« 「同性愛は不道徳」と発言するとどうなるか? | Main | 虹色のタイムズスクエア »

だから何だっていうの?──従軍慰安婦問題とは何か

軍による慰安婦強制連行示す資料なし…答弁書閣議決定
(読売新聞 - 03月17日 00:31)

 政府は16日の閣議で、いわゆる従軍慰安婦問題に関する1993年の河野洋平官房長官談話について、「(談話発表までに)政府が発見した資料の中には、軍や官憲による、いわゆる強制連行を直接示すような記述は見あたらなかった」とする答弁書を決定した。

 安倍首相は「狭義の意味での強制性を裏づける資料はなかった」としているが、その根拠となる、従来の政府の立場を改めて示した形だ。社民党の辻元清美衆院議員の質問主意書に答えた。

**

まったく、日本政府のこの対応のバカさ加減には呆れます。
従軍慰安婦問題とは何なのか、それをまったくわかっていないでこうして傷口を広げるようなことばかりする。これでは国益を損なう一方です。

いままた米国で大きく取り上げられているこの従軍慰安婦問題にはさまざまな要素が絡み合っています。

1つは日本の自民党があまり得意じゃない米民主党の台頭という米国内の事情。もう1つは日本国内の保守派層への説明と国外向けへの説明とで微妙にニュアンスを違える安倍政権の事情。さらにそこに、現在進行中の北朝鮮の核開発に関する6カ国協議の事情が影を投げかけているわけです。

米国の火に油を注いだのが今月初めの安倍の「(慰安婦徴用には)強制性を裏付ける証拠がなかったのは事実」発言でした。きょうの閣議決定答弁書の内容もこの延長線上です。

論理の上で「非在の証明」というのは最も困難なもので、つまり「強制性を裏付ける証拠がなかった」からといってすべてに「強制性がなかった」とは一概には言えない。それがわかっていながら、なのにそう言ってしまうのはなぜなのか? 証拠がなかった、といって、だから何だと言いたいのでしょう?

私もこの従軍慰安婦制度は、安倍らが言うように、軍や政府が直接手を下して女性たちを強制連行したという事例はおそらくそう多くはなかったのだろうと思っています。彼女たちを集めたのは多くの場合、民間の事業者であることは分っていて、時にはウソを言ったりあるいは脅しや力ずくで引っ張ってきたこともあるでしょうが、しかしそうした事例が大半だと非難するのは状況的にみて「そこまでは言い切れまい」という気がしています。しかしそれが現在から見て免罪されるかというと、それは違う。あの時代はどこかのだれかが言ったようにまさに「女性は産む機械」あるいは「慰みもの」だと言って憚らない時代だったわけです。

こう考えてみましょう。「奴隷」が一般に存在していた時代にはその制度への罪悪感は薄かったでしょう。では、だからといって「必ずしも悪意を裏付ける証拠がない」として奴隷所有を“擁護”するかのような発言は可能かというとそれは違う。ましてや「奴隷制度で得をした黒人もいる」などと発言したら政治生命云々どころの話ではありません。あの時代のパラダイムでは、強制連行されようが奴隷で幸せだったのだろうが、そんなことは問題の本質ではないのです。

しかも、今回の中心の問題は慰安婦の強制「連行」ではなくて、慰安婦への「売春」の強制なんですよ。連行しようがしまいが、その行き着くところで待っている慰安という名のセックス供給制度が問題なのです。そのセックスを、「売春婦ってのは好き者だからな」という男性性の思い込みで誤解したままの男たちの論理で一義的な問題としない、その浅ましさを恥ずかしく思わないのか。

強制したのは個人ではない場合もあるかもしれません。しかし厳然と言える事実は、システムが、時代が、それらを強制・強要していたということなのです。なのに強制連行の具体的な証拠がないって、だからいったいおまえは何が言いたいんだよ?

つまりこの場合、反省は個々の事例に対してというよりは、時代と制度全体への反省なのです。そのあたりの反論と反省の次元の違いを、安倍及び「新しい教科書をつくる会」に連なる右派勢力はあえて混同させているのです。安倍内閣による今回の一連の河野談話修正の“釈明”は、この国内の右派勢力に向けてのご機嫌取りなんですね。

事実誤認に基づく言われのない非難にはきちんと反論すべきです。この場合は、日本はこれまで慰安婦問題で謝罪していないとか、すべて強制連行だった、とかいう誤りに対してです。しかしその反論が、これまでの反省や謝罪そのものを全否定しているように聞こえては逆効果です。ましてや6カ国協議で日米が乖離したほうが簡単になるという国際政治の力学が渦巻いているこの時期。それはあまりに稚拙に過ぎる対応というもんでしょう。

安倍は「(一部の報道で)本来の意図と異なる、正確さと冷静さを欠く形で発言内容が伝えられた」とし、「非生産的な論争を招く」からと反論を自粛する旨を明かしましたが、これも呆れます。こういうときこそ反論しなくては政治家の政治家たる理由がない。もっとも、国外の反応よりも急落中の支持率挽回のために本来の自分の支持層である右派勢力の歓心を買おうとしたという、国内「政治屋」の理由はあるでしょうが。安倍は元もと河野談話修正論者。それを首相になったら重要な外交問題になるとして封印していた。靖国参拝自粛と同じです。なのにこうして時おり持論が飛び出す。こうした首尾不一貫、内外施策のちぐはぐさがなんとも幼稚なのです。で結局、11日には「心の傷を負われ、大変な苦労をされた方々に心からおわび申し上げている」とあらためての謝罪表明。これでは何のために事実誤認だと反論したのか、元も子もないだろうに。それともこれにはなんらかの深い伏線があるんでしょうか。私にはわからない。

そもそも、この慰安婦問題が米議会で出てくるというのは昨年の中間選挙で民主党が勝ったときから予想されていたことです。この非難決議案はカリフォルニアのマイク・ホンダっていう民主党下院議員が昔っから取り上げていたもので、この人、日系3世なんですが、カリフォルニアでは日系よりもはるかに人口の多い中国系を票田としている議員です。で、この中国系支持者層の歓心と献金を買うために日本の戦争責任を問うことを政治姿勢にしている。

ところが自民党は、クリントン政権のときからそうだったんですが、米民主党とのパイプが細い。それでブッシュ政権になったときに舞い上がってさらに共和党一辺倒になった。小泉時代のツケですね。で、民主党の逆転でブッシュ共和党がネオコンを切ってどんどん方向転換をしているのにそれに対応できないでいる。北朝鮮での対話政策への転換もそうです。ここに来て拉致問題重視の日本だけが孤立するはめになっています。6カ国協議で、日本だけが別のことを主張しなくてはならない、それも安倍が政治的に台頭してきたその拉致問題を大切にしなくてはならないときにこうして自らの首を絞めるようなことを言って米国との距離を広げるようなことをするのか。右派勢力のほうが拉致家族よりも大切なのか(まあ、そうなんでしょう)。

この内閣はメチャクチャです。支離滅裂で論評にすら値しない。というか、論評できないのです。
安定多数の議会を背景に、究極のインサイダー取引をしていた日銀総裁を更迭せず、女性機械発言の厚労相を辞めさせず、人権メタボリック発言の文科相を問題なしとし、500万円なんとか還元水の農水相をかばう。「とんでもない」という一言は、どうしたって論評にまで発展しないのです。

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://www.kitamaruyuji.com/mt/mt-tb.cgi/397

Comments

この話題はわたしもなぜ、今?と思ってました。北丸さんの解説で理由は理解できたのですが、問題はわが日本政府。
あいもかわらず、当たらず触らずあいまいに問題の核心に触れず時をかせぎほとぼりが冷めるのを待つやり方で通すつもり。
北丸さんのような政治のプロでない人がこれだけ明晰に言えることがなぜ政治のプロ達が言えないのか呆れます。

とても勉強になりました。
慰安婦問題とそれを餌にする人達のこれからの行動に関心を抱きます。

Post a comment

(If you haven't left a comment here before, you may need to be approved by the site owner before your comment will appear. Until then, it won't appear on the entry. Thanks for waiting.)