« 告発の行方 | Main | 揺さぶりと鬩ぎ合いの果てにあるもの »

ソシオパス的世界

南北首脳会談を挟んで、トランプが妙に浮かれているというか過剰に高揚気味です。まあいつもそうだとも言えるのですが、今月か来月に行われる米朝首脳会談の見通しが立ったせいではないかとも言われています。

4月27日の文在寅大統領と金正恩委員長との会談はアメリカのメディアではあまり騒がれませんでした。金正恩が登場したというのはニュースですが、内容的には既定路線の形式的な共同宣言だった、つまりは「お楽しみはこれからだ」的な、米朝首脳会談への橋渡しにとどまったせいかもしれません。その代わりこの日は、トランプが前日朝に電話出演したFOXニュースの「FOX and Friends」の話で持ちきりでした。30分間のべつまくなし喋り捲ったその「暴走トーク」の異常さにドン引きしていたのです。

どんどん声のトーンが上がり詰めるそのトークは、ロシア疑惑では自分は無実だし、ポルノ女優との性的スキャンダルもそんなものはフェイクニュースだし、その女優に口止め料を支払った個人弁護士は自分には「本当にタイニーな役割」しか持っていなかったとか、とにかくスタジオの3人の司会者も呆気に取られて質問をさしはさむタイミングをなかなか見つけられず、その間ただただポカンとしているしかないほどのマシンガンぶりでした。精神状態ほんとうに大丈夫なのか?

南北会談後にはまた、これまで「チビのロケットマン」と揶揄していた金正恩を「尊敬に値する」と手のひら返しを見せたり、会談へ向けての米朝交渉も「とてもうまく行っている」として「とても劇的なことが起こるかもしれない」と思わせぶりに語ったり、さらに翌日のミシガン州の支持者集会に登壇しては観衆からの「ノーベル賞!」の連呼にまんざらでもない笑顔を見せたりと(これはなんでもオバマと張りたい彼には「まんざら」以上の歓喜だったでしょうが)、もうすでに米朝会談は「大成功」と言っているような余裕なのです。

その背景には実は、水面下での北朝鮮へのギリギリの軍事的脅しがありました。あまり報道されていませんが、現在、朝鮮半島周辺には世界最大の米海軍の病院船マーシーが展開中あるいは展開に向けて航行中です。インド・太平洋の同盟・友好国とのパートナーシップを確認するというのが公式のミッションなのですが、今回初めてイギリス、オーストラリア、フランス、ペルーそして日本の乗員も加わる国際ミッションになっています。

しかしそもそも病院船とは、武力衝突が起こった時に負傷した米兵を即座に治療・手術する船のこと。マーシーは全長272m、排水量7万t、ベッド1000床と12の手術室を備え、医師・看護師などの医療要員及び運航要員計800人が乗船するまさに動く巨大病院です。湾岸戦争では690人を収容し、300人に緊急手術を実施しました。

この病院船は軍常勤の医師らだけでは足りずに民間の医療従事者を"徴集"することになります。なので、実際には本当の差し迫った軍事危機にしか展開しません。つまり、喫緊の軍事攻撃の有無を事前に知るためのキーファクターの1つがこの病院船の動向の察知なのです。

このマーシーが最ディエゴの海軍基地を出港したのは2月23日のことでした。インド洋へ向けて航行し、そして今現在は朝鮮半島周辺にいつでも展開可能の状態です。ということは、出港の少なくとも数カ月前には展開を決定していたということです。つまり今年初めにはすでに、トランプ政権は両面作戦ではありましょうが朝鮮有事をも想定・準備してのマーシー派遣を決めていたということです。本気だったわけです。

どういうタイミングか、それらが2〜3月という平昌オリンピック・パラリンピックに向けて収斂していきました。北朝鮮は核ミサイル実験をある程度まで成功させ、ひと段落していた。米国は武力行使を真剣に準備していた。その間に挟まれた文在寅が五輪の平和モメンタムを利用してどうにか米朝衝突に割って入ろうとしていた。そこから北朝鮮の平昌五輪参加、文在寅特使の金正恩面会、金正恩からの米朝首脳会談の呼びかけ、トランプによる米朝首脳会談の即座の受け入れ──という具合にトントン拍子で進んでいったのでしょう。そして現在に至る、というやつです。

しかし北朝鮮の核凍結、核廃棄の"宣言"は今に始まった話ではありません。1994年の枠組み合意、2003年から2007年に及ぶ6か国協議のことごとくが徒労でした。それらと今回とは何が違うのか?

今も北朝鮮は完全な核放棄までには2年はかかるとしているようです。対してトランプのアメリカは6か月で全てをやれと要求しているようです。「6か月」というのはもちろん、11月の中間選挙を照準にしているのは明らか。しかしいずれにしても今年「11月」までに北朝鮮が本当に核を放棄したのかどうかなど、検証できるはずはありません。問題はだから「11月までに核を放棄する」と言わせることこそが(トランプにとって)重要なのだということです。

「北朝鮮は屈する。米朝会談はその線で進んでいく」──そう確信するトランプは、だからいま高揚のピークにあるのかもしれません。ポンペオ国務長官やボルトン安保担当補佐官ら強硬派は最後まで北朝鮮を信じてはいないようですが、そんなことは関係ないのです。とにかく見かけ上でもそういう形に落とし込む、それがポイントなのです。たとえ非核化に関する会談成果が具体的でなくとも、トランプはどうあってもそれを「大成功」とぶち上げる構えでしょう。そうして11月の中間選挙まで「検証不可能」な「成功」を吹聴して乗り切るつもりです。

やられたらやり返す、言うことを聞かないやつは倍返しでねじ伏せる、あるいは抹殺する──金正恩の北朝鮮のようなソシオパス国家には、確かに表向き、トランプのようなソシオパス的な対抗権力の行使がいちばん有効に見えるかもしれません。けれどそんなソシオパス同士が幅を利かせる世界は、たとえそれで一時的に平和が訪れるとしても間違いなのです。

なぜならこの対抗策は目先の効果しか発揮しないからです。その手法が世界中に波及するとしたら、世界は一時的な平和に溢れるというよりはむしろ「一時的な平和なるもの」をめぐって大混乱に陥るでしょう。「一時的な平和なるもの」の陰に鬱憤は堆積し、根本的な解決が訪れないまま堕落が深化します。

ソシオパスはソシオパスでしかない。その場しのぎで"善処"していてもそれは必ず不可逆的に破滅へと向かうのです。それを憶えていてください。

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://www.kitamaruyuji.com/mt/mt-tb.cgi/806

Post a comment

(If you haven't left a comment here before, you may need to be approved by the site owner before your comment will appear. Until then, it won't appear on the entry. Thanks for waiting.)