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おいおい、朝日新聞よ

いったい何事かとびっくりして読んでみたら、へっ?

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ゲイの議員の女子トイレ使用巡り大げんか 伊下院

2006年10月30日11時40分
 イタリア下院で27日、中道左派に所属するゲイの議員が女子トイレを使おうとしたところ、中道右派の女性議員から抗議されて大げんかになる騒ぎがあった。双方とも「セクハラ行為だ」と主張して譲らず、両派の院内総務による協議へ発展。下院議長に判断を仰ぐことで合意したという。

 抗議されたのは、今年4月の総選挙で当選し、「欧州初のトランスジェンダー議員」として注目されたブラジミール・ルクスリア議員。男性として生まれたが、日頃から「『彼女』と呼んでほしい」と求めている。休憩時間に女子トイレに入った際、ベルルスコーニ前首相率いる政党のエリザベッタ・ガルディーニ議員から「入るな」と怒鳴られたという。

 ルクスリア氏は「いつも女子トイレを使っているが、こんな経験は初めて。私が男子トイレに入ったらもっと大きな問題になる」。「トイレに『彼』がいたので驚いた。気分が悪くなった」とガルディーニ氏。

 判断を委ねられた議長は中道左派所属で、ルクスリア氏に同情的だ。

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おいおい、ゲイの議員は女子トイレなんか使わんでしょうが。これ、引っかけ見出しですか?  だれが送稿した原稿でしょう? ローマ特派員?
ウェブサイト上では無署名でわかりませんが、休み明けの外信部の内勤がロイターかなんかを見て埋めネタで訳したんでしょうか? うーん、「女子トイレ」だもんねー。

本日夕刊内勤の外信部デスクおよび担当局デスク、こんな、サルでもわかるような基本的な間違いをスルーするなんて、いったいどういうデスク作業をしてるんだい?

呆れたぜメッセージは
http://www.asahi.com/reference/form.html
まで。

しかし、イタリアでのトランスジェンダー理解というのはこれほどにひどいのかなあ。文句を言ったこの女性議員って、中道右派ってことは、バカってことか。

こういうときに、「性同一性障害」っていう病理的な分類のターミノロジーが有効なんだってのは、とても哀しいけど、戦略上はそれが手っ取り早いのかね。わたしは手っ取り早くなくとも、出発点が早ければ結局はいまの時点でも本質的にも有効な言説が生まれていると思う。レトロスペクティヴにしかいえないが。だから、いまでも性同一性障害という言葉と同時に、トランスジェンダー/トランスセクシュアルという言説を日本でも生み出しておきたいと思う。それはきっと1年後のいま、回顧的に見てけっして戦略的という皮相なものではなく本質的に有効な足場になってくれると思うのです。

いま、新聞協会にね、こういう具体的な性的少数者に関する記事原稿の誤りを正すように申し入れしようと思っています。新聞協会は「新聞研究」という月刊誌を出しているのだけれど、そこへの寄稿もあり得ますね。こうしたなさけない具体例がいまでも数多簡単にピックアップできるという現状は、批判者にはおいしいが、ほんとはじつに哀しいです。

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で、上記内容を朝日新聞にメールしたところ、さっそく朝日新聞広報室からの回答が来ました。この辺はちゃんとしてますわね。回答文、すんごく短いけど。

以下転載します。


北丸雄二様

メール拝読しました。ご指摘の件ですが、トランスジェンダーのルクスリア議員を「ゲイの議員」と表現したのは、本人がゲイであることを公表しているため、とのことです。

朝日新聞広報部
**

ってわけで、次にコピペするのがこれに対するわたしの2信。でもいまその自分のを読み直して気づいたけど、「ゲイと自称」じゃなくてこの広報部の返事には「ゲイであることを公表」って書いてあるわい。つまりこれ、ひょっとして「カムアウト」の意味の誤解かな? She came out ってののcome outを「ゲイであることを公表する」って辞書に書いてある意味のまま理解したのかしら? トランスジェンダーとしてカムアウトしてるのかもしれないのに。だとしたら大ボケだ。

で、朝日の実際の紙面も友人が送ってくれました。夕刊2面のアタマの扱いだそうです。

じゃっかんウェブ版とは文言が異なります。トランスジェンダーの説明があるところが違いますね。


拝復、

さっそくの回答ありがとうございます。

ところで、「本人がゲイであることを公表している」としていますが、それは広義の「性的少数者」としての意味の「ゲイ」であって、一般の定義の「ゲイ」とは違うのです。それは自称の有無とは関係ありません。
もし彼女がゲイなら、「トランスジェンダーのレスビアン」、つまり、体は男でも心は女で、しかもゲイ(同性愛者)なら、好きなのは女性であるレズビアン、という意味になってしまいます。でも、ちがうでしょう?

トランスジェンダーの概念が行き渡っていない国ではそういう言葉がないのと同じですので、そういうところではトランスジェンダーのひとも「ゲイ」と自称したりするのです。
日本でもむかしはそうでした。トランスジェンダーもトランスベスタイト(異性装者)も性同一性障害者もゲイもみんないっしょくたに「おかま」だったでしょう? 違いますか? 今回の朝日の記述は、いま違うとわかっている上で、自称しているのだからと言ってあえてこの「おかま」という総称を使うのと同じことなのです(もちろん蔑称の意味を含んでいないのは承知しています)。

で、いまはどうか? 少なくともトランスジェンダーとゲイは違うということを、メディアの記述者は知っていなければならない。わたしが言っているのはそのことです。だって、「今年4月の総選挙で当選し、「欧州初のトランスジェンダー議員」として注目された」わけでしょう? 彼女はトランスジェンダーなのだって、メディアで確認されているのですから。筆者およびデスクはそこを配慮して記述すべきでしょう。この記事のままでは「ゲイ」への、また同時に「トランスジェンダー」への誤解を助長する、あるいは放置する。それは読者を混乱させるし、少なくともその混乱の素である「ゲイ」という単語を見出しに取ったことは賢明とはいえないと思います。(それに、こういう少数者の人権問題をトイレにかけて「落とし所どこ」とするのは、整理部記者冥利なんでしょうけれど、なんだかねえ……)

これにはロイターも配信していてロイター自身による日本語翻訳原稿もあるのですが、それもなんだかおちゃらけた感じ(当該議員を「元ドラァグクィーン」としたり「女装議員」と呼んだり、混乱しています)なのですが、こうしたことも含め、朝日新聞にはもう一歩、配慮のある対応をとっていただきたいものでした。ベテラン記者の郷さんなら、そのあたりのニュアンスをおわかりいただけると思うのですが。

いずれ、この問題は各紙の具体例を収集して新聞協会の「新聞研究」に載せたいと思っています。
この第2信に対する朝日新聞のコメントもいただけると助かります。

不一。

北丸雄二拝

***

そういうわけで、直後に第3信も追送しておきました。
私もヒツコイ
その文面は以下のとおり。

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さきほど返信を送りましたが、もう一点、いま気づいて確認したいところがあります。

ご回答では「本人がゲイであることを公表しているため」とありましたのを、わたしは勝手に「ゲイであると自称している」と受け止めましたが、これはどちらなのでしょうか?
じつは、日本語のターミノロジーとして「ゲイであることを公表する」というのは、一般に英語の「come out」の辞書的定義の丸写しなのです。

まさか「She has already come out」という英文テキストを「本人がゲイであることを公表している」と理解した誤解、誤読、誤訳ではないでしょうね?

もし上記のような文だったならば、「She came out as gay」と「She came out as transgender」との2つの可能性があるのです。
彼女は「ゲイ」(イタリア語で何というのか知りませんけれど)と「自称」しているのでしょうか?(もっとも、英語で「She came out as gay」といったら先のメールでも触れたとおりレズビアンのことになりますが)。

ご面倒でもそのあたりも郷さんにご確認願えれば幸いです。
もしトランスジェンダーとしてカムアウトしているのをカミングアウトという言葉に引っ張られて「ゲイであることを公表」と訳していたのなら、ぜんぜん違う話になってしまいますから。

不一。

北丸拝

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