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アメリカが公正になるとき

 日本にとっては終わりよければすべてよしだったWBC。わたしはサッカー少年だったので野球というのはいつもグラウンドの奪い合いで目の敵にしていたスポーツ。どうでもいいといえばどうでもいい。しかしまあ、いろいろ書かねばならぬこともあるので決勝トーナメントくらいは見てました。このWBC、アメリカでの注目度が今イチだったのは、わざわざ「ワールド・ベースボール・クラシック」と銘打たなくともアメリカこそが「世界」の「ワールド・シリーズ」があるからですが、やや興味を引いたのはそんな唯我独尊のアメリカで、そのニュース報道や中継のアナウンスや解説の仕方にいままでにない謙虚さが目についたことです。

 あのタッチアップ得点のなかったこと問題や幻のポール直撃本塁打といった誤審のニュースやコラム、さらにアメリカチームの敗退報道だけではなく、それは日本の監督の王さんの紹介の仕方でも象徴的でした。アメリカでは日本のミスター・ベースボールたる長嶋茂雄はほとんど無名なんですが、世界最多ホームラン記録保持者が「サダハル・オー」であることは野球通には周知の事実なんですね。ただし王さんの868本という記録は、これまではあくまで日本における記録という紹介のされ方だった。で、アメリカの認める「ワールド」記録というのは、王さんよりも113本も少ないハンク・アーロン氏の755本だったわけです。

 ところが今回のWBCの報道では王さんの肩書きにNYタイムズ紙のスポーツライターが2人とも「プロ野球史上最多ホームラン打者」だとか「メジャーリーグ・ベースボールのナンバー1ホームラン打者」という言葉を使い、日米の野球に区別を付けていなかったのです。

 スポーツ界という最も保守的で愛国的な世界でも、新しい波は無視できません。いまやメジャーリーグでさえベースボールは野茂、イチロー、ゴジラ松井のエピソード抜きには語れない。王さんが現役の時代、一世代や二世代上のアメリカ人にとってはベースボールはヤキュウとは違うという矜持もあったのでしょうが、若い世代にとっては、ベースボールはまさにインターナショナル。中南米の出身者は活躍するは、韓国、台湾、日本人もいるはで、かつての狭量な「世界」観は確実に変わってきているのです。

 旧世代とは違う謙虚なアメリカ人が生まれてきている──これはどうも、あの9.11テロとも関係してるのじゃないかと思われます。ポスト9.11世代ともいうべき世代に、アメリカってどうしてこんなに嫌われてるんだと、世界をもっと謙虚に見直そうという空気が再度盛り返しているのは確かなのです。その雰囲気は、ブッシュさんへの支持率がいまや35%前後という危険深度にまで落ち込んでいる現状とも共鳴しています。

 もっとも、これらを指して「アメリカはどうでもよいときだけ公正になるんだよ」という批判もあります。同じ時期にニュースになった、例のBSEの牛肉問題の米国回答書なんかそのよい例です。

 回答は日本向け牛肉の脊柱混入を「特異な事例だった」と繰り返すだけのもので、じつは3月になって同じ脊柱混入事件が香港向け牛肉でも発生しているのですが、2例も3例も続くものが特異な事例か、という不信感は拭えません。おまけに輸入禁止に科学的根拠はないとして「米国産牛肉を食べて病気になるより牛肉を買いに行くときに交通事故に遭う確率のほうが高い」と解説してくれるにいたっては、人の神経を逆撫でるような、表現は悪いが「盗人猛々しい」という謂いを連想してしまったほどです。

 どうもアメリカは、どんな問題にも(とくに、どうでもよくはない問題に関してはより)自分こそがジャッジだと思い込む癖があるようですね。

 それはやはり同じころ3月20日に丸3年を過ぎたイラク侵攻に関してもいえたことです。これもサダム・フセインを無理矢理テロに関連するものに仕立て上げ、どうでもよくない問題にしてしまったせいで逆に泥沼にはまっています。不幸にもこれは、開戦前に最悪の事態として予測していたこととまったくそのとおりの展開になってしまっているのです。

 国益に関してカッカするとロクなことはない。WBCと違って、米国が牛肉とイラクに冷めた批評眼と公正さを取り戻すのは難しいでしょうが。

 愛国心というのは自分の国だとべつに気にも止めないのですが、他国の愛国心はときにひどく気味が悪い。イビキと同じでね、自分のは気にならないが、隣のヤツのはうるさくてしょうがないわけで。勝手なもんですね。

 そういえば今回のWBCでは、イチローがやけにカッカしていました。韓国に対して「向こう30年は日本に手は出せないなと思わせる勝ち方」だとか「ブーイングは好きだ」とか。

 味方や自分自身を発奮させるためのセリフだとしても、なんだかアメリカ的な力の入り方で、わたしは嫌な感じがした。王さんのことを「品格に長けた人だ」と賞賛できるような輩が、まったく品格に欠けるような煽り方をした。で、そのときは負けちゃった。

 やっぱり煽りすぎるとロクなことはないのです。

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