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January 19, 2010

2008-12オバマの選択 反ゲイの司祭

 アメリカにとってさんざんだった08年が、1月20日(この号が発売されるころです)の新大統領の誕生によってやっと新年09年を迎えられるような気がします。ブッシュもチェイニーも各種世論調査で「史上最悪の大統領・副大統領」という評価でしたから、よりいっそうオバマがみんなの期待を担う格好になっているのでしょう。アメリカだけでなく世界中の、あるいは過大な期待を。

 そんな大統領就任式ですが、じつはその式典の最初に祈りを捧げる司祭の人選をめぐって、喧々囂々の議論が繰り広げられました。オバマが、こともあろうに反同性愛・反中絶を唱える司祭として有名なリック・ウォレンを指名したためです。なにせTVのトークショーに出演した際には同性愛を近親相姦とか小児性愛とかの犯罪と同等だと発言した人物です。ウォレン率いる福音派サドルバック教会のウェブサイトには次のようにありました。

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 「教会のメンバーシップというのはその人の人生において主イエス・キリストの導きをいかに受け入れたかという自然の成り行きによるものだから、ホモセクシュアルなライフスタイルを悔い改めるにやぶさかな者はサドルバックのメンバーとしては受け入れられません。とはいえ、そういう者たちが教会に来れないかというとそうではありません。ぜひ来ていただきたい。神の御言葉はわたしたちの人生を変える力なのです」

 で、大統領就任式への臨席が決まり、ウォレンのこの反同性愛の姿勢が社会的に問題になって、サイトのこの記述はとつぜん削除されました。これ以上の問題化はまずいと思ったウォレン自身の判断なのか、それともオバマからの指示か。まさか教会が一夜にして親ゲイに悔い改めたわけでもありますまいに。

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 オバマ・サイドは「重要な点は、この進歩的な大統領の就任式に、保守的な福音派の司祭が参加するという、その多様性の意義だ」と苦しい弁明をしていますが、これはどう見たって詭弁を弄しているだけです。

 あなたは、寛容は、不寛容に対しても寛容であるべきだと思いますか?

 ニューヨーク・タイムズは論説で次のように書きました。
 「オバマがウォレンの言辞を“多様で騒々しくかつ持論に溢れた”アメリカの“様々な意見の幅の広さ”の好例だと弁護するとき、それはあまりに可愛らしすぎる。いかなるマイノリティ・グループでも、それを小児性愛などの性犯罪に結びつけて中傷するような“意見”はとうてい容認できるものではないことを、彼は十二分に知っているはずだ」「特にそのグループが、そうした誤解に基づく恐怖をあおるような住民投票(同性婚を禁止するカリフォルニアの提案8号)によってその権利をはぎ取られ社会的に置き去りにされるような時にはなおさら、それは有害なのである。70年代のゲイのパイオニア政治家ハーヴィー・ミルクはいつも『希望がなければダメなんだ』と繰り返していた。ミルクのその希望は、単なる言葉ではなく行動を意味していたはずだ」「歴史上の大統領の傲慢さの標準から言えば、ウォレンを招待したこの空気を読まない決断に対するオバマ自身の言い繕いは比較的小さな約束違反である。たしかにこれはピッグス湾(ケネディ時代の米国が共産党支配下のキューバに亡命キューバ人を使って侵攻した政権転覆未遂謀略事件)とは違う。しかしこれは、我らの最初の黒人大統領の就任式の喜びにケチを付けるものだ。だれよりもオバマ自身が。自分にそんな歴史の間違った側に立つことを許したということが、じつに奇怪に思われる」

 たしかにこれはピッグス湾事件ではありません。そうでなくとも新年はイスラエルによるガザ攻撃が続き、アメリカの金融危機もビッグ3の危機もすべてオバマの手に丸投げされます。というか、ブッシュは最後っ屁とばかりにいろいろなことを思いっきりぐちゃぐちゃにしてオバマに引き渡す感さえあります。イスラエルはアメリカの軍事産業の帳尻合わせのために爆弾を消費しているのだし(不況のときには戦争がいちばんの景気刺激策なのです)、ブッシュは1兆ドルもの借金財政で後は知らんぷりです(それはビッグ3を崩壊させるほどの赤字を作った経営者陣とどう違うのでしょう)。

 冒頭の段落末尾に「過大な期待」と書きました。でもオバマは人気最初の1、2年を現実主義で対処せざるを得ないでしょう。LGBTのことは優先項目にはならないかもしれません。ただしそれはすでにこのアメリカでは一般紙やテレビが大きく報道する社会的課題なのです。それは後戻りはしません。
(了)

2008-11映画『ミルク』公開

◎満場の観客から拍手が沸き起こった。30年前と現在とが呼応し合う映画『ミルク』。ぜひ日本でも一早い公開を!


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 今年の11月27日はちょうど同月の最終木曜日、つまりアメリカでは感謝祭の当日にあたりました。この日はまた30年前に、市政執行委員(市会議員のようなものです)だったハーヴィー・ミルクがサンフランシスコ市長のジョージ・モスコーネとともに市庁舎で暗殺された日でもあります。ゲイ男性であることを公言して初めて米国の公職選挙に当選した人物であるミルクのことは、もう多くの人が知っているでしょう。

 この30年目の命日に、私は公開されたばかりの彼の伝記映画映画『MILK』をマンハッタンで見てきました。終わった後、満員の場内で拍手がわき上がりました。すすり泣きの音も聞こえていました。私も泣きました。パワフルな映画でした。

 監督は自身もゲイであるガス・ヴァン・サント。これまでの作品はリヴァー・フィニックスとキアヌ・リーヴスが男娼役で主演した『マイ・プライベート・アイダホ』(91年)やマット・デイモン主演の『グッド・ウィル・ハンティング』(97年)、さらには99年にコロラド州で起きたコロンバイン高校銃乱射事件をテーマにした『エレファント』(03年)などが有名です。

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 今回の『MILK』は、なんといってもミルクを演じた主役のショーン・ペンのひたむきな役作りに感動します。一挙手一投足がまさにミルクその人なのです。同時に彼の恋人スコット・スミス役を演じたジェイムズ・フランコがじつにいい味を出しているんだなあ。この人は『スパイダーマン』で敵役をやったりしてこれまでは甘い青春俳優という枠から抜け出せていなかったのですが、スコットの造形はじつに素晴らしかった。

 60年代後半、ニューヨークのストーンウォールの暴動と同じくサンフランシスコでも警察によるゲイバー・バッシングが続いていました。オーラル・セックスは重罪で、70年には同市で90人近くがこの容疑で逮捕されていました。賃貸アパートで同性とセックスしているのがわかったら強制退去させられるし、ゲイバー摘発で一緒に逮捕されるのもイヤだから、ゲイたちは次第に夜の公園でセックスするようになります。すると当時の市長は警察に公園狩りを命じたのです。結果、71年に公園で逮捕されたゲイ男性はサンフランシスコでは2800人を数えました。ニューヨークですらたった63人だったのに。

 ミルクがサンフランシスコに移ってきたのは1972年のことです。ゲイの人口流入著しかったカストロ地区で恋人スコットと「カストロ・カメラ店」を開き、翌73年11月には早くも初めての市政執行委員選挙に立っています。カストロ地区に住み始めてすぐに、彼はコミュニティー・オルガナイザーになっていたんですね。これは次期大統領のバラク・オバマの最初の政治キャリアと同じ。地域運動のとりまとめ役みたいなものです。それで次第にミルクはゲイたちの窮状を代弁するようになった。

 たとえばトラック運転手たちの組合がビールの配給会社が同組合と契約してくれないとミルクに協力を求めると、ミルクは組合にもっとゲイの運転手を雇い入れるように要請する代わりにカストロ地区のゲイバーにビール購入の一斉ボイコットを訴えた。これが功を奏し、ビール会社は組合と契約することになったのです。また、あるゲイ男性2人が骨董店を開こうとしたとき、地元商店協会が営業許可を与えないように画策した。それでミルクは他のゲイ商店主とともにカストロに別の商工会を作って対抗。「ゲイはゲイの店から買うべきだ」というモットーを持っていたミルクは74年にはその商工会で露店祭りまで開催し、5千人という人出を集めてかつて地元商店協会が行ったどんなストリート・フェアよりも多くの売上をたたき出したのです。


 それでも公権力のゲイ・バッシングは続いていました。後に彼は、選挙に立ったのは「やるか黙るか、どっちかに決めなければならないところに来たんだと思う」と新聞インタビューに語っています。

 もっとも、彼はその市政執行委員選で2回連続で落選、次の州議会選挙も落選、そしてやっと4回目の選挙で市政執行委員当選にこぎ着いたのでした。

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 映画は、政治にかける彼の情熱を余すことなく伝えています。中でも、78年の州民投票「プロップ6(提案6号)」のエピソードが苛烈です。これは、ゲイ男女の教職員をゲイであるという理由だけでクビにできる法律を作ろうという提案でした。それが、わたしには同じくカリフォルニアの州民投票にかけられた、今年の同性婚禁止のプロップ8(提案8号)と重なって見えたのです。

 時代は、ミルクの死から30年経ってどう変わり、どう変わっていないのでしょう。それを、日本のみなさんにもぜひ観てもらいたいと思います。
(了)

2008-10Now He Sings, Now He Sobs

◎オバマが大統領になったその日、1つの少数者たちの夢は叶い、1つの少数者たちの夢は砕かれようとしていた……。


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 こういう写真を見せられるとげんなりします。これは、カリフォルニアで同性婚を禁止する「プロポジション8(提案8号)」に対し、住民投票が賛成多数に傾いて快哉を叫ぶ人たちです。

       *

 今回は締め切りを延ばしてもらって、大統領選挙の11月2日の結果を見てから書いています。その選挙でオバマがアメリカの次期大統領に選ばれたとき、この国の黒人たちの多くが涙していました。黒人といってもみんながみんな同じ境遇にあるわけでもなく、それぞれに生活信条も態度も性格も思想も違うでしょうからいっしょくたに「黒人」という枠をはめることはできない、とふつうならば言うでしょう。けれどこの夜、黒人たちは「黒人」だった。彼らに共通する「肌の色の歴史」を共有していた。それはぬぐい去れぬなにものかとして彼らのどこかにいまもあるのでしょう。その「負」が解放されて、彼らは涙したのです。
 翌朝のトーク番組「ザ・ヴュー」(ウーピー・ゴールドバーグやバーバラ・ウォルターズら4人の女性たちがかしましく世相を論じる番組です)でも、コメディアンで女優のシェリ・シェパードが感極まって声を詰まらせていました。「息子が『バラク・オバマ! やった、やった(We did it! We did it!)』って喜ぶの。わたし、思い出してた。子供のころ、家族にコメディアンか女優になりたいって言ったら『そんなこと言ってないで郵便局に行って仕事をもらってこい』って言われたことを。世間はわたしたちみたいな色付きの人間(黒人)にはそんなことをさせないって言われたことを。それでわたし、息子に言ったの。そう、あなたには制約(limitation)なんてないわ、できないことなんてないわ、って」

       *

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 同じその日に、その制約を、その強制された「負」を、同性愛者たちはふたたび突きつけられました。当選したオバマが「黒人のアメリカもアジア系のアメリカも、ゲイのアメリカもストレートのアメリカもない。あるのはただユナイテッド(1つにまとまった)ステーツ・オブ。アメリカだ」と勝利宣言したと同じその日に、ストレートのアメリカがゲイのアメリカを否定したのです。

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 アリゾナ州、フロリダ州の同様の同性婚禁止提案はすでに過去にもあったことで、どうでもいいというのではないが負けは予想されていました。しかし、カリフォルニアではすでにこの4カ月あまりで1万8千件の同性カップルが結婚しているのです。彼ら/彼女たちの生活を、強奪する偏狭と非道とを、寛容と慈愛を説く宗教者たちが行いました。
 オバマ大統領の誕生でアメリカ社会が大きくリベラル寄りに振れた中での、また、リベラル色がきわめて強いカリフォルニアでのこの同性婚禁止提案の可決。票差は、同性婚禁止賛成が52・5%、反対が47・5%と5%ポイント。これで「結婚は男女間に限る」とする条項が州憲法に加わることになるのでしょうか。

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       *

 CNNの出口調査からどういう人たちが同性婚に拒絶反応を示したのかを見てみましょう。
 この提案8号に対して、男性では53%、女性で52%が賛成でした。つまり同性婚は禁止すべきと思う人に性別上の差異はあまり認められなかったということです。
 ただし性別と人種を複合的に見ると、白人男性は51%が禁止派、白人女性は53%が同性婚容認派と、白人ではじゃっかん女性が寛容です。ところが黒人女性になると75%もが禁止賛成。対してラテン系では男性54%、女性52%が同性婚禁止派と、あまり差がありません。

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 純粋に人種だけだと白人は51%が同性婚容認。黒人は70%が禁止派。ラテン系は53%が禁止派、アジア系は逆に容認派が51%とやや寛容か。
 つまり、投票者全体の10%を占める黒人有権者たちの7割もが同性婚禁止派に加わったために、この提案8号が可決されたとも言えます。
 ところでこの黒人層は、カリフォルニアでは94%もがオバマに投票した人たちです。でも、同性婚には保守的だった。なぜか?
 じつは黒人層には教会に通う熱心なキリスト教徒が多いのです。つまり、リベラルなオバマの票を掘り起こせば起こすほど、保守的な同性婚反対票が増えるというねじれが起きていたのです。
 全体でも、プロテスタントの投票者の65%が、カトリックの64%が、この提案8号に賛成票を投じました。無宗教と答えた人は16%いましたが、そういう人は90%までが提案に反対しています。

       *

 年齢別を見ましょう。
 若い層、18歳〜29歳では61%が同性婚容認派でした。さらに詳しく見ると18歳〜24歳が64%と最も同性婚容認度が高く、25歳〜29歳では同59%でした。しかしそれ以上の年齢層はすべて同性婚禁止賛成が過半数で、30代は52%、40代では59%、50〜64歳では51%、65歳以上は61%もが賛成と、年齢層が上だと同性婚は受け入れられないということが如実に表れています。しかし40代がかなり偏狭ですね。働き盛りで性的にも旺盛だと、その分の揺り戻しでホモフォビアも強いのかもしれません。

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 それにしても若い層の受容度が大きいのが救いです。
 というのも、カリフォルニアでは2000年にも同じような同性婚禁止提案が行われ、そのときは61%が同性婚禁止派、39%が禁止反対派という大差だったのです。
 つまり、これは時間の問題だということなのです。もっとも、今回の6月からの同性結婚を届け出た人たちには高齢の人たちも多い。スタートレックの日系俳優のジョージ・タケイさんも71歳です。時間の問題、とは彼らにはまた別の意味でもあるのです。

       *

 サンフランシスコでは提案8号が可決と決まった11月5日夜(それはいまこれを書いている時なのですが)、市庁舎の前に数千人のゲイやレズビアンたちがキャンドルを持って集まっているそうです。まるでハーヴィー・ミルクが暗殺されたあの時のように。

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 LAタイムズはこの提案8号可決を覆すための訴訟が、すでに3件最高裁に起こされたと報じています。私たちはいま、歴史の変化と抵抗の、その潮目を目撃しています。
(了)

2008-09企業のLGBT問題

◎LGBTの優秀な人材確保にも熱心だったリーマン・ブラザーズの破綻。でも欧米型企業のディヴァーシティ(多様性)への取り組みは破綻していない、はず……。

 今回の金融危機急拡大のきっかけとなった、破綻した「リーマン・ブラザーズ」というアメリカの証券大手は、じつは日本でも社内グループがここ数年LGBT向けの就職説明会を開いたりと、なにかと社員の多様性に対応した先進的な取り組みをしていた企業でした。日本法人にも1300人くらいの社員がいたのですから、単純計算だと100人くらいはゲイやレズビアンだったりしたのでしょう。まあ、そのほとんどは自分のセクシュアリティなんかはオープンにはしておらず、社内のLGBTグループで公に活動していた人たちは少なかったでしょうが。

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 今年の6月の話ですが、もう一方の証券大手メリル・リンチの日本法人に招かれて「社員の多様性に企業はいかに対応するか」というテーマで2回にわたって講演を行ってきました。人事部局にディヴァーシティ(多様性)委員会という社員組織が設置され、そこが企業にとっての最良の職場環境をソフトとしてどう構築するかということを検討しているのです。そのときにメリルの人事担当者が話していたのは、いつかリーマン・ブラザーズの同様委員会と共同で何らかのイベントを行いたいということでした。それもこの破綻でダメになりましたが。いやいや、メリルだって危なかったのです。

 まあね、アメリカでは基本給が2千万円でボーナスですぐに億単位の年収になってしまうような業界ですから、それに関しては言いたいことが山ほどあるんですが、ま、今日はそれはさておき、ということで。

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 さて、このような社内ディヴァーシティ委員会(ダイヴァーシティという発音もあります)の設置というのはここ最近の欧米型大企業のトレンドです。もちろん「衣食足りて礼節を知る」じゃないですが本業の経営がうまく行っていなければそういう話もむなしい。

 アメリカでのディヴァーシティ委員会の源流はしかし40年以上前の1960年代初めまでさかのぼります。黒人の人権運動と女性の社会進出が拡大した時代です。その当時、弁護士事務所や会計事務所といったグッド・オールド・ボーイズ・クラブ(典型的な男性社会のこと)に女性や黒人男性が入り込んでいくことはなかなか大変なことでした。

 みなさんも社会人なら知っていると思いますが、例えば就職した新規採用者が会社にとってきちんとした利益を生み出すまでに、つまり一人前の社員になるまでにはどうしたって数年はかかると思います。ところがそこが典型的な男性(あるいは白人男性)社会で、女性たち(あるいは黒人たち)がどうしても馴染めない、となって2,3年で辞めちゃうということが続けば、会社にとってはそうした新人教育をつねにまた1から始めなくてはならない。これはとても無駄なことだし効率も良くない。つまり会社にとっては大変な損なのです。

 会社というのは利益集団ですから、べつに人権とか福祉とかいうことを第一義的に考えているわけではありません。あくまでも、新規採用者にかけた労力と費用とをいかに回収し、さらにはそれ以上の分を生み出させるかという会社の利益で動くわけです。

 どうせ辞めちゃうのだから女性とか黒人とかを雇わないようにするという手もあります。しかし女性にも黒人にも優秀な人がきっと(白人)男性と同じ率だけいるはずです。そういう人たちを雇い入れることで生じる会社にとってのチャンスを捨てたくない。これはLGBTの中の人材についてもまったく同じです。

 ではどうすればよいか? そこでディヴァーシティ委員会なるものが設置され、考え始めた。

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 たとえば女性にとっての職場離脱の第一の契機は結婚や育児です。そこで長期に休んだりすると、それだけで仕事復帰が難しくなる。というのも、アメリカというのは移民法や税法とかが毎年改訂されたりするので、とてもじゃないけれど休んでる間のブランクをキャッチアップすることが難しいんですね。

 そこで委員会は、子育て休職中も技能トレーニングやセミナーを開いて最新情報を習得できる機会が与えられるよう会社に提案するわけです。これは会計士や弁護士、医者や保険業や不動産業など、さまざまな業種で採り入れられています。

 ほかにも同期のパーティーや懇親会にも休職中であっても必ず招待するように手配するとか、上司とのメントール(恩師)制度を設けて、休職中の社員の個人的な相談に対応させたりしています。上司は男性の場合もあり、その場合は男女間の社交訓練にもなります。つまりセクハラやパワハラがどういうものかをそのメントーリング(相談関係)を通じて学んだりできるわけですね。会社のリーダー、管理職たちの人事管理トレーニングにもなるわけです。

 また、休職中じゃなくても女性用にスピーチ訓練のセミナーを開いたり、社内あるいは異業種のトップビジネスマンやCEOたちと話したりする交流会を企画して士気を高めたりもしています。

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 女性と黒人の優秀な人材を獲得するために始まったこうした取り組みは、現在、ヒスパニックやインド系などといった他人種、さらにはイスラム教やヒンドゥ教徒などほかの宗教や異文化を背景を持つ人々、また障害児を持つ親、そしてLGBTという分野にも拡大してきています。

 もう一度言うと、会社は慈善事業をやっているわけではないのですから、これはべつに人権や福祉活動ではありません。結果的に人権を守り福利厚生の庇護の拡大へとつながってはいますが、それは善意ではなく会社の利益のためにやっていることです。つまり、企業にとって、これこそが最も収益の上がる人事モデルだということです。そうしてそれが同時に従業員にとっても働きやすい快適な職場であるということ。つまり、ウィン・ウィン(両者ともに勝利する・損する者のいない)の状況づくりなのですね。ですので、LGBTのわれわれとしてもべつに恩着せがましくされる必要はないわけで、会社とは対等の関係です。もっとも、それくらいちゃんと働いているという自負がないようではダメですけれどね。

 興味深いのは、日本ではこうしたマイノリティ問題の解決法が部落解放同盟の「同和」という形に象徴されるのに対して、欧米では「同じくなって和する」ではなく異なるままに互いを認める「ディヴァーシティ(多様性)」という言葉で推進されたことです。

 さて、その多様さへの希求が、11月4日の大統領選でまた形として顕われるのかどうかが注目されます。
(了)

2008-08大統領選挙の夏

◎歴史的指名受諾演説でLGBTの受容を訴えた大統領候補。ミルク暗殺からの30年は、何を変え、何を変えなかったのか?

 アメリカも選挙、日本でも選挙ですね。日本の総選挙がいまひとつわかりづらいのは、自民党と民主党の対立項がはっきりしないからです。自民党の中にも大きな政府論の人と小さな政府論の人が混在し、さらには人権派から極右までいて、おまけに公明党なんていう宗教政党までがそこにくっついている。どうしてこれが「与党」として一括りになっているのか本来は意味が通じません。

 対する民主党も自民党の反対のことを言っていれば存在理由が確保できると思っているようなフシがあって、で、実際は何がどう違うのかよくわかんない。公約(いまはマニフェストっていうんだそうな)だって「口約」みたいなもんで、そんなうまくいくんかいな、ってな感が否めない。年金問題だって財政赤字だって地方の地盤沈下だってエネルギー問題や食糧の自給問題だって少子化対策だって、政権政党が変わったところでそんなに簡単に解決するはずもないのです。ですから日本は選挙の前からしだいに憂鬱になる。

 ところがアメリカは4年に1度の大統領選挙(連邦議会選挙も半分が同時に行われます)の前はものすごく高揚してるんですね。みんな使命感とか希望とかに溢れているように見える。まあ、実際には投票率は50%ほどですから溢れてない人も半分いるということですけれど、残りの半分はしかし民主党と共和党にほぼ二分されてかなり熱くなります。

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 というのも、民主党と共和党ではかなり政策が違うからです。そしてその違いがわかりやすい。

 民主党のバラク・オバマが大統領候補指名の受諾演説でLGBTについて明確に語りました。8万4千人という歴史的な数の観衆に向けて、オバマは共和党の掲げる「3つのG」の政策に異議を唱えたのです。

 「3G」とは「God, Gun, Gay」です。共和党は、神の名において女性の妊娠中絶を認めません。オバマは次のように言いました。「妊娠中絶に関しては意見が分かれているかもしれないが、この国の望まれない妊娠を減らしたいという思いはわれわれみんなきっと同じはずだ」。次は銃規制問題。「オハイオの郊外のハンターたちとクリーブランドの乱射事件の被害者たちとでは銃の所有に関する思いは違うだろうが、犯罪者の手からAK47S自動小銃を遠ざけるのに修正憲法第2条(武器の保有権の保証)の話になるのは大げさだとはみんな知っているはずだ」。そしてゲイのことです。「同性結婚に関して異論があるのは知っている。しかし、われわれのゲイやレズビアンの兄弟姉妹が愛する人を病院に見舞ったり差別から自由な人生を送ったりするのに反対する人はいないはずだ」。

 共和党には大きく2つの支持者層がいます。1つは大企業・富裕層です。ブッシュの減税が高所得者や企業に有利なのはそのせいです。共和党は国民に自助努力を奨励します。国民の自由意志を尊重して政府は必要最低限のことにしか手を出しません。結果、小さな政府(権限も財政規模も小さな政府)になります。日本の小泉改革というのはこの「小さな政府」と国民の自助努力を企図したものでした。

 しかし高所得者と企業を相手にしていても票は伸びません。で、もう1つの巨大な支持者層が必要となる。それがキリスト教右派、草の根保守派の人たちです。この人たちが敬虔なキリスト教徒として聖書のタブーであるゲイや中絶に反対するのです。これが3000万人もいる。

 ですので、共和党の綱領は勢いホモフォビックなものになります。差別反対を謳いながら、そこには「性的指向に基づく差別」は敢えて記述していません。ゲイの従軍に関しても「軍隊とホモセクシュアリティは両立しない」とし、同性婚に関しては「連邦憲法を修正して結婚を男女間に限るものとする」。

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 ところが先日、NYタイムズがマケイン指名の共和党全国大会に出席していた代議員にアンケートをとったところ、驚くような結果が明らかになりました。なんと、同性婚を認めるという代議員は当然ながら6%と少なかったのですが、結婚ではなくシビル・ユニオン(宗教的ではなく契約上の婚姻関係)だったらよいと言う人が43%もいたのです。つまり両方合わせて49%の共和党代議員が、同性カップルに法的認知を与えることに賛成しているわけです。対してそういう法的認知はいっさい不要という代議員は46%だった。

 意外なことに、共和党支持者だってけっこう寛容じゃないか? ちなみに、ブッシュは大統領としてよくやったと思っている代議員が79%(!)。イラクへの米軍の侵攻は正しかったという人が80%。78%が環境を守るよりも新たなエネルギー資源を開発するのが重要とし、57%が米国の景気はとてもよい、あるいはじゅうぶんよいと思っていると言うのですから、たしかに彼らは共和党員なのです。

 選挙のときは声の大きな連中が目立ちます。でもゲイのことに関しては、政争の前線で騒がれているよりもほんとうはもっと認知が進んでいるのかもしれない。共和党の大統領候補がそのへんを読み間違えなければよいのですが。

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 ゲイの人権が大きな政治課題であることを身を挺してアメリカに知らしめた男の伝記映画「ミルク」がもうすぐ公開されます。

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 ハーヴィー・ミルクのことはこれまでにアカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画「ハーヴェイ・ミルク」(84年)や、故ランディ・シルツによる伝記「ゲイの市長と呼ばれた男」(95年)もあるので、知っている人も少なくないでしょう。ミルクはいまから31年前の77年に、サンフランシスコの市会議員に3度目の立候補でやっと当選しました。ゲイであることを公言しゲイの人権を謳って当選した米史上初めての公職者です。そして翌78年、市庁舎内で暗殺されました。

 犯人は当時の市長も射殺したのですが、裁判では敬虔なキリスト者としてゲイを恐れるあまり正常な精神状態ではなかったという論理が展開され、判決は禁固7年8か月。これに怒ったゲイたちが後に「ホワイトナイトの暴動」と呼ばれる数千人規模の大暴動を起こしました。

 ミルク暗殺から30年、少なくとも一方の大統領候補がLGBTの人権について演説を行う。その大統領選挙は11月4日。ミルクの30回目の命日は11月27日です。
(了)

2008-07マシュー・ミッチャムという事件

◎弱冠20歳のゲイのダイビング選手がオーストラリアから北京五輪に出場、金メダルをねらっている。スゲエ〜!

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 この号が出るころは北京オリンピックも終盤です。マシュー・ミッチャムはオーストラリアの飛び込みの選手です。弱冠20歳ながらこれまでの成績では世界3位の実力者。3mと10mで金をねらいます。

 ここまで来る道は大変でした。まあ五輪選手はみんなそうなんでしょうけれど、彼は鬱病になって心身ともに燃え尽き、10代で一時引退しました。しかしそれから9カ月後に復帰して見事この北京五輪に姿を見せたのです──彼のそんな苦闘の2年間をいっしょに付き添って歩いたのが彼のパートナー、ラクランでした。彼にもいっしょに北京に来てもらいたいと思ったマシューは、薬や洗剤、美容製品などで有名な世界的企業ジョンソン&ジョンソンのスポーツ選手ファミリー支援制度に応募して、彼を家族として北京に呼び寄せる5千ドルの旅費の提供を受けることになりました。

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 マシューはオーストラリアで初のオープンリー・ゲイの五輪選手です。周囲には以前からカムアウトしていましたが、この5月、五輪出場選手の紹介を続けていたシドニー・モーニング・ヘラルド紙のインタビューでメディアの報じるところとなりました。記者が、いま誰といっしょに生活しているのかと訊いたののです。家族とか、一人暮らしとか、そういう答えを予想していたのでしょうが、マシューはそのとき「ラクラン」の名前を出しました。「べつにメディア的にカムアウトしようなんて思っていたわけじゃなくて、質問されたから答えただけ」と彼は後にアドヴォケット誌のフォローアップ記事で話しています。

 なんといってもオーストラリア人にとって水上スポーツ選手は日本だと野球とかサッカーとか相撲とか(ちょっと違うか?)に匹敵するスポーツ界のヒーローたちです。ヘラルドの記事の後に取材申し込みも殺到しました。そのせいで午前中を練習ではなくメディア向けに使わなくてはいけなかったほどです。

 でも、彼自身にあまり気負いはない。「北京ではすごくよくやったオーストラリアの選手として記憶されたい」と言います。「優秀なスポーツのヒーローとホモセクシュアリティの結びつきがニュースだと思っているのは、知らない人だけだから」と。

 じっさい、彼の周囲では同じ飛び込み選手の仲間うちでも彼の性的指向はたいした問題ではないのです。「ぼくがビッグ・ホモであることは自分でもジョークにしてるしね、問題じゃないんだ。他のみんなだって同じ」。もう1つ、ダイビングはその芸術性と優美さとで「もともとカムアウトしやすい分野だと思う。ラグビーとかだとマッチョじゃなくちゃならないから」

 同じクラブのチームメートにもゲイはいると言います。また世界の競争相手の中にも。「まあ、ぼくはメディアの前で『こんちは、ぼくはゲイです!』ってやったってだけ。べつに恐がることもないし」

 そういえば84年のロサンゼルスと88年のソウル五輪で連続金メダルを獲得した飛び込みのグレッグ・ルゲイナス(48)もその後に公的にカムアウトしましたね。前回04年のアテネ五輪ではオランダの銀メダル水泳選手ヨハン・ケンクイスがオープンリー・ゲイでした。

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 マシューは少年時代はトランポリンをやっていました。ダイビングを始めたのは11歳のときです。遊びで飛び込んでいた彼をコーチが見初めたのです。ただし、厳しい練習のせいで16歳のときにはもう体がぼろぼろになってしまいました。腰の骨は疲労骨折し、両手首には13もの結節腫(嚢胞性の腫れ)が見つかりました。おまけに高校3年生になると厳しい受験戦争です。加えて朝5時のワークアウト。それは彼の心をも打ち砕きました。そこでいっさいの練習をやめたのです。

 6カ月間、彼はオリンピックを目指す者としては諦めざるを得なかったことをやることにしました。つまり、友だちと付き合ったりいっしょにバーに行ったり……ラクランと出逢ったのもそのころでした(彼についてはファーストネーム以外ほとんど明かしていません。ま、プライバシーですからね)。

 そうするうちに、やがてマシューはふたたび競技を始めたくなったのです。昨年初め、彼はラクランとともにシドニーに引っ越し、ダイビングの練習を再開しました。そうして北京への切符を手に入れた。才能と努力の結果です。

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 ルゲイナスと比べたくなるのはしょうがないでしょう。でも、マシューはあのときのルゲイナスよりもすでにはるかに知名度は高い。だいたいこうやって日本のゲイ雑誌のコラムでも取り上げられているくらいですから。自分の国以外のことをなにも知らないアメリカ人(すごい偏見)ですら、自分の国の北京出場ダイバーの名前は知らないけれどマシュー・ミッチャムのことは知っていたりします。もちろんゲイだとカムアウトしたせいでもあるでしょうが、まだ20歳の彼への応援はその実力からしてもこれからきっと大きく広がるはずです。

 じつは20歳というのはとても若い。飛び込み選手のピークは肉体的にも精神的にもふつうは20代半ばなのです。つまり、故障でもしないかぎり彼は北京の次の12年のロンドン五輪にも出てくるはずです。そのときですらまだ24歳なのですから。あるいは次の28歳のときの五輪にさえも。

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 北京にはラクランの他にお母さんも一緒に行くそうです。彼女の旅費はシドニーのゲイとレズビアンのコミュニティが募金を集めて工面するそうです。「ゲイコミュニティの一員であることは、ぼくにとってものすごく誇らしいことだ」と彼は言います。

 日本でもこないだ、「ダイブ!」という映画がありましたよね。私も6月に帰国したときに見ました。なんだかストイックで、きれいな男の子の俳優たちが裸になっているのにぜんぜんエッチに見えない映画でしたけれど、ダイビング競技の勉強にはなりました。あまり派手な競技ではないですが、日本でも中継されるでしょうか? そのとき、もしマシューがメダルを取ったら、日本のマスメディアは彼をどう紹介するのでしょうか。あまり期待せずに見守ってみましょう。
(了)

2008-06

◎情報は水みたいなもの。種子があれば芽吹く。でも種子がなければなにも起きない。きみは種子ですか?


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 NYのプライドマーチが行われた6月29日、グリニッジビレッジのミートパッキング地区に85年から続いた「フローレント」というフレンチ・ダイナーが閉店しました。この有名店のオーナーはゲイのフローレント・モーレット=上の写真は閉店を惜しんで彼に挨拶するNY市会議員議長でレズビアンのクリスティン・クインです。モーレットは近隣のゲイの顧客を大切にしてレストランでゲイのアーティストの展覧会を催すなど盛んにLGTイベントのスポンサーにもなってきました。ところが90年代後半からの再開発ブームで周辺には続々とオシャレなクラブやレストラン、ブティークが開店し、ここはすっかりNYで最もヒップなエリアになってしまったのです。つまり、店の家賃もまた高騰した。そうなると大資本で客単価の高い高級店しか生き延びれない。それが最近のマンハッタンの不動産事情です。

 フローレントに続き、数ブロック南にあった「ルビーフルーツ・ジャングル」というレストランも閉店することになりました=写真下。こちらはリタ・メイ・ブラウンによる先駆的レズビアン小説から取った店名のとおり、パトリシア・コーンウェルの小説の舞台になったりナヴラチロワの引退パーティーが行われたりしたレズビアンたちの人気バー兼レストランでした。ここも家賃が94年の開店当時の6500ドルから1万1千ドル(120万円)になったのが原因。またビレッジ自体の家賃高騰でゲイやビアンたちがこの地域からブルックリンなどに転出しているのも理由でしょう。

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 オーナーのデブラ・フィエーロは言います。「94年当時はまだレズビアン女性の解放は遅れていて、そのせいでここがそんな女性たちが手をつないでデートできる避難所になっていた。そしていま2008年、もうそういう場所は必要なくなった。みんなどこででも手をつないで行けるし、したいことができる。それってまあ喜ぶべきことだって思う」

 彼女が人生を捧げてきたビアン・コミュニティの顧客たちは「Lの世界」の世代の前の世代です。彼女たちもいま年を取り、子供たちを育て、家を買い、落ち着いている。もう毎日こういう店に来て相手を探さなくてもよくなった。そして次の世代はもっと自由で、たまり場の必要性も薄らいでいる。

      *

 私は根が新聞記者というか物書きのせいで、つまり活動家ではないせいかもしれないけれど、情報が行き着いた先で人びとがどう反応するかについてはあまり関心がないのです。いや、ないと言ったら違うか。自分のもたらした情報で人びとがよい方向に向かったらそれはうれしい。しかしそれは結果であって、正直言えばあらかじめ期待してはいないのです。そもそもなにかを組織するのもされるのも苦手なので、そのせいかもしれません。

 情報というのは水みたいなものです。そこに種子があれば芽吹かせることができるかもしれない。でもタネがなければなにも起きない。けれどうまく行けば地中深くしみ込んで地下水となり伏流水となり、どこかでまた時代を越えて別の種子に巡り会うかもしれない。でも情報自体は種子ではない。そんな感じ。私は水を撒くだけです。気楽なもんです。

      *

 日本から帰って3日目にNYのプライドマーチを歩きました。快晴だったのに午後2時半過ぎに一天にわかにかき曇り、激しい雷とともに20分間ほど土砂降りが襲うというものすごい展開になりましたが、それもまた一興でした。

 正午のスタートではブルームバーグ市長の他に州知事として史上初めてパターソン知事が歩きました。盲目のこの知事は、先にカリフォルニア州で同性婚が合法となって、もしNY州民がカリフォルニアや海外で結婚したらNY州でも婚姻関係であることを認めると宣言し、そのための関連規定の修正作業を進めさせているというずいぶんと飛んだ知事さんなのです。

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 この写真で知事(中央)の向かって左隣で知事の肩を抱いている女性は再びクリスティン・クイン市会議長です。フローレントの写真にも登場していますね。同じ服を来ているので、当日朝はフローレントに行き、そのままプライドマーチに参加したんでしょう。彼女はブルームバーグ市長の任期が切れる次期選挙ではきっと市長候補として立候補すると見られています。

      *

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 こちらはサンフランシスコのプライドです。サンフランシスコは04年に市として同性婚を認めようとして当時の州最高裁に差し止められた経緯があります。そのときのギャヴィン・ニューソム市長ももちろんフィアンセとともにマーチに登場しました。彼はシュワルツェネッガーの後でやはり州知事選挙に立候補するかもしれません。
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      *

 カナディアン・プレス紙によると、トロントで行われたプライドではカナダ軍のゲイの兵士たちが初めて制服姿のままでの参加を許可されたそうです。カナダではゲイやレズビアンであっても従軍できます。そこがアメリカと違うところです。

 オープンリーゲイとして13年間従軍しているジョン・マクドゥーガル准尉のコメントを同紙はとても好意的に報道しています。「これはぼくにとって大変な出来事だ。公共の場で兵士として認められるだけでなく、たまたまゲイである兵士として公共の場で認められるということは、なんて素晴らしいことだろうって思う」

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 ドイツではかつての東ベルリンで初めてプライドマーチが行われました。そこには95歳のルドルフ・ブラツダもいました。彼はブヒェンヴァルト強制収容所の生還者です。ドイツ通信社の取材に、彼は「ひどい経験をしてきたが、いま私はパラダイスにいるような気分だ」と答えています。

 チェコではブルノ市で初の500人を集めてゲイプライドが行われましたが、右翼過激派集団150人に催涙ガスで襲われて20人以上がケガをしました。

 ブルガリアでは首都ソフィアで初めてのプライドパレードが行われました。ここでもやはり右翼のスキンヘッド集団に花火を投げ込まれる妨害を受け、警察はその60人を逮捕しました。

 いずれも、世界では大きく報道された情報です。日本では違うかもしれませんが、世界はそうです。
(了)

2008-05ヒラリーの敗因

◎アメリカ大統領選挙の裏の戦い──女性嫌悪と黒人差別、そして同性愛嫌悪が三つどもえで未来を邪魔するその構図とは?


 どうしてヒラリーは負けたのか?||アメリカの大統領選挙に関して日本の多くのメディアからコメントや執筆を求められてきました。ヒラリーとオバマの民主党の候補者指名争いは、とどのつまり、「女性」対「黒人」ではなく、「女性嫌悪」対「黒人差別」のせめぎ合いだったように思います。それも後半戦になればなるほどそうでした。どちらがその逆境をすり抜けてゴールするか、の戦い。これは「同性愛嫌悪」とも共通するアメリカの、いや世の男たちの病弊のような気がします。

 ヒラリーの敗因はあえて言えば彼女が女性だったことです。いや、敗因は彼女がヒラリーだったことだよ、と口さがない人は言うかもしれませんが、それも精査すれば彼女が女性であることで言われる悪口ばかりで出来上がったレトリックです。

 たとえば彼女を「witchy(魔女みたい)」と言い捨てる人がいます。また「黒板を爪で引っ掻いたような声」だとか「彼女が何か言うたびに男たちはゴミを出しておいてと言われたような気分になる」とか、さんざんです。だれもその政策や資質では批判せずに、おもに女性としての性格の好き嫌いで一刀両断にする。4月、5月と敗色濃厚になっても撤退宣言をしなかった際には、「どうしてそんなに固執するんだ?」という問いに「いまでもビル・クリントンとくっついている女だぜ、このくらい何だって言うんだ?」というジョークが受けていました。

 対してオバマは当初、黒人票をまとめ切れていませんでした。昨年秋時点では黒人層の中でさえヒラリーの支持率は6割ほどあり、オバマの倍近くあったのです。それが1月のサウスカロライナを開けたら逆転していた。2月5日のスーパーチューズデイ以降は黒人の7〜9割方がオバマに投票するという傾向が強まっていきます。5月のインディアナとノースカロライナでは黒人票96%、91%までがオバマ票でした。

 黒人たちはオバマの躍進に自分たちの政治的解放を見ていたのだと思います。彼を通しての自己実現を見たといってもよい。それは人種を問わず若い世代の変革志向とも共振しました。オバマは米国を変革(チェンジ)する前に、まず自分自身と黒人層、若者層の精神を変革したのです。それがこの半年のうちに起きた現象ではなかったか。

 対して、ヒラリーは女性たちの共感を得たか? そうでもありませんでした。ゆいいつ、涙を見せた1月のニューハンプシャーのときだけ女性票が目立ったのは象徴的です。オバマとは違い、ヒラリーを通して自己実現を見ていた女性たちはそう多くなかった。逆に、ヒラリーみたいにはなりたくないと思っていたのかもしれません。政治家は男性ならアグレッシブだとほめられるのですが、女性だと「ああはなりたくない」……。

 ヒラリーの敗因を旧世代の政治家と見られたためとする論もありますがそれも彼女が女性だったからです。ヒラリーがオバマのような46歳だったとき、つまり彼女が若かった14年前に、時代は女性大統領など求めていなかった。そして「まだ先だ」と思って待っていたら彼女は60歳になっていたのです。

 女性票だけでは圧倒的な差を作れず、ヒラリーは5月になってその標的訴求層を「白人労働者層」にシフトしていきます。「自分は本来の民主党支持者層である白人労働者層に強い。そこに弱いオバマではマケインに勝てない」と訴えたのです。

 じつはその白人労働者階級とは、最も黒人への差別感の強い層でもあります。オバマを支持する白人層というのは、そうした差別感を知識や経験によって克服した高学歴なホワイトカラー。あるいは新しい時代を求めるリベラルな若者たちです。

 ここにきて、まさにリベラルで高学歴なヒラリーによって、オバマに逆風となる黒人嫌悪が煽られた。低所得で低学歴な白人労働者という保守層に訴えるために、ヒラリーはリベラルな自分を隠してさりげなく人種カードを切ったのです。指名争いはこうして最終段階で、ヒラリーへの女性嫌悪とオバマへの黒人差別とのどちらが、根強く互いを妨げるかという裏の争いを見せつける形になったのでした。

 で、結果はどうだったか?

 この、たぐいまれな政治的資質を持った2人の政治家は、予備選段階で計3600万票というかつてないほどの票を掘り起こし、得票数では両者ともほぼ互角でした。代議員数ではオバマが過半数を獲得して勝ちましたが、民主党支持者内部の色分けが、実は明確に二分していることを知らしめることになったのです。つまり、女性嫌悪と黒人差別の2つの怪物を抱えたアメリカを。


 そうして11月2日の本選挙へ向けての、今度は民主党対共和党の戦いが幕を開けました。

 次に出てくる妖怪は何でしょう?

 次は同性愛嫌悪です。前回の選挙で、共和党のブッシュは民主党のケリーに勝つために草の根保守派層を投票に駆り出そうと全米のキリスト教保守派の教会組織をフルに活用しました。そこにあったのは「同性結婚」の脅威という恐怖戦略でした。ケリーが大統領になったら同性愛者たちに結婚という神聖な神との契約が汚されてしまう、という脅しだったのです。

 そして今回は折りも折り、5月にカリフォルニア州最高裁が、同州で同性愛者たちに結婚を認めないというのは法の下での平等を説く州憲法に違反しているという判断を下し、カリフォルニア州は6月16日あるいは17日に、マサチューセッツ州に次いで同性間結婚を認める米国で2つ目の州になる予定です。このタイミングはべつに再びの大統領選をにらんだ陰謀ではないでしょうが、すでに早くもアメリカの中ではこのカリフォルニアの決定に異を唱える州が続出し始めています。

 共和党の候補であるジョン・マケインはこれまで共和党としては中道穏健派で通してきましたが、今後、保守層の票を得るためにこの同性結婚を再び選挙戦の恐怖戦略として利用してくるはずです。それはちょうど、黒人解放、女性解放、そして同性愛者解放という、3つの人権運動を経てきたアメリカの20世紀の歴史を、数カ月の大統領選挙で早足でおさらいするような話です。歴史はさて、どう総括されるのでしょうか?
(了)

2008-04ヘドウィグそしてJCミッチェル

◎伝説のロックミュージカル「ヘドウィグ&アングリーインチ」のジョンが6月に来日。東京でゲイのためのイベントをやりたいと言っている。さて、どうなるか?


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 ロックミュージカルの「ヘドウィグ&アングリーインチ」を翻訳した縁でジョン・キャメロン・ミッチェルに会った。いろいろと仕事の話をしたあとで、日本でヘドウィグを演じている山本耕史の話になり、「ところでコージはゲイなのか?」と聞かれた。「いや、違うと思うよ。知らないけど、日本の週刊誌ではかなり女の子と浮き名を流している」と答えると、ジョンは「ダム・イット(くそ、残念)!」と笑った。
 べつにコージにコナをかけたいとかいう意味ではなかった。じつは日本だけではなく韓国でもヘドウィグは大人気で、最近、8人ものスターたちがヘドウィグを舞台で演じている。けれどその8人ともがゲイではない(と自称している)。
 「韓国では観客の80%までが女性なんだ」とジョンは興味深そうに言った。それは日本も同じで、4月から再開した今年の日本版ヘドウィグも観客は同じような割合で女性たちだ。昨年からのヘドには、いやその前の渋谷パルコ劇場でやった三上博史版のヘドウィグにも、山本耕史、三上博史の固有の女性ファンたちが大挙して訪れるという事情もある。でも、ジョンとしてはいったい男たち(ゲイに限らず)はどこにいるんだろうという思いなのだろう。
 対して、ニューヨークのブロードウェイもオフブロードウェイも、観客は男女の差があまりない。男性は確かにゲイの比率が高いかもしれないけれど、欧米では劇場には老若男女まんべんなくいるのは、演劇文化に対する向き合い方自体がじゃっかん違うのかもしれない。そんなことをつらつら話していると、ジョンは「やおい」についても話しだす。
 かなり日本や韓国など東アジアのゲイ事情に詳しいのは、じつはいま親友といっしょに「アジアのヘドウィグ」というテーマのドキュメンタリー番組を作ろうとしているからだという。韓国のヘド・ブームと日本のヘドウィグ、その公演やファンたちの反応や実態をアメリカでの放送用に記録しようとしているのだ。

       *

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 「ヘドウィグ&アングリーインチ」というのは今から10年前、オフブロードウェイで大ヒットした伝説的・カルト的なロックミュージカルだ。その3年後の01年に映画としてもヒットした。
 東西分裂時代の東ドイツに生まれたハンセルというゲイの男の子が駐留米軍人のルーサーと恋に落ち、恋人としてアメリカに亡命できるよう性転換してヘドウィグになった。しかし、手術の失敗からおちんちんの名残の1インチが残ってしまった。それが「アングリー・インチ(怒りの1インチ)」の由来だ。
 ヘドウィグはしかしアメリカでルーサーに捨てられ、かつて抱いたロックスターになる夢を追おうとドサ回りを始める。その先のベビーシッターのアルバイトで、やはりロックスター志望のトミー少年に出逢い、彼を自分の片割れと思って自分の持てるすべてを教え込む。だが、そのトミーも性転換痕であるアングリー・インチの存在を知って彼女の元を離れ、彼女の教えた歌で人気絶頂のロックスターになっていく。
 そしていまヘドウィグは、自らのバンド「アングリー・インチ」を引き連れてトミーのコンサートを追うように巡業し、失われた自分の片割れを求めて歌を歌い続けるのだ。

       *

 この物語の基になっているのは、プラトンの「饗宴」のなかのエピソードだ。人間はもともと2人で一体だった。男と男の一体、男と女の一体、女と女の一体。その3種類の人間たちが、ある日、神の怒りに触れてそれぞれ2つの体に切り離される。私たちはだから、その切り離された片割れの男や女を永遠に追い求めていくのだ、という物語。
 ジョンはそれを当時の恋人だったスティーヴン・トラスクとともに「愛の起源」と題した次のような歌にした。

(略)
このまえあなたを見たときは
あたしたちはちょうど二つに裂かれたばかり
あなたはあたしを見つめてて
あたしはあなたを見つめてた
なんだかすっごく懐かしい感じがしたけど
でもそれがなんだかわからなかった
だってあなたの顔は血みどろで
あたしの目にも血がしみて
でもぜったいにわかったの
あなたのその感じで
あなたの心の底にある痛みは
あたしのここにあるのと同じもの
この痛み
一直線の切り込みが
心臓をまっぷたつに貫いてる
それをあたしたち、愛と呼んだわ
だからたがいに腕をまわして
どうにか元どおりに一つになれないかと懸命に抱き合い愛を交わした
愛を交わした
冷たく暗い夜だった
もうあんなにむかし
神々の無敵の手でもって
あたしたちがどうやって
二本脚の淋しい生き物になったのか
それは悲しい物語
それは愛の起源の物語
それが愛の起源
愛の起源

 ヘドウィグは、分裂と欠乏の象徴だ。それがどうにか片割れを見つけて本当の自分自身になる。それが愛の起源なのだということ。
 ジョンはいま45歳。ベトナム戦争だとか米ソ冷戦だとかの東西分裂の時代に生まれた。そしてゲイの人権運動とともに育った。彼の作ったヘドウィグの物語は、彼の人生そのものだ。だから、韓国や日本でももっとゲイたちの姿が見えたらいいと思っている。
 去年、韓国ソウルのゲイプライドをいっしょに歩いたとジョンは言った。カメラ撮影やメディアの取材を受けたくない人は腕に赤いリボンを巻いていたという。でも、ジョンは壇上からハサミを持って呼びかけた。「カムアウトしよう! そのリボンから解き放たれよう!」と。すると何人もがジョンの呼びかけに応えて、ジョンのハサミでリボンを切ったのだという。
 自分自身になること。自分自身でいいのだということ。それが彼からのメッセージ。6月、そのジョンが来日する。ヘドウィグのコンサートを日本版のキャストである山本耕史とソムン・タクと中村中とで中野サンプラザで行うためだ。詳細はもうすぐ発表される。
 「そのあと、もっとゲイのための、クイアのためのレイヴができないかな」と相談を受けている。女性たちのカムアウトは済んでいる日本で、クイアのカムアウトに貢献できるようなイベント。「日本のゲイたちに会いたいんだ」とジョンは言っている。
(了)

2008-03ヒラリー、インタビューに答える

◎アメリカの選挙でゲイだと自称する有権者は5%。このゲイ票をめぐって大統領候補たちが秋波を送る。
先号に続き、今回はヒラリー・クリントンのLGBT政策を紹介

 米民主党の大統領候補指名争いはこの号が発売されてすぐの4月22日のペンシルバニア州予備選でまた動きがあるはずです。オバマ、クリントンの数カ月にわたる激戦でもう日本の新聞も書くことがなくなり気味ですが、同州のLGBT紙であるフィラデルフィア・ゲイ・ニューズ(PGN)紙=写真下=がクリントン・インタビューを掲載しました。対してオバマには「インタビューを申し込んだが受け入れられなかった」として紙面をそっくり空白で埋め、「オバマ上院議員は1522日にわたって米国ゲイ新聞のインタビューに応じていない」という但し書きとともに「Clinton talks; Obama balks」(クリントンは話したが、オバマは尻込みしている」という大見出しを掲げました。やるねえ。

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 今回はクリントンのそのインタビューを紹介しましょう。かなり詳細まで突っ込んで質問しているこのインタビューは、米国の大物政治家のLGBT観を知るうえでも上質の資料となるはずです。

      *

Qご夫妻ともどもゲイの友人をお持ちと思いますが、その人たちから自分たちはどうして結婚できないのかと訊かれたら何と答えますか?

ヒラリー 結婚は州政府の管轄なのね。それはラッキーなことでもある。というのも連邦政府が憲法修正で結婚を男女間のものと定義しても、それに影響されずに済むから。なので、州ごとの州憲法や議会議決に基づいていま結婚を含めていろいろなオプションが真剣に考えられているところです。この件は今後2年ほどでもっと前進すると思っています。

Q同性カップルの移民受け入れ政策はどうしますか?

ヒラリー それは最も難しい問題。移民政策は逆に連邦政府の管轄なのね。だからシビル・ユニオンやドメスティック・パートナーシップのある州、あるいは結婚できる州でさえも同性カップルの相手が外国人の場合は連邦政府がダメと言えば米国移住は認められない。私は連邦レベルの法でもすべての格差や不平等をなくしていくつもりです。すべてのアメリカ人が同様の権利を持つようにする。移民法もその1つです。

Q イランやエジプト、イラクなどの多くの中東・アフリカ諸国がゲイたちを処刑しています。そういう政府に対してどう対応していくか、またそれらの国のゲイに米国への政治亡命を認めますか?

ヒラリー これに関しては強く抗議していきます。それがわが国の外交政策の1部になります。とんでもない人権侵害の国がいくつもあり、そうした問題には援助を減らしたり打ち切ったり、考えられるすべての手段を使ってわが国の拒絶を表明し、態度を改めさせていくつもりです。

Q 1948年にトルーマンが人種に基づくいかなる差別も禁止する大統領令を出しました。米軍の「ドント・アスク、ドント・テル」政策(自分からゲイだと公言しなければ従軍できるとする政策)にも大統領令で執行仮停止をするつもりは?

ヒラリー 法的に可能ならそうします。でも軍の問題に関して大統領令がどこまで及ぶのかまだ明確ではないの。ただ、この9年以上、私がこの「ドント・アスク、ドント・テル」をやめようとしてきた努力はみなさん知っているでしょう。

Q あなたは連邦政府の職員がドメスティック・パートナーシップ手当を受ける法律を共同提案しました。これを政府職員だけでなくすべてのLGBTアメリカ人に拡大するような連邦法は支持しますか?

ヒラリー もちろん、そういう法律ができれば署名します。

Qニュージャージー州やマサチューセッツ州などでドメスティック・パートナーシップやシビル・ユニオンが導入されていますが最大の障害の1つが所得税申告における連邦税法の規定で連名処理ができないことでした。これにはどう対処しますか?

ヒラリー これは連邦税法を変えなければなりません。包括的な見直しをします。税制上の差別もすべてなくします。先ほども言ったように同性カップルの法律上の位置づけは州政府の管轄です。いまその州政府で同性カップルの権利拡大のためのさまざまな試みがなされているので、連邦レベルもそれを追いかけている状態です。私はその成功のために力を尽くします。

Q 教育省は各地域の教育委員会や教師たちにLGBT問題の啓発授業を行うという方針を占めすべきでしょうか?

ヒラリー そういう方針を示される分野ではありますが、実のところ連邦政府に法的な権威はなにもないのです。夫の政権のときには指針を示しましたが、私も何か追加的に示しうる指針があるか考えてみます。

Q いまペンシルバニア州議会には同性結婚禁止法案が提出されています。2010年には州民投票にかけられる予定です。あなたの助言は?

ヒラリー ただ、それを成立させるな、ということだけです。廃案になることを願っています。ペンシルバニアがそんな狭量な住民投票を行ったらほんとガッカリしてしまう。そんなことが起きないように祈っています。

Q LGBTの若者や高齢者たちへの公的サービスをどう改善しますか?

ヒラリー それについては具体的にどんなサービスが追加的に必要なのか、LGBTコミュニティに助言を求めて教えてもらうつもりです。たとえばニューヨークでは青少年のLGBTが直面する特異な問題に対処するため、LGBTコミュニティの活動をいろいろとサポートしてきました。自殺率の高さや仲間はずれやいじめの経験などです。LGBTの若い子たちにはほんとうに多くの、特異で困難な問題が待ち受けています。私は若い人たちを守りたい。そして彼らが必要とする公的サービスへのアクセスを提供したいと思っています。学校でLGBT問題に関するガイダンスを行うのは重要なことだと考えています。LGBTの子供たちがいかにひどい扱いを受けているか、学校はもっと真摯にきちんと認識しなければなりません。その子たちを守るためにできることはすべてやる必要がある。そうしなければ生産的で安全な子供時代と思春期を送る機会が失われてしまうのです。私は必ずこの問題に尽力します。

Q あなたはファーストレディーとしてもさまざまなゲイ団体の会合に出席したりゲイプライドに出たりと、LGBT問題へのコミットを行ってきましたね。大統領に選ばれても同じですか?

ヒラリー セキュリティーの許す限りそうしたいです。大統領ってそれが難しいの。ビルが大統領のとき、シークレットサービスはパレードをいっしょに歩くことを許さなかったのね。私はファーストレディーだったからもう少し警護もゆるかったけれど。上院議員はさらに自由。さて大統領になったらどのくらい自由に出られるかしらね。

Q この指名争いに勝利したら再び本紙と今度は民主党候補としてインタビューに応じてくれますか?

ヒラリー もちろん。大統領としても応じるつもりよ。
(了)

2008-02オバマ候補のLGBT政策

◎これがアメリカ次期大統領(?)のLGBT政策

今回は、米大統領選民主党予備選の決戦場オハイオ、テキサス両州のLGBTメディアに掲載された、バラク・オバマからの公開書簡を全訳して紹介しましょう。オバマが何を考えているのか、LGBTの有権者に向けて発した初めての公式の声明でもあります。(ちなみに、次回はヒラリーの政策を紹介します。合わせて参考にしてください)


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 私が大統領に立候補しているのは「万人は平等である」という私たちの建国の約束をかなえるアメリカを造るためです。それは私たちのゲイの兄弟姉妹にも及ぶ約束です。この国で何百万ものアメリカ人が二級市民のように生きています。それは間違っています。LGBTのアメリカ人すべてに真の変革をともにもたらすことができるよう、私はこの選挙であなたたちに支援をお願いしたいのです。

 平等というのは道徳的な責務です。それが私が職を通して常にLGBTのアメリカ人への差別をなくそうと戦ってきた理由です。(出身の)イリノイ州で、私は性的指向およびジェンダー・アイデンティティを基にした差別を禁止する真に包括的な法案を共同提案しました。その法的保護の対象は雇用や住宅供給に際して、さらに公共施設の利用時にも及びます。米国上院議員としても、同性カップルへの税の平等を実現し連邦職員のドメスティックパートナーたちにも各種手当を提供する法案を共同提案しました。そして大統領として、私は、ヘイトクライム(憎悪犯罪)を禁止するマシュー・シェパード法と、性的指向及びジェンダー・アイデンティティを基にした職場差別を禁止する真に包括的な雇用非差別法(ENDA)の制定に政権として尽力してゆきたい。

 あなたたちの大統領として、私は大統領の公権力を大いに駆使して各州に家族や養子に関する法律において同性カップルを完全に平等に扱うよう強く説得していくつもりです。個人的にはその平等な扱いを保障するためにはシビルユニオン制度が最良の方法だと信じていますが、ただし同時に、各州がどうやったらゲイとレズビアンのカップルの平等を実現できるかその最善の道を決定するときに||ドメスティックパートナーシップかシビルユニオンかあるいは民事上の結婚か、連邦政府がいちいち指図すべきではないとも考えています。クリントン上院議員と違って、私は結婚防衛法(DOMA)【訳注:96年に成立。結婚は「男性一人と女性一人」と限定し、同性愛者の結婚を認めない連邦法】の完全撤廃を支持しています。それは上院議員になる前からの私の政治姿勢です。ある人たちは同法の部分的な撤回で十分と言いますが、私は同法そのものの全体削除が必要だと信じています。いかなる意味でも連邦法はゲイとレズビアンのカップルへの差別を行うべきではない。その差別こそまさにDOMAが行っていることなのです。私はまた軍での「ドント・アスク、ドント・テル」政策【訳注:相手がゲイであることを聞かない、自分がゲイであることを言わない、という限りにおいて同性愛者も従軍できるとする政策】の撤廃を要求しています。また、同性カップルにも移民システムにおいて既婚カップルと同じ権利と責任を与えることができるようにと、アメリカ人家族結合法の改正を働きかけています。

 次期大統領はまたHIVとエイズ禍についても真剣に取り組まねばなりません。予防に関しては、価値観か科学かという二者選択の問題ではないのです。どんな戦略においても自制を教えることは大切ですが、それだけで済むものではありません。年齢に応じた性教育が必要ですし、それには避妊に関する情報も含まれます。また、刑務所内の服役者間で感染が拡大するのを防ぐための法律も成立させねばならないし、現在連邦法で禁止されている注射針の交換プログラムも解禁しなくてなりません。このプログラムはドラッグユーザー間の感染率を劇的に減少させるのです。加えて公衆衛生上、各自治体がコンドームを配布できるようにしなくてはなりません。

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LGBT向けのオバマのポスターはストーンウォールの暴動について触れ、まだやるべきことがたくさんある、と訴えかける

 私たちにはまた、スティグマ(社会的不名誉の烙印)に進んで対峙する大統領が必要です。このスティグマはしばしばホモフォビアと結びついています。そうしていまもHIVとエイズを取り囲んでいる。私はキリスト教保守派の教会で演説するなどしてこのスティグマとじかに戦ってきました。大統領としてもそれは声を大にして訴え続けてゆきます。これが現在の主要な問題に関する私の見解です。しかし、これらの問題に正しい立場を取ったところで、戦いはまだ半ばです。残る半分はこれらの考え方に対して幅広い支持を勝ち取ること。幅広い支持を得るためには私たちも自分たちのぬるま湯から抜け出なくてはなりません。もし私たちが結婚防衛法を廃止したいなら、ドント・アスク・ドント・テル政策をやめたいなら、そしてヘイトクライムを取り締まり職場での差別を違法とする真に包括的な法律を施行したいのならば、私たちはLGBTの平等を求めるそのメッセージを、それを理解する人たちだけではなく理解しない人たちにも届けなければならない。そしてそれが、私がこれまで職を通じて行ってきたことです。04年の民主党大会で基調演説を行ったとき、私はアメリカすべてにこのメッセージを届けました。排除するのではなく包含すること。大統領選への立候補を表明したその演説で、私はホモフォビアと戦う必要を話しました。これまでの選挙戦でもいくつものグループに対してLGBTコミュニティの平等について話してきました。地方のLGBT活動家たちのグループから田舎の農民たちのグループ、アトランタのエベニーザー・バプティスト教会の信者たちのグループにも。その教会はかつてマーティン・ルーサー・キング博士が説教を行っていた教会です。

 同様に大切なこととして、私はすべてのアメリカ人の声に耳を傾けてきました。LGBTのアメリカ人のための平等な権利実現のために尽力することに妥協は絶対にありませんが、同時にそう納得するためにはまだ説明や説得が必要な人々の声から耳を背けることもまたしないつもりです。それこそが、ともに未来へと進むためにしなくてはならないことなのですから。その作業は困難なものです。でも、やりがいのあることです。そしてそれは、必要なことなのです。

 アメリカはリーダーシップを求めています。私たちが可能だと知っているそのことを実現するために、私たちに力を与えてくれるリーダシップを。私は、この国の何百万というLGBTの人々のための完全な平等というゴールを、私たちが達成できると信じています。そのために、私たちには人間の心の最良の部分に訴えかけられるリーダーシップが必要なのです。私の味方になってください。そうすれば私がそのリーダーシップを提供することができる。いっしょになって、私たちはすべてのアメリカ人のための真の平等を実現していくのです。それにはゲイもストレートも同じなのです。
(了)

2008-01米国大統領選挙を学ぶ

◎ヒラリーかオバマか? 民主党か共和党か? いやその前に、いまさら訊けないゲイ視点08年大統領選基礎講座

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 4年前あるいは8年前のアメリカの大統領選挙のとき以来、私は、この共和党のブッシュ政権が終わったら必ず次は民主党の大統領になって同性婚問題もよい方向に進展を見せるようになるだろうといろいろと書いたり言ったりしていました。その時がいま来ているのですが、ところがどうも今回の選挙戦、前回、前々回と違ってあまりゲイのことがテーマにならないで進んでいるのです。
 ではゲイの問題は片付いているのかというとそうではありません。もう何年も期待されている連邦レベルでの反ヘイトクライム(憎悪犯罪)法と、性的指向による就職差別禁止法の2つの法案が、民主党が主導権を握る連邦下院でも通っていないのです。その間にもフロリダ州ではまた同性婚を禁止する州民投票が行われそうですし、アーカンソー州ではゲイが養子をもらったりするのを禁じる州法案が提出されています。
 日本の新聞やテレビでも大きく報道されている米国大統領選挙というのを、ゲイの視点からすこしおさらいしてみましょう。

       *

 アメリカはだいたい共和党と民主党の二大政党制で両党が交代で政権を担っています。この2党はどう違うのか? 共和党は国民の自助努力を奨励し、政治が経済や個人生活にあまり介入しない「小さな政府」を目指しています。対して民主党は政治が格差の問題や人権問題などにも積極的に関与し福祉や平等などを実現していく。これだといろんなことで予算も必要だし、民主党政権は概して「大きな政府」になります。
 ゲイの問題はではどちらが積極的かというと、これは人権格差の問題だし平等の問題です。つまり民主党が積極的に正そうとしている不平等な現実なのです。
 対して共和党は、例えば銃を持つ権利というのは政府に云々言われたくない個人の自由と権利の問題だと思っているし、ふだんの生活にしても個々人の信条は地域ごとコミュニティごとで違うし、そういうことに連邦政府が口出しすべきじゃないと思っています。ならばゲイのことだって放っておいていいじゃないか、となりますが、ミソは「地域ごとコミュニティごと」の信条を大事にする、という基盤に、アメリカの隅々にまで行き渡っている「教会」というものがある点なのですね。つまりそれは教会コミュニティに任せればよい、ということであって、そういう意味でのみ、政府が口を挟むな、ということになります。ですので共和党の多くの支持者にとってはゲイの問題は教会が片を付けるべき「罪」の問題になりがちなのです。

       *

 ですので一般的に、民主党は親ゲイで、共和党は反ゲイです。
 しかし共和党の内部にもLGBTの党員で作る団体があります。「ログキャビン・リパブリカンズ(丸太小屋の共和党員)」という名称のグループです。
 どうしてゲイなのに反ゲイの共和党なのか? それは、政治はべつに性的少数者の問題だけを扱っているものではないからです。ゲイであっても、米国社会は小さな政府で運営されるべきだという政治信条を持っている人はたくさんいます。人権における信念よりも、そうした経済政策や外交政策の理念を重要視すれば、共和党支持になります。でもゲイなので、ゲイ差別のこともどうにかしてくれと党内部で「ログキャビン・リパブリカンズ」に加わり、その方面でも働きかけをしている人はいる。そういうことです。
 さて、いま大統領選挙で行われているのは、この民主、共和両党がそれぞれ大統領候補をだれにしようかと、その党内で州ごとに投票を行っている段階です。これを候補としての「指名争い」といっています。まだ両党同士の戦いではなく、党内部での戦いなのです。

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 民主党は上院議員のヒラリー・クリントンとバラク・オバマが自分こそが指名されようと争っている。対して共和党は1月末時点でジョン・マケイン上院議員とミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事、そしてマイク・ハッカビー前アーカンソー州知事が争っていました。

       *

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 クリントンとオバマは、民主党なのでゲイの問題に関してはまあ進歩的です。同性間カップルにも結婚と同じ法的権利を認めるシビルユニオン制には賛成。とはいえ2人とも「結婚」という言葉を使うことには反対しています。これはそういうのを嫌う全米の根強い保守派を刺激したくないという政治的な思惑もあるでしょう。「軍隊でゲイであることを訊かない、言わない」というドント・アスク・ドント・テルの原則もともに撤廃を明言しています。HRCというゲイの人権団体の点数付けではクリントンが92点、オバマが89点と、似たような高得点。2人ともゲイの集会やパレードにもひんぱんに顔を出しています。
 対して共和党は、ロムニーはモルモン教徒でハッカビーはバプティスト教会の牧師と、ともに宗教右派を支持基盤に持っているのでゲイのことを受け入れていません。ただし、マケインは中道穏健派と呼ばれる位置にいて、ブッシュが憲法修正で同性婚を禁止しようという動きに出た04年に「そんなことで憲法を使うべきではない」と上院で公然と反対票を投じた人です。そういうこともあって他候補よりはマシだとNYタイムズやLAタイムズも共和党ではマケイン支持を表明しました。
       *
 ところがこの選挙戦序盤では、ゲイの問題は討論会や会見でも司会や報道陣から質問されない限り話題に出てこないのです。なぜか?
 それは現在アメリカがサブプライム危機からイラク撤兵、地球温暖化に健康保険問題と、それどころではない火急の課題を抱えてのっぴきならない状態にあるからです。選挙ではどうしたって関係する人間の多いテーマから重要視される。これらのすべてはもちろんLGBTを含むすべてのアメリカ人の大問題なのですから。対して同性婚や就職差別、憎悪犯罪、ゲイの従軍問題などは、いかに切実でも当事者はやはりゲイというローカルな部分に限定される。
 では、今回の選挙はゲイにとっては逆コースなのか? いやいや、アメリカのゲイたちがそんな状態で甘んじているはずはありません。
 じつは大統領候補は各州の代議員を選ぶという間接選挙なのですが、この代議員というのが両党の政治家の卵たちなのです。民主党の場合、全米で4049人の代議員が登録されるのですが、前回04年選挙ではそのうちLGBTの代議員の数が282人だった。それを今年は320人以上に増やしたいと民主党内の草の根ゲイ・グループが運動している。彼らがそのまま政治に関わりつづけたら、それは今後のLGBTの政治運動のインフラとして強大な土台になるはずなのです。
 ですので、また言いましょう。次の大統領、あるいはその次の大統領の時代で、アメリカはきっと目に見えて変わるはずなのです。
(了)

2007-12しらかば診療所、スタート

◎2007年、画期的なLGBTのクリニックが新宿に開設した。ぼくらにもやっとふだん使いのドクターができた。


*その名は「しらかば診療所」

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井戸田一朗先生

 イトちゃんと知り合った当初、彼はたしか都立駒込病院の内科医で、それから東京女子医大に移って自分のことを「女医さん」だなんて呼んだりするポップなお医者さんだった。でもそのころから彼はすでにAGPという医療関連のゲイの専門家団体の中心人物の1人で、いつかはゲイの患者さんたちが気兼ねなく訪れられるゲイ向けのクリニックを作りたいと話してくれていた。それを聞きながら、ぼくは彼をじつに頼もしい新時代のプロフェッショナルだなと思っていた。
 そのイトちゃんこと井戸田一朗さん(37)が昨年秋、それを現実のものにした。「しらかば診療所」というのが東京・新宿の曙橋に新設のそのクリニックの名前である。感染症内科の専門家でWHO(世界保健機関)の仕事で南太平洋15カ国を担当したこともある院長の井戸田さんが常勤で内科全般を担当する。もちろんSTD(性感染症)やHIVの検査・相談もできる。感染が判明した場合でもここでスタッフ一丸の継続診療が可能だ。
 気分が重かったり不安が消えなかったりといったメンタルな問題に対応する精神科や、日ごろ気になる皮膚のトラブルなどを解決する形成外科・皮膚科の先生もAGP経由で非常勤でやってきてくれる。アレルギーなど慢性病の対応もできる。


*ふだんづかいのお医者さん

 お医者さんというのは病気になったときだけでなく、じつは日常的に付き合うのがいちばんいい。年に1度は歯が痛くなくても歯医者さんに行ってチェックがてら歯石を取ってもらうみたいに、ふだんから健康診断でちょいと顔を出すみたいなことがいま注目の「予防医療」の基本だ。インフルエンザやA・B型肝炎のワクチン接種、海外旅行前の健康相談だとか、「しらかば診療所」をそういうふだん使いのホームクリニックにしちゃえばいい。1人暮らしが多く、病院に縁のない人がほとんどだろうから、そんなときにも「しらかば」である。
 ここは月・火は休診だが、代わりに働いている人が受診しやすいようにと土・日にオープンする。それも夕方5時までやっている。平日の水・木・金は夜9時という遅い時間まで開いている。地方の人も、出張や遊びで東京にやってきたときにこの診療所に来て「地元じゃちょっと」というSTDやHIVの検査を受けたりするのもありだと思う。

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*手本となった医療センター

 こういうクリニックは世界的にもまだめずらしい画期的なことだ。
 じつは米国にはこの「しらかば診療所」にインスパイアした「フェンウェイ・コミュニティ・ヘルスセンター」という非営利の医療センターがボストンにある。1971年にノースイースタン大学の医学生たちが週に1度のボランティア診察所として開いた同センターは、当初から地区のゲイや低所得者、高齢者層への平等な医療機会を目指して活動していた。当時の診察料は「50セントもしくはあなたが払えるだけ」。その後、ここは米国のエイズ保健医療の最前線の1つとなった。いまもLGBTと地域住民に特化した保健医療サービスを提供している。
 井戸田さんたちAGPのメンバーが身銭を切って日本からここを視察にきたのは2000年のことだった。ニューヨークでアジア系のエイズ支援団体APICHAなども視察した。このとき、彼らは日本でもLGBTのための診療所を作ろうと決心した。当時30歳前後だった彼らのその熱意と使命感は、いったいどこから来たものだったのだろう。


*逡巡、立ちはだかる問題

 ところがその後、井戸田さんは03年から05年春まで前述のWHOの仕事を得て結核や感染症対策でフィジーやフィリピンなどを飛び回る生活に入った。ゲイのクリニック構想はいったん遠ざかる。不安もあった。経営は成り立つのか。そもそも、自分が貢献したいと思いを寄せる日本のゲイ・コミュニティはそんな診療所を必要としているのだろうか。関心すらないのではないか。
 WHOの仕事は多忙を極めながらも日々新しく刺激的だった。「このままWHOにいちゃおうかなと思ったこともあった」と彼は言う。04年夏のベトナム出張のとき、AGPの代表である精神科医の平田俊明さんらに「すごく迷っている」とメールを打ったこともあった。そんなとき、平田代表は「やろうよ」と静かに背中を押してくれた。WHOでともに働くストレートのオーストラリア人の同僚も「その計画は素晴らしい」と賞賛してくれた。逡巡には「WHOにはいつでも帰ってこれるんだから」と言ってくれた。
 帰国後、女子医大に復帰して2年、井戸田さんたちは構想を順々に具体化させていく。資金は自己出資も含め半分以上をAGPなどの身内で調達した。だが問題もまた次々と現れた。中野区に決まりかけた物件が大家の都合で直前でキャンセルになった。予定していた看護師が不意に失踪した。夜の9時まで診療することを売りにすると決めたがそんな時間までやっている調剤薬局がなかった……。


*救いの神は人との縁

 中野区の物件はダメだったが、禍い転じてより便利な曙橋に空きスペースが見つかった。親しくなった横浜・かながわレインボーセンターSHIPのシンジさんが建築士でもあり、候補物件ごとに何枚もいとわず設計図面を描いてくれた。失踪看護師の代わりにすぐに経験ある男性看護師(40)が見つかった。経理もできる優秀なホテルフロントマン村上太吾さん(34)をAGPの仲間経由で事務長として雇い入れられることが決まり、医療事務学校での研修の後、これも同じAGPの仲間の人脈で、実地で1年間修行できる別の医院を紹介してもらえた。調剤薬局は偶然、3年前に構想を話したことのある医療関連企業の営業担当者から「その後どうですか」とお伺いメールが届き、じつは困っていると打ち明けると精力的に地域の薬局を当たってくれた。そこである一般薬局チェーンが新たに調剤分野にも業務を拡大し、しかも夜9時診療にも対応してくれることになった。問題は不思議なくらいトントン拍子で解決していった。ただしそのいずれもが開院まで3カ月間のギリギリの綱渡り。ストレートの人たちも含め、人間のネットワークというものがこれほど有り難かったことはない。

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明るく居心地のよい「しらかば診療所」の受け付けホール

       *

 日本のLGBTで30歳代後半、40歳前後の人たちの頑張りが目につく昨今だ。ゲイのオンラインビジネスの先駆者で昨年亡くなった春日亮二さんもイトちゃんと同じ年だった。生々流転。頑張りはやがて次の世代へとつながってゆく。
 「しらかば診療所」とは同世代のライター・編集者である永易至文さん(41)がかつてAGPに発した言葉から命名された。「理想を語るだけでなにもできなかった文壇の白樺派みたいなもんかな」。ともに頑張っている仲間同士でのみ通用する挑発。だから、これはイトちゃんたちの意地の名前でもある。
(了)

2007-11イラク戦争下のゲイたち

◎戦争の本質とは何か? それは生きることの基本が蔑ろにされること。LGBTの命など、最初に無視されること。


*日本が加担する戦争*

 子供のころはよかった、若いころは楽しかったといってタイムマシンに乗れるならあのころに戻ってみたいなと思うのは、いまの時代ならだいたい50代、60代の人までです。それ以上のおじいちゃんおばあちゃんになると「戻りたくないよ」と言われる。なぜなら、戻ったらそこには戦争が待ち受けているからです。
 そんな戦争にいまの日本も加担しています。国会でいま問題となっている、インド洋沖で自衛隊が米軍の給油を補助するというアフガニスタンやイラクでの戦闘行為は対テロ戦争との名目です。難しい話はさておき、その結果イラクではいまフセイン時代よりずっと極端なイスラム教原理主義が台頭してきていて、国内のLGBTたちはリンチや拉致や殺害におびえながら息をひそめる毎日を送っています。
 人びとに自由と安全をもたらすための戦争だったはずですが、結果はその逆になっている。最初からボタンを掛けまちがえていたブッシュの責任は大きいのですが、もちろんそんなことは知らんぷりです。


*最も残酷に殺せ*

 ロサンゼルス・タイムズがバグダッドに住むゲイ男性サミル・シャバ(25)らの話をリポートしていました。米軍などのイラク侵攻が始まったのは03年3月。結果、サダム・フセインが排除されて何が起きたかというと、シーア派とスンニ派の宗教対立が激化して内戦状態になり、より先鋭な原理主義こそ自分の宗教的アイデンティティと考える若者が増えたのです。そんな彼らが過激な自警団を作ってイスラムの教えに背く者たちを“処罰”して回っている。それは警官たちも同じです。

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イスラムの教えに背くLGBT狩りを進めるイラクの自警団集団

 シャバも最近、伸ばしている髪を見とがめられて機動警官にその髪をつかまれタクシーから引きずり出されました。そうして装甲車内に押し込まれて殴打され強姦された。
 シャバの従兄のアラン(26)もオープンリーゲイでしたが、自宅にやってきた何者かによって頭を撃たれて殺されました。米軍の通訳をしていたからそれで狙われたのだとする説もありますが、彼の同僚通訳で他に襲われた者はいないから、彼はゲイだったので殺されたのだとシャバは信じています。
 今年はじめに出された国連のイラク報告書ではそうした武装集団によるLGBTへの襲撃が明記されています。「同性愛者たちはイスラム教聖職者たちによって指揮される宗教裁判で裁かれ、死刑判決を受け、そして処刑されているとされる」と。
 イラクの首相報道官は「そんなことは誰も信じない」と嫌疑を一蹴しています。しかし、過激派を抱えるシーア派の最高位聖職者「大アヤトラ」であり、穏健派としてノーベル平和賞の候補にもなったシスタニ師ですら05年10月、その名の下に「同性愛者は考えられる最も苛酷な方法で殺されるべきである」とするファトワ(宗教令)を発布しました。

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「イラクのゲイを助けて」と訴える英国のイラク人LGBT人権団体のポスター


*ゲイのメッカから一転*

 80年代に、バグダッドはエジプトのカイロと並ぶゲイのメッカでした(この皮肉な言い回しを敢えて使っています)。イスラム教国の世俗化が進んだ結果ですが、イラクのゲイたちは表向きは結婚して家族を維持し、その一方で男性同士の関係を続けたりしていました。
 サダム・フセインの時代、バグダッドのゲイバーは90年代に多く閉鎖に追い込まれ、01年には同性愛を厳罰化する法律もできましたが、それでもイラクのゲイやレズビアンはまだ出会ったり楽しんだりすることができていました。ところが03年の米軍侵攻以降、状況は一変します。
 アーメドはクローゼットのゲイですが、その後もハッテン場として有名だったバグダッド東郊のルバイエ通りでクルージングを続けていました。それが昨年春、そこで会ったある男がイラク兵の軍服を着て彼のアパートに現れ、16万ディナール(日本円だと1万5千円)をよこさなければおまえがゲイであることを他の兵士たちにばらすと賄賂を要求してきたのです。それは事実上の死刑宣告であり、彼は金を払ってすぐに隣の国ヨルダンのアンマンに逃げた。


*救い出してほしい*

 ファトワの1つで名指しで暗殺の対象となっているアリ・ヒリはロンドンに亡命し、そこでイランの性的少数者人権組織「イラクのLGBT」を運営しています。そのウェブサイトには実際の犠牲者の事例が写真付きで掲載されています。
 タクシー運転手だったアンワル(34)はイラク中南部のナジャフでゲイのための安全な秘密避難所を運営していましたが、今年3月、警察の検問所で処刑スタイルで射殺されました。南部カルバラで服の仕立て屋を営んでいたノウリ(29)はゲイであることで脅迫状を受け取り、今年2月に斬首遺体で見つかりました。ハジム(21)も同じく脅されていましたが、2月、バグダッドの自宅から警官隊に連行された後、頭部に数発の銃撃を受けた遺体で発見されました。
 31歳のゲイの薬剤師は匿名でロサンゼルス・タイムズに語っています||彼のゲイの友人たちも何人かが殺されている。彼自身も尾行されたり検問所で査問される。彼の夢は欧州の国のビザを得て出国し、その後に政治迫害による亡命を申請することだ。しかしビザを待つ人びとの列はイラクでは異様に長い。出国のための偽造書類は闇市では少なくとも1万5千ドル(170万円)はする。そんな金は到底イラクの薬剤師の払える額ではない。
 「ただ救い出してもらいたいだけなんだ」と彼は言います。「そうじゃなきゃ来月、あなたが電話してみたらぼくの家族が言うかもしれない。ああ、彼は殺されたよって」

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イラク最大の民兵組織「マフディ軍」。宗教警察の役目を果たしている。


*世界に見捨てられ*

 イラクにあった5つのゲイの秘密避難所のうちの3つまでが今年、家賃や食費などの捻出に行き詰まり閉鎖となりました。「イラクのLGBT」がロンドンで寄付を集めて秘密送金しているのですが、お金はなかなか集まりません。殺されたアンワルが世話していたナジャフの避難所も襲撃に遭い、他の世話人だった2人のレズビアンと、その彼女たちが売春窟から救出してきた少年が暗殺されました。テロリストではなく、米軍が加勢する勢力によって。
 「ぼくらは世界のゲイコミュニティから見捨てられているようだ」とアリ・ヒリはつぶやきます。
 彼らの現在の悲惨は、将来のより立派な社会のために看過されて然るべきことなのでしょうか。それは違う。非道を抱えて達成された社会は、必ずそこでも非道です。その立派さはまがい物です。
 日本が加担する戦争の地で、日本が加担する戦争による非道が生み出されつづけています。そしてその非道な勢力が次の権力を握ろうとしている。何のために加担している戦争なのでしょうか。
(了)

2007-10性愛の再定義

◎愛という名の下に貶められた性欲。美しさの神話で貶められている愛。それらの再定義を考えてみる。

*愛という虚構

 「愛こそすべて」とか「愛は永遠だ」とか、そういう思いっていったいどこから来るんでしょうね。ひとを好きになることって、人生でいちばん初めのは何が何だかわからないまま進んでいくから、愛とはどうだとか恋とはこうだとかそんなエラそうなことも考えるヒマがないけれど、でもそのうち詩人になったか文豪になったかと(これも恋の副作用で)ひそかに勘違いしながら何か定義づけたくなるのでしょう。それも、とっておきの美しい思い出と熱い思いとを言葉に昇華させようとしながら。
 そうやって愛の神話が出来上がります。
 神話はみんなが信じることによってとても強固な共同の幻想となります。そして世の中には恋愛を美しい、素晴らしい、とするメッセージが溢れる。でもきっとそれは性ホルモンによる高揚感で、麻薬みたいなもんだって私はかつてサカッて目の色が変わっている自分のうちの猫を見ていて思いました。恋愛はほんとうはそんなにいいことばかりでもありません。つまり神話はいつかどこかで現実との食い違いをはっきりと見せつけたりもするのです。そのとき、愛と呼んだものの美しい虚構が剥がれ、やっぱりこれは単に性欲の別名のことだったんじゃないのかと気づくことになったりするのです。自分にとっても、相手にとっても。


*オカマの罰が当たる

 でも、恋愛を至上のものだと言い張るひとたちもいます。そうして至上のものを際立てるために、あえてそれに対置するものを仕上げ、それを貶める。
 カンザス州に本拠を置くウエストボロ・バプティスト教会は、イラク戦争は同性愛者に対する米国の寛容さに対する罰だとしてイラクで戦死した兵士たちの葬儀に押し掛けては「兵士の死を神に感謝」「神はオカマの国アメリカを嫌ってる」「あんたの息子はオカマの国のために戦ったから神の罰で死んだ」とプラカードを掲げるのです。嘘みたいな話でしょう。

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神に兵士の死を感謝するウエストボロ教会の信者

 そんなことをやられた遺族の1つが裁判を起こしました。10月31日に出た判決は、その教会に12億円もの損害賠償金を支払うように命じるものでした。バチが当たったのはこちらですね。
 そう、神話の究極の形はそういう宗教から発せられています。彼らは愛とセックスを切り離し、前者を善、後者を悪として果てしなく断罪します。そうして「オカマ」はつねにセックスにくっついているもので、愛には関係のないヘンタイと見なされるのです。悪名高いこの教会の件はあまりに極端な例ですが、宗教原理主義というのはどこの宗派でも似たり寄ったりです。


*愛も性も同じもの

 マンハッタンから北北東に70kmほど行ったウエストチェスター郡にベッドフォードという田舎町があります。そこを通る州間高速道路の男子公衆便所で10月、男性警官を使った痴漢や公然猥褻のおとり捜査が行われました。1か月間で検挙されたのは計20人の男性。みなゲイかと思いきや、カトリック司祭(44)と10年前に少年を性的に虐待して前科のある男(29)以外の18人はみな結婚していました。なかには近隣地区のロータリークラブの会長さん(47)までいて、彼は性器露出と徘徊容疑で逮捕されています。
 彼らの恋愛と結婚生活はいったい何だったのでしょう。もちろんクローゼットであるひともいるのでしょうが、自分をストレートだと考えるひとは、愛とセックスとは別物だと考えているのかもしれません。そうすれば同性相手の性行為という齟齬も乗り切れる。愛や家庭は美しいままに取っておけるとでも思っているかのように。でも、愛もセックスもともに性欲から発した同じものです。


*愛とは人を殺せる力

 性欲はべつに恥ずかしいものでもなんでもありません。人間活動の原エネルギーの大半は性衝動なのですし、もともと生物なんて、はるかのちに生殖欲と名付けるようになる、単なるタンパク質の泡と泡との物理的なくっつき合いみたいなところから始まってるんですから。
 ちなみに、性欲が創り出した神話は「愛」だけではありません。「情」というのもあります。「好きだ」「愛してる」という熱い感情はいつか日常の生温さに取り込まれていきます。そこで登場するのは、室温でも生きられる「情」という関係です。しばしばそれは「愛はなくなったのに腐れ縁で続いてるんですわ」みたいなことにもなるけれど。
 ところが、ひとはときに、愛だけではなく、その情にさえも裏切られることがあります。これは愛よりもっとつらいかもしれません。
 愛とか情とかいうのにはいろんな定義があるけれど、そう考えるとほんと、愛とは簡単にひとを殺せる能力のことをいうんだなあと思ったりします。これは神話的な定義ではありません。
 どうしてひとを簡単に殺せる能力なのか。愛と憎しみとか、愛したがゆえの復讐とか、そういう常套句に関連する連想ではなくて。
 ひとを好きになる。愛していると思うようになる。身も世もないほどに思い焦がれるようになる。そんなとき、その愛するひとから一言でも冷酷な言葉を発せられると、こちらは簡単に死んでしまう……そんなことはふつうなら起きません。でも、ひとを愛しているときにはそのひとは簡単に死んでしまうのです。そのひとの中のなにかがかくじつに死ぬのです。不思議ですよね。
 だから、愛しているひとにはやさしくしなくちゃならないんですよ。そうじゃないと簡単に死んじゃうからね。


*愛は負けるけど…

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ヴォネガットさん、今年鬼籍に入ってしまった……

 ことし4月に、カート・ヴォネガットというアメリカの作家が亡くなりました。いまでは世界的な人気を博している村上春樹が、その処女作『風の歌を聴け』で文体をそっくり拝借してきた、誰もが知るすごい作家です。
 そのヴォネガットも神話ではない「愛」を定義しています。それは「愛は負けるが親切は勝つ」というものです。これも私の座右の銘です。
 解釈はいろいろ考えられます。それがわかるようになったらしめたものです。そう、たしかに性欲は勝ち負けかもしれません。対して親切は性欲じゃないから、みんながみんないつも勝っていてよいのです。ってか、勝ち負けにこだわるから愛はダメなんだって言ってるみたいでもある。
 ちょっとさみしいけれど、いい言葉じゃないですか。
(了)

2007-09ゲイビジネスの可能性

◎ゲイビジネスの今後はどうなるのか?──欧米のLGBT報道メディア史をモデルにイイトコ取りを探ってみる


*エイズが育てたゲイ新聞 〜 いまや一般紙並みに充実

 日本の出版業界で欧米のそれと違うことの1つは、ゲイ向けの新聞がないことです。バディなどの総合雑誌はありますが、ニュースを専門に扱う新聞あるいは雑誌がない。
 これはニワトリとタマゴの関係にも似ています。LGBT関連のニュースがないから新聞もできないのか、新聞がないからニュースも発掘されないのか。とはいえ、欧米でもLGBT用の報道が確立したのは80年代半ば以降、歴史としても20年ほどの新しいカテゴリーです。
 80年代半ばに、新聞が必要となるような何があったのかはもうおわかりでしょう。エイズでした。エイズ禍がゲイコミュニティの目を社会や政治に向けさせ、ゲイジャーナリズムというものを育てたのです。
 政治誌として有名なのは今年創刊40周年を迎えた「アドヴォケット」でしょう。新聞では西海岸地区で発行の「ベイ・エリア・リポーター」紙(71年創刊)など12紙が加盟している「全米ゲイ新聞ギルド」という業界団体もあります。12紙とも大都市圏を拠点とする無料紙で、ニューヨークやワシントンからは「ブレイド」という新聞が加盟しています。

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一般紙に負けない充実度で「普段使い」の要求に応えるゲイ新聞「ニューヨーク・ブレイド」紙のオンライン版

 70〜80年代の創刊物はだいたいがバーに置いてあるような娯楽情報誌・紙からの出発ですが、現在はいずれも月刊もしくは隔週刊の報道メディアです。エイズから始まった社会的・政治的視点は、いまや大統領選挙や同性婚の攻防、LGBTに対する憎悪犯罪や就職差別、宗教、娯楽、スポーツ、芸能や海外ニュースにまで拡大しています。もちろん、そこにはAPやロイターなどの大手通信社からの配信ニュースも多く掲載されています。世間はじつはLGBT関連のニュースに溢れているのです。日本ではじゅうぶんに伝わってはいませんが。


*増大するゲイの受容度 〜 変化する従来型ビジネス

 アドヴォケットなどの雑誌は定期購読もしくは店頭売りですが、無料ニュース新聞(もちろんウェブサイトも持っています)は広告ですべての採算をとっています。
 この広告ですが、アメリカでは増えているんですね。
 前記12紙の半数くらいが、96年から06年の10年を比べた場合平均で205%もの広告料の伸びを見せている。昨年の広告収入はゲイの活字・オンラインメディア全体で対前年比5・2%増の2億2330万ドル(257億円)だというから驚きです。他の一般日刊紙の広告収入がオンラインも含めてほぼ前年並みという厳しい状況にあるのに。
 アメリカには経済誌フォーチュンが毎年発表する売上規模上位500社(フォーチュン500)という大企業のカテゴリーがあるのですが、この500社のうちLGBT向け出版物に広告を出稿していたのが94年には19社だけだったのに対し、昨年はこれが10倍の183社にまで拡大しています。
 でも途中、逆風がなかったわけではありません。インターネットがゲイ新聞から重要な個人広告や回送欄を奪い取ってしまったし、ゲイ関連ニュースをNYタイムズやCNNなんかの主流メディアがどんどん取り上げるようになってきたこともそうです。おまけに01年の9・11同時テロ後の景気後退などでゲイ新聞が何紙も廃刊に追い込まれて、02年から03年にかけてゲイ活字メディアの広告収入は17・8%も落ち込んだ。
 それで篩(ふるい)にかけられて残ったゲイ新聞はより現実的な路線を取ったわけです。ゲイ雑誌は全米展開してどんどん紙質もよくなり、より大型のセレブインタビューなどを企画してファッショナブルになっていますが、ゲイ新聞は広告の多寡に合わせて柔軟に編集を変えてきました。もともと広告採算のメディアですから、ウェブサイトへのコンテンツ移行もむしろマルチメディア化として広告セールスの売りになりました。
 でも、ゲイの社会的受容度が大きくなるのはゲイビジネスにとってはよいことだけでもありません。たとえばナッシュビル(カントリーミュージックのメッカですね)にある「アウト&アバウト」というゲイ新聞は地元大手スーパーに置いてあってだれでも自由に持っていけます。そういう意味では手に届けやすいが、逆にシカゴの「ウィンディシティー・タイムズ」は二丁目みたいな存在である市内のボーイズタウン地区だけに置いておけばかつては事足りたのに、いまやゲイ人口はどんどん郊外に拡散してとても届けきれるものでもないのです。
 また同性婚の政治課題化で一緒に住みはじめるゲイカップルもはるかに増えています。彼らの年齢が40代、50代と進んでくると、いままでのようにゲイエリアに繰り出したりはせずに普通に地域コミュニティの中で暮らしているというふうにもなってきました。そういうゲイたちを、ゲイ新聞が見つけることは難しいのです。

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一般メディアにもゲイネタは欠かせない──有名な「ニューヨーカー」誌の最近号の表紙は
「我が国にホモはいない」と講演して失笑を買ったイラン大統領と、空港トイレでおとり
警官にわいせつ行為を誘った上院議員のスキャンダルを“合体”させたパロディ


▽マーケティングのカギは 〜 「普段使い」の可能性

 そういう意味では、彼らの方からアクセスできるオンラインサイトでのニュース提供が今後の方向性なのでしょう。まさに、日常生活の中にある「普段使いのゲイメディア」を目指さねばならないのです。その証拠でしょうか、デトロイトの「ビトウィーン・ザ・ラインズ」紙などはその地区の一般紙が芸術担当の記者をレイオフしたと知ると美術芸術関連の記事を増やして、いまや一般紙よりアート関連では注目を浴び、ストレートの読者すら獲得しているほどなのです。面白い現象ですね。
 さてしかし、これが日本のゲイの活字メディアのたどる道かというと違うんだろうなとは思います。まず「エイズ」や「同性婚」「ゲイバッシング」といったことへの社会的視点の必要性がなかなか顕在していない。次に、ゲイ市場を標的にしたビジネスマーケティングがまだほとんどない。さらに、LGBT関連の国内ニュースがほとんど配信されない。ここで話は冒頭のニワトリとタマゴの話に戻るわけです。
 でも結論は同じだとも言えます。つまり、成り立ちと経緯は違っても、最後に行き着くところは同じビジネスモデルではないのか、と。
 それはきっとゲイ市場に特化したものではなく、ストレート社会をも取り込んだマーケティングなのだと思います。ゲイマーケットが育っていないなら、ゲイフレンドリーなストレート社会をも含めて共振するように新たなマーケットを作ってしまう。これはこないだの選挙でも身にしみた教訓でした。
 そういうアプローチでこそゲイ自身にとっても新たな日常が出てくるのではないか。つまりふつうに、そんなに力まないで普段使いできるようなもの、というのが今後のビジネスの狙いめなんでしょうね。それが具体的にどういう形を取るのか、楽しみでもあります。
(了)

2007-08ホモセクシュアルな欲望

◎私たちは結局、スキャンダラスな「隠れホモ」をあぶり出しているだけなのか?
──「ホモセクシュアルな欲望」の問題を考える

*またオトリ警官に捕まった

 だれか「ストレートの男性」に思いもかけないホモセクシュアルなスキャンダルが持ち上がったとします。たとえば「売春夫を買った」とか「ハッテン場で警官に捕まった」とかです。この場合、この「ストレートの男性」は「隠れホモ」なのでしょうか。まあ、そういう場合は多いでしょう。でもそうだった場合、私は考え込んでしまうのです。じゃあこれは世間一般の、「ホモ」ではない男性たちには関係のない、「ホモたち」だけで勝手にやっててくれよという内部的なクソ問題だということなのか、と。
 そういうことが、このところアメリカで立て続けに起きています。
 昨年9月、(1)共和党のベテラン下院議員だったマーク・フォーリーが10代の議会アルバイトの少年とわいせつなIMを交わしていたことで辞職しました。
 次はその直後の11月、(2)信者数3千万人という全米最大のキリスト教会・福音派のトップであり、妻と5人の子持ちのテッド・ハガードが、反ゲイを叫びながらもその裏で売春夫を買っていたことが明らかになり、こちらも会長職を辞してリハビリに入りました。
 今年になってもこの7月、(3)フロリダ州下院議員(共和党)のボブ・アレン(妻娘持ち)が公衆便所で私服のオトリ警官に20ドルを渡してオーラルセックスを求めたとして逮捕されました。そうしたら今度は共和党のベテラン連邦上院議員のラリー・クレイグ(妻と3人の子持ち)が、ミネソタの空港トイレで隣の個室に入ったオトリ警官にセックスを誘ったとして6月に現行犯逮捕されていたことがわかり、8月にそれが報道されて9月いっぱいで議員辞職する事態に追い込まれました。

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逮捕されて報道陣に取り囲まれたフロリダ州議会のボブ・アレン下院議員


*典型的な3つの対処法

 この4件の「ストレート男性」たちはきわめて典型的なパタンで“事件”に対応しました。
 (1)のフォーリーは「私はペドフィリア(少年愛好者)ではない」としながら「じつはゲイだった」として赦しを請う戦略に出ました。ペドフィリアはれっきとした犯罪ですが、ゲイだと、これは守られるべき“かわいそうな”少数者です。しかしこの事件はゲイかゲイじゃないか、隠れホモならどうだこうだ、という問題ではありません。彼は下院議会で行方不明の子供たちや性的虐待の対象となっている子供たちを救うための議員連盟の代表を務めていたのです。ですからこれはそんな彼の「偽善」の問題であって、中心命題は性指向ではないのです。
 (2)のハガードの対処法は違いました。3年もこの売春夫と“関係”を続けながら、彼と教会はこれを悪魔の仕業だとして、あらためて神の道へ戻ることを誓ったのです。男性との関係は悪魔の誘惑だったというわけです。
 キリスト教原理主義者は「隠れホモ」という概念以前にまず「同性愛者」が存在するという自体を信じていません(なんせこの世界が出来たのだってわずか6千年前なのですから!)。つまり、人はみな異性愛者であり、弱い人はときに悪魔の誘惑によって「同性愛性行為」に走ってしまう。だからそれは悔い改められるし、精進すれば立派に異性愛者に戻ることも可能だ、という論理になるのです。同性愛を趣味とか嗜好とかの「ライフスタイルの問題だ」というのもこの論理なのです。
 ですから、これもまた「隠れホモ」の問題ではありませんでした。これは異性愛者のほんの出来心の、セックス耽溺という“悪事”だったのです。これは真の神の道へと戻るための“試練”だったのです。
 (3)のボブ・アレンとラリー・クレイグはほとんど同じ対応です。両者ともオトリ警官が間違ったのであってこれは勘違いによる誤認逮捕だと主張し、「私はゲイではない」と言い張っています。ふうむ、ならばこれこそが「隠れホモ」のみっともない言い逃れなんでしょうか。
 そうかもしれません。2人とも妻子持ちですがそんなのは関係ない。妻子があるのにオトコを作る夫はたくさんいる||アメリカのゲイ関連のブログのほとんどはそのような「オープンリー・ゲイ」からの「クローゼテッド・ゲイ」に対する内部抗争・攻撃めいた言辞あるいは揶揄で占められています。

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クレイグ上院議員の議員辞職発表はTV生中継されるほど注目を浴びた


*ホモの内輪のクソ問題?

 ならばこれはやはり「ホモ同士で勝手にやってればいいんじゃないの?」といった自家中毒めいた内輪のクソ問題なのでしょうか。
 結論からいえば、それは違うと思うのです。なぜなら、そういう連中がすべて「隠れホモ」だったら、なんだか同性愛者がものすごく多すぎるような気がするからです。
 いや、逆にこう言い換えてもいいでしょう。同性愛者は男性で人口の10%だとか5%だとかいやそれよりもっと少ないとかともいいますが、そういう話とは別次元で、「男なんてみんなホモ」なんじゃないか。
 それが証拠に、男色行為に西洋的な制限のなかった江戸時代の日本では性行為は異性とも同性とも移行可能なものであって二項対立するものではありませんでした。そもそも性行為上のジェンダーの境界が曖昧であるために、それはいまでいうバイセクシュアルとはまた別のものです。同じ意味で、つまりいまでいう本質主義的な同性愛者というのも異性愛者というのも、ともに存在しなかった……。
 フロイトも『性欲論三篇』の中で「人間に関しては純粋な男性も純粋な女性も心理的・生理的レヴェルでは存在しない。人間はすべて自らの性とその異性の性の特徴の混淆を示していて、能動性と受動性というこの二つの心的特徴が混じり合っている」と書いていますが、そういうことなんでしょう。
 つまりこういうことです。
 すべての男性には「ホモセクシュアルな欲望」というものがある。それは「ホモセクシュアル(たち)の欲望」とは違うヘテロセクシュアル(たち)も持つ「同性愛的な欲望」のことです。
 それを知ったとき、「だれかストレートの男性に思いもかけないホモセクシュアルなスキャンダルが持ち上がった」としても、それは「ああ、またホモが」という問題ではないのだということがわかるのです。それはほとんどすべての男たちに潜在する問題だったのです。ヘテロ男性たちはそうとは気づいていないでしょうし、認めたくもないでしょうけれどね。
 私たちの頭の中から去らない「ホモセクシュアルな欲望」の問題は、ですから、もっと普遍的な、だれしもが抱える人生の問題なのです。私たちがこだわるのは卑小なクソ問題ではありません。自信を持って堂々とこだわっていいのですよ。
(了)

2007-07尾辻選挙の衝撃

◎38,229人──101,230,000人の0.000377%
 この数字の持つ意味の衝撃を考えてみようか


*先輩ジャーナリストからの問いかけ

 3万8229人。
 これが私たちの姿です、と書いて、いや、違うか、とも思います。
 日本には20歳以上の有権者がいまぜんぶで1億123万人います。3万8229人というのはその中の0・000377%。これが先の参院選比例区で「尾辻かな子」に投票した人の総数です。
 日本の同性愛者の総数というのはどのくらいいるのでしょうか。日本は総人口が1億2700万人くらいです。一般に、どの国でも同性愛者の割合は4~5%といわれているので、600万人程度でしょうかね。参院選を前に、報道各社はしかし、さらに少なく見積もって200万人と見ていたようです。日本の人口の2%弱。ふーん、そんなもんかねとも思いますが、ここではそれは問いません。
 で、3万8229票です。この数字は報道側にも意外でした。仮に200万人としてもその1・9%しか「尾辻かな子」と書かなかった。いえ、彼女に投票したのはべつに同性愛者だけではないでしょうから実数はさらに少なくなる。
 日本の同性愛者の100人に1人かそこらしか同じ同性愛者の候補に投票しない。これは予想外という以上に、きみにとってはむしろ愕然とする数字ではないか、と先輩ジャーナリストに言われました。いったいこの数字を、報道はどう捉えればよいのだろうか? 日本の同性愛者たちはいまのままで満足なのか? そんなはずはないだろうに、これは現代の被差別少数者の政治行動としては実に特異なものとして見える||と言うのですね。
 私のほうが恐縮してしまうような彼の意見なのですが、そうですね、3万8229票というのは確かに愕然ともする数字。その指摘はいちいちもっともです。
 でもね、こういうのは歴史が示してもいることなのです。いまでこそアメリカの大統領選挙や中間選挙では出口調査で4%とかの人たちが誇らしげに自分はゲイだと明かしたりもしますが、あのハーヴィー・ミルクが77年にサンフランシスコの市政執行委員(日本でいう市会議員と助役の中間みたいな役職です)に当選したのは、73年と75年の同選挙での2回の落選、さらには州議会議員選にも落選した後の、4回目の選挙戦でやっとだったのです。

*カムアウト!を叫ぶ耳障りな連呼の効用

 アメリカでもゲイたちが政治活動を活発化させるようになったのはそのハーヴィー・ミルク本人がみんなに「カムアウト! カムアウト!」と叫び上げた70年代末からなのです。暴言を承知で言えば、とにかくカミングアウトを徹底させなければ選挙になんか勝てっこない。
 なぜならカムアウトしなければゲイのことについてなんか考えられないからです。ゲイという存在が負わされている社会的な抑圧とか差別とかを、自分と結びつけて考えることなどもってのほかだからです。なぜならそうでないとクローゼットでいられないからです。考えたらクローゼットでいる自分が矛盾してしまって出口を求めてしまうからです。
 こうして「クローゼットだから考えない」「考えないからクローゼットでいられる」という、論理の入口と出口の両方でもってがっちりとカギがかけられてしまうのです。だからその呪縛を解こうとミルクは「カムアウト! カムアウト!」と逆の呪文で対抗したのです。クローゼットたちには、これはじつに耳障りな連呼だったでしょうね。
 日本で、そういうカミングアウトの呼び掛けがかつてあったか? カミングアウトは日本のゲイたちのあいだで運動になったか?
 なっていないと思います。
 運動になる前に、どうにか個人的なレベルでごまかすことができるようになった。それを補強したのは「日本のゲイにはカミングアウトという西洋的なやり方は合わない」といった相変わらずの「日本特殊論」でした。なににつけても片をつけずに曖昧にやり過ごしていくうちに時代が進みました。そうしてインターネット経由で性の欲望はある程度満たされるようにもなった。だとしたら、選挙で動く必要などとりあえずはそう切実ではありません。

*拒絶反応の抱えるバイアスの正体

 ところでその選挙というのは西洋的な政治制度です。議会制民主主義というのも西洋です。現代社会のシステムは西洋主義で動いています。西洋的な選挙は西洋的なカミングアウトによって支えられている。いえ、このカミングアウトは同性愛者たちのカミングアウトではなく、旗幟を鮮明にするという意味での広義のカミングアウトです。
 冒頭に「これが私たちの姿です」という命題を建てました。しかしそもそも「私たち」とはだれなのか? 同性愛者だからといって十把一絡げにしないでほしい、というのはもっともです。同性愛者だからといって「尾辻かな子」に投票しなければならない理由なんか1つもない、と。
 そんなことは知ってます。
 「尾辻かな子」は報道各社のあいだでも「タマは悪くはない」というのがだいたい一致した意見でした。大阪府議の経歴、政治主張のスジの通り方、礼儀作法や立ち振る舞い、そのいずれもが一定の評価を受けていました。懸念は「ホモたちってレズはどうなの?」(某紙デスク)とか「一部ゲイのエリートの運動になりすぎてはいないか?」(某紙論説委員)といったことぐらいでした。
 つまり、ごく常識的に考えるともっと票が出てきてもよいはずだった。それが出てこなかったのは「同性愛者だからといって十把一絡げにしないでほしい」「同性愛者だからといって尾辻に投票しなければならない理由なんか1つもない」という同性愛者の拒絶反応自体にこそ、なんらかのバイアスがかかっている、ということの証拠ではないのか、ということです。
 もちろん特定の他候補への強い思い入れがあって「尾辻」に投票しなかった人も多いでしょうが、それ以上に多くはまぎれもなくクローゼットの心理そのものです。そこには社会性も、見知らぬ者たちへの想像力も、未来への志もありません。
 全国で3万8229人という「愕然とする数字」は、カミングアウトをないがしろにしてきた、そのしっぺ返しでもあるでしょう。これは今後の政治やマーケティングの世界で誤った情報を与えてしまう恐れすらあります。悪影響はしばらく続くかもしれません。こうした外部からの見方には根気よく、むしろ残り99%の部分の潜在人口を示していくしかないのだと思います。
 そのとき、3万8229人は愕然とする数字じゃなくなります。むしろ残りの500万人という数字の衝撃性にこそ社会は愕然とする。3万8229人は、そのための素晴らしい起爆剤なのだと思います。
 それが、私たちの姿です。
(了)

2007-07尾辻選挙の衝撃

◎38,229人──101,230,000人の0.000377%
 この数字の持つ意味の衝撃を考えてみようか


*先輩ジャーナリストからの問いかけ

 3万8229人。
 これが私たちの姿です、と書いて、いや、違うか、とも思います。
 日本には20歳以上の有権者がいまぜんぶで1億123万人います。3万8229人というのはその中の0・000377%。これが先の参院選比例区で「尾辻かな子」に投票した人の総数です。
 日本の同性愛者の総数というのはどのくらいいるのでしょうか。日本は総人口が1億2700万人くらいです。一般に、どの国でも同性愛者の割合は4~5%といわれているので、600万人程度でしょうかね。参院選を前に、報道各社はしかし、さらに少なく見積もって200万人と見ていたようです。日本の人口の2%弱。ふーん、そんなもんかねとも思いますが、ここではそれは問いません。
 で、3万8229票です。この数字は報道側にも意外でした。仮に200万人としてもその1・9%しか「尾辻かな子」と書かなかった。いえ、彼女に投票したのはべつに同性愛者だけではないでしょうから実数はさらに少なくなる。
 日本の同性愛者の100人に1人かそこらしか同じ同性愛者の候補に投票しない。これは予想外という以上に、きみにとってはむしろ愕然とする数字ではないか、と先輩ジャーナリストに言われました。いったいこの数字を、報道はどう捉えればよいのだろうか? 日本の同性愛者たちはいまのままで満足なのか? そんなはずはないだろうに、これは現代の被差別少数者の政治行動としては実に特異なものとして見える||と言うのですね。
 私のほうが恐縮してしまうような彼の意見なのですが、そうですね、3万8229票というのは確かに愕然ともする数字。その指摘はいちいちもっともです。
 でもね、こういうのは歴史が示してもいることなのです。いまでこそアメリカの大統領選挙や中間選挙では出口調査で4%とかの人たちが誇らしげに自分はゲイだと明かしたりもしますが、あのハーヴィー・ミルクが77年にサンフランシスコの市政執行委員(日本でいう市会議員と助役の中間みたいな役職です)に当選したのは、73年と75年の同選挙での2回の落選、さらには州議会議員選にも落選した後の、4回目の選挙戦でやっとだったのです。

*カムアウト!を叫ぶ耳障りな連呼の効用

 アメリカでもゲイたちが政治活動を活発化させるようになったのはそのハーヴィー・ミルク本人がみんなに「カムアウト! カムアウト!」と叫び上げた70年代末からなのです。暴言を承知で言えば、とにかくカミングアウトを徹底させなければ選挙になんか勝てっこない。
 なぜならカムアウトしなければゲイのことについてなんか考えられないからです。ゲイという存在が負わされている社会的な抑圧とか差別とかを、自分と結びつけて考えることなどもってのほかだからです。なぜならそうでないとクローゼットでいられないからです。考えたらクローゼットでいる自分が矛盾してしまって出口を求めてしまうからです。
 こうして「クローゼットだから考えない」「考えないからクローゼットでいられる」という、論理の入口と出口の両方でもってがっちりとカギがかけられてしまうのです。だからその呪縛を解こうとミルクは「カムアウト! カムアウト!」と逆の呪文で対抗したのです。クローゼットたちには、これはじつに耳障りな連呼だったでしょうね。
 日本で、そういうカミングアウトの呼び掛けがかつてあったか? カミングアウトは日本のゲイたちのあいだで運動になったか?
 なっていないと思います。
 運動になる前に、どうにか個人的なレベルでごまかすことができるようになった。それを補強したのは「日本のゲイにはカミングアウトという西洋的なやり方は合わない」といった相変わらずの「日本特殊論」でした。なににつけても片をつけずに曖昧にやり過ごしていくうちに時代が進みました。そうしてインターネット経由で性の欲望はある程度満たされるようにもなった。だとしたら、選挙で動く必要などとりあえずはそう切実ではありません。

*拒絶反応の抱えるバイアスの正体

 ところでその選挙というのは西洋的な政治制度です。議会制民主主義というのも西洋です。現代社会のシステムは西洋主義で動いています。西洋的な選挙は西洋的なカミングアウトによって支えられている。いえ、このカミングアウトは同性愛者たちのカミングアウトではなく、旗幟を鮮明にするという意味での広義のカミングアウトです。
 冒頭に「これが私たちの姿です」という命題を建てました。しかしそもそも「私たち」とはだれなのか? 同性愛者だからといって十把一絡げにしないでほしい、というのはもっともです。同性愛者だからといって「尾辻かな子」に投票しなければならない理由なんか1つもない、と。
 そんなことは知ってます。
 「尾辻かな子」は報道各社のあいだでも「タマは悪くはない」というのがだいたい一致した意見でした。大阪府議の経歴、政治主張のスジの通り方、礼儀作法や立ち振る舞い、そのいずれもが一定の評価を受けていました。懸念は「ホモたちってレズはどうなの?」(某紙デスク)とか「一部ゲイのエリートの運動になりすぎてはいないか?」(某紙論説委員)といったことぐらいでした。
 つまり、ごく常識的に考えるともっと票が出てきてもよいはずだった。それが出てこなかったのは「同性愛者だからといって十把一絡げにしないでほしい」「同性愛者だからといって尾辻に投票しなければならない理由なんか1つもない」という同性愛者の拒絶反応自体にこそ、なんらかのバイアスがかかっている、ということの証拠ではないのか、ということです。
 もちろん特定の他候補への強い思い入れがあって「尾辻」に投票しなかった人も多いでしょうが、それ以上に多くはまぎれもなくクローゼットの心理そのものです。そこには社会性も、見知らぬ者たちへの想像力も、未来への志もありません。
 全国で3万8229人という「愕然とする数字」は、カミングアウトをないがしろにしてきた、そのしっぺ返しでもあるでしょう。これは今後の政治やマーケティングの世界で誤った情報を与えてしまう恐れすらあります。悪影響はしばらく続くかもしれません。こうした外部からの見方には根気よく、むしろ残り99%の部分の潜在人口を示していくしかないのだと思います。
 そのとき、3万8229人は愕然とする数字じゃなくなります。むしろ残りの500万人という数字の衝撃性にこそ社会は愕然とする。3万8229人は、そのための素晴らしい起爆剤なのだと思います。
 それが、私たちの姿です。
(了)