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December 01, 2006

太宰治をクイアする

  1998年5月1日付け、ニューヨーク・ポスト紙は「GAY JESUS MAY STAR ON B'WAY(ゲイのイエスがブロードウェイでスターになるかも)」という見出しのスクープを報じた【注:New York Post 5/1/98 "GAY JESUS MAY STAR ON B'WAY" by Ward MorehouseIII and Tracy Conner】。同記事によると、トニー賞3回受賞の第一線の劇作家テレンス・マクナリー【注:代表作に『Love! Valour! Compassion!』『Master Class』『Kiss of the Spiderwoman』】がマンハッタン・シアター・クラブと共同で極秘製作中のその劇は、イエスの名をヨシュア【注:Joshua 自体が救世主という意味を持ち、Jesusと同義でも用いる】と変えてはいるものの使徒を率いてローマに入り、新約聖書に伝えられるイエスの数かずの台詞をしゃべる。劇の題名は『Corpus Christi(キリストの躰)』。この劇で、そのイエスらしき主人公は使徒の何人かと性関係がある。さらに有名なローマ総督ピラトとの対峙において、聖書の「汝はユダヤの王なるか?」という審問が劇中では「汝はクィアの王なるか?」に変わり、主人公は聖書のとおり「汝の言うが如きなり」と答えるのである。

 欧米のゲイ・スタディーズの学者たちはこれまでもイエスとその使徒の何人かがゲイである可能性(とはいっても現代のパラダイム上でのgayではあり得ないが)を指摘してきた。だがそれは欧米カトリシズムの最も大きなタブーの一つであり、天皇の人間宣言と同様、キリストの人間宣言すらもまた1970年のロック・オペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』でキリスト教会から熾烈な非難を浴びたのである。アンドルー・ロイド・ウェーバーの曲とティム・ライスの歌詞によるこのロック・ミュージカルでは、キリストを「He's a man. He's just a man(ただの男)」【注: Tim Rice "I Don't Know How To Love Him" 1970】とした歌詞がカトリックの逆鱗に触れた。さらに全編、ユダの目をとおした悩める男キリストが焦点になっており、ユダは彼イエスを愛するがゆえに彼を裏切り銀貨30枚で彼を売り、そして最後に彼と口づけをしてのちに縊死するのである。キリスト教会は当時、マタイ伝26章49などで新約聖書にも記される劇中でのこの男同士の接吻にも異常な嫌悪感を示した(浅利慶太演出による日本の物マネ版ではユダとキリストとのキスは物マネの分さえも弁えずにおこがましくも割愛された)。

 今回のゲイのヨシュアにもすでにポスト紙が同記事中でカトリック界の反応を紹介している。代表的なものは次のような言説だ。
 「それ(イエスと使徒とのセックス関係が劇で示されること)が本当ならば恐ろしいことだ」「とても信じられない」【注:()内は筆者追記】(ニューヨーク大司教教区スポークスマン、ジョー・ズウィリング)
 「(そのような劇は)言葉に出来ないほどに病的だ」【注:()内は筆者追記】(宗教と市民の権利のためのカトリック連盟、ウィリアム・ドノヒュー)
 冒頭からの2つの劇の視点は、じつは1940年に太宰が『駈込み訴え』【注:《中央公論》昭和15年2月号初出】 で示したものと本質的に異ならない。太宰のユダは次のように、「あの人」と「あなた」の三人称上の憎悪と二人称上の愛情と間の渓谷をめまぐるしく跳び移る対象としてのイエスを、「凡夫だ。ただの人だ」つまり「He's a man. He's just a man」として形容する。
 なんであの人が、イスラエルの王なものか。馬鹿な弟子どもは、あの人を神の御子だと信じていて(中略)欣喜雀躍している。今にがっかりするのが、私にはわかっています。【注:新潮文庫版《走れメロス》『『駈込み訴え』P124】
 ああ、やっぱり、あの人はだらしない。ヤキがまわった。もう、あの人には見込みがない。凡夫だ。ただの人だ。【注:同P128】
 さらに『スーパースター』ではイエスは売春婦として描かれたマグダラのマリアと恋人であるとされ、それについてユダは「あなたのような人があの種の女に身をやつすとは私には奇妙でわけがわからない。そう、彼女が楽しませてくれるのは私にもわかる。だが彼女にその身をさすらせその髪に口づけさせるのはまったくあなたらしくはない」【注:Tim Rice "Strange Thing Mystifying" 1970年】 と嘆くのだが、太宰の『駈込み訴え』ではその恋の相手、マルタの妹のマリアについて同じようにこう「訴え」るのである。
 あの人ともあろうものが。あんな無知な百姓女ふぜいに、そよとでも特殊な愛を感じたとあれば、それは、なんという失態。取り返しの出来ぬ大醜聞【注:同『駈込み訴え』P126】
 ではマクナリーの「クィアのキリスト」とはどうつながるのだろうか。『キリストの躰』は今秋(編注;1998年秋)のブロードウェイまたはオフ・ブロードウェイでの開演に向け予想されるキリスト教右派の攻撃を回避するためか箝口令下にあり、詳細をいまだいっさい明らかにしてはいない。が、いま現在の取っ掛かりとしては太宰のユダの「クィアネス」の指摘だけでもこのエッセイの意図に適って充分だろうと思われる。

 太宰のユダの心理の流れを任意に、といっても感情の屈折点を示すと思われる部分を順番に書き出していってみよう。
 1)あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
 2)私はあの人を、美しい人だと思っている。(中略)あの人は美しい人なのだ。
 3)私は天の父にわかって戴かなくても、また世間の者に知られなくても、ただあなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。私はあなたを愛しています。(中略)誰よりも愛しています。
 4)私はあの人を愛している。あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。あの人は、誰のものでもない。私のものだ。あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる。
 5)あの人は、私の此の無報酬の、純粋の愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。
 6)(マリアに関するイエスについて)ああ、我慢ならない。堪忍ならない。(中略)もはや駄目だと思いました。
 7)それでも私は堪えている。あの人ひとりに心を捧げ、これまでどんな女にも心を動かしたことは無いのだ。
 8)(マリアについて)私だって思っていたのだ。町へ出たとき、何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。ああ、もう、わからなくなりました。
 9)そうだ、私は口惜しいのです。
 10)あの人は私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。
 11)ああ、ジェラシイというのは、なんてやりきれない悪徳だ。
 12)(イエスを売ろうとしたのを指摘されて)逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出したのだ。(中略)売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。
 13)捕えて、棒で殴って素裸にして殺すがよい。
 14)銀三十で、あいつは売られる。私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。
 こうしてピンポイント的に抽出してみたとき、私たちはこのユダの心理の流れの下に、あの、古典的で、恐ろしいほどに明晰なフロイトのパラノイア分析の主要図式をほとんどそっくりそのままに透かし見るのである。フロイトは次のように指摘した。
 「パラノイアのよくある主要な形態はすべてただ1つの命題、すなわち《私(男)は彼を愛している》という命題の引き起こす否認として説明され得るということは注目すべき事実である。そればかりか彼らは、そのような否認を定型化し得る、可能なかぎりのすべての方途を使い果たすのである。
 《私(男)は彼を愛している》というその命題は次のように否認される。
(a)迫害妄想
 《私は彼を愛していないーー私は彼を憎んでいる》
 この否認は、無意識の中でそれよりほかには表現され得ないが、しかし、パラノイア患者にはこの形を取っては意識されることがない。(中略)《私は彼を憎んでいる》という命題は結果的に他者への投射によって変形するのだ。つまり《彼は私を憎んで(迫害して)いる。そのことが、私が彼を憎むことを正当化する》。こうして、じっさいはこちらこそが動因力であるその無意識の感情が、あたかも外的な認知の結果であるかのように次の形で姿を現すのである。
 《私は彼を愛していないーー私は彼を憎んでいる、なぜならば彼が私を迫害しているからだ》
(b)恋愛妄想
 《私は彼を愛していないーー私は彼女を愛している》
 そして同じように投射への必要性に従順に、この命題は次のように変形する。《私は、彼女が私を愛していることを知っている》
 《私は彼を愛していないーー私は彼女を愛している、なぜならば彼女が私を愛しているからだ》
(c)嫉妬妄想
 《その男を愛しているのは私ではないーー彼女が彼を愛しているのだ》。そして彼はその女性が、彼自身が愛したいと誘われる男たちすべてと関係があるのではないかと疑うことになる。
 (中略)
 さてこの3つの命題を共通して構成している命題、つまり《私は彼を愛している》という命題はこれら3つの異なった方法によってのみ否認されると思われるかもしれない。嫉妬妄想は主体主語を否認する。迫害妄想は動詞を否認する。そして恋愛妄想は対象目的語を否認する。しかし、じっさいは4番目の種類の否認も可能なのである。いわばその命題そのもの全体を拒否するやり方が。
 《私は愛することなどしないーー私はだれをも愛さない》。そして、結局のところは、人のリビドーはどこかへ向かわなくてはならないから、この命題は次のような命題と心理学的に等値になるようである。つまり《私は私だけを愛する》。したがってこの種の否認が私たちに教えるものは、自我に対する性的過大評価として見ることのできる誇大妄想である」【注:THREE CASE HISTRORIES of COLLIER BOOKS edition, " Psychoanalytic Notes Upon an Autobiographical Account of a Case of Paranoia (Dementia Paranoides)(1911年) III. On the Mechanism of Paranoia P.139〜141より北丸が抄訳】

 フロイトのこのじつに数学的な論理の立て方と、いっけん混乱を極める太宰のユダの息切らして駈込み訴えるその饒舌とを、カット&ペーストで私たちは次のように整理することができる。

(a)迫害妄想(被害妄想)《私は彼を愛していないーー私は彼を憎んでいる、なぜならば彼が私を迫害して(憎んで)いるからだ》
1)あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
5)あの人は、私の此の無報酬の、純粋の愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。
12)(イエスを売ろうとしたのを指摘されて)逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出したのだ。(中略)売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。
13)捕えて、棒で殴って素裸にして殺すがよい。
(b)恋愛妄想《私は彼を愛していないーー私は彼女を愛している、なぜならば彼女が私を愛しているからだ》
8)(マリアについて)私だって思っていたのだ。町へ出たとき、何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。ああ、もう、わからなくなりました。
10)あの人は私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。
(c)嫉妬妄想《その男を愛しているのは私ではないーー彼女が彼を愛しているのだ》
6)(マリアに関するイエスについて)ああ、我慢ならない。堪忍ならない。(中略)もはや駄目だと思いました。
9)そうだ、私は口惜しいのです。
10)あの人は私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。
11)ああ、ジェラシイというのは、なんてやりきれない悪徳だ。
(d)誇大妄想《私は愛することなどしない||私はだれをも愛さない。私は私だけを愛する》
7)それでも私は堪えている。あの人ひとりに心を捧げ、これまでどんな女にも心を動かしたことは無いのだ。
14)銀三十で、あいつは売られる。私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。
 そしてこれらの命題の陰に、フロイトは何があると指摘したのだったか。そう、それはいまここで分類し残した太宰のユダの吐露と一致する。つまり、《私は彼を愛している》という、フロイトの言うすべての男性に存在する可能性としての無意識下の唯一の大前提と、作家太宰が意識の上に恥ずかしげもなく引きずりだした愛と。
2)私はあの人を、美しい人だと思っている。(中略)あの人は美しい人なのだ。
3)私は天の父にわかって戴かなくても、また世間の者に知られなくても、ただあなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。私はあなたを愛しています。(中略)誰よりも愛しています。
4)私はあの人を愛している。あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。あの人は、誰のものでもない。私のものだ。あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる。
 ところでパラノイアはすべて外界からの知覚と内的な動因との齟齬によって惹起される。この葛藤は内的な同性愛的動因を外的な異性愛的知覚に投射して合致させることで歪みを生じさせ、ついには病理学的な領域へと踏み込むのである。しかしここで注意しなくてはならないのは、フロイトの指摘した病理は、同性愛的動因ではなくて、その内的動因と外的知覚との歪みのことだということである。冒頭部分で示した「ゲイのキリスト」に対して、右派キリスト者たちが「それ(イエスと使徒とのセックス関係が劇で示されること)が本当ならば恐ろしいことだ」「とても信じられない」「(そのような劇は)言葉に出来ないほどに病的だ」とした「恐ろしい」「信じられない」「病的」という指摘は、フロイトが同じ嫉妬妄想の記述で展開した「主語主体の転換とともにすべてのプロセスが自我の外に投げ出される」【注:同THREE CASE HISTORIES P.140】のと同じ論理構造を持つことも指摘しなくてはならないだろう。こうした病理学の領域へと投げ出す無自我の言説が蔓延る社会では、(まるで同性愛者のように)心優しき太宰読みである奥野健男がせっかくその『駈込み訴え』の解説で「ぼくはこの作品を翻訳、出版し、西洋諸国の人々に読ませたい気がする」【注:新潮文庫版解説P.247】と書いても、結果は、たとえ「ゲイ」が「キリスト」ではなくこれまでさんざんに汚辱を負わされてきた「ユダ」のほうであったとしても、嫉妬妄想的に「キリスト」と「ユダ」の主語主体は混同され、全体像を否認する形の木っ端微塵の悲惨なものになるだろうことは覚悟しなくてはならない。
 ところがそういう浅薄な読みを越えて、ここではフロイトのパラノイア患者とこのユダの造形者太宰との違いを指摘しておかなければならない。さきほど「太宰が意識の上に恥ずかしげもなく引きずりだした愛」と記したのは、まさにそれこそが太宰文学の核心であるだろうからだ。フロイトは、患者自身の同性愛的感情についての「この否認は、無意識の中でそれよりほかには表現され得ないが、しかし、パラノイア患者にはこの形を取っては意識されることがない」と記したのだが、太宰のユダはその感情を明確に意識しているのである。
 彼はキリストへの愛ばかりか、「ああ、ジェラシイというのは、なんてやりきれない悪徳だ」という述懐で自らの嫉妬妄想を、「ああ、もう、わからなくなりました」という混乱の自覚で恋愛妄想を、「逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出したのだ」という解説で迫害妄想を、そしてこの小説最後の結語「私の名は、商人のユダ。へっへっ。イスカリオテのユダ」という場面の「へっへっ」に象徴される空恐ろしい自意識の自嘲で、自らの誇大妄想をも自覚しているのである。
 このとき、「クィアネス」はこのユダのセクシュアリティのみの「変態性」から飛び立って、ユダの意識そのものの「変態性」へと突き刺さるのだ。それはトム・ライスの描いた『スーパースター』ではユダとイエスのキスの場面以外では意図してかしないでか覆われていた、そしてテレンス・マクナリーの『キリストの躰』とは「クィア」という言葉を介して少なくとも表沙汰としては繋がり得るだろう変態性のことである。それはミシェル・フーコーの言葉を借りれば「制度」が「虚を突かれてしま」うような変幻自在な関係性のことなのだ。
 フーコーは次のように記している。
 「私は、こうしたことこそが同性愛を「当惑させるもの」にしているのだと思います。性行為そのものよりも、同性愛的な性の様式の方が遥かに。法や自然に適合しない性行為を想像することが、人々を不安にするのではありません。そうではなくて、個々の人間が愛し合い始めること、それこそが問題なのです。制度は虚を突かれてしまいます。(中略)制度的諸コードは(中略)こうした関係を合法化することができないのです。制度内にショートを引き起こし、法や規則や慣習のあるべき所に愛を持ち込むこうした諸関係を。」【注:ミシェル・フーコー『同性愛と生存の美学』哲学書房1987年5月刊、増田一夫訳P.12〜13】
 私たちはここで、太宰の場合に、「パラノイア」という制度的諸コードの1つが、あるいは制度によってコード化される心的諸メカニズムの1つが「虚を突かれてしま」っているさまを目の当たりにする。何によってか。それはユダのキリストへの愛の自意識によってである。そしてこの「愛の自意識」こそ、「同性愛的な性の様式」と「クィアネス(変態性)」とを二股分かれにグニョグニョと変形動員して、「愛」の「制度的諸コード」を深く「突き」貫き、復活の前にある死に向けて「ショート」させるロンギヌスの槍なのである。
 もう一人の卓越した太宰読みである吉本隆明はこの太宰の「クィアネス」について次のように述懐している。
 「太宰治という人は、ぼくがお会いしたときには、まことに見事に常識でいう社会的な善と悪が、ちゃんとひっくり返っている人になっていました。つまり、一般的に人々がいいことだとおもっていることは全部悪いことで、悪いことだとおもっていることは全部いいことだというふうに、完全に、揺るぎない自信でひっくり返っていまして(後略)」【注:吉本隆明「愛する作家たち」コスモの本、P.34】
 サルトルによる『聖ジュネ』を、つまりはサルトルの目に映った世紀のクィア、ジャン・ジュネに関する言説を強く連想させるこの文脈においてすら、デフォルトとしての異性愛を「完全に、揺るぎない自信で」信じている吉本が太宰の「同性愛的な性の様式」を指摘できないことは無理もない。先に指摘した「愛の自意識」に関しても彼は同じ論考で次のように統括している。
 「太宰治の根本的なモチーフは、家庭愛でも人類愛でも男女愛でもいいんですけど、愛ということだとおもいます」【注:同P.41】
 吉本ほどの書物の解体論者がすべての男性のパラノイアの唯一の原因命題である「私(男)は彼(男)を愛している」という、これ自体は病理ではないのだから特殊命題として排除する理由もないむしろ公理を、太宰の中から見逃しているのはどういう理由からなのだろう。
 太宰に関しては前述した『駈込み訴え』ばかりでなくじつはいくらでも「同性愛的な」たたずまいを摘み出すことができるのだ。第1創作集である《晩年》の中の『思い出』【注:昭和8年同人雑誌『海豹』初出】には「私は同じクラスのいろの黒い小さな生徒とひそかに愛し合った」というまさに直裁的な記述があって「お互いの小指がすれあってさえも、私たちは顔を赤くした」とまで書いてある。だがじつはこんなのは牧歌的に「同性愛」的ではあるが「クィア」ではまったくない。クィアの白眉は『彼は昔の彼ならず』【注:昭和9年10月『世紀』初出】の木下青扇であり、『ダスゲマイネ』【注:昭和10年10月『文藝春秋』初出】の馬場数馬であり、『古典風』【注:昭和15年6月『知性』初出】の美濃十郎であり、『乞食学生』【注:昭和15年7〜12月『若草』初出】の自称・佐伯五一郎であり、そしてなによりもそのそれぞれの小説の「私」と「僕」だ。
 たとえば、「ヨオゼフ・シゲティというブダペスト生まれのヴァイオリンの名手」と馬場数馬との邂逅とされる次のような一節に私たちはいったいいくつのクィアな暗示を見つけ出せば足りるのか。
 「その夜、馬場とシゲティは共鳴を始めて、銀座一丁目から八丁目までのめぼしいカフエを一軒一軒、たんねんに呑んでまわった。勘定はヨオゼフ・シゲティが払った。シゲティは酒を飲んでも行儀がよかった。黒の朝ネクタイを固くきちんと結んだままで、女給たちにはついに一指も触れなかった。理知で切りきざんだ工合いの芸でなければ面白くないのです。文学のほうではアンドレ・ジッドとトオマス・マンが好きです、と言ってから淋しそうに右手の親指の爪を噛んだ。ジッドをチットと発音していた。夜のまったく明けはなれたころ、二人は、帝国ホテルの前庭の蓮の池のほとりでお互いに顔をそむけながら力の抜けた握手をしてそそくさと別れ(後略)」【注:新潮文庫版《走れメロス》『ダス・ゲマイネ』P.12】
 さらに、『思い出』には微塵もなかった、愛の確信犯としての、次のような「私」に対するクィアな馬場の告白。(文中「海賊」は共同企画の同人誌のプラン)
 「君を好きだから、君を離したくなかったから、海賊なんぞ持ちだしたまでのことだ。君が海賊の空想に胸をふくらめて、様様のプランを言いだすときの潤んだ眼だけが、僕の生き甲斐だった。この眼を見るために僕はきょうまで生きて来たのだと思った。僕は、ほんとうの愛情というものを君に教わって、はじめて知ったような気がしている。君は透明だ、純粋だ。おまけに、ーー美少年だ!」【注:同P.38】
 太宰の小説には限りなく「美少年」という言葉が登場する。だからこの結句はことさら驚くようなことではない。しかしこの告白の後で馬場が「ちぇっ! ぼくはなぜこうべらべらしゃべってしまうのだろう。軽薄。狂騒。ほんとうの愛情というものは死ぬまで黙っているものだ」と“反省”して“見せる”とき、私たちはそこにとてもストレートで迷いのない『葉隠』の美学を反転させた声を聞くというより、あのオスカー・ワイルドの同性愛裁判での捻じくれたクィア宣言、「最も高貴な愛の形」としての「敢えてその名を告げぬ愛」のほうの、聞こえよがしの逆さ言葉を聞いてしまうのである。

 私が「太宰をクィアする」と題したこのエッセイで為したいのは、しかし、太宰が同性愛者だったとか隠れホモじゃなかったのかとかバイセクシュアルだったかもしれないとかいうような論証ではまったくない。たとえ指摘した彼ら登場人物のことごとくが、ワイルドばかりか、太宰とほぼ同年代のイヴリン・ウォーの手になる『ブライヅヘッドふたたび』の同性愛者のクィア、「プルーストやジードと一緒に食事をする仲で、コクトーやディアギレフとはもっと親しく」「ロナルド・ファーバンクはその小説に熱烈な献辞を書いて送」ったというアントニー・ブランシュ【注:『ブラウヅヘッドふたたび』ちくま文庫、吉田健一訳P.66】をも彷彿させるにしても。
 じつは表題とした「クィア」という(本来は)名詞が、何をどう定義するものなのかということについては、ゲイ・スタディーズ、クィア・セオリーの発祥地ともいえるアメリカでも数多くの議論がなされてきて、結果、「現在」の、「アメリカ」の(と厳密にはきわめて限定的にしかーーそれももっと特定的にという者もあるほどにーー指示できないような)同性愛者たちは、自分たちをゲイと呼ぶべきなのかクィアと呼ぶべきなのかにさえも迷わざるを得ない状況でもある。だが、1つの、きわめて謙虚でありながら遺漏のない定義の提示がデイヴィッド・ハルプリンによってなされている。

 「この言葉の否定的な面も十分承知した上で、その可能性を開いた状態にしておきたいという、というのがわたしの望みである。つまり「クイアー」は(ホモ)セクシュアル・アイデンティティを、必ずしも実質的にではなく、対抗的かつ関係的に、そして実体としてではなく位置として、ものとしてではなく規範に対抗する抵抗として、定義することができるのだ」【注:デイヴィッド・ハルプリン《聖フーコー》太田出版1997年5月、村上敏勝訳『ミシェル・フーコーのクイアー・ポリティクス』P.98。なお、クィアとゲイの間の論議もこの同じ論考のP.90〜100に詳しい】
 私が指摘したいのは、したがってまさにハルプリンの定義どおりの太宰治のクィアネスではあるものの、さらにそのクィアネスの付随によって、彼の「愛」がきわめて「開いた状態」にあるという事実である。もっといえば、だれにでもセクシュアル・アイデンティティというものはあるのだから(フロイトが解説するまでもなく「人のリビドーはどこかへ向かわなくてはならない」のだから)、太宰の小説内のリビドーもどこかに向かっているのは確かなのだ。しかしそれは「どこかに」というより、「どこへでも」辺りかまわず向かっている状態にあり、そんなクィアな心象の中での、ホモセクシュアリティの存在というよりもむしろ、ホモフォビアの不在こそが(不在の証明というのは、じつは人間のアリバイとは違ってとても難しいのだが)問題になるということなのである。したがって前述の吉本の「太宰治の根本的なモチーフは、家庭愛でも人類愛でも男女愛でもいいんですけど、愛ということだとおもいます」というさりげないまとめの言葉は、「家庭愛でも人類愛でも男女愛でもいいんですけど」なんていうさりげないもんじゃねえだろ、と、まさにその部分にこそ、ツッコミが入って然るべきだということなのである。

 ところが太宰のその時代が、時代として同性にも朗々と愛を語れる環境にあったのだというなら話はここで終わる。
 氏家幹人がその労作の(とはいえ奇妙にホモフォビアとホモフィリアの綯い混じった)教養書『武士道とエロス』【注:講談社現代新書1239、1995年2月刊】の中で駆け足で明治・大正・昭和の日本文学における男色・少年愛・同性愛の系譜を紹介している。森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』(明治42年《スバル》)や秋田雨雀の『同性の恋』(明治40年《早稲田文学》)、久米正雄の『学生時代』、さらに明治34年までの志賀直哉の「必ずしもプラトニックではなかったやうに見える」少年愛などを紹介しながら、その明治期の牧歌的な少年愛指向が終焉するありさまを稲垣足歩の言葉を借りて「明治の美少年パニック」の風潮は「明治初年から半世紀の間続いてきて、大正期に入るとともに漸く影が薄れた」【注:『武士道とエロス』第二章「君と私」P.79】と説明している。その後に登場するのはどういう言説かというと、大正2年に発表された里見とん(編注;漢字がない。弓へんに享)の『君と私と』(《白樺》4〜7月号)が、学習院中等科時代(明治30年代中期)に主人公「私」里見が「君」である志賀直哉に「男同士の恋」を抱いた事実をモデルにしたことについて、志賀が「イヤな感じを受けた」と書いていることが紹介されている。川端康成もまた齢五十のときの昭和23年の『少年』で大正初期の自らの寄宿舎時代の肉体的な同性愛関係を描きながら、執筆時には「中学校の寄宿舎には、たとひいかなる事情がおありでも子弟を送ることはお止しなさいと、世間の父兄に私は忠告したい」ともらしている【注:同P.66】、としている。

 太宰は明治42年(1909年)生まれ。性に目覚めるだろうときを大正後期から昭和にかけて送っている。「同性の恋」に関する牧歌的な時代は終わり、その種の過去を後悔するような卑屈な言説が登場してくるころである。浜尾四郎の『悪魔の弟子』(昭和4年)【注:『悪魔の弟子』の分析に関しては『ゲイ・スタディーズ』青土社(1997年6月)のキース・ヴィンセントの読み(P.127〜131)が日本のAIDS言説と対照させて興味深い】や夢野久作の『死後の恋』(昭和3年)、堀辰雄の『燃ゆる頬』(昭和7年)など、男同士の恋に、昔ながらの死の香りを付与する相変わらずの言説も再生産されている。そして時代は稀代のホモフォウブにしてホモファイル、三島由紀夫の登場を待つのである。

 したがって、話はやはり終わらない。
 フーコーが次のように語ったことはいまではあまりにも有名である。
 「もうひとつ警戒しなければならないことは、同性愛という問いを「私は何者なのか? 私の欲望の秘密は何なのか?」という問題に引き戻す傾向です。おそらく「どのような関係が、同性愛を通じて成立され、発明され、増殖され、調整されうるのか?」と問いかけた方がよいのではないでしょうか。自分の性の真理を即自的に発見するのが問題なのではなく、むしろこれからの自分の性現象を、関係の多様性に達するために用いることなのです。そしておそらくこれこそが、同性愛は欲望【@デジール】の一つの形態ではなく、ある望むべき【@デジラーブル】事柄であるということの真の理由なのでしょう。したがって、われわれは懸命に同性愛者になろうとすべきであって、自分は同性愛の人間であると執拗に見極めようとすることはないのです。同性愛という問題の数々の展開が向かうのは、友情という問題なのです。」【注:『同性愛と生存の美学』P.9〜10】
 私たちはここでもまた、フーコーのこの「友情」に寄り添うようなものとしての教科書的なテキストを太宰の作品の中に容易に思い浮かべることができるのだ。その『走れメロス』は、欧米で広く知られている「ダモンとピシアスDamon and Pythias」の故事(「メロス」がピシアスで「セリヌンティウス」がダモンに相当する)に太宰が太宰的な肉付けを行ったものだ。

 故事の原型はエドワード・カーペンターの『IOLAUS: AN ANTHOLOGY OF FRIENDSHIP』【注:http://www.fordham.edu/halsall/pwh/iolaus.html に全文を見ることができる】 (1908年)にも友情の形を取る同性愛のケースとして「ダヴィデとヨナタン」の関係などと並んで収容されている。アメリカの場合、1962年にメトロゴールドウィン(MG)が映画化しているが、そこではピシアス(つまりメロス)が暴君ディオニスに一時帰郷の許しを請うのは国にいる妻と子供たちに最後の申しつけをするためということになっている。さらにダモンにおいても(つまりセリヌンティウスにも)彼の愛する女性が登場して、彼がピシアスをその女性に会わせもするという、念入りの伏線が張られている。つまりこの2人は「どう見てもホモに見えるけど、でもそういうヘンなのじゃなくて女と付き合ってるんだからダイジョーブですよ」というわけだ。これを引いたか定かではないが、小学校高学年用に出回っている劇の脚本【注:James Stephan ParksとSally Powell Corbettの共作】もあって、これにも妻と子供が用意されている。付け加えれば、メロスとセリヌンティウスの友情の厚さに感じて最後には「どうか、わしをも(王の面前でひしと抱き合っているその2人の)仲間に入れてくれまいか」と言ってしまう王にも、こちらではきちんとお后がいる。
 対して『メロス』はそこはまったく無防備である。ここには基本的に女性は登場しない。女性は、メロスの帰郷の理由としてのチョイ役を担わされる16歳の妹と、そして最後の最後にやはりチラとだけ出てくる「ひとりの少女」だけだ。そしてその2人とも名前すら与えられていない。しかもこの最終部の少女たるや、登場のわけは「緋のマントをメロスに投げ」るためだけの役である。なぜなら、メロスは(たとえ濁流を渡り山賊を蹴ちらしてきたにしても、だ)なんだか無意味に「まっぱだか」なのである。

 フェミニストたちが読み砕けば必ずや苦虫をも噛み砕くことになるだろうこのテキストは、かくもホモセクシュアルとはいわずともホモソーシアルであることは疑いない。ホモフォビアに向かわないホモソシアリティ……。いやそもそも、太宰の小説に「男女」は登場するのか。太宰は『女人創造』という短いエッセイで自己弁護している。
 「女が描けていない、ということは、何も、その作品の決定的な不名誉ではない。女を描けないのではなくて、女を描かないのである。そこに理想主義の獅子奮迅が在る。美しい無知が在る。私は、しばらく、この態度に拠ろうと思っている。」【注:新潮文庫《もの思う葦》所収『女人創造』P.108】
 太宰のその他数多のミソジニー的言説は彼のホモソシアリティと裏表にある。しかしこの「理想」は、いま一つ、フーコーが関心を寄せた問いかけと重なる。フーコーはその「友情」の形として(そして太宰が材を取ったと同じ)古代を、現制度をショートさせる虚構としての可能性の叩き台の1つとして持ち出すのである。
 「すなわち、男たちにとって共にあるということはいかにして可能なのか? 共に生き、時間を、食事を、寝室を、余暇を、悲しみを、知を、秘密を分かち合うことはいかに可能なのか? 家族、職業、強制された仲間関係といった制度的な関係の外で、「ありのままの」男同士でいるとは何なのだろうか?」【注:『同性愛と生存の美学』P.10】
 その問いに、「単純な男であった」メロスが、じつは答えを(あるいは答えの暗示を)与えている。シラクスの市の、すでに沈もうとする夕陽を受けてきらきら光る塔楼が見え、セリヌンティウスの弟子であるフイロストラトスが「あなたは遅かった」と叫ぶのを「いや、まだ陽は沈まぬ」と走りつづけるメロスは、「間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ。人の命も問題ではないのだ」として、「私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ」と宣言するのである。

 「なんだか、もっと恐ろしく大きいもの」||それは友情か信義か愛か? いや、違うのだ。メロスはすでにこれら「愛と誠の力」や「友と友の間の信実」や「名誉」という言葉なら口にしている。「殺される為に走るのだ」とも「身代わりの友を救う為に走るのだ」とも「王の奸佞邪知を打ち破る為に走るのだ」とも言っている。そういうものならわかっている。しかしここでは、そういうものではない「なんだか(わからないもの)、もっと恐ろしく大きいもの」「わけのわからぬ大きな力にひきずられて」走っている。わかっていることをふとすべて棄却して、そういうものばかりではない、「単純」ではないなにかがそこに待ち受けていることを一瞬だが洞察するのである。それは、このメロスの物語が大団円で閉じるそのときにはすっかりあっさり忘れられ、ついに解決されることはないのだが。

 「男同士でいるとは何なのだろうか?」。その答えもまたなにかもっと恐ろしくて大きいものだ。制度を撹乱し不安にし、他方で男同士でいるその男たちにも苦行と脱性器化の、新たな関係の地平の発明の継続を求めるもの。
 この二つを結びつけることーーほんとうのことをいえばそんなこと、へっへっ、力技に過ぎるのは当たり前だ。太宰の時代にそして太宰の日本に東京に、ミソジニーもホモソシアリティも、さらには私たちがいま使っている道具としてのセクシュアリティの概念も、そんなものは存在しなかったのだから。それはまさしくフーコーがK・J・ドーヴァーの『ギリシャにおける同性愛』【注:邦訳、リブロポート1984年刊、中務哲郎・下田立行訳】を指して「この本において最も重要だと思われるのは、ドーヴァーが同性愛・異性愛というわれわれの切り方がまったくギリシャ人やローマ人に対しては適切ではない、と示したこと」【注:『同性愛と生存の美学』P.21】と言ったのと同じだ。太宰がフーコーを、現代で言うセクシュアリティさえをも理解しないのは当たり前だ。ミソジニックと非難されてぽかんと口すら開けるだろう。まったく、何が嫌いかと言って、タイムマシンで訪れた人間がなんだきみはマッチも知らないのかと言うことくらい腹立たしいものはない。おじさん、×ボタンはキャンセルでしょ、としたり顔で言うのもやめにしよう。ただし、「なんだか、もっと恐ろしく大きいもの」があることをこのメロスの作者は知っていたのである。

 「なんだか、もっと恐ろしく大きいもの」とは何か、と問われて、「人生そのもの」とか「生き方すべてをひっくるめたもの」とか、そう答えれば中学校の中間試験では満点を取れるかもしれない。だが、問題は、それを問うたしたり顔の教師という制度コードの虚を突くことなのだ。そして太宰の読者なら、というか太宰をそうまで偏愛的に、つまりはクィアに「愛」している読み手(たらんとする者)なら、その太宰の意味する「人生」とか「生き方」とかいうものが、いったいどんなに恐ろしく自由で対抗的で苦しく開かれているかを(その女性嫌悪の深層をも片目で客観的に見据えつつ)一瞬でも透視する機会を見逃すべきではないということなのだ。私が奥野健男を指してずっと先で「同性愛者のように心優し」いと、現実の同性愛者一般とは関係のない喩えを持ち出したのはそういう意味である。さらに吉本隆明を指して「デフォルトとしての異性愛を完全に、揺るぎない自信で信じている」としたのも、また同じくそういう意味である。吉本はフーコーの『同性愛と生存の美学』に関する書評【注:『言葉の沃野へ・下』中公文庫P.61〜69(「マリ・クレール」1987年7月号初出)】で「脱性化」と「脱性器化」とを読み違え、さらに「同性愛という主題は当事者にとって切実で深刻な主題であるほどには、当事者でないものには切実でも深刻でもなく、性の自然さにゆだねたまま流し過ぎてしまう面がある」と言ってしまう。「流し過ぎて」は私が読んだように「流してそのまま過ぎてしまう」の意味なのか、それとも私の誤読で「流してしまう傾向が多過ぎる嫌いがある」という反省の描写なのか、後者ならばよいのだけれど、そのあとに続く文がたった3行で結びとなってしまっているために後者の読みとは繋がらず、結果、「性の自然さ」の部分を換えればこれは「同性愛という主題」でなくとも、「女性問題」でも「部落問題」でも「世田谷3丁目の野良猫問題」でも同じだろうということになる(にもかかわらず、最後の文では脈絡不覚に唐突に「エイズ」を口に滑らせる)のである。

 ここまで書いたとき、朗々たる愛のクィアな確信犯である太宰を、どうして三島があれほどまでに毛嫌いしたか、川端が昔の「中学校の寄宿舎」を振り返るように眉を顰めたか、志賀が鼻糞でも丸めるように太宰を無視したかの理由の一つが見えてくる。それが見えたとき、日本文学もそしてまた、自分がクィアであると(クィアという言葉を知らなくとも)自覚している者と、自分がクィアであることを糊塗しようとする輩と、そしてその2つがどうしても理解できないストレートな道を勝手にうねりながら進む連中との3種類に、ぱたぱたと分類できてしまうのである。
 そうして問題は、問題というものがいつも最後にそうであるように、自分はそのどれなのかということ、いや違う! そのような「私は何者なのか?」の問いに引き戻すことではなく、そうではなくて、「われわれは懸命に」、そのどれに「なろうとすべき」なのかと問いつづけることなのである。

「木乃伊之吉」を救う──あるいはホモフォビアの陥穽

 木乃伊(ミイラ)という語をその名に含む、あらかじめのスティグマとカップリングされて読者に提示された、「人間というより」「ぼうっと部屋に紫のかたまりが入り込んできたと思」わせるようなこの「いやな奴」を、これから救わなければならないと自分で決める。決めたらまずは、誰から救うのかを次に見定めなくてはならなくなる。その最初の課題から、じつはじつに厄介なのだ。

 島尾敏雄の『贋学生』は「木乃伊之吉」(きの・いのきち、と呼ぶのだろう)と「私」と友人「毛利」の三人の物語である。学生である「私」と「毛利」が「木乃」という医学部の学生に誘われるままに長崎への三人行を行うところから話は始まる。金回りがよく、宝塚のスターを妹に持つという良家の「東京の坊ちゃん」らしい「木乃」は、「私」と「毛利」にその妹を紹介しようと働きかけ、さらには「私」の妹の見合い話もまとめようと奔走する。その間、おそらく六月だろうと思われる時期から残暑までの数カ月間、「木乃」はほんとうは「木乃」という名前ですらない贋学生だということを「私」たちに悟られることなく「私」たちの生活に闖入し、攪乱し、そしてそれら嘘のことごとくがばれそうになったある時に、あたかも真夏の蒸し暑い夜の夢のように忽然と姿を消すのだ。

 物語はそれだけである。真相は何だったのか、その謎解きもない。それなら安部公房の『闖入者たち』と同じような不条理小説かというとそうではない。公房の闖入者たちと違って「木乃」と「私」たちは互いに即物的な見返りを得合っている。それは「木乃」からたびたびおごられる酒食や、「私」が「木乃」から受ける数回の男色行為の描写によって、さらに「毛利」と「木乃」との同様の行為を暗示するさりげない数行によっても示される。なによりも異なるのは読中読後のわたしたちの不条理の感覚の原因となっているのが「木乃」の嘘であるということがわかっていることだ。

 「男色」と「虚言癖」という、もう一つのありがちなカップリングを見せるこのテキスト上の二つの汚名は、しかしそれらの直裁的な表出においては徹底的には深く指弾されることがないこともこの『贋学生』の特徴だ。そういう具体的な事実の表出によって「木乃」の人物像が読者に与えられるのではなく、「木乃」は小説の端緒からとにかくなんとなくいやな人物として記述され、「私」の目を通した、「木乃伊」に象徴されるような気持ち悪さの雰囲気として端から読者に刷り込まれてゆくのだ。そうして冒頭にも示したような「紫」色っぽい不気味さの基底音に見合うように、「男色」と「虚言」とがさしたる「私」の非難も拒絶もなくぽんぽんとさりげなく配置されるのである。

 「木乃」はその最初の登場の文から、つまり第一章の第二文で、次のような「疲れ」る男として読者に与えられる。

 ●毛利に対して私は、さほどに気をつかう必要はなかったが、木乃が毛利だけでなく私に対しても、しきりに気を使っていることが、私の気持ちを一層疲れさせた。(p7=講談社文芸文庫に拠る。以下掲出ページは同)

 それだけではない。「木乃」に対する「私」の視線は初めからはなはだ意地悪である。

 ●木乃は早速、毛利の方に身体をよじって何かしきりに話しかけ、そして毛利がいかにも面白そうに笑いこけているのを、皮肉な気持ちで私は感じていた。(p8)
 ●どこといって言いようはないけれど、何となくいやしい仕草が、私をけげんな気持ちにさせた。(p9)
 ●私は木乃の気持ちの動きをひどく軽蔑した。(p9)

 テキストは過去形の時制を取りながらもあたかも現在進行中の出来事のように記述され、しかもときおりすべてが終わった時点からの省察も綯い混じる形を取る。したがって、読者としてはこれらいやらしさの感覚が、書き手である「私」の、出来事の最中の感想であるのか、それとも「木乃」が「贋学生」であると知れてからの後付けの感想であるのか判読できない。しかも、「どこといって言いようはないけれど、何となくいやしい仕草」(p9)はやがて巧みにその「木乃」の肉体的特徴への嫌悪へとずらされるのである。前記四文の「木乃」の全体的な雰囲気への嫌悪は、その同じ第一章の最後で早くも次のように「肉」付けされるのだ。

 ●紫の色彩から私は芝居の女形を連想し、木乃の腰が目立って太いことや、ふくらはぎも亦たっぷり肉付きのあることなどが、どうしたことか私の印象に強く残った。(p12)
 ●顔だけでなしに、腰と言わず足と言わず、いつも女のようにみがいているような感じを受けた。(p12)
 ●木乃は煙草をくわえた。(中略)両手の指のそれぞれが、べったり磯ぎんちゃくの運動のように、白い煙草をケースから抜きとり、口にくわえ、そしてマッチをすって火をつける。(p13)

 いわば“男”の不快の感覚を総動員して提出されるこの「木乃伊之吉」を、そんなにもいやならば付き合わなければ簡単じゃあないのかと思うのだけれど、柄谷行人は講談社文芸文庫版の『贋学生』に収めたその秀逸な解説「『謎』としてとどまるもの」の中でこれを夢の不可抗力性に比し、「最初の出会いにおいてすでに私は疑うことを放棄している」と記述している。けれど、ではなぜに「私」はその「木乃」の「夢」を見つづけたのだろうか。

 フロイトを持ち出すまでもなく、より具体的な例証を昨年春の米国の学会誌「異常心理ジャーナル」の中に見いだすことができる。ジョージア大学の研究者が、異常心理としての「ホモフォビア(同性愛嫌悪症)」の正体を実験によって分析しようとしたものだ。

 実験は異性愛者を自称する被験男子学生六十四人を対象に、まず彼らを同性愛を嫌悪する者とべつに気にしない者たちとに分類して行われた。彼らのペニスに計測器を装着してともに男同士の性交を描いたゲイ・ポルノのヴィデオを見せる。すると二グループの勃起率に明らかな差異が認められた。ホモフォビアの男子たちの八〇%までに明らかな勃起が生じ、その平均はヴィデオ開始後わずか一分でペニスの周囲長が一センチ増大。四分経過時点では平均して一・二五センチ増になった。対してホモフォビアを持たない学生では勃起を見たのは三〇%。しかもその膨張平均は四分経過時点でも五ミリ増にとどまった。

 この実験結果に通底する事例をインターネットのニューズグループの書き込みにも見ることができる。ゲイの話題を扱ったニューズグループの書き込みの中に、毎日必ずといってよいほどの自称ストレートたちの罵倒の言葉がアップされるのだ。彼らは同性愛を異常、病気、変態と罵り、地獄に堕ちろとか銃で撃ち殺してやるとか書き込んでは素性を明かさずに消えてゆくのである。ニューズグループとはもとよりあるテーマでの情報交換を目的に開放されたネット上の架空空間である。したがって同性愛に関するグループにはほんらい同性愛者たちしかアクセスしない。彼らはそこでポルノ写真を交換したり情報をやりとりしたりしている。そんな場所にそんなにも同性愛が嫌いな輩が、わざわざアクセスしては貴重な時間を費やして一件一件「ホモ」たちの書き込みをブラウズし、写真をダウンしてみては反吐が出るとかの感想を吐き出し、憎悪の殴り書きをしては立ち去ってゆくのである。

 この二つの事例を突き合わせてみると、わたしたちは重大に入り組んだある矛盾に行き当たることになる。つまり、ホモセクシュアルたちが非難するホモフォウブの異性愛者たちのそのホモフォビアは、じつは異性愛者たちの中のホモセクシュアリティの裏返しの自己嫌悪であるということ。すると、同性愛者たちが非難しているのはじつは異性愛者ではなく自らの同性愛を認めない隠れホモたちであるということになる。したがって同性愛者たちによるホモフォビア解体のアクティヴィズムは異性愛強制社会全体の構造に対してではあるものの、じつはその中の隠れホモたちへの攻撃と炙り出しに向かうということであって、圧倒的多数を占めるとされる“真”の異性愛者たちにはあまり関係しない、内部抗争に矮小化されることになるのである。

 冒頭に記した「木乃伊之吉を救う」という行為の、いったい誰から彼を救うのかという見定めは、かくして「ホモ同士で勝手にやってればいいんじゃないの?」といった自家中毒に陥ることになるのだ。

 しかしこの命題のたてかたには統語上の主語の位相のずれが存在している。そのすべてはおそらく同性愛者は男性で全人口の一〇%だとか五%だとかいやそれよりもっと少ない一・六%程度だとかといった神話を背景にしている。この場合の「同性愛者」とは、本質主義でも構成主義でもどちらからでもよいがとにかく自らに同性愛者たる言葉を与えている者を指す。しかしホモフォビアとはもとよりある個人の中の異性愛性と同性愛性との葛藤の結果として現れる。それはセルフアイデンティフィケイションとは別の問題であり、むしろセルフアイデンティフィケイションの過程のせめぎ合いの(あるいは所与のものとしての異性愛信仰から生まれる無意識の齟齬の)結果で生まれる鬼子なのだ。

 フロイトは『性欲論三篇』の中で「人間に関しては純粋な男性も純粋な女性も心理的・生理的レヴェルでは存在しない。人間はすべて自らの性とその異性の性の特徴の混淆を示していて、能動性と受動性というこの二つの心的特徴が混じり合っている」と記している。そしてそのあとに性対象倒錯(inversion)を防止するためには(防止しなくてはならない理由は記述されない)社会的オーソリティによる禁止をしなければならないと説くのである。

 われらが友人のタイモン・スクリーチが今春まとめ上げた『春画』(講談社選書メチエ、高山宏訳)では、この「社会的オーソリティによる禁止」のなかった江戸時代のジェンダー、セクシュアリティの模様が厖大な資料によって一気に現代の知のパラダイムからひっぺ返されて提出されている。彼は「江戸という所でのジェンダーの意味」について、「今日とちがって、江戸の性【@セクシュアリティ】は同性愛と異性愛という二項対立【@バイナリズム】に拠って立ってはいなかった」として次のように記す。

 ●男色と女色の区別をしないというのではない。した。しかしその区別は程度の上の区別であって、何やら絶対的なもの同士の対立というものではなかったのである。(p50)
 ●要するに異性愛者【@ヘテロ】、同性愛者【@ホモ】をはっきり峻別できる固定された人間類型と見る感覚がなかったのである。男色、女色は要するに行為【@・・】の謂【@いい】であって、人間を指す女色-家、男色-家という語はない。(p50)

 すなわちスクリーチは、社会的オーソリティの禁止のない社会である江戸では「どんな男にしろ女も少年も愛することが可能と考えられてい」て、「春画の力学【@ダイナミクス】の中で」もその社会に忠実に性対象は男であっても女であっても「根本的なちがいはな」く、「自在無碍な二つのジェンダー間の移行」が「可能」なのだとするのである。その上で彼はこれを現代の「両性愛【@バイセクシュアル】」とするのも「正確ではない」と断る。なぜなら「江戸には両性愛が横断していくべきそもそもの二項対立の感覚が存在していなかったからである」と説くのだ(第二章「分節される身体」、1江戸のジェンダー)。スクリーチを補足すれば、彼がここで「男色、女色は要するに行為の謂」とか男色は「一人の人間が丸ごとそうだというより、一人の人間の一個の趣味という扱い」とか言うときに、この「扱い」は逆に現代に置き換えることもまた正確ではない。

 このとき、「木乃伊之吉」を誰から救うのかという問題は、「ホモ同士で勝手にやってればいいんじゃないの?」という次元から現代の知【@エピステモロジー】一般への課題として普遍化する。なぜなら、問題は同性愛者が全人口の一〇%とか五%だとかいったことなどではなく、敢えていえば「男なんてみんなホモ」だからである。もちろんこれは女でも少年でもこんにゃくでも木の股でも「愛することが可能」という意味において。そこではむしろ、“真”のヘテロセクシュアルの男性こそが一〇%とか五%とかのレンジでしか存在しない。そうしてここまで来て、「木乃伊之吉」は“ホモ”でもある“異性愛者”の「私」からこそ救われなくてはならないということがやっと明らかになる。

 さて柄谷行人は前述の解説評論の中で「木乃は『私』たちに男色を強い、」と物語のあらすじとともに「木乃」を紹介している。しかし、「木乃」と「私」の性交渉はどう読んでも「強い」られたものとは読めない。せいぜい「私」の「拒みきれない」性交渉といったところだ。それにしてもどうして「男色」が近代以後の文脈で登場するときには、あたかも自ら掘った穴に自ら落ち込んでいるかのような自家撞着的なプロブレマティクスとして「強いる」とか「拒む」とかが必ず言挙げされ、必ずなんらかの名目や譲歩節が男色の成立条件として言い訳のように提示されるのだろうか。

 最初の性交渉は「木乃」が「私」の「冷毒」なる赤い斑点を治療するという名目で行われる。「木乃は私のパンツをずるずるとはいで行」き、「私は自分の股間に熱い息吹を感じ」、「ふと木乃が大きく動き、私の股間は木乃の二つの臀部を感じ、私の位置は巧妙に木乃の手で転倒させられていた」のだが、「全くの受身でいる姿勢は、私に初めてのことであり、それの対応のしようがない」。これが第十四章「奇妙な処方」での描写である。いまひとつの交渉らしきものは後半に入った第二十二章「電話の効用」での描写だ。妹の見合い話を進行中の「木乃」が「私」の実家に泊まることになり、「木乃と私は二階に寝」ることになる。夜中に「私の腰のあたりになま臭い魚がまとわりつくので」「そのつもりで魚に手をかけてはがそうとすると、ずしりとした手応えがあったので眼が覚め」る。「木乃は」「寝返りを打ち、その拍子に彼の首を私の股の所にもって来た。そして彼の右手がするすると伸びて来て、私の股間は彼につかまれていた」。だが、「私は木乃をはっきり拒絶することが出来ない気の弱さを露呈し」、「彼のその無礼をはっきりはねつける勇気が出ないのはどういうことだ」と当惑するのである。

 「対応のしようがない」「勇気が出ない」のは「木乃」が旅行をおごってくれたり宝塚スターの「妹」を紹介しようとしてくれたり妹の見合いを進めてくれたりしている恩義からか、それとも「冷毒治療」や「寝ているときのおぼつかなさ」を男同士の性行為の「譲歩」条件として言い逃れられると思ってのことか。いやそもそも、この「木乃」の男色行為は「木乃」の人物像になんらかの不快の(あるいはさまざまな不快のヴァリエーションの一例としての)飾り付けをする以外に何の意味があるのだろう。「木乃」はべつに男色者でなくとも「小屋者の女形のような陰にこもった女性的な感じ」(p44)でなくとも、「胆汁質」(p63)で「尻は女のように大きくたれ下がっているように見え」(p100)なくともぜんぜんよいではないか。

 しかし「私」はその倒錯者「木乃」を通してやがて自分の中の女性性を次のように述懐するのである。

 ●私は自分がいくらかしおらしく見え、そして自分の身体に女性を感じたりする。自分の身体の汚れや不如意や欠点を化粧と衣装で扮装するという思いつきは、何となく女性身らしく、私の即物的な戒律がそのような扮装と大して違いがなく、わが身があわれになるようだ。(p139−140)
 ●私は、私の耳のあたりやうなじの辺が、女になったのではないかと錯覚した程だ。私は木乃のしつこい言葉を否定しながら、耳と皮膚がそれを喜び始めていた。(p198)

 男性の他者の中に存在する女性性への嫌悪、そうして決定的にはならないまでも自らの中の女性性と男性性との葛藤の自覚──。

 ある不可解な人物が既成の関係性の中に不意に性的にも割り込んできてそれを攪乱し、そしてやはり唐突にいなくなる、というストーリーはピエル・パオロ・パゾリーニの『テオレマ』(一九六八年制作、ヴィデオは東芝EMI)にも共通する。しかしその方向性は、この『贋学生』とはまったく逆である。このホモセクシュアルの映画監督/作家の登場させる「木乃」は完璧な美青年であり、この美青年に対するホモフォビアや不快はこの作品にはまったく存在しない。「木乃」と同じように不可解でときには「男色を(も)強い」る男なのだが、「女のような尻」は持っていないし美しいというだけで謎めいていることさえもが美徳になるこのありさまだ。これは制作された六〇年代後半当時の政治思想を基盤にイタリアの階級闘争とブルジョワジーの欺瞞を描いたものとされているが、じつはたんに男の裸を撮りたくて政治思想を衣服にまとっただけの映画ではある。だが、それでもここでは若きテレンス・スタンプ演じる不意の客であるこの青年の美しさに工場経営者の一家全員が、メイドを含め息子、娘、さらにあの能面のシルヴァーナ・マンガーノ演じる妻やその夫までもが顔を歪ませ彼とそれぞれに秘密の性交渉を持ち、そうして下層階級の出であるメイドは現人神となり、資本家一家のほうは、息子は自分の絵に小便を引っかけるし娘は目を開けたままベッドで動けなくなって入院するし妻は街で若い男をクルーズするし旦那は駅で全裸になって砂漠を彷徨うし、といった階級的因果応報譚に忠実に人生の断裂的大変身を経験してゆくのである。性はここではまがりなりにも人生の欺瞞を暴く起爆剤として提出される。

 対して『贋学生』では「木乃」によって「私」にはエクスプロージョンもインプロージョンも起こらない。起こるのは「私」の例の赤い発疹の「冷毒」からの回復と、「木乃と会ってからすべて妙な具合に解放されてしまった」(p194)という癒しである。あたかも「木乃」が他者の厄災をすべて引き受け、自らそれら厄災もろともその身に火を放って蒸発してしまうというどこかの土地の身代わりの呪術師であったかのように、「私」の忌むべき内的女性性はこうして昇華されるのである。

 「木乃」はそのとき、感謝されこそすれ忌み嫌われるべき人物ではないはずだ。「木乃」が消えたあとで「私」が「だが一体木乃伊之吉は何を目的で私たちに近づいたのだろう」と思い返し、「その目的が何であったか私には分からない。むしろ利益を得たのは私たちの方であったと言えそうではないか」(p260)と自問するなら、その答えはまさに「イエス」なのである。じじつ、「私」はいままさに雨中に逃げ去ろうとする「木乃」の後ろ姿に向けて「落ち着け、待て」と声をかけながら、「奇妙なことに、もう確かにうさん臭い存在に違いない木乃伊之吉に、今迄にない愛情のかたまりみたいなものが胸につき上げて来たのを知」(p257)るのだ。

 そう、感謝と忌避とは相反しない。すなわちその感謝に辿り着く道がゆいいつ忌み嫌うべき人物への自己嫌悪の、すなわち自らのホモセクシュアリティとホモフォビアとの投影と仮託と身代わりとを経て、その引き換えとして初めて達成されるものなのだとしたら、それはつまりは自己の外に忌み嫌うべき身代わりの他者の想定こそが必要だったということであり、自己の一部を自己の外に強いて切り離すという奇妙にねじくれた意図の(つまりは強制的な異性愛主義に屈した意図の)反映であるのだ。「私」が感じた「木乃」への「愛情のかたまりみたいなもの」は、それはまさに廃棄する自己の一部への未練と哀惜にほかならないのである。みずからの内部に在っては愛されず、捨て去るときにのみ余裕を持って自覚できるつねに過去形としての愛の発露。すべては「私」の一人芝居。そう思ってはたと思い返してみれば、『贋学生』のテキストのスタイルは「木乃」が嘘の信憑性を高めるために多用した「電話の効用」とまったく同じく、全体をとおして一度も「私」の心象以外に人物描写や事件描写になんの客観的な物証を示さない形を取っていたではないか。おまけに「木乃」の妹と吹聴される宝塚スターは、まさに彼女こそがゆいいつ「私」たち三人の男同士のホモソシアルな関係性の古典的なアリバイとして繰り返し閉鎖的に内輪同士で交換され、三人のホモセクシュアリティを隠蔽するかのようにホモソシアルでホモフォビックな幻想を補強し、幻想であることが明らかであるにもかかわらずほとんどすがりつくような強さで、あえて、強いて、信じつづけられていたのだ。あたかもヘテロセクシュアリティこそがそこではフィクションであったかのように。

 それらもろもろを引き剥がして考えてみれば、「木乃」はおそらく、“あんな”男色者でなくともよかった。「木乃」はおそらく、女のような尻をした胆汁質のステレオティピカルないやな奴でなくともよかった。“オカマならでは”の虚言癖の変態でなくともよかった。テレンス・スタンプ並みの絶世の、妖しい美青年であったってよかったのだ。彼もまた、いっさいの説明を放棄して「夢」のように登場し性交し去ってゆくのだから。

 だがおそらくその場合、「私」はきっと彼と寝る。拒絶もなにも、あらかじめの逡巡はそれこそ放棄してあるいは圧倒的に圧倒されて、一度はぜったいにじゅんすいに惚けたように彼と寝るはずだ。その場合、「私」の自ら忌む内的女性性は昇華されないばかりか深化しさえするだろう。「木乃」は身代わりの棄却でなく永遠の(あるいは達成されない、あるいは逆にさらに忌むことさえするような)憧憬として「私」の中に種子を宿すだろう。そのとき、『贋学生』のテキストは『テオレマ』の結末のように絶対的に解体してゆくのである。それはおそらく、困るのだ。その覚悟ができていないときには、したがってこのテキストはこのエッセイの冒頭に記したように、あらかじめのスティグマとカップリングにされた「木乃伊之吉」なる人物のいやらしさこそが必要だったのである。

 こうして「木乃」の“不快”は、「私」の“回復”のためにのみ冒頭からデッチ上げられることになった。それが見えたとき、この『贋学生』の物語はすべて「木乃」のではない、じつは「私」のほうの嘘の(あるいは虚構の)、捏造された「男色者」を生け贄とする切り離しと棄却の物語だったという、ぼうっとした紫の色を帯びはじめるのである。“男”とはこうしていま、ほとんどがホモフォビアを介してしか異性愛者になれないほどに情けなくホモセクシュアルなのである。

 それにしても島尾敏雄の困難──。このエッセイは作家本人の実生活を対象にするものではないが、特攻の問題にしてもこの「木乃」のことにしても、なにやらわからぬ外部からの力に対し、この作家はそれに対応する自らの内部を、たとえ時代の拘束としてそれ以上は不可能であったり不能であったりはしながらも、つねに見出そうとはしているのである。『贋学生』の「木乃」の嘘は、つまりは間接的な「私」の嘘は、やがてその十年後の『死の棘』で、あたかも地中深くひっそりと根を伸ばしていたかのように「私」本人の嘘として真正面から噴出することになる。「木乃伊之吉」の次に今度は、「島尾敏雄」をこそ救ってやりたくなってしまうほどに、それは作家自身の手によって徹底的に責められることになるのである。
(了)

クローゼットに迷い込まないための「ブロークバック山の案内図」

◎「愛とは自然の力」の二重の意味

 朝ぼらけのワイオミングの山あいの道路をトラックが行き、グスタボ・サンタオラヤのスチール弦が冷気を貫き、エニス・デル・マーが美しい八頭身でトラックから静かに降り立ったとき、その歓喜と悲劇の物語はすでにそこにすべてが表現されていた。歓喜は遠い山に、悲劇は降り立った地面と地続きの日常に、そうしてすべての原因は不安げに結ばれるエニスの唇と、彼を包む青白い冷気とに。

 「Love is a Force of Nature」というのがこの物語の映画版のコピーだ。「愛とは自然の力」。a force of nature は抗し難い力、有無をいわせずすべてを押し流してしまうような圧倒的な力のことだ。「愛とはそんなにも自然で強力な生の奔流。だからそれに異を唱えることはむなしい」──そのメッセージ。

 しかしここにはもう1つの意味が隠されてある。この「ブロークバック・マウンテン」で中心を成す「愛」は、いつも山や川や湖といった「自然」の中で生きていた。その事実。「愛とは、自然の形作ってくれた力」。あのはるかなブロークバック・マウンテンが彼らに与えてくれた力なのだ。そしてじつは、彼らの愛は、その自然の助けなしには生きられなかったのである。

 このコピーの二重性は象徴的である。しかも原作のアニー・プルー、脚本のラリー・マクマートリーとダイアナ・オサナ、そして監督のアン・リーの意図はあからさまなほどに共謀的で明確だ。

 エニス・デル・マーとジャック・トゥイストの愛の交歓はほとんど(4年ぶりのやむにやまれぬモテルの一夜を除いて)美しく瑞々しい山々と木々に囲まれ、抗い難い川の水の流れをまえに営まれる。対して彼らの日常は、埃舞う乾燥しきった下界での出来事だ。エニスにとっては無教養で小心で疲れ切ったアルマと泣きわめく赤ん坊たち、そしてうまくいかない仕事。ジャックにとっては15歳になっても字も書けない学習障害を持つ息子(原作)やしゃしゃり出る義理の父親。出逢いではあれほどかわいかったルリーンがすぐに逆毛を立てた酸素漂白ブロンドのタバコぷかぷかテキサス女に変身してしまうげんなりさ加減。しかも老いた実の両親のいる実家のひからび具合といったら!

◎混乱とすり替えを総動員させる確信犯

 私たちはすでにここで、そうした日常への嫌悪の反作用として同性愛と共示される「瑞々しさ」「美しさ」に抗い難く誘われてゆくのである。読者が/観客が同性愛者か否かの問題を超えて、埃っぽさやオムツの臭いや夫婦の諍いといった機能不全の乾いた生活を選ぶか、すべての煩わしさを脱ぎ捨て裸でジャンプしてゆくあの澄んだ水を選ぶかという問題(そりゃだれだって後者を選びたくなるでしょう)。

 読者/観客はこうして軽く混乱させられる。なぜならこれまで、異性愛の読者/観客の大半にとって同性愛とはむしろ荒涼たる性の砂漠のことだったはずだから。同性愛が「生活」を離れたものであることは思い描かれ得たが、それは「瑞々しい自然」へと向かうのではなく、「飽くなき放逸」へ「薄汚れた地獄」へと堕ちるものだったからである。

 この小説/映画が「ゲイのステレオタイプを打破」したといわれる所以の1つはそこにある。たとえ男らしいゲイを出してきても「ゲイ」を描くだけでは固定観念を破ることはじつは難しい。アン・リーたち制作陣はだから、「自然の力」まで総動員させてその共示性と価値観とのすり替えを謀ったのである。

 観客はここで、自分が同性愛を求めているのか瑞々しく美しい自然を求めているのか、あるいはその両方を求めているのか(そういえば自分もかつて昔、どこか忘れてしまったはるか遠くに、こんな疼くような甘酸っぱい季節を置き去りにしてきたのではなかったか?)、それらを解決する余裕なく(あるいはその軽い混乱を楽しみすらしながら!)ストーリーにはまり込んでゆくのだ。

 映画は「これはゲイのカウボーイの話ではない。もっと普遍的な愛の物語だ」と宣伝されるが、これが「ゲイ」をプロモートしていないならば何だというのか。いやそれはしかし、右派の文脈での物言いである。これは「プロモート」ではない。これはむしろ、汚名の返上なのである。「同性愛」というものに塗りたくられた歴史的文化的宗教的なスティグマを熨斗【@のし】を付けてお返しする、これはじつは頬かむりした確信犯の仕業なのである。

◎すべての背景にクローゼットの罪業

 ところが、ここまで来て私たちはその「美しく」「瑞々しい」はずのホモセクシュアリティが大きなしっぺ返しを孕んでいることに気づくのだ。ジャックがタイヤレバー(タイヤのゴムを外すための鉄棒)で殺されたのかどうかというホモフォビアとゲイバッシングの問題だけではなく(ちなみに、この原作も映画も語り尽くさないことが多い。あたかもそれは私たちの現実生活で、事実がすべて私たちに語られ知られ得るものではないのと同じように。私たちはかなりの部分を事実ではなく解釈によって生きているのだ)。

 それは家族の問題である。制度としてではなく関係性としての。

 エニスはアルマに離婚を告げられる。ジャックの息子のことなどどこかに忘れられる。そうして2人が望んだはずの男同士の家族としての暮らしも、エニスの語った9歳のころの記憶、男2人で暮らしていてタイヤレバーで虐殺されたアールという男の話でもって端から雁字搦めにされ動き出すことさえかなわなかった。

 そのすべての背景に(同性愛者としての自分を隠匿している/隠匿せざるを得なかった、仮想の場所としての)クローゼットの問題がある。小説も映画も後半に向かって、テーマを密やかに同性愛からクローゼットの問題へと移行させてゆくのである。

 エニスの泣き方はまさにその伏線だ。彼の心はクローゼットの中にあった。しかもそれがクローゼットだとすら知らなかった。だからそこから横溢した最初の涙を嘔吐だと勘違いし、ジャックに「おまえをあきらめられさえしたら(I wish I knew how to quit you)!」と告げられたときも「心臓発作なのか燃え上がる激情の横溢なのか」わからない泣き方でしか泣けなかったのである。

 そうしてこのとき、すべての厄災の原因は同性愛にあるのではなく、クローゼットの罪業(あるいはクローゼットを強いる時代の罪業)なのだと判明するのである。

◎入り子細工として提示される4つのイメージ

 ひとはクローゼットに籠っている限り幸福になどなれはしない。家族も裏切る。自分の心も裏切る。すべての親密なものたちを裏切るのだ。そしてあのブロークバック・マウンテンとは、そのクローゼットの反動としての、さらに仮想の理想郷の記憶でありながらもその実、より甘美で広大なクローゼットの装置のことでもあったと暗示されるのである。

 いみじくもジャックが思うのだ──「ジャックが思い出すもの、否応もなくわけもわからず渇望してやまないものは、あの時、あの遠い夏、ブロークバック・マウンテンでエニスが彼の背後に近づき、彼を引き寄せ、なにもいわずに抱きしめてきたあの時間そのものだった。ふたりに等しくあった、セックスとは違うなにかへの飢えが満たされていた、あの時間だった。(略)そしてきっと、と彼は思った。自分たちはきっとあそこから、そうたいして遠くまでは行き着かなかったのだろうと。そんなもんだ。そんなもん」

 この隠れたメッセージは映画でも原作でも最後になって形を取ることになる。あのブロークバックの証しは、ジャックの実家のその彼の部屋の、文字どおりクローゼットの中に潜んでいたからだ。重なり合うあの2枚のシャツとして。そうしてもういちど、本当に最後の最後にふたたび、こんどはエニスのトレイラーハウスのクローゼットの扉の内側に、ブロークバックの絵はがきとともに。

 この映画が真に知的で雄弁なのはそのときだ。私たちはその最後に、入り子細工のように巧妙に区画され提示される4つの額縁イメージを見ることになる。

 1つは、不器用なエニスが初めて明確な思いとともに重ね直したシャツとつながる、絵はがきの枠に収まる彼らの愛の時間。次にそれを取り囲む四角いクローゼット。そのとなりの、窓枠の向こうのうら寒げな外部世界。そうしてもう1つ、スクリーンという額縁に囲まれたアメリカの(あるいは多人種制作陣の)、それらすべてへの批評的な現在である。

◎「I swear....」の次に続くもの

 この重層的な構造を観客に提示しながら、「ブロークバック・マウンテン」はじつに静謐な雄弁さと訥弁さをもって私たちにつぶやきかけるのだ──「I swear....(おれは誓うよ……)」と。

 その次に来る、いまだ言葉にならなかったエニスの思いを言葉にするのは、そうしてその時点からすでに20年以上を経ている私たちの宿題なのである。なぜならそのときエニスのクローゼットの扉は、そのときもなおクローゼットではありながらも、私たちに向かって、少なくとも開かれてはいたのだから。【本文中の原作引用は筆者訳に拠る】
(了)