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アレキサンダー・ザ・ファビュラス

「アレキサンダー」を見てきました。
オリバー・ストーンは苦手な監督なのです。というより、いつも「オリバー・ストーン」が前に出てきすぎで、どうも好きになれない。ちょうどロバート・デニーロがいつも「ロバート・デニーロ」になっちゃうみたいに、きっと名人なんだろうけど、臭いんだよなあ、という感じ。

で、「アレキサンダー」です。
登場人物は多いし、おまけに英語の名前と教科書で習った名前と発音が違うものだからだれがだれなのか、一回見ただけでははっきりとはわからなかったんですが、いまさっきまで映画サイトで配役名をおさらいしていたらなんとなく記憶がつながりはじめ、やっとああそうだったかと全体像がわかりかけてきたところ。でもしかしだが、わたし、これ、オリバー・ストーンが何を作りたかったのか、いまでもわからないのです。何を映画にしたかったんだろう。「オリバー・ストーン」がわからないのです、この映画は。

というのも、これ、完全にホモセクシュアル映画なのです。
ギリシャの弁護士が「アレキサンダーはホモじゃない」って抗議して事前試写を要求したというニュースがあって、そんでそれを見た結果、「懸念していたようなきわどい性描写シーンはなかったとして、公開中止を求めるようなことはしないと発表を撤回」したらしいけど、「おまえらの目は節穴か!!!」って「!」が付くくらい、完璧にホモセクシュアル。基底音として全編を通じて流れている感性がずっとホモセクシュアルなのです。

ストーンはホモセクシュアリティを描きたかったのか?
うーん、そうじゃないんだろうなあ。ではアレキサンダーの人となり? あるいは偉業の裏の人間性?
何なんでしょう?
登場人物のだれもに対して、感情移入が難しい。
なんであんなにも無理してインドまで遠征したのか。どうしてあんなに人殺しをしたのか。一方でなぜああも被征服者たちに寛容で異人種間結婚をも奨励したのか。3時間弱の大作ですが、それでも描き切れていない……。

いや、そうじゃないのかもしれません。ひょっとするとこれは大変な傑作なのかもない。ハリウッドの文法を用いながらも、ミシェル・フーコーがやったように、史実を現代の文脈上でとらえようとすることを回避したら、こういう描き方しかできなくなるのかもしれません。ホモセクシュアリティも戦争も殺戮も侵攻も奸計も人の生き死にも、「それはそのようにして予め在った」という描き方なのかもしれない。フーコーはそこに降り立って解釈して提示してくれるけれど、ストーンは映画だから解釈なしに提示するしか方法がなかった、ということかもしれない。

ただね、わたしとしては「ハリウッドの文法を用いながら」そんなことが可能なのか、というところが引っかかっているのです。そう、いわば、どこまでハリウッドで、どこからが「零度」(by ロラン・バルト)の史実なのか、というところが気にかかっているのだと思います。で、ストーンは、どちらを、あるいはその「零度」と「ハリウッ度」のあいだのどこら辺を言いたかったのか、それがわからんのです。

殺戮とか、人殺しの意味なんて、いま私たちが感じることとはぜんぜん違ったんだということはフーコーの「監獄の誕生」なんかで明らかにされました。ホモセクシュアリティも、フーコーによって「ゲイ」とは違うって教わりました。で、ストーンの描くアレキサンダーとヘパイスティオンの「愛」は、ありゃ、ホモセクシュアルなのかゲイなのか、どっちなんだろう、なんて考えちゃうのですよ。

こないだ日本に帰る便でブラッド・ピットの「トロイ」をやっていて、あれを見ながら、いやあ、すごいソープオペラを作ったもんだと思いました。もともと「イリアス」自体がおバカな話で、あんなのトロイの王子パリスがスパルタの王妃ヘレネを不倫お持ち帰りしたことから始まっちゃう戦争の話で、まさにソープ好みなんですが、あちらは完璧なハリウッドで、ブラピのアキレスとパトロクロスは本当は恋人だったのに映画では従兄弟という設定に変えられていました。パトクロスがヘクトルに殺されちゃったんでアキレスがそのヘクトルを仇討ちするんですわね。あれは恋人を殺された男の復讐だったのに、それが映画では家族愛になっちゃってた。ブラピはどう見てもあの映画ではハリウッドの定番としてストレートの権化だったわけです。ロック・ハドソンのようにクローゼットですらないまっさらのヘテ公ですわ。

ところがこの「アレキサンダー」は違うのです。
父と息子の葛藤、母親と息子の愛情、父親と母親の確執、そういうオイデプスめいた描写がちょっとハリウッド臭くて言わずもがなでしたが、これはハリウッドの超大作で歴史上初めてホモセクシュアルのヒーローを登場させ、しかもその彼を臆面もなくホモセクシュアルに描いている映画なのです。なにがホモセクシュアルかって、カメラがホモセクシュアルなのですから確信犯ですよ。たとえば、コリン・ファレル登場のペルシャ遠征へ出かける前の宴のシーンで、戦に行く前に女とやれと囃されるアレキサンダーが困り顔で見つめた相手、それをカメラが追うと、ヘパイスティオンがいるんです。2人のそのときの視線の交錯がすごくホモセクシュアルなのです。また、アレキサンダーがペルシャを征服して、彼が側近たちとともにその王宮の側女たちのたむろする広間を訪れる場面があるのですが、色とりどりに着飾り化粧した女たちをカメラが舐めるように映し出していくその中でカメラがふと射止めるのは、美しい宦官たちの一群ですよ。ここでアレキサンダーは生涯のファックバディであるバゴアスに目を付ける、という場面です。このバゴアス、きれいです。その後の彼のダンスのシーンなんか、おいおい、そんなふうに踊ってきみの俳優生命、だいじょうぶなの、っていうくらいエッチでなまめかしい。ちなみに、この俳優、フランシスコ・ボッシュっていうらしいです。写真、張り付けようかな。

あと、美形ジョナサン・リース・マイヤーズが演じるカサンドロスも微妙な位置関係で、なんともおいしい。
コリン・ファレルのアレックスとヘパイスティオンの2人のキスシーンもセックスシーンもカットされたらしくて登場しては来ないのですが、しかしそのセリフたるや日本のやおいマンガならさもありなんと思われるようなガップリ四つです。「今夜は一緒にいてほしい」とか、「おまえは、私を私自身から救ってくれたんだ」とか、「もしおまえが殺されたら、たとえマケドニアが王を失うことになっても私はおまえのかたきを討つ」だとか、「死ぬときは一緒だ」とか、「最後までおまえだけを愛している」だとか、もう満載。そうそう、さっき書いたバゴアスに出会うシーンではペルシャの王妃が命乞いを兼ねて登場し、最初、このヘパイスティオンをアレキサンダーだと思って話しかける。みんなくすくす笑いをしてその勘違いを放っておくと、やがて王妃も間違いに気づくのですが、そのときに大王さまはその愛するヘパイスティオンを指して「いいのだ、そいつもまたアレキサンダーだから」なんてことを言うのですわ。

あまりにはっきりしすぎていて、クイアリーディングなどまったく必要じゃないくらいです。バゴアスとのベッドシーンではコリン・ファレルがバット・ネイキッドとなってベッドに入り、そんでバゴアスに右手を差し伸べ、夏木マリ真っ青の指先ドゥルルン呼び込みサインを行うといった具合。とてもじゃないが書き切れない、全編こればっかり。バイセクシュアルというより、ストーンはぜったいにホモセクシュアルとして描いているのです。セクシュアルじゃないときは戦争でスプラッターです。

そんでね、もう一つ特筆すべきことは、史実としてアレキサンダーってのはアリストテレスを家庭教師に育つんですが、ヘパイスティオンとの恋はギリシャのソクラテスも説いたものから見てちょっと違うんですね。ソクラテスはあれ、年下の男の子を年上の男たちが正しく導いてやるためにお付き合いしなくちゃならないんだっていってるんですが、アレキサンダーとヘパイスティオンは史実として同年齢の男同士、しかも身分も違わなく王族・貴族ということでタブー破りでもあったはずです。また、映画ではアレックスとヘパイスティオンのキスはないのですが、ほかには男同士のキスはかなりある。それも奴隷や年下ではなくけっこう同等の連中同士でのキスです。こちらは映画なので、史実かどうかはわからん。まあ、史実は「(無敵無敗の)アレキサンダーが唯一敗北したのは、ヘパイスティオンの太ももだ」という記述があるということですね。このへんの史実は、最近出た「Alexander the Fabulous」という本に詳しい。タイトルはもちろん大王を示す「Alexander the Great」のもじりですね。

もう一回見ないとわからんかなあ。セリフも聞き逃しがたくさんあったし。

制作費1億5500万ドルもかけて、でも、客はぜんぜん入ってませんでした。
映画評がみんなさんざんだったからかしら。
それとも、ホモのアレキサンダーなんてだれも見たくねえよってことなのでしょうか。
なんか、そんな気もしますね。あの大統領選挙やゲイ結婚禁止の州憲法改正住民投票で示されたのは、そういうことでしたからね。
なんかまたぐったりするような結語になってしまったなあ。

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