フクシマを前にした今ほど恨めしいと思ったことはありません。</p>

<p>でも恨めしく思っているだけでは埒も開かないので、とりあえず、私はこの「ノーマル・ハート」を翻訳してみようと思います。いつの日か日本で上演できることを画策しながら。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/06/post_376.html</link>
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         <category>ジャーナリズム/マスメディア</category>
         <pubDate>Wed, 15 Jun 2011 03:45:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>６月はLGBTプライド月間</title>
         <description><![CDATA[<p>オバマ大統領が６月をLGBTのプライド月間であると宣言しました。今月を、彼らが誇りを持って生きていけるアメリカにする月にしようという政治宣言です。その宣言を、この末尾で翻訳しておきます。LGBTとはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどの性的少数者たちのことを指す頭字語です。</p>

<p>私がジャーナリストとしてLGBT問題を日本で広く伝えようとしてからすでに21年が経ちました。その間、欧米ではLGBT（当初はLGだけでしたが）の人権問題で一進一退の攻防もありつつ結果としてじつにめざましい進歩がありました。日本でもさまざまな分野で改善が為されています。性的少数者に関する日本語での言説はかつてはほとんどが私が海外から紹介したもののコピペのようなものだったのが、いまウィキペディアを覗いてみるとじつに多様で詳細な新記述に溢れています。多くの関係者たちが数多くの言説を生み出しているのがわかります。</p>

<p>この大統領宣言も私がクリントン大統領時代に紹介しました。99年６月に行われたのが最初の宣言でした。以降、ブッシュ共和党政権は宗教保守派を支持基盤にしていたので宣言しませんでしたが、オバマ政権になった09年から再び復活しました。</p>

<p>６月をそう宣言するのはもちろん、今月が現代ゲイ人権運動の嚆矢と言われる「ストーンウォール・インの暴動」が起きた月だからです。69年６月28日未明、ウエストビレッジのゲイバー「ストーンウォール・イン」とその周辺で、警察の度重なる理不尽な摘発に爆発した客たちが３夜にわたって警官隊と衝突しました。その辺の詳細も、今では日本語のウィキペディアで読めます。興味のある方はググってみてください。69年とは日本では「黒猫のタンゴ」が鳴り響き東大では安田講堂が燃え、米国ではニクソンが大統領になりウッドストックが開かれ、アポロ11号が月に到着した年です。</p>

<p>このストーンウォールの蜂起を機に、それまで全米でわずか50ほどしかなかったゲイの人権団体が１年半で200に増えました。４年後には、大学や教会や市単位などで1100にもなりました。こうしてゲイたちに政治の季節が訪れたのです。</p>

<p>72年の米民主党大会では同性愛者の人権問題が初めて議論に上りました。米国史上最も尊敬されているジャーナリストの１人、故ウォルター・クロンカイトは、その夜の自分のニュース番組で「同性愛に関する政治綱領が今夜初めて真剣な議論になりました。これは今後来たるべきものの重要な先駆けになるかもしれません」と見抜いていました。</p>

<p>ただ、日本のジャーナリズムで、同性愛のことを平等と人権の問題だと認識している人は、40年近く経った今ですらそう多くはありません。政治家も同じでしょう。もっとも、今春の日本の統一地方選では、史上初めて、東京・中野区と豊島区の区議選でゲイであることをオープンにしている候補が当選しました。石坂わたるさんと、石川大我さんです。</p>

<p>オバマはゲイのカップルが養子を持つ権利、職場での差別禁止法、現行のゲイの従軍禁止政策の撤廃を含め、LGBTの人たちに全般の平等権をもたらす法案を支持すると約束しています。「それはアメリカの建国精神の課題であり、結果、すべてのアメリカ人が利益を受けることだからだ」と言っています。裏読みすればLGBTの人々は今もなお、それだけ法的な不平等を強いられているということです。同性婚の問題はいまも重大な政治課題の１つです。</p>

<p>LGBTの人たちはべつに闇の住人でも地下生活者でもありません。ある人は警官や消防士でありサラリーマンや教師や弁護士や医者だったりします。きちんと税金を払い、法律を守って生きています。なのに自分の伴侶を守る法律がない、差別されたときに自分を守る法律がない。</p>

<p>人権問題がすぐれて政治的な問題になるのは当然の帰着です。欧米の人権先進国では政治が動き出しています。先月末、モスクワの同性愛デモが警察に弾圧されたため、米国や欧州評議会が懸念を表明して圧力をかけたのもそれが背景です。</p>

<p>６月最終日曜、今年は26日ですが、恒例のLGBTプライドマーチが世界各地で一斉に執り行われます。ニューヨークでは五番街からクリストファーストリートへ右折して行きますが、昨年からかな、出発点はかつての52丁目ではなくてエンパイアステート近くの36丁目になっています。これは市の警察警備予算の削減のためです。なんせ数十万人の動員力があるので、配備する警備警官の時間外手当が大変なのです。</p>

<p>さて、メディアでは奇抜なファッションばかりが取り上げられがちですが、数多くの一般生活者たちも一緒に歩いています。マーチ（パレード）の政治的なメッセージはむしろそちら側にあります。もちろん、「個人的なことは政治的なこと」ですが、パレードを目にした人はぜひ、派手さに隠れがちな地味な営みもまた見逃さないようにしてください。</p>

<p>＊＊＊＊</p>

<p>LESBIAN, GAY, BISEXUAL, AND TRANSGENDER PRIDE MONTH, 2011<br />
2011年レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー・プライド月間<br />
BY THE PRESIDENT OF THE UNITED STATES OF AMERICA<br />
アメリカ合州国大統領による</p>

<p>A PROCLAMATION<br />
宣言</p>

<p><br />
The story of America's Lesbian, Gay, Bisexual, and Transgender (LGBT) community is the story of our fathers and sons, our mothers and daughters, and our friends and neighbors who continue the task of making our country a more perfect Union. It is a story about the struggle to realize the great American promise that all people can live with dignity and fairness under the law. Each June, we commemorate the courageous individuals who have fought to achieve this promise for LGBT Americans, and we rededicate ourselves to the pursuit of equal rights for all, regardless of sexual orientation or gender identity.</p>

<p>アメリカのLGBTコミュニティの物語は、私たちの国をより完全な結合体にしようと努力を続ける私たちの父親や息子、母親や娘、そして友人と隣人たちの物語です。それはすべての国民が法の下での尊厳と公正とともに生きられるという偉大なアメリカの約束を実現するための苦闘の物語なのです。毎年６月、私たちはLGBTのアメリカ国民のためにこの約束を達成しようと戦ってきた勇気ある個人たちを讃えるとともに、性的指向や性自認に関わりなくすべての人々に平等な権利を追求しようとの思いを新たにします。</p>

<p>Since taking office, my Administration has made significant progress towards achieving equality for LGBT Americans. Last December, I was proud to sign the repeal of the discriminatory "Don't Ask, Don't Tell" policy. With this repeal, gay and lesbian Americans will be able to serve openly in our Armed Forces for the first time in our Nation's history. Our national security will be strengthened and the heroic contributions these Americans make to our military, and have made throughout our history, will be fully recognized.</p>

<p>大統領に就任してから、私の政府はLGBTのアメリカ国民の平等を達成するために目覚ましい前進を成し遂げました。昨年12月、私は光栄にも差別的なあの「ドント・アスク、ドント・テル」【訳注：米軍において性的指向を自らオープンにしない限り軍務に就けるという政策】の撤廃に署名しました。この政策廃止で、ゲイとレズビアンのアメリカ国民は我が国史上初めて性的指向をオープンにして軍隊に勤めることができるようになります。我が国の安全保障は強化され、ゲイとレズビアンのアメリカ国民が我が軍に為す、そして我が国の歴史を通じてこれまでも為してきた英雄的な貢献が十全に認知されることになるのです。</p>

<p>My Administration has also taken steps to eliminate discrimination against LGBT Americans in Federal housing programs and to give LGBT Americans the right to visit their loved ones in the hospital. We have made clear through executive branch nondiscrimination policies that discrimination on the basis of gender identity in the Federal workplace will not be tolerated. I have continued to nominate and appoint highly qualified, openly LGBT individuals to executive branch and judicial positions. Because we recognize that LGBT rights are human rights, my Administration stands with advocates of equality around the world in leading the fight against pernicious laws targeting LGBT persons and malicious attempts to exclude LGBT organizations from full participation in the international system. We led a global campaign to ensure "sexual orientation" was included in the United Nations resolution on extrajudicial execution — the only United Nations resolution that specifically mentions LGBT people — to send the unequivocal message that no matter where it occurs, state-sanctioned killing of gays and lesbians is indefensible. No one should be harmed because of who they are or who they love, and my Administration has mobilized unprecedented public commitments from countries around the world to join in the fight against hate and homophobia.</p>

<p>私の政府はまた連邦住宅供給計画におけるLGBTのアメリカ国民への差別を撤廃すべく、また、愛する人を病院に見舞いに行ける権利を付与すべく手続きを進めています。さらに行政機関非差別政策を通じ、連邦政府の職場において性自認を基にした差別は今後許されないとする方針を明確にしました。私はこれからも行政や司法機関の職において高い技能を持った、LGBTであることをオープンにしている個人を指名・任命していきます。私たちはLGBTの権利は人権問題であると認識しています。したがって私の政府はLGBTの人々を標的にした生死に関わる法律や、またLGBT団体の国際組織への完全な参加を排除するような悪意ある試みに対する戦いを率いる中で、世界中の平等の擁護者に味方します。私たちは裁判を経ない処刑を非難する国連決議に、「性的指向」による処刑もしっかりと含めるための世界的キャンペーンを率先してきました。これは明確にLGBTの人々について触れた唯一の国連決議であり、このことで、国家ぐるみのゲイとレズビアンの殺害は、それがどこで起ころうとも、弁論の余地のないものであるという紛うことないメッセージを送ってきました。何人も自分が誰であるかによって、あるいは自分の愛する者が誰であるかによって危害を加えられることがあってはなりません。そうして私の政府は世界中の国々から憎悪とホモフォビア（同性愛嫌悪）に反対する戦列に加わるという先例のない公約を取り集めてきました。</p>

<p>At home, we are working to address and eliminate violence against LGBT individuals through our enforcement and implementation of the Matthew Shepard and James Byrd, Jr. Hate Crimes Prevention Act. We are also working to reduce the threat of bullying against young people, including LGBT youth. My Administration is actively engaged with educators and community leaders across America to reduce violence and discrimination in schools. To help dispel the myth that bullying is a harmless or inevitable part of growing up, the First Lady and I hosted the first White House Conference on Bullying Prevention in March. Many senior Administration officials have also joined me in reaching out to LGBT youth who have been bullied by recording "It Gets Better" video messages to assure them they are not alone.</p>

<p>国内では、私たちはマシュー・シェパード＆ジェイムズ・バード・ジュニア憎悪犯罪予防法【訳注：前者は98年10月、ワイオミング州ララミーでゲイであることを理由に柵に磔の形で殺された学生の名、後者は97年６月、テキサス州で黒人であることを理由にトラックに縛り付けられ引きずり回されて殺された男性の名。同法は09年10月に署名成立】の施行と執行を通してLGBTの個々人に対する暴力に取り組み、それをなくそうとする作業を続けています。私たちはまたLGBTを含む若者へのいじめの脅威を減らすことにも努力しています。私の政府はアメリカ中の教育者やコミュニティの指導者たちと活発に協力し合い、学校での暴力や差別を減らそうとしています。いじめは成長過程で避けられないもので無害だという神話を打ち払うために、私は妻とともにこの３月、初めていじめ防止のホワイトハウス会議を主催しました。いじめられたLGBTの若者たちに手を差し伸べようと多くの政府高官も私に協力してくれ、「It Gets Better」ビデオを録画してきみたちは１人ではないというメッセージを届けようとしています【訳注：一般人から各界の著名人までがいじめに遭っている若者たちに「状況は必ずよくなる」という激励と共感のメッセージを動画投稿で伝えるプロジェクト <a href="www.itgetsbetter.org" target="_blank">www.itgetsbetter.org</a>】。</p>

<p>This month also marks the 30th anniversary of the emergence of the HIV/AIDS epidemic, which has had a profound impact on the LGBT community. Though we have made strides in combating this devastating disease, more work remains to be done, and I am committed to expanding access to HIV/AIDS prevention and care. Last year, I announced the first comprehensive National HIV/AIDS Strategy for the United States. This strategy focuses on combinations of evidence-based approaches to decrease new HIV infections in high risk communities, improve care for people living with HIV/AIDS, and reduce health disparities. My Administration also increased domestic HIV/AIDS funding to support the Ryan White HIV/AIDS Program and HIV prevention, and to invest in HIV/AIDS-related research. However, government cannot take on this disease alone. This landmark anniversary is an opportunity for the LGBT community and allies to recommit to raising awareness about HIV/AIDS and continuing the fight against this deadly pandemic.</p>

<p>今月はまた、LGBTコミュニティに深大な衝撃を与えたHIV/AIDS禍の出現からちょうど30年を数えます。この破壊的な病気との戦いでも私たちは前進してきましたが、まだまだやるべきことは残っています。私はHIV/AIDSの予防と治療介護の間口をさらに広げることを約束します。昨年、私は合州国のための初めての包括的国家HIV/AIDS戦略を発表しました。この戦略は感染危険の高いコミュニティーでの新たな感染を減らし、HIV/AIDSとともに生きる人々への治療介護を改善し、医療格差を減じるための科学的根拠に基づくアプローチをどう組み合わせるかに焦点を絞っています。私の政府はまた、ライアン・ホワイトHIV/AIDSプログラムやHIV感染予防を支援し、HIV/AIDS関連リサーチ事業に投資するための国内でのHIV/AIDS財源を増やしました。しかし、政府だけでこの病気に挑むことはできません。30周年というこの歴史的な年は、LGBTコミュニティとその提携者たちがHIV/AIDS啓発に取り組み、この致命的な流行病との戦いを継続するための再びの好機なのです。</p>

<p>Every generation of Americans has brought our Nation closer to fulfilling its promise of equality. While progress has taken time, our achievements in advancing the rights of LGBT Americans remind us that history is on our side, and that the American people will never stop striving toward liberty and justice for all.</p>

<p>アメリカ国民のすべての世代が私たちの国を平等の約束の実現により近づかせようとしてきました。その進捗には時間を要していますが、LGBTのアメリカ国民の権利向上の中で私たちが成し遂げてきたことは、歴史が私たちに味方しているのだということを、そしてアメリカ国民は万人のための自由と正義とに向かってぜったいに歩みを止めないのだということを思い出させてくれます。</p>

<p>NOW, THEREFORE, I, BARACK OBAMA, President of the United States of America, by virtue of the authority vested in me by the Constitution and the laws of the United States, do hereby proclaim June 2011 as Lesbian, Gay, Bisexual, and Transgender Pride Month. I call upon the people of the United States to eliminate prejudice everywhere it exists, and to celebrate the great diversity of the American people.</p>

<p>したがっていま、私、バラク・オバマ、アメリカ合州国大統領は、合州国憲法と諸法によって私に与えられたその権限に基づき、ここに2011年６月をレズビアンとゲイとバイセクシュアル、トランスジェンダーのプライド月間と宣言します。私は合州国国民に、存在するすべての場所での偏見を排除し、アメリカ国民の偉大なる多様性を祝福するよう求めます。</p>

<p>IN WITNESS WHEREOF, I have hereunto set my hand this thirty-first day of May, in the year of our Lord two thousand eleven, and of the Independence of the United States of America the two hundred and thirty-fifth.</p>

<p>以上を証するため、キリスト暦2011年かつアメリカ合州国独立235年の５月31日、私はこの文書に署名します。</p>

<p>BARACK OBAMA<br />
バラク・オバマ</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/06/lgbt.html</link>
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         <category>LGBT問題</category>
         <pubDate>Tue, 07 Jun 2011 17:33:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>現場と個人を潰す社会（前回の「ジョプリンと福島」改訂版）</title>
         <description><![CDATA[<p>前回のブログ、なんだか覚え書きのようにだらだら書き連ねていただけなので冗漫で重複の多い文章でしたよね。それに手を加えてまた書き直すのも何なんで、最初から書き直してみました。こっちのほうが簡潔に言いたいことがわかりやすいと思いまーす。つまり、こういうことなんですわ；</p>

<p>＊＊＊＊＊＊</p>

<p>◎現場と個人を潰す社会</p>

<p><br />
ミズーリ州ジョプリンの竜巻は幅が1.2kmもあったというから驚きます。テレビで見る破壊の様子は、局地的とはいえあの東北の海岸沿いと同じ、家並みや木々が根こそぎかっさらわれて、まるで水のない津波被災地のようです。</p>

<p>被災者の悲嘆も行方不明の家族を探す人の必死さもみなあの東北の人々と同じです。でも１つ違うことがありました。それは当局者が必ず現地で、被災の現場で会見を開いていたことです。</p>

<p>日本では会見は概ね本社や中央官庁で行われ、現場で関係者に質問しても往々にして「それは上に聞いて」とあしらわれます。事件事故いずれの場合もそうです。今回の震災でも会見は東電本店や保安院や首相官邸ばかりですよね。これ見よがしに防災服を着ていたりしますが、クーラーの効いた東京の会見場でそんなもの着てて何になるんだろうって思ってしまいます。</p>

<p>アメリカでは現場責任者が現場で会見やインタビューに応じます。ジョプリンの竜巻の場合も連邦緊急管理庁（FEMA）や地元警察・消防などが被災現地で対応していました。ジャーナリストたちは現場が第一なので、当局としてもこうした体制を構築してこなければならなかったわけです。かくして現場を任された人は一般に、どの情報を開示すべきか自分で判断し、自分の責任で会見を仕切るのです。</p>

<p>それにしてもこれは教育の違いなのでしょうか？　会見者は米国ではじつに堂々としています。まっすぐに相手を見つめ、情報を伝えるのだという意気込みすら感じられます。個人の使命感が目に見えるのです。</p>

<p>対して日本では（というのもステレオタイプな比較で嫌なんですが、まあ、それは置いといて）保安院や東電に限らず一般にどうもおどおどしているか、さもなくば上手にはぐらかそうとするタイプに二分されます。で、極論を言えば、両者とも自分に責任が及ぶのを避けよう、言質を取られないようにしよう、出過ぎた杭にならぬようにしようと必死なふうなのです。で、けっきょく何のための会見なんだかよくわからなくなる。</p>

<p>会見ですらそうなのですから実際の行動指針も同じようです。好例、というか情けない例が先日の海水注入中断問題でした。津波にやられて電源が失われた原子炉は、注水で冷やし続けねばならなかったのに、菅首相の許可が取れていなかったためにその注水を一時中断していた、というのが東電側の発表でした。</p>

<p>この注水停止で原子炉がいっそう危機的状況になったのではという疑念が国会でも追及されたのですが、実はこの判断を現場で陣頭指揮を執る福島第一の吉田昌郎所長が一存で却下、注水は継続されていたとわかったのです。</p>

<p>そもそも東電本店でテレビ会議越しの高見の見物を決め込んでいるから何が重要なのかの生情報がわからなくなるのです。どうして原発の現場で記者会見をしないのか？　まあ、テレビ局や新聞社では自社の記者たちに福島第一の50km圏内に入るなと言っているところがありますからね。癌にでもなったら労災認定で責任や面倒が生じますから。とはいえ、あろうことか、東電本店ではこの吉田所長を注水継続を報告しなかったかどで処分しようという動きもあるとか。</p>

<p>現場軽視もここに極まれリ、です。東京の報道各社も東電や政府の幹部もみんな現場に赴かない中、希望の光の「フクシマ50」として海外で英雄視される人々がこうして日本では蔑ろにされている。この場合、処分されるべきはむしろ、注水中断の流れに唯々諾々うなずいた東京の本店幹部のはずです。その連中が、自分たちの誤りの行き着く先の大惨事を最小限に抑えた功労者である吉田所長を処分する？　これはいったいどういう笑劇なのでしょうか。</p>

<p>自らの責任で決断した者が、それが正しい行動だったとわかっても処分され、判断を他に委ねて責任を転嫁した者が、それが誤った対応だったと判明しても処分されない。だとしたら、東電も行政も恐ろしいほどに倒錯した組織です。いやむしろ、現場の個人の頑張りをこうして押しつぶそうとする日本社会が、そもそも倒錯しているのかもしれません。<br />
</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/05/post_375.html</link>
         <guid>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2011/05/post_375.html</guid>
         <category>時事問題・日本</category>
         <pubDate>Tue, 31 May 2011 07:22:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ジョプリンと福島</title>
         <description><![CDATA[<p>アメリカで大きいのは人や車だけじゃありません。野菜も大きいし、びっくりしたのは雪の結晶までが大きいのです。なんと直径で5mmほどもあって、虫眼鏡も必要なく肉眼ではっきりとあのきれいな結晶が見えてしまうのです。</p>

<p>そういうこととも関係しているんでしょうか、春から初夏にかけてアメリカの中部・南部を襲う竜巻も、日本とは比べものにならないくらい巨大なものです。５月22日夕方にミズーリ州ジョプリンで発生したのは幅1.2kmにも及ぶ巨大竜巻でした。それが長さ６km以上にわたって街の中心部を吹き飛ばしたのです。風速は秒速90ｍ近く。時速でいうと新幹線よりも速い320kmです。</p>

<p>こうなると地上のものは木からビルから根こそぎ持っていかれます。なので竜巻多発地域に住む人々は住宅に必ず避難用の頑丈な地下室を作っています。</p>

<p>ジョプリンの竜巻現場は、見覚えのある津波被害の東北の光景そのもので、まるで水のない津波に襲われたかのようにどこもかしこもあるべきものがごっそりと持ち運ばれています。これを書いているのは竜巻３日後の25日ですが、死者は125人、負傷者750人、瓦礫の下に埋まっている人や風にさらわれてしまって行方不明の人は1500人を数えています。</p>

<p>今年は竜巻の当たり年のようで、4月下旬の3日間にもアラバマ州やミズーリ州などで305個もの竜巻が地表にタッチダウンし、340人以上が亡くなりました。年間を通しても平均1000個の竜巻が起きますが、今年はすでにその数を越えてしまっています。</p>

<p>と、ここまでが日本時間で昨日深夜のTBSラジオ「dig」で話したことです。時間がなくなって話せなかったことがあります。TVニュースは盛んに救助作業の進展を伝えていてこれも震災の東北で見覚えのある光景なんですが、しかし１つ、決定的に違うことがあるのです。それはアメリカでは当局者が必ず被災現場でインタビューに応じ、記者会見を開くということです。ジョプリンの場合は連邦政府から緊急管理庁（FEMA）というのが災害対策に入っていて、そこのナンバー２が、ジョプリンの市の当局者や消防や警察・保安官らとともに必ず現場で、それも被災した野外で定時に会見を開いています。</p>

<p>さすがに福島では屋外というわけには行かないでしょうが、東北の被災現場から現場の対策責任者が記者会見やインタビューに応じているという絵はなかなか日本ではお目にかかりません。というのも日本では現場では往々にしてなにも情報が入ってこないことが多くて、新聞記者やテレビ記者もあまり現場では当局情報を当てにしていないのです。つまり、記者発表は現場ではなく中央官庁で行われることが多いというのが既定の事実になっているので、みんな期待すらしていないんですね。</p>

<p>でもこれは考えたらおかしなことで、事件や事故で現場リポートをするテレビのリポーターは、実は情報は現場で得ているのではなくて中央の本社管轄の省庁、あるいは支局管轄の地方官庁で集めた情報をもう一度現場に送ってもらってそれを再構築し、まるでその場で得られた情報のように報告するのです。現場で入手できる情報は、そうしてほとんど地取りの情報、近所の人たちの話や周辺の様子といった、本筋とはほど遠い枝葉のネタでしかないのが実情なのです。</p>

<p>それはなぜかというと、日本では公式発表というのはいったんすべて上部（本社や上級官庁や本部）に上げられて発表するかしないか精査された情報で行われるからです。ほんとうは現場こそがいちばんナマの情報に溢れているのに、情報の混乱があってはまずい、情報の錯綜があってはまずい、情報の誤りがあってはまずい、ということで上部に上げてそれを整理してから発表する、というのが建前です。</p>

<p>でも実は、それは、下手にしゃべってしまって責任を取らされたらまずい、情報を得ていることを自慢げにしゃべっていると思われたら嫌だ、というとても日本的な社会文化背景があるのではないかと疑っています。</p>

<p>というのも、アメリカではよほどのことがない限り情報は現場責任者が自ら判断してなるべく公開するのが基本姿勢です。現場にはそういう権限が与えられています。現場情報に混乱や誤報があるのは当然です。それは織り込み済みで、しかし現場でしかわからない情報がある。そういう情報を報道関係者は現場で厳しく当局者・担当者に要求します。事件事故の当局や当事者はその厳しさに対応しなければなりません。そこを避けてなんでもすべて本社で本部で中央官庁で会見というのは許されないのです。もちろん中央での会見はありますが、それは別の次元での情報公開で、現場会見とは意味合いが違います。</p>

<p>そうして鍛えられているせいか、そういうもんだという覚悟が出来ているせいか、アメリカの事故・事件現場の責任者たちの会見の受け答えは往々にしてとても見事なものです。なんというか、話し慣れているというか、言えないことは言えないと言うし、質問をはぐらかすこともありません。これは子供のころからの教育のせいなんでしょうか、とにかく日本では絶対にお目にかかれない種類の対応の仕方なのです。</p>

<p>対してなんでもない情報まで一度本部に上げてからでないと言えない、ノーコメント一点張りの木で鼻をくくったような対応が目立つ日本は、それは勢いハンカチ落しみたいな発表責任の順送りということでしかありません。それはけっきょくは情報の抑制だけにに働いて、時間が経つと情報の経緯自体がわからなくなるのです。現場での喫緊の情報はいつのまにか切迫感のない数字に置き換えられ、塩漬けになってしまう。</p>

<p>それが福島原発の東電や保安院のあり方です。何が重要かを個人で判断できない、いや、個人で判断する責任を負わない。だから、とりあえず発表しないでおく。それが一番。あの、津波直後に「メルトダウン」の可能性を指摘した人は、いまいったいどこにいるのでしょう。それすら開示されないのです。それが国民にとってとても不幸なことなのは、いまの放射能汚染の真実がどこにあるのかみんなが疑心暗鬼になってしまっていることでも明らかでしょう。原発以前に、日本人の何かが壊れているような気がします。<br />
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         <category>時事問題・アメリカ</category>
         <pubDate>Thu, 26 May 2011 13:18:10 +0900</pubDate>
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