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大坂なおみという「窓」

昨秋の全米に次いで全豪オープンでも優勝という快挙、そして世界ランキング1位という大坂なおみ選手に日本中が湧いています。一方で、彼女が「国際」的になればなるほど彼女を「日本人」として持ち上げる日本のメディアの「非・国際」的あり方が異様に映ることにもなっています。

その一例が彼女のスポンサーでもある日清食品のネットアニメCMでした。そこで描かれた彼女の容姿が肌も白く髪の毛もふんわりしていて「大阪選手に見えない」との声が挙がり、それを欧米メディアが「ホワイトウォッシュ(白人化)」として取り上げたことで、日清側が急きょこのCMを公開中止にするという事態にもなりました。

まあ、アニメに描かれるキャラクターというのはだいたいが「非・日本人」的に目が大きかったり髪が黒じゃなかったりほぼ無国籍化しているんですが、日清側=アニメ作家側が彼女をどう見ても「非・大坂なおみ」的に「白く」変身させてしまった理由は何だったのでしょう? ともすると「黒く」描くことが逆に失礼に当たると"斟酌"した? だとすれば、それこそ「ホワイトウォッシュ」を肯定する大きな考え違いです。

日本の世間はどうも人種問題やそれに絡む人権問題については何周も遅れてしまっていて、自分たちが今どこにいるのかさえ考えていないようです。なので相変わらずコントなどでは黒人の役で顔を黒塗りにする「ブラックフェイス」が行われたり、黒人役のセリフが田舎弁だったりします。

60年代の黒人解放運動を通して「Black is Beautiful」と自尊を訴え、70年代にはアリサ・フランクリンが「I'm Gifted and Black(私は才能があって黒人)」と歌った意味を、日本社会では知る必要がなかった。対してハイチの父と日本の母の間に生まれた大阪選手は自分が白く描かれたことに関して「なぜみんなが怒っているのかはわかる」と、もちろん理解していました。

実はもう一つ、人種問題ではなく女性問題でも大阪選手は日本の世間の周回遅れを炙り出しています。それはやはり優勝記者会見で、日本のTVリポーターが対戦相手の感想を「日本語でお願いします」と求めた時のことです。

大阪選手は日本語では表現し切れないと思ったのでしょう、「英語で話します」と言ってクビトバ選手が2年前に強盗に利き手を刺される重傷を負ったこと、それを克服して決勝で戦ったことを称える立派なコメントをしました。

ところでなぜ「日本語でお願いします」と求められたのでしょう?

おそらくこれは、大阪選手のたどたどしく可愛らしい日本語を聞くことで、日本の視聴者とともに彼女を「カワイイ〜」と言って微笑ましく言祝ごうという企図だったのだろうと思います。それは無意識にであっても女子選手に、いや女子たち全般に、「可愛らしく微笑ましい」存在であることを強制する仕草になります。それは、日本ではあまり意識されませんが「国際的に」は明確に男性目線のセクシズムです。

しかも彼女の優勝以来、日本のTVのワイドショーでは大阪選手がいかに「日本人」らしいか、いかに「日本の誇り」かの話題を続けています。彼女が頭角を現してきた1年前には、彼女の褐色の肌やチリチリの髪を見て「日本人には見えないよなあ」と言っていた人も少なくなかった日本の世間が、いまは手のひらを返して「日本人」を強調するのです。

そんなとき私はいつも歌人枡野浩一さんの「野茂がもし世界のNOMOになろうとも君や私の手柄ではない」という短歌を思い出します。

大阪選手が、世界が日本を見る窓になっています。私の願いは、彼女が同時に、日本から世界を見る窓になってくれることです。もちろんそれは彼女の仕事ではなく、私たち日本に住む日本人の仕事です。

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