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April 12, 2007

合掌 カート・ヴォネガット

ヴォネガットが亡くなった。84歳。
数週間前に転んで頭をケガしたらしい。痛ましいなあ。
でもなんだか、ヴォネガット的でもある。

若かったころ、何度となく彼の語る暗く乾いたユーモアに救われた。
ほんとうに辛く悲しいことは、こうやって笑いをともなって考えるものなのだ。

こないだから、じつは彼の書いていた言葉を思い出していた。
たしか「ジェイルバード」の中の逸話。
彼が講演会だかブックサイニングだかに出席したときの話だ。
たぶん十代初めの少年が彼の本を持ちながら彼に近づいてきて、こう言った。
「ヴォネガットさん、そうやってたくさん本を書いてきてあなたが言いたいことは、とどのつまり、愛は負けるが親切は勝つということですよね」

愛は負けるが親切は勝つ。
名言。
私は以来それをモットーにしてやってきた。

これはきっと彼が1965年に書いた「God Bless You, Mr. Rosewater」(ローズウォーターさんに、神のご加護を)の中で言っていたことを再掲したんだと思う。

「やあ、赤ちゃんたち、ようこそ地球へ。ここは夏は暑くて冬は寒いよ。ここは丸いし湿ってるし込み合ってもいる。それから、赤ちゃんたちよ、きみたちがここで手にするのはせいぜい100年ってなもんだ。わたしの知る限りそしてここでのルールはたった1つしかない、赤ちゃんたち──『てやんでえ、てめえら、やさしくなくちゃだめだぜ』」

でも、いまの前の恋人には、その親切も裏切られた。
愛は負け、親切も負けて、おれは空っぽになって、おれを負けさせてどうするんだって思った。

でも、いま、やっと、あれは例外だって思えるようになりつつある。
親切が負けたのは、あれはたまたま、人生で唯一の例外だったんだ。

それでまた、愛は負けるが親切は勝つ、と、頭の中で念仏みたいにこのフレーズが繰り返されていたここ50日ほど。

ヴォネガットの百万の嘘の中に真実がある。
若い人たち、いまひとたび、彼を読みなさい。
どの文庫も恐ろしく可笑しい警句に満ちている。
人生の神髄は、彼のアフォリズムの総体でしかない。
てやんでえ、てめえら、やさしくなくちゃだめなんだ

NY Times の訃報の最後は、ヴォネガットの2005年の最後のエッセイ集「A Man Without a Country」にある詩の一節で終わっている。

When the last living thing
最後の生き物が
has died on account of us,
わたしたちのせいで死んでしまったとき
how poetical it would be
思えばなんと詩的だろうか
if Earth could say,
仮に地球がこう言えるとしたら
in a voice floating up
湧きあがる声で
perhaps
そうたぶん
from the floor
あの
of the Grand Canyon,
グランドキャニオンの谷底から立ちのぼる声で
“It is done.”
「さあ、終わった」
People did not like it here.
人間はここが’好きじゃなかったんだ。

──合掌。
God Bless You, Mr. Vonnegut.
And thank you very much, Mr. Vonnegut.

December 25, 2006

12月の俳句

このところ、CSI というこちらの犯罪ドラマにはまってまして、Crime Scene Investigation というもともとはCBSの番組なんですが、ラスヴェガスを舞台にした科学捜査班の物語、これが面白いんだなあ。で、数週間前からじつは午後6時から10時まで、Spike TVという別チャンネルでこの再放送を毎日やってるのに気づいて、それを見だしたら、毎日この時間帯、4時間も、テレビを見るだけで他になにもできない状態。

本日はクリスマスイヴ。うちで少人数で鍋でもしようということで、これから食材の買い出しに行ってきます。

**

セーターのほつれ止まらぬ夜の望郷
(せーたーのほつれとまらぬよのぼうきょう)

蓋のなか闇ふつふつと蕪煮ゆ
(ふたのなかやみふつふつとかぶらにゆ)

日めくりの明日はや透けて今朝の冬
(ひめくりのあすはやすけてけさのふゆ)

赤値札この冬牡蠣の堅き口
(あかねふだこのふゆがきのかたきくち)

数多なる可能剥ぎ終え暦果つ
(あまたなるかのうはぎおえこよみはつ)

乳見せて眠る雌猫レノンの忌
(ちちみせてねむるめすねこれのんのき)

わが嘘の語尾弱まりてマリア像
(わがうそのごびよわまりてまりあぞう)

売れ残る聖樹寄り添ひ街眠る
(うれのこるせいじゅよりそいまちねむる)

赦すことなほできぬまま聖夜かな
(ゆるすことなおできぬまませいやかな)

May 31, 2006

うちの義経

ちょっと触れてもいましたが、13年間連れ添った我が家の猫の義経くんの、右腕の上腕部に腺癌による腫れが見つかりました。で、これはおそらく、肺に出来た腺癌からの転移であろうという可能性が最も高いようです。

その場合、余命4カ月足らず、だそう。

でね、両方とも切除してしまうのがよいと、NYで最も大きな動物病院であるアニマル・メディカル・センターの担当医に告げられました。

重要なのは、とにかくなるべく最後まで楽に生きていられることですわね。手術しないと腕はどんどん腫れ上がり痛くなり、肺からがんがリンパ腺や他の部位に転移したり、肺自体も呼吸困難になって食欲も落ちるだろうとのこと。そりゃかわいそうだ。でも最期はどっちの道でも同じなんでしょうけど、そこにいたるまでを楽に過ごさせてやりたいわけで。

で、手術からは2〜4週間で回復する見込み(合併症とかが起きなければ)。で、残る3カ月近くがそれで楽になるなら、と思うのです。3カ月というのもわからんのだけどね。肺がんになった猫は、平均で約115日しか生きられないんだそうです。なんかすごく具体的ですよね、数字が。

でも一方で、手術して、そんで予後が悪くて、というか手術が負担でなおさら具合が悪くなって、そんでフルに回復しないままどんどん苦しくなっちゃったらもっとかわいそうだよなあ、なんて、心は揺れ動く。

キモとかはあまり効果はないようで、手術が最善のオプションだといわれました。

手術からは、2〜3日後に退院できるそうです。

手術させようっと。
またオシッコ臭くなって帰ってくるの、かわいそうだけど。
なんか、腕取っちゃったら治るんじゃないかって、バカなこと考えてるんですけど。そんなこと、ないですよね。ふーむ。

***

これを読んだお仕事関係の方、どーか、お仕事くださ〜い。
マジでお金かかるんで〜す。

***
すり寄りて舐めくる舌のあたたかく違うよ慰めらるべきはきみ

ひくついて夢見てるんだ春日向きみも生き物ぼくも生き物

どこにでもついてくる癖びっこひいて来なくていいよトイレに行くだけ

首を上げ上目遣いで仰ぐきみよごめんなぼくは神ではないんだ

陽溜まりや青葉薫風いのちに溢れ五月はいつもなにかを喪う

(俳句にはできなんだ。三十一文字だと、なんだかぜんぶ、口からついて出てきた)

December 17, 2004

年末年の瀬年の暮れ

年末年始の原稿の締め切りに追われて、といってもそのおかげで年末年始は原稿を書かなくてもいいんですけど、しかしいずれも締め切り間際までぜんぜん書くモードに入れず、書いては休み書いては眠り書いては飲んで、なんかちんたらちんたら引きこもりでうちから一歩も外に出ない日が続きます。どうせ外は寒いからね、とか言っても、じっさいは冷凛たる外気に当たればそれはそれでしゃきっとして、じじつ今週初めにタイムズスクエアに出たときなんか気持ちよかったなあ。北海道で生まれ育ったから、きんきんに冷えるとぷはーってはじけたくなるんですわ。外に出ないとなあ。

9月以来の鬱屈した精神状態もどうにか時間とともに風化してくるような感じがして、そうね、ここは年内でどうにか浮き上がって、来年はきれいに息をしたいなあと思ってます。

英語で好きな言い回しにね
Today is the first day of the rest of your life.
ってのがあってね、そうだよなあ、って思いませんか。
きょうは、残りのじぶんの人生の、最初の日。

好きつながりでかっこいいと思ってる英語の格言に
The noblest vengeance is to forgive.
ってのもあります。
最も崇高な復讐は、ゆるすことである。
涙が出るね。

そんでもって最近ずっとiTunesが奏でているのがJay-Jay Johansonっていう歌手の声です。先月はずっとクラシックだったけど、この2週間は一転こんなメローさ。このひと、Queer as Folk の第2シリーズだったかなあ、たしか最後のシーンで流れたんですよね、Suffering っていう曲。歌詞がね、いいんだ。どこの国のひとなんだろ。英語がすごく聞き取りやすいんで、アメリカ人じゃないんだろうな。

そうそう、例のジャーナリストネットの方達とも、東京関係は私の今回の一時帰国(渡米12年目にして初めて日本で年越しをします)のさいに声をかけてお会いできる方にはお会いしたいなと思います。明日の夜もじつはニューヨークで声をかけてくれた写真をやっている方とお会いして食事がてら話をしてくる予定です。おお、外に出るじゃないか。

なんか、ずいぶん久しぶりの近況報告モード……。
もともとこのブロッグは「ブルシット」といって、たわけなヨタ話=「たわごと(bullshit)」を余所さま構わずに書き殴る、あるいはたわけな余所さまの話を「bullshit!!」と罵倒する、という趣旨で始めたんだけど、とちゅうからけっこうひとが読んでるということがわかって、けっこう大人しくなっちまいました。小心者です。

いつからを晩年と呼ぶや冬銀河 (母親の俳句を盗用改作)

March 19, 2004

俳句でもひねるか

ほのあまき春甘藍の葉は透けて

山焼きの天を濁音で行く軍機

ねこに恋われも狂気を持て余す

リラ冷えや終日解けぬ謎ひとつ

ちちの忌の母に七度の山笑ふ

きみの小言何だったっけ春うらら

苦きこともちぎって春のサラダ喰ふ

春愁ふ惰眠のねこを呼び捨てに

春雨じゃショパンの雨じゃ濡れてこか

草の芽は精霊のごと地に満ちて