« August 2006 | Main | September 2008 »

December 02, 2006

「国家の品格」というトンデモ本

 日本から来た若い友人が、どうぞ、とある新書を置いていきました。数学者藤原正彦さんがお書きになった「国家の品格」(新潮新書)という本でした。日本ではもう110万部も売れているのだそうです。ざっと通読後、私の尊敬する友人である若いお医者さんとかまでもが激賞しているのを知り、え、そんな感動するような本だったかしら? と思って、そりゃもういちど精読したほうがいいかなと思ってそうしたのですが、やはりこんども冒頭からつまずいてしまいました。

book_kokka.gif

 こう書いてあるのです。「30歳前後のころ、アメリカの大学で3年間ほど教えていました」「論理の応酬だけで物事が決まっていくアメリカ社会がとても爽快に思えました。向こうではだれもが物事の決め方はそれ以外にないと思っているので、議論に負けても勝っても根に持つようなことはありません」

 おいおいちょっと待ってよ。アメリカでだって「論理の応酬」だけでなんか物事は決まらないし「議論に負けても根に持たない」という見方も単純すぎます。そんなロボットみたいな人間、いるわけないじゃないですか。ちょっと考えただけでもそのくらいはわかる。そんなのとっても中途半端なものの見方で、あまりに情緒的に過ぎませんか。

 首を傾げながら読み進めると、そんな筋運びばかりでした。欧米式の「論理」だけではダメだ、日本的な「情緒」と「形」こそが重要なのだという“論理”なのですが、「論理だけでは駄目だ」が、いつのまにか「論理は駄目だ」にすり替わって、その対極とする日本的「情緒」の価値を持ち上げる、という仕掛けでした。
 もっとも、ここで藤原さんがおっしゃる「情緒」というのは「喜怒哀楽のようなだれでも生まれつき持っているものではなく、懐かしさとかもののあわれといった、教育によって培われるものです。形とは主に、武士道精神から来る行動基準」だそうなんですが。
 でもしかし、ふむ、ちょっとよくわからない。

 そもそも「論理」というのは方法・メディアであって日本的「情緒」という実体概念・共同幻想とは対にはならないでしょう。次元が違うのです。だって、情緒にだって論理はある。花伝書なんてその最たるものです。近松の虚実皮膜論だって見事なものだ。芭蕉にも種々の俳諧論があります。したがって日本的情緒の根源も論理で説明しようとする努力は歴史的にも否定されるものではありません。論理と情緒は敵対する水と油ではないのです。「論理」に対抗するのはこの本ではむしろ「形」の方でしょう。

 さてこうして筆者はゲーデルの「不完全性定理」まで持ち出してきて徹底的に「論理」を批判します。たとえば57ページには「風が吹けば桶屋が儲かる」という“論理”を、現実には桶屋は儲からない、と結論づけて、だから長い論理は危険だ、とわたしたちに言い含めます。
 ここでまたわからなくなる。
 だって、風が吹いてもじっさいには桶屋は儲からない、という結論自体もまた筆者の嫌う「(長い)論理」によって導かれた結論なのです。しかしそれには触れずに、つまり、論理はダメだということを論理によって説明しているのに、さらにつまり、筆者は論理の有効性を知ってそれを利用して結論づけてもいるのにもかかわらずそれには頬かむりして、だから論理はダメだ、だから情緒だ、と論を持っていくのです。

 もちろん筆者もバカじゃないですから(いやむしろかなり頭の良い方なんでしょうね)、何度も「論理を批判しているのではない」「論理だけでは駄目だといっているのだ」と断りを入れてはいるのですが、そういう「論理だけでは世界が破綻する」というきわめてまっとうな物言いを、ところが読者は限りなく「論理では世界が破綻する」という意味合いに近く誤読するよう誘導される書き方なのですね。
 これって、都合のよいところだけ論理的で、都合の悪いところはまるで手抜きの論証ではないか。いや、違う……都合の悪い部分は「論理」だと言って、都合の良い部分はそれは「情緒」だと依怙贔屓しているのか……。牽強付会は日本的情緒に最も反する行為なのに。

 先ほども言ったように「情緒」に対抗するものは「論理」ではありません。「情緒」に対して批判されるべきはむしろ「ゲーム」という概念です。藤原さんの厭うのは、「アメリカ化」が進んだ末の「金銭至上主義」による「財力にまかせた法律違反すれすれの」「卑怯」で「下品」な「メディア買収」に象徴される「マネーゲーム」だと、ご自身でもわかっていらっしゃるのに(p5)。この「ゲーム」の感覚に対抗するために、本来ならば「論理」を攻撃するのではなく、情緒と論理の2つの力を両輪にすべきなのに。

 さて先ほど、「論理」に対抗するのはこの本では「形」の方だ、とも書きました。
 藤原さんはそれに関していじめの例を引きます(p62)。武士道精神にのっとって「卑怯」を教えないといけない、と説くのです。
 「卑怯」というのは、「駄目だから駄目だ」らしい。それを徹底的に叩き込むしかない、という。「いじめをするような卑怯者は生きる価値すらない、ということをとことん叩き込むのです」とまで力説します。もっとも、何が「いじめ」かについては触れられません。そうしてこの「駄目だから駄目」「ならぬことはならぬのです」(p48)という武士道精神的「形」を子供にまず押し付けなければならないと言うわけです。
 それは「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いかけにも同じだそうです。「駄目なものは駄目」「以上終わり」だ、と。

 ところで、武士道というのは「人を殺す」ための教えです。ここでまたまたわからなくなります。
 藤原さんの「なぜ人を殺してはいけないのか」への答えは、藤原さんの敬愛する「武士道」精神では「駄目なもの」ではない。いったい、その「駄目なもの」の基準はどこにあるのか。「いじめ」もそうですけれど、それは時代や文化や場所によって異なるものなのです。普遍的な基準などない。だから懸命にそれを考えるのです。

 「駄目なものは駄目」という話を聞くと私はいつも「廊下を走ってはいけません」という小学校のときの規則を思い出します。小学校の先生というのはあまり深いことを教えてくれません。なぜ廊下を走ってはいけないのか? それは規則だから。なぜ喧嘩をしてはいけないのか、それは規則だから。なぜ人を殺してはいけないのか、それは規則だから。
 で、友だちが大けがをして先生を呼びにいくときも、走らずに歩いていく子供が生まれるのです。「なぜ」という「論理」を考え続けない限り、そうしたやさしい日本的「情緒」の生まれる土壌さえ作れないのです。

 人を殺してはいけない、これは論理ではない、と藤原さんは言いますが、これだって論理です。なぜ人は殺してはいけないのか、という反語は「じゃあ、殺してやろうか?」という反問を有効にするからです。すると自分が殺されてもよい状況が生まれます。そのとき、その自分は殺されるので人を殺すことができなくなります。だから人殺しは不可能なのです。「なぜ人を殺してはいけないのですか」と質問されたら、ですから「じゃあ、殺してやろうか」という答えが,論理的に必然的に待っているのです。
 それから先の論理は自分で考えてもらいましょう。

 では、武士はなぜ人を殺してよかったのか? それはなぜなら、自分が殺されてもよかったからなのです。もちろんそれはある一面ではありますが、それでもこれは1つの論理の導く1つの結論です。武士道もまた、じつに武士道的に論理的なのです。

 「駄目なものは駄目」というのが、じつは私はとても苦手です。生理的に駄目なのです。そういう意味ではまことに「駄目なものは駄目」は駄目です。
 というのも、それを認めると「理不尽」が通されてしまうからです。こういうことを書いている本を、たとえば同性愛者の人がすこしでも評価するというのはいったいどういうことなのかと考えてしまいます。

 ええ、ゲイの若い人たちの中にもこの本を賞賛する人がいます。同じ論理が、いや、ここでは物言いと呼びましょうか、「ゲイ」と呼ばれる者たちに向けて公然と抑圧として発せられてきた歴史を知っているはずの彼らが、この記述をスルーするのはなぜなのでしょうか? 「駄目なものは駄目」「気持ち悪いものは気持ち悪い」「罪なものは罪」。問答無用。そんな物言いを、認めるのですか? 私にはそれはどうしてもできない。

 藤原さんのこの本にはじつは政治や経済に関するごく基本的なことに関しての誤解や誤謬も数多くあります。まあ数学者だからしょうがないのかもしれません。しかし、この「駄目なものは駄目」に象徴される論の運びは私には看過できない。

 どうして若い人たちがこの本をよいと言うのか、その辺を考えると、なんだか日本人としての自分のアイデンティティをくすぐられるという、そういう昔ながらのエサが随所にちりばめられているせいではないかとも思います。
 はかないものに美を感ずるのは日本人特有の感性だというドナルド・キーン(p101)。随筆「虫の演奏家」で日本人は庶民も詩人だと書いたラフカディオ・ハーン(p102)。日本の楓は欧米のと比べて非常に繊細で華奢で色彩も豊かだと気づいて感嘆したフィールズ賞も貰っているケンブリッジ大学の数学の教授(106P)等々。
 なるほどこういうのは日本人として読んでいて心地はよいですが、でもそういうのは欧米人特有のお世辞なんですよ。

 英語の「コンプリメント」は日本語のお世辞と違ってウソの要素はないですが、強いて美点を探し出してそれを強調するのが基本。その分を割り引かずに真に受けて鼻の穴を膨らませるのはあまりに子供っぽい反応でしょう。もちろんこちらとてそれらに関する矜持はありますけれど、それは西洋人にお墨付きを貰わなくともよい。ふむふむ、と聞いているくらいでよいのです。そんな世辞で夜郎自大にならないこと、それこそ謙譲の美徳というものです。

 総じてこの本は、日本という国にもっと誇りが持てるような、あるいは誇りを持つことを励ますような記述にあふれているのですが、思うに日本人ほど自分の国を特別な国だと思っている(思いたがっている)国民はほかにいないんじゃないでしょうか? 逆に言えばどうしてこうも情緒だもののあわれだ武士道だ、といつも確認していなければ自信を持てないのか。どうして特別だと思わなければやっていけないのか。そのへんの自意識のさもしさが,私には品格に欠けると思わざるを得ないのです。

 「虫」の音を「ノイズ」と呼ぼう(101P)が、「サウンド」と呼ぼうが、バッハやモーツァルトやベートーベンやチャイコフスキーを生んだ「西洋人」の音楽性を否定するわけにはいきません。虫の音をノイズと呼んだくらいで、日本人の音楽性やもののあわれのほうがすぐれているとは、論理的にいってわたしにはどうしたって断言できない。儚さを包み込んだラフマニノフのもののあわれは、じゅうぶんに紫式部とも張れるものだと思うし、秋の日のヴィオロンの溜め息の身に沁みて、と謳ったベルレーヌだって、じゅうぶんにもののあはれではないですか。

 この「おあいこ」の感じ、これを大切にしたいのです。日本だけが特別で、すごいのではない。いや、すごくて特別なところはもちろんありますよ。私はそれは密かに自負もしてます。言えといわれれば日本の特別で素晴らしいところなど10や20はすぐにでも言えます。でも言わない。かっこ悪いもの。それに、同じように諸外国にもすごくて特別なところがあるって知っているし。その畏れを大切にしたい。私たちはその国の人じゃないからそれを知らないだけなのです。詳しくも知らないし、その感覚の基となる気候や文化や歴史だってそこに生きている人ほどには知りようもない。次元は違うかもしれませんが、いろんな国の人がみな自分の国や文化をそう思っているのだと思いますよ。そんな他者への畏れを、私はいろんなところに行きいろんな人に出逢っていろんな話を聞いて、持つようになりました。ジャーナリストをしていてよかったと思うのはまずそこです。しかも会社の金で世界中の人たちと会えたし、はは。
 以前にも書きましたが、愛国心、祖国愛というのはどの人にもだいたい共通のものです。そうしてそれは論理的でなくなり、感情的になるときにイビキに変わる。自分のは気にもならないが、隣のヤツのはひどく耳障りになるのです。

 この「国家の品格」は一事が万事この調子でした。きっと「欧米人」が読めたらイビキとか歯ぎしりとかの類いにしか聞こえないような。論の大前提がとても単純化された虚構なのです。先ほども触れたように、さらには藤原さんもご存じのように(p122)、もともとは鎌倉武士の戦いの掟である「武士道」というものと新渡戸稲造の説いた「武士道」とは違うものです。新渡戸武士道が大いなる虚構だというのはいまや常識なのに、それを敢えて前提に持ってきたのは数学でいう「前提が偽なら結果はすべて真」という論理を拝借した結果なのでしょうか。

 武士道に絡めて、もう1つ言ってよろしいですか?
 新渡戸武士道の最高の美徳は「敗者への共感」「劣者への同情」「弱者への愛情」(p124)だそうなんです。そこで差別に関して、藤原さんは「我が国では差別に対して対抗軸を立てるのではなく、惻隠の情をもって応じました。弱者・敗者・虐げられた者への思いやりです。惻隠こそ武士道精神の中軸です。人々に十分な惻隠の情があれば差別などなくなり、従って平等というフィクションも不要となります」(p90-91)といっていますが、この「惻隠の情」、主語はだれなんでしょうか? そう、武士です。
 敗者、劣者、弱者という人々は惻隠の情を持ち得ない。あくまで、惻隠の情を持ってもらう,抱いてもらう立場のままです。

 この武士道精神は、藤原さんが「非道」(p21)と批判している帝国主義・植民地主義とまったく同じ思考方法です。おまけに「人々に十分な惻隠の情があれば差別などなくなり、従って平等というフィクションも不要となります」と言うその同じ口で、その2ページ前と7ページ前に、「国民は永遠に成熟しない」「国民は賢くならない」とも断言しているのです。
 頭がこんがらがってきませんか? この「国民」と「人々」とは別な存在なのでしょうか? 「人々」とは武士的な人、のことなのでしょうか? まさに、選ばれてあることの恍惚。でもそこに不安はないようです。

 藤原さんの言い方では、武士だけが主語になれるのです。オンナ、コドモやオカマやカタワは常に「惻隠の情」の目的語の位置から逃れられない。そんな定型な「形」は、押し付けられても困ります。万物は流転するのです。日本的情緒の権化である鴨長明だってそういっている。

 私はいまの日本に欠けているのは(そしてこの本にも欠けているのは)むしろ丁寧な論理の紡ぎ方の教育だと思っています。だいたい論理というものが日本で人気のあったためしはありません。面倒くさいですからね。それに対して、情緒という言葉の響きの、なんと情緒的で安易なことか。受けるはずです。

 この本は、じつは第4章以降はまともすぎるほどにまともです。筆者の説く「徹底した実力主義は間違い」「デリバティブの恐怖」「小学生に株式投資や英語を教えることの愚劣さ」「ナショナリズムは不潔な考え」などの結論はまったくもって私の考えと同じです。
 ですがそこに辿り着くまでの論の運びは、私には大いなるブラックジョークとしか読めませんでした。もっとも、その一人漫才ぶりがこの本の売りなんでしょう。

 そういうことです。

 ずいぶん長く書きました。それもこれも、こんな本に簡単に感動しているきみに、私の思いを伝えたかったからです。この本は、ぜひジョークとしてお楽しみください。そうすればまあ可笑しいし、随所で何度かは吹き出したりもできます。
 以上、終わり。(2006年4月のブログ Daily Bullshit から)

『三島由紀夫のストーンウォール』

  先日、ある日本人女性がゲイ男性の中にいたストレート男性と話をして「あなたはノーマルなんですね」とコメントしました。一瞬の間を置いて大爆笑となったのですが、その一瞬のフリーズの理由を彼女は理解したでしょうか・・こんな「うっかり」のゲイ侮蔑がニューヨークに住んでいてさえも日本人の口から漏れてしまいます。しかしそろそろあなたも「これはちょっとまずいかも」と思ってはいませんか? なぜならあなたも、自分の周りに「予想」以上にゲイが多いことにそろそろ気づきはじめているでしょうから。もしそうじゃないなら、それはあなたが「偏見ある人物」としてこっそり敬遠されている証拠かもしれません。アメリカ生活のほかの問題と同様、ここでも知ることから始めてはどうでしょう? これから4回に渡り、この欄でゲイに関するいろいろな話題をわかりやすくご紹介します。

  冒頭の話はべつに彼女に限ったことではありません。かなり知的な人や地位のある人でさえもゲイに関しては腰が引けるふりをする人や下品な冗談や当てこすりしか言えない日本人が数多くいます。「ノーマル」の反対は「アブノーマル」。つまり「異常なヘンタイ」。これではゲイ男性も立つ瀬がありません。彼女に悪意がなかったのは確かでしょうが、同時に他者に対する繊細な「意識」もないと見られたのも確かでしょう。

  こういううっかりした、けれどとても失礼なゲイ蔑視が日本人コミュニティーに蔓延していることははしなくも先日、ある日本語新聞が毎年6月最終日曜に恒例となっているマンハッタンのゲイ・プライドを報道したときにも明らかになりました。記事はNY市警などの警官で作る全米ゲイ組織「GOAL」の行進を取り上げたものですが、その見出しがなぜか「私たちは警官である前にゲイなのよ」と意味もなくオンナ言葉になっていたのです。

  いや、「意味もなく」ではありません。これはじつは言外に「オカマはこうしてオンナ言葉でからかうべきものなのだ」というメッセージをとても雄弁に伝える役目を果たしました(同時に、オンナ言葉の奥に潜む拭い去りがたい女性蔑視も)。
  もっとも、同紙編集部に確認したところそういう意図はなかったと平謝りでしたから問題はここでも同じく、そういう意図がないのにそうやってしまう「意識」の「なさ」なのです。

  これらはすべて、同性愛に対する日本での条件反射的な対応をそのまま米国生活にも持ち込んだものでしょう。しかしそれはあまり通用する理論ではありません。通用しないどころか逆に「ホモフォーブ(同性愛者をさしたる論理的理由なく異常に嫌悪する恐怖神経症の人)」という、「未開人」に匹敵するレッテルを貼られることもあります。「うっかり」が「怠慢」と責められるアメリカでその種の論理が通用しないのはほかにだって貿易摩擦の問題やセクハラ関連の議論でもご存じのとおりです。

  どうして意識が低いのか。それは「ゲイ」が「性」に関することがらだからです。セックスに関してはおおやけに話さないという習慣が東アジア文化圏にはあります。よって日本では性科学でさえも正当に発展していません。真っ当な議論がないからいつまでも下世話なゴシップの次元から抜け出せないのです。

  じつは私も恥ずかしい思いをしたことがあります。日本の英和辞典で知った単語で、ゲイの人に向かって「ファゴット」という単語を使ったことがあるのです。その場でこれは大変な侮蔑語だと教えられ大汗をかきました。日本の辞書はいまでも同性愛者のことを一様に「ホモ」とか「オカマ」とかの侮蔑語で訳出しているものが多く、さらにそれが侮蔑語であるという意識すらないのです(これは27万項目を収録し最も権威ある辞書とされる、ついこの99年4月に出たばかりの研究社リーダーズ英和辞典第2版でも直っていません)。

  対してアメリカでは60年代後半からの性解放運動以来、「性」も「愛」と同様、幸福追求のために正当に考えられて然るべき人間性の一つなのだとされてきました。だから徹底的に議論にもなる。もちろんその分、宗教右翼からの侮蔑や罵倒も激しくなっていますしテロや虐殺さえも起きていますが。

  ただしその議論の論理的帰結はすでに定まっています。つまり同性愛は人間以外の自然界を見ても異常でも病気でもないということ。異常や病気があるとすればそれはすべて「隠す」という行為および「隠さねばならぬ」という心理的抑圧から派生したものであるということ。たとえば異性愛者であっても、それを「隠さねばならぬ」としたら頭がおかしくなってしまうことは往々にしてあり得るでしょう。そういうことです。

  それらの抑圧の原因は米国の場合すべて宗教的な諸説にあります。その意味ではユダヤ人蔑視などとほとんど同じ構造です。ところで日本ではゲイ蔑視の「理論的後ろ盾」というものがなに一つないというのがじつに不思議なのです。あるならぜひ教えていただきたいのですが。

  さて、その議論の突端は、じつはいまから30年前にこのニューヨークのダウンタウンで起こりました。

  30年前の1969年という年は、日本中で『黒猫のタンゴ』が鳴り響き東大では安田講堂が燃え、ここアメリカではニクソンが大統領になり、ウッドストックが開かれ、空の上ではアポロ11号が月に到着した年です。

  グリニッジ・ヴィレッジのゲイバー「ストーンウォール・イン」という名前を一度も聞いたことがなくても日本人なら当然です。日本のマスメディアは90年代に入るまでここで起きた同性愛者たちの“蜂起”をただの1行も報道していません。アメリカのメディアですら、たとえばタイム誌がそれに関して恐る恐る触れたのは事件後4カ月も経ってからでした。
  なぜなら、同性愛者であることは当時、アメリカでも個人的な「趣味」の問題だと考えられていたからです。ゲイ男性の自伝として史上初めて全米図書賞を受賞したポール・モネットの『Becoming a Man』(93年)は、当時の時代状況を「ヒッピーの性革命はだれもがだれとでもセックスできるということではあったが、ゲイであってもいいということではなかった。女性にも有色人種にも戦争にも政治哲学はあったが、ゲイにはなんの政治的意味もなかったのだ」と書いています。

  もっと奇妙な逸話もあります。ある作家が70年代初期に、思想・政治分野を扱う専門書店でゲイに関する本があるかと訊いたら「ポルノや変態モノは置いてない」と言われたというものです。店の本棚には女性、少数民族、さらには動物への抑圧という本まであったというのに、ゲイに対する抑圧は「なかった」。

  順が逆になってしまいました。69年6月28日土曜の未明にストーンウォールでいったい何が起きたのか・・伏線としては前日にゲイたちのアイドルであり、ゲイのファンたちをとても大切にしていた女優ジュディ・ガーランドが死んだことが挙げられます。その夜はこの偉大なアイコンを偲んで数多くのゲイたちがヴィレッジに集まっていました。そんな大切なとむらいの通夜にNY市警がゲイバー摘発にやってきたのです。

  当時のゲイバーでは酒の販売が禁止されていました。それを黙認して警官たちは賄賂を受け取り、定期的に形だけのガサ入れをやっていました。この夜も簡単なはずでした。なにせ相手はヤワなオカマたちなのですから。

  例によって店の従業員と女装の売春夫たちが手錠をはめられ逮捕車両に押し込まれました。バカにされののしられ警棒で小突かれながら「なんなのよ!」とだれかが警官に文句を言います。「こんな夜くらい静かに酒を飲ませてよ」と。「ファゴットが一丁前の口を利くな」と警官が言います。「なにがジュディ・ガーランドだ」と別の警官が笑います。

  だれかの心でなにかが切れます。それはそうでしょう。愛する者が死んだその夜に、最もまじめでひたむきな状態の人間の心が足蹴にされているのです。野次馬だった遠巻きの多くのゲイたちの中に、警官隊に向けて小銭を投げつける者が出てきます。小銭は小石になります。次にはビール瓶になり路端のゴミ箱になります。逆上する警官隊に対抗して「ゴー、ガールズ!」と号令が上がります。すると女装のゲイたちやレズビアンの勇者たちがいっせいに警官隊に歯向かいはじめたのです。道路のアスファルトが剥がされ、駐車メーターのネギ坊主も引き抜かれ投げつけられ、「反乱」はやがて数千人を巻き込んだ大暴動になりました。なにも失うもののないなにもかもを奪われていた者たちが、その夜初めて奪われたくないものに気づいて拳を握り立ち上がったフでした。

  暴動は、昼間はバー側がタダ酒を振る舞う酒宴となり(酒を売るのは違法でしたから)、夜には警官隊との衝突を繰り返して3日3晩続きました。これがその後に「ストーンウォールの反乱」と呼ばれるものでした。

  これがどのくらいゲイの人権運動に影響があったかといえば、ストーンウォール以前にはゲイの人権デモはせいぜい50人も集まればよかったのに、それが翌年のストーンウォール記念デモでは3千人のゲイがクリストファー・ストリートを練り歩いた、と言えばわかるでしょうか。ゲイ団体も事件前は全米でわずか50ほどしかなかったのが1年半で200団体にも増えました。73年末までには、大学や教会や市単位などでその数、全米で合計1100団体以上にも膨れ上がったのです。

  ところで、この「ストーンウォール」というバーのことを、この事件前に知っている著名な日本人がいました。
  作家の三島由紀夫です。

  あのストーンウォールの反乱の1、2年前の夏だったそうです。日本からやってきた三島にそこで出遭った、現在はニューヨーク大学で映画研究コーディネーターを務めるジェレマイア・ニュートン氏(50)に話を聴きました。
  三島は当時のニューヨーク文壇の関係者らと数人でヴィレッジに来ていました。まずジュリアスというゲイバーで軽く飲み、それから隣りのブロックのストーンウォールに向かいました。しかし三島はその入口チェックで入店を断られたそうなのです。

  「日本の偉い作家なんだって一生懸命説明したが、あのころアジア人なんてだれも鼻にもひっかけなかった。人種差別もひどい時代だったから」とニュートン氏。 日本学者フォービヨン・バワーズが、三島の自決直後の70年12月3日付ヴィレッジ・ヴォイス紙に追悼文を寄せています。そこに「ある夜、三島はただセックスだけのために渡米してきた。一緒に食事をとり、私に細かく自分の求める相手を描写したあと、ともにダウンタウンのゲイバー巡りをした」と書いてあるのも、おそらくニュートン氏の語るのと同じ夜のことだと思われます。白いスーツを着て意気込んで向かったその夜の三島の男漁りは、バワーズによればけっきょく虚しかったそうですが。

  三島とストーンウォールとのこの背離は、いまから思えばとても象徴的です。三島は自分が入店を断られたあのゲイバーからその翌年に画期的なゲイの人権運動が始まっていたのだとも知らぬままに死んでいったのでしょう。日本では同性愛は多く情緒的批判者から右翼思想や天皇制と結びつけられエセ病理学的にも揶揄されてきました。つまりオカマはオカマのままだったわけです。が、ここアメリカではオカマは次第に誇り高き「ゲイ」になっていきます。それは民主主義と結びつく運動です。6月の「ゲイ・プライド」とはそういう意味なのです。民主主義にはなんらの感情移入もできなかった作家三島由紀夫は、その意味でストーンウォールとは無関係です。彼はゲイではなく、ただのヘンタイ男色者として死んだのでした。もちろんここでいう「ヘンタイ」とは、自分が同性愛者であることを恥じている、その「恥」の意識の変態性を指しています。
(続く)

『We Are Everywhere』

 先日、AP通信が興味深いニュースを流しました。テキサス州議会ただ1人のオープンリー・ゲイ(ゲイであることをべつに隠したりしていない人を「オープンリー・ゲイ」と呼びます)の議員グレン・マクシーさんが、ある日のジョージ・W・ブッシュ州知事との会話を披露したのがニュースになったのです。

  ──「知事が私の肩に手を掛けて、ぐっと顔を近づけてきてこう言うんだ。『グレン、私はきみを個人として人間として尊重している。だからわかってもらいたいんだが、これから私がゲイに関して公的に発言するその内容は、きみ個人とはなんら関係のないものと受け取ってほしいんだよ』」。

  ことし4月にテキサス州議会で子供の保険法改正案が可決された際の話です。知事が同改正案の提案者でもあった彼のもとにお祝いに歩み寄ってきて、ついでにそういうことを口にしたのですね。話はまだ続きます。
 ──「それでもちろんこう返答したよ。『知事、あんたがゲイのやつらは子供の親としてふさわしくないと言うなら、それはあんた、つまり私のことを指して言ってるんだよ』。そうしたら知事は近くの別の議員のところに声をかけに行ったがね」。
  来年の大統領選でのフロントランナーであるブッシュ知事ならではの暴露話ですが、さて、このニュースからいろいろなことが読み取れます。

  その最初はもちろんマクシー議員が意図したように共和党の反ゲイ姿勢、あるいは「そんな反ゲイ政策も一皮むけばこんなまやかしでしかない」というメッセージです。

  キリスト教保守派を主要な支持基盤とする共和党はむかしから、「聖書の教えに反する」とされる同性愛者たちを「ライフスタイル」すなわち選択可能な「趣味の問題」(つまり快楽のために敢えてこうした“悪徳”を選んだ人びと)として非難していますが、もう1つは、そんな「背徳者」に対して「個人」的には「尊重している」と発言したブッシュ氏の思惑です。
  氏は人柄の人としても知られていますからこれはそのまま、ほんとうに政治家としての建前と個人としての友情との狭間での彼の苦衷を察してくれという意味だったのかもしれません。あるいはもっとうがった見方をすれば、そんな共和党候補でも最近のゲイたちの政治力の増大は無視できず、それを牽制する意図があったかもしれないということです     
  ゲイの政治力というのはそれほどに強いものなのでしょうか? 日本のメディアでは同性愛者に関するニュースはほとんど皆無です。取り上げられる同性愛者はお笑いやスキャンダルの対象だったりするだけで、したがって「日本には本当のホモはいない」と本気で思っている人も少なくありません。「エイズは外国人の病気で日本人だったら感染しにくい」と思っている人さえまだいるほどですから。

  ところがアメリカに住んでいると前述のAP通信ばかりかニューヨーク・タイムズ、CNNといった主要ニュースメディアにゲイの話題が登場しない日はありません。

  1999年8月のゲイ関連のニュースには▽ジェニー・ジョーンズ・ショーでのゲイ殺人事件の再審詳報▽宗教界でのゲイ容認の動きとそれへの抵抗▽ゲイ向けの広告が増加中という話題もの▽米軍でのゲイ兵士殺人事件続報▽国防総省が兵士たちにゲイ容認教育を行うとの方針▽ボーイスカウトでのゲイ差別禁止判決−−など、APやロイターで1日平均10種類ほどものニュース配信がありました。

  その中で目に付いたのがやはり大統領選にらみの共和党の動きです。前回のドール共和党での大統領選挙の際には同党がゲイからの献金を返還したということが大ニュースになりました。が、今回は同党も早々と「ゲイからの献金歓迎」という声明を出したのがニュースになっています。

  「ゲイが共和党に寄付?」と思われるかもしれませんが、カトリックにも隠れゲイの司祭がいるくらいです、同党非公認ながらも全米で1万人以上の会員を持つ「ログキャビン(丸太小屋)・リパブリカンズ」という名前のオープンリー・ゲイの共和党員組織があるのです。前述したようにここは94年の中間選挙で共和党候補に計20万ドルの政治献金を行っていて、96年にもドール候補に寄付をしたらそのカネを突き返された。もっともドール候補はその後に平謝りに謝りましたが。ゲイの共和党議員だっています。最近も「実はゲイだった」とやっとのことで告白した上院議員もいました。
  オレゴン州議会でオープンリー・ゲイの共和党議員チャック・カーペンター氏は「ゲイで共和党員だなんて、しばらくはまるでナチス党員のユダヤ人みたいに思われてたがね」と回想しています。

  ところで具体的に、いったいゲイというのはどのくらいの政治勢力なのでしょう? ニューヨークタイムズによれば、前回96年の大統領選出口調査で、じつは5%もの人たちが自分のことをゲイであると明らかにしています(ゲイというのはレズビアン女性のことも含む用語です)。これは全米のヒスパニック系の投票翼窒ニほぼ同じです。またユダヤ系と比べても2倍近い数字でもあります。

  さらに考慮しなくてはならないのは、ここで5%というのは、自分で自分をゲイだと言える人たちだけの割合だということです。いまでも抑圧や差別の多いキリスト教社会では、自分をゲイだとはっきり言えない人たちがその陰にそれこそごまんと控えています。すると、ゲイというのは潜在分を含めてやはりかなりの勢力になる。

  しかもゲイと自称している人たちはもちろん自分たちの置かれている政治的状況にきわめて敏感な人たちでもあります。ゲイであることに誇りと自信を持っている人たちです。それは例えば、ゲイ人権団体から寄付を呼びかけるダイレクトメールが届いたら、ほかのどの社会層よりもはるかにそれに呼応する人たちの数が多い、ということでもあります。アメリカのゲイ団体の集金力は、一時期のエイズ関連寄付の多さとともに特筆に値するものです。

  ちなみに7月中旬、民主党の筆頭大統領候補ゴア副大統領はゲイ団体から15万ドルの寄付を受けました。
     
  このゲイのネットワークはかなりのものです。おまけにこれは人種などほかのマイノリティ層と異なり、すべての人種、すべての民族、すべての職種、すべての階級、すべての地域、すべての宗教、すべての(思春期以降の)年齢層を横断するネットワークなのです。こういうカテゴリーは人類史上、ゲイ以外に存在したことがありません。

  いや、そうとも言えないか……あえて言えば「左利きの人」とか「太った人」とか「近視の人」、逆に言えば「目のよい人」「かっこいい体型の人」とかいうカテゴリーも同じですね。こういうのはたしかに地球上のどの層にもどの時代にも存在する。
  話は横道に逸れますが、例えば知識人や芸術家にゲイが多いという“俗説”があります。たしかにチャイコフスキーやヘンデルなど歴史的に同性愛者の大音楽家はいますし、近場ではレナード・バーンスタインなどもゲイでした。画家のフランシス・ベイコンもゲイでしたし、哲学者のミシェル・フーコーとかヴィトゲンシュタインもそうですね。みんなが知っているウォルト・ホイットマンやテネシー・ウィリアムズやトルーマン・カポーティなど、作家業にもたくさんゲイはいます。『ファルコナー』を書いたジョン・チーヴァーも同性愛者だったことを実の娘が彼の死後に明かしています。

  しかしだからといって芸術家にホモセクシュアルが多いとは言えない。たまたま有名人だから同性愛者だと暴露される率が多いというだけの話かもしれないし、たとえば芸術家とはちょっと違うかもしれないけれど「ヘアメイク・アーティストってゲイが多いですよね」と同意を求められても私には「そうとも言えないんじゃないか」としか答えられません。「だってゲイの人って美的感覚に優れてるっていうじゃないですか?」と返されたりしますが、そういうのは才能もあるけれど基本的には努力した結果の獲得形質であって、抑圧のある社会でゲイの人がしっかり生きていきたいと願うときに、美的感覚とか芸術的技術とかそういうものを糧にしてしか生きられなかった、だから努力した、そういうことの単なる結果なのかもしれませんよね。

  つまり芸術家とか美的感覚を必要とする職業とかというのは、「ゲイだからなれた」のではなく、もともとの自分の美的・芸術的感覚と才能とをよりよく培っているかどうかの問題であって、それはむしろ「ゲイでもなれた」ということだったのではないかと思う。知識人だって成就の条件はゲイネスではなくてその知能と精進ですし。

  いずれにしてもどこにでもどの時代にでもどの層にでもゲイはいます。「オンナっぽいやつ」だけがゲイだ(レズビアンの場合はその逆です)と思ったら大間違いです。「オンナっぽい」とゲイだとすぐ知られるかもしれませんが、この世にはそれと同じ分だけ(あるいはそれ以上に)「オトコっぽい」ゲイもたくさんいます。彼らは「オトコっぽい」分だけ周囲に気づかれずに済んでいるだけの話で、ひょっとするとコソコソしている分だけ「オンナっぽい」ゲイたちよりも「オトコっぽくない」のかもしれない、という面白い逆説まで読み取れたりします。    

 閑話休題。さてそのような強力なゲイのネットワークは最初から存在したたわけではもちろんありません。
  前回の『三島由紀夫のストーンウォール』でも紹介したように、ゲイたちが政治意識を持って本格的に活動を始めたのは1970年代に入ってからです。72年の民主党の党大会から同性愛者の人権問題が初めて議論に上りました。そのときはゲイとレズビアンは差別撤廃の対象とはなりませんでしたが、ウォルター・クロンカイトは当時のニュースで「同性愛に関する政治綱領が今夜初めて真剣な議論になりました。これは今後来たるべきものの重要な先駆けになるかもしれません」と見抜いていました。

  さすがです。やはり彼は一級のニュースマンだった。日本のジャーナリストで同性愛のことを揶揄や嫌悪なく普通の顔で普通に話題にできる人はY2Kを迎えようとする現在でさえも数少ない。

  もちろんジャーナリズムの中にもゲイは同じ割合だけいます。90年には「全米レズビアン&ゲイ・ジャーナリスト協会(NLGJA)」という組織もできました。NYタイムズやウォールストリート・ジャーナルといった大マスメディアの記者たちから大学でジャーナリズムを専攻している学生まで、もちろんTVジャーナリストも含めて現在は全米で1000人が会員です。中にはピュリッツァー受賞ジャーナリストもいます。

  さて、これがゲイたちが「We Are Everywhere(私たちはどこにでもいる)」と豪語する実態です。
  かつて同性愛者であることは最高の脅しのタネでした。だから同性愛者たちは国家機密に関する職には就けなかった。しかしこれは簡単なことです。同性愛が秘密でもなんでもなくなれば済むことなのですから。クリントン政権では、ゲイネスがすでに恥ではなくなったという認識のもとに今年こうした国家公務員のゲイ排除の職種差別も撤廃しました。
  日本の朝・毎・読・日経・産経・東京・共同・時事、及びすべてのテレビ局、そのいずれの組織にも私が個人的に知っているゲイの記者がいますが、ゲイであると知られるのを怖がってひた隠しに隠している人がほとんどです。それは傍で見ていてかわいそうなくらいです。優秀な記者も少なくないのですが。

  ゲイのジャーナリストも、じつはゲイであることを隠しているほうが逆に危ないのです。隠すからそれをネタに脅すやつがいる。前回も書きましたが、「隠す」という行為はそれほどまでに不健康で危険なことなのです。
  わかっているけど……彼らはそう言います。それほどまでにホモフォビアの呪縛は厳しい。次回はそのあたりを説明しましょう。
(続く)

『男社会のホモフォビア』

 1999年9月5日付ニューヨーク・タイムズ日曜版に、元大リーガーでサンディエゴ・パドレスを最後に96年に引退したビリー・ビーン氏(35)の大型インタビュー記事が掲載されたのに気づいた人もいらっしゃるでしょう。ビーン氏はこの夏、自分がじつは同性愛者だったとマイアミ・ヘラルド紙のインタビューで明かしました。今回のNYタイムズの記事はいわばその掘り下げ詳報ですね。

  前回、同性愛者がどこにでもいるということを書きましたが、それは「男らしさ」が支配するアメリカのスポーツ界でも同じです。しかしじつのところ、スポーツ選手で現役時代に自分がゲイだと公表した男性は、いままでにただ1人、フィギュア・スケートのルディ・ガリンド選手しかいません。女性のほうはテニスのマルチナ・ナヴラチロヴァやゴルフのマフィン・スペンサーダヴリン、自転車のミッシー・ジオーヴらがいるのですが。

  ただし現役引退後にゲイだったと公表した男性選手はかなりいます。フットボール界でもデヴィッド・コペイやロイ・シモンズがそうでした。飛び込みの連続五輪金メダリスト、グレッグ・ルゲイナスもゲイでした。レッドスキンズのタイトエンドだったジェリー・スミスは86年にエイズになって初めて自分がゲイだったと打ち明け、その7週間後に亡くなりました。
  現役時代にカムアウト(ゲイであることを公表することをこう言います)するのが難しいのは、とくにチームスポーツで著しいようです。それはもちろんチームメイトたちからの拒絶を恐れてのことでしょう。仲間から嫌われてはチームスポーツは成立しませんから。

  ビリー・ビーン氏はメジャーリーグでの9年間を「片足は大リーグに置きながらももう片足ではバナナの皮を踏んでいるような気持ちだった」とタイムズの記事の中で述懐しています。それを裏打ちするように、同紙での他選手の反応の1つにヤンキーズのチャッド・カーティス外野手のコメントも載っていました。「このロッカールームの全員にアンケートをとったら、きっとみんな、だれかチームメイトの1人が自分のことを(性的に)品定めしてるなんて、考えるだけでもいやだと答えるだろう」。

  これはじつに「男性」的な感想でしょうね。いつもは女性を「性的に品定め」してはばかることない男性異性愛者たちが、自分たちが「品定め」されることになるなどとは思いもしなかった、あるいは思いもしたくない。なぜなら、そんなふうになったら彼の拠って立つところの「世界と歴史の主人公」たる「男性」性が否定されてしまうからです。さまざまな物語の中でいつも「主語」として君臨してきた自分が、その同性愛者のテキストの中ではいつのまにか「目的語」になって存在する。そのことへの恐怖。それはまさしく男性としての「主体性」を揺るがす大問題なのです。

  しかし、それにしても同性愛者はただそんなことだけでほかの男性異性愛者たちの脅威なのでしょうか? 「主語」とか「主体性」とか、そういう“哲学”的な話題のほかに、じつはとても興味深いデータがあります。

  「同性愛」という言葉を聞いてふつうでなく反応してしまう人たちがいます。これを心理学者のジョージ・ワインバーグ博士が72年に「ホモフォビア(同性愛恐怖症)」と名付けました。高所恐怖症とか閉所恐怖症とか広場恐怖症とか、そういう一連の恐怖症の1つです。むろんこの場合、治療の対象は高所や広場でないのと同じように同性愛ではありません。治療の対象は同性愛をそうやって病的に嫌悪する人たちのほうなのです。

  さて、そのホモフォビアの研究で米国の学会誌「異常心理ジャーナル」が97年にジョージア大学の研究者の実験を紹介しました。
  実験は異性愛者を自称する被験男子学生64人を対象に、まず彼らを同性愛を嫌悪する者とべつに気にしない者たちとに分類して行われました。それで何をどうしたのかというと、その彼らのペニスに計測器を装着して、双方のグループにともに男同士の性交を描いたゲイ・ポルノのヴィデオを見せたわけです(すごい実験ですよね)。すると2グループの勃起率に明らかな差異が認められました。

  なんと、ホモフォビアの男子グループの80%の学生に明らかな勃起が生じ、その平均はヴィデオ開始後わずか1分でペニスの周囲長が1センチ増大。4分経過時点では平均して1・25センチ増になったというものでした。
  対してホモフォビアを持たない学生では勃起を見たのは30%。しかもその膨張平均は4分経過時点でも5ミリ増にとどまったのでした。

  これはいったい何を意味しているのでしょうか?
  この実験結果に通底する事例をインターネットのニューズグループの書き込みにも見ることができます。ゲイの話題を扱ったニューズグループの書き込みの中に、毎日必ずといってよいほどゲイたちを罵倒する言葉がアップされています。彼らは同性愛者たちを「異常」「病気」「変態」と罵り、「地獄に堕ちろ」とか「銃で撃ち拾してやる」とか書き込んでは素性を明かさずに消えていきます。

  ニューズグループというのはもとよりあるテーマでの情報交換を目的に開放されたネット上の架空空間ですから、したがって同性愛に関するグループにはほんらい同性愛者たちしかアクセスしません。そんなにも同性愛が嫌いな輩が、わざわざそんな場所を調べ出してアクセスしては貴重な時間まで費やして1件1件「ホモ」たちの書き込みを読み写真をダウンロードし、ヘドが出るとかいった感想や憎悪の殴り書きをしては立ち去っていくのです。

  この執拗さはどう考えても普通じゃない。
  さて、なんとなくホモフォビアの正体がわかってきたでしょう? つまりホモセクシュアルを嫌悪する男性に限って、じつはホモセクシュアルのことが気になって気になってしょうがないのだということ。もっと言ってしまえば、彼らはホモセクシュアルなことに性的に興奮すらするのだということです。
  そうです。同性愛者の存在は、異性愛者たちの内なる同性愛性を目覚めさせてしまうという意味でも大きな脅威なのです。ホモフォビアとはつまり、自分の中の無意識のホモセクシュアルな欲望への否定なのです。この解釈は実にフロイド的ですね。

  フロイドは人間はもともと両性愛的に生まれてくると指摘しましたが、たしかにまったく「ホモっ気」がなければ「ホモ」のことなど気にもならないし「ホモ」から「性的に品定め」されても動じる必要などありません。「ホモ」の話題でぎゃーぎゃー騒いだり罵ったりする男ほど“怪しい”とすれば、なんだか世の中の男性はみんな「隠れホモ」みたいに見えてきそうです。
  じつはそういう状態を表す言葉も社会学とジェンダーの学問領域からすでに生まれています。「ホモソシアル」という形容詞がそれです。日本語にするのはなかなか難しいのですが、要するに「男同士が社会の中で徹底的にツルんでいる状態」をイメージすればよいでしょう。日本語にはなりにくいがその意味するものはとても日本的な男たちの光景でもありますから、私たちにもけっこう容易に理解できるのではないでしょうか。このホモソシアリティには大きな特徴があります。
  1つは、ホモソシアルな関係というのは精神的にはとてもホモセクシュアルな関係なのですが、じっさいにはホモセクシュアルを極端に忌避するというものです。男同士ツルんでいても、ホモじゃないぜ、ということを見せつけるために異常な強さで同性愛的なものを排斥するわけです。

  忌避されるのはホモセクシュアルだけではありません。じつはホモソシアルな男性中心社会では、女性もまた彼らの異性愛性を証明するアリバイ的な道具でしかありません。ときには女性たちは男同士の絆の強さを示す、あるいはその絆を補強するだけのために、当の男たちの間で通貨のように交換されたりもするのです。それは男同士の付き合いのときにたとえば単なる「お茶くみ」に変身させられるどこかの奥さんとか、もっと極端に言えば同じ女性と寝たと言って「アナ兄弟だな」とか言って喜ぶ男どもなどに如実に現れています。

  つまりホモソシアルな社会というのは、そうした権力の中心にいる男性異性愛者以外の者たちにとってはたいへんな抑圧装置として働くということです。ゲイのことを考えることは、じつはそんな非情なシステムの在り方を変えていこうという試みでもあるわけなのです。

  スポーツ界というのはそうした「男らしさ」の権化の世界でもありますから、ホモフォビアが強いのもまあ頷けはします。そういえば「男の世界」である軍隊もまた似たようなメカニズムですね。米軍のホモフォビアはとても有名で、例の「(ゲイであることを)聞かない、言わない」原則はほとんど機能していません。ついでに言えば、軍隊にはホモフォビアだけでなく男の世界に割り入ってきた女性兵士に対する女性嫌悪(ミソジニー)さえ存在しています。まさに前述のホモソシアルの特徴そのものでしょう?

  さて、それをひっくり返そうとするゲイたちの試みの1つが「ゲイ・ゲームズ」です。82年にサンフランシスコで始まった4年に1度のこのスポーツの祭典は発足当初は「ゲイ・オリンピック」と名付けられ、その後に本家の米国オリンピック委員会に名称権の問題で訴えられて名称を変更しましたから、その騒ぎなどを記憶している人も多いでしょう。
  このゲイ・ゲームズは以来着実に参加者を増やし、94年にニューヨークで行われた第4回大会では8日間の期間中、競技参加者は世界44カ国から1万5千人。31種類の競技が行われて観客動員50万人を記録し、アマチュア・スポーツ大会ではそれこそ本家オリンピックを抜いて世界1の規模を誇るまでに成長しました。98年にはついに海を渡ってアムステルダムで開催されました。競技出場者も2万人に膨れ上がりました。

  「男らしさ」とか「より強く」とか、そういった旧来のスポーツの価値観を捨てて、参加する楽しさを原則にしていることも最近の商業主義的五輪よりある意味で本来の近代五輪の理想的イメージに近いような印象を受けますね。
  このゲイ・ゲームズを考えたのがメキシコ五輪で十種競技の6位に入賞した、薬学博士でもあるトム・ワデルでした。彼は68年のそのオリンピックで、アメリカの黒人人権運動の示威行為として手を突き上げて表彰台に立った米国黒人スプリンター2人への非難渦巻く中、その2人への支持声明を出したことでも知られています。
  そんな彼も86年にエイズと診断され、翌年に49歳の若さで亡くなりました。ですが、彼の遺志はいまでもゲイ・ゲームズに結実しています。

  かつてオリンピックの名称使用をめぐって争った米国オリンピック委員会も、90年に初めてのオープンリー・レズビアンの委員を採用したころからこのゲイ・ゲームズに協力を開始しています。同委の年間スポーツ・イベントのリストにも掲載するようになりましたし、ゲームズに参加しに訪れる外国選手たちのためにビザ取得で協力してやっています。日本からももちろん毎回、何十人もの選手団が参加しています。

  でも、この世界最大のスポーツの祭典「ゲイ・ゲームズ」が日本国内できちんと報道されたという話は、例によってまだ聞いたことがありません。日本という国がじつにホモソシアルだということを考えれば、日本という国そのものが見事にホモフォビックだというのも先ほどからの論理から言って当然といえば当然なのですが……。
(続)

『ゲイが集まりゃ桶屋が儲かる?』

 最近、マンハッタンのチェルシー地区を歩いたことがありますか? とくに八番街の15〜22丁目周辺です。つい数年前までは殺風景な茶色いビルの建ち並ぶだけの通りだったのですが、いまはやたらとカラフルでおしゃれなレストランやカフェが並