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December 01, 2006

NYC GAY PRIDE 準備委員会インタビュー【2004年度資料】

●ゲイプライド実行委員会に聞く─100人パレードのできるまで


ウエストビレッジのビルの地下にあるHOP事務局(360度合成写真)

 ストーンウォールから35周年のニューヨーク・ゲイプライドマーチ本番10日前、6月20日にその準備委員会「ヘリテージ・オブ・プライド(HOP=プライドの継承)」に話を聞きに行った。事務局はクリストファーストリートの大きなアパートメントビルの地下(というか、ここの7階に昔、私も住んでいた)。100万人のゲイパレードはどうやって形になるのか。財務担当のラッセル・マーフィー(46)=以下「R」=とマーチ担当のミッシェル・イリミア(28)=同「M」=が教えてくれた。
        *

東京でもゲイマーチをやるんだよ。でも、みんな疲れちゃって毎年はできないというのが現状らしい。

M わかるわー。わたしたちも終わるたびにへとへとだもの。

いったいいつから準備は始まるわけ?

R 正式にはプライドが終わって7月から翌年の準備というふうになっているけど、じっさいはもう始まっている。つまり、6月のプライドが終わる前からすでに翌年のことは考えているね。やっていながらここは来年はこうしようとか。でもまあ7月かな。ボランティアを集めてご苦労さんパーティーもしなくちゃね。

どのくらいの人間が関わっているわけ?

M 年間を通してきちんと役職を持って関わる人間は30人くらい。そのほかにも30〜40人くらいの出入りがあるわね。だからコアメンバーは70人くらいかな。みんなボランティア。その中で中心を成すボードメンバー(理事会)は13人。つまり13人のディレクターがいる。

M 4つのイベント委員会があるの。プライドマーチだけでなく、それに付随する政治ラリー、プライドフェスト(お祭り)、ダンス・オン・ザ・ピア(ディスコ大会)の計4イベント。ほかにも財政委員会、広報報道委員会、参加協力呼びかけ委員会などで構成してる。

13人の理事会、委員長というのはリクルートしてくるわけ?

R みんな最初は普通のボランティアで、だんだん関わりが大きくなって委員長にまでなっちゃうんだね。ぼくの場合は93年にある参加グループの代表になってHOPにもボランティアで手伝いに参加したのが最初だった。
M わたしも99年にボランティアになったの。それから毎年。休みはなし。

仕事はべつに持ってるわけでしょ。

R ああもちろん。ぼくは「バレー・テック」というダンスカンパニーおよびダンス学校の財務担当をやっている。
M わたしは中学校の教諭。ニュージャージーの。

準備は具体的にはどう始めるの?

M 7月にまず理事会を招集するわけ。理事会は毎月開くんだけど、13人の委員がそれとは別にそれぞれの下の委員会も招集するのね。そこでまずは反省会よ。ここはうまく行ったけど、ここがだめだった。だから次はこうしなくちゃ、ということを出し合うのね。それがずっと一年間、続くわけ。

R 各イベント委員長というのは選挙で決めるんだが、連続性を持たせるために2年任期になっている。補佐役の書記は1年任期だけど。その選挙は9月に行って、そこから翌年に向けての新体制が始まる。幸いなことに、HOPでこのゲイプライドを仕切ることになってから今年で19年目なわけで、それでいろいろな歴史も資料も前例も残ってるから、何にもないところから一から始めるというわけではない。

HOPの前はどこがやっていたの?

クリストファーストリート・リベレーションデイ・コミティー。クリストファーストリート開放の日委員会。それが1984年に解散して、いまのヘリテージ・オブ・プライドが生まれたわけ。

どうして前身の委員会は解散したの?

R 財政問題だね。だれかがお金を持ち逃げしたんだ(笑)。その委員会というのは寄せ集めでね、いろんなグループの代表者が集まって作っていたんだ。それで毎年ゲイプライドのイベントが終わるともう後片付けにはやってこない。毎回毎回そうやって委員会自体を作り直さなければならなかった。そういうのは非効率的だし、それに代表者はどうしても自分のグループのことを第一に考える。政治的にも他のグループと折り合いが悪かったりすると準備段階でもめてまとまらない。それでHOPが誕生したわけさ。

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ラッセル・マーフィー

いまのHOPの予算はどのくらい?

R だいたい今年で120万ドルかな。毎年増えていってるね。初めて100万ドルを越えたのは2000年だ。たしかHOPの最初期は5万ドルくらいから始まったんじゃなかったっけな。
M 120万ドルの中にはもちろん企業などからの現物支給品の寄付も含まれているわよ。パレードの最中に配る水とか、印刷物とかもそうね。
R 今年は企業からのスポンサーシップでいまのところ16万ドルある。最終的にはもっと増えると思うけど。最終決算は8月か9月にならないとわからないんだ。でも、この2年ほどは企業からの寄付もかなり増えているね。企業以外にも多くの寄付があるから、収入の40%がそういう寄付かな。

他にはどんな収入源が?

R 最大の集金能力はダンスパーティーだよ。ダンス・オン・ザ・ピアね。それが最大の現金収入。チケット販売でね。だいたい37万5千ドルの売上がある。ダンスパーティーは18年目だけど、今年は2回ダンスパーティーを開くんだ。プライドマーチ前日の土曜日にもやることになった。場所はハドソン川沿いのいつものピア54。13丁目の公園ね。こっちは前売り20ドル。当日25ドル。プライド当日のダンス・オン・ザ・ピアは前売りの40ドルからあって、当日が65ドル。それにVIPチケットで120ドル。このダンスパーティーも最初はゲイ&レズビアン・コミュニティーセンターでボランティアたちのお楽しみ会みたいにして始まったものなんだけど、それがだんだん大きくなって現在に至るわけ。

ダンス開催での難しい点は何?

M 難しいというより、手順が大変ね。公園の使用許可とか舞台のセッティングとか音声やライトの手配とかトイレや救急車の手配もしなくちゃならないから。お金も入るけど手間も大変ってことね。
R それに費用もかさむ。たしかに37万5千ドルのチケット収入はあっても、ネットでの収入は18万ドルくらい。チケット収入の半分以上が経費になるわけだよね。

M ダンスには7〜8000人が集まるわけだから、安全なのか、そのへんをピアの公園当局に納得させられないと使用許可もおりない。交渉は結構面倒ね。でも、毎年交渉していると向こうも顔を憶えてくれているし、友情も信頼関係も生まれるから、だんだん楽にはなるわ。

R でも、今年は向こうのトップが変わって、最初から教え込まなきゃならなかったけどね。

警察はどう?

R 警察はぼくらのイベントは、大好きだよ。こんなに警察の厄介にならないイベントはニューヨークでは珍しいんだと思う。トラブルなんかないものね。

じゃあ年間を通じて最大の問題点というのは何?

M 毎年問題は違うからね。
R 常に抱えている問題は、ボランティア不足ってことかな。
M そうね、準備段階で途中でやめちゃう人もいるし、でも、途中から入ってくる人もいるしでどうにかやっているけれど、最初から最後まで付き合ってくれるボランティアが必要なの。たとえばマーチで100人、ダンスで100人くらいボランティアで関わってくれているんだけど、それじゃ足りないのよ。プライドマーチはボランティアは当日500人いるのね。内訳は、参加グループの代表たちもボランティアとして手伝うことになっていて、いまのところ200グループが参加するからそこからそれぞれ代表の2人を数えると400人ね、それにプラス、参加グループの受付係だとか車両の運転係だとかマーチの進行係を加えれば500人でしょ。でもできれば600人ほしい。
P ダンスのほうはボランティアは当日はHOPからは300〜400人かな。それにプラス、コミュニティーグループからも手伝いが来るから、みんなで1000人くらいかな。
M ラリーには100人、それからプライドフェストには50人。このフェストというのがまた大変でね。一日仕事なの。朝早くから準備が始まって、終わるのが夜の10時でしょ。
R フェストは93年からHOPが始めた。その前はHOPではなくてべつのところが売店やなにやらを出していたんだ。
P ラリーというのはマーチの一週間前のイベントで、GLBTに関する政治的な演説とかコンサートもやるイベント。プライドイベントの公式スタートを告げるオープニングイベントでもある。
R 政治的といっても、あまり政治的になってもいけないんで、むしろ、教育的っていうべきかな。
M 今年はもちろん同性婚の問題、それと大統領や連邦議員選挙などの投票呼びかけとかね。肝心なことは、すべての人たちが疎外感を感じないようにするってこと。そのためにLGBTを取り巻くすべての問題について話題に載せることが重要よね。

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パレードを滞りなく進めるためには連絡用のトランシーバーも不可欠

参加者の政治姿勢というのは変わってきた?

R 80年代はレーガン政権で、エイズ問題に対する政治不信が渦巻いていた。参加者はもっと政治的だったと思う。90年代はそれがすこし薄れたかなあ。94年にはストーンウォール25周年だったけど、あのときはラリーはやらなくて、国際的なグループ参加も目立ったね。日本からも、アカーが来てたよ。

いまの参加者はどう?

R いま、そうね、またすこし政治的になってきたんじゃないかなあ。あの、なんとかいう大統領が選挙によってではなく選択されてから(笑)、政治的にならざるを得ないような状況が続いているからね。それはいいことだと思うよ。みんな、仲間のことを考えるようにもなってきたし。
M わたしたちの世代も気づいてきたのね。政治的なこと、人権とかについても。

どの世代?
M わたしはいま28。ジェネレーションXよ(笑)。で、いままで眠っていた人権意識とかを、真剣に考えるようになってきた。クリントン政権のときはアメリカはもっと自由だったけど、いまはわたしたちの権利が奪われていると感じるようになっている。今年のマーチは、その意味でも大きな意義のあるものになると思ってるわ。みんな参加して、これが自分だっていうんだと思う。たとえあなたがそれを嫌っても、わたしたちはわたしたちの権利を示さなければならないって思ってると思うの。それがいまの政府に対するわたしたちの反対表明。

ところで、給料を払っているスタッフはいるの?

R 昨年から初めて導入した。フルタイムの、企業からのスポンサーシップを募るための専従責任者のスタッフを設置した。ビジネスデベロップメントマネジャー(企業開拓部長)ね。それと、今年はパートタイムでもう1人雇っている。ミニストレイティブ・アシスタント(運営補佐)。HOPの運営上の必要事項のまとめ役みたいなものだよ。以前から、そうね10年前の94年ごろから、たとえば4月から6月の追い込みの時期に事務仕事で人が足りなくなるんでお金を払って補充してきたけど、これまでは専従ではなかったんだ。

どうして給与スタッフが必要だったわけ?

M 時期だったんだと思うわ。大企業のスポンサーシップが入るようになってきて、HOPの理事会に担当者は設置していたんだけど、さっきも言ったように2年ごとに変わってしまうでしょ。でもそれじゃ企業のほうはやりづらいというわけよ。持続性ね、連続性。最初からまた人間関係から築いていかなけりゃならないのは非効率だし。わたしたちはそういう協力的な企業にいつもいっしょにいてもらいたいと思ってるの。毎年マーチに戻ってきてほしい。ただたんに資金協力をしてくれるというだけでなく、そういう大企業の名前があることだけでもずいぶんと意味のあることだから。100万人以上の人が、プライドマーチ当日にそれを応援してくれているたくさんの有名企業の名前を見るというのは、社会変革のたしかな一助になってると思うわ。

ところで、ボランティアって、どんな人たち?

R クリストファーストリートを歩けば、そこに歩いているような人たちだよ。
M 後ろを見てよ。ああいう人たち。人種も、年齢も、職業も、ほとんどすべてを網羅してるわ。ここはニューヨークよ。世界中から来ているすべての人がボランティアになってるわ。すごいことよね。こんなの、他の場所では味わえないわよ。
R ぜんぶ合わせると、そうだなあ、年間を通して2000人のボランティアが準備に関わっているかな。

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ご近所からTシャツの仕分けのボランティアに参加のデイヴィー、ハリエット、マイケル(左から)

パレードが終わったあとはどんな感じ?

M へとへとよ(笑)。
R 高揚と消耗の二つ、われにありって感じだね。
M そうそう。もう最高の気分であることは間違いない。だって、ずっと自分でやってきたことが目の前で形になって成功してよ、すごい仕事よ、それって。でも、同時に疲れきってるわね(笑)。最高に幸せな気分、と同時に、疲れすぎていて2、3週間はよくその幸福感に対応できないの。そのうちに知り合いだとか友だちだとかに通りで出会ったりするじゃない。そうすると会う人会う人が「すごかったわ、よかったわ」って言ってくれるでしょ。それから新聞を読んでも大きく取り上げられているもんだから、ああ、これをやり遂げたんだって実感できてね。もう、一日中にやにやして過ごしてるわ。

途中でもう投げ出したいって思ったことなんかないの?

M ないわ。マーチの準備ってときどきものすごく大変だけど、スタッフが後ろから支えてくれているし、年間を通していっしょに作業をやっているからね、信頼もしてるし、お互いの気持ちもわかるようになる。心を読めるっていうの? そういう感じ。そりゃ細かいことがたくさん持ち上がってきてうんざりすることもあるけどね。

でも、言い合いとかするでしょ?

R そりゃもう、それも仕事のうちだよ。
M ラッセルとわたしってもういつも意見が合わないのよ(笑)。でも、同じゴールに向かっているって知ってるからね。6月27日の夜にぜんぶうまく行ってることを目指しているわけで。細かいことなんかやってるうちに忘れちゃうわよ。

準備していて最悪のことって何?

M うーん、あまりないわよ。そうね、強いていえば、マーチのグループごとの順番を決めなくちゃ行けないことかな。どのグループも満足行く位置取りってなかなか難しいし、頭が痛いの。ときどき、「こんなグループの後ろはいやだっていってたじゃないの!」とか怒鳴られてる夢を見て目が覚めることがあるわ。でも、HOPの中ではひどい経験ってないわ。

R お金のことだからね、みんな考えたくないけど、ぼくはプロだし、いろいろみんなに注文付けたりするわけさ。だから、ぼくはどっちかというとみんなを怒鳴るほうだね。で、みんなはぼくを無視するって感じかな(笑)。

企業への寄付の呼びかけって、難しい?

R 最近は、もう黙っていても向こうの方から寄付をするって言ってくるんだ。LGBT関連で協力的な企業というのはすでにたくさんあるし、そういうところに毎年プライドイベントの企業向け資料パッケージやレターを送ったりもするけど。ことしは、フォルクスワーゲンが初めてスポンサーに加わった。彼らもLGBTのコミュニティーがどういう反応をするか、知りたいんだろうね。最初の年だからそんなに予算は大きくないけど、まあ、ちゃんと反応を見せてやって、そうすれば来年はもっと大きな金額とともに戻ってくれるだろうと。そういうのって、1つ1つなんだよ。一歩一歩というプロセス、ほんと、信頼関係だね。ぼくが関わった10年前というのは、いまと違うから、ほんとうに種まきだったよ。企業の関心というものを掘り起こさなきゃならなかった。
 3年前には例の専従スタッフを雇う前のビジネスデベロップメント(企業開拓)をぼくが担当したんだけど、企業との交渉をもうちょっと改善することにしたんだ。その過程でいくつかの企業を失いもした。だってさ、大企業のくせに3000ドルしか払わないっていうわけ。3000ドルで100万人以上、200万人への露出があるなんて、大企業にとってはぼろ儲けだろ。そういううまい汁は吸わせない。われわれにもちゃんとそれに見合う対価を払ってもらわないとね。マーケットがぼくらの側にある。それを正当に評価してもらわないことには、なにも始まらないんだ。ぼくらは確かに草の根団体から出発した。それをマーケットを持つまでに育て上げた。ならば、ちゃんとそれに見合うものを請求しましょう、というわけだよ。

東京でもね、数年前、ゲイに人気だったあるデパートがゲイ関連雑誌に取材を申し込まれて、ところがうちにはゲイのお客さまは必要ないって取材を拒否されたという話があるんだ。

M そういうことはニューヨークでだっていまも起きてるわよ。メーシーズ、知ってるでしょ。あのデパートだって、今年初めて、やっとスポンサーになったのよ。これまではだめだったの。それが、今年は初めてマーチにも参加して、しかもCEOまで歩くっていうじゃないの。そうやってゆっくりとだけど確実に企業というのもわたしたちのことをわかってきた。数というのは強いものよ。もしわたしたちがエクソンをボイコットしたら、あの巨大企業エクソンでもひどい目にあうことになるわ。フォルクスワーゲンだってわたしたちのボイコットは怖いの。だって、わたしたちは力なのよ。わたしたちを見くびっちゃいけないわ。こういうのって、ガンジー効果っていうのよ。わたしの命名だけど、非暴力不服従の抵抗よ。そうやって社会は変えていけるんだと思う。
(了)

NYC GAY PRIDEの概要と仕組み【2004年度資料】

●ゲイプライドマーチの概要・仕組み

毎年6月最終日曜日に行われるニューヨークのプライドマーチではいつも百万人近い人が集まります。ストーンウォールから35周年。すっかり大きく成長したこのプライドマーチの仕組みの概要を紹介しましょう。これは主催者の発行する「参加の手引き」みたいな資料です。

 【マーチの企画運営者】
 主催者は「ヘリテージ・オブ・プライド(HOP=プライドの継承)」という名の非営利ボランティア組織。ここへの参加希望者は年齢、HIVステータス、人種、宗教、性的指向、ジェンダーなどの別に関係なく歓迎されます。

 HOPはプライドマーチだけでなく、それに付随する政治ラリー、プライドフェスト(お祭り)、ダンス・オン・ザ・ピア(ディスコ大会)の計4イベントを企画運営。準備は1年がかりです。

 HOPはその4イベントの専門担当委員会の他、資金調達委員会、広報報道委員会、参加協力呼びかけ委員会などで構成されます。

 非営利でありながらも音響機材、観客席、トイレ施設などにお金が必要。このため、参加団体ごとにマーチ参加者のだいたいの予想人数を届けてもらい、その1人につき2ドル50の寄付金をありがたく承る、ということになっています。

 【プライドマーチの手順】
 マーチに参加希望の団体は6月4日まで(消印有効)に使用車両やフロートの届け出とともに参加申請書と参加登録料を提出します。この受領を待って主催者は参加確認書を送付します。

 マーチ参加団体は6月10、12、16日の3回にわたって開かれる1時間の代表説明会の1つに必ず代表を1人以上出席させなくてはいけません。その席上でフロート車両および荷役動物の許可証が配布されます。

 昨年は14部門250団体がマーチに参加しました。

 【参加登録料】
 参加団体からは車両およびフロートの登録料として手数料を徴収。荷役動物を使う場合も車両として登録します。4月23日までを早期登録料として割引し、その後6月4日までの登録は割高です。以下、団体のジャンル別の登録料です。

 ▼4月23日までの割引登録料▲
 ●非営利団体=車両175ドル・フロート250ドル●企業スポンサー付き非営利団体=車両1175ドル・フロート3250ドル●年商100万ドル以下の小企業=車両400ドル・フロート600ドル●企業スポンサー付き小企業=車両1500ドル・フロート3500ドル

 ▼以後6月4日までの登録料▲
 ●非営利団体=車両250ドル・フロート400ドル●企業スポンサー付き非営利団体=車両1250ドル・フロート4900ドル●年商100万ドル以下の小企業=車両600ドル・フロート900ドル●企業スポンサー付き小企業=車両2000ドル・フロート5000ドル

 なお、年商100万ドル以上の企業はHOPのビジネス担当マネジャーが電話またはEメールで応談。

 支払いは小切手、クレジットカード、郵便為替で受け付け。なお、障害者・年配者団体の移動用車両は登録だけで手数料は徴収しません。

 【公式ガイドブック】
 「2004プライドガイド」と名付けられる公式ガイドブックも重要な広告収入源。全面広告は3000ドル。半ページは1700ドル。最小は8分の1のスペースで500ドル。裏表紙での広告掲載は25%増し。掲載希望ページを指定する場合も20%増し。今年は5月3日が出稿締め切りでした。

 広告の図版はすべて300dpiのフルカラー・デジタルファイルで完成品として提出。提出時に広告料金も同時に払い込むことが必須。なお、ガイドに付属する「バー&クラブ・マップ」に掲載されるのは広告出稿の店のみ。ガイドの頒布開始は6月初め。発行数は75000部です。

 【マーチ当日】
 参加団体のチェックインは当日の朝9時から昼1時までです。マーチのスタートは正午。参加者は30分前に集合が望ましい。また、集合場所の五番街50丁目以北は住宅ビルもあるので午前11時半まで音響スイッチを入れてはいけません。

 参加者はHOPが配置するセクションごとの行進指導者の指示に従って行進します。彼らもボランティアで無償で仕事をしているのだから、理不尽に当たったりしないでほしいとHOPは言っています。

 【故人を偲ぶピンクリボン】
 マーチ当日午後2時からエイズ犠牲者を偲ぶ黙祷「沈黙の瞬間」が行われます。HOPはこのシンボルであるピンクリボンを事前に1個2ドルで配布しています。売上は各種エイズ支援組織に寄付されます。「沈黙の瞬間」に音響をオフにしていなかった団体は翌年のフロート使用を許可されません。

 【参加団体のカテゴリー】
①エイズ関連および障害者・親族組織・年配者組織
②スポーツ団体
③バイセクシュアル・トランスジェンダー・政治団体・活動団体・政治家
④ニューヨーク大都市圏および近隣州
⑤その他州および海外団体
⑥レザー・ジーンズ・SM団体
⑦多文化・民族・社交団体
⑧有色人種
⑨専門家組織・労働団体
⑩宗教団体・神秘集団
⑪禁酒・反麻薬組織
⑫大学・演劇・芸術・報道
⑬女性のみの組織
⑭未成年・LGBTの親の団体

 なお、マーチの行進順は毎年入れ替えるものの、女性団体・有色人種団体・エイズ関連団体・障害者団体・年長者団体は常に変わらずマーチの先頭部分で歩きます。

 【表彰】
 今年のテーマ「STAND UP, STAND OUT, STAND PROUD(立ち上がれ、公然と、堂々と、誇りを持って)」にふさわしい趣向を凝らしたマーチの参加団体を表彰。審判席はマーチ中間点の24丁目に設置。

 【マーチで守るべき事柄】
・参加者による募金集めはニューヨーク市の条例で全面禁止。
・下半身のヌードは違法。
・マーチでの沿道への配布物(パンフレットや物品)は事前にHOPに見本を届け許可を得ること。また安全上、フロート車両からはいかなる物も投げてはいけません。
・参加団体の代表者は責任の所在を明示するために主催者配給の代表者Tシャツを着用します。
・車両は1団体につき2台まで。なお、長さ10m50以上の車両フロートはビレッジの狭い角を曲がれないので使用禁止。高さは最高4m20、車幅も4m80を越えないこと。
・フロートだけではなく車両にも各団体の負担と責任でプライドマーチにふさわしい装飾およびメッセージを施さなければなりません。
・フロートおよび車両上では飲酒や違法な薬物はとってはいけません。違反が明らかになった場合は即座にマーチから排除されます。登録料は返還されません。
・ペットを連れて歩くのはアスファルトも熱く、乗馬行進にしても馬がかわいそうなのでやめましょう、ということです。

August 01, 2006

第7回 Gay Games シカゴ・ルポ

 向こう岸など見えるはずもない海のように巨大なミシガン湖を横に、シカゴの街は例年にない猛暑に包まれていた。7月15日(土)の夕刻、第7回ゲイゲームズの開会式場であるNFLシカゴ・ベアーズの本拠地スタジアム「ソルジャーフィールド」(6万2千人収容)へと続く通りは、四方八方からやがてひとつにまとまる長く晴れやかな人びとの列で埋まっていた。

      *
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 「こんなに客がいるシカゴは初めてだよ」と、開会式へと向かうタクシーの中で、アフリカ・ナイジェリアから15年前にシカゴにやってきた運転手が言った。何かが行われることは知っていたが、具体的に何のイヴェントなのかはよくは知らなかったようだ。「はあ、国際競技大会なのか。道理で人がいるわけだ」。けれどナイジェリアといえば昨年、同性間性行為を認めた男性が石打ちの刑で死刑になったイスラム教とキリスト教の国だ。

 もういちど「ゲイの国際大会なんだよ」と意地悪にも念を押してみる。「そういうのには抵抗はないの?」。なんだかへらへら笑いながら、運転手は「おれはジャッジメンタルじゃないよ」と流す。「客は客さ」

 そう、ここはナイジェリアじゃない。アメリカ第2の経済・金融拠点で、市内人口は285万。周辺部まで含めると1千万人近い人が生きる大都市圏だ。中心部には世界1の高さを誇ったシアーズタワーがそびえていて、市内北部にはゲイエリアとして有名な「ボーイズタウン」がある。あのストーンウォールの暴動の翌年からゲイの人権デモがここでも行われ、いまそのゲイ・プライドマーチはサンフランシスコやニューヨークに次ぐ全米で3番目の規模を誇る。

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 開会式に先立ってプレスIDの申請にダウンタウンのシカゴ・ヒルトンに行った。1500室以上を持つこのホテルの建物はまるごとゲイゲームズに協賛して、ロビーから会議室から宴会場まですべてが貸し切り状態。ヒルトンはここだけでなく、近くの豪華パーマーハウス・ヒルトンも「ハブ・ホテル」として大会委員会に提供した。シカゴ観光局ももちろんゲイゲームズと提携。市内の20ホテル以上約4万部屋を最大50%引きの割引価格で選手や応援客に提供することに尽力した。

 シカゴ・ヒルトンは選手申請や宿泊手続きでごった返していた。あちこちにレインボウフラッグが飾られ、地下ホールでは健康用品や観光など各種ゲイ関連の商品展示会が催されていた。ゲイゲームズ関連ショップは初日だというのにすでにお土産を買い求める世界中の人で埋まっていた。そのみんながにこやかで、ID申請の長い列も苦にならない。係員はみんなシカゴの大学生や一般市民のボランティアなのだ。コンピュータ操作に手間取ったってそれは愛嬌。「あら、もっと時間をかけてもいいわよ!」だなんて、若い学生スタッフの前でキャンピーな会話が始まったりもする。
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 「ゲイゲームズをシカゴは誇りを持ってホストする」とシカゴ観光局の副局長ブラッド・ルイスは言う。「この街がとてもゲイフレンドリーな観光地だとだれもにわかってもらえるはず」。ゲイゲームズの開催が発表されて、宿泊問題でコンタクトをしてきたのはホテル側のほうだった。全面的なサポートを行う、と確約しながら。

 結果、この大会及び関連イベントの8日間で、シカゴにやってきた人は予想を40%も上回る14万人。大会のチケット販売も予想の5割増で、市全体に落ちたお金、つまり経済効果はなんと1億ドル以上(120億円)とも推計された。そういえば、モントリオールのアウトゲームズも、同じく1億ドルが街に落ちたと発表している。

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 「いまもゲイゲームズは将来の開催都市を探してるんだ。で、近い将来、いつかアジアでぜひやりたいんだよね」と、大会副会長のケヴィン・ボイヤー(43)が言った。「日本はどうかな?」

 虚をつかれた。「うーん……」と言いながら次の言葉が出てこなかった。いろんな考えが頭を出たり入ったりした。5秒ほどして、「ああ、できる日が来るかもしれない」と思っていた。

 東京で石原慎太郎が2度目のオリンピックに名乗りをあげたのはもちろんその経済効果を狙ってだ。ならば1週間強で1億ドル。これは美味しい話ではある。石原の構想や発想にはないだろうが、たとえばまた札幌はどうだろう? オリンピック招致で東京に負けた福岡は?

 街じゅうに世界中のLGBTたちがあふれる。みんなにこやかでたのしくて、「いちど日本に来てみたかったのよ。こんなことでもないと来れなかったわ」と、たとえば60歳のレズビアンのおばちゃんサイクリストがうれしそうに話す。そんな光景があちこちで展開する。なんだか夢のように遠い風景に見えるけれど、そこへの道はここからもかならず続いている。いや、ぼくらの後ろに道はできる。

 「うん、開催できるかもしれないね」と、ケヴィンとふたりでうなづいていた。

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 なかなか暮れない真夏の空の下で、やがて照明の灯りはじめたソルジャーフィールドの大観客席が銀色に染まってきた。

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 午後8時、開会式がスタート。ABC順に参加各国の選手たちが入場してきた。前回4年前にシドニーでゲイゲームズをホストしたオーストラリアがやはり千人規模の大選手団を送り込んできた。12年前まで戦争をしていたボスニアからは2選手が姿を現した。急な申請だったのかプラカードは間に合わなかったようで場内アナウンスだけ。なのに大きな拍手が起きる。モントリオールでアウトゲームズをホストするカナダからも千人単位の選手たち。中国からは5人が開会式に。イスラエル、イタリアと続いて、やがてJAPANと大書された縦書きのプラカードの向こうから水泳に出場する日本人4選手が甚平姿で現れた。

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 ゲイプライドでもそうだけれど、浴衣とか甚平とかいうのはじつに観客の受けがいい。たった4人でこんな大歓声を受けるのは珍しい。もっとも、ウガンダやジンバブエといった、やはりアフリカの同性愛を刑罰の対象とする国家からの参加選手は、たった1人での行進でも満場の喝采を浴びていた。それはしょうがない。「勇気」は、このソルジャーフィールドにカムアウトしてきたすべての人間が、かつてもいまも共有する大切な防具だ。

 アメリカの選手入場が州ごとに始まる。テキサスは全員がカウボーイハットで決めた。もちろんあの「ブロークバック」を意識して。カリフォルニア州、ニューヨーク州の大選手団に負けず、ホスト都市シカゴは2500選手を登場させた。観客席の声援はピークに達した。

       *

 全員が開会式に姿を見せたわけではないが、今大会の参加者は世界70カ国・地域から1万2千選手。ゲイゲームズはいまでは、本家オリンピックを抜いて世界で最大の競技参加者を誇る国際スポーツ大会。もっとも、ことしはアウトゲームズも111カ国から同規模の参加選手を集めて、ゲイ関連大会が世界のスポーツ界を睥睨した感もある。

 次回ゲイゲームズは4年後のドイツ・ケルン。アウトゲームズは1年前倒しの09年にコペンハーゲンへと向かう。
(了)

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世界の真ん中でJAPANを叫んだスイマーたち

 「こんなにたくさんいるんですねえ」と、ソルジャーフィールドを埋める3万人もの選手や観客を眺めながら、この日の夕方に東京からシカゴに着いたばかりの彼は感極まるようにつぶやいていた。本名は言えない。36歳、だれもが知る大手企業でだれもが知るコンピュータソフトの開発に関わっている。けれど彼がここに来ていることを、社内のだれもが知らない。

 つい先ほどまで眼下のフィールドで世界の数千人のLGBTアスリートたちに混じり、「JAPAN」のプラカードと日の丸のもとで開会式の入場行進に参加していた。日本からの参加は水泳チームリーダーの彼以下4人。そろいの甚平姿は「すごい人気で(他の国の選手に)いっぱい写真を撮られました」とうれしそうに話す。

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 頭ではわかっていた。けれど目に前にある「こんなにたくさん」の具体は口が開くほど圧倒的だった。性的「少数者」だなんてだれが言ったのだろう。それに、全米で1、2といわれる立派な競技場をわがもの顔に使っているだなんて。こんなにしっかりした大会だとは想像していなかった。

 水泳は体が鈍ってきた社会人になってから始めた。ゲイゲームズのことは前回シドニー大会にも出たチームメートから聞いた。東京では8年前からゲイの水泳チームにも所属している。このチームには名前がない。いや、決まった名前がない、というべきか。競技会ごとに名前を変える。アレがゲイのチームだと噂になったら困るから、そのとき限りの名前で泳ぐのだ。名指しの指をすり抜けるように。

 「でもね、東京にもこれだけオカマ・スイマーズがいるんだってことを、どうにかしてアピールしたかったんです」

 名前を持たない者たちの、存在の証。ぼくはここにいるというささやかな叫び。まじめで実直そうなエリート会社員の彼にとって、それはいきなりゲイゲームズだった。2年前から準備が始まった。

 さらに考えた。「JAPAN」をアピールするにはどうしてもリレー競技に出たかった。それには4人の泳者が必要だ。しかし7月中旬の開催というのは、日本では企業で取る夏休みにはまだ少し早すぎる。じっさい、今年はじめに集めた4人のリレーチームのうち、1人は急に夏の仕事ができて参加不能になった。ほかにシカゴまで行ける仲間は見つからなかった。しかしどうしても4人で行きたい。ならば、アメリカにはだれかいないか。日本人ゲイで、いっしょに泳いでくれるやつが。

 4月、ゲイ関連のアメリカの日本語の掲示板にスイマー募集と書き込んだ。「いっしょにシカゴに行こう。ゲイゲームズでリレーを泳ごう」と。

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 サトシは9年前に日本からアメリカに渡った。20歳だった。ホテルマンになりたくて大分から東京の米国系大学に進み、それから留学の道を選んだ。希望進路はいつしかアートやファッションに変わり、NYの有名デザイン大学FITでメンズウェアを学んだ。色々なところで働き履歴書を書き込み、いまはNYのアパレルのデザインハウスで働く。

 NYには、英語ではなく日本語でコミュニケートしようという「日本語で喋るゲイの会」というサークルがあって、サトシはそこの何代目かの代表も務めている。アメリカ人も日本語が話せる人だけ入会できる、ちょっと逆差別っぽい意趣返しというか、シャレというか、そんな変な親睦会だ。サトシはそこで仲間を募ってBBQをやったり誕生会を催したりクラブに行ったり、それだけでなく自分でNYマラソンを完走したりとじつに活動的だ。

 だが、それも彼なりのルサンチマンの昇華法だった。九州男児だった。自分がゲイだとはどうしても言えなかった。東京でも、NYに来てからも長いことカムアウトできなかった。FIT時代はルームメートがゲイだったのに自分もそうだとは言えなかった。そのうちにおかしくなった。情緒不安定。クラブ通いでドラッグをやるようになった。5、6年前のことだ。眠れなくなった。このままではいけないと思った。よく眠るためにまずは体を動かそうと思った。そうして、カムアウトも。
 この世の果てだと思ったカミングアウトは、この世の始まりだった。それはカムアウトしてみないとわからないことだ。薬もやめられた。ジムとジョギングが日課になった。ゲイやビアンの日本人の友人もNYでたくさんできた。

 そうしてことし4月、「日本語を喋るゲイの会」のリンク先の掲示板に、ゲイゲームズでスイマー求むの書き込みを見つけた。世界の中心で「日本」を示したい、と彼も思った。メールを出すのに躊躇はなかった。なにせ15年前、大分・滝尾中学では水泳部のキャプテンだったのだ。「おかまだったんですけどねえ。あはは」

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 こうして4人はつながった。そんな彼らの「日本」は、きっと歴史上のどのナショナリズムともちょっと違う。それはむしろ「名乗り」に近い。日本を世界にカムアウトさせる営みに近い。そうじゃなきゃ日本に誇りなど持てない。日本に誇りを持ちたいがための彼ら自身による身代わりの名乗り。

 入場行進で掲げられた「JAPAN」のプラカードは、1万人の選手の中で迷子にならないように懸命に手を振る、いたいけなアジアの子供のように健気だった。

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 で、結果報告。

 2年前のアテネ五輪の日本の水泳チームの水着を、当時4人分買い込むまでして臨んだ男子200mメドレーリレーは、不慣れな英語によるエントリーミスで出られず。これはとんだ笑い話。

 サトシは5月からの特訓むなしく自由形100、平泳ぎ50とも「書かなくていいですよ」と敗者の弁かつ一念奮起の形相。チームリーダーの彼はリレーのショックから1日目はコース間違いもおかして泳ぐことすらできず。しかし気を取り直して臨んだ2日目は200m平泳ぎで数年ぶりの自己ベストを更新して35〜39歳部門で20人中8位の成績。その他2人のチームメートは、シドニーにも出たAさん(36)は自由形800の35〜39歳部門で堂々の6位入賞、今回初出場のBさん(30)はメドレーと平泳ぎで健闘するも入賞ならず。

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 後日、チームリーダーの彼からメールが届いた。こうあった。

 「先週からチームの練習会に復帰し、東京のオカマスイマーズに今回のシカゴの体験談を聞かせています。意外にも20代後半くらいの人が興味を示してくれています。僕的には、こうやって少しでも多くの人に興味を持ってもらう事を続けていれば、いつかは日本でGayGamesが開催される日も来るんじゃないかな〜と途方もないことを考えております」

 いつも希望は未来にある。次回のケルンこそはリレーに出るぞ、と笑う彼の4年後の未来は、だれか社内からの応援もきっと得ることになるはずだ。4年とは、そのための時間でもある。

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(了)

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<<ちょっとギャラリー>>
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ミシガン湖を舞台にヨット競技

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アイスホッケーの観客席にはこんなかわいい応援団も


そうそうたるGayGamesのスポンサーたち(クリックすると大きくなります)

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アメリカン航空もゲイフレンドリー

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だれでも参加できるのが GayGames。本家よりもオリンピックの精神を体現する世界最大の祭典だ。

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何をか言わんや……