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November 07, 2013

ストップ&フリスク

市政監督官のビル・デブラシオ候補が大勝したNY市長選ですが、ブルームバーグ市長の政策を「富裕層優遇」と真っ向から批判してきたことが功を奏したというより、私にはあの高校生の息子ダンテくんの超アフロヘア人気がカギを握っていたと見るのですがミーハーに過ぎるでしょうか?

さてハイラインの建造や歩行者天国の拡大、最近では(これは人気イマイチですが)シティバイクの設置といろいろとアイディアマンだったブルームバーグ市長ですが、確かに振り返れば市の貧困率は21%と過去最高ですし、NY市警による「ストップ&フリスク(通行人を呼び止めての職務質問と身体検索)は人種プロファイリング(人種偏見を基にした思い込みの捜査手法)だとして風当たりが強くなっています。ここら辺で違う風がほしいと思った向きがデブラシオというほとんど無名だった候補へ流れたのでしょう。

ところでこのストップ&フリスク、一般の注目を浴びたのは8月に地方判事が「この施策は憲法に違反する」と判断したのが発端です。警官が「白人だったならば呼び止められなかったであろう黒人やヒスパニックの人々」を日常的に呼び止めており、市警は「間接的な人種プロファイリング施策」に依拠しているとしたのです。

しかしそれが市長選挙直前の10月31日、思いがけぬ展開を見せました。控訴審がストップ&フリスク改革を停止し、警官たちに事実上同手法の継続を容認したのです。

そんな中、19歳の黒人男子大学生トレイヴォン・クリスチャンがこの4月にバーニーズNYで大好きなラッパーがしていたのと同じ350ドルのフェラガモのベルトを購入したところ、店から1ブロックのところで2人の私服警官に呼び止められ、「こんな高いものを買えるはずがない」として手錠を掛けられ、分署で2時間も拘束された件が公になりました。

クリスチャンはIDやレシートを見せたのですが偽造だと相手にされなかったとか。これとは別にやはりバーニーズで21歳の黒人女性が2500ドルのセリーヌのハンドバッグを買って同じような目に遭っていたことも新聞で報じられました。2人ともこれを人種偏見の違法行為として市警とバーニーズを訴えてニュースになったのです。

これは犯罪を起こす以前の予防的警戒と言えます。五番街やマディソン街などの高級地区から危なそうな人物を職質してその場から立ち去らせる。人種差別、人種偏見を基に予防的に犯罪可能性に対応する。この施策を支持したブルームバーグ市長は犯罪率の明らかな低下を支持の理由に挙げていました。

なるほどそうかもしれません。そしてこれはよく考えれば9.11以降にブッシュ政権が国際法を無視して行ってきた、そしてオバマ政権もそれを継承している対テロの予防戦争、予防的先制攻撃の思想と同じです。そうしてブッシュはアフガニスタンやイラクやパキスタンのアルカイダを叩き、オバマは怪しい者を証拠や訴追もなくグアンタナモ刑務所に予防的に拘禁している。いまそれから10年以上経って、その考え方がアメリカの一般社会にまで降りてき始めている。富裕層およびそれを取り巻く権力システムが、既得権益を守るために犯罪も成立していないうちから犯罪の憶測、見込みを取り締まる。黒人だ、ヒスパニックだということだけで高級ショッピングエリアから排除する。これはまさに予防的先制攻撃でしょう。

テロは起きてからでは遅いから事前に叩く──この考えが認められるなら犯罪にだって同じじゃないか、そういうことです。ビッグデータを駆使する対テロ予防の監視システムを認めるなら、それを人種プロファイリングという犯罪予防措置に敷衍して何が悪い、ということです。正当防衛の先取り理論。「悪は、危ないことをしてしまった後ではもう遅い。何かをしでかす前の芽の時点で摘み取るべし」なのです。

10年以上前にトム・クルーズ主演の「マイノリティリポート」というSF映画がありました。まさにこの予防的治安維持捜査の物語でした。原作はフィリップ・K・ディックの1956年の小説です。

翻って日本でさえも特定秘密保護法といい予防的治安維持といい、こないだまでSFの中だけだったものがどんどん現実になっています。一流のSF作家の予見の的確さに感心すると同時に、彼らが怖れたものを私達もまた十分に怖れているのか、私達の感性が試されているような気がします。

November 04, 2013

メニューの上の虚実皮膜

一時帰国中の日本ではホテルレストランなどでの食材の「偽装・誤表記」が連日ニュースになっています。発端は反新阪急ホテルでの「芝エビとイカのクリスタル炒め」なるものが、実は芝エビではなく「バナメイエビ」を使っていたというものでした。

日本の中華料理界では小エビをだいたい「芝エビ」と表記するのが慣行だったそうで、芝エビといえどもすでに江戸「芝浦」で捕れるエビとは限らず、しかもいまや大量消費で世界中からいろんなエビが輸入されるとあってはいちいち聞いたこともない名前でメニュー表記されても客としても困り物だろうにと、私としてはむしろ「クリスタル炒め」の方に、一体全体これは何ぞや?と反応してしまった。

その後も同種の問題発覚は後を絶たず、ブラックタイガーを車エビ、トビッコをレッドキャビア(これは日本では鱒の卵のことだそうです)、ロブスターを伊勢エビ、スパークリングワインをシャンパン……中には牛脂を注入した豪州ビーフの成型肉を「和牛」表記してたなんていうトンデモ例もありますが、食材なんてのはだいたい料理の上手下手でどうにでもなるもので、ブラックタイガーだってヘタな車エビより美味くもなれば、スパークリングワインだって近頃は上等です。アメリカじゃ伊勢エビ(スパイニー・ロブスター)よりも爪のあるロブスターの方が重宝される。鱒子をレッドキャビアだなんて呼ぶこと自体がそもそも偽装でしょうに、それを棚に上げて着色トビッコを「赤い魚卵=レッド・キャビア」と呼んではいけないというのもおかしな話です。

もちろんそんなメニュー表記で付加価値が上がって客を引きつけられると考えるレストラン側のさもしさ浅ましさが第一の問題です。客を騙そうなんて以ての外。

だがしかし、そもそも日本のメニューというのは昔から謎掛け、見立ての伝統があって、それをわかってこそ風流、などという特権意識がお茶や懐石の、器や掛け軸や生け花やあしらいの根底に流れている。

簡単な例ならば「竜田揚げ」は百人一首の「からくれない」に染まる竜田川の色合いを持った揚げ物のことですし「紅葉おろし」だとか仙台名菓「萩の月」だとかも、じつに妙(たえ)なる名前だけどこれも知らなきゃ何のことやら。そうやって日本にはそのものズバリの名付けを無粋として避ける文化が脈々とあって、潮汁だとか鉄砲汁だとか鉄火巻きだとか松笠焼きだとか、それがいつしか「クリスタル炒め」なんぞにつながるわけです。

それは、テラピアをイズミダイと呼び換え、カペリンをカラフトシシャモと呼び換え、ブルーギルをビワコダイなどと呼び換える慣行とどう違うのか、と言われると、確かに商売根性のあからさまさは違うけど、本質的にはどっかでなにかが通底してる。

かくして客側の自己防衛としては、端からメニューなど信じないのがいちばんです(そういや日本にはメニューより信頼が重大な「おまかせ」文化もありますね)。それで食ってみてからもういちどメニューを見直す。美味かったらそこで「ほお、そうだったのか」と思うし、まずかったら「へえ、こうしちゃうのね」です。同じ食材も「こんなに美味くなるのか」なときも「ダメポ」なときもあるので、客釣りのためのメニューなんぞ単なる参考資料、半分信じてちょうどいいくらいなのですよ。

もっともそう書いたからと言ってレストラン側が話二倍の誇大表記をしてよいということにはなりません。「しょせん素人、客になんぞ味の違いはわからねえ」と思っている店があれば、まあ、そりゃ大方そうかもしれないけど、そうじゃない客だって必ずいるのだと言うしかありません。そうすると、そういう味のわかる、畏敬すべき客は必ずその店に二度と来なくなります。そして次第にその店の客は、店側が蔑ろにするような客ばかりになる。そうするとその店自体が蔑ろにしてよい店に堕するのです。それは恐いことではありませんか?

先日、岐阜のどこかの学校給食でパンに小バエが混じっていたという“事件”がありました。ハエが混入したパンの数は約100個にものぼったそうですが、学校側は「 健康に影響はない」として、付着箇所を取り除いて食べるよう指導したそうです。ええ、パンは高温で焼いているから小バエが混じっていても病原菌は死んでるし大丈夫かもしれません。でもこの問題はそこにあるのではないのです。この問題は、小バエが混じるような環境を放置しているような給食施設では、必ず他にもなにか見落とされている衛生上労働上の問題があるはずだ、ということです。小バエ混入は、そういう悪環境、悪監督、悪労働の象徴だということなのです。

これを敷衍すれば、客の気を惹くためには実態以上のかっこいい言葉でメニューを飾ればどうにかなると思っているレストランは、どこか料理でも客サービスでも嘘が混じるということなのです。誤表記、偽装はその象徴でしかないのです。天網恢恢疎にして漏らさず。料理は愛情だというのは、じつはそういう嘘をつかない誠実な心のことを言うのだと思います。

最後にレストラン以外の苦言を1つ。レストランなら選べます。でも日本では、どこに行っても本物のベーコンが売っていない(高級グルメマーケットとかにはかろうじて存在してますが)。

ベーコンとは本来は塩漬けにした豚の肋肉を燻製にして作るもので、熱処理していないのです。なのに日本で「ベーコン」として売ってるのはみんな加熱したハムもどき。せっかく世界に誇るおいしい豚肉がある日本なのに、これは焼いてもカリカリにならないし、口にぺっとり甘ったるい化学調味料の味が残るし、食文化を誇る日本で、ベーコン1つまともなのを買えないというのは、TPP後に世界から押し寄せる食材に、農水省の食品行政がはたして立ち行くのかどうか、そちらの方が心もとないのです。