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August 27, 2016

オルトライト?

大統領選はどんどんうんざりする方向に進んでいます。ここでもトランプvsクリントンの選挙戦を何度も「本音と建前の戦い」と説明してきましたが、このトランプ勢力の本音主義、白人男たちの言いたい放題の感情主義を具現する集団を、クリントンがとうとう「オルトライト(alt-right)」と名指しして批判しました。

「オルトライト」とは「オルタナティヴ・ライト Alternative Right」つまり「もうひとつ別の右派」「伝統的右翼とは違う右翼」のことで、本当は右翼かどうかも疑わしいのですが、この5〜6年、自分たちでそう呼んでくれと自称していた人たちのことです。トランプと同じく「政治的正しさ(Political correctness)なんか構ってられない」と、あるいはアメリカの主人公だった白人男たちの特権を取り戻せと、つまり「アメリカを取り戻す!(Make America Great Again!)」と言っている人たちです。

右翼とは本来、保守、愛国、国家主義を基盤としていますが、この「オルトライト」たちには今のアメリカ国家は関係ありません。白人のアメリカだけが重要なのです。したがって「黒人や有色人種はDNAからいって劣っているから差別されて当然」「移民・難民とんでもない」。それだけだと昔からある白人至上主義と似ていますが、彼らは女性差別も当然だと言ってはばからない。反フェミニズム、男性至上主義も取り込んでいるのです。

なにせ、彼らの理想の国は「女性が従順な日本や韓国」なのだそう。それだけではありません。ツイッターなど彼らのSNS上のアイコンはなぜか日本のアニメの女の子であることが多く、しかも日本のネット掲示板「2ちゃんねる」を真似た「4チャンネル」なる掲示板を作って好き勝手な差別的方言暴言で盛り上がっています。新作の女性版「ゴーストバスターズ」の映画で、ヒロインの1人の大柄な黒人コメディエンヌ女優の容姿をさんざんな悪口で侮辱、罵倒して、彼女がツイッターをやめると言うまでに追い込んだ輩たちもこの「オルトライト」たちです。

こういうと何か連想するものはありませんか? そう、日本でさまざまな差別的ヘイト・スピーチを繰り返す「ネトウヨ」と呼ばれる連中のことです。「ネット右翼」=匿名をいいことにネットを中心に辺り構わず差別的言辞を繰り返し、標的のSNSアカウントを「炎上」させては悦に入っている輩ども。

こちらも「右翼」という名が付いてはいるものの、本来の「保守」主義からは程遠く、「反日」「愛国」と叫びはしますが平和を唱える今上天皇をも「反日」認定したりと、まったく支離滅裂。むしろそういう真面目な主義主張や信条をからかうこと自体を面白がる傾向すらあります。

実際、「オルトライト」の名付け親とも言われる人物は、今回クリントンが名指しで批判したことに対して「やっと大統領候補みたいな大物政治家にも存在を認められた」と言って喜ぶのですからどうしようもありません。

反知性主義、排他主義、男性主義、そういうものが世界中で同時発生的に増殖しています。30年前のネオナチから続く流れにポップカルチャーが混じり込み、それにネットメディアが「場」を与えたのかもしれません。そのせいで今、アメリカの共和党が崩壊の危機にあります。

今回の大統領選挙は、そんな傾向に対抗する言説がどれだけ有効かを見る機会かもしれません。ただ、それにしてはクリントンの好感度がどんどん下がって、対抗言説どころの話ではなくなっているのが冒頭の「うんざり」の原因なのですが。

August 26, 2016

「優生思想」という詭弁

『アルジャーノンに花束を』という、いまから50年も前に書かれた世界的なベストセラーがあります。開発されたばかりの脳手術を受けた、知的障害を持つチャーリイ・ゴードンの一人称で書かれるこの物語は、IQ68から数カ月後にIQ185という天才になる青年の知の遍歴の喜びと悲しみと孤独とを綴っていきます。ですが、その知の絶頂にあって、先行した動物実験で同じく驚異的な能力を獲得したハツカネズミの「アルジャーノン」が、やがてその能力や知力をことごとく失っていく様を目の当たりにするのです。徐々に失われていく知能の中で彼自身、自らの退行を押しとどめる技術を研究するのですが、それも空しくやがて彼もまた元の知的障害者に戻っていく……そして最後の一文が、タイトルの言葉に重なってくるのです。

神奈川県相模原の障害者施設で今からちょうど1カ月前の7月26日に起きた、元職員の男性(26)による入所者19人の刺殺、26人への傷害事件が頭を去りません。そしてつらつら思い出していたのがこの小説でした。容疑者は重度の障害者は社会や周囲の人間を不幸にするだけで生きる価値がないとして、「善行」でも施すかのように次々と凶行に及んだのでした。

これをナチスの優生思想として言葉の上で断罪するのは簡単ですが、果たして私たちの社会はその詭弁をきちんと論破し片を付けてきたのだったか?

この事件報道では被害者の名前が遺族の意向で公表されていません。遺族の一人はその理由を「この国には優生思想的な風潮が根強くあり、すべての命は存在するだけで価値があるということが当たり前ではないので、とても公表することはできません」「事件の加害者と同じ思想を持つ人間がどれだけ潜んでいるのだろうと考えると怖くなります」と不公表の苦渋の選択を説明しています。カミングアウトのジレンマがここにも存在しています。カミングアウトしなければ誤解が解けない、誤解が解けないうちはカミングアウトは不可能だ……。

実際、そんな誤解の愚かさを私がツイッターでその旨をつぶやいたところ、「ではあなたは、子供がみな重度の障害者で生まれてもこの社会は大丈夫だと思っているのですか?」とまで言ってくる輩がいました。私にはむしろ、生まれてくる子がみなこの人のようであることのほうが恐ろしい。基本的にこの人は、いろんな人が生まれてくるのが社会であるという多様性の原理を理解していないのです。ほうれん草は葉っぱだけで生まれるわけではありません。根があり茎があり葉があり虫食いがあり傷つく部分もある。それらが全部でひとつです。根の赤い部分が嫌いだ、虫食い部分が嫌だ、と言って除外すれば、茎も葉も育たないし、代わりにまた別の部分が虫に食われるだけです。

障害者は、障害を持っているのではありません。社会の方に、障害者が生きていく上での障害が存在しているのです。だから私たちの社会はその障害を一つ一つ取り除いてきました。バスには車椅子リフトがあり、駅のホームにはエレベーターが設置され、バリアフリーの住宅も増えて、まだまだとは言え今は昭和の時代よりもずっと「障害」が少なくなりました。社会はそのために発展していると言ってもいい。人間みんなが幸せに生きられるために、です。

それは人間が、弱肉強食の世界ではすべて弱者であり、だからこそ社会全体が多様な生き方を保持したまま共生してゆくことが最も有利な生き残り策だとわかったからです。上っ面の損得以上の利益が多様性の中に潜んでいるからです。さらにまた私たちは「障害者」でなくともみな子供時代は「障害」を持ち、老人になればまた「障害」を引き受けざるを得ないからです。「障害者」を邪魔者として「殺す」のが正当化されるなら、老人や働けない者を邪魔者として「殺す」社会との差がなくなるからです。それはつまり、誰もが障害者として排除され得る社会です。

そう考えたとき、冒頭の『アルジャーノン』の物語は実は、幼さという「障害」と老いという「障害」との間を経巡る、他ならぬ私たち自身の物語だったのだと気づくのです。

August 07, 2016

第二の「人間宣言」

「社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、(中略)私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います」と「天皇」が切り出したとき、私はほとんどめまいのような感覚に襲われました。「天皇」は「個人」としても「天皇」なのであり、存在そのものが一体である象徴だと(なんの根拠もなく)思っていた自分に気づかされたからです。

それが、ある「個人」が存在して、その人が「天皇」という「務め=機能」について話をしている。では、私の目の前にいる「この人」はいったい「誰?」なのだろうという一閃の疑問がよぎったのでした。そのとき、「天皇」の「お気持ち」表明のこのビデオ・メッセージは実は、「天皇」の新たな、第二の「人間宣言」なのだと気づかされたのです。

日本のメディアは奥歯に物が挟まったような表現しかしていませんが、NYタイムズなど海外メディアの論調は「リタイアメント=引退」という直接表現でこのメッセージを解説していました。あれは確かに「生前退位したい、それが合理的だ」という訴えでした。

生前退位がなぜこんなにも問題になるのか?──それは主に
(1)退位後の上皇、法王化で権威の二重化が起こる恐れがある
(2)退位したいというご自身の意向を装って強制退位させられる恐れも生じかねない
(3)恣意的な退位が可能になれば象徴天皇としての権威が薄れる
(4)皇室典範を変えなければならないので、生前退位を言うこと自体が(違憲の)政治行為になる
──ということでしょう。

これは今の天皇がそうだ、ということではなく、普遍一般の話で、あくまでも様々な「恐れ」を想定した法律論議とならざるを得ないのです。

今上天皇は、15年前には世の嫌韓ブームの走りを察してか自ら「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じています」と話されたり、太平洋戦争での激戦地に慰霊の旅を続けられたりと、とても目配りの利かれた、いまの日本で最大の平和主義者であり、かつ現行憲法の見事な体現者であると感得しています(なんといっても、「天皇」もまた人間的な「個人」であると気づかせてくれているのですから)。

そんな方が上皇になって憲法の制約を離れ、ビシバシ政治的発言をなさるとは思いませんし、今回の「お気持ち」に「陰謀」が仕組まれているとも思いません。今回の「お気持ち」の核はあくまでも82歳という年齢のこと、健康のことなのだと推察します。そしてその「意向」が最初にNHKから報じられ、直後に宮内庁がその「意向」の事実を完全否定したのも、前掲の(4)の政治行為を疑われてはならないという、深慮の末の当然のシナリオだったのだと思います。

さてここでやはり日本のメディアが指摘しない重要な視点が欧米主要紙によって明らかにされています。それは「時代遅れ」と批判される皇室典範の改正で退位が実現すれば、皇室の戦後の大転換として女性天皇容認論議も再燃する可能性がある、ということです。これは10年前にも起きた論議ですが、あの時は安倍首相を含む自民党保守派が、そしてその背後にいるいま話題の「日本会議」が強く反対した経緯があります。そしてそれが、現政権の憲法改定路線にどう関わってくるのか?──もっとも、国民の7割が理解を示す生前退位にも、元号や退位後の地位や住居まで、法整備の問題は山積していて、実現はなかなか難しいのも確かなのですが。

August 01, 2016

「トランプ大統領」の可能性

週をまたいでの共和、民主両党の全国大会が終わって、トランプ、クリントン両候補の正式な指名が決まりました。計8日間、演説だけでそれぞれが4日間ぶっ通しの大会を開けるという(しかもそのすべてをテレビがニュース中継するという)のは、アメリカという国の政治の言葉の強さを改めて思い知らされた感じです。

しかし「言葉が強い」というのは対立をもまた鮮やかに浮かび上がらせるもので、日本的な「まあまあ」も「なあなあ」も通用しない各4日間でした。トランプの共和党大会では歴代大統領やその候補たち主流派の重鎮の多くが欠席し、アイオワやコロラドなどの代議員たちも抗議の退場。クリントンの民主党でもサンダーズ派によるブーイングや退場騒ぎもありました。

さて、あと100日ほどで行われる11月の選挙の行方はどうなるのでしょう。最新の世論調査では支持率では再びクリントンがリードし、70%の確率でクリントンが大統領になるとの予想もあります。

しかしあえて気になる数字を挙げれば、実は大統領選挙というのはだいたい50%〜55%の投票率で推移しているということです。つまり総投票数は1億人から1億3千万人ほどで、民主、共和両党候補の得票数の差は、2000年のブッシュ対ゴアでは55万票という小差(しかも得票数ではゴアが勝っていました)、04年のブッシュ対ケリーでは300万票差、08年のオバマ対マケインでこそ1千万票という久々の大差でしたが、前回の12年オバマ対ロムニーではまた300万票差に戻りました。つまりいずれもかなりの僅差なのです。

両党で色濃い分裂と混乱で、実は58%もの有権者がトランプ・クリントンの2候補による選挙に不満を持っているという数字があります。すると今回の投票率は50%かそれ以下になる可能性もあります。つまり、それだけ少ない得票で大統領への道が開ける。つまりわずか数百万票の新たな掘り起こしで大統領の椅子はぐっと近づく。本当は州ごとの細かい分析が必要なんですがね。

ただし、それを起こしたのが2000年のブッシュ陣営でした。当時の敏腕選挙参謀カール・ローブは、それまで選挙になど行ったことのないキリスト教福音派の400万票を掘り起こしたと言われています。それが激戦州の要所要所で利いた。

それと同じ現象がトランプの予備選で起きました。予備選でのトランプの獲得票数は総投票数ざっと3000万票中の1400万票でした。この3000万票というのは共和党の予備選挙ではかつてない多さで、この増えた数百万票分はほとんどがトランプ票だったのです。

トランプ支持層の核は教育水準の低い白人労働者層とされます。この人たちは日頃から生活に不満を持ちながらもそれを政治に結びつける術を知らなかった人たちです。エリートが立候補する選挙にも「どうせ自分たちは関係ない」と無関心だった人たち。

それが今回は俄然、自分たちと同じような言葉でしゃべるテレビで知る顔が立候補して、エラそうな「政治的正しさ」連中をさんざんこき下ろしてくれている。

「そうじゃなくても黒人が大統領だなんて気に食わなかった。それが今度はオンナが大統領になるだなんてどういうことだ? アメリカの主人公は白人の男たちだったはずだ。それがいつの間にか隅っこに追いやられて、ああ、腹が立つ。俺たちのアメリカを取り戻そう!」なのです。

その人たちが数百万人分、そっくりトランプ票に上乗せされるとしたら? しかもこれまでより低い投票率の中で? それがこのままトランプ現象が続いた場合の私の”懸念”です。