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エディット・ピアフ〜愛の讃歌

9月29日から日本で公開される「エディット・ピアフ〜愛の讃歌」の試写会、8月の炎夏の東京で行って参りました。観ていて、最後のところで頭が爆発するかと思った。まいったね。

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この映画を観て思ったのは時間のむごさでした。いや、時間ではないな、なんだろう、歴史? うーん、そんな大層なものではなくて、運命? いや、事実、か。事実のむごさ。すでに起こった事実への、どうにもしようのなさにうちのめされるのです。

冒頭のシーンがそれを示します。最初にピアフの晩年の姿が映し出されるのです。ぼろぼろになって、ベッドチェアに座っている。そこで私たちはなんとなく気づく。あ、これはもうすでに起きてしまったことなんだ。換えようのない事実なんだ、と。これから始まる映画は、ここへ至る物語なんだ、ってね。もちろん、映画で描かれるのは虚構ではありますがね。

そのうちにその予感は確信へとかわっていきます。一つ一つのシーンがうねりながらあの冒頭のシーンへと雪崩れ込もうとするのです。それはもうどうしようもなく止めることのできない事実で、すでに決まっている、既定の道筋なのです。それ以外に逸れようもない運命なのです。伝記映画のむごさではありません。それは私たちに普遍の事実なのです。

その冒頭のシーンの直後から、時間は縦横無尽に飛び回りはじめます。ステージに、子供時代に、アマチュア時代に、幸せと不幸せが織物のように交錯して。

むごいなあ──と、そんな思いを植え付けられ通底させて、彼女の人生は語られていきます。でね、ピアフは交通事故後にモルヒネ中毒になるって示されるので、前半の時間のぶっ飛びは麻薬のフラッシュバックのようにも見えちゃいます。しかし後半にかけてはこれが、懐古というか、過去への望郷というか、楽しかった日々を思い出す彼女の意志的なイメージへとじつに自然に変化していくようなのです。

さて、「幸せと不幸せが織物のように交錯して」と書きましたが、ですからここにはもう一つ、交錯する二方向の時間の流れもあるのです。一つは最初に言った、結末へと、晩年へと止めどもなく押し寄せるベクトル。もう一つは、それに抗するかのように、彼女の頭の中での、過去へと遡ろうとするベクトル──ティティンとの生活、デビューの時、レコーディングの時、コンサートの時、デートリッヒとの邂逅、そしてマルセルとの恋。こうして物語は相反する二組の要素を絡ませ紡ぎながら、すでに定まっているもののどうしようもなさを積み上げていくのです。それは不可避と可避との格闘です。取り返しのつかないものへの、思い出の反逆です。もちろん、はなから勝者は決まっているのですが。

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それにしても、主演のマリオン・コティヤールはピアフの降臨のように見えます。というか、スクリーンに映る彼女の顔を、私はフェリーニの「道」のジュリエッタ・マシーナに重なるものとして見ていました。存在自体がしだいに悲しみそのものとなってゆく女性。映画史上、あのジェルソミーナ以外にそんな女性は見たことがなかったのに。

歌は多く吹き替えでしょうが、一つ、オランピア劇場のステージで倒れる直前の「パダン・パダン」は誰が歌ったのでしょう。あの「パダン・パダン」はすごいです。あれがコティヤールの歌なら、ピアフも彼女に演じられて本望だと思います。

もう一つ、ラストで歌われる歌は、日本語では「水に流して」というタイトルになっていますが、これはそんな甘っちょろい歌ではないんだって気づかされました。原題は「Non, Je ne regret」つまり「いいえ、私は後悔しない」という宣言です。水に流して、という、どうでもいい感じではない。むしろ「水に投げ捨てて」といったほうがよいような、強い意志なのです。そして繰り返される歌詞は「Non, rien de rien」。「rien de rien」は英語では「nothing」、つまり「なんにも」「決して」という単語を重ねたものです。まるでぜんぜん、これっぽっちも、という強調です。

私たち観客は、そうして最後の最後に、この歌によって救われるのです。観客だけは。ラストで。
ピアフは、救われたのでしょうか──そう思ったとき、私の頭は爆発しそうになった。

これはそういう映画です。まいりました。

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原題は「LA MÔME」。「女の子」という意味です。ピアフは身長、142cmしかなかったんですね。それでこのあだ名がついた。ちなみに「ピアフ Piaf」は「雀」の意味。美空ひばりの「ひばり」みたいなもんですね。それが英語のタイトルでは「La Vie En Rose」となり、日本の題では「愛の讃歌」となった。「愛の讃歌」は、映画の中で流れますが、ピアフが歌うシーンはありません。

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