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乗っ取られる司法

レーガン大統領に指名され、保守派とされながらも同性婚や中絶権に関しては賛成するなど中間派的バランス感覚を買われていたアンソニー・ケネディ最高裁判事(81)が引退を表明しました。トランプ大統領は早速後任に保守派を充てる人選に入りました。

ケネディ判事を別にして保守とリベラルとが4対4で拮抗していた判事構成が、これで今後数十年にわたり右寄りに固定してしまうのではないかとの焦りがリベラル側に滲みます。昨年2月に保守派のスカリア判事が死去した際、オバマ大統領の後任指名は任期が残りわずかだったために上院多数派の共和党に阻止されました。数ヶ月後には新たな大統領を選部のだから、その新たな民意に従うべきだとされたのです。結果、スカリアの後任はトランプが指名することになり、保守派のニール・ゴーサッチ(50)がその座を得たのです。

保守派が保守派と代わったこの人事は大勢に影響はなかったのですが、今度は"中間"派とも呼ばれるケネディの入れ替え。それだけではありません。9人の最高裁判事の最高齢である85歳のルース・ギンズバーグ女史も実は前々から引退したいと仄めかしていて、ところがリベラル派の彼女が辞めればトランプが保守派の3人目を最高裁に送り込むことになる。すると保守対リベラルは6対3です。これでは彼女も辞めるに辞められない。そういう状況で民主党はいま、せめてケネディ後任に関してはオバマの時に倣って11月の中間選挙での民意を聞いてからにすべしと迫っています。

在任中に2人ならず3人も最高裁判事を指名する"強運"に恵まれる大統領はいません。最高裁判事は議会に弾劾されるか自ら引退を言わない限り原則終身制なので、これはもう司法がトランプに乗っ取られるくらいの衝撃です。

アメリカは大統領(行政)と議会(立法)と裁判所(司法)の3権がいずれも政治的な判断を行います。日本みたいに「高度な政治的問題だから」といって裁判所が司法判断を避けるようなことはありません。

最高裁判事の入れ替えの陰で、実はトランプ大統領は就任以来この1年半、連邦裁判所の判事を着々と保守派判事で埋めているのです。これが実はじわじわとアメリカ政治の右傾化に寄与しています。

連邦控訴裁判所は11の地区巡回裁判所とワシントンDCおよび連邦巡回裁判所の計13あります。その判事の数は計179人。オバマ時代はリベラルが85人、保守が79人、欠員が15人でした。それがトランプになって、欠員を含めすでに新たな15人の保守派判事(全員白人、女性4人)の人事に成功しています。さらに12人の保守派候補が指名承認待ち状態。その下にある94の連邦地裁でもトランプが指名した新たな保守派判事の就任は80人近くに上る予定です。

最高裁が保守化する以上に、下級裁が保守化する方が社会的影響は大きい。というのも、最高裁は年平均75件の問題に判断を示すに過ぎませんが、連邦控訴裁は年平均で計3万件も裁いているのです。連邦地裁だとどのくらいに上るのか。

結果、トランプ指名の新判事たちは政治献金の規制に反対し(個人献金者の表現の自由を侵害するという理由です)、企業が人種に基づいて行った人事異動を支持し、死刑囚の執行方法の変更願い(特別な疾病で薬物注射では非常な苦痛を伴うと主張していました)を却下し、自治体が会議の冒頭でキリスト教の祈りを捧げる慣例を支持しました。総じて警察や刑務官に有利な判断を行い、女性や少数派への配慮を軽んじる傾向があります。ある性的暴行事案の裁判では、被告人の男子学生が、告訴した暴行被害者に法廷で相対する権利を認めてもいます。法廷で対峙することによる被害者の再度の心的トラウマは考慮されない結果になりました。

最高裁判事の華々しい人事案件に目を奪われている間にも、トランプによる司法の掌握は深く進行していたわけです。それにしてもなぜケネディ判事は共和党不利を言われる中間選挙を避けるように選挙4ヶ月前のいまこの時点で引退表明したのか? まるでトランプにとって最も都合の良い時期である今を見計らったように。この2人の間に、誰か調整役が介在したのでしょうか?

2017年2月、大統領就任後に初めて議会で演説を行ったあと退場する際に、トランプはケネディ判事のところで立ち止まり、こう声を掛けました。

“Say hello to your boy.(息子さんによろしく)Special guy(特別な男だ)”と。

6月28日付のNYタイムズがリポートしています。

Mr. Trump was apparently referring to Justice Kennedy’s son, Justin. The younger Mr. Kennedy spent more than a decade at Deutsche Bank, eventually rising to become the bank’s global head of real estate capital markets, and he worked closely with Mr. Trump when he was a real estate developer, according to two people with knowledge of his role.
(トランプが言っているのは明らかにケネディ判事の息子ジャスティンのことだった。彼はドイツ銀行に10年以上勤務し、最終的に同銀行の不動産資金市場部門の世界トップに昇進した。ジャスティンの役割を知る2人の人物への取材によると、彼は不動産開発業者だったトランプ氏と緊密に仕事をした。

During Mr. Kennedy’s tenure, Deutsche Bank became Mr. Trump’s most important lender, dispensing well over $1 billion in loans to him for the renovation and construction of skyscrapers in New York and Chicago at a time other mainstream banks were wary of doing business with him because of his troubled business history.
ケネディ判事の在任期間中、ドイツ銀行はトランプ氏への最も重要な融資元となった。ニューヨークとシカゴの高層ビル群のリノベーションおよび建造のために、ドイツ銀行はトランプ氏にゆうに10億ドル(現レートで1兆1000億円)を超える融資を行ってきた。他の主流銀行が、トランプ氏の問題多い業績に共同事業を控えていたのと同時期の話だ。

***

トランプはかねてから女性たちの中絶権を認めた1973年の「ロウ対ウェイド」裁判での最高裁判決を覆したいと公言してきました。「妊娠を継続するか否かに関する女性の決定はプライバシー権に含まれる」として、アメリカ合衆国憲法修正第14条が女性の中絶の権利を保障していると初めて判示したこの裁判によって、人工妊娠中絶を規制するアメリカ国内法の大部分が違憲で無効となりました。これはいわゆるプロライフ=胎児の生命を尊重し中絶に反対する立場をとる宗教保守派の長年の主要攻撃対象です。中間選挙を控え、そして2年後の2期目の選挙戦を控え、トランプには白磁労働者層に加えて宗教保守派層の票固めも必要なのです。さてその次は、同性婚の否定でしょうか。

大統領の権力の強大さを、今更ながら考えています。中間選挙の結果がリベラル層にとっていかに重要かを考えながら。

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