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July 11, 2018

連邦主義者協会

蓋を開ければ大方の予想通りブレット・カヴァノー(53)がケネディ最高裁判事の後任に指名されました。9日夜の指名発表で、その場でトランプに紹介され握手をして肩を叩かれた瞬間のカヴァノーは、顔を紅潮させてまるで泣き出しそうな感極まった顔をしていました。裁判官というのは何者からも独立した存在ですが、「最高裁判事指名についてこの大統領ほど広く相談し、様々な立場の大勢に意見を求めた人はいません」とのトランプ賛美は、単なる感謝の社交辞令以上のものに聞こえました。

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アイヴィーリーグ(イェール)出身で、G.W.ブッシュ政権で顧問として働いたのちにワシントンDC控訴裁判事を務め、両親も判事という典型的な「エスタブリッシュメント」の彼は、反エスタブリッシュを掲げるトランプの支持層受けしないのではないかとの指摘もありますが、実はカヴァノーはトランプが推薦を仰いだ「フェデラリスト・ソサエティ」(Federalist Society=連邦主義者協会)や右派シンクタンク「ヘリテージ財団」からの強力なプッシュがありました。

さらに、NBCやポリティコによれば、ケネディ判事はすでに数カ月にわたってトランプと自らの引退とその後任人事について話し合っていたそうです。カヴァノーはそのケネディの法律書記官でもありました。ケネディはトランプがカヴァノーを後任に据えると確約したため、予定通りに6月に「7月いっぱいでの引退」を発表したというのです。つまりは他の後任判事候補のリストはみんなダミーだということになります。すべてをサスペンスドラマのように"視聴者"に提供しようというトランプの演出だったわけでしょうか。

何れにしてもこの大きな米司法界の変動は、「フェデラリスト・ソサエティ」の存在抜きには語れません。この協会は1982年にイェールやハーヴァード、シカゴ大学などの名門大学の保守派法学生が始めた組織ですが、今や米法曹界を牛耳る厳然たる右派勢力です。メンバーは全米200校(支部)以上の法科大学院生が1万人以上、現役の弁護士・検事で6万人以上を数え、もちろん昨年1月に亡くなったアントン・スカリア判事の後任としてトランプにピックされたニール・ゴーサッチ判事もここのリストから選ばれました。ちなみに安全保障担当補佐官のジョン・ボルトンもメンバーで、とにかく弁護士出身の共和党政治家はほぼみなここと関わっています。

日本でも「日本会議」という保守組織が政財界で隠然たる影響を及ぼしていますが、フェデラリスト・ソサエティの影響力はその比ではありません。ネオコンがバックに付いたブッシュ政権ではアシュクロフト司法長官やオルソン法務局長、拷問に道を開いた司法省の法律顧問もこのソサエティのメンバーでした。

そもそもフェデラリストとは合衆国憲法の制定に際して連邦政府の権限を強化して保護貿易を支持した人々を指します。憲法解釈でもオリジナリズム(原文主義)を通し、カヴァノーも指名受諾スピーチで「判事は法律を作るのではなく法律を紹介する(must interpret the law, not make the law)ものだ」と故スカリア判事の格言を宣言しました。「A judge must interprets the statutes as written, and a judge must interprets the Constitution as written, informed by history, tradition, and precedent (判事は書かれている通りに法令を、憲法を紹介しなければならない。歴史と伝統と先例とに教えられながら)」という部分が彼の法への姿勢を表しているでしょう。法律があまりに恣意的に操作されるものになって、国家権力に対する抑制が利いていないとする立場です。そこには社会の変化に合わせて柔軟な法解釈を行ってきたリベラル政権への批判があります。(to intepret は「解釈する」という意味ですが、この場合は書かれている通りに忠実に introduce するというニュアンスだと思います)

すると問題となるのは女性の妊娠中絶権や同性婚の合憲性、さらには大統領権限の制限といった二極化著しい論争の行方です。いやそれ以前にトランプ政権は加入を義務付けているオバマケアの違憲性を問うてくるでしょう。その時にゴーサッチとこのカヴァノーが、伝統的で歴史的な判断を示すのは目に見えています。

「中間派」「穏健派」として是々非々のキャスティング・ヴォートを握ってきたケネディ判事が、自分よりも筋金入りの保守カヴァノーをプッシュしたのは、やはり人情というものなんでしょうね。最高裁の構成が今後数十年に渡って保守5リベラル4で(あるいはそれ以上に)固定してしまうと焦る民主党が、今後の指名承認でどういう戦略に出るか、あまり手がないのも確かなのです。共和党上院はおそらく10月初めをメドに指名承認を決めたいと計画しています。

上院はいま共和党対民主党は51対49の僅差です。共和党にも中絶権の維持を求める女性議員がいて、そうすると賛成票は逆転する可能性もありますが、逆に民主党にもトランプ支持州出身で苦戦する議員もいて、彼らが承認に回る可能性もあります。

日本と違ってアメリカの議員には党議拘束がありません。政党から自由に自分の意見を通すことができる。したがってこれから、その議員たちにプレッシャーをかけようと、各々の選挙区で数百万ドルをかけた大規模な意見広告合戦が始まります。

July 03, 2018

乗っ取られる司法

レーガン大統領に指名され、保守派とされながらも同性婚や中絶権に関しては賛成するなど中間派的バランス感覚を買われていたアンソニー・ケネディ最高裁判事(81)が引退を表明しました。トランプ大統領は早速後任に保守派を充てる人選に入りました。

ケネディ判事を別にして保守とリベラルとが4対4で拮抗していた判事構成が、これで今後数十年にわたり右寄りに固定してしまうのではないかとの焦りがリベラル側に滲みます。昨年2月に保守派のスカリア判事が死去した際、オバマ大統領の後任指名は任期が残りわずかだったために上院多数派の共和党に阻止されました。数ヶ月後には新たな大統領を選部のだから、その新たな民意に従うべきだとされたのです。結果、スカリアの後任はトランプが指名することになり、保守派のニール・ゴーサッチ(50)がその座を得たのです。

保守派が保守派と代わったこの人事は大勢に影響はなかったのですが、今度は"中間"派とも呼ばれるケネディの入れ替え。それだけではありません。9人の最高裁判事の最高齢である85歳のルース・ギンズバーグ女史も実は前々から引退したいと仄めかしていて、ところがリベラル派の彼女が辞めればトランプが保守派の3人目を最高裁に送り込むことになる。すると保守対リベラルは6対3です。これでは彼女も辞めるに辞められない。そういう状況で民主党はいま、せめてケネディ後任に関してはオバマの時に倣って11月の中間選挙での民意を聞いてからにすべしと迫っています。

在任中に2人ならず3人も最高裁判事を指名する"強運"に恵まれる大統領はいません。最高裁判事は議会に弾劾されるか自ら引退を言わない限り原則終身制なので、これはもう司法がトランプに乗っ取られるくらいの衝撃です。

アメリカは大統領(行政)と議会(立法)と裁判所(司法)の3権がいずれも政治的な判断を行います。日本みたいに「高度な政治的問題だから」といって裁判所が司法判断を避けるようなことはありません。

最高裁判事の入れ替えの陰で、実はトランプ大統領は就任以来この1年半、連邦裁判所の判事を着々と保守派判事で埋めているのです。これが実はじわじわとアメリカ政治の右傾化に寄与しています。

連邦控訴裁判所は11の地区巡回裁判所とワシントンDCおよび連邦巡回裁判所の計13あります。その判事の数は計179人。オバマ時代はリベラルが85人、保守が79人、欠員が15人でした。それがトランプになって、欠員を含めすでに新たな15人の保守派判事(全員白人、女性4人)の人事に成功しています。さらに12人の保守派候補が指名承認待ち状態。その下にある94の連邦地裁でもトランプが指名した新たな保守派判事の就任は80人近くに上る予定です。

最高裁が保守化する以上に、下級裁が保守化する方が社会的影響は大きい。というのも、最高裁は年平均75件の問題に判断を示すに過ぎませんが、連邦控訴裁は年平均で計3万件も裁いているのです。連邦地裁だとどのくらいに上るのか。

結果、トランプ指名の新判事たちは政治献金の規制に反対し(個人献金者の表現の自由を侵害するという理由です)、企業が人種に基づいて行った人事異動を支持し、死刑囚の執行方法の変更願い(特別な疾病で薬物注射では非常な苦痛を伴うと主張していました)を却下し、自治体が会議の冒頭でキリスト教の祈りを捧げる慣例を支持しました。総じて警察や刑務官に有利な判断を行い、女性や少数派への配慮を軽んじる傾向があります。ある性的暴行事案の裁判では、被告人の男子学生が、告訴した暴行被害者に法廷で相対する権利を認めてもいます。法廷で対峙することによる被害者の再度の心的トラウマは考慮されない結果になりました。

最高裁判事の華々しい人事案件に目を奪われている間にも、トランプによる司法の掌握は深く進行していたわけです。それにしてもなぜケネディ判事は共和党不利を言われる中間選挙を避けるように選挙4ヶ月前のいまこの時点で引退表明したのか? まるでトランプにとって最も都合の良い時期である今を見計らったように。この2人の間に、誰か調整役が介在したのでしょうか?

2017年2月、大統領就任後に初めて議会で演説を行ったあと退場する際に、トランプはケネディ判事のところで立ち止まり、こう声を掛けました。

“Say hello to your boy.(息子さんによろしく)Special guy(特別な男だ)”と。

6月28日付のNYタイムズがリポートしています。

Mr. Trump was apparently referring to Justice Kennedy’s son, Justin. The younger Mr. Kennedy spent more than a decade at Deutsche Bank, eventually rising to become the bank’s global head of real estate capital markets, and he worked closely with Mr. Trump when he was a real estate developer, according to two people with knowledge of his role.
(トランプが言っているのは明らかにケネディ判事の息子ジャスティンのことだった。彼はドイツ銀行に10年以上勤務し、最終的に同銀行の不動産資金市場部門の世界トップに昇進した。ジャスティンの役割を知る2人の人物への取材によると、彼は不動産開発業者だったトランプ氏と緊密に仕事をした。

During Mr. Kennedy’s tenure, Deutsche Bank became Mr. Trump’s most important lender, dispensing well over $1 billion in loans to him for the renovation and construction of skyscrapers in New York and Chicago at a time other mainstream banks were wary of doing business with him because of his troubled business history.
ケネディ判事の在任期間中、ドイツ銀行はトランプ氏への最も重要な融資元となった。ニューヨークとシカゴの高層ビル群のリノベーションおよび建造のために、ドイツ銀行はトランプ氏にゆうに10億ドル(現レートで1兆1000億円)を超える融資を行ってきた。他の主流銀行が、トランプ氏の問題多い業績に共同事業を控えていたのと同時期の話だ。

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トランプはかねてから女性たちの中絶権を認めた1973年の「ロウ対ウェイド」裁判での最高裁判決を覆したいと公言してきました。「妊娠を継続するか否かに関する女性の決定はプライバシー権に含まれる」として、アメリカ合衆国憲法修正第14条が女性の中絶の権利を保障していると初めて判示したこの裁判によって、人工妊娠中絶を規制するアメリカ国内法の大部分が違憲で無効となりました。これはいわゆるプロライフ=胎児の生命を尊重し中絶に反対する立場をとる宗教保守派の長年の主要攻撃対象です。中間選挙を控え、そして2年後の2期目の選挙戦を控え、トランプには白磁労働者層に加えて宗教保守派層の票固めも必要なのです。さてその次は、同性婚の否定でしょうか。

大統領の権力の強大さを、今更ながら考えています。中間選挙の結果がリベラル層にとっていかに重要かを考えながら。