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最悪の事態の想定

先生たちの目の届かないところで子供たちが遊んでケガでもしたら大変だからと、放課後の校庭から子供たちを閉め出したり、個人情報がどんなふうに悪用されるかわからないからとPTAの連絡網さえ作れない学校があります。

日本のTV番組に映り込む自動車は、神経質なくらいにナンバープレートにボカシが入るようになっていて、先日見た番組ではついに路線バスのナンバーまでがぼかされていました。

そういえば最近では日本のTVニュースでは街の人のコメントでも顔があまり映らなくなりました。事件や事故の周辺の証言でもみんな胸から下しか映りません。あれで守っている個人情報とは「顔」なんでしょうか?

だとしたら、大相撲中継とか野球中継で映り込む観客の人の顔にも、いずれボカシが入るようにならない理由がない。なにせ路線バスのナンバーまで隠すんですから。でもそれははて、一体どういう意図だったんでしょう。実際、グーグル日本のストリートビューでは通行人や住人の顔にボカシが入れられるようになりましたし。

一番悪い事態を想定してそれに備えた対策を講じる。例えばテレビに映った大変な高級車のナンバーから、陸運局なんかでその「お金持ち」の名前や住所までがわかってしまって泥棒被害に遭う恐れはあります。前述のストリートビューから表札や車のナンバーにボカシが入れられたのも同じ理由でしょう。事件の周辺住民のコメントの場合では最悪、犯人に逆恨みされてともすると狙われる恐れさえあるのかもしれません。でも事故現場の周辺住民のコメントの場合の顔隠しってのは、うーむ、何だろう?

最悪な事態を想定するのはべつに悪いことではないです。でも、そればかりに気を取られる過ぎると、なんか違うんじゃないかという気がするのです。

たとえば自分の子供とその友達も誘ってキャンプに行くとします。この場合、最悪の事態を想定すれば大変です。クマに襲われるかもしれないし(ええ、私は北海道出身です)、川で流されるかもしれない。いやもっとよくあることとして、木登りして落っこちてケガでもしたら、走って転んで骨でも折ったら、森に迷って遭難したら……。でもそんなことを考えていたらキャンプになんか連れて行けない。よそ様のお子さんを預かるなんてのももってのほかだ。で、結果、子供も親も、安全だけど楽しいこともうれしいこともない、そんなつまらない事態になってしまう。

回りくどかったですが言いたかったのはじつはまた豚フルーの話です。

そりゃ政府としては直近の課題として「最悪の事態」を想定した対策を講じてきたのでしょう。何事にも万全を期する。それが数十億円もかけた例の「水際作戦」の大騒ぎでした。そうしていま、海外の学会などでは日本人だけが軒並み欠席し、日本による海外イベントも軒並み中止。国内でも神戸まつりなど公共イベントは続々中止となり、公共施設の一時閉鎖の波も広がりつつあります。このままでは都市機能や経済活動までマヒしそうです。

行政としては最悪の事態を想定してかからないと、後でおおごとになったときに責任を問われてしまいます。だからハンカチ落しのハンカチをとにかく早く拾って早くだれかのもとに落とさなければならない。そうせざるを得ないのは、だからある意味わからないでもないのですが。

でもそうやっているうちに気づけばいつのまにか子供がひとりも遊んでいない校庭とボカシだらけのTV番組のような、最悪の想定におびえるだけで家に引き蘢っている、そんな神経症的な社会になってしまう。いや、すでにいま確実に、日本社会はそうなりつつあるんだと危惧するわけです。じつはそれこそが「最悪の事態」なのではないでしょうか。

そんなふうになってから急に舛添さんが「これは季節性のインフルエンザと変わらない」と火消しに回ったって、なかなか簡単にはもとには戻らない。だってそれまではあの深夜未明の記者会見とかさんざん騒いできたんですもの、いまさらしれっと「軽めの症状に合わせた対応に変えたい」って言っても、ほんとにそれでいいのかよ、って突っ込みたくもなるでしょう。初めからそう言って「落ち着け」メッセージを発していたらよかったんだけどねえ。

断食するときは断食してるような顔をするなって、聖書でしたっけ?
われわれは万全を期しているから、国民は落ち着いていてだいじょうぶ、って、そんな頼れる父権的な政府ってのもあんまり信用できないが、バタバタしてるばかりの麻生政権を見てると、つくづくものが見えてない場当たり的な政府なんだなあと思い知ります。

目先の対策と、大所高所からの判断、要はそのバランスの問題なんですがね。

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Comments

責任を問うのは誰かというと、それは私たち国民なんですよね。
と思うと、神経質に先回りして「クレーム」回避しようとする政府、あるいはマスコミを一方的に責めることはできないような気がします。

なんだかんだ言って政府やマスコミのやることなすことって、政治的な下ごしらえといった場合を除けば、世論によって動くんじゃないかと思っています。

先の戦争だって、新聞が国民を煽った、なんて言われていますけれども、商業紙なわけですから、読んでもらうにはどんな紙面にするかって考えるわけですよね。
ま、単純にどっちが先って言えない所がこういう問題のやっかいなところだと思うんですけれども。

そうですね。
まさにそこが厄介なところです。

その上で私は、この風潮の行き着く先がいつも例の「自己責任」論に収斂してしまいそうな、日本社会のそのむごさが気になってしょうがないのです。

ハンカチ落しです、これも。

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