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2001/05「外交官はパーティーがお好き」

 外務省の外交官には流暢な英語使いも中国語使いもロシア語使いもいる。だが、外国語がうまいからといって外国の要人やカウンターパートの外交官仲間と信頼関係が築けるというものでもない。だから日本側も日本式のお茶会などを設定して外国勢を取りもとうとする。じつはそういうことが昨今問題の外務省の外交機密費に関わってくるのである。

 「大使なんてパーティーに招待したり招待されたりが仕事の大部分」と話す書記官がいる。「パーティーでの顔つなぎと情報ネットワークが大切なんですよ」と、よいふうに解説してもくれる人もいるが、とにかく「接待」が日本の外交のキーワードのような気がしてならない。

 なにせ在外公館には日本から訪れる国会議員や高級官僚を接待する費用まであるのである。これはどう見ても官官接待である。さらに問題はいくらパーティーを開いても日本の外務省の情報収集があまり上等とはいえないという点だ。
 
 ところがパーティーの直接の目的はそもそも懇談。開けばとりあえずそれだけで目的達成である。その後にどう情報を得られたかは判定できず、だから予算はつねに「正しく使われた」ことになる。だからごまかしてもどんぶり勘定でも問題にはならないなどとと思ったりするのだ。

 外交官には外交官特権というのがあって、その中には外国で買い物をしても税金を払わないでよいなんていうものまで含まれる。駐車禁止地帯にだって車を停めてへっちゃらだ。そういう特権のうえにやれパーティーだ接待だ、である。肩書きと個人の能力とを混同してしまうのはそういうときだ。田中外相が怒鳴りつけているのは、まさにそうした外務官僚の特権体質に対してなのだろうと思う。

 情報収集には機密費というものはぜったいに必要である。ごまかしを防ぐのはそれを公開したり削減したりするということではない。大げさなパーティーや接待に頼らないで情報ネットワークを構築することなのである。つまり、他国の要人と個人で付き合えるような立派な外交官を養成することなのである。

 と、書いてふと気づく。

 接待は外務官僚だけのうまい汁ではない。新聞記者もじつは大使館や大使公邸に招待されてずいぶんと豪勢な酒食を供されたりするのである。白状すると、私も何度か“お呼ばれ”しておいしいワインやら現地料理やらを口にした。なにせ出所は税金。肩書きで職を食い物にしたと言われたらうなだれるばかりだ。

 この新聞記者にしてこの官僚あり。かわいそうなのは人気の外相でも新首相でもなく、日本の誠実な一般庶民。まったく、深く恥じ入るばかりである。

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