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October 16, 2018

2度目の殺人

ジャーナリズムというのは権力のチェックが仕事です。それは権力を批判すること、別の視点を提示することでもあります。思うとおりに事を進めたい権力にとってはなんとも煩わしい、うるさいハエみたいな存在でしょう。そこでバシッと叩き潰したい衝動に駆られる。

サウジの「改革者」と喧伝される実質的支配者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子への批判者として、ワシントン・ポストなどに寄稿していた亡命サウジ・ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が10月2日、結婚種類を整えるために在トルコのサウジ総領事館へ入ったまま姿を消しました。外ではフィアンセが待っていました。トルコ政府はおそらく館内を盗聴していました。

皇太子は先日、仮留置所としてリッツ・カールトンを借り切って王族たちの拘束を行い、脱税などを強権的に取り締まった人物としても知られます。その皇太子に命じられサウジから飛んできた暗殺部隊が、総領事館にやってきたカショギ氏を殺害しバラバラにして館外へ運び出したことはほぼ間違いないでしょう。トルコは館内でのカショギ氏殺害をいち早く国内メディアにリークしました。米メディアも騒ぎ始め、トランプ大統領は「サウジの関与が事実なら厳しく対処する」とコメントしました。けれど、「厳しく対処」できない事情が彼にはあります。

米国はサウジに仇敵イランの監視役になってもらっています。中東和平では娘婿のジャレド・クシュナーが担当してサウジにイスラエルとパレスチナの仲介役をしてもらっています。米中に続く世界第3位の軍事大国のサウジとは、米国の武器を13兆円も買ってもらう約束もしたばかりです──そうした米サウジ関係の重要性だけでなく、実はトランプ自身、91年にタージマハルなどのカジノ経営失敗で9億ドルもの借金で破産しそうになった際、サウジのアルワリード王子に全長90m近い豪華ヨットを2000万ドルで引き受けてもらい、さらには95年、見栄で買ったはいいが金食い虫だったあのプラザ・ホテルを3億2500万ドルで買ってもらってクビをつないた過去があります。

01年には国連ビルに臨むトランプ・ワールド・タワーの45階全部をサウジアラビア王国そのものに1200万ドルで買ってもらって大きなニュースになりました。大統領選出馬を宣言してからもホテル開発などを目指してサウジに8つの会社を設立しました。2015年夏には選挙キャンペーン中に「彼らに買ってもらったアパートは4000〜5000万ドルにもなる。嫌いになれるか? 私は彼らが大好きだ」と自慢げに演説しました。大統領になってからも、サウジ王室はアメリカ詣でにトランプ系列のホテルを多用し、昨年3月のワシントンDCのトランプ・ホテルでは1回で27万ドルを支払いました。

こんな利益相反がらみの「大好き」サウジに、ジャーナリスト暗殺"くらい"で経済制裁などの「厳しい対処」ができるのかどうか──と思っていたら早速「はぐれ者の殺し屋ども(rogue killers)にやられたのではないか」と言い始めました。まるでサウジ政府自体は関知していないと言い張るための伏線です。

それでも殺害はあったと言わざるを得ないほどの証拠はあるようです。何らかの危害を恐れたカショギ氏が領事館内にアップルウォッチをつけて入り、外で待つフィアンセに持たせたiPhoneに一連の経緯を音声データとして転送していた、という話も流されていますが、CNNは、トルコではアップルウォッチは携帯のLTE回線に接続できないし、カショギ氏が不用心に領事館のWi-Fiを使うこともしないだろうし、さらにはBluetooth転送では遠すぎて外のフィアンセまでは届かないと否定的です。私も、このまことしやかなアップルウォッチ転送説は、領事館を盗聴しているに決まっているトルコ政府があからさまに証拠があると言えないがためのダミーだと見るのがふさわしいと思います。

それにしてもトルコ政府が強気なのが気になります。15日夜にはサウジ当局の許可を受けてトルコの警察が領事館内に入って家宅捜索や鑑識活動まで行いました。エルドアンはこの事件が大きくなる最中の12日に、拘束中だった米国人牧師アンドルー・ブランソン氏を解放してトランプに恩を売りました。彼が所属する福音派はトランプの強大な支持母体なのです。サウジ寄りのアメリカと縒りを戻して経済制裁を解除させたいエルドアンが、サウジに強硬に出て、そしてそれを引っ込めるという策で再びアメリカとサウジに優位に立って交渉する、そんな思惑が透けて見えてきます。

そんな中、米・サウジ・トルコの三国はいま「尋問中に手違いで死亡」という線で落とし所を探っているようです。つまり殺人ではなく過失致死だった、と。国家権力によるれっきとした殺意を、アメリカ大統領までが表立って「事故」だったと捻じ曲げる不正義。国家による殺人を不問に付すというあからさまな闇を、3カ国によるカショギ氏に対する2度目の殺人を、私たちはいま目撃しているのです。

一方、顧客消費者=市民の反応を恐れる経済界がいま敏感に反応しています。件のムハンマド皇太子は今月23〜25日にサウジへの投資を呼びかける「未来投資イニシアティヴ」を開食予定なのですが、カショギ氏”暗殺”を受け、この会議のメディアスポンサーだったNYタイムズはすぐにこのスポンサーを降りると発表しました。諮問委員会のメンバーだったハフィントンポスト創設者アリアナ・ハフィントン氏もこれに欠席を表明しました。ヴァージン・グループのリチャード・ブランソン会長やAOL共同創業者・投資家のスティーブ・ケース氏もサウジ王家との事業を中断して事件の説明を求めています。サウジが紅海沿岸に「ネオム(Neom)」と名付けた未来都市を建設する開発プロジェクトにも世界中から資金・技術参加が行われていますが、これも一時中断するという企業が続発しています。

サウジ王室は豊富な石油資金をバックに海外企業への投資も盛んに行っています。ムハンマド皇太子は「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」にも450億ドルもの追加出資を発表したばかりです。投資イニシアティヴには孫正義氏も出席予定なのですが、この点についてどう思うか、会議には出席するのか、きちんとコメントを発表すべきです。日本政府も同じ。いつもこういう国際問題には第三者然としていますが、こんな時にも「国際政治に事件を持ち込むな」「事件を政治利用するな」なんていう論理を持ち出してくるのでしょうか?