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謹賀新年

明けました。おめでとうございましょうか。

とはいえ、このブログに何人ほどの読者がいらっしゃるのかもわからずに書き連ねているんですが、ずいぶん間があきましたね。12月は3週間ほど日本に行っていました。その間、いろいろとあったのにブログを怠けていました。今年は隔日刊くらいにはしたいんですが、まあ、無理でしょう。

さてさてアイオワ、やはりハッカビーが勝ちました。
アメリカでも日本でも民主党でヒラリーを制してオバマが勝ったというのの方が大きなニュースになっているようですが、私にはハッカビーの勝利のほうが今後、大きくなる可能性を宿すニュースだと思います。オバマの勝利は次のニューハンプシャーでもヒラリーに勝ったら、これは大ニュースですが。

さて、ハッカビーに関して毎日新聞はこれを『共和党の勝者ハッカビー候補は「ハートの人」』という見出しで分析しています。しかし、この見出しはあまりにもニホン的というか、どうしようもなく甘ちゃんだわなあ。

「保守的価値観と素朴な人柄を持つ「ハート(心)の人」が、データ分析を得意とする実業家で「ヘッド(頭)の人」と評されるミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事(60)より好まれた結果といえる。」という記事テキストに引っ張られた見出しなのですが、この文もいただけません。これはそんな牧歌的な話ではない。これは全米のエヴァンジェリカル(キリスト教福音派)を象徴して、アイオワの保守層が、モルモン教徒のロムニーからバプティストのハッカビーに雪崩れを打って乗り換えたということなのです。「ハート」だとか、そんなロマンティックな話なんかじゃまったくありません。わかってないなあ。これはすぐに南部州および中西部州へと燎原の火として広がるはずです。不足しているといわる資金などあっという間に集まります。キリスト教右派の金回りのことを考えたらそんなことはぜんぜん問題じゃない。

前回の「レノンの否定したもの」に続き、福音派のことをもうすこし書きましょう。

福音派とは、聖書にある「福音」を文字通りに信じ込む人たちです。聖書に間違いはない(無謬主義)として、各地で子供たちに「恐竜はいなかった」と教えています。笑い話ではありません。子供たちって恐竜が好きでしょ? だからその恐竜を掴みネタにするんですね。それで、この世は3千年前に神さまによって6日間で作られたもので(7日目はお休みの日ですわ)、数万年前にいた恐竜という話やその証拠たる化石自体が、悪魔が人間を惑わすために作り上げたとんでもない嘘っぱちだと教えるセミナーを全米のコミュニティ単位で開催し、悪魔の手先であるダーウィンと神様とを比較してどっちを信じるのかと子供たちに迫っているのです。おまけにそのための進化論否定の絵本まで大量に販売・配布しているの。ホントだよ。

それだけじゃない。南部州では福音派のプロレスや福音派の自動車愛好家クラブや福音派のドライブスルー教会まであります。プロレスはね、プロレス興行で戦って勝利したレスラー・プロモーターが試合後にリングに立ってマイクを握り、熱狂している観客に聖書の教えを説くというすごいものです。乗りとしてはテレビ伝道師やメガチャーチ(巨大教会)の煽動家と同じなんですが、そういうところに集まる信者数は全米でのすべてのスポーツ試合に集まる観客数よりも多い。

メガチャーチの会衆をテレビなどで見たことがある人も多いと思いますが、彼らはまるでアイドルを見るかのように説教師の話に感動して涙を流しているのですね。でも話の内容はべつに大したことはないのです。神さまがいつも私たちを見ていてくださるとか、そういうじつに念仏的な常套句でしかない。まあ、「相田みつを」みたいな話ですよ。しかし彼らはみんなそういう集会によって(あるいはそういう集団ヒステリーによって)「生まれ変わった(born-again)」経験を持っているのです。それは彼らがいうには「霊験」なのです。

こういうのはふつう、私たちは鼻で笑っちゃう。鼻で笑っちゃう人が多い州はアメリカでは「ブルー・ステート(青色の州)」といいます。青は民主党のシンボルカラー。対して共和党は赤(レッド)です。レッド・ステートは南部・中西部に集中していて、そんな州を、ブルーの北東部や北西部の州たちが「嗤う」。この図式をレッドステートの人たちも知っていて、これをじつに苦々しく思ってきた。それは南北戦争にもさかのぼります。

でも、アル・ゴアもケリーも、この鼻で笑っちゃうような人びとによって打ち負かされた。進化論を否定して神さまだけが頼りの、貧困で無教養でレッドネックでホワイトトラッシュな人びとが、ハーヴァードとかイェール出身のエリートたちの、その嗤った鼻を明かしてきたのです。

この爽快感は他の非ではない。そのことに彼らは気づいてしまいました。で、今回のハッカビーの背後には、そうした政治的宗教者たちのふたたびの大号令が働いているのですね。「アメリカを不信心なエリートたちから取り戻そう!」運動の、大統領選挙はまさしく最大の決戦場なのです。

味を占めたというか、かつてはアメリカのそうした大衆は「政教分離の原則に則って」というよりもむしろ高度に知的な場とされていた政治に怖じ気づいて距離を置いていたのですが、それがブッシュ陣営のカール・ローブらのネオコン選挙テクニックで火をつけられてしまって、いまやネオコンの煽動なしでも(あるいはわずかな後押しで)政治的に動く存在になったのでしょう。いまやメガチャーチはあからさまに政治と連動する保守派メッセージの場になっているんですね。

前回の大統領選でブッシュに投票したのは福音派=キリスト教原理主義といわれる人びとでは78%にも達しています。そんな彼らが今度はハッカビーを担ぎ出す。それは火を見るよりも明らかでしょう。そうしてこれまではイラク戦争や財政赤字や格差問題が焦眉の急だった大統領選の核心が、今後は再び同性婚への反対や妊娠中絶の反対やフェミニズム反対(=反ヒラリー)へと矮小化されるのです。

もう1つ懸念されることも書いておきましょう。それは彼らキリスト教原理主義者たちの一部が白人至上主義者たちのグループとも重なっているということです。これはまだ表面化していませんが、もしオバマが民主党候補として出てくることになると、さて、どんなことになるのか。

2008年は大統領選挙という政治の年だといわれるかもしれませんが、その実はむしろ裏では大変な「宗教の年」なのだと思っています。私はかなり以前に、アメリカはブッシュ後の民主党政権で同性婚容認へと大きく踏み出すに違いない、というような希望的観測を書きました。それは当時の欧州での同性婚容認の流れや、反ブッシュの世論から見ても当然と思われた。でも、それは私こそが甘チャンでした。

ブッシュの不人気で次回は共和党に勝機はないと見ていたのですが、果たしてそうなのかも私の見方は危うくなってきました。ヒラリー、オバマとも、この2人の民主党候補にこそ、「彼ら」は燃えるのではないか。それはもう、政策とかいう次元の問題ではないのかもしれないのです。どうしてハッカビーがニュースなのか、これでだいたいわかってもらえるのではないかと思います。

もっとも、そんなハッカビーの「燎原」は、次回ニューハンプシャーなどのブルーステーツの予備選では見えてこないでしょう。そういう意味ではこれから少し沈静化するかもしれません。しかしそれは鎮火ではなくて、熾き火化のようなものでしょう。どんなに時間が経っても、それは再び薪をくべればすぐに燃え上がるのです。思えば、アメリカとはそういうマグマを常に持ちつづけているピューリタン国家なのですから。

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