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2008-08大統領選挙の夏

◎歴史的指名受諾演説でLGBTの受容を訴えた大統領候補。ミルク暗殺からの30年は、何を変え、何を変えなかったのか?

 アメリカも選挙、日本でも選挙ですね。日本の総選挙がいまひとつわかりづらいのは、自民党と民主党の対立項がはっきりしないからです。自民党の中にも大きな政府論の人と小さな政府論の人が混在し、さらには人権派から極右までいて、おまけに公明党なんていう宗教政党までがそこにくっついている。どうしてこれが「与党」として一括りになっているのか本来は意味が通じません。

 対する民主党も自民党の反対のことを言っていれば存在理由が確保できると思っているようなフシがあって、で、実際は何がどう違うのかよくわかんない。公約(いまはマニフェストっていうんだそうな)だって「口約」みたいなもんで、そんなうまくいくんかいな、ってな感が否めない。年金問題だって財政赤字だって地方の地盤沈下だってエネルギー問題や食糧の自給問題だって少子化対策だって、政権政党が変わったところでそんなに簡単に解決するはずもないのです。ですから日本は選挙の前からしだいに憂鬱になる。

 ところがアメリカは4年に1度の大統領選挙(連邦議会選挙も半分が同時に行われます)の前はものすごく高揚してるんですね。みんな使命感とか希望とかに溢れているように見える。まあ、実際には投票率は50%ほどですから溢れてない人も半分いるということですけれど、残りの半分はしかし民主党と共和党にほぼ二分されてかなり熱くなります。

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 というのも、民主党と共和党ではかなり政策が違うからです。そしてその違いがわかりやすい。

 民主党のバラク・オバマが大統領候補指名の受諾演説でLGBTについて明確に語りました。8万4千人という歴史的な数の観衆に向けて、オバマは共和党の掲げる「3つのG」の政策に異議を唱えたのです。

 「3G」とは「God, Gun, Gay」です。共和党は、神の名において女性の妊娠中絶を認めません。オバマは次のように言いました。「妊娠中絶に関しては意見が分かれているかもしれないが、この国の望まれない妊娠を減らしたいという思いはわれわれみんなきっと同じはずだ」。次は銃規制問題。「オハイオの郊外のハンターたちとクリーブランドの乱射事件の被害者たちとでは銃の所有に関する思いは違うだろうが、犯罪者の手からAK47S自動小銃を遠ざけるのに修正憲法第2条(武器の保有権の保証)の話になるのは大げさだとはみんな知っているはずだ」。そしてゲイのことです。「同性結婚に関して異論があるのは知っている。しかし、われわれのゲイやレズビアンの兄弟姉妹が愛する人を病院に見舞ったり差別から自由な人生を送ったりするのに反対する人はいないはずだ」。

 共和党には大きく2つの支持者層がいます。1つは大企業・富裕層です。ブッシュの減税が高所得者や企業に有利なのはそのせいです。共和党は国民に自助努力を奨励します。国民の自由意志を尊重して政府は必要最低限のことにしか手を出しません。結果、小さな政府(権限も財政規模も小さな政府)になります。日本の小泉改革というのはこの「小さな政府」と国民の自助努力を企図したものでした。

 しかし高所得者と企業を相手にしていても票は伸びません。で、もう1つの巨大な支持者層が必要となる。それがキリスト教右派、草の根保守派の人たちです。この人たちが敬虔なキリスト教徒として聖書のタブーであるゲイや中絶に反対するのです。これが3000万人もいる。

 ですので、共和党の綱領は勢いホモフォビックなものになります。差別反対を謳いながら、そこには「性的指向に基づく差別」は敢えて記述していません。ゲイの従軍に関しても「軍隊とホモセクシュアリティは両立しない」とし、同性婚に関しては「連邦憲法を修正して結婚を男女間に限るものとする」。

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 ところが先日、NYタイムズがマケイン指名の共和党全国大会に出席していた代議員にアンケートをとったところ、驚くような結果が明らかになりました。なんと、同性婚を認めるという代議員は当然ながら6%と少なかったのですが、結婚ではなくシビル・ユニオン(宗教的ではなく契約上の婚姻関係)だったらよいと言う人が43%もいたのです。つまり両方合わせて49%の共和党代議員が、同性カップルに法的認知を与えることに賛成しているわけです。対してそういう法的認知はいっさい不要という代議員は46%だった。

 意外なことに、共和党支持者だってけっこう寛容じゃないか? ちなみに、ブッシュは大統領としてよくやったと思っている代議員が79%(!)。イラクへの米軍の侵攻は正しかったという人が80%。78%が環境を守るよりも新たなエネルギー資源を開発するのが重要とし、57%が米国の景気はとてもよい、あるいはじゅうぶんよいと思っていると言うのですから、たしかに彼らは共和党員なのです。

 選挙のときは声の大きな連中が目立ちます。でもゲイのことに関しては、政争の前線で騒がれているよりもほんとうはもっと認知が進んでいるのかもしれない。共和党の大統領候補がそのへんを読み間違えなければよいのですが。

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 ゲイの人権が大きな政治課題であることを身を挺してアメリカに知らしめた男の伝記映画「ミルク」がもうすぐ公開されます。

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 ハーヴィー・ミルクのことはこれまでにアカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画「ハーヴェイ・ミルク」(84年)や、故ランディ・シルツによる伝記「ゲイの市長と呼ばれた男」(95年)もあるので、知っている人も少なくないでしょう。ミルクはいまから31年前の77年に、サンフランシスコの市会議員に3度目の立候補でやっと当選しました。ゲイであることを公言しゲイの人権を謳って当選した米史上初めての公職者です。そして翌78年、市庁舎内で暗殺されました。

 犯人は当時の市長も射殺したのですが、裁判では敬虔なキリスト者としてゲイを恐れるあまり正常な精神状態ではなかったという論理が展開され、判決は禁固7年8か月。これに怒ったゲイたちが後に「ホワイトナイトの暴動」と呼ばれる数千人規模の大暴動を起こしました。

 ミルク暗殺から30年、少なくとも一方の大統領候補がLGBTの人権について演説を行う。その大統領選挙は11月4日。ミルクの30回目の命日は11月27日です。
(了)

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