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      <title>隔数日刊─Daily Bullshit</title>
      <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/</link>
      <description>日々の戯れ言の掃き溜めですな。なるべく毎日更新したいが……。</description>
      <language>en</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Thu, 02 Oct 2008 05:05:08 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>和田アキ子＠アポロ？</title>
         <description><![CDATA[<p>先週末からまた日本に帰っております。</p>

<p>で、和田アキ子、アポロシアターで念願のコンサートってんで、日本の芸能リポーターたちがこぞって同行取材してるんだねえ、すげえなあ、って昨日のワイドショー（ってまだいうの？）見るとはなしに眺めてて思いました。昼のテレビはひとしきりその話題ですもの。で、みんなすごいすごいって賞賛してる。 賞賛？　なに、それ？</p>

<p>まあ、芸能生活何周年？　ちがうか、還暦記念なんだっけ？　ま、どっちでもいいけど、それはがんばったんだねとは言えるかもしれないけれど、アポロシアターでコンサートをやったことがすごいってのは、ちょっと違うんじゃないだろうか。もう、そういう舶来ものってか、アメリカの本場のなんちゃらかんちゃらってのは、そりゃ、本人は感涙かもしれないが、あんなの、金払えばオレだってコンサート開けるんだよ。カーネギーホールだってそう。べつにコンサートやるのにオーディションあるわけでなし、まあ、書類審査くらいはするが、それだって申請手続きの問題。だいたいはホールが空いてればそれは貸すますわ。貸しホール業なんですからねえ。まあ、私が開いたところでそれは客が来ないってだけの話。 </p>

<p>たとえば和田アキ子がね、NYの大R＆B，あるいはソウルミュージック大会で、並みいる大御所に混じってゲスト出演とかオーディション受かって参加する、ともなれば話は違うかもしれない。しかし、プロモーターも日本人、バンドも日本人、おまけに観客だってNYの日本人および日系人コミュニティにチケット回して売ってもらったり無料で動員かけたりして、ですもん。私の知り合い、みんなチケットさばくのどうしようって困ってました。</p>

<p>だからこれ、べつにぜんぜん大したことない話でしょ。どうしてそこまでして和田アキ子に媚び売る必要あるのかしら。あるいは単なるネタですか？ </p>

<p>日本のテレビ、おかしい。 <br />
勉強してないテレビタレントがニュース報道の司会してるし。「一般人の感覚でニュースを」ってのとも違う。 <br />
おまけに、うるさい。みんな、声、張り上げ過ぎ。 <br />
どうでもいい楽屋ネタでそんなに騒ぐな。 <br />
美味そうでもない普通の料理をあんなに美味そうに解説するな。 <br />
深刻ぶるだけがドラマの原動力みたいなドラマを作るな。 <br />
おじさん、腹が立ってきたぞ。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/10/post_280.html</link>
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         <category>芸能・スポーツ</category>
         <pubDate>Thu, 02 Oct 2008 05:05:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>宿命としてのバブル</title>
         <description><![CDATA[<p>リーマン・ブラザーズの破綻から始まった先週から、いろいろとコメントを求められて大変でした。</p>

<p>世界的な金融・証券の統合・再編が始まったと見るべきでしょうね、なんてことを話してきましたが、おおむねその通りに進んでいるようです。ちょうど10年前にソロモン・バーニーがシティバンクと合併したんですが、これはまさに独立系の証券会社の存在価値が問われる事態になった先駆けだった。</p>

<p>いま現在、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーだけ独立系の証券会社なのですが、サブプライムでキャッシュフローの問題が出てきて、それで証券と金融が結びついてきているわけです。どうなるかと思ってたらこの１週間でもうほかの金融・銀行とくっつく、あるいは銀行になっちゃう、という動きが出ています。</p>

<p>と、エラそうなことを書いてるんですが、じつはわたし、経済のことがホントのところ、よくわからんのです。</p>

<p>どうしてモノを作ったり採ったりするという最も根幹で人間の命を支えている人たちが低収入にあえぎ、マケイン陣営に参加したヒューレット・パッカード（HP）の前ＣＥＯが4500万ドル（50億円弱）もの退職金をもらえるのかがよくわからん。</p>

<p>ちなみに、マケインはリーマン破綻に関するニュース番組出演で、ウォールストリートのこの苦難の原因の一端はCEOたちの強欲さだって非難したのに、このカーリー・フィオーナの4500万ドルに関しては「詳しくは知らないが」と前置きしつつ、「フィオーナはそれを受け取るのにふさわしい。なぜなら、彼女はよいCEOだから」って答えています。うーむ、このひと、だいじょうぶかいな？　HPは２万人もレイオフしてるんだよ。そんでどうして4500万ドル払えるの？　わからん。</p>

<p>50億円って、21歳から働いたとして70歳まで毎年１億円稼ぎつづけたっていう金額です。<br />
まずもってそんなこと、人間に可能なんでしょうか？<br />
あるいはそれを受け取るにふさわしい人間の価値って、どんな価値なんでしょう？</p>

<p>バブルって言いますが、価値のある株券が一夜にしてどうして紙切れ同然になってしまうのかもよくわかりません。いや、もともとは一枚の紙切れでしかなかったものが、どうして見る見るうちに巨額にふくれあがる価値を持つようになるのか、それがわからないと言ったほうが適当かもしれません。</p>

<p>リーマン・ブラザーズが破綻してどこがどう影響を受けるのか。これも複雑に絡み合って今ひとつイメージできない。つまりこれって風が吹けば桶屋が儲かる式の（この場合は桶屋がつぶれるってな式の）話とどう違うのかもよくわからない。AIGが救済され、リーマンが救済されなかったのもきっと風が吹いてつぶれる桶屋の数が違っていたからだったんでしょう。しかしリーマンは救済しなかったのに７月のベアスターンズはなぜ救済支援したのか、今度はそれがわからない。これは「場当たり」っていうのとどう違うのかわからない。わかるひと、います？</p>

<p>AIGっていうのは保険会社だけあって、じつはこの10年ほど世界中の企業間の投資のリスクを保証する“保険”ビジネスを続けていました。世界がつながっているのは、インターネット以上にこうした損の回避のもたれ合いだったのです。</p>

<p>で、保険が利いていると思って世界中の企業はどんどんカネを出し合ってきた。そうこうしているうちにそのカネの出し合いを「損しないように」保険していたAIGがつぶれそうになる。となると、こけるのはもう親ガメ子ガメ程度では済まなくなる、ってのはわかる。</p>

<p>だからブッシュ政権はAIGを救済したのだ、といわれます。しかし７千億ドル（75兆円）という米政府の不良債権買い取り計画がどうして可能なのか、それがよくわからない。</p>

<p>75兆円というのは日本の国家予算にも迫る金額。アメリカの納税者１人当たり40万円も金を出すってことです。その中には当然わたしも入っています（ってか、これ以上払わないようにいますぐ帰国して逃げちゃえばいいんだけどね）。ブッシュ、どうせ任期が12月までってことでやけくそになってこれだけの勇気を奮えたわけじゃないんでしょうね。ちゃんと根拠と責任をもっての決断だとよいのですが、なんかドタバタした緊急出動めいてみえるんですわ。あのポールソン財務長官ってのも、話してるの聞いてるとなんだか軽いんだよねえ、ノリが。</p>

<p>そういうわけだかどうだか、その財政出動を好感してNY市場がどんと戻ったのが先週末でしたが、と思ったらリーマンショック１週間の月曜22日にはまた327.75ドルも値を下げました。こういうのってどういう論理なのか、というかどういう根拠に基づいた動きなのか、その根拠の証明ができないのでなおさらわからないのです。</p>

<p>ただし、今回を含めこれまでの経験からうっすらとわかったこともあります。それは、証券経済はかならずバブルに陥るということ。実体経済から乖離して、どんどんカネがカネを産み記号が自己増殖してゆくのです。そこにモノの裏打ちはない。中身は空洞なのです。あのホリエモンのライブドアが株を小口に分けてどんどん高値にしてったのはまさにこれですもん。</p>

<p>いかにサブプライム問題がこうして大きな傷跡を刻んだとしても、けれどこの証券経済っていう流れはぜったいに元に戻ったりはしません。ならばそのとき、政府はそうした経済になんらかの規制を持ち出すのかどうか。</p>

<p>こうしてこの件はいま、共和党vs民主党、つまり小さな政府vs大きな政府という、今回のマケインvsオバマの大統領選挙の最大のテーマになったのです。</p>

<p>ってかね、オバマもマケインも、そう経済に強くはないでしょ。<br />
さっきの元HPのフィオーナさん、マケインもペイリンも主要企業の経営者としては採用されないだろうってなコメントをして最近、表に出てこなくなったんですよ。ま、付け加えてオバマもバイデンもダメだって言ってはいるんですが。</p>

<p>今日のワシントン・ポスト紙によると、毎週記者会見をすると約束していたマケインは現在、40日にわたってその記者会見を回避しつづけているらしい。ボロを出さないようにしてるとしか思えませんな。登場の遅かったサラ・ペイリンにしても25日間、記者会見してないんだそうです。</p>

<p>まずいよなあ、それって。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/09/post_279.html</link>
         <guid>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/09/post_279.html</guid>
         <category>時事問題・アメリカ</category>
         <pubDate>Wed, 24 Sep 2008 02:00:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>アルター・ボーイズの公演ですよ</title>
         <description><![CDATA[<p>今年２サイクル目のヘドウィグに続いて、来年２月にまたわたしの翻訳したオフブロードウェイのミュージカル『アルター・ボーイズ』公演が東京で行われます。 </p>

<p><a href="http://www.altarboyz.jp/ " target="_blank">http://www.altarboyz.jp/ </a></p>

<p>アルターボーイズ（altar boys）というのは、キリスト教会の礼拝儀式で司祭を助ける侍者の少年たちのことです。で、ミュージカルの中の物語は、このクリスチャンのアルターボーイたちが５人組ボーイバンド Altar Boyz を結成して、世界巡業で歌と踊りの公演布教活動をしているという設定。その旅公演の先々で、神の教えを説きながら聴衆の魂を救うというわけさ。まあ、だいたい全編ボーイバンドのコンサート仕立てですね。これがロックありポップありバラードありヒップホップありラテンありで楽しい楽しい。 </p>

<p>で、これがオフブロードウェイ版のCM。<br />
<object width="425" height="344"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/eD0nTB9pqas&hl=en&fs=1"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/eD0nTB9pqas&hl=en&fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowfullscreen="true" width="425" height="344"></embed></object></p>

<p>アメリカではボーイズバンドいまちょっと下火だけど、まあその辺も教会ってことでややズレ気味の流行っていう設定か。でも、韓国ではこの韓国版公演がかなりヒットしてたらしいです。あそこもいまボーイバンド全盛だしね。アメリカでもシカゴやLAなどでツアー大盛況、ヨーロッパにも飛び火して、なんとハンガリーとかでもやってるんだわね。その世界サークルの中にこんどは日本も加わる、というわけです。</p>

<p>さてそして、今度こそ、今回こそ、歌はぜんぶ日本語です（笑）。 <br />
私がニューヨークの深夜にひとり、毎夜このiMacのキーボードの前でオルターボーイズのオリジナルCDを聞きながら、メロディーとリズムに合わせて日本語の音韻を１つ１つ振り分け、しかもCDといっしょに自分で日本語で歌ってみもしながら、書いては直し歌っては直しして日本語に当てはめた歌詞です。大労作！　はあ〜、疲れた。 </p>

<p>いやしかし歌詞は難しいわ。英語と日本語では一音節の情報量がぜんぜん違うんだもん。でもそこはあーた、言語フェチのわたし。ほとんど情報をそっくり入れ込んで、なおかつ日本語にして無理のない歌詞に仕上げた。そのへん、適当なところで諦めて原語の意味をばっさり削ぎ落として“意訳＋超訳＋捏造”してしまうそこらの輩とはわけが違います。えへん。 </p>

<p>で、出演者はこの５人。</p>

<p> <a href="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/altarboyz.html" onclick="window.open('http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/altarboyz.html','popup','width=680,height=694,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/altarboyz-thumb.jpg" width="400" height="408" alt="" /></a></p>

<p>やたらと脱いでしなってのはレスリー・キーがまたこの宣伝用の写真を撮ってくれたからです。レスリーはとてもいい。 <br />
でもおぢさん、正直いうと田中ロウマくんしか知りません……とほほ。<br />
なんせ、NYに住んでるんで日本の芸能界知らないの。 <br />
しかしプロデューサーたちに聞いたところによれば、あまりテレビの露出はないけどステージで活躍してるダイヤモンドドッグスというグループのメインの子だとかもいて、なかなか伸び盛りの面白い才能たちらしい。もうすぐわたしも実際に彼らに会ってみます。若い才能が、またこのミュージカルをきっかけに新しく伸びていってほしいです。</p>

<p>ところで、「神の教えを説きながら聴衆の魂を救う」って紹介しましたが、わたしはこの「神」ってのがダメなのですね。まあ、赦してやってるけど。<br />
 <br />
そのわたしがなぜにこのような物語を翻訳したか、というと、まあ、これ、表向きはキリスト教を題材にしてるけど、随所にいろいろひねりがあって、わかるでしょ、ちょっと違うのです。不信心者の多いニューヨークでヒットしてるってのも、その証左ではありましょう。たとえば、この５人組の中にユダヤ人が１人いるんだよね。ユダヤ人ってのはキリスト教ではなくてユダヤ教なのだ、本来は。その彼が、歌詞を作る才能を買われてこのバンドにリクルートされてる。それからもう１つ、キリスト教といっても、アメリカはプロテスタントが多いんだが、この５人は少数派であるカトリックのボーイ・バンド。ね、ちゃんとマイノリティ問題が入ってるでしょ？　そして、そうなれば言わずもがなですが、もちろん、ゲイのテーストも。すべてのマイノリティ問題がこれにかぶさって表現されるわけ。うふふ。キリスト教にはゲイってのはタブーなんだけど、いまどきのショーはTVも演劇も映画もミュージカルも、すべてこのゲイな感じが入らなければ成立しないのかもしれませんね。</p>

<p>いやしかしこれはキリスト教をおちょくったりしてるわけじゃありません。まじめに取り扱っています。でも、それをちゃんとショーにしてる。現代のエンターテインメントとして取り上げているわけで、やはり裏方はかなり知的なんだろうなって思います。まあ、日本ではその辺の宗教的背景も共有されていないから受け取り方もやや違うだろうけど、そのあたりはわたしの翻訳台本でまたちゃんとわかるようになっていますことよ。</p>

<p>まあ、ご覧あれかし。<br />
公演間近になったらリマインダーとしてまた告知します。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/09/post_278.html</link>
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         <category>身辺雑記/その他</category>
         <pubDate>Mon, 22 Sep 2008 02:20:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>再び9.11です。</title>
         <description><![CDATA[<p>前回のブログで紹介した9.11の再現リポートですが、ほかの原稿も取りまとめて「Still Wanna Say?」のページで載録しました。</p>

<p><a href="http://www.kitamaruyuji.com/stillwannasay/2008/09/20010911.html" target="_blank">ここをクリック</a></p>

<p>あの事件から１年後にあちこちを取材して再現したものです。<br />
証言集、被害データ、コラムなどもいっしょにしてあります。<br />
写真もあるのですが、サイズの変更など面倒くさいので、それはいずれぼちぼちと。でも、まあ、あまり期待しないで待っててください。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/09/911_1.html</link>
         <guid>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/09/911_1.html</guid>
         <category>身辺雑記/その他</category>
         <pubDate>Mon, 15 Sep 2008 17:04:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>9.11ーリプレイ</title>
         <description><![CDATA[<p>あの日は朝の７時近くまで仕事をしていて、それからベッドに入ってちょうどいい感じで寝ているところに東京からの電話が入って叩き起こされたのでした。それは新聞記者の後輩で、また与太話でもしようと電話をかけてきてるんだと思って「いま寝たばっかりなんだよ〜」と愚痴ったものです。そうしたら「起きてテレビをつけてみてくださいよ」と言います。「なんで？」「とにかく、テレビをつけて。大変なことになってるんですよ」。<br />
そこでベッドからはい出してテレビをつけると、WTCが映っています。煙が出ている。見ると側面に斜め一文字に穴があいている。</p>

<p>ことがそれほど大事だと思わなかったのは、CNNのアナウンサーも、どの局のアナウンサーも、（こちらのアナウンサー、リポーターはみなそうなのですが）ぜんぜん興奮したそぶりを見せないで淡々とリポートしていたからです。そのうちになんか別の黒いものが画面に現れ、それが背後からもう一棟にぶつかった。</p>

<p>テレビは小さく「あ」とでも言ったのだったろうか。<br />
寝ぼけているわたしには何が起きているのか即座には理解できませんでした。それが生放送であることもじつはよくわかってなかったのかもしれません。</p>

<p>以下が、翌年までに私が取材し、まとめた、あの日に起こったことです。</p>

<p>＊＊＊</p>

<p>◆09/11　08:46am　<br />
●ブルックリンの緊急通信センター　通信専門員ジャネット・ハーモン</p>

<p>　いつもと同じくよく晴れたきれいな朝だった。ニューヨ−ク市マンハッタン区の東対岸、ブルックリン区にある緊急通報センターで、通報受信オペレーターを15年間務めてきたベテラン通信員ジャネット・ハーモン（53）はいつもの朝のシフトで受信モニターに向かっていた。</p>

<p>　緊急通報センターは日本の110番と119番を統合したすべての種類の緊急電話を受け取る。米国の緊急電話番号は911番。１日平均３万2000件、年間では1200万件近い電話がかかってくる。受信装置はコンピュータと直結した105台。そこに常時最低でも60人が待機している。その背後には多民族都市ニューヨークならではの140カ国語に対応する通訳も控えている。</p>

<p>　そのとき、一本の電話が鳴る。70人ほどがシフトに入っていただろうか、たまたまハーモンがその電話を受けた。そのとたん、「オペレーター、オペレーター！」と緊迫した女性の声がヘッドフォンから飛び込んできた。「お願いだから、どんなことがあってもこの電話を切らないで！」。事件事故の通報を受ける場合、最も肝心なのは相手を落ち着かせることだとハーモンは知っている。「マダム」とあえて低い声でハーモンは応対する。「落ち着いて。どこからかけているの？」。女性が答える。「いまブロードウェイを車で下っているところ。いま、目の前で、世界貿易センターのタワービルに747（実際はボーイング767型機）がぶつかったの！　ビルが火の玉なの！　わざとぶつかったように見える！」。予断を挟まないこと、聞いたことそのままをコンピュータに打ち込んで、主観を交えないこと。車内での携帯電話なのだろうその女性の声の向こうから、同乗しているらしい男性の声が叫んでいるのが届いた。「全員をよこせと言うんだ！　とにかく、警察も消防も全員を出動させてくれと言うんだ！」。</p>

<p>　ジャンボ機がぶつかった？　確認する自分の声がうわずっているのが自分でもわかった。そのとき、周りの受信モニターが連鎖反応のようにいっせいに鳴り出した。当の貿易センターの高層階から「閉じ込められた」と助けを求める電話もあった。応答する70人のオペレーターの声が受信センターのフロアで低く強く渦を巻きはじめた。</p>

<p>◆09/11　08:55am<br />
●ブルックリン橋　ＮＹ消防長官トーマス・ヴォン・エッセン</p>

<p>　前夜やや夜更かしをしたせいもあってトーマス・ヴォン・エッセン消防長官はその日の朝のピックアップを８時半でいいと運転手に告げていた。自宅から消防本部のあるブルックリンには、マンハッタン島の東岸を南北に走る高速道ＦＤＲドライブを通ってブルックリン橋を渡る必要がある。</p>

<p>　夜更かしをしたのは31年前、初めて消防士になったときに赴任したサウス・ブロンクス区の第42はしご車隊で懇親会が催されたからだ。かつての同僚や師と仰いだ先輩たちと旧交を温めた翌朝の空は、やっとやや秋めいてきたようで爽快だった。そうしてブルックリン橋にさしかかろうとしたとき、何気なく見上げた窓の外に、何かが見えた。</p>

<p>　「あれは、雲かな？」とエッセンは運転手のジョン・マクラフリンに声をかける。ちらと視線を上げたマクラフリンはハンドルを握ったまま「いや、仕事のようですな」と答えた。だが、そのときはまだマンハッタン・ダウンタウンのビル群が視界を遮り、その黒い雲の立ちのぼる場所がどこなのか、見当はつかなかった。</p>

<p>　いったいどこなんだ、と見つめる西の空がビル群の間から覗いた。目を疑った。世界貿易センターの北タワーにぐっさりと穴が開き、そこから炎と黒煙が立ちのぼっていた。</p>

<p>　「なんてこった！　貿易センターに飛行機がぶつかったみたいだ！」とエッセンは叫んでいた。</p>

<p>　そのころすでに、ブルックリンの緊急通報センターのジャネット・ハーモンの打ち込んだコンピュータ情報は出動センターのモニターに流れ、消防本部の指令系統から第２次出動命令が発信された。それは十数秒後には第３次、第４次出動に、そしてたちどころに最大動員の第５次出動に変わった。</p>

<p>　マクラフリンは長官専用車の消防無線のスイッチを入れた。「ワールドトレードセンター、北タワーで爆発」。交信が錯綜する。第５次出動。エッセンは寒気を覚えた。黒く不吉な煙の噴出を見つめながら、「1000人単位の犠牲者……」とつぶやいたことを彼は憶えている。</p>

<p>◆09/11　08:58am<br />
●ＦＤＮＹ　ニューヨ−ク市内に位置する212消防署</p>

<p>　ＮＹ消防本部は全部で消防車隊が203隊、はしご車隊が143隊、ほかにも泡消火部隊の10隊などで構成され、人員は計１万1500人。その朝の勤務者はおよそその半数だった。夜勤と朝番との交替シフトは朝の９時。だがその日、朝のシフト交替はついに終わらないままだった。</p>

<p>　ＮＹ市警の警察官らは「ニューヨークの最たる精鋭たち（Finests）」と呼ばれる。対してＮＹ消防本部（ＦＤＮＹ）の消防士たちには「ニューヨークで最たる勇者たち（Bravests）」という尊称が付いている。あまたの大火災にも恐れることなく立ち向かい、幾多の犠牲者を出してもつねに生活者の味方でありつづける消防士たち。1966年にはマンハッタン・ダウンタウンの「23丁目大火」で一度に消防署長２人を含む12人の消防士が殉職したこともあった。それが過去最悪の出来事だった。</p>

<p>　最初の出動命令は世界貿易センター（ＷＴＣ）にほど近いグリニッチ・ストリートにある第10消防車隊に出された。「ＷＴＣで爆発」との報。その出動命令はすぐさま市内全域に拡大した。ニューヨーク中にけたたましいサイレンとクラクションの音が鳴り響いた。</p>

<p>　通常の火災はまず担当地区の消防車隊が対応し、そこにはしご車隊などが増員される。それで対応できないときはその地区全体の消防隊が「大隊（バタリオン）」として派遣される。それでもだめならより大きく地域（ディビジョン）全体の消防署の出動となる。そしてそれでも困難なら、市内全域の消防士が現場に急行する。しかしそんなことはかつてなかった。</p>

<p>　第一陣の現場到着隊は第10消防車隊を含みいずれもＷＴＣに隣接する地区の消防署だった。夜勤を終えて交替して帰宅するはずだった60人の消防士たちもその中に加わっていた。現場に急行する消防車には通常の２倍の消防士たちが乗っていた。もっとも、午前９時29分には非番を含め市内の全消防士に出動および待機命令がかかったから、すでに非番もなにもあったものではなかった。現場ではだれが出てだれが出ていないかを点呼するゆとりもなかった。無線機も持たずに急行する者も多かった。周辺ビルまでもが炎上しはじめていた。どこから手を付ければいいのか、この道数十年のベテランたちでさえもたじろいでいた。現場は混乱を極めた。だが、混乱を見せてはいけなかった。逡巡を振り切るように、勇者たちは各自行動を起こしたのだ。ある者たちは自分の経験だけを頼りに果敢にタワービル上層階へと階段を駆け上っていった。数千人が避難を待っているのだ。</p>

<p>　まさか、この世界最強のビルがすぐにも崩壊しようとは、その時点ではだれも考えていなかった。</p>

<p>◆09/11　09:03am<br />
●２機目が南タワーに突入</p>

<p>　消防、警察、救急隊の全体が事態の重大さに対応しはじめたとき第２弾が待ち受けていた。マンハッタンの南側から轟音とともに超低空飛行してきた航空機が、今度は無傷だった南タワーに激突したのだ。こちらの衝撃は北タワーよりも甚大だった。飛行機の速度は１機目よりも160キロ速い時速800キロ。総重量160トンのボーイング767は南タワーの78〜84階部分の南東のコーナーを切り裂くようにぶち抜いた。３万6000リットルものジェット燃料がビル内部に注ぎ込まれた。３分の１が衝突時に一瞬のうちに引火し大爆発を起こし、残り３分の２がビル内部で気化して充満するか火とともに伝い落ちていった。おそらく、そのとき何十人という人間たちが熱と圧力で蒸発した。</p>

<p>　南タワーにも即座に第５次出動命令が発動された。北タワーに展開していた消防士たちがここにも駆け込んでいった。数千段もの階段を駆け上がり、内部の数千人を安全に避難誘導するために。</p>

<p>　だが、その時点で両タワービルの火災温度は1100度にも達していた。フロアを支える鋼鉄のトラス群が熱にやられて溶けはじめていた。</p>

<p>　熱と煙に耐えきれず、高さ300メートル以上の上層階から自ら飛び降りる人も続出した。消防士にもすでに負傷者が出ていた。なにより、トラック大の瓦礫が断続的に地上に降り注ぎ、後続隊は燃えさかるタワーに近づくことも難しくなっていった。</p>

<p>◆09/11　09:59am<br />
●南タワー、「もっと部隊をよこせ！」</p>

<p>　２機目でこれはテロだと断じられた。北タワーに１機目が突入した際、南タワーではこちらは被害がないから各自自分のデスクに戻るようにと館内アナウンスが行われていた。だから南タワー上層階で相当数の人々が閉じ込められてしまったのだ。</p>

<p>　そこに真っ先に飛び込んでいったオリオ・パーマー大隊長とロナルド・ブッカ消防隊長が、40分をかけていまやっと78階まで徒歩でたどり着いていたのだった。これまで消防士がたどり着いたのはおそらくせいぜい50階までだったろうと思われていた。だが、翌2002年８月に見つかった無線交信のテープに、激突部分であるまさにその78階で、多数のけが人の救出にあたる彼らの声が分析されたのだ。</p>

<p>　午前９時45分ごろの録音。パーマー大隊長が78階にいたけが人数人を含む10人のグループを41階のエレベータまで向かわせたと連絡している。そのエレベーターが、最後まで動いていたただ一基のものだった。</p>

<p>　南タワーを担当したドナルド・バーンズ指揮官の声も残っていた。「もっと部隊をよこしてくれ！」と何度も繰り返し叫んでいた。しかし、救助に向かった消防士たちは階段を降りてくる避難者たちに行く手を阻まれ、さらにいったいどちらのタワーのどこに行けばよいのかも混乱したままだった。</p>

<p>　14分後、午前９時59分、南タワーが内部へ向けて沈み込んでいった。崩壊速度は時速320キロ。ビル全体が崩落するのに10秒しかかからなかった。パーマー大隊長らの交信はそこで途絶える。41階に向かっていたはずの被救助者たちにとっても、14分という時間は外に出るにはあまりにも短すぎた。</p>

<p>　その直前、ワシントンＤＣ郊外では国防総省にボーイング７５７が突入していた。さらに午前10時10分、ピッツバーグ郊外では別のハイジャック機が、明らかに乗客の抵抗に遭って突入目標に達することなく墜落した。</p>

<p>◆09/11　10:28am<br />
●北タワーも……２万5000人を退避させて</p>

<p>　午前10時28分、そして北タワーもついに崩落した。立ちのぼる粉塵と炎の下でなおも消防士間の無線交信は雑音混じりで続けられていたが、それらもいっせいに静まりかえった。動けなくなった携帯者の位置を知らせるＰＡＳＳ（個人警報安全システム）モニターの音だけが瓦礫の下から聞こえていた。だが、崩壊とともにそれらは消防士たちの手から放れていた。音の聞こえるところに消防士はいなかった。</p>

<p>　消火用水を供給する水道本管ももう破断されて機能していなかった。近接のハドソン川から消防船が水を供給していたが、それではもちろん十分ではなかった。ＷＴＣの計６棟が崩落または炎上していた。約２万坪が燃え上がっていたのだ。</p>

<p>　ピート・ガンチ消防本部長、ウィリアム・フィーハン消防第一副長官、レイモンド・ダウニー救助（レスキュー）本隊長が殉職した。大隊長の18人、消防副隊長の77人も殉職した。第１レスキュー隊は消防士11人を一度に失った。第20はしご車隊は７人、第22消防車隊は４人を失った。消防全体では343人が亡くなった。消防車など装備の損壊損失は4800万ドル（当時レートで5700億円）に及ぶ。しかし、彼らの犠牲によって世界貿易センターの２塔からは計２万5000人が脱出できたのだ。</p>

<p>　火は以後、崩壊した地下で４カ月間にわたって燃え、くすぶりつづけることになる。</p>]]></description>
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         <category>時事問題・アメリカ</category>
         <pubDate>Fri, 12 Sep 2008 03:30:49 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>福田ってやつは</title>
         <description><![CDATA[<p>けっきょく、とどのつまり自民党には現在、政権担当能力がないということなんでしょう。政権投げ出しが２回続くと、信頼は地に堕ちる。 </p>

<p>福田の個人的な性格ってのもあるでしょうが。やる気がない、というか、やりたくないんだわね。初めからそうだった。というか、今から思えば、福田は森にそそのかされた小沢・民主との大連立のみにかけて政権を担ったのかもしれないですわね。それが失敗した段階で福田政権の存在理由はなくなったのです。洞爺湖サミットまでのただの時間つぶしだったわけだ。 </p>

<p>記者会見最後の質問「総理の対応は国民からみんな他人事のようだと言われているが」に対して、「あなたは他人事のようだと言うけれどもね、私は自分を客観的に見ることができるんです！　あなたとは違うんです！」って気色ばんだのはとても子供っぽくて聞いてられなかったですね。官房長官時代からそういう言動はまま窺えてたんですが。 </p>

<p>さて自民党だって麻生か百合子かって選択でしょう。この選択はないわなあ。福田退陣というより、自民党自体が自ら退陣するような雰囲気になっていくでしょう。 </p>

<p>総選挙の流れは加速するはずです。<br />
次期政権もつなぎでしかなくなります。<br />
そのつなぎを、お調子者の麻生は受けるしかない。<br />
小池百合子ねえ、どうなんでしょう。<br />
わたしにはわかりませんわ（他人事……）。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/09/post_277.html</link>
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         <category>時事問題・日本</category>
         <pubDate>Mon, 01 Sep 2008 23:18:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>頭打ちとなる石油</title>
         <description><![CDATA[<p>日本に帰る飛行機代に多額の燃料費なるものが加算されるようになったのはいつからでしたっけ？　この燃費サーチャージ、10月からまた１万円ほど上がるんですね。つまり日航や全日空なら通常の航空運賃の他に燃費追加でさらに６万６千円を払う計算です。これって、ちょっとまえの往復格安航空券そのものの代金だった。いまはそれが倍以上出さないと日本に帰れないのです。参ったなあ。</p>

<p>それもこれも原油の高騰に原因があるのですが、石油がこのままなくなってしまった世界を考えるとぞっとしてしまいますわね。</p>

<p><br />
石油がなくなったら、おそらく私たち人類は重力の呪縛に捕われてもう二度と長時間にわたって空を飛ぶことはできなくなるんじゃないでしょうか。ハンググライダーなんかは別ですが（とはいえあの羽根も石油からできた繊維でしたっけ？）、アメリカから日本に帰ること自体が不可能に近くなる。帆船はあるでしょうけれど石油エネルギーがなくてどうやって船自体を、工具を、釘を作れるのか？　おまけに温暖化の気候変動で海は大荒れです。</p>

<p>自動車はかろうじて自然エネルギーから得た電力や天然ガスなどで動くかもしれないので「江戸時代みたいな生活」というわけではないでしょうけれど、それにしても通信や情報を含めてすべての分野の産業が極端なほどに縮小するのは間違いありません。あ〜、こりゃ大変だ。気づけば周りは何から何まで石油エネルギー頼りなのです。</p>

<p>さて、石油はほんとうになくなるんでしょうか。いえ、なくならないんですって。どういうことかっていうと、なくなるよりもずっと以前に、石油が使えなくなる日が来るのです。そっちのほうが差し迫った危機です。</p>

<p>というのは、埋蔵石油はまだあっても、採り出しやすい石油は採ってしまって、残っているのは、その石油を採り出すのに、その石油の持つエネルギー以上のエネルギーが必要になるような石油だけ、という時がいずれ来るってことです。そうすると石油を採取する意味がなくなってしまう。</p>

<p>これって、すごいことではないでしょうか。この世に金で買えないものはない、っていう前提で資本主義が発展してきているのだけど、その下支えになっているのがエネルギーです。よくわかんないけど、エネルギー本位制？　金10gを買うのに、金12gが必要、っていうのは論理矛盾だけど、石油10バレル掘るのに石油12バレルが必要という破綻が訪れるわけですね。</p>

<p>そういう、掘り出せない石油が増えてくると、石油生産がいずれ頭打ちになります。その生産のピーク、つまり後は年々産出量が減るしかないという「頂点」が、じつはもうすでに来ているのではないかという説があります。実際、埋蔵石油の発見は40年以上前の1960年代半ばにピークを迎え、その後の発見は減る一方。つまり私たちはいま、60年代以前に発見された石油のストックをどんどん食いつぶしているだけなわけです。増産はできるけど、その分、あとが続かなくなる。</p>

<p>いやまだ石油生産のピークには至っていない、とする石油会社などの研究結果もあります。しかしその研究にしても多くが石油生産はあと10年ほどで、天然ガスもあと20年ほどで頭打ちになる、と結論づけているのです。</p>

<p>そんなに早く？　ならばもっとメディアが騒いでもよいのにとも思いますが、騒いでも事実が変わらないのだとすれば、パニック回避のためにも敢えて看過しているのかもしれません（あるいは事の重大さにほんとうに気づいていないか）。</p>

<p>すると……そう、冒頭の私の心配は杞憂ではなくなります。原油の現在の高騰はもちろん、石油の値段が実需によって決まっているのではなく、金融商品化しているせいです。つまり々として取引されているからなのですね。でも、単にそんな投機筋の一時的な利益狙いではなく、ともするともうほんとうに石油はなくなるのだという“インサイダー”情報が背景にあるのかもしれない……航空運賃への燃費加算は今後も廃止されることなく慣例化し、その額も増大する一方──それは究極の格差社会が訪れる前触れかもしれません。つまり、お金を持つものだけが石油エネルギーを享受できる社会です。</p>

<p>なんだか、「格差」なんていうなまっちょろい言葉じゃ捉えきれない新しい時代が来るような気もします。世の金持ちたちはいま、そんなときのためにせっせとカネを溜め込んでいるんじゃないか？　自分たちだけは生き残る、という本能。</p>

<p>「頭打ちとなる石油」を意味する「ピーク・オイル（Peak Oil）」というキーワードを憶えておいたほうがよいかもしれません。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/08/post_276.html</link>
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         <category>時事問題・国際</category>
         <pubDate>Sun, 31 Aug 2008 04:20:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ヒラリーの影こそが</title>
         <description><![CDATA[<p>アメリカの民主党全国大会が終わり、今週末からは今度は共和党の大会に話が移ります。</p>

<p>結論から言うと、民主党大会の主役はオバマではなくヒラリーでした。<br />
いや、オバマなんですよ、もちろん。でも、違うんだな。大会最後を〆る84000人を前にしたオバマの受諾演説を聴いていても、ふむ、それはひょっとすると単に私がいまもまだヒラリーに固執しているせいかもしれないとは思うけれど、どうも、「まさに主役はオバマです」ってすっと腑に落ちる、というようなもんではなかった。</p>

<p>それは大きく、２つありました。いや、３つかな。</p>

<p>まずはあのペプシセンターで27日に行われた各州ごとの点呼投票（Roll Call）で、これはアルファベット順にアラバマから、はい、あなたの州は誰に何票ですかって聞いていって、ヒラリー３票、オバマ21票、とかって答えてゆくんですが、そのときにCのカリフォルニアになったときに、カリフォルニア州、「わが州はパスします」って言ったんですね。へ？　え、カリフォルニアはヒラリーが取った州です。代議員数441人。これが投票を棄権？　テレビで見ている素人の私は、「あらら、これって造反票？」って思うじゃないですか。</p>

<p>オバマの有利は変わらない。でもカリフォルニアの代議員441人は、アメリカ民主党の象徴的存在です。これがパス。</p>

<p>そうしてまた投票点呼は進んでいきます。否応なくオバマ票よりも、それと彼女自身がオバマへって呼びかけたのにも関わらず依然続くヒラリー票に注目が集まりますよね。獲得代議員数よりはもちろん少ないのだけど、でも、各州、ヒラリー残党はいるわけですよ。ああ、民主党の亀裂はけっこうのこってるかもな、ってその線で原稿書きの方向性が決まるかなって思いますわね。そうしたら、こんどはHIKJの「I」で、イリノイが「わが種はパス」ってやったんです。</p>

<p>は？</p>

<p>イリノイって、今度は逆にオバマの出身州です。シカゴですからね。もちろんこの州はオバマが取った。なのに、なぜ？</p>

<p>ここで、いままではこれほど大統領選挙の過程を注視していなかった私は混乱しました。<br />
こういう流れを知らなかったんですね。はい。あはは。</p>

<p>そんで、Nまで来て、ニューヨークになったときにわかったんです。<br />
NYも代議員数では281人、これもヒラリーの州です。さて、どんな票が出るか、と思ったら、代議員団を差し置いてヒラリーがマイクに向かって「動議」とやったわけ。「もう、満場一致 acclamation でオバマを指名することを動議とします」って。それでニューヨークの票の何たるかも言わずに、議長がその動議を認めて、会場の拍手でオバマ指名を決めたわけです。</p>

<p>つまりね、その前までの段階でオバマは過半数の2118人に届いていなかったんですが、カリフォルニアとイリノイを足していればとっくに過半数に届いてしまっていたわけです。そうすると、ヒラリーがこの動議を出す必要はなくなるのね。この動議を出して党の満場一致でオバマと決めるためには、カリフォルニアとイリノイが投票してはいけなかったわけですよ。すごい操作でしょ。それも、ヒラリーのカリフォルニアと、オバマのイリノイを双方ともパスさせて、それでどうにも注目を浴びるニューヨークのロールコールの時点でヒラリーの動議で決める。３つのバランス。</p>

<p>ふむ、なるほど、そういうことね、というわけです。これ以上の演出はない。<br />
これもそれも、ヒラリーがオバマを候補に押し上げた、ということのプレゼンテーションなのですね。</p>

<p>つぎに、まあ、オバマの演説です。27日のジョー・バイデンの演説のあとで登場してきた時も、そして28日の受諾演説も、演説はヒラリー・クリントン、ビル・クリントンの話から始まりました。その両クリントンとも、じつにみごとなオバマ支援演説をやってのけて、さすがにクリントンだなと思わせたものです。それをきちんと受けて、1800万というヒラリー票を味方に付けようというのは当然のことでしょう。なにせ、ブッシュの選挙では400万票の草の根保守キリスト教者たちが鍵を握った。1800万票は何をか言わんや、の数です。</p>

<p>ところで、この数日間の演説で最も感動的だったのはじつは私にとってはジョー・バイデンの息子のボー・バイデンの話でした。デラウェアの法務長官をやっている若い彼は、といってももう40代ですが、彼の一家を襲った交通事故の話をとても誠実に引用しながら彼の父親の人となりを紹介していました。連邦議員に当選しながらも入院している彼と次男に付き添うために議員辞職を考えていたということ、誰がなんと言っても彼のベッドの脇にいようとしていてくれたこと、その語り口もあって、私にはジョー・バイデンその人の演説よりも感動的でした。</p>

<p>ただ、ボー・バイデン演説以外の焦点は、やはりヒラリーだった。</p>

<p>これは29日の共和党の副大統領候補発表のときにはしなくもまた明らかになりました。</p>

<p>指名されたのはアラスカ知事のサラ・ペイリンです。44歳の彼女はだれにとってもサプライズでした。<br />
しかし、最たるサプライズは彼女の演説でした。</p>

<p>彼女は妊娠中絶も反対、同性婚にも反対のバリバリの右派です。おまけにライフル銃は持っている、狩猟はスポーツとして大好き、という全米ライフル協会会員。このNRA400万人の票も大きい。経済政策も保守派です。アラスカの油田開発もオッケーです。この４月に生まれたばかりの男の子はダウン症で、彼女は彼を「神の恵み」と呼んで、中絶反対派の面目躍如といったところです。まあ、わたしもそれには異存はないんだけど。</p>

<p>で、彼女がオハイオの演壇で何と言ったかというと、自分がここに立っているさまざまな感謝の対象として「ヒラリー・クリントン上院議員」の名前を口にしたのですね。「クリントン・上院議員は女性にとってのガラスの天井に1800万のヒビが入ったと言った。それを今度は私たちが打ち破る番だ」とやったんです。</p>

<p>さすがにこれは、共和党の支持者の集まりの会場にヒラリーの話なんぞ聞きたいやつなどいなかったでしょうし、とても場違いな感じだったんですが、図らずもマケインの意図が見え透いたわけで、その意味でとても面白かった。つまり誰もが知っているように、マケインもヒラリー票が欲しいんですね。彼女が自分でこの演説を書いたとは思えません。もちろんそういう趣旨の発言をするのに、マケイン自身の許可があったことはたしかでしょう。</p>

<p>ペイリンはほとんど無名で、その意味では共和党支持者には落胆する人も多かったでしょうが、マケインとしてはオバマの47歳に対しての44歳、ヒラリーに対しての女性、そうして共和党の勝利の鍵を握る保守派への媚としての彼女を選んだのです。マケインはもともと共和党では一匹狼の中道だった人なのに、大統領候補になってからどんどん保守化していきました。まるで一匹狼の看板を下ろすように、同性婚に関しても急に口をつぐむようになりました。それは共和党候補としての宿命なんでしょうが、右傾化して票を獲得するならば大方の副大統領の予想はモルモン教のミット・ロムニー、あるいは南部バプティストのハッカビーかとも思われていました。でもそれでは新鮮味に欠けるし、ヒラリー票を奪えない。そういうところからのペイリンの選択だったのでしょう。</p>

<p>つまりここでもヒラリーなのです。</p>

<p>さて、そのヒラリーの扱いとして、オバマ民主党はとてもうまくやったと思います。一時の激情からマケインに投票すると言っていた人たちも、あと２カ月の間にはかならずオバマというか民主党支持に戻ってくると思います。ヒラリーの支持者が、ペイリンごときの撒き餌で最後までマケインについていくとはぜんぜん思えません。ペイリンって、ヒラリーの支持者がじつは最も嫌うようなタイプの女性なんじゃないかなあ。だいたい美人コンテストに出るってこと自体、ダメでしょう。</p>

<p>さてそのヒラリー、どう出るんでしょうね。オバマが盛んに持ち上げたマイル・ハイ・スタジアムでの受諾演説ではヒラリーもビルもその場にいませんでした。</p>

<p>彼女は、次の大統領選を視野に入れている。そう言う人は少なくありません。<br />
マケインが当選しても２期目はないでしょうから、つまりはオバマが敗退して、ってことですが、そのときつまり2012年の大統領選挙では、ヒラリーが出てくるはずだというのですね。マケインがペイリンに禅譲する、というシナリオも考えられますが、昨日見ていたかぎりでは、ペイリンはそんなタマじゃないってことでしたし。まあ、彼女は、あまり頭よくないわね。あれはヒラリー支持者だけじゃなく、本来の共和党支持者からも反発を受けそうって気がします。これから２カ月のあいだに、副大統領候補感のディベイトなどで、きっとぼろが出てくると思います。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/08/post_275.html</link>
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         <category>時事問題・アメリカ</category>
         <pubDate>Sat, 30 Aug 2008 15:10:43 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>マシュー・ミッチャムが金メダル！</title>
         <description><![CDATA[<p>北京五輪でゲイだと公言している唯一の男子選手（オープンリーレズビアンは９人いますけどね，男はカムアウトできないんだなあ）、オーストラリアのマシュー・ミッチャム（20）が、10m高飛び込みで、圧倒的な強さを誇る中国勢の一角を崩してなんと見事に金メダルを獲得しました。 <br />
現在発売中のバディに彼のこれまでの歩みを書いていますので合わせてご笑読を。</p>

<p>決勝は、ものすごく劇的な展開でした。 <br />
18日の３mの飛び込みではマシューは決勝にも残らない16位だったんだけど、23日の10mの決勝には２位で乗り込んでいました。「まあ、ダメ元だと思ってリラックスして、ただこの瞬間を楽しもうと思った。メダルなんて、ぜんぜん考えてなかった」と話しています。 </p>

<p>で、決勝の第１回ダイブは平凡なもので７点台、８点台の得点で９位でスタート。先行きが危ぶまれます。 <br />
しかし第２回の飛び込みで３回転半のサマーソルトを決めて10点満点を付けたジャッジが４人も。これで一気に２位に浮上したのです。 <br />
以後５回まで１位は中国の周がキープ。マシューは２位で0.8ポイント差で追うけれど、このままでは逆転は無理かと思われました。 </p>

<p>ところが最終ラウンドで周が痛恨のミス。なんちゅうの、３回転半後ろ宙返り？　難易度3.4のその着水で体が曲がったのね。判定は６，７，８点台とまちまち。 </p>

<p>ここでマシューは勝負に出ます。なんと難易度3.8と周を上回る難しい飛び込みを敢えて選び、しかもひねりも空中姿勢も完璧は着水。今度もまた４人から10点満点！　これで112.10点を獲得し、周を４ポイントも追い抜いてみごと金を獲得したのです。 </p>

<p><img alt="mitcham.jpg" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/mitcham.jpg" width="450" height="297" /></p>

<p><img alt="24676362.JPG" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/24676362.JPG" width="600" height="405" /><br />
これはゴールドメダルを決めたマシューの飛び込みです＝NYタイムズなどから。</p>

<p>水から上がったマシューは得点を見て両手を突き上げて歓喜、しかしすぐに膝から落ちて泣き始めました。そうだわねえ、鬱病にもなったつらい練習からの復活だもの。恋人のラクランもマシューのお母さんといっしょにもちろんこの会場で彼を見つめていました。 </p>

<p><img alt="mitcham2.jpg" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/mitcham2.jpg" width="353" height="409" /></p>

<p>今大会、中国は飛び込みで８つの金メダルを独占するつもりでいました。その夢が20歳のオープンリーゲイの男の子に破られた。 </p>

<p>飛び込み選手の選手生命のピークはふつう20歳代半ばです。つまり、マシューは次のロンドンでも連覇を狙う、いやその次の16年の五輪でも登場してくるでしょう。 </p>

<p>なんだか、関係ないけど、うれしい。 <br />
ダイビングの金は過去に20年前のソウル五輪で連覇のグレッグ・ルゲイナスがいるけれど、彼は金を取ってからのカムアウトでした。それに比べると、時代も世代も遅々としながらも確実に変わっています。うーん。感慨深いなあ。 <br />
</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/08/post_274.html</link>
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         <category>芸能・スポーツ</category>
         <pubDate>Sun, 24 Aug 2008 13:27:51 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>うるわしき毒</title>
         <description><![CDATA[<p>スポーツというのはじつはジャーナリズムの中で最も記述の難しい分野ではないかと思っています。中立が旨である報道の中で、スポーツ記事だけがそのカセをはらってなんとも身びいきだったりします。したがって、ＮＢＣの五輪中継を見ていてもあんまり面白くないということになります。日本がさっぱり出てこないしね。主役ではないのですから。</p>

<p>しょせん私たちは自分の知りたい情報しか知りたくないのかもしれません。たとえば北京五輪の射撃の表彰台で、銀と銅を獲得したロシアとグルジアの女子選手が頬にキスし合って抱き合ったというニュースが朝日のウェブサイトで紹介されました。</p>

<p>ご存じのようにロシアとグルジアは南オセチア自治州の統治をめぐって戦闘状態に突入したばかりでした。そして朝日のサイトは２人仲好く並ぶ写真に「スポーツは政治を越える」というロシア選手のコメントを引用し、見出しも「表彰台に友情の花」と紹介していたのでした。</p>

<p>スポーツは政治を越え「ない」ことはだれもが知っています。それどころかスポーツはつねに政治に利用される。中国での五輪の開催はまさしく、世界の先進国社会に正式に仲間入りしたい中国の政治的思惑と、中国も五輪の体面上、国際的に反発を買うような外交決断や人権侵害は避けるようになるだろうといった西側の政治的思惑の交差したところに成立したものです。</p>

<p>にもかかわらず「スポーツは政治を越える」と言うのは、私たちがつかの間のそんな幻想を信じたいと思っているからでしょう。シビアな現実世界の、それは一服の清涼剤めいて、私にはそれを責める気はありません。私も新聞記者１年生のときは「読者が感動できる物語を探して書くんだ」と先輩記者に叩き込まれた口です。</p>

<p>かくしてオリンピック報道は往々にして選手やその周囲の美談と感動の根性物語になります。</p>

<p>そんなことをつらつら考えていると、今度は五輪開会式でソロを歌った「天使の歌声」の女の子がじつは口パクで、舞台裏ではその子よりも見た目のそうよくはない、しかし歌はうまい別の女の子が歌っていたのだというニュースがありました。なるほど、世界が見たいだろうと思うものを見せる、それはスポーツ報道に限らない。新聞なら美談で、テレビなら画面上の美しさ。それがなんで悪いんだ、というところでしょうか。で、同じくあの開会式の花火のCGです。ふむ、徹底していますな。</p>

<p>しかし日本だってエラそうなことはいえません。ヤラセと演出の違いに敏感なのは、とりもなおさずヤラセでも視聴率が取れるという現実が厳然として存在するからです。中にはヤラセとわかっていてわざとそれを楽しむなんていう高度な視聴技術さえ新しい世代には育ってもいる。</p>

<p>視聴者も読者も、そうやって美談という名の毒消しを求める社会は幸せな社会なのでしょうか。そしてあるとき、美談そのものが現実を直視しないうるわしい毒になって蔓延している。</p>

<p>新聞記者時代、もう１つ大先輩から教わったことがあります。「ときには読みたくないことも書かねばならない。その社会にとって都合の悪いことも書かねばならない。あるときは害であることですら書かねばならない。なぜかわかるか？　なぜなら、それが事実だからだ」</p>

<p>中立とか中道とか、そういうバランス感覚の問題ではなく、あるいは社会の木鐸なんぞといった大仰な構えからでもなく、それが単に「事実だから」というだけの単純明快な基準に、若かった私はまさに目からウロコが落ちた思いでした。</p>

<p>五輪のドラマが続いています。ＮＢＣやＮＹタイムズから知る数少ない日本人選手の活躍ぶりは、あんまり面白くないし物足りなくもあるけれど、逆に熱狂的にあおられる感じもなくて、スポーツ観戦のなんだか不思議に新しい経験です。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/08/post_273.html</link>
         <guid>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/08/post_273.html</guid>
         <category>ジャーナリズム/マスメディア</category>
         <pubDate>Wed, 13 Aug 2008 14:01:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>逝く者、去る者、生きる者</title>
         <description><![CDATA[<p>ちょっと前の話になるんですがね、ある年の感謝祭に友人にサウスカロライナの実家まで招待されたことがあります。七面鳥も食べて、さて翌日は私からのお礼ということで、友人のご家族をどこかにお連れしたいと申し出ました。「せっかくですからジャパニーズレストランは？」と提案すると「ああ、あります、あります」と言われて案内されたところが「鉄板焼き」でした。</p>

<p>なるほど、いまでこそ「スシ、サシミ」は有名ですが、いまでもきっと南部や中西部、いやいやニューヨークから少しでも出たら「ジャパニーズ・レストラン」とは「ヒバチ・ステーキ」屋さんのことなのでしょう（こちらではあの鉄板焼きをなぜかヒバチ（火鉢）ステーキって呼ぶんです。火鉢焼きはまた別にちゃんと火鉢のがあるんですがね、謎です）。友人の甥っ子の小学生は、ナイフやスパチュラをくるくる回しながら野菜やエビの頭を宙に飛ばすニホン人ふう料理人に大喜びでした。</p>

<p>15年もニューヨークに住んでいるのですが、じつは私はベニハナに行ったことがありません。ロッキー青木には１、２度会いしましたが、ろくに話もしませんでした。いつかそういう機会も来るだろうとのんびり構えて、敢えてその時を作ろうとは思っていなかった。そうして先日の訃報を目にしたのです。</p>

<p><br />
そんなときに野茂の引退表明も行われました。<br />
彼がこちらに渡ってきたのは13年前の95年でした。その前年から野茂の大リーグ挑戦はメディアで取り上げられていたのですが、それは好意的なものだけではけっしてありませんでした。「世話になった近鉄を捨てて、他の迷惑も考えずに米国に行く自分勝手な恩知らず」、たしかそんな論調でした。それはむろん、そう感じる者が少なからずいたという当時の日本社会の反映でもあったのです。いまでは信じられませんが、石もて野茂を追ったと同じニホン人たちが大リーグでの活躍で掌を返して彼を絶賛したのです。</p>

<p>野茂は批判にもなにも反論しませんでしたが、しかしあの彼の寡黙のどこに、単身アメリカに渡って野球をしなければならないという切実さが秘められていたのでしょう。インタビューでもする機会があったら聞こうと思っていたのですが、当時、その１年後に例の伊良部がヤンキーズに入ってきて、NY駐在の私としてはそっちを取材する機会はあったものの、野茂にはけっきょくいまも会ったことのないままです。</p>

<p>そんなことを思い出しながら、ロッキー青木のことをまた考えました。彼が留学生として渡米したのは48年前、1960年。NYのベニハナ・オブ・トーキョーの開業は1964年だそうです。</p>

<p>私がベニハナに行ったことがないのは、じつはどこかであれはニホンじゃないと恥ずかしく思っていたからです。いま私たちはそういうレストランを「なんちゃってジャパニーズ」って言ってバカにしています。味がどうのこうのというより以前に、まず、コンセプトから鼻で嗤っている。それはでも、ふと思うに、野茂を「ああいうはみだし者はニホン人じゃない」と非難した“世間”と本質的に同じじゃないか？</p>

<p>ロッキー青木が「ニホン」を伝えるためにどんなに必死にアイディアを振り絞ったか、私はその苦労すら顧みようと思ったことがありませんでした。そりゃ大変だったろうに。</p>

<p>そしていまロッキー青木も野茂英雄も、彼らの渡米は、ひょっとすると職業的な野心とか野望とかいうのとはちょっと別の、もっと個人的な、やむにやまれぬ自己実現のなんらかの手段だったのではないかと思い至るのです。</p>

<p>先週末、東京から出張でやってきたTV局の友人と会食しました。NYでとあるイベントを行うその下準備でさまざまな関係者に会いに来たそうですが、その彼が言うには「NYの日本人はみんな濃いですね。日本では周囲の評価がその人を決めるみたいなところがありますが、NYではみんな自分で自分の評価を決めているみたいな」</p>

<p>なるほどそうかもしれないなあ。<br />
自ら選んでこっちで生きている人間はみんなどこかで見果てぬ自己実現を目指し、つまりはみんななんかヘンなやつなのかもしれません。最近の駐在で日本から派遣された会社員たちは違いますが、60年代、70年代にこっちに渡ってきたようなひとたちはそりゃもうひどく濃い。</p>

<p>変なやつって、英語ではweirdoって言います。<br />
もっとはっきり言えば Queer ってことですわね。ふふ。<br />
</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/07/post_272.html</link>
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         <category>身辺雑記/その他</category>
         <pubDate>Wed, 23 Jul 2008 01:59:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>石田衣良の「娼年」という小説</title>
         <description><![CDATA[<p>石田衣良という作家を論じるにこの「娼年」という作品を通じてでいいのか、これしか読んだことがないのでわたしはまったくわからないけれど、どうなんでしょうね。昨晩、地下鉄の中でこれを読み終えての感想は、うーん、なんというか、そつのなさで終わっちゃってるなあ、という感じのものでした。</p>

<p>ヘタクソじゃあまったくないんだけど、いやむしろ文章としてはいろいろと頑張って記述してるなという感じもあるのだが、いかんせん、主人公を20歳の男の子にして、それをずいぶんともったいつけて大人なふうにも描いているのにもかかわらずやはりしょせんはガキなんですね。「女もセックスも退屈でつまらない」といわせているんだけど、それもカッコつけだけみたいな感じがする。底が浅いんだ。</p>

<p>こういうとき、この主人公に、他のいろんな傑作の同じような年頃の男の子をぶつけてみるとわかることがあるの。たとえばこの主人公の「リョウ」くんに、大江のバードをぶつけてみる、とか。するとさ、「リョウ」くん、微塵もなくなるのよ。薄っぺらな仮面がはがれる。どうでもいいじゃん、そんなこと、ってなる。</p>

<p>じつはわたしもむかし20代の終わりに、こうした秘密売春クラブを描いた短編を「新潮」に発表したことがあって、そこでもやはり精一杯、主人公の男の子を大人びた人物に仕立て上げたのね。わたしのそれはたしかぜんぜんセックスを描かなかったんだけど、それはセックスをたいそうなものとは思ってない主人公だったからで、しかもそのセックスってのはほかの人にはたいそうなものだっていうのを利用して秘密クラブが運営されているってことに自覚的だったからなのです。</p>

<p>でね、その思いはいまも正しかったんじゃないかって思うのだ。セックスって、たいそうなものだって描くにはほんと、大江みたいに徹底しなきゃならんでしょ。でもそれは虚構の粋を極めて真実にたどり着く、みたいな方法なんですね。でも、いまも（あるいはいまになって）思うに、売春に罪悪感とかを感じるのって、ちょっとセックスを買いかぶり過ぎなんじゃないかって思うわけさ。</p>

<p>これを意識化できたのはハスラー・アキラの「売男日記」っていうジャーナルを読んでからなんだけど、売春夫にとってセックスってのは相手が売春セックスにどう罪悪感を持っていようが、清らかで生温かい癒しの商品だってことなんですね。</p>

<p>愛のないセックスって言うけど、セックスを生殖から独立させたら、セックスそのものがコミュニケーションの手段になり得る。愛がなくたって、というか、ときどき、セックスに愛が邪魔だったりしません？　その辺の意識操作というか、そういうのを経てしまうと、セックスを、愛といっしょでないと成り立たないとする卑下から解放してあげることができるのだ。友情でするセックスってのも、またいいもんなんじゃないかって思ったりするのよ。もっとも、相手の気持ちもあるのでなかなかそういうのは難しかったりするけどね。</p>

<p>そういうところまで考えないと、小説として成立しないんじゃないのかなあ。セックスをそうたいそうなものとして描くのって、ちょっと違うような気がします。いや、この「娼年」に描かれるセックスはそれじたいとしてはいいんですが、それを「リョウ」くんが感心してしまってはお里が知れる。そういう印象。</p>

<p>石田衣良って、どうなんでしょう。<br />
小説は予定調和的に上手な書き手だっていう印象を持ちました（さっきから言うようにこれ一冊しか読んでないんだけどね）。それに目線がとってもやさしいふう。てか、やさしいでしょうって言ってるようなふう。偏見ないよ、って。そして、いろんなことにちゃんと答えが出るふう。そんでもって、このそつのなさっぽさのせいで、なんとなくうさん臭い感じがするんだよね。なんでも教えてあげますよ、ってな感じが災いしてるみたいな気がするのですわ。</p>

<p>さて、わたしのこの勝手な読後印象、間違っているならごめんなさい。<br />
もう１冊くらい読むべきかな。<br />
ま、縁があったら……。<br />
失礼しました。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/07/post_271.html</link>
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         <category>書評・劇評・映画評など</category>
         <pubDate>Thu, 10 Jul 2008 06:02:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>いまの子供と50年後の子供</title>
         <description><![CDATA[<p>温室効果ガスの世界全体の排出量を「2050年までに半減する」ではなく、さらには「半減するという長期目標を共有する」ですらなくて、「2050年までに半減するという長期目標を共有することを目指す」っていう、この、動詞が３つも入ったヘタクソな日本語の３重に薄められた「Ｇ８宣言」というのはまさにいまのアメリカの断固たる及び腰と日本政府の遠慮とを象徴していて興味深いものでした。</p>

<p>いや、じつはこういう何重もの言質回避の表現は国連の安保理決議などでも蔓延しているので、政治宣言としては驚くほどのことでもないのですが、米国シェルパ（実質的な議論を担う交渉代理人）のダン・プライス大統領補佐官が「素晴らしいＧ８宣言文」と自画自賛するのを聞けば、さすがは弁護士出身、そりゃつまり自分に有利に導けたって意味ね、とすぐにわかるというもんです。</p>

<p>日本政府も自画自賛していますが、こちらは欧州勢と米国との板挟みになって、それでもいちおう文言をまとめあげるのに成功したという意味でしょうか。しかしなんだかこれも、安易に「自分をほめてあげたい」と言いのける今時の甘ったれ風潮そのもの。欧州勢から「日本のリーダーシップが見えない」とさんざん呆れられているのを、米国しか見ていないので気づかなかった、あるいは政治理念もなくただまとめることしか考えていなかったってことです。</p>

<p>たしかにまとめあげたことは認めます。それもたしかにひとつの政治でしょう。そのようにしかものごとは進んでいかないのもわかります。だが、このなんとはなしの「切羽詰まっていなさ」は、政治的想像力の不在というか、つまりはこのサミットに出席しているすべての人間たちが、おそらくは50年後にはもうこの世にはいない、ということに関係しているのではないかと、ふと思ったりもするのです。</p>

<p>まあ、そんなことを言うのはエキセントリックだと思われてしまう、われわれのいまの有り様もあるのですがね。</p>

<p>とどのつまり、今回のＧ８はエコロジー（生態系）とエコノミー（経済）の兼ね合いをどうするかという人類の宿命に関する議論の場でした。つまり50年後の子供たちといまの子供たちの、両方を救うにはどうすればよいかということです。アフリカなどでの食糧危機を見ればそれはより切羽詰まった課題として目の前に立ち現れます。</p>

<p>もちろん、いまの子供たちに心配のない先進国では50年後を考える余裕もありますが、いま現在飢えている国ではいかに産業をおこしそれを基に人びとが食べていけるかを探るに精一杯です。そんなときに温暖化ガス排出規制など気にしている余裕はない、いま生き延びなければ50年後もないのだ、という論理になります。それもまたもっともで、新興国も交えた８日の会議では先進国側が先に80-95％の排出ガス削減を行えといった主張もなされました。それももっともなことなのです。</p>

<p>ところがそれではアメリカは産業が立ち行かなくなる。ガス排出規制のすくない新興国に産業が移行してしまう。そうすればアメリカの50年後もない。それがこの洞爺湖宣言に及び腰だったアメリカの、いまのブッシュ政権の論理です。しかしブッシュは洞爺湖で終始緊張感のない顔をしていましたね。はっきりいって大統領職を投げ出しているような顔だった。北朝鮮問題といいこのG８といい、とにかく任期内でいろんなことをとにかくまとめればよいという、冒頭の日本政府の交渉役みたいな心情なんでしょうか。自分の任期のことだけしか頭にないような。</p>

<p>しかし次のオバマあるいはマケイン政権がどう出るかはまた別の話になると思います。特にオバマ政権になれば、あのゴアが環境関連の特命大臣に任命されるということですし。日本も次の選挙で民主党が勝利して小沢政権になったら果たしてどう変わるかわかりません。不明なところも多いのですが、環境問題でも新味を出してくるはずです。</p>

<p>しかしそれまではおそらくこの問題に関する政治の力の不在が続くかもしれません。<br />
そうしてその間にも刻々と地球環境はいま現在のわたしたちの生態系を破壊するように変化しているのです。<br />
世界の食糧危機を深刻に憂慮すると言ったその舌の根も乾かぬうちに18コースもの豪華な晩餐を囲むサミットリーダーたちを見ていると、まさに人間の活動そのものが宿命的に持つ反生態系の害毒を思わずにはいられません。エコノミーとエコロジーは、だれがなんといったって対立する項目なのです。そこを誤魔化さずに折り合いを見つける、といっても、しょせんそれは破滅を先送りする手段を講じているだけのような気もします。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/07/50.html</link>
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         <category>時事問題・国際</category>
         <pubDate>Thu, 10 Jul 2008 05:01:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ずいぶんと間を空けてしまった</title>
         <description><![CDATA[<p>お久しぶりでございます。（ってだれにいってるんだか）</p>

<p>こういうときに問題なのは、現在いろいろと書くことがあってもまずは順番にこの空白期のことを書き記さねば次に行けないと思ってしまうことで、そうやってウダウダしているうちにいま書かねばならないことも古くなって書く機を逸してしまって、けっきょくは空白期も現在もペンディングのまままた次の月になってしまうってことです。そうして３カ月近くが真っ白いまま。</p>

<p>ということでもうしょうがないからこの間のことをかいつまんで報告しますと、５月は所用で忙しく過ぎ、そんで５月27日から札幌に帰って、ヘドウィグ＆アングリーインチの札幌公演を見てきました。わたしの翻訳したこのクイアミュージカルは山本耕史がこの札幌公演でとんでもなく緊張感を持ったパフォーマンスをやってくれて、わたしは自分が訳した自分の決め言葉が彼の口から出るたびに涙を流していました。山本耕史はその月、じつは大阪公演で相手役のソムン・タクが韓国に一時帰国後書類不備で再入国できないという事故に見舞われて、急きょ代役を立てたもののほとんどこの劇を一人芝居にして演じるという、ぎりぎりの選択を迫られていたのです。</p>

<p>結果、わたしはこの俳優をこころから畏怖することになりました。ふだんはほんと、いまどきの若者、なんですがね、さすが子役から鍛えられているというか、プロフェッショナルとして背骨というか気骨というか、そういうものを持ち合わせた役者でした。歌もビックリするくらいうまいし。これは日本の役者としてじつに珍しい資質です。</p>

<p>ということで北海道で母親と一週間を過ごし、それから３日に東京に移動して、こちらではメリル・リンチ・ジャパンで２度、社内講演を行いました。「ダイヴァーシティ委員会」というものを社内に設置したのだが、その中でLGBT問題だけがきちんと説明してくれる人がいなかった、ということで私に白羽の矢が立ったわけです。この講演の内容はいずれアップします。</p>

<p>それからヘドウィグの東京公演ファイナルを厚生年金で行い、あ、そのまえにわたしの大切な人の芝居をこれもやはり２度ほど友人たちを誘って観に行って、それからオリジナル・ヘドウィグであるジョン・キャメロン・ミッチェルを迎えるためにまずはソウルに一泊で出向き、そして成田で彼らの一行３人を出迎えて、ヘド・コンサートのために通訳として東京でアテンドしておったわけです。</p>

<p>ヘド・コンサートは中野サンプラザで21日の土曜日に行われましたが、大変な盛り上がりと劇的な構成で大好評でした。詳細はきっとあまたあるヘドファンたちのブログで明らかになっていると思います。</p>

<p>ということで、キャッチアップ終わり。</p>

<p>おまけ写真。ヘドコンサート後の打ち上げパーティー。左から中ちゃん、ジョン、耕史くん。</p>

<p><img alt="100_4925.JPG" src="http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/100_4925.JPG" width="500" height="333" /><br />
©北丸雄二（無断で転載はしないでください。法律違反になりますよ）<br />
</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/07/post_270.html</link>
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         <category>身辺雑記/その他</category>
         <pubDate>Wed, 09 Jul 2008 00:18:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>二重の強奪感</title>
         <description><![CDATA[<p>「後期高齢者」という名称の付け方１つで、ああ、こりゃもうダメだわとわかるような日本の長寿者向け新医療保険制度ですが、なんでこんなに不評なのかという理由に、こないだ、納税申告をしながら思い当たりました。あれ、自分の財布に勝手に手を入れられた感覚なんですよ。それで一言の断りもなく札ビラを抜かれた。その、おいおい、ってな感じ。</p>

<p>ニューヨークに15年前に住み始めて不便だったことの１つに銀行口座からの自動引き落としがなかったことがあります。電話も電気も水道もぜんぶ請求書が届いて、それに自分でチェックを書いて切手を貼ってポストに入れて支払う仕組みです。税金もそうで、毎年４月15日までに自分で申告して自分で計算して自分で支払うのが原則。面倒なのにいまもそれはずっと続いている。これはどういう考え方なんでしょうね。</p>

<p>納税の義務というか責任というか、それってこの社会を自分たち自身が作っているんだという意気や自負みたいなもんでしょう。個人レベルではそういう意識は薄れてるかもしれないが、少なくとも歴史的にはそうだったはずだ。</p>

<p>そういやそれは裁判の陪審員制度でもそうです。これも自分のコミュニティで起きたことはコミュニティのメンバーで仕切るという、そういう直接民主制に関係してくる制度です。ニューイングランドにいまも残るタウン・ミーティングというのもその名残り。そこにキリスト教の慈善意識や参加意識が加わってくるからなおさらですよね。</p>

<p>対して日本では社会というものはお上のものであって、自分はそこに住まわせてもらっているというような感覚がなきにしもあらず。そこに近頃の都市部の隣人意識の希薄化があれば、マンションの自治会だって面倒だし町内会なんてなにをかいわんや。そこに「裁判員参上！」、いや「誕生！」と言われたって、なんだか唐突な気がして腰がひけてしまうのもむべなるかな、です。</p>

<p>そうそう、後期高齢者医療制度です。<br />
そんな社会意識の違いがあるから、きっと政府は年金からの保険料天引きを「いやいやいちいち手続きする手間を省いてあげたんだ」と言えば済むと思った。そもそもだいたいがみんな自動引き落とし社会ですしね。</p>

<p>しかし自動引き落としだって主導権はこっちにありました。銀行だって夜間や他行での現金引き出しの手数料、ちゃんと「取りますがいいですか？」と聞いてきます。「承認」を指で押すのはいまや単なる儀式的手順ですが、少なくとも私たちはそれでこの財布の主人公は自分だと確認しているのです。</p>

<p>ところがこの保険料の天引き徴収、誰からもなんの断りもない。新聞報道はあったかもしれないが「オレには何の挨拶もない！」。これは「後期高齢者」などとしれっと言い捨てる政府の、まさに「お上」意識です。面倒くさくないようにあらかじめ取ってやってるんだ、というのは、説明不足とかいう問題ではなく根本的に考え方が間違っている。その証拠に、そんなこと、民間でやってご覧なさい、あっというまに総スカン、いやもっと言えば犯罪だって構成し得る。</p>

<p>年金って、社会との契約の果てに戻ってきた大切なお金です。それを了解かどうかの返事も待たずに財布に手を突っ込まれるように取っていかれた。しかも年金消滅のあの問題も棚に上げて。</p>

<p>いまの日本の行政府の怠慢と傲慢を象徴するこの二重の強奪感こそが、今回の大不評の下敷きなのでしょう。怒らんほうがどうにかしてます。</p>]]></description>
         <link>http://www.kitamaruyuji.com/dailybullshit/2008/04/post_269.html</link>
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         <category>時事問題・日本</category>
         <pubDate>Wed, 23 Apr 2008 17:58:17 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
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