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いよっ、中村屋!

このところ、翻訳の締め切りに追われて(ってか、もうとっくに追い越されてしまったんですが)ぜんぜんブログのアップデートをしてません。申し訳ない。

とはいえ、いろいろと人生は過ぎていくわけで、とりあえず今回は19日に見た、平成中村座のリンカーンセンター公園について書き留めましょう。

ええ、ええ、そうです。3年前の夏のあの素晴らしい舞台の印象を引きずりながら、今回も観に行ったわけです。いやはや見事なエンターテインメント。しかし、それ以上に、私はこの「法界坊」を演目に選んだ勘三郎の大胆さに畏敬すら覚えました。

破戒僧「法界坊」は米国人が、いや現代の日本人もがなんとなく歌舞伎に抱いている「芸術性」を真っ向から裏切る喜劇なんですね。幕が開いて間もなく、事前のNYタイムズの記事で勘三郎が能と歌舞伎の違いを「能は時の権力者によってつねに保護されてきたが、歌舞伎を支持してきたのは一般大衆だ」と断じていたのが思い出されました。

なんせ端から話題はセックスなわけです。
おいおい、リンカーンセンターでポルノかよ、です。まいっちゃいました。
ざっと登場人物と物語の背景を説明して芝居は始まるのですが、三枚目「山崎屋勘十郎」が登場早々美女「お組」を目にしたとたん、おにんにんをぴょこぴょことおっ勃てるわけですよ。袴がそれでぴょんぴょんはねる。私は隣の席に座る、十代の息子たちをネクタイとブレザー姿で連れて来ているいかにもお金持ちそうな家族連れのことが気になってしょうがありませんでした。このお父さん、きっと「日本の歌舞伎という伝統芸術をこの機会だ、ちゃんと見ておきなさい」とでも言って連れ出したんでしょうね。

ところがこれは(おにんにんぴょこんぴょこんは)、英語ではいわゆる「ヴァルガー(野卑、下品)」と言われる表現です。日本という禅と茶道と礼儀作法の国から、まさかこんな、ときっととなりのお父さんも思ったでしょう。会場にだって一種、どう反応したらよいのかわからない、しかしこれは400年も続く伝統芸能だと自分に言い聞かせる、キリスト教的ジレンマからの失笑というか微苦笑というか、とりあえずはスマイルね、というべきビミョーな感じが漂っていました。だってこれは、どうかんがえても、というか後半の刃傷沙汰に及ぶにつれ、なおさらに絶対「R指定」の芝居なのでした。

そのときもういちど「歌舞伎は大衆芸能」という勘三郎の言葉を思い出した、というわけ。これでガーンと一発やられたような気がしました。

だってそういえばこうした野郎歌舞伎は、それも「隅田川物」と呼ばれるこの世界は、ことに爛熟の江戸町民文化の中で奔放で雑多な庶民のエネルギーそのものを写し取ったものですわね。
色恋、嫉妬、痴話げんか、詐欺に間男、贋金、不貞、誘拐、人斬り、誤解に恨み、そして最後は幽霊の、復讐譚まで発展し(七五調ですけど、わかりました?)、そして大喜利、大団円。

盛り沢山とはこのことで、前回3年前の「夏祭浪花鑑」のようなドラマ性には欠けるものの、「歌」あり「舞」あり「伎」ありの3時間。「野卑」とは言いましたが、それを表現する所作は見事に芸に裏打ちされた洗練の極み。法界坊のドタバタもじつにミニマルで流麗でまるでチャップリンのそれにも通じていました。いや、チャップリンの方が歌舞伎を真似ていたのかね。

勘三郎は庶民のそんな猥雑で生々しいエネルギーをもう一度現代の歌舞伎にも注入したかったのでしょう。いつのまにか「ハイ・アート」のように振る舞っている優等生に、原初的な破天荒さを取り戻す。そうやって見ると、今回の舞台は女形がまさに女形であるジェンダー・ベンディングな歌舞伎本来のクイアさもより透けて見えるようでした。上澄みばかりが賞賛されている海外での日本文化ブームを、勘三郎は「ほらよっ、ならこれはどうでえ?」と混ぜっ返しているいたずらな確信犯、トリックスターにさえ見えます。ちょうどマグロやイカをマスターした鮨好きの外国人に、奥から酒盗やクサヤを出してくるみたいに。

英語での観客いじりはやや安易に流れた嫌いもありましたが、歌舞伎を通しての人間復興のような、勘三郎のそんな壮たる目論見も理解できる、アメリカ人だけではなく私たち日本人にとってもの日本ブームの重層的な第二幕がここから始まってほしいもんです。

しかし、勘三郎、どこまで計算してるんだろうね。プロテスタントのこのアメリカに、よりによって「法界坊」で乗り込むなんて。ますます彼が好きになったわ。

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