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「脱真実」の真実

米国にはCIAやFBI、その他国家安全保障省や各軍などに属する計17もの情報機関があります。そのいずれもが今回の大統領選挙でロシアのハッキングによる介入があったと結論づけているのですが、次期大統領ドナルド・トランプは、利益相反も懸念されるフロリダの自社リゾートホテルでの大晦日パーティー会場で、「私は誰も知らない情報を知っている」としてその介入がロシア以外のものであることを示唆し、その情報は「3日か4日にはわかる」と話していました。

1月6日現在、しかし彼しか知らないというその情報の確固たるものは開示されていません。それを紛らわすかようにトランプは「情報当局によるブリーフィングが金曜(6日)まで延期された」と、これまた延期された事実もない「情報」を、あたかも前述の情報に関連づけるかのようにツイートしていました。

「脱真実(Post-Truth)」とは、事実に裏打ちされた情報よりも自分にとって耳ざわりの良い恣意的な主張や解釈が好まれる世相のことです。非難と中傷が飛び交う大統領選が、脱真実の状況が拡大する格好の舞台を提供しました。フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディア(SNS)が最強の増幅器として機能したからです。

事実無根の情報を生み出すのは、既存のニュースサイトのように装った新興のネットメディアです。そこではアクセス数によって広告収入が得られるため、より多くの読者が飛びつくような"ニュース"が金ヅルです。そこで「ローマ法王がトランプ支持表明」「ヒラリー児童買春に関与」「ヒラリーとヨーコ・オノが性的関係」といった偽ニュースが量産されました。それらはSNSで取り上げらることで偽ニュースの元サイトがアクセス数で稼ぎ、それがサイト自身の拡大と増殖につながり、さらにそれがまたSNSで拡散し……というスパイラル構造が出来上がったのです。

情報サイト『バズフィード』(こちらはポッと出ではないニュース・サイトです)は、マケドニアの片隅でせっせとトランプ支持者受けする"ニュース"を紡ぎ出し、それらを無数のサイトから発信してカネ儲けをしていた十代の若者たちの姿をリポートしていました。それらを読みたがるのはヒラリーではなくトランプの支持者層でした。つまりこれは政治の話ではなく、経済の話だったのです。

トランプ政権入りのスティーヴ・バノンの関わる保守派サイト『ブライトバート・ニュース』も、そうした「脱真実」新興メディアの1つです。数多くの「バイアス報道」と「偽ニュース」を今も拡散しています。

偽ニュースの蔓延に対して、フェイスブックは先月、「ニュース」と思しき掲載情報の事実確認をABCニュースなどの外部のプロ報道機関とともに行うとに発表しました。でもそのABCニュースも、ブライトバートにかかれば「左傾バイアス」によって「ウソや捏造記事を歴史的に配信してきた企業」でした。つまりは「脱真実」を好む層にとって、ABCニュースやCNNなどの従来のニュースこそが、左寄りバイアスのかかる「偽ニュース」なのです。「事実を無視している」と言うその「事実」こそが、「バイアスのかかった事実」だと思われているわけです。

端的に言えばそのバイアスとは、黒人や女性や移民や性的少数者などの社会弱者(マイノリティ)たちの視点に立つバイアスです。つまりは「政治的な正しさ(PC)」の圧力です。実はそれこそが現在のジャーナリズムの立脚点です。それはトランプではなくヒラリーの標榜した「政治的な正しさ」でした。

一方、そこで捨て置かれていたのがマジョリティ(強者)の視点でした。つまり白人で男性で異性愛者の欧州系アメリカ人にとっての「事実」が不足していた。そこをブライトバートやトランプが掬い取ったのです。

それは「政治的に正しく」ないですが、彼らトランプ支持層の求める、彼らを主人公とする物語でした。「脱真実」とは「脱PC」のことであり、「PC」から自由な事実認識のことに他なりません。彼らの需要を満たして、それがカネと票とに繋がったのです。

その結果誕生した新しい大統領は、今度は「彼らの」というよりは冒頭の例のような、「自分の」読みたい物語を吹聴するツイートを連発するようになっています。かくして「脱真実」の傾向は米国で最大の権力者によって今年、さらに推進されることになります。その行方は誰にもわかりません。

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