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未来の新しい何か

開票からなんだか票の出方がやばいなあって思ってたんだよね。そうしたら日が変わって今度はミシガンやペンシルベニアまで持ってかれちゃう感じになって、てかその前からもうダメって感じだったんだけど、未明のタイムズスクエアはどんどん寒くなるし、お祭り騒ぎを期待して来た若者たちもまるで静かになるしで、まるでお通夜みたいになっちゃっててさ。

でも今もなんだかまだ冗談でも見てるような気がするんだな。だってトランプが大統領って、SF映画でアメリカが壊滅状態になっても誰も希望と再建の演説をしてくれる人がいなくなるってことでしょ。トランプみたいな大統領が登場する映画なんてコメディしかないでしょ? この価値観のでんぐり返り、どうするんだろ、ハリウッド。

それにしてもこの選挙、民主党と共和党ってこれまでは政策とか思想信条を基に「左右」で争ってきたんだけど、トランプ対ヒラリーは心理的というか心の動きの上での、理屈と感情、建前と本音、大脳皮質とその奥の原始的な反射脳、みたいな心の中の「上下」の層の争いみたいな感じがした。従来の政治的対立の構図とは違ってさ、なんかよくわからない下克上みたいな気がする。

正直、ダメだなこりゃ、と思った時の最初の感覚は、文化大革命やクメール・ルージュみたいな、やがて反知性主義革命が襲ってくるみたいな気分だった。そもそもこの選挙戦の初めに共和党自体がそんな下克上にメタメタにされたわけだしね。トリックスターがトリックスターの分を超えてキングになっちゃったわけだから。

本戦に入ってからのTV討論会だってまるで女と男の喧嘩だったし、でも実はそれが事の本質を衝いてたんだなとも思う。何かって言うと、トランプが「もうウンザリだ!」って唾棄して見せた「PC(政治的正しさ)」って結局、アメリカでは白人のヘテロセクシュアルの男たちの「この世界はオレ様のためにできてる」みたいな”独善”をことごとく否定するものだったわけでしょ? 「女は黙ってろ」とか「オカマは気持ち悪い」とか「黒人のくせに」とかメキシコ人のことを「オンブレ」と呼んだりとか。対してヒラリーはそういう「男」の非PCにことごとくケチつける嫌な女(ナスティ・ウーマン)の代表なわけ(と、少なくとも相手方の非PC頭はそう信じてた)。

そこに「なんでそんなこといちいち文句つけられるんだよ」と面白くない思いをしてきた層が食いついた。そうね、PCって80年代からだからここ30年くらい鬱憤をためてたんだ。「オレたちゃこの西部開拓の国の主人公だったのに、いつの間にか黒人や女やホモたちが偉そうにのさばるようになってよ」なんてさ。彼らは取り残されていたんだ。どうしてそんな「非PC」がダメなのか、誰も教えてくれないし考えることもしなかった。その思いを政治にする言葉も持たなかった。それを代弁してくれる政治家なんかトランプが現れるまでいなかったんだ。もう共感するしかないよね。そんな層が結構な数、ずっと鬱々と潜在していたことを、PCまみれの頭のいいエラいさんたちには(天才統計学者のネイト・シルバーを含めて)まったくわからなかったんだろうな。

するってえと、これは、黒人、女性、ゲイ(LGBTQ+)に続く、アメリカにおける(精神的かつ最大数の)被抑圧層の、遅れてきた大解放運動だったのかもしれないわね。確かにそれ(解放)はアメリカの伝統ではあるんだし。ただ、蓋を開けてみたら思いの外たくさんいた、なんとも奇妙な変形「マイノリティ=白人異性愛男性」運動……。トランプが白人女性層の票を集めたってのはあまり関係ない。白人異性愛男性主義の女性はたくさんいるわけだし。

こないだトランプ支持のある弁護士さんと話してて、彼が言うんだ。「この社会はもう飽和状態で閉塞状態で、内側からはどうにもできない。内側からは腐るだけだ。だからトランプみたいに外側から壊す奴が必要なんです」って。「でも、彼があぶり出した憎悪や差別はどうするんです?」と聞くと「そんな憎悪は昔からあるんですよ。この国はそういう差別や排斥感情を表沙汰にすることで解決してきたんです。トランプはそのための劇薬。アメリカ社会はそんな彼をも消費してゆくはずだと思う」。でも、劇薬にもほどがあるだろうさね。「それはそうだけど、ヒラリー支持者たちはそういう劇薬を使うのが怖い保守派、旧守派なわけですよ。私はトランプでもアメリカは大丈夫だと思います」とね。

ほとんどのトランプ支持者は彼ほどには後のことを考えてない。ただ一票を使って既成社会、上部社会にファックユーを叫びたかっただけかもしれない。後は野となり山となっても、トランプが開発してくれると期待して。でもその期待はきっと叶わなくてもいいんだ。どうせ失うものはとっくに失い終えているんだしって。

そう、トランプは革新候補だったんだよ。すでに未来の「新しい何か」しか残っていない彼らには。

そんなこんなでタイムズスクエアから帰ってきてからも日本のラジオやテレビに「トランプ大統領」の現地報告やら解説やらしてて、朝の9時過ぎになってやっとベッドに入った頃から友人たちがそろそろ起きだしたんだろう、ひっきりなしにテキストやLINEや電話がかかってくるんだよね。「ねえ、どうなるの、一体?」とか「クレイジー!」とか、ショックと不安を共有したいんだろう、とりとめもない放心状態で。若いゲイの子は「ねえ、またクローゼットに戻らなきゃダメなんでしょうか?」って。いやはや。

トランプを支持した者たちにとっての新しい何かは、新しい何かだからと言って常に素晴らしいものとは限らない。それが大問題なわけですわ。「Make America Great Again」のその「Great」は、すでに葬り去ったはずの「偉大さ」であって、新しい偉大さにはなりえないわけだから。

9.11に続いて、11.9という、アメリカの価値観の大転換を、二度も目の当たりにしているわけか。

長く居すぎたな。さてさて私はアメリカを去って、日本への拠点移動の準備をしますわね。クリントンから始まり、クリントンで終わる。

しかし、女性大統領を見たかったな、ほんと。

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