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December 02, 2006

「国家の品格」というトンデモ本

 日本から来た若い友人が、どうぞ、とある新書を置いていきました。数学者藤原正彦さんがお書きになった「国家の品格」(新潮新書)という本でした。日本ではもう110万部も売れているのだそうです。ざっと通読後、私の尊敬する友人である若いお医者さんとかまでもが激賞しているのを知り、え、そんな感動するような本だったかしら? と思って、そりゃもういちど精読したほうがいいかなと思ってそうしたのですが、やはりこんども冒頭からつまずいてしまいました。

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 こう書いてあるのです。「30歳前後のころ、アメリカの大学で3年間ほど教えていました」「論理の応酬だけで物事が決まっていくアメリカ社会がとても爽快に思えました。向こうではだれもが物事の決め方はそれ以外にないと思っているので、議論に負けても勝っても根に持つようなことはありません」

 おいおいちょっと待ってよ。アメリカでだって「論理の応酬」だけでなんか物事は決まらないし「議論に負けても根に持たない」という見方も単純すぎます。そんなロボットみたいな人間、いるわけないじゃないですか。ちょっと考えただけでもそのくらいはわかる。そんなのとっても中途半端なものの見方で、あまりに情緒的に過ぎませんか。

 首を傾げながら読み進めると、そんな筋運びばかりでした。欧米式の「論理」だけではダメだ、日本的な「情緒」と「形」こそが重要なのだという“論理”なのですが、「論理だけでは駄目だ」が、いつのまにか「論理は駄目だ」にすり替わって、その対極とする日本的「情緒」の価値を持ち上げる、という仕掛けでした。
 もっとも、ここで藤原さんがおっしゃる「情緒」というのは「喜怒哀楽のようなだれでも生まれつき持っているものではなく、懐かしさとかもののあわれといった、教育によって培われるものです。形とは主に、武士道精神から来る行動基準」だそうなんですが。
 でもしかし、ふむ、ちょっとよくわからない。

 そもそも「論理」というのは方法・メディアであって日本的「情緒」という実体概念・共同幻想とは対にはならないでしょう。次元が違うのです。だって、情緒にだって論理はある。花伝書なんてその最たるものです。近松の虚実皮膜論だって見事なものだ。芭蕉にも種々の俳諧論があります。したがって日本的情緒の根源も論理で説明しようとする努力は歴史的にも否定されるものではありません。論理と情緒は敵対する水と油ではないのです。「論理」に対抗するのはこの本ではむしろ「形」の方でしょう。

 さてこうして筆者はゲーデルの「不完全性定理」まで持ち出してきて徹底的に「論理」を批判します。たとえば57ページには「風が吹けば桶屋が儲かる」という“論理”を、現実には桶屋は儲からない、と結論づけて、だから長い論理は危険だ、とわたしたちに言い含めます。
 ここでまたわからなくなる。
 だって、風が吹いてもじっさいには桶屋は儲からない、という結論自体もまた筆者の嫌う「(長い)論理」によって導かれた結論なのです。しかしそれには触れずに、つまり、論理はダメだということを論理によって説明しているのに、さらにつまり、筆者は論理の有効性を知ってそれを利用して結論づけてもいるのにもかかわらずそれには頬かむりして、だから論理はダメだ、だから情緒だ、と論を持っていくのです。

 もちろん筆者もバカじゃないですから(いやむしろかなり頭の良い方なんでしょうね)、何度も「論理を批判しているのではない」「論理だけでは駄目だといっているのだ」と断りを入れてはいるのですが、そういう「論理だけでは世界が破綻する」というきわめてまっとうな物言いを、ところが読者は限りなく「論理では世界が破綻する」という意味合いに近く誤読するよう誘導される書き方なのですね。
 これって、都合のよいところだけ論理的で、都合の悪いところはまるで手抜きの論証ではないか。いや、違う……都合の悪い部分は「論理」だと言って、都合の良い部分はそれは「情緒」だと依怙贔屓しているのか……。牽強付会は日本的情緒に最も反する行為なのに。

 先ほども言ったように「情緒」に対抗するものは「論理」ではありません。「情緒」に対して批判されるべきはむしろ「ゲーム」という概念です。藤原さんの厭うのは、「アメリカ化」が進んだ末の「金銭至上主義」による「財力にまかせた法律違反すれすれの」「卑怯」で「下品」な「メディア買収」に象徴される「マネーゲーム」だと、ご自身でもわかっていらっしゃるのに(p5)。この「ゲーム」の感覚に対抗するために、本来ならば「論理」を攻撃するのではなく、情緒と論理の2つの力を両輪にすべきなのに。

 さて先ほど、「論理」に対抗するのはこの本では「形」の方だ、とも書きました。
 藤原さんはそれに関していじめの例を引きます(p62)。武士道精神にのっとって「卑怯」を教えないといけない、と説くのです。
 「卑怯」というのは、「駄目だから駄目だ」らしい。それを徹底的に叩き込むしかない、という。「いじめをするような卑怯者は生きる価値すらない、ということをとことん叩き込むのです」とまで力説します。もっとも、何が「いじめ」かについては触れられません。そうしてこの「駄目だから駄目」「ならぬことはならぬのです」(p48)という武士道精神的「形」を子供にまず押し付けなければならないと言うわけです。
 それは「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いかけにも同じだそうです。「駄目なものは駄目」「以上終わり」だ、と。

 ところで、武士道というのは「人を殺す」ための教えです。ここでまたまたわからなくなります。
 藤原さんの「なぜ人を殺してはいけないのか」への答えは、藤原さんの敬愛する「武士道」精神では「駄目なもの」ではない。いったい、その「駄目なもの」の基準はどこにあるのか。「いじめ」もそうですけれど、それは時代や文化や場所によって異なるものなのです。普遍的な基準などない。だから懸命にそれを考えるのです。

 「駄目なものは駄目」という話を聞くと私はいつも「廊下を走ってはいけません」という小学校のときの規則を思い出します。小学校の先生というのはあまり深いことを教えてくれません。なぜ廊下を走ってはいけないのか? それは規則だから。なぜ喧嘩をしてはいけないのか、それは規則だから。なぜ人を殺してはいけないのか、それは規則だから。
 で、友だちが大けがをして先生を呼びにいくときも、走らずに歩いていく子供が生まれるのです。「なぜ」という「論理」を考え続けない限り、そうしたやさしい日本的「情緒」の生まれる土壌さえ作れないのです。

 人を殺してはいけない、これは論理ではない、と藤原さんは言いますが、これだって論理です。なぜ人は殺してはいけないのか、という反語は「じゃあ、殺してやろうか?」という反問を有効にするからです。すると自分が殺されてもよい状況が生まれます。そのとき、その自分は殺されるので人を殺すことができなくなります。だから人殺しは不可能なのです。「なぜ人を殺してはいけないのですか」と質問されたら、ですから「じゃあ、殺してやろうか」という答えが,論理的に必然的に待っているのです。
 それから先の論理は自分で考えてもらいましょう。

 では、武士はなぜ人を殺してよかったのか? それはなぜなら、自分が殺されてもよかったからなのです。もちろんそれはある一面ではありますが、それでもこれは1つの論理の導く1つの結論です。武士道もまた、じつに武士道的に論理的なのです。

 「駄目なものは駄目」というのが、じつは私はとても苦手です。生理的に駄目なのです。そういう意味ではまことに「駄目なものは駄目」は駄目です。
 というのも、それを認めると「理不尽」が通されてしまうからです。こういうことを書いている本を、たとえば同性愛者の人がすこしでも評価するというのはいったいどういうことなのかと考えてしまいます。

 ええ、ゲイの若い人たちの中にもこの本を賞賛する人がいます。同じ論理が、いや、ここでは物言いと呼びましょうか、「ゲイ」と呼ばれる者たちに向けて公然と抑圧として発せられてきた歴史を知っているはずの彼らが、この記述をスルーするのはなぜなのでしょうか? 「駄目なものは駄目」「気持ち悪いものは気持ち悪い」「罪なものは罪」。問答無用。そんな物言いを、認めるのですか? 私にはそれはどうしてもできない。

 藤原さんのこの本にはじつは政治や経済に関するごく基本的なことに関しての誤解や誤謬も数多くあります。まあ数学者だからしょうがないのかもしれません。しかし、この「駄目なものは駄目」に象徴される論の運びは私には看過できない。

 どうして若い人たちがこの本をよいと言うのか、その辺を考えると、なんだか日本人としての自分のアイデンティティをくすぐられるという、そういう昔ながらのエサが随所にちりばめられているせいではないかとも思います。
 はかないものに美を感ずるのは日本人特有の感性だというドナルド・キーン(p101)。随筆「虫の演奏家」で日本人は庶民も詩人だと書いたラフカディオ・ハーン(p102)。日本の楓は欧米のと比べて非常に繊細で華奢で色彩も豊かだと気づいて感嘆したフィールズ賞も貰っているケンブリッジ大学の数学の教授(106P)等々。
 なるほどこういうのは日本人として読んでいて心地はよいですが、でもそういうのは欧米人特有のお世辞なんですよ。

 英語の「コンプリメント」は日本語のお世辞と違ってウソの要素はないですが、強いて美点を探し出してそれを強調するのが基本。その分を割り引かずに真に受けて鼻の穴を膨らませるのはあまりに子供っぽい反応でしょう。もちろんこちらとてそれらに関する矜持はありますけれど、それは西洋人にお墨付きを貰わなくともよい。ふむふむ、と聞いているくらいでよいのです。そんな世辞で夜郎自大にならないこと、それこそ謙譲の美徳というものです。

 総じてこの本は、日本という国にもっと誇りが持てるような、あるいは誇りを持つことを励ますような記述にあふれているのですが、思うに日本人ほど自分の国を特別な国だと思っている(思いたがっている)国民はほかにいないんじゃないでしょうか? 逆に言えばどうしてこうも情緒だもののあわれだ武士道だ、といつも確認していなければ自信を持てないのか。どうして特別だと思わなければやっていけないのか。そのへんの自意識のさもしさが,私には品格に欠けると思わざるを得ないのです。

 「虫」の音を「ノイズ」と呼ぼう(101P)が、「サウンド」と呼ぼうが、バッハやモーツァルトやベートーベンやチャイコフスキーを生んだ「西洋人」の音楽性を否定するわけにはいきません。虫の音をノイズと呼んだくらいで、日本人の音楽性やもののあわれのほうがすぐれているとは、論理的にいってわたしにはどうしたって断言できない。儚さを包み込んだラフマニノフのもののあわれは、じゅうぶんに紫式部とも張れるものだと思うし、秋の日のヴィオロンの溜め息の身に沁みて、と謳ったベルレーヌだって、じゅうぶんにもののあはれではないですか。

 この「おあいこ」の感じ、これを大切にしたいのです。日本だけが特別で、すごいのではない。いや、すごくて特別なところはもちろんありますよ。私はそれは密かに自負もしてます。言えといわれれば日本の特別で素晴らしいところなど10や20はすぐにでも言えます。でも言わない。かっこ悪いもの。それに、同じように諸外国にもすごくて特別なところがあるって知っているし。その畏れを大切にしたい。私たちはその国の人じゃないからそれを知らないだけなのです。詳しくも知らないし、その感覚の基となる気候や文化や歴史だってそこに生きている人ほどには知りようもない。次元は違うかもしれませんが、いろんな国の人がみな自分の国や文化をそう思っているのだと思いますよ。そんな他者への畏れを、私はいろんなところに行きいろんな人に出逢っていろんな話を聞いて、持つようになりました。ジャーナリストをしていてよかったと思うのはまずそこです。しかも会社の金で世界中の人たちと会えたし、はは。
 以前にも書きましたが、愛国心、祖国愛というのはどの人にもだいたい共通のものです。そうしてそれは論理的でなくなり、感情的になるときにイビキに変わる。自分のは気にもならないが、隣のヤツのはひどく耳障りになるのです。

 この「国家の品格」は一事が万事この調子でした。きっと「欧米人」が読めたらイビキとか歯ぎしりとかの類いにしか聞こえないような。論の大前提がとても単純化された虚構なのです。先ほども触れたように、さらには藤原さんもご存じのように(p122)、もともとは鎌倉武士の戦いの掟である「武士道」というものと新渡戸稲造の説いた「武士道」とは違うものです。新渡戸武士道が大いなる虚構だというのはいまや常識なのに、それを敢えて前提に持ってきたのは数学でいう「前提が偽なら結果はすべて真」という論理を拝借した結果なのでしょうか。

 武士道に絡めて、もう1つ言ってよろしいですか?
 新渡戸武士道の最高の美徳は「敗者への共感」「劣者への同情」「弱者への愛情」(p124)だそうなんです。そこで差別に関して、藤原さんは「我が国では差別に対して対抗軸を立てるのではなく、惻隠の情をもって応じました。弱者・敗者・虐げられた者への思いやりです。惻隠こそ武士道精神の中軸です。人々に十分な惻隠の情があれば差別などなくなり、従って平等というフィクションも不要となります」(p90-91)といっていますが、この「惻隠の情」、主語はだれなんでしょうか? そう、武士です。
 敗者、劣者、弱者という人々は惻隠の情を持ち得ない。あくまで、惻隠の情を持ってもらう,抱いてもらう立場のままです。

 この武士道精神は、藤原さんが「非道」(p21)と批判している帝国主義・植民地主義とまったく同じ思考方法です。おまけに「人々に十分な惻隠の情があれば差別などなくなり、従って平等というフィクションも不要となります」と言うその同じ口で、その2ページ前と7ページ前に、「国民は永遠に成熟しない」「国民は賢くならない」とも断言しているのです。
 頭がこんがらがってきませんか? この「国民」と「人々」とは別な存在なのでしょうか? 「人々」とは武士的な人、のことなのでしょうか? まさに、選ばれてあることの恍惚。でもそこに不安はないようです。

 藤原さんの言い方では、武士だけが主語になれるのです。オンナ、コドモやオカマやカタワは常に「惻隠の情」の目的語の位置から逃れられない。そんな定型な「形」は、押し付けられても困ります。万物は流転するのです。日本的情緒の権化である鴨長明だってそういっている。

 私はいまの日本に欠けているのは(そしてこの本にも欠けているのは)むしろ丁寧な論理の紡ぎ方の教育だと思っています。だいたい論理というものが日本で人気のあったためしはありません。面倒くさいですからね。それに対して、情緒という言葉の響きの、なんと情緒的で安易なことか。受けるはずです。

 この本は、じつは第4章以降はまともすぎるほどにまともです。筆者の説く「徹底した実力主義は間違い」「デリバティブの恐怖」「小学生に株式投資や英語を教えることの愚劣さ」「ナショナリズムは不潔な考え」などの結論はまったくもって私の考えと同じです。
 ですがそこに辿り着くまでの論の運びは、私には大いなるブラックジョークとしか読めませんでした。もっとも、その一人漫才ぶりがこの本の売りなんでしょう。

 そういうことです。

 ずいぶん長く書きました。それもこれも、こんな本に簡単に感動しているきみに、私の思いを伝えたかったからです。この本は、ぜひジョークとしてお楽しみください。そうすればまあ可笑しいし、随所で何度かは吹き出したりもできます。
 以上、終わり。(2006年4月のブログ Daily Bullshit から)

『三島由紀夫のストーンウォール』

  先日、ある日本人女性がゲイ男性の中にいたストレート男性と話をして「あなたはノーマルなんですね」とコメントしました。一瞬の間を置いて大爆笑となったのですが、その一瞬のフリーズの理由を彼女は理解したでしょうか・・こんな「うっかり」のゲイ侮蔑がニューヨークに住んでいてさえも日本人の口から漏れてしまいます。しかしそろそろあなたも「これはちょっとまずいかも」と思ってはいませんか? なぜならあなたも、自分の周りに「予想」以上にゲイが多いことにそろそろ気づきはじめているでしょうから。もしそうじゃないなら、それはあなたが「偏見ある人物」としてこっそり敬遠されている証拠かもしれません。アメリカ生活のほかの問題と同様、ここでも知ることから始めてはどうでしょう? これから4回に渡り、この欄でゲイに関するいろいろな話題をわかりやすくご紹介します。

  冒頭の話はべつに彼女に限ったことではありません。かなり知的な人や地位のある人でさえもゲイに関しては腰が引けるふりをする人や下品な冗談や当てこすりしか言えない日本人が数多くいます。「ノーマル」の反対は「アブノーマル」。つまり「異常なヘンタイ」。これではゲイ男性も立つ瀬がありません。彼女に悪意がなかったのは確かでしょうが、同時に他者に対する繊細な「意識」もないと見られたのも確かでしょう。

  こういううっかりした、けれどとても失礼なゲイ蔑視が日本人コミュニティーに蔓延していることははしなくも先日、ある日本語新聞が毎年6月最終日曜に恒例となっているマンハッタンのゲイ・プライドを報道したときにも明らかになりました。記事はNY市警などの警官で作る全米ゲイ組織「GOAL」の行進を取り上げたものですが、その見出しがなぜか「私たちは警官である前にゲイなのよ」と意味もなくオンナ言葉になっていたのです。

  いや、「意味もなく」ではありません。これはじつは言外に「オカマはこうしてオンナ言葉でからかうべきものなのだ」というメッセージをとても雄弁に伝える役目を果たしました(同時に、オンナ言葉の奥に潜む拭い去りがたい女性蔑視も)。
  もっとも、同紙編集部に確認したところそういう意図はなかったと平謝りでしたから問題はここでも同じく、そういう意図がないのにそうやってしまう「意識」の「なさ」なのです。

  これらはすべて、同性愛に対する日本での条件反射的な対応をそのまま米国生活にも持ち込んだものでしょう。しかしそれはあまり通用する理論ではありません。通用しないどころか逆に「ホモフォーブ(同性愛者をさしたる論理的理由なく異常に嫌悪する恐怖神経症の人)」という、「未開人」に匹敵するレッテルを貼られることもあります。「うっかり」が「怠慢」と責められるアメリカでその種の論理が通用しないのはほかにだって貿易摩擦の問題やセクハラ関連の議論でもご存じのとおりです。

  どうして意識が低いのか。それは「ゲイ」が「性」に関することがらだからです。セックスに関してはおおやけに話さないという習慣が東アジア文化圏にはあります。よって日本では性科学でさえも正当に発展していません。真っ当な議論がないからいつまでも下世話なゴシップの次元から抜け出せないのです。

  じつは私も恥ずかしい思いをしたことがあります。日本の英和辞典で知った単語で、ゲイの人に向かって「ファゴット」という単語を使ったことがあるのです。その場でこれは大変な侮蔑語だと教えられ大汗をかきました。日本の辞書はいまでも同性愛者のことを一様に「ホモ」とか「オカマ」とかの侮蔑語で訳出しているものが多く、さらにそれが侮蔑語であるという意識すらないのです(これは27万項目を収録し最も権威ある辞書とされる、ついこの99年4月に出たばかりの研究社リーダーズ英和辞典第2版でも直っていません)。

  対してアメリカでは60年代後半からの性解放運動以来、「性」も「愛」と同様、幸福追求のために正当に考えられて然るべき人間性の一つなのだとされてきました。だから徹底的に議論にもなる。もちろんその分、宗教右翼からの侮蔑や罵倒も激しくなっていますしテロや虐殺さえも起きていますが。

  ただしその議論の論理的帰結はすでに定まっています。つまり同性愛は人間以外の自然界を見ても異常でも病気でもないということ。異常や病気があるとすればそれはすべて「隠す」という行為および「隠さねばならぬ」という心理的抑圧から派生したものであるということ。たとえば異性愛者であっても、それを「隠さねばならぬ」としたら頭がおかしくなってしまうことは往々にしてあり得るでしょう。そういうことです。

  それらの抑圧の原因は米国の場合すべて宗教的な諸説にあります。その意味ではユダヤ人蔑視などとほとんど同じ構造です。ところで日本ではゲイ蔑視の「理論的後ろ盾」というものがなに一つないというのがじつに不思議なのです。あるならぜひ教えていただきたいのですが。

  さて、その議論の突端は、じつはいまから30年前にこのニューヨークのダウンタウンで起こりました。

  30年前の1969年という年は、日本中で『黒猫のタンゴ』が鳴り響き東大では安田講堂が燃え、ここアメリカではニクソンが大統領になり、ウッドストックが開かれ、空の上ではアポロ11号が月に到着した年です。

  グリニッジ・ヴィレッジのゲイバー「ストーンウォール・イン」という名前を一度も聞いたことがなくても日本人なら当然です。日本のマスメディアは90年代に入るまでここで起きた同性愛者たちの“蜂起”をただの1行も報道していません。アメリカのメディアですら、たとえばタイム誌がそれに関して恐る恐る触れたのは事件後4カ月も経ってからでした。
  なぜなら、同性愛者であることは当時、アメリカでも個人的な「趣味」の問題だと考えられていたからです。ゲイ男性の自伝として史上初めて全米図書賞を受賞したポール・モネットの『Becoming a Man』(93年)は、当時の時代状況を「ヒッピーの性革命はだれもがだれとでもセックスできるということではあったが、ゲイであってもいいということではなかった。女性にも有色人種にも戦争にも政治哲学はあったが、ゲイにはなんの政治的意味もなかったのだ」と書いています。

  もっと奇妙な逸話もあります。ある作家が70年代初期に、思想・政治分野を扱う専門書店でゲイに関する本があるかと訊いたら「ポルノや変態モノは置いてない」と言われたというものです。店の本棚には女性、少数民族、さらには動物への抑圧という本まであったというのに、ゲイに対する抑圧は「なかった」。

  順が逆になってしまいました。69年6月28日土曜の未明にストーンウォールでいったい何が起きたのか・・伏線としては前日にゲイたちのアイドルであり、ゲイのファンたちをとても大切にしていた女優ジュディ・ガーランドが死んだことが挙げられます。その夜はこの偉大なアイコンを偲んで数多くのゲイたちがヴィレッジに集まっていました。そんな大切なとむらいの通夜にNY市警がゲイバー摘発にやってきたのです。

  当時のゲイバーでは酒の販売が禁止されていました。それを黙認して警官たちは賄賂を受け取り、定期的に形だけのガサ入れをやっていました。この夜も簡単なはずでした。なにせ相手はヤワなオカマたちなのですから。

  例によって店の従業員と女装の売春夫たちが手錠をはめられ逮捕車両に押し込まれました。バカにされののしられ警棒で小突かれながら「なんなのよ!」とだれかが警官に文句を言います。「こんな夜くらい静かに酒を飲ませてよ」と。「ファゴットが一丁前の口を利くな」と警官が言います。「なにがジュディ・ガーランドだ」と別の警官が笑います。

  だれかの心でなにかが切れます。それはそうでしょう。愛する者が死んだその夜に、最もまじめでひたむきな状態の人間の心が足蹴にされているのです。野次馬だった遠巻きの多くのゲイたちの中に、警官隊に向けて小銭を投げつける者が出てきます。小銭は小石になります。次にはビール瓶になり路端のゴミ箱になります。逆上する警官隊に対抗して「ゴー、ガールズ!」と号令が上がります。すると女装のゲイたちやレズビアンの勇者たちがいっせいに警官隊に歯向かいはじめたのです。道路のアスファルトが剥がされ、駐車メーターのネギ坊主も引き抜かれ投げつけられ、「反乱」はやがて数千人を巻き込んだ大暴動になりました。なにも失うもののないなにもかもを奪われていた者たちが、その夜初めて奪われたくないものに気づいて拳を握り立ち上がったフでした。

  暴動は、昼間はバー側がタダ酒を振る舞う酒宴となり(酒を売るのは違法でしたから)、夜には警官隊との衝突を繰り返して3日3晩続きました。これがその後に「ストーンウォールの反乱」と呼ばれるものでした。

  これがどのくらいゲイの人権運動に影響があったかといえば、ストーンウォール以前にはゲイの人権デモはせいぜい50人も集まればよかったのに、それが翌年のストーンウォール記念デモでは3千人のゲイがクリストファー・ストリートを練り歩いた、と言えばわかるでしょうか。ゲイ団体も事件前は全米でわずか50ほどしかなかったのが1年半で200団体にも増えました。73年末までには、大学や教会や市単位などでその数、全米で合計1100団体以上にも膨れ上がったのです。

  ところで、この「ストーンウォール」というバーのことを、この事件前に知っている著名な日本人がいました。
  作家の三島由紀夫です。

  あのストーンウォールの反乱の1、2年前の夏だったそうです。日本からやってきた三島にそこで出遭った、現在はニューヨーク大学で映画研究コーディネーターを務めるジェレマイア・ニュートン氏(50)に話を聴きました。
  三島は当時のニューヨーク文壇の関係者らと数人でヴィレッジに来ていました。まずジュリアスというゲイバーで軽く飲み、それから隣りのブロックのストーンウォールに向かいました。しかし三島はその入口チェックで入店を断られたそうなのです。

  「日本の偉い作家なんだって一生懸命説明したが、あのころアジア人なんてだれも鼻にもひっかけなかった。人種差別もひどい時代だったから」とニュートン氏。 日本学者フォービヨン・バワーズが、三島の自決直後の70年12月3日付ヴィレッジ・ヴォイス紙に追悼文を寄せています。そこに「ある夜、三島はただセックスだけのために渡米してきた。一緒に食事をとり、私に細かく自分の求める相手を描写したあと、ともにダウンタウンのゲイバー巡りをした」と書いてあるのも、おそらくニュートン氏の語るのと同じ夜のことだと思われます。白いスーツを着て意気込んで向かったその夜の三島の男漁りは、バワーズによればけっきょく虚しかったそうですが。

  三島とストーンウォールとのこの背離は、いまから思えばとても象徴的です。三島は自分が入店を断られたあのゲイバーからその翌年に画期的なゲイの人権運動が始まっていたのだとも知らぬままに死んでいったのでしょう。日本では同性愛は多く情緒的批判者から右翼思想や天皇制と結びつけられエセ病理学的にも揶揄されてきました。つまりオカマはオカマのままだったわけです。が、ここアメリカではオカマは次第に誇り高き「ゲイ」になっていきます。それは民主主義と結びつく運動です。6月の「ゲイ・プライド」とはそういう意味なのです。民主主義にはなんらの感情移入もできなかった作家三島由紀夫は、その意味でストーンウォールとは無関係です。彼はゲイではなく、ただのヘンタイ男色者として死んだのでした。もちろんここでいう「ヘンタイ」とは、自分が同性愛者であることを恥じている、その「恥」の意識の変態性を指しています。
(続く)

『We Are Everywhere』

 先日、AP通信が興味深いニュースを流しました。テキサス州議会ただ1人のオープンリー・ゲイ(ゲイであることをべつに隠したりしていない人を「オープンリー・ゲイ」と呼びます)の議員グレン・マクシーさんが、ある日のジョージ・W・ブッシュ州知事との会話を披露したのがニュースになったのです。

  ──「知事が私の肩に手を掛けて、ぐっと顔を近づけてきてこう言うんだ。『グレン、私はきみを個人として人間として尊重している。だからわかってもらいたいんだが、これから私がゲイに関して公的に発言するその内容は、きみ個人とはなんら関係のないものと受け取ってほしいんだよ』」。

  ことし4月にテキサス州議会で子供の保険法改正案が可決された際の話です。知事が同改正案の提案者でもあった彼のもとにお祝いに歩み寄ってきて、ついでにそういうことを口にしたのですね。話はまだ続きます。
 ──「それでもちろんこう返答したよ。『知事、あんたがゲイのやつらは子供の親としてふさわしくないと言うなら、それはあんた、つまり私のことを指して言ってるんだよ』。そうしたら知事は近くの別の議員のところに声をかけに行ったがね」。
  来年の大統領選でのフロントランナーであるブッシュ知事ならではの暴露話ですが、さて、このニュースからいろいろなことが読み取れます。

  その最初はもちろんマクシー議員が意図したように共和党の反ゲイ姿勢、あるいは「そんな反ゲイ政策も一皮むけばこんなまやかしでしかない」というメッセージです。

  キリスト教保守派を主要な支持基盤とする共和党はむかしから、「聖書の教えに反する」とされる同性愛者たちを「ライフスタイル」すなわち選択可能な「趣味の問題」(つまり快楽のために敢えてこうした“悪徳”を選んだ人びと)として非難していますが、もう1つは、そんな「背徳者」に対して「個人」的には「尊重している」と発言したブッシュ氏の思惑です。
  氏は人柄の人としても知られていますからこれはそのまま、ほんとうに政治家としての建前と個人としての友情との狭間での彼の苦衷を察してくれという意味だったのかもしれません。あるいはもっとうがった見方をすれば、そんな共和党候補でも最近のゲイたちの政治力の増大は無視できず、それを牽制する意図があったかもしれないということです     
  ゲイの政治力というのはそれほどに強いものなのでしょうか? 日本のメディアでは同性愛者に関するニュースはほとんど皆無です。取り上げられる同性愛者はお笑いやスキャンダルの対象だったりするだけで、したがって「日本には本当のホモはいない」と本気で思っている人も少なくありません。「エイズは外国人の病気で日本人だったら感染しにくい」と思っている人さえまだいるほどですから。

  ところがアメリカに住んでいると前述のAP通信ばかりかニューヨーク・タイムズ、CNNといった主要ニュースメディアにゲイの話題が登場しない日はありません。

  1999年8月のゲイ関連のニュースには▽ジェニー・ジョーンズ・ショーでのゲイ殺人事件の再審詳報▽宗教界でのゲイ容認の動きとそれへの抵抗▽ゲイ向けの広告が増加中という話題もの▽米軍でのゲイ兵士殺人事件続報▽国防総省が兵士たちにゲイ容認教育を行うとの方針▽ボーイスカウトでのゲイ差別禁止判決−−など、APやロイターで1日平均10種類ほどものニュース配信がありました。

  その中で目に付いたのがやはり大統領選にらみの共和党の動きです。前回のドール共和党での大統領選挙の際には同党がゲイからの献金を返還したということが大ニュースになりました。が、今回は同党も早々と「ゲイからの献金歓迎」という声明を出したのがニュースになっています。

  「ゲイが共和党に寄付?」と思われるかもしれませんが、カトリックにも隠れゲイの司祭がいるくらいです、同党非公認ながらも全米で1万人以上の会員を持つ「ログキャビン(丸太小屋)・リパブリカンズ」という名前のオープンリー・ゲイの共和党員組織があるのです。前述したようにここは94年の中間選挙で共和党候補に計20万ドルの政治献金を行っていて、96年にもドール候補に寄付をしたらそのカネを突き返された。もっともドール候補はその後に平謝りに謝りましたが。ゲイの共和党議員だっています。最近も「実はゲイだった」とやっとのことで告白した上院議員もいました。
  オレゴン州議会でオープンリー・ゲイの共和党議員チャック・カーペンター氏は「ゲイで共和党員だなんて、しばらくはまるでナチス党員のユダヤ人みたいに思われてたがね」と回想しています。

  ところで具体的に、いったいゲイというのはどのくらいの政治勢力なのでしょう? ニューヨークタイムズによれば、前回96年の大統領選出口調査で、じつは5%もの人たちが自分のことをゲイであると明らかにしています(ゲイというのはレズビアン女性のことも含む用語です)。これは全米のヒスパニック系の投票翼窒ニほぼ同じです。またユダヤ系と比べても2倍近い数字でもあります。

  さらに考慮しなくてはならないのは、ここで5%というのは、自分で自分をゲイだと言える人たちだけの割合だということです。いまでも抑圧や差別の多いキリスト教社会では、自分をゲイだとはっきり言えない人たちがその陰にそれこそごまんと控えています。すると、ゲイというのは潜在分を含めてやはりかなりの勢力になる。

  しかもゲイと自称している人たちはもちろん自分たちの置かれている政治的状況にきわめて敏感な人たちでもあります。ゲイであることに誇りと自信を持っている人たちです。それは例えば、ゲイ人権団体から寄付を呼びかけるダイレクトメールが届いたら、ほかのどの社会層よりもはるかにそれに呼応する人たちの数が多い、ということでもあります。アメリカのゲイ団体の集金力は、一時期のエイズ関連寄付の多さとともに特筆に値するものです。

  ちなみに7月中旬、民主党の筆頭大統領候補ゴア副大統領はゲイ団体から15万ドルの寄付を受けました。
     
  このゲイのネットワークはかなりのものです。おまけにこれは人種などほかのマイノリティ層と異なり、すべての人種、すべての民族、すべての職種、すべての階級、すべての地域、すべての宗教、すべての(思春期以降の)年齢層を横断するネットワークなのです。こういうカテゴリーは人類史上、ゲイ以外に存在したことがありません。

  いや、そうとも言えないか……あえて言えば「左利きの人」とか「太った人」とか「近視の人」、逆に言えば「目のよい人」「かっこいい体型の人」とかいうカテゴリーも同じですね。こういうのはたしかに地球上のどの層にもどの時代にも存在する。
  話は横道に逸れますが、例えば知識人や芸術家にゲイが多いという“俗説”があります。たしかにチャイコフスキーやヘンデルなど歴史的に同性愛者の大音楽家はいますし、近場ではレナード・バーンスタインなどもゲイでした。画家のフランシス・ベイコンもゲイでしたし、哲学者のミシェル・フーコーとかヴィトゲンシュタインもそうですね。みんなが知っているウォルト・ホイットマンやテネシー・ウィリアムズやトルーマン・カポーティなど、作家業にもたくさんゲイはいます。『ファルコナー』を書いたジョン・チーヴァーも同性愛者だったことを実の娘が彼の死後に明かしています。

  しかしだからといって芸術家にホモセクシュアルが多いとは言えない。たまたま有名人だから同性愛者だと暴露される率が多いというだけの話かもしれないし、たとえば芸術家とはちょっと違うかもしれないけれど「ヘアメイク・アーティストってゲイが多いですよね」と同意を求められても私には「そうとも言えないんじゃないか」としか答えられません。「だってゲイの人って美的感覚に優れてるっていうじゃないですか?」と返されたりしますが、そういうのは才能もあるけれど基本的には努力した結果の獲得形質であって、抑圧のある社会でゲイの人がしっかり生きていきたいと願うときに、美的感覚とか芸術的技術とかそういうものを糧にしてしか生きられなかった、だから努力した、そういうことの単なる結果なのかもしれませんよね。

  つまり芸術家とか美的感覚を必要とする職業とかというのは、「ゲイだからなれた」のではなく、もともとの自分の美的・芸術的感覚と才能とをよりよく培っているかどうかの問題であって、それはむしろ「ゲイでもなれた」ということだったのではないかと思う。知識人だって成就の条件はゲイネスではなくてその知能と精進ですし。

  いずれにしてもどこにでもどの時代にでもどの層にでもゲイはいます。「オンナっぽいやつ」だけがゲイだ(レズビアンの場合はその逆です)と思ったら大間違いです。「オンナっぽい」とゲイだとすぐ知られるかもしれませんが、この世にはそれと同じ分だけ(あるいはそれ以上に)「オトコっぽい」ゲイもたくさんいます。彼らは「オトコっぽい」分だけ周囲に気づかれずに済んでいるだけの話で、ひょっとするとコソコソしている分だけ「オンナっぽい」ゲイたちよりも「オトコっぽくない」のかもしれない、という面白い逆説まで読み取れたりします。    

 閑話休題。さてそのような強力なゲイのネットワークは最初から存在したたわけではもちろんありません。
  前回の『三島由紀夫のストーンウォール』でも紹介したように、ゲイたちが政治意識を持って本格的に活動を始めたのは1970年代に入ってからです。72年の民主党の党大会から同性愛者の人権問題が初めて議論に上りました。そのときはゲイとレズビアンは差別撤廃の対象とはなりませんでしたが、ウォルター・クロンカイトは当時のニュースで「同性愛に関する政治綱領が今夜初めて真剣な議論になりました。これは今後来たるべきものの重要な先駆けになるかもしれません」と見抜いていました。

  さすがです。やはり彼は一級のニュースマンだった。日本のジャーナリストで同性愛のことを揶揄や嫌悪なく普通の顔で普通に話題にできる人はY2Kを迎えようとする現在でさえも数少ない。

  もちろんジャーナリズムの中にもゲイは同じ割合だけいます。90年には「全米レズビアン&ゲイ・ジャーナリスト協会(NLGJA)」という組織もできました。NYタイムズやウォールストリート・ジャーナルといった大マスメディアの記者たちから大学でジャーナリズムを専攻している学生まで、もちろんTVジャーナリストも含めて現在は全米で1000人が会員です。中にはピュリッツァー受賞ジャーナリストもいます。

  さて、これがゲイたちが「We Are Everywhere(私たちはどこにでもいる)」と豪語する実態です。
  かつて同性愛者であることは最高の脅しのタネでした。だから同性愛者たちは国家機密に関する職には就けなかった。しかしこれは簡単なことです。同性愛が秘密でもなんでもなくなれば済むことなのですから。クリントン政権では、ゲイネスがすでに恥ではなくなったという認識のもとに今年こうした国家公務員のゲイ排除の職種差別も撤廃しました。
  日本の朝・毎・読・日経・産経・東京・共同・時事、及びすべてのテレビ局、そのいずれの組織にも私が個人的に知っているゲイの記者がいますが、ゲイであると知られるのを怖がってひた隠しに隠している人がほとんどです。それは傍で見ていてかわいそうなくらいです。優秀な記者も少なくないのですが。

  ゲイのジャーナリストも、じつはゲイであることを隠しているほうが逆に危ないのです。隠すからそれをネタに脅すやつがいる。前回も書きましたが、「隠す」という行為はそれほどまでに不健康で危険なことなのです。
  わかっているけど……彼らはそう言います。それほどまでにホモフォビアの呪縛は厳しい。次回はそのあたりを説明しましょう。
(続く)

『男社会のホモフォビア』

 1999年9月5日付ニューヨーク・タイムズ日曜版に、元大リーガーでサンディエゴ・パドレスを最後に96年に引退したビリー・ビーン氏(35)の大型インタビュー記事が掲載されたのに気づいた人もいらっしゃるでしょう。ビーン氏はこの夏、自分がじつは同性愛者だったとマイアミ・ヘラルド紙のインタビューで明かしました。今回のNYタイムズの記事はいわばその掘り下げ詳報ですね。

  前回、同性愛者がどこにでもいるということを書きましたが、それは「男らしさ」が支配するアメリカのスポーツ界でも同じです。しかしじつのところ、スポーツ選手で現役時代に自分がゲイだと公表した男性は、いままでにただ1人、フィギュア・スケートのルディ・ガリンド選手しかいません。女性のほうはテニスのマルチナ・ナヴラチロヴァやゴルフのマフィン・スペンサーダヴリン、自転車のミッシー・ジオーヴらがいるのですが。

  ただし現役引退後にゲイだったと公表した男性選手はかなりいます。フットボール界でもデヴィッド・コペイやロイ・シモンズがそうでした。飛び込みの連続五輪金メダリスト、グレッグ・ルゲイナスもゲイでした。レッドスキンズのタイトエンドだったジェリー・スミスは86年にエイズになって初めて自分がゲイだったと打ち明け、その7週間後に亡くなりました。
  現役時代にカムアウト(ゲイであることを公表することをこう言います)するのが難しいのは、とくにチームスポーツで著しいようです。それはもちろんチームメイトたちからの拒絶を恐れてのことでしょう。仲間から嫌われてはチームスポーツは成立しませんから。

  ビリー・ビーン氏はメジャーリーグでの9年間を「片足は大リーグに置きながらももう片足ではバナナの皮を踏んでいるような気持ちだった」とタイムズの記事の中で述懐しています。それを裏打ちするように、同紙での他選手の反応の1つにヤンキーズのチャッド・カーティス外野手のコメントも載っていました。「このロッカールームの全員にアンケートをとったら、きっとみんな、だれかチームメイトの1人が自分のことを(性的に)品定めしてるなんて、考えるだけでもいやだと答えるだろう」。

  これはじつに「男性」的な感想でしょうね。いつもは女性を「性的に品定め」してはばかることない男性異性愛者たちが、自分たちが「品定め」されることになるなどとは思いもしなかった、あるいは思いもしたくない。なぜなら、そんなふうになったら彼の拠って立つところの「世界と歴史の主人公」たる「男性」性が否定されてしまうからです。さまざまな物語の中でいつも「主語」として君臨してきた自分が、その同性愛者のテキストの中ではいつのまにか「目的語」になって存在する。そのことへの恐怖。それはまさしく男性としての「主体性」を揺るがす大問題なのです。

  しかし、それにしても同性愛者はただそんなことだけでほかの男性異性愛者たちの脅威なのでしょうか? 「主語」とか「主体性」とか、そういう“哲学”的な話題のほかに、じつはとても興味深いデータがあります。

  「同性愛」という言葉を聞いてふつうでなく反応してしまう人たちがいます。これを心理学者のジョージ・ワインバーグ博士が72年に「ホモフォビア(同性愛恐怖症)」と名付けました。高所恐怖症とか閉所恐怖症とか広場恐怖症とか、そういう一連の恐怖症の1つです。むろんこの場合、治療の対象は高所や広場でないのと同じように同性愛ではありません。治療の対象は同性愛をそうやって病的に嫌悪する人たちのほうなのです。

  さて、そのホモフォビアの研究で米国の学会誌「異常心理ジャーナル」が97年にジョージア大学の研究者の実験を紹介しました。
  実験は異性愛者を自称する被験男子学生64人を対象に、まず彼らを同性愛を嫌悪する者とべつに気にしない者たちとに分類して行われました。それで何をどうしたのかというと、その彼らのペニスに計測器を装着して、双方のグループにともに男同士の性交を描いたゲイ・ポルノのヴィデオを見せたわけです(すごい実験ですよね)。すると2グループの勃起率に明らかな差異が認められました。

  なんと、ホモフォビアの男子グループの80%の学生に明らかな勃起が生じ、その平均はヴィデオ開始後わずか1分でペニスの周囲長が1センチ増大。4分経過時点では平均して1・25センチ増になったというものでした。
  対してホモフォビアを持たない学生では勃起を見たのは30%。しかもその膨張平均は4分経過時点でも5ミリ増にとどまったのでした。

  これはいったい何を意味しているのでしょうか?
  この実験結果に通底する事例をインターネットのニューズグループの書き込みにも見ることができます。ゲイの話題を扱ったニューズグループの書き込みの中に、毎日必ずといってよいほどゲイたちを罵倒する言葉がアップされています。彼らは同性愛者たちを「異常」「病気」「変態」と罵り、「地獄に堕ちろ」とか「銃で撃ち拾してやる」とか書き込んでは素性を明かさずに消えていきます。

  ニューズグループというのはもとよりあるテーマでの情報交換を目的に開放されたネット上の架空空間ですから、したがって同性愛に関するグループにはほんらい同性愛者たちしかアクセスしません。そんなにも同性愛が嫌いな輩が、わざわざそんな場所を調べ出してアクセスしては貴重な時間まで費やして1件1件「ホモ」たちの書き込みを読み写真をダウンロードし、ヘドが出るとかいった感想や憎悪の殴り書きをしては立ち去っていくのです。

  この執拗さはどう考えても普通じゃない。
  さて、なんとなくホモフォビアの正体がわかってきたでしょう? つまりホモセクシュアルを嫌悪する男性に限って、じつはホモセクシュアルのことが気になって気になってしょうがないのだということ。もっと言ってしまえば、彼らはホモセクシュアルなことに性的に興奮すらするのだということです。
  そうです。同性愛者の存在は、異性愛者たちの内なる同性愛性を目覚めさせてしまうという意味でも大きな脅威なのです。ホモフォビアとはつまり、自分の中の無意識のホモセクシュアルな欲望への否定なのです。この解釈は実にフロイド的ですね。

  フロイドは人間はもともと両性愛的に生まれてくると指摘しましたが、たしかにまったく「ホモっ気」がなければ「ホモ」のことなど気にもならないし「ホモ」から「性的に品定め」されても動じる必要などありません。「ホモ」の話題でぎゃーぎゃー騒いだり罵ったりする男ほど“怪しい”とすれば、なんだか世の中の男性はみんな「隠れホモ」みたいに見えてきそうです。
  じつはそういう状態を表す言葉も社会学とジェンダーの学問領域からすでに生まれています。「ホモソシアル」という形容詞がそれです。日本語にするのはなかなか難しいのですが、要するに「男同士が社会の中で徹底的にツルんでいる状態」をイメージすればよいでしょう。日本語にはなりにくいがその意味するものはとても日本的な男たちの光景でもありますから、私たちにもけっこう容易に理解できるのではないでしょうか。このホモソシアリティには大きな特徴があります。
  1つは、ホモソシアルな関係というのは精神的にはとてもホモセクシュアルな関係なのですが、じっさいにはホモセクシュアルを極端に忌避するというものです。男同士ツルんでいても、ホモじゃないぜ、ということを見せつけるために異常な強さで同性愛的なものを排斥するわけです。

  忌避されるのはホモセクシュアルだけではありません。じつはホモソシアルな男性中心社会では、女性もまた彼らの異性愛性を証明するアリバイ的な道具でしかありません。ときには女性たちは男同士の絆の強さを示す、あるいはその絆を補強するだけのために、当の男たちの間で通貨のように交換されたりもするのです。それは男同士の付き合いのときにたとえば単なる「お茶くみ」に変身させられるどこかの奥さんとか、もっと極端に言えば同じ女性と寝たと言って「アナ兄弟だな」とか言って喜ぶ男どもなどに如実に現れています。

  つまりホモソシアルな社会というのは、そうした権力の中心にいる男性異性愛者以外の者たちにとってはたいへんな抑圧装置として働くということです。ゲイのことを考えることは、じつはそんな非情なシステムの在り方を変えていこうという試みでもあるわけなのです。

  スポーツ界というのはそうした「男らしさ」の権化の世界でもありますから、ホモフォビアが強いのもまあ頷けはします。そういえば「男の世界」である軍隊もまた似たようなメカニズムですね。米軍のホモフォビアはとても有名で、例の「(ゲイであることを)聞かない、言わない」原則はほとんど機能していません。ついでに言えば、軍隊にはホモフォビアだけでなく男の世界に割り入ってきた女性兵士に対する女性嫌悪(ミソジニー)さえ存在しています。まさに前述のホモソシアルの特徴そのものでしょう?

  さて、それをひっくり返そうとするゲイたちの試みの1つが「ゲイ・ゲームズ」です。82年にサンフランシスコで始まった4年に1度のこのスポーツの祭典は発足当初は「ゲイ・オリンピック」と名付けられ、その後に本家の米国オリンピック委員会に名称権の問題で訴えられて名称を変更しましたから、その騒ぎなどを記憶している人も多いでしょう。
  このゲイ・ゲームズは以来着実に参加者を増やし、94年にニューヨークで行われた第4回大会では8日間の期間中、競技参加者は世界44カ国から1万5千人。31種類の競技が行われて観客動員50万人を記録し、アマチュア・スポーツ大会ではそれこそ本家オリンピックを抜いて世界1の規模を誇るまでに成長しました。98年にはついに海を渡ってアムステルダムで開催されました。競技出場者も2万人に膨れ上がりました。

  「男らしさ」とか「より強く」とか、そういった旧来のスポーツの価値観を捨てて、参加する楽しさを原則にしていることも最近の商業主義的五輪よりある意味で本来の近代五輪の理想的イメージに近いような印象を受けますね。
  このゲイ・ゲームズを考えたのがメキシコ五輪で十種競技の6位に入賞した、薬学博士でもあるトム・ワデルでした。彼は68年のそのオリンピックで、アメリカの黒人人権運動の示威行為として手を突き上げて表彰台に立った米国黒人スプリンター2人への非難渦巻く中、その2人への支持声明を出したことでも知られています。
  そんな彼も86年にエイズと診断され、翌年に49歳の若さで亡くなりました。ですが、彼の遺志はいまでもゲイ・ゲームズに結実しています。

  かつてオリンピックの名称使用をめぐって争った米国オリンピック委員会も、90年に初めてのオープンリー・レズビアンの委員を採用したころからこのゲイ・ゲームズに協力を開始しています。同委の年間スポーツ・イベントのリストにも掲載するようになりましたし、ゲームズに参加しに訪れる外国選手たちのためにビザ取得で協力してやっています。日本からももちろん毎回、何十人もの選手団が参加しています。

  でも、この世界最大のスポーツの祭典「ゲイ・ゲームズ」が日本国内できちんと報道されたという話は、例によってまだ聞いたことがありません。日本という国がじつにホモソシアルだということを考えれば、日本という国そのものが見事にホモフォビックだというのも先ほどからの論理から言って当然といえば当然なのですが……。
(続)

『ゲイが集まりゃ桶屋が儲かる?』

 最近、マンハッタンのチェルシー地区を歩いたことがありますか? とくに八番街の15〜22丁目周辺です。つい数年前までは殺風景な茶色いビルの建ち並ぶだけの通りだったのですが、いまはやたらとカラフルでおしゃれなレストランやカフェが並んでいます。見ればいたるところにレインボウ・フラッグのワッペンが貼ってあったりします。

 この虹色の旗はゲイのシンボルマークです。いろんな色がともに1つの美しい虹を作る、というのが、性的にさまざまな人間の多様性を受容しようという訴えのシンボルになっているのです。つまりチェルシーはいまやすっかり「ゲイな」場所に様変わりしてしまっているわけです。

 「ゲイ地区」といえばかつてはニューヨークではグリニッジ・ヴィレッジでした。昔から自由人の住む「リトル・ボヘミア」として栄え、最初のゲイバー(当時はゲイという言葉はなかったので、花の名の「パンジー・プレイス」というのがゲイバーの婉曲隠語でした)も1919年にできています。この連載の初回に記したゲイ人権運動の嚆矢たるストーンウォール・インも七番街からクリストファー・ストリートをすぐ東に入ったところにあります。

 しかしビレッジは基本的には住宅地域で、道路も狭く商業施設のスペースも限られています。おまけにどんどん瀟洒になって家賃も高くなり、年齢層も高い金持ちゲイしか住めない場所になってきました。ゲイたちがチェルシーに移りはじめたのはそんなころです。チェルシーはそれまで特に八番街から西ではなんだか危険な感じもする地区でした。だから家賃も安くて、だから若いゲイたちも住むことができたのですが、そうやってゲイたちが入り始めてから街はどんどん明るく安全になってきて、今ではすっかりニューヨークでいちばんトレンディーな地区になってしまいました。

 そういえばサンフランシスコのカストロ地区も「ゲイの街」になってから見違えるほどきれいになりました。ウェストハリウッドもゲイ地区が最も輝いています。ケープコッドのプロヴィンスタウンやフロリダのサウスビーチ、キーウェストなど、ゲイのリゾート地は不況時でさえも賑わっていました。ゲイたちが来れば街はそんなにも様変わりするのでしょうか。

 チェルシーが注目されはじめたのはちょうどストーンウォールの25周年記念イヴェントが行われ、ニューヨークでゲイ・ゲームズが開催された94年ころからです。前後してヴィレッジにあったゲイ専門書店「ディファレント・ライト」が3倍の店舗面積を求めてチェルシーに移転しました。モデルみたいなかっこいいお兄ちゃんたちがウェイターをする「フード・バー」というおしゃれなレストランが出来たのもこのころですね。そういえば「マッスル・クィーン」「ジム・クィーン」(ジム通いと筋肉造りに夢中のゲイの若者たちを冷やかしてこういいます)の変形の「チェルシー・クィーン」「チェルシー・クローン」なる言葉が生まれたのも90年代半ばころからでしょうか。まるで絵に描いたようなきれいな肉体を誇り、ぴったりしたシャツを着てブランド志向で短髪で、「かっこいい」「トレンディー」という意味から「アンドロイドみたい」「頭悪そう」「お高くとまってる」といったマイナスイメージも抱えた言葉です。

 じつはゲイ男性たちのこの「筋肉づくり」は、80年代のエイズ恐怖から始まったものでした。陽に焼けた健康的な肉体は、たとえそれが人工的に作られたものであっても、あるいはそれだからこそ意志的な、エイズに対するアンチテーゼだったのです。

 その作られた美しい肉体がファッションとしての単なる記号になってくるのは、エイズ危機がどういう誤解からか「薄れた」と感じられてきた時期に一致します。もちろんこの「薄れた」という感覚はエイズ患者/感染者に対する同情や思いやりが「トレンド」になったことにもよります。例の、患者/感染者への「友情・支援」を示すレッドリボンなんてものが流行りだし、そういうふうにエイズ・フレンドリーであることを「エイズ・シック(chic)」と呼ぶ傾向さえ生まれました。レッドリボンが高給宝飾店からとんでもない高額なアクセサリーとして売り出されたのもこのころでしたね。

 92年ごろから94年ごろにかけてこうしてエイズ危機がファッションによって薄められて行く中、それまでエイズの汚名をまとっていたゲイたちの反撃もまた始まります。6月のストーンウォール記念イヴェントのテーマは93年には「Be Visible(目に見える存在になれ)」になりました。エイズによって二重の差別を受け、ふたたびクローゼット(ゲイであることを隠している状態)に閉じ籠もりがちになった傾向に対し、もう一度原点に戻って「カムアウトせよ」と訴える。エイズの汚名を脱ぎ捨てて、その暗いクローゼットから出てきたゲイの新世代は、エイズへのアンチテーゼではない、単なるファッションとしての美しい肉体の鎧をまとっていた、というわけです。

 もちろん、これはあまりに戯画化しすぎた分析です。ゲイといっても美しくない人のほうが圧倒的に多いし(失礼!)、チェルシーの風潮が全米に通じるかといえばカリフォルニアのゲイはまた違うしという具合にそれぞれさまざまです。忘れてならないのは、エイズに苦しむゲイはエイズに苦しむ異性愛者たちと同じくいまもたくさんいるということです。

 それでもこの歴史の戯画化と単純化をもう少し敷衍してみましょう。

 さて、よりヴィジブル(目に見えるよう)になって元気なゲイたちを(正確に言えばそれはゆいいつ白人ゲイ男性層だったのですが)生き馬の目を抜く米ビジネス界が見逃すはずはありません。

 やはり90年代に入ってから、メディアはこぞってゲイたちの可処分所得の多さを喧伝しはじめます。その先駆けとなったのはウォールストリート・ジャーナルの1991年6月18日付けの大々的な統計記事でした。米商務省国勢調査局と民間調査機関の共同調査によるその統計数字は、ゲイの世帯がアメリカの一般世帯よりはるかに年間所得や可処分所得が大きく高学歴で、旅行や買い物に多大な興味を示しているというものでした。

 その当時の統計結果を少し抜き出してみましょう。

  ▼一世帯平均年収はゲイ世帯で5万5430ドルで、全米平均より2万3千ドル多い
  ▼米国人平均個人年収1万2166ドルに対し、ゲイ個人は3万6800ドルと3倍
  ▼大卒者は米国平均では18%なのに対しゲイでは59・6%とこれも3倍以上
  ▼年収10万ドル以上の高額所得者はゲイで7%を占め、アメリカ平均の4倍
  ▼回答レズビアンの2%は年収20万ドルを超え、これはゲイ男性中の比率より多い
  ▼全米でゲイ男性とレズビアン女性が獲得する所得は年間で5140億ドル
  ▼海外旅行経験者はアメリカ人全体では14%だが、ゲイでは65・8%
  ▼航空会社のフリークエント・フライヤーズのメンバーも米国人全体で1・9%だった当時に、ゲイはその13倍以上の26・5%

 これを知ってアメリカの大企業がゲイたちをひそかに「上客」として狙いはじめたのです。(じつはこのゲイ金持ち説というのも私には大変戯画化されたものに見えるのですが、重要なのは事実がどうかというよりも、この場合はそんなマンガにもビジネス・マーケティング界というのは乗るものだ、という、そちらの事実のほうです)。

 そのときのWSJ紙の見出しは「根深い敬遠を捨て、ゲイ社会への企業広告増加」。同じころに《サンフランシスコ・クロニクル》紙も「隠れた金鉱ゲイ・マーケット」と書きました。「だれもがゲイ・ビジネスに乗り出そうとしている。ストレート(異性愛者)社会の気づかないところで、一般企業までもがみんなゲイ市場になだれ込んでいる」とのマーケッターの分析コメントがニューヨーク・タイムズ紙で紹介されたのは92年3月のことでした。

 90年代半ばにかけ、大企業がこうしてゲイ向けのマーケティングを本格化させていきます。アメックスは顧客の財形部門にゲイとレズビアンの担当員を置いてゲイの老後の資産形成などきめ細かな相談に乗りはじめました。アメリカン航空は94年からゲイ専門部門をつくってゲイ・イヴェントへの格安航空券の提供やゲイの団体旅行割引販売などを企画し成功します。そして95年4月にはニューヨークで初めて「ゲイ・ビジネス・エキスポ」が開かれ、チェイス・マンハッタン銀行やらメットライフ(保険)、メリルリンチ(証券)など、特段ゲイフレンドリーでもない企業の投資部門までが出展もしました。ジュリアーニNY市長も開会式に出席して「ニューヨークがこの素晴らしいエキスポの恒常的な拠点都市になることを希望する」と祝辞を述べました。石原都知事がそうしたことをするとは想像すらできませんが。

 つまりこういうことです。
 ゲイが集まればお金が落ちる。お金が落ちるところにはビジネスが発生する。発生するビジネスも「おしゃれなゲイ」という幻想に自らもオシャレになろうとする。するとそこにおしゃれな空間が誕生する。するとまたゲイたちが集まってくる。

 なんだか「風」と「桶屋」の循環関係みたいな話です。冒頭からの話に戻れば、チェルシーという地区の変身譚はこうしたじつに90年代的なお話なのです。(もっとも、ゲイたちはすでにいま現在家賃高騰気味のチェルシーから、その北のミッドタウン最西部クリントン地区に移りはじめているそうですが)。

 政治うんぬんが宗教的な思惑や偏見で煮詰まったりするときに、この企業の論理、はっきりいえば「おカネ」の論理はじつにすっきりとわかりやすい。おまけにここにゲイの投資家なんてものも登場してきますから、企業は、家族手当や扶養手当などゲイの社員を対象にした福利厚生にも目配りをしなくてはならなくなりました。なんといってもゲイの社員を差別すれば優秀な人材を逃すことにもなりかねませんし。

 かくしていまやゲイ雑誌などには高級時計や自動車、ファッション企業など、ふと見ると何という高級誌だろうと思うほどの一流広告主が並んでいます。それもゲイ・メディア向けにモデルを男2人にしたり女2人にしたり、ゲイのシンボルマークのレインボウ・フラッグを飾ったり逆三角形をあしらったりと、さすがプロの仕事です。ゲイの活字メディアへの広告の出稿量も、某コンサルタント会社が統計を取りはじめて4年連続で上昇中で、昨年は対前年比20%以上も増えたことがわかっています。好況を背景に他メディアも数字を伸ばしているのですが、主要新聞の広告量は5・6%、主要雑誌は9%の伸びでしたから、単純に成長率だけ比べればとんでもない数字だとわかります。

 先に私は「ゲイ金持ち説」を、これもまた戯画化されたものと書きました。簡単に理由を言えば、自分がゲイだと言える人は、自分にある程度自信を持っている人だからです(それは連載第2回の原稿でも少し触れました)。その陰に、いったいどれほど多くの、自分をゲイだと言えない人がひそんでいるか、どれほど多くの、自分がゲイであることを認めたくないと思ってしまう人が隠れているか、それを思えばゲイは一様に金持ちで美しくてオシャレで洗練されていて、などということは言えるもんじゃありません。だとすれば、この「ゲイ金持ち説」もあれもこれも全部がまた、じつはゲイの側からのとても戦略的なプロパガンダだということも疑えるわけです。

 ただし、そう戦略を張り巡らさねば戦えない状況が、今もまだゲイを取り巻いて存在しているのだということは、これまでの連載でわかっていただけたのではないかと思います。その状況とはまさに、圧倒的多数を誇る異性愛者である「あなた」たちの、強制異性愛的存在そのものなのです(そんなこと言われても困ってしまいますけどね)。

 そうした「あなた」たちに取り囲まれて、アメリカの青少年では同性愛を理由にした自殺が全体の30%もあります。言葉を換えれば、ゲイやレズビアンである子供たちは、そうではない子供たちより3倍も死を選ぶ確率が多いということなのです。

 それを知ってもまだ「あなた」が笑っていられるのだとしたら、「異常」とはどちらを指して呼ぶ言葉なのか・・それを知っていただくだけでもこの連載を行った甲斐はあります。
(終わり)

『反自然的な変態は殺されるべきか?』

 先日、4回の連載が終了したばかりだというのにまたまた登場ということになってしまいました。読者の方々からの反響が予想以上に大きく、まだ書いていないことがたくさんあるとお叱りすらいただいたからです。ゲイに関することを書き始めたら本が何冊あっても足りないことは承知の上です。なお、日本のゲイのことに関する状況論・哲学論的な論考としては、わたしが全面的に監修した『ゲイ・スタディーズ』という本が昨年、青土社から出版されています。かなり本格的な(つまりは読むのがけっこう面倒な)本ですが日系書店に頼めば取り寄せてくれるでしょう。なかなか刺激的なことが書いてあって、ご自分の人生観に「揺らぎ」を欲する人には最適な本かとも思います(ちなみにお買い求めになってもわたしには一銭も入りませんからこれは宣伝ではありませんよ)。さて、今回は3回の連載です。まずは最新のホットな話題からお話ししていきましょう。

 いま、日本のゲイの人たちの間でものすごく話題になっていることがあります。それは、この(1999年)9月と10月に日本のTBS系列で全国放送された「ここがヘンだよ日本人」という番組が発端です。

 スタジオに日本人を50人、さらにその対面に在日外国人をやはり50人集めて、ある一つのことに関して外国人たちが日本人にいろいろと文句をつける、というのが番組コンセプトです。番組ホストが北野たけしですから、面白おかしく、しかも刺激的に、かつでき得るならばちょっと知的にといったところを狙っているのでしょう。

 で、そこで同性愛のことがテーマになりました。日本人の席に集まっているのはもちろん日本のゲイとレズビアンの50人です。いままで2回にわたって激論が繰り広げられているのですが、日本人のゲイがこんなにあからさまに真剣に怒っているのが放送されたのは、おそらく日本のテレビ史上初めてのことです。そこで外国人の側から「ホモの子供が産まれたら殺す」という発言が飛び出して、スタジオが騒然となったのでした。

 その発言内容を一部ですが再録しましょう。これは日本で同性愛への理解を深めようと講演や執筆活動などを行っている「すこたん企画」というゲイのサイトで聞き取り掲載したものの転載です。第2回放送の内容で、第1回で問題になった「アフリカには同性愛者はぜったいにいない」とするアフリカ人の発言から話題は始まります。司会陣にはたけしのほかにテリー伊藤やサッカーのラモス、タレントの加藤和彦らがいます。

ガーナ人「(同性愛者など)いないものはいない。いないと言ったらいない」
加藤和彦「なぜ黒人差別に怒るのに、ゲイを認めようとしないの」
ナイジェリア人「(ゲイなど)見たことない」
テリー伊藤「社会的に抹殺されるから(自分がゲイだと)言えないんでしょ」
日本人ゲイの席に座る東城さんという男性「(ゲイ向け旅行ガイド本の)『スパルタカス』によれば、ほとんどのアフリカ(の大都市)にゲイバーがある」
イラン人「(同性愛という)フツーじゃないこと、なんで自慢してるの」
東城さん「魂の叫び。苦しいことを伝えてる」
米国人1「病気の人でも差別しないのに……」
パキスタン人「(病気の人は)治療受けるでしょ」
米国人1「さまざまな生活を肯定しないのは、時代遅れ」
キューバ人(パキスタン人へ)「前に日本で外国人だからって仕事上差別されたって言ったでしょ。マイノリティがマイノリティを否定しちゃいけない。キューバでも同性愛というだけで優秀なのに共産党員になれない人がいた」
パキスタン人「否定してない。ちゃんと治療受けなきゃいけない」
中国人(女)「病気じゃないけど変態」
東城さん「どこまでを変態だとして線引きするの」
ガーナ人「男と男でどうやってエッチするの?」
テリー伊藤(ガーナ人に向かって)「ケツ出せ、ケツ出しゃ、教えてやる」
たけし「人間はパンツをはいた時点で変態。繁殖期以外もセックスする人間そのものが変態」
東城さん「子どもが同性愛者だったら?」
インド人1「子どもがホモになったら殺す。男同士女同士セックスするなんて許さない。(東城さんに向かって)あなたが親戚だったらあなたも殺すよ。お尻の穴から子どもは生まれない」
インド人2も賛成。
(会場騒然)
ラモス「人の命をなんだと思ってる。アンタたち、子どもを殺すのか。自分の息子を殺すのか。そういう子どもを見たくなきゃ、自殺しろ」
インド人1「自分の人生殺してるよ。殺人者だ。なんで男で女になるの」
ナイジェリア人「生きる資格ない。子ども殺す」
ラモス「オマエにそんなこと言う資格ない」
インド人2「家族や親戚に迷惑かける」
テリー「かけても守るのが親だろう」
米国人2「こういう殺してもいいという人がいるかぎり、同性愛者にはふたつの選択しかなくなる。ウソの人生を送るか安全な場所に移るかだ。アメリカでも田舎にいると殺されかねないから、みんなサンフランシスコやニューヨークへ行く」

 字面だけを読んでもかなり激しい内容だということがわかるでしょう。日本人だけではこんなにあからさまなゲイ否定論は出てこないでしょうから、話題を盛り上げようという番組プロデューサーの思惑は的中したわけです。

 ゲイ攻撃の先頭に立っているのはアフリカ系の人、及びインド、パキスタン人などです。とはいえこれはスタジオ内の話だけでは済みません。ちょうど同じころ、9月末にはアフリカのウガンダで大統領ヨウェリ・ムセヴェニが刑事警察局に対し、同性愛者を「忌まわしい行為」のかどで一斉逮捕せよと命じました。

 対してアメリカ国務省が10月15日、ウガンダ政府に強い警告を行っています。いわく「性的指向に基づく個人の逮捕及び収監は、ウガンダ国内法に定められていようがいまいが深刻な人権侵害であるとわれわれは考える。ウガンダの政府高官は自国が国際的人権宣言国の一つであることを想起すべきである。たとえそれら人権宣言及び国際協定がとくに性的指向に触れていずとも、これらへの参加は必然的に各個人の人権を尊重することを伴うものである」

 ところがその数日前には今度は中国が北京の地区裁判所で同性愛を「アブノーマルで受け入れがたいもの」と近代中国史上初めて規定したというニュースが流れています。

 中国は人口12億。インドも10億を突破したばかりです。アフリカ全体の人口増加も著しい。そういう中で同性愛者たちが21世紀をどう生き残れるのか、という問いには、いままでこつこつと懸命に築いてきた欧米での民主的なゲイ人権運動が、ともすると圧倒的な数の論理でたちどころにつぶされてしまうかもしれない、というまさに生命に関する具体的な危惧が潜在しているのです。ことは、TBSの番組でゲイの人たちが真剣に怒っていた以上に深刻な事態なのかもしれません。

 さて、いみじくもあの番組の中では「病気じゃないけど変態」「男と男でどうやってエッチするの」「お尻の穴から子どもは生まれない」などといった発言が登場していました。こうしてみると「反自然」というのが世界的に同性愛者に対する敵対や虐待の口実になっています。これがもう少し進むと「わざわざ快楽のためにそういう反自然な性に耽溺している」という論理になります。これは宗教的な断罪にもつながります。

 でもね、セックスしないゲイだっているんですよ。「快楽だなんてもう面倒くさくて嫌い」という人は、どうしてそれでもまだゲイをやってるんでしょうか。わざわざ「反自然な性に耽溺」するなんてのもけっこうしんどいはずです。おまけに人からバカにされたり場所や時代によっては懲役や鞭打ちや火あぶりまで待っていたんですよ。そうしてまでして「溺れよう」なんて思うかなあ。それもまだ性の何たるかを知らない思春期のゲイの子供たちまで。

 それとも、同性愛というのがそれほどまでに「蠱惑的」だと異性愛者のあなたが考えるのなら、それはまさに性に対する「あなたの願望」を語っているのであって、同性愛者の性の実体をではない、ということになる論理の落とし穴すら待っているのです。

 いえ、わたしはべつに「同性愛は自然だ」と言い張りたいわけではありません。
  前回の連載第一回で「同性愛は人間以外の自然界を見ても異常でも病気でもない」として、その説明を省いてただ「その議論の論理的帰結はすでに定まっています」とだけ書きました。そうするとある読者の方から「説明もなしに同性愛が正しいと言われても納得できない」というご指摘をいただきました。

 わたしは、「同性愛が正しい」とは言っていないのです。さらに言えば「異性愛こそが正しい」とも証明されてもいないのに、わざわざ「同性愛は正しい」ということを証明する必要もないとも思っています。

 「正しい」「正しくない」といった議論にはその言葉の定義の問題とともに価値観も働きます。しかし、それ以前に、生きた同性愛者を目の前にして、正しいも正しくないもあったもんじゃないだろう、というのがわたしの第1の論点です。

 これは「正しい」を「自然だ」に置き換えても結構です。その「自然」にはしばしば人間の勝手な「功利主義」が付随します。同時に中途半端な「合理主義」も働きます。それ以外のものを切り捨てるのは、じつはナチスのやり方なんですよ。気づいていましたか?

 「女は子供を産むもの」というのが自然だと考えれば、不妊症の女性は生きている価値がなくなります。「男は子供を産ませるもの」だから、無精子症の男性はバカにされて当然とお考えですか? それとまったく同様の論理で、五体不満足な身障者は「自然」ではないから殺すべきですか? いったいどこからどこまでが「普通」ですか? あなたの身長は「普通」ですか? あなたの年齢は「普通」でしょうか? 肝機能やら視力やら「普通」ではない年寄りは捨ててもよいのですか? いったい、だれが「自然」なのですか? あなたはその基準を適用しても自分は排除されないという自信がありますか? そして、自信があるならほかの人間はどう排除されてもいいとお考えですか? それが、たとえば、たまたまあなたの愛してしまった人だったとしても?

 その意味で「人間はパンツをはいた時点で変態。繁殖期以外もセックスする人間そのものが変態」と北野たけしがあの番組で言っていたことはとても「正しい」のです。論理学で「前提が偽なら結果はすべて真」という定理がありますが、人間の存在がそもそも「反自然の変態」なら、やってることはどうせみんな「どうでも正しい」のかもしれません。もっとも、それでも「殺せ」と叫ぶ人は後を絶たないのですが……。

 「神はアダムとイヴをお造りになった。男と男をではない」というのが例の同性愛者逮捕令を出したウガンダの大統領ムセヴェニの弁です。

 そのウガンダの首都カンパラの有力紙に最近、ゲイ読者からの匿名の投書が初めて掲載されました。「同性愛も自然なことだとは、あなた方の偏見の中では思いも寄らないでしょう。しかし必要な科学的根拠抜きにそれを反自然だとしてしまう意見こそ、じつはとても疑わしいものなのです」。投書氏は問います、「警察は、オーラルセックスやコンドームを使用している人たちをも、自然に反した肉欲に走っている者たちとして逮捕するつもりですか?」
(続く)

December 01, 2006

『目に見える暴力、見えない暴力』

 「ビレッジを歩いているとびっくりさせられるあるビルボードに出くわす。それは2人の男性がいちゃいちゃ砂浜に寝そべっているどでかい写真だ」「クリストファーストリートの周辺などにはゲイのパーティーを知らせるあからさまなポスターが街角のあちこちに貼ってあるし、ニューススタンドの店先には男性のヌード雑誌が見事なほどずらりと並べられている」「アメリカではゲイの人口が全体の10%を越えたといわれておりゲイの人たちの人権も確立されつつある」

 さて、これらの文章はじつはわたしのこのOCSの連載を読んで、東京のあるテレビプロダクションが「ニューヨークのゲイの世界をドキュメンタリーで放映したいのだがいろいろと教えてくれないか」と言ってきたときの、彼らの事前に用意していた台本の一部です。

 わたしは頭を抱えてしまいました。「参考までに」と渡されたこのスクリプトを、彼らの思考回路を測るための、本当に参考にしてもよろしいものなのか?

 じつはこういうことは以前にもかなりの頻度でありました。若い人たちにとても人気の『地球の歩き方』というガイドブックがあります。たとえばつい数年前まで、この本にはグリニッジビレッジが「クリストファー通りを中心にゲイの居住区として有名になってしまった。このあたり、夕方になるとゲイのカップルがどこからともなく集まり、ちょっと異様な雰囲気となる」というふうに描写されていました(さすがに現在の版ではこうした物言いは削除されていますが)。

 これらの表現を「ヘンだ」と感じないとしたら、あなたはかなりヘンです。ゲイの街として「有名になってしまった」と書くときの、その、わかったふうな道徳顔。「2人の男性がいちゃいちゃ寝そべって」とか「あからさまなポスター」とか、そんな非難がましい語句をなんの抵抗もなく書き連ねられる神経。

 この2つの根っこにあるのはおそらく同じものです。つまり「自分たちの読者/視聴者にはゲイはいない」という妄信です。だから、極端に言えば「どんなことでも言える」。だって、あいつらはいつもどこかほかの場所にいて、ここでこんなものを読んだりはしないんだから。

 それが「アメリカではゲイの人口が全体の10%を越えたといわれており」という表現につながります。
 そう、アメリカではホモが10%以上もいる。日本では考えられないことだ。

 そうなんですか? と思わず電話口で訊いてしまいました。するとディレクター氏は「え? なんせデータがないもので」。

 データがないのにこの人はアメリカと日本の同性愛者の比率は違うと、なぜか(データもないくせに)決めてかかっているのです。

 「自分たちの読者/視聴者にはゲイはいない」という妄信は、すなわち自分の知ってるやつには同性愛者などいないという無意識の思い込みにもつながります。いちばん最初の連載でも書いたことですが、同性愛者たちは隠れるのが得意です。隠れることに真剣です。そんじょそこらのことじゃ正体なんか見せてはやらないと思っているほどに。

 で、じつはある程度の確率で、あなたの周囲にいた、これまで最もやさしく寛大で、あなたのことをいつも好きでいてくれた友人のだれかは、おそらく同性愛者です。そしてあなたはそれに気づいていない。気づいていないばかりか彼/彼女を、傷つけるようなことを(なにげもなしに)あなたはしてきた。
 でも安心してください。彼/彼女はあなたのその無神経さをあらかじめ赦してすらくれていますから。
       *
 そんな例を、わたしたちは今月(1999年11月)のある裁判で知ることができます。
 それはいまからちょうど1年ほど前、ワイオミング州ララミーという町で、1人の同性愛者の大学生が殺された事件の裁判でした。

 殺された青年はマシュー・シェパードといいます。21歳でした。マシューは大学でもオープンリー・ゲイで通していました。身長156センチ、体重52キロの小柄な彼はしかしゲイバッシングの格好の対象だったようで、何度かいじめにも遭っています。その彼が昨年10月、地元のバーから「自分たちもゲイだ」とウソをついた2人の若者に連れ出され、ひとけのない牧草地の柵に十字架の形で縛り付けられ殴りつけられ、20ドルを奪われた上に零下の現場で意識不明のまま放置され、通行人の発見から5日後に、いちども意識を取り戻さないままに死亡したのでした。拳銃の銃座で18回も殴打された彼の頭蓋骨は陥没し、血が乾くよりも先に凍りついた彼の頬には、発見時に、涙の跡だけが白かったといいます。

 犯行の動機は、マシューがゲイであったことです。犯人の1人はすでにこの4月に2回の終身刑を言い渡されました。残った主犯のアーロン・マッキニー(22)にも今月4日、死刑だろうという大方の予想を裏切って同じく終身刑2回が言い渡されました。

 じつはこのマッキニーが死刑に処されるべきかで、米国のゲイたちの世論は見事なほどに真っ2つに分かれました。死刑に賛成は42・9%、反対は44・4%。米国の死刑賛成派は通常60%とか70%に上ります。ところがゲイたちは「それでも殺すな」と言っているようなのです。

 べつに怒っていないわけではないのです。むしろゲイたちはものすごく怒っている。マンハッタンに住んでいる方なら去年1998年、この事件が起こった後のプラザホテル前でのマシューを悼む「祈りの夜」にゲイやレズビアンら5千人もの人たちが集まり、それが結局はデモ届けをしていないということで規制を行おうとしたNY市警との間で久々の暴動騒ぎにまで発展したことを憶えているかもしれません。

 このところ社会的容認度も増えたかのようで脳天気に構えていたゲイたちが、本当に久々にマジに怒ったのがこのマシューの事件でした。でもその犯人をすら「殺すな」と言うゲイたちがいる。

 終身刑の判決後、マシューの父親が次のような声明を発表しました。
 「私はきみが死ぬこと以上にふさわしいことはないと思っている、ミスター・マッキニー。けれどもいまは癒しの始まりの時だ。いまはいかなる慈悲も示そうとしなかった者にも慈悲を与えるときだノノミスター・マッキニー、私はきみに命を許す。そうするのは私にはとても難しいことだが、それはマシューの遺志なのだ」
 マッキニー被告の死刑回避を働きかけたのは、じつは、マシュー・シェパードの両親でもあったのです。

 わたしのあるゲイの友人の1人も、たとえマッキニーに死刑判決が出ても、あるいは出たとしたらそれだからこそ、死刑減刑の嘆願がゲイたち自身から起きていたかもしれないと言います。それこそがむしろ「殺すな」のメッセージなのだ、という意味を込めて。

 そういう話を聞くと、わたしは人類にゲイという心強くやさしき人たちがいることがとても大きな誇りに思えてきます。人間もまだ捨てたもんでもないというような、そんな気になります。でも、彼らより、彼らを殺そうとする人間のほうが目立つのもまた事実なのです。ゲイだからという、そのことだけで殺される人はいまでも後を絶ちません。それが現在の民主党の、性的指向までをも視野に入れた連邦規模での「ヘイト・クライム(憎悪犯罪防止法)」法案の成立努力につながっているのです。
       *
 さすがに日本には、このマシュー・シェパード事件のようなことはありません、と書ければよいのですが、わかりません。なぜなら、表だった暴力は見えないかもしれませんが、表だたない暴力なら同じように蔓延しているからです。アメリカでは5時間に1人の割合で思春期の同性愛者が自殺すると推計されています。ある1つの命を救うために、私たちに与えられた時間はたったの5時間もないということです。

 では日本ではどうなのか。残念ながら思春期の少年少女の自殺の原因に、「同性愛」があるということすら日本では認識されていません。だってほら、「同性愛」とか「エイズ」とかって、「外国のもの」ですから。
       *
 95年の春に、日本の新聞各紙に、関東地方のある男子中学生の自殺記事が掲載されていました。ある新聞は動機について「日記に『好きな相手に冷たくされた』などの記述」があったと書いてありました。そこで別の新聞を見るとそこにも「日記に恋愛についての悩みが書かれており」とありました。

 この時代、思春期の恋破れくらいで自殺するとははて面妖な、とも思いつつさらにまた別の新聞を開くと、そこには「残された日記には男の友達に冷たくされたと思い込み、悩んでいる心境がつづられていた」とあったのです。

 それぞれに、なにかを記述することを回避するようなキーワードを束ね合わせれば、「冷たくされた」「好きな相手」が友情ではなく「恋愛」の対象で、さらに「男の友達」だったムムという新聞報道、あるいは警察発表がどこまで、またどれほどの事実なのかは、当時、わたしはそれ以上を確認しませんでした。したがって自殺した当の男子中学生その子本人が同性愛者だった、とは、ここでは言いません。

 しかし、同じような子で同性愛者の子は必ずいるでしょう。彼は、ちまたに蔓延する「2人の男性がいちゃいちゃ砂浜に寝そべっている」といった何気ない言説の積み重ねによって、「同性愛」というものが非難されるものであるという思いを募らせるのです。そしていやがおうにもやがてその重みにつぶされる。

 日本にはゲイに対する目に見える暴力がないだけマシだと言う人がいます。そういう問題ではありません。目に見えようが見えまいが、暴力なんぞ両方ともまっぴらだということなのです。

 頭を抱えているだけではだめなのでしょう。かのディレクター氏らのそんな暴力的な「同性愛」観をこれ以上たれ流しにさせないためにも、わたしは冒頭のテレビ番組の監修を引き受けるべきなのかもしれません。頭を抱えたくもなります。
(続く)

『いまさら訊くのも恥ずかしかったこんな質問への回答』

 とうとう今回が最終回です。いろいろごたくを並べてきましたが、先日、読者の方から、じつは同性愛についてまだ肝心の、ほんとに基本的なところがよくわからない、と言われました。「肝心なところ」はやはり最後に書きましょう。いろんな面倒臭い話を知った上で「基礎知識」に触れるというのもいいですよね。というわけで、最終回はQ&A形式で進めます。
       *
Q ホモとオカマとゲイは違うんですか?

A これらの言葉が指示しているものはどれも同じもの、つまりは同性愛者です。
  よく「オカマは女装してるホモのこと」とか「着流しや着物を着ているやつ」とか「ホモは男の格好のままのオカマ」「ゲイはファッショナブルで知的」とか、わけのわからん分類をする人が同性愛者の中にもいますが、それらはみんなブルシットです。

  差があるとしたら侮蔑語か侮蔑語でないかの違いです。
  ホモはホモセクシュアルの短縮で、英語で「Homo」と口にしたら(付き合う人たちの質にもよりますが)NYなどでは口にしたあなたのほうが人格を疑われる確率が高いでしょう。日本人だから人権意識が低いのだと大目に見られるかもしれませんが、それはあなたの知性や品性に関わる評価となるはずです。

  ホモと同じ侮蔑語は英語ではクイア、ファゴット(ファグ)、フェアリーなどがあります。これらも自称でない限り(つまりあなたがゲイでない限り)口にしないほうが無難です。口にするときは同性愛者を罵倒するのだという明確な意思を持ってください。

  オカマというのは日本語で「尻」の俗語です。肛門性交から連想された言葉で、「ケツに入れられるヤツ」という意味。ですからこれも侮蔑語です(なぜ侮蔑になるかはかなり複雑な問題ですのでここでは省きます)。日本でも最近はこの「ホモ」「オカマ」をマスコミがほとんど使わなくなりました。90年代後半からの変化です。日本の同性愛者たちがけっこう「うるさく」なってきてすぐ抗議したりするので、マスメディア側が「触らぬ神に祟りなし」で自主規制したのです。で、みんな「ゲイ」になってしまいました。どんなにバカな扱いでも、まるでゲイとさえ呼んでおけば問題はクリアできるとでも思っているかのように。
  たしかに「ゲイ」はもう侮蔑語ではありません。ゲイたちが自分たちを示す言葉として選んだのが「ゲイ」です。

Q ゲイは女装したいと思っているんですか? 女になりたいんでしょうか?

A 同性愛と異性装は次元の異なるものです。もちろん、ゲイ男性の中には女装者もいますしゲイ女性にも男装者がいます。しかし、それは異性愛者も同じで、異性愛男性にも女装願望を持っている人や実践者がたくさんいます。
  服や化粧というのは教育や環境によって後付けとして構成された文化的な性(ジェンダー)差です。ですからそのトランスジェンダー(ジェンダー転換)願望のどこまでが先天的な性指向と関係するのか、どこまで後天的な性嗜好から発展したものなのかはじつはよくわかっていません。
  いずれにしても「同性愛者は女装/男装したいと思っている」のではなくて、女装/男装者は同性愛・異性愛の差なく両者にともに存在するということです。
  男性の肉体を持って生まれたひとが「女になりたい」と願うのは、文化的な装いの性、つまりジェンダーとともに、肉体的な性、つまりセックスを変えたいということですからこちらは厳密にはトランスジェンダーよりもトランスセクシュアルという言い方をすることがあります。これも同性愛とは別次元で考えるものです。同性愛とは愛する相手のことで規定される概念で、トランスセクシュアル願望とは自分の肉体への思いによって規定される概念だからです。
  そこで問題になるのが「性同一性障害」という、今年(1999年)、日本の性転換手術(2006年現在では性別適合手術、または性別再判定手術と呼ぶようになりました)のニュースなどでも話題になった言葉です。これは、自分の心が女もしくは男なのに、自分の肉体がその逆の性だということに耐えられない、という齟齬の症例なのですが、それが同性愛に対する抑圧や差別の大きな社会に生きているせいで外因的にそう思ってしまうのか、それともより内因的にもともと女の脳と男の肉体で生まれてきてしまったせいなのか、その辺の判定はとても難しくわからないことが多すぎるのです。しかし、そのどちらにしても実際にそういう人が存在するのだから、性転換手術(性別適合手術)とはとりあえずはその苦しみを取り除くようにしよう、という、その「とりあえず」の処置なのです。自分でなかった自分が自分にふさわしい自分になるためには、手術以外にもおおくの作業が必要になります。
 (性同一性障害=GID=に関しては2003年、「日本で性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(通称・性同一性障害特例法)」が成立、翌年7月に施行されました。この法律にも多くの問題がありますが、日本社会のみならずGIDの人びとに関してはいまだ一般にも情報が行き渡らず、無理解と無知を基にした差別が絶えません)

Q ゲイの人たちってどんなセックスをするんですか?

A あなたはどんなセックスをしますか? また、あなたはどんなセックスをしてみたいですか? それを頭の中で想像してください。ものすごくエッチなアレとかコレとかぜんぜんエッチじゃないけどほんわかするナニまでいろんな形のいろんな気持ちのセックス。そう、人に言えないようなことまでを。
  で、とつぜん、あなたはどんなセックスをしていますかと訊かれたとします。興味本位で「人に言えないようなこと」まで教えてよと言われたらどう対応するか?
  この質問には、ですから回答は2つあります。
  あなたがほんとうに気のおけない友人で、それで打ち明け話の延長としてそう訊いてきたら「人の考えるすべての種類のセックスをしている」というのが答えです。もちろん1人で全部をやっているという意味ではなくて。人間って、ゲイであろうがストレートであろうが思ったことはほとんどぜんぶ実行してみちゃう生き物なのです。あなたがやってなくても、必ずだれかがソレをやっていますもの。
  もう1つの回答はこれとは違います。つまり、あなたがまるで「未開の土人」の性器までをも調べる資格があると思い上がっている「白人侵略者」のようならば、あるいは知的探求という大義名分でその実スケベ心を満たすためだけに質問してきたのなら、「だれがそんなプライヴェートなことに答える義務があるか」なのです。それこそそんなことを訊くなんて「なんと失礼な!」、ですよね。

Q でも、男役とか女役とかあるんでしょう?

A あります。英語では「トップ」と「ボトム」といいます。しかしこれは必ずしも固定してはいません。固定したカップルもいますが、ときには反対になるカップルもいます。また、いわゆる男でも女でもないセックスの形もあります。これは想像力の及ぶ限りに人それぞれです。それはストレートのカップルでもまったく同じでしょうね。
  ちなみに、外見がマッチョだからといってベッドでもそうかというとそうとも限りません。見た目が亭主関白でもベッドでは奥様の言いなりになるのが好きなストレート男性がいるのと同じです。

Q ゲイもストレートも同じだと強調しますが、同じじゃないところもあるでしょう?

A 「同じ」という説明の仕方は、じつは多分に戦略的なものです。「あいつらは変態だ」「オカマはヘンだ」と言われる社会の中で基本的な人権を獲得してゆくためには、まずは「私たちも同じ人間だ」というところから始めなくてはならないという戦略。
  ところが一方でゲイたちには「同じ」という平板な概念を嫌うよう意図的に先鋭化している部分もあります。「違う」ことこそがゲイがゲイである所以だ、という具合に。
  「わざとフツーじゃなく」振る舞うスタイル、「ひとひねり」する感性などをもひっくるめて「ゲイ」の文化および在りようが登場してきているのです。そこでマスコミが「ゲイ」という言葉を多用するようになってから、その偽善を衝くかのように逆に自分たちをあえて「クイア」と呼ぶゲイたちも登場しています。「何おっかながってんだよ。ほら、オカマと呼んでみろよ」と挑発するかのように。「オカマで何が悪い!」と言うように。でも、この挑発に乗って彼らを「クイア(オカマ)」と呼んだら痛い目に遭いますからご注意を。
  「多様性」を認めるところから文化は強くやさしく豊かになります。ですから同じでなくたってぜんぜんかまわない。むしろ違ったほうが面白い。「同じ」であらねばならぬことの脅迫から自由になること、これもゲイという概念の教えてくれるものです。

Q でもやっぱり男が男を愛するのは不自然では?

A 異性を好きになる人だって偉そうなことは言えないでしょう。異性を好きになるのはあなたが努力してそうしたのではない。遺伝子によってあらかじめそうプログラムされていたからで、あなたの大脳の「意志」の成果じゃない。それをまるで自分の手柄のように語るのは「ぼくのパパは偉いんだぞ」と自慢するかわいい子供のようです。
  それと同じく同性を好きになるのもその人の努力の結果ではありません。大脳がそのようにあらかじめプログラムされているからです。もちろんそれが「姿を現す」には環境とか文化的・宗教的制約とかいった外的な要因が関係してはくるでしょうが、まあ、種がなければ芽は出ない、と同じことです。
  じつは人間には生物学的に一〇〇%ヘテロセクシュアルの人も一〇〇%ホモセクシュアルの人もそんなに生粋のメ純血種モはあまりいないのです。「ホモっ気」があるとかないとかよく冗談めかして言いますがじつはホモっ気はみんなある。それを「性指向のスペクトル」といいます。
  ほら、光をプリズムに通すといろんな色が順々に分かれて出てくるでしょう。そのグラデーションのように、人間の性的指向もホモっ気やヘテロっ気などいろんなものが混じり合って成立している。
  ホモっ気が10%の人はそれを抑えつけていてもべつに問題は生じないでしょう。抑えているという自覚すらないかもしれません。なぜってほら男性主義の社会ってホモソシアルな社会だから男同士で発散できる機会はけっこう備わっているわけで、それで10%程度の欲望なら簡単に解消されるからです。
  でも30〜40%になってくるとちょっと気になっちゃうかもしれません。60%とかでこの社会の中ではきっと困り始めます。でもまだだいじょうぶかもしれない。でもそれが70とか80%以上になったら、これは隠しているといずれ爆発します。気が狂うかもしれない。自殺する人も多い。無理して結婚して、奥さんを虐待したり無視したり、ほんとうにひどいことをする隠れ同性愛者たちもいます。
  女性の場合だって男性とのセックスをいやいや我慢している人もたくさんいます。女性の同性愛者は、この男社会で女であることで、よりつらい思いをしているでしょう。
  「自然」「不自然」でいえば、ぜんぜん社会的制約のない文化では男は男とやっても「自然」です。10%しかホモっ気のないやつでも、ヤル機会があったらヤルかもしれません。日本の江戸時代までがまさにそうでした。
  また現代でも、少年が成人になるときに年長の青年に肛門性交もしくは口を通して精液を注入してもらわねばならないという「通過儀礼」習慣を維持する民族もいます。
  「自然」「反自然」という分類も、ですからじつはとても文化的な「洗脳」の結果の価値判断なのです。

Q そんなことを言われると男はみんなホモみたいです。

A ええ、おそらく半分くらいの男性はどの民族でも(いろんな意味で)ホモセクシュアルになりうるかもしれません。ただしこういう社会ですから、そんな抑圧の中でも自分をゲイだと自認している人は、もしくは認めざるを得ないほどにホモセクシュアルな人は、だいたい全人口の10%前後ではないかとされています。さらにそれを他人に公言できるほどにプライドを持ったゲイの人はもっと少なく、アメリカでもその半分の5%前後でしょうか。日本ではさらに少ないですが、それは同性愛者の比率が少ないということではありません。
       *
  99年初めに発行された『生物学的豊饒』という本では「哺乳類と鳥類の80%の種でオス同士の、55%でメス同士の関係が観察されている」として「同性愛的関係の発生の確率は、推論すればこの地上に存在するとされる百万種類の生物学的種で15%から30%にのぼる」と記しています。
  まさにそれを裏打ちするようにオーストラリアの自然保護区で99年夏、同じ巣でいっしょに暮らしながら7羽のヒナを育てている2羽のオスのエミューのカップルが確認されました。そこの保護区職員が「これは超モダンな家族だ。でもホモセクシュアルってんじゃないと思う。1羽がちょっと混乱してるだけだと思う」とコメントしています。そういうコメントをひねり出さざるを得なかったその彼の混乱ぶりこそがおかしいですよね。
  生物の在りようとは、ダーウィンの説いたような種の保存とか自然淘汰とかの単純な結果ではないようです。この連載で言いたかったことも、とどのつまりはそういうことなのです。
(了)

この項、一部2006年11月に追記。

太宰治をクイアする

  1998年5月1日付け、ニューヨーク・ポスト紙は「GAY JESUS MAY STAR ON B'WAY(ゲイのイエスがブロードウェイでスターになるかも)」という見出しのスクープを報じた【注:New York Post 5/1/98 "GAY JESUS MAY STAR ON B'WAY" by Ward MorehouseIII and Tracy Conner】。同記事によると、トニー賞3回受賞の第一線の劇作家テレンス・マクナリー【注:代表作に『Love! Valour! Compassion!』『Master Class』『Kiss of the Spiderwoman』】がマンハッタン・シアター・クラブと共同で極秘製作中のその劇は、イエスの名をヨシュア【注:Joshua 自体が救世主という意味を持ち、Jesusと同義でも用いる】と変えてはいるものの使徒を率いてローマに入り、新約聖書に伝えられるイエスの数かずの台詞をしゃべる。劇の題名は『Corpus Christi(キリストの躰)』。この劇で、そのイエスらしき主人公は使徒の何人かと性関係がある。さらに有名なローマ総督ピラトとの対峙において、聖書の「汝はユダヤの王なるか?」という審問が劇中では「汝はクィアの王なるか?」に変わり、主人公は聖書のとおり「汝の言うが如きなり」と答えるのである。

 欧米のゲイ・スタディーズの学者たちはこれまでもイエスとその使徒の何人かがゲイである可能性(とはいっても現代のパラダイム上でのgayではあり得ないが)を指摘してきた。だがそれは欧米カトリシズムの最も大きなタブーの一つであり、天皇の人間宣言と同様、キリストの人間宣言すらもまた1970年のロック・オペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』でキリスト教会から熾烈な非難を浴びたのである。アンドルー・ロイド・ウェーバーの曲とティム・ライスの歌詞によるこのロック・ミュージカルでは、キリストを「He's a man. He's just a man(ただの男)」【注: Tim Rice "I Don't Know How To Love Him" 1970】とした歌詞がカトリックの逆鱗に触れた。さらに全編、ユダの目をとおした悩める男キリストが焦点になっており、ユダは彼イエスを愛するがゆえに彼を裏切り銀貨30枚で彼を売り、そして最後に彼と口づけをしてのちに縊死するのである。キリスト教会は当時、マタイ伝26章49などで新約聖書にも記される劇中でのこの男同士の接吻にも異常な嫌悪感を示した(浅利慶太演出による日本の物マネ版ではユダとキリストとのキスは物マネの分さえも弁えずにおこがましくも割愛された)。

 今回のゲイのヨシュアにもすでにポスト紙が同記事中でカトリック界の反応を紹介している。代表的なものは次のような言説だ。
 「それ(イエスと使徒とのセックス関係が劇で示されること)が本当ならば恐ろしいことだ」「とても信じられない」【注:()内は筆者追記】(ニューヨーク大司教教区スポークスマン、ジョー・ズウィリング)
 「(そのような劇は)言葉に出来ないほどに病的だ」【注:()内は筆者追記】(宗教と市民の権利のためのカトリック連盟、ウィリアム・ドノヒュー)
 冒頭からの2つの劇の視点は、じつは1940年に太宰が『駈込み訴え』【注:《中央公論》昭和15年2月号初出】 で示したものと本質的に異ならない。太宰のユダは次のように、「あの人」と「あなた」の三人称上の憎悪と二人称上の愛情と間の渓谷をめまぐるしく跳び移る対象としてのイエスを、「凡夫だ。ただの人だ」つまり「He's a man. He's just a man」として形容する。
 なんであの人が、イスラエルの王なものか。馬鹿な弟子どもは、あの人を神の御子だと信じていて(中略)欣喜雀躍している。今にがっかりするのが、私にはわかっています。【注:新潮文庫版《走れメロス》『『駈込み訴え』P124】
 ああ、やっぱり、あの人はだらしない。ヤキがまわった。もう、あの人には見込みがない。凡夫だ。ただの人だ。【注:同P128】
 さらに『スーパースター』ではイエスは売春婦として描かれたマグダラのマリアと恋人であるとされ、それについてユダは「あなたのような人があの種の女に身をやつすとは私には奇妙でわけがわからない。そう、彼女が楽しませてくれるのは私にもわかる。だが彼女にその身をさすらせその髪に口づけさせるのはまったくあなたらしくはない」【注:Tim Rice "Strange Thing Mystifying" 1970年】 と嘆くのだが、太宰の『駈込み訴え』ではその恋の相手、マルタの妹のマリアについて同じようにこう「訴え」るのである。
 あの人ともあろうものが。あんな無知な百姓女ふぜいに、そよとでも特殊な愛を感じたとあれば、それは、なんという失態。取り返しの出来ぬ大醜聞【注:同『駈込み訴え』P126】
 ではマクナリーの「クィアのキリスト」とはどうつながるのだろうか。『キリストの躰』は今秋(編注;1998年秋)のブロードウェイまたはオフ・ブロードウェイでの開演に向け予想されるキリスト教右派の攻撃を回避するためか箝口令下にあり、詳細をいまだいっさい明らかにしてはいない。が、いま現在の取っ掛かりとしては太宰のユダの「クィアネス」の指摘だけでもこのエッセイの意図に適って充分だろうと思われる。

 太宰のユダの心理の流れを任意に、といっても感情の屈折点を示すと思われる部分を順番に書き出していってみよう。
 1)あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
 2)私はあの人を、美しい人だと思っている。(中略)あの人は美しい人なのだ。
 3)私は天の父にわかって戴かなくても、また世間の者に知られなくても、ただあなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。私はあなたを愛しています。(中略)誰よりも愛しています。
 4)私はあの人を愛している。あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。あの人は、誰のものでもない。私のものだ。あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる。
 5)あの人は、私の此の無報酬の、純粋の愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。
 6)(マリアに関するイエスについて)ああ、我慢ならない。堪忍ならない。(中略)もはや駄目だと思いました。
 7)それでも私は堪えている。あの人ひとりに心を捧げ、これまでどんな女にも心を動かしたことは無いのだ。
 8)(マリアについて)私だって思っていたのだ。町へ出たとき、何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。ああ、もう、わからなくなりました。
 9)そうだ、私は口惜しいのです。
 10)あの人は私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。
 11)ああ、ジェラシイというのは、なんてやりきれない悪徳だ。
 12)(イエスを売ろうとしたのを指摘されて)逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出したのだ。(中略)売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。
 13)捕えて、棒で殴って素裸にして殺すがよい。
 14)銀三十で、あいつは売られる。私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。
 こうしてピンポイント的に抽出してみたとき、私たちはこのユダの心理の流れの下に、あの、古典的で、恐ろしいほどに明晰なフロイトのパラノイア分析の主要図式をほとんどそっくりそのままに透かし見るのである。フロイトは次のように指摘した。
 「パラノイアのよくある主要な形態はすべてただ1つの命題、すなわち《私(男)は彼を愛している》という命題の引き起こす否認として説明され得るということは注目すべき事実である。そればかりか彼らは、そのような否認を定型化し得る、可能なかぎりのすべての方途を使い果たすのである。
 《私(男)は彼を愛している》というその命題は次のように否認される。
(a)迫害妄想
 《私は彼を愛していないーー私は彼を憎んでいる》
 この否認は、無意識の中でそれよりほかには表現され得ないが、しかし、パラノイア患者にはこの形を取っては意識されることがない。(中略)《私は彼を憎んでいる》という命題は結果的に他者への投射によって変形するのだ。つまり《彼は私を憎んで(迫害して)いる。そのことが、私が彼を憎むことを正当化する》。こうして、じっさいはこちらこそが動因力であるその無意識の感情が、あたかも外的な認知の結果であるかのように次の形で姿を現すのである。
 《私は彼を愛していないーー私は彼を憎んでいる、なぜならば彼が私を迫害しているからだ》
(b)恋愛妄想
 《私は彼を愛していないーー私は彼女を愛している》
 そして同じように投射への必要性に従順に、この命題は次のように変形する。《私は、彼女が私を愛していることを知っている》
 《私は彼を愛していないーー私は彼女を愛している、なぜならば彼女が私を愛しているからだ》
(c)嫉妬妄想
 《その男を愛しているのは私ではないーー彼女が彼を愛しているのだ》。そして彼はその女性が、彼自身が愛したいと誘われる男たちすべてと関係があるのではないかと疑うことになる。
 (中略)
 さてこの3つの命題を共通して構成している命題、つまり《私は彼を愛している》という命題はこれら3つの異なった方法によってのみ否認されると思われるかもしれない。嫉妬妄想は主体主語を否認する。迫害妄想は動詞を否認する。そして恋愛妄想は対象目的語を否認する。しかし、じっさいは4番目の種類の否認も可能なのである。いわばその命題そのもの全体を拒否するやり方が。
 《私は愛することなどしないーー私はだれをも愛さない》。そして、結局のところは、人のリビドーはどこかへ向かわなくてはならないから、この命題は次のような命題と心理学的に等値になるようである。つまり《私は私だけを愛する》。したがってこの種の否認が私たちに教えるものは、自我に対する性的過大評価として見ることのできる誇大妄想である」【注:THREE CASE HISTRORIES of COLLIER BOOKS edition, " Psychoanalytic Notes Upon an Autobiographical Account of a Case of Paranoia (Dementia Paranoides)(1911年) III. On the Mechanism of Paranoia P.139〜141より北丸が抄訳】

 フロイトのこのじつに数学的な論理の立て方と、いっけん混乱を極める太宰のユダの息切らして駈込み訴えるその饒舌とを、カット&ペーストで私たちは次のように整理することができる。

(a)迫害妄想(被害妄想)《私は彼を愛していないーー私は彼を憎んでいる、なぜならば彼が私を迫害して(憎んで)いるからだ》
1)あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。
5)あの人は、私の此の無報酬の、純粋の愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。
12)(イエスを売ろうとしたのを指摘されて)逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出したのだ。(中略)売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。
13)捕えて、棒で殴って素裸にして殺すがよい。
(b)恋愛妄想《私は彼を愛していないーー私は彼女を愛している、なぜならば彼女が私を愛しているからだ》
8)(マリアについて)私だって思っていたのだ。町へ出たとき、何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。ああ、もう、わからなくなりました。
10)あの人は私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。
(c)嫉妬妄想《その男を愛しているのは私ではないーー彼女が彼を愛しているのだ》
6)(マリアに関するイエスについて)ああ、我慢ならない。堪忍ならない。(中略)もはや駄目だと思いました。
9)そうだ、私は口惜しいのです。
10)あの人は私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。
11)ああ、ジェラシイというのは、なんてやりきれない悪徳だ。
(d)誇大妄想《私は愛することなどしない||私はだれをも愛さない。私は私だけを愛する》
7)それでも私は堪えている。あの人ひとりに心を捧げ、これまでどんな女にも心を動かしたことは無いのだ。
14)銀三十で、あいつは売られる。私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。
 そしてこれらの命題の陰に、フロイトは何があると指摘したのだったか。そう、それはいまここで分類し残した太宰のユダの吐露と一致する。つまり、《私は彼を愛している》という、フロイトの言うすべての男性に存在する可能性としての無意識下の唯一の大前提と、作家太宰が意識の上に恥ずかしげもなく引きずりだした愛と。
2)私はあの人を、美しい人だと思っている。(中略)あの人は美しい人なのだ。
3)私は天の父にわかって戴かなくても、また世間の者に知られなくても、ただあなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。私はあなたを愛しています。(中略)誰よりも愛しています。
4)私はあの人を愛している。あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。あの人は、誰のものでもない。私のものだ。あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる。
 ところでパラノイアはすべて外界からの知覚と内的な動因との齟齬によって惹起される。この葛藤は内的な同性愛的動因を外的な異性愛的知覚に投射して合致させることで歪みを生じさせ、ついには病理学的な領域へと踏み込むのである。しかしここで注意しなくてはならないのは、フロイトの指摘した病理は、同性愛的動因ではなくて、その内的動因と外的知覚との歪みのことだということである。冒頭部分で示した「ゲイのキリスト」に対して、右派キリスト者たちが「それ(イエスと使徒とのセックス関係が劇で示されること)が本当ならば恐ろしいことだ」「とても信じられない」「(そのような劇は)言葉に出来ないほどに病的だ」とした「恐ろしい」「信じられない」「病的」という指摘は、フロイトが同じ嫉妬妄想の記述で展開した「主語主体の転換とともにすべてのプロセスが自我の外に投げ出される」【注:同THREE CASE HISTORIES P.140】のと同じ論理構造を持つことも指摘しなくてはならないだろう。こうした病理学の領域へと投げ出す無自我の言説が蔓延る社会では、(まるで同性愛者のように)心優しき太宰読みである奥野健男がせっかくその『駈込み訴え』の解説で「ぼくはこの作品を翻訳、出版し、西洋諸国の人々に読ませたい気がする」【注:新潮文庫版解説P.247】と書いても、結果は、たとえ「ゲイ」が「キリスト」ではなくこれまでさんざんに汚辱を負わされてきた「ユダ」のほうであったとしても、嫉妬妄想的に「キリスト」と「ユダ」の主語主体は混同され、全体像を否認する形の木っ端微塵の悲惨なものになるだろうことは覚悟しなくてはならない。
 ところがそういう浅薄な読みを越えて、ここではフロイトのパラノイア患者とこのユダの造形者太宰との違いを指摘しておかなければならない。さきほど「太宰が意識の上に恥ずかしげもなく引きずりだした愛」と記したのは、まさにそれこそが太宰文学の核心であるだろうからだ。フロイトは、患者自身の同性愛的感情についての「この否認は、無意識の中でそれよりほかには表現され得ないが、しかし、パラノイア患者にはこの形を取っては意識されることがない」と記したのだが、太宰のユダはその感情を明確に意識しているのである。
 彼はキリストへの愛ばかりか、「ああ、ジェラシイというのは、なんてやりきれない悪徳だ」という述懐で自らの嫉妬妄想を、「ああ、もう、わからなくなりました」という混乱の自覚で恋愛妄想を、「逆にむらむら憤怒の念が炎を挙げて噴出したのだ」という解説で迫害妄想を、そしてこの小説最後の結語「私の名は、商人のユダ。へっへっ。イスカリオテのユダ」という場面の「へっへっ」に象徴される空恐ろしい自意識の自嘲で、自らの誇大妄想をも自覚しているのである。
 このとき、「クィアネス」はこのユダのセクシュアリティのみの「変態性」から飛び立って、ユダの意識そのものの「変態性」へと突き刺さるのだ。それはトム・ライスの描いた『スーパースター』ではユダとイエスのキスの場面以外では意図してかしないでか覆われていた、そしてテレンス・マクナリーの『キリストの躰』とは「クィア」という言葉を介して少なくとも表沙汰としては繋がり得るだろう変態性のことである。それはミシェル・フーコーの言葉を借りれば「制度」が「虚を突かれてしま」うような変幻自在な関係性のことなのだ。
 フーコーは次のように記している。
 「私は、こうしたことこそが同性愛を「当惑させるもの」にしているのだと思います。性行為そのものよりも、同性愛的な性の様式の方が遥かに。法や自然に適合しない性行為を想像することが、人々を不安にするのではありません。そうではなくて、個々の人間が愛し合い始めること、それこそが問題なのです。制度は虚を突かれてしまいます。(中略)制度的諸コードは(中略)こうした関係を合法化することができないのです。制度内にショートを引き起こし、法や規則や慣習のあるべき所に愛を持ち込むこうした諸関係を。」【注:ミシェル・フーコー『同性愛と生存の美学』哲学書房1987年5月刊、増田一夫訳P.12〜13】
 私たちはここで、太宰の場合に、「パラノイア」という制度的諸コードの1つが、あるいは制度によってコード化される心的諸メカニズムの1つが「虚を突かれてしま」っているさまを目の当たりにする。何によってか。それはユダのキリストへの愛の自意識によってである。そしてこの「愛の自意識」こそ、「同性愛的な性の様式」と「クィアネス(変態性)」とを二股分かれにグニョグニョと変形動員して、「愛」の「制度的諸コード」を深く「突き」貫き、復活の前にある死に向けて「ショート」させるロンギヌスの槍なのである。
 もう一人の卓越した太宰読みである吉本隆明はこの太宰の「クィアネス」について次のように述懐している。
 「太宰治という人は、ぼくがお会いしたときには、まことに見事に常識でいう社会的な善と悪が、ちゃんとひっくり返っている人になっていました。つまり、一般的に人々がいいことだとおもっていることは全部悪いことで、悪いことだとおもっていることは全部いいことだというふうに、完全に、揺るぎない自信でひっくり返っていまして(後略)」【注:吉本隆明「愛する作家たち」コスモの本、P.34】
 サルトルによる『聖ジュネ』を、つまりはサルトルの目に映った世紀のクィア、ジャン・ジュネに関する言説を強く連想させるこの文脈においてすら、デフォルトとしての異性愛を「完全に、揺るぎない自信で」信じている吉本が太宰の「同性愛的な性の様式」を指摘できないことは無理もない。先に指摘した「愛の自意識」に関しても彼は同じ論考で次のように統括している。
 「太宰治の根本的なモチーフは、家庭愛でも人類愛でも男女愛でもいいんですけど、愛ということだとおもいます」【注:同P.41】
 吉本ほどの書物の解体論者がすべての男性のパラノイアの唯一の原因命題である「私(男)は彼(男)を愛している」という、これ自体は病理ではないのだから特殊命題として排除する理由もないむしろ公理を、太宰の中から見逃しているのはどういう理由からなのだろう。
 太宰に関しては前述した『駈込み訴え』ばかりでなくじつはいくらでも「同性愛的な」たたずまいを摘み出すことができるのだ。第1創作集である《晩年》の中の『思い出』【注:昭和8年同人雑誌『海豹』初出】には「私は同じクラスのいろの黒い小さな生徒とひそかに愛し合った」というまさに直裁的な記述があって「お互いの小指がすれあってさえも、私たちは顔を赤くした」とまで書いてある。だがじつはこんなのは牧歌的に「同性愛」的ではあるが「クィア」ではまったくない。クィアの白眉は『彼は昔の彼ならず』【注:昭和9年10月『世紀』初出】の木下青扇であり、『ダスゲマイネ』【注:昭和10年10月『文藝春秋』初出】の馬場数馬であり、『古典風』【注:昭和15年6月『知性』初出】の美濃十郎であり、『乞食学生』【注:昭和15年7〜12月『若草』初出】の自称・佐伯五一郎であり、そしてなによりもそのそれぞれの小説の「私」と「僕」だ。
 たとえば、「ヨオゼフ・シゲティというブダペスト生まれのヴァイオリンの名手」と馬場数馬との邂逅とされる次のような一節に私たちはいったいいくつのクィアな暗示を見つけ出せば足りるのか。
 「その夜、馬場とシゲティは共鳴を始めて、銀座一丁目から八丁目までのめぼしいカフエを一軒一軒、たんねんに呑んでまわった。勘定はヨオゼフ・シゲティが払った。シゲティは酒を飲んでも行儀がよかった。黒の朝ネクタイを固くきちんと結んだままで、女給たちにはついに一指も触れなかった。理知で切りきざんだ工合いの芸でなければ面白くないのです。文学のほうではアンドレ・ジッドとトオマス・マンが好きです、と言ってから淋しそうに右手の親指の爪を噛んだ。ジッドをチットと発音していた。夜のまったく明けはなれたころ、二人は、帝国ホテルの前庭の蓮の池のほとりでお互いに顔をそむけながら力の抜けた握手をしてそそくさと別れ(後略)」【注:新潮文庫版《走れメロス》『ダス・ゲマイネ』P.12】
 さらに、『思い出』には微塵もなかった、愛の確信犯としての、次のような「私」に対するクィアな馬場の告白。(文中「海賊」は共同企画の同人誌のプラン)
 「君を好きだから、君を離したくなかったから、海賊なんぞ持ちだしたまでのことだ。君が海賊の空想に胸をふくらめて、様様のプランを言いだすときの潤んだ眼だけが、僕の生き甲斐だった。この眼を見るために僕はきょうまで生きて来たのだと思った。僕は、ほんとうの愛情というものを君に教わって、はじめて知ったような気がしている。君は透明だ、純粋だ。おまけに、ーー美少年だ!」【注:同P.38】
 太宰の小説には限りなく「美少年」という言葉が登場する。だからこの結句はことさら驚くようなことではない。しかしこの告白の後で馬場が「ちぇっ! ぼくはなぜこうべらべらしゃべってしまうのだろう。軽薄。狂騒。ほんとうの愛情というものは死ぬまで黙っているものだ」と“反省”して“見せる”とき、私たちはそこにとてもストレートで迷いのない『葉隠』の美学を反転させた声を聞くというより、あのオスカー・ワイルドの同性愛裁判での捻じくれたクィア宣言、「最も高貴な愛の形」としての「敢えてその名を告げぬ愛」のほうの、聞こえよがしの逆さ言葉を聞いてしまうのである。

 私が「太宰をクィアする」と題したこのエッセイで為したいのは、しかし、太宰が同性愛者だったとか隠れホモじゃなかったのかとかバイセクシュアルだったかもしれないとかいうような論証ではまったくない。たとえ指摘した彼ら登場人物のことごとくが、ワイルドばかりか、太宰とほぼ同年代のイヴリン・ウォーの手になる『ブライヅヘッドふたたび』の同性愛者のクィア、「プルーストやジードと一緒に食事をする仲で、コクトーやディアギレフとはもっと親しく」「ロナルド・ファーバンクはその小説に熱烈な献辞を書いて送」ったというアントニー・ブランシュ【注:『ブラウヅヘッドふたたび』ちくま文庫、吉田健一訳P.66】をも彷彿させるにしても。
 じつは表題とした「クィア」という(本来は)名詞が、何をどう定義するものなのかということについては、ゲイ・スタディーズ、クィア・セオリーの発祥地ともいえるアメリカでも数多くの議論がなされてきて、結果、「現在」の、「アメリカ」の(と厳密にはきわめて限定的にしかーーそれももっと特定的にという者もあるほどにーー指示できないような)同性愛者たちは、自分たちをゲイと呼ぶべきなのかクィアと呼ぶべきなのかにさえも迷わざるを得ない状況でもある。だが、1つの、きわめて謙虚でありながら遺漏のない定義の提示がデイヴィッド・ハルプリンによってなされている。

 「この言葉の否定的な面も十分承知した上で、その可能性を開いた状態にしておきたいという、というのがわたしの望みである。つまり「クイアー」は(ホモ)セクシュアル・アイデンティティを、必ずしも実質的にではなく、対抗的かつ関係的に、そして実体としてではなく位置として、ものとしてではなく規範に対抗する抵抗として、定義することができるのだ」【注:デイヴィッド・ハルプリン《聖フーコー》太田出版1997年5月、村上敏勝訳『ミシェル・フーコーのクイアー・ポリティクス』P.98。なお、クィアとゲイの間の論議もこの同じ論考のP.90〜100に詳しい】
 私が指摘したいのは、したがってまさにハルプリンの定義どおりの太宰治のクィアネスではあるものの、さらにそのクィアネスの付随によって、彼の「愛」がきわめて「開いた状態」にあるという事実である。もっといえば、だれにでもセクシュアル・アイデンティティというものはあるのだから(フロイトが解説するまでもなく「人のリビドーはどこかへ向かわなくてはならない」のだから)、太宰の小説内のリビドーもどこかに向かっているのは確かなのだ。しかしそれは「どこかに」というより、「どこへでも」辺りかまわず向かっている状態にあり、そんなクィアな心象の中での、ホモセクシュアリティの存在というよりもむしろ、ホモフォビアの不在こそが(不在の証明というのは、じつは人間のアリバイとは違ってとても難しいのだが)問題になるということなのである。したがって前述の吉本の「太宰治の根本的なモチーフは、家庭愛でも人類愛でも男女愛でもいいんですけど、愛ということだとおもいます」というさりげないまとめの言葉は、「家庭愛でも人類愛でも男女愛でもいいんですけど」なんていうさりげないもんじゃねえだろ、と、まさにその部分にこそ、ツッコミが入って然るべきだということなのである。

 ところが太宰のその時代が、時代として同性にも朗々と愛を語れる環境にあったのだというなら話はここで終わる。
 氏家幹人がその労作の(とはいえ奇妙にホモフォビアとホモフィリアの綯い混じった)教養書『武士道とエロス』【注:講談社現代新書1239、1995年2月刊】の中で駆け足で明治・大正・昭和の日本文学における男色・少年愛・同性愛の系譜を紹介している。森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』(明治42年《スバル》)や秋田雨雀の『同性の恋』(明治40年《早稲田文学》)、久米正雄の『学生時代』、さらに明治34年までの志賀直哉の「必ずしもプラトニックではなかったやうに見える」少年愛などを紹介しながら、その明治期の牧歌的な少年愛指向が終焉するありさまを稲垣足歩の言葉を借りて「明治の美少年パニック」の風潮は「明治初年から半世紀の間続いてきて、大正期に入るとともに漸く影が薄れた」【注:『武士道とエロス』第二章「君と私」P.79】と説明している。その後に登場するのはどういう言説かというと、大正2年に発表された里見とん(編注;漢字がない。弓へんに享)の『君と私と』(《白樺》4〜7月号)が、学習院中等科時代(明治30年代中期)に主人公「私」里見が「君」である志賀直哉に「男同士の恋」を抱いた事実をモデルにしたことについて、志賀が「イヤな感じを受けた」と書いていることが紹介されている。川端康成もまた齢五十のときの昭和23年の『少年』で大正初期の自らの寄宿舎時代の肉体的な同性愛関係を描きながら、執筆時には「中学校の寄宿舎には、たとひいかなる事情がおありでも子弟を送ることはお止しなさいと、世間の父兄に私は忠告したい」ともらしている【注:同P.66】、としている。

 太宰は明治42年(1909年)生まれ。性に目覚めるだろうときを大正後期から昭和にかけて送っている。「同性の恋」に関する牧歌的な時代は終わり、その種の過去を後悔するような卑屈な言説が登場してくるころである。浜尾四郎の『悪魔の弟子』(昭和4年)【注:『悪魔の弟子』の分析に関しては『ゲイ・スタディーズ』青土社(1997年6月)のキース・ヴィンセントの読み(P.127〜131)が日本のAIDS言説と対照させて興味深い】や夢野久作の『死後の恋』(昭和3年)、堀辰雄の『燃ゆる頬』(昭和7年)など、男同士の恋に、昔ながらの死の香りを付与する相変わらずの言説も再生産されている。そして時代は稀代のホモフォウブにしてホモファイル、三島由紀夫の登場を待つのである。

 したがって、話はやはり終わらない。
 フーコーが次のように語ったことはいまではあまりにも有名である。
 「もうひとつ警戒しなければならないことは、同性愛という問いを「私は何者なのか? 私の欲望の秘密は何なのか?」という問題に引き戻す傾向です。おそらく「どのような関係が、同性愛を通じて成立され、発明され、増殖され、調整されうるのか?」と問いかけた方がよいのではないでしょうか。自分の性の真理を即自的に発見するのが問題なのではなく、むしろこれからの自分の性現象を、関係の多様性に達するために用いることなのです。そしておそらくこれこそが、同性愛は欲望【@デジール】の一つの形態ではなく、ある望むべき【@デジラーブル】事柄であるということの真の理由なのでしょう。したがって、われわれは懸命に同性愛者になろうとすべきであって、自分は同性愛の人間であると執拗に見極めようとすることはないのです。同性愛という問題の数々の展開が向かうのは、友情という問題なのです。」【注:『同性愛と生存の美学』P.9〜10】
 私たちはここでもまた、フーコーのこの「友情」に寄り添うようなものとしての教科書的なテキストを太宰の作品の中に容易に思い浮かべることができるのだ。その『走れメロス』は、欧米で広く知られている「ダモンとピシアスDamon and Pythias」の故事(「メロス」がピシアスで「セリヌンティウス」がダモンに相当する)に太宰が太宰的な肉付けを行ったものだ。

 故事の原型はエドワード・カーペンターの『IOLAUS: AN ANTHOLOGY OF FRIENDSHIP』【注:http://www.fordham.edu/halsall/pwh/iolaus.html に全文を見ることができる】 (1908年)にも友情の形を取る同性愛のケースとして「ダヴィデとヨナタン」の関係などと並んで収容されている。アメリカの場合、1962年にメトロゴールドウィン(MG)が映画化しているが、そこではピシアス(つまりメロス)が暴君ディオニスに一時帰郷の許しを請うのは国にいる妻と子供たちに最後の申しつけをするためということになっている。さらにダモンにおいても(つまりセリヌンティウスにも)彼の愛する女性が登場して、彼がピシアスをその女性に会わせもするという、念入りの伏線が張られている。つまりこの2人は「どう見てもホモに見えるけど、でもそういうヘンなのじゃなくて女と付き合ってるんだからダイジョーブですよ」というわけだ。これを引いたか定かではないが、小学校高学年用に出回っている劇の脚本【注:James Stephan ParksとSally Powell Corbettの共作】もあって、これにも妻と子供が用意されている。付け加えれば、メロスとセリヌンティウスの友情の厚さに感じて最後には「どうか、わしをも(王の面前でひしと抱き合っているその2人の)仲間に入れてくれまいか」と言ってしまう王にも、こちらではきちんとお后がいる。
 対して『メロス』はそこはまったく無防備である。ここには基本的に女性は登場しない。女性は、メロスの帰郷の理由としてのチョイ役を担わされる16歳の妹と、そして最後の最後にやはりチラとだけ出てくる「ひとりの少女」だけだ。そしてその2人とも名前すら与えられていない。しかもこの最終部の少女たるや、登場のわけは「緋のマントをメロスに投げ」るためだけの役である。なぜなら、メロスは(たとえ濁流を渡り山賊を蹴ちらしてきたにしても、だ)なんだか無意味に「まっぱだか」なのである。

 フェミニストたちが読み砕けば必ずや苦虫をも噛み砕くことになるだろうこのテキストは、かくもホモセクシュアルとはいわずともホモソーシアルであることは疑いない。ホモフォビアに向かわないホモソシアリティ……。いやそもそも、太宰の小説に「男女」は登場するのか。太宰は『女人創造』という短いエッセイで自己弁護している。
 「女が描けていない、ということは、何も、その作品の決定的な不名誉ではない。女を描けないのではなくて、女を描かないのである。そこに理想主義の獅子奮迅が在る。美しい無知が在る。私は、しばらく、この態度に拠ろうと思っている。」【注:新潮文庫《もの思う葦》所収『女人創造』P.108】
 太宰のその他数多のミソジニー的言説は彼のホモソシアリティと裏表にある。しかしこの「理想」は、いま一つ、フーコーが関心を寄せた問いかけと重なる。フーコーはその「友情」の形として(そして太宰が材を取ったと同じ)古代を、現制度をショートさせる虚構としての可能性の叩き台の1つとして持ち出すのである。
 「すなわち、男たちにとって共にあるということはいかにして可能なのか? 共に生き、時間を、食事を、寝室を、余暇を、悲しみを、知を、秘密を分かち合うことはいかに可能なのか? 家族、職業、強制された仲間関係といった制度的な関係の外で、「ありのままの」男同士でいるとは何なのだろうか?」【注:『同性愛と生存の美学』P.10】
 その問いに、「単純な男であった」メロスが、じつは答えを(あるいは答えの暗示を)与えている。シラクスの市の、すでに沈もうとする夕陽を受けてきらきら光る塔楼が見え、セリヌンティウスの弟子であるフイロストラトスが「あなたは遅かった」と叫ぶのを「いや、まだ陽は沈まぬ」と走りつづけるメロスは、「間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ。人の命も問題ではないのだ」として、「私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ」と宣言するのである。

 「なんだか、もっと恐ろしく大きいもの」||それは友情か信義か愛か? いや、違うのだ。メロスはすでにこれら「愛と誠の力」や「友と友の間の信実」や「名誉」という言葉なら口にしている。「殺される為に走るのだ」とも「身代わりの友を救う為に走るのだ」とも「王の奸佞邪知を打ち破る為に走るのだ」とも言っている。そういうものならわかっている。しかしここでは、そういうものではない「なんだか(わからないもの)、もっと恐ろしく大きいもの」「わけのわからぬ大きな力にひきずられて」走っている。わかっていることをふとすべて棄却して、そういうものばかりではない、「単純」ではないなにかがそこに待ち受けていることを一瞬だが洞察するのである。それは、このメロスの物語が大団円で閉じるそのときにはすっかりあっさり忘れられ、ついに解決されることはないのだが。

 「男同士でいるとは何なのだろうか?」。その答えもまたなにかもっと恐ろしくて大きいものだ。制度を撹乱し不安にし、他方で男同士でいるその男たちにも苦行と脱性器化の、新たな関係の地平の発明の継続を求めるもの。
 この二つを結びつけることーーほんとうのことをいえばそんなこと、へっへっ、力技に過ぎるのは当たり前だ。太宰の時代にそして太宰の日本に東京に、ミソジニーもホモソシアリティも、さらには私たちがいま使っている道具としてのセクシュアリティの概念も、そんなものは存在しなかったのだから。それはまさしくフーコーがK・J・ドーヴァーの『ギリシャにおける同性愛』【注:邦訳、リブロポート1984年刊、中務哲郎・下田立行訳】を指して「この本において最も重要だと思われるのは、ドーヴァーが同性愛・異性愛というわれわれの切り方がまったくギリシャ人やローマ人に対しては適切ではない、と示したこと」【注:『同性愛と生存の美学』P.21】と言ったのと同じだ。太宰がフーコーを、現代で言うセクシュアリティさえをも理解しないのは当たり前だ。ミソジニックと非難されてぽかんと口すら開けるだろう。まったく、何が嫌いかと言って、タイムマシンで訪れた人間がなんだきみはマッチも知らないのかと言うことくらい腹立たしいものはない。おじさん、×ボタンはキャンセルでしょ、としたり顔で言うのもやめにしよう。ただし、「なんだか、もっと恐ろしく大きいもの」があることをこのメロスの作者は知っていたのである。

 「なんだか、もっと恐ろしく大きいもの」とは何か、と問われて、「人生そのもの」とか「生き方すべてをひっくるめたもの」とか、そう答えれば中学校の中間試験では満点を取れるかもしれない。だが、問題は、それを問うたしたり顔の教師という制度コードの虚を突くことなのだ。そして太宰の読者なら、というか太宰をそうまで偏愛的に、つまりはクィアに「愛」している読み手(たらんとする者)なら、その太宰の意味する「人生」とか「生き方」とかいうものが、いったいどんなに恐ろしく自由で対抗的で苦しく開かれているかを(その女性嫌悪の深層をも片目で客観的に見据えつつ)一瞬でも透視する機会を見逃すべきではないということなのだ。私が奥野健男を指してずっと先で「同性愛者のように心優し」いと、現実の同性愛者一般とは関係のない喩えを持ち出したのはそういう意味である。さらに吉本隆明を指して「デフォルトとしての異性愛を完全に、揺るぎない自信で信じている」としたのも、また同じくそういう意味である。吉本はフーコーの『同性愛と生存の美学』に関する書評【注:『言葉の沃野へ・下』中公文庫P.61〜69(「マリ・クレール」1987年7月号初出)】で「脱性化」と「脱性器化」とを読み違え、さらに「同性愛という主題は当事者にとって切実で深刻な主題であるほどには、当事者でないものには切実でも深刻でもなく、性の自然さにゆだねたまま流し過ぎてしまう面がある」と言ってしまう。「流し過ぎて」は私が読んだように「流してそのまま過ぎてしまう」の意味なのか、それとも私の誤読で「流してしまう傾向が多過ぎる嫌いがある」という反省の描写なのか、後者ならばよいのだけれど、そのあとに続く文がたった3行で結びとなってしまっているために後者の読みとは繋がらず、結果、「性の自然さ」の部分を換えればこれは「同性愛という主題」でなくとも、「女性問題」でも「部落問題」でも「世田谷3丁目の野良猫問題」でも同じだろうということになる(にもかかわらず、最後の文では脈絡不覚に唐突に「エイズ」を口に滑らせる)のである。

 ここまで書いたとき、朗々たる愛のクィアな確信犯である太宰を、どうして三島があれほどまでに毛嫌いしたか、川端が昔の「中学校の寄宿舎」を振り返るように眉を顰めたか、志賀が鼻糞でも丸めるように太宰を無視したかの理由の一つが見えてくる。それが見えたとき、日本文学もそしてまた、自分がクィアであると(クィアという言葉を知らなくとも)自覚している者と、自分がクィアであることを糊塗しようとする輩と、そしてその2つがどうしても理解できないストレートな道を勝手にうねりながら進む連中との3種類に、ぱたぱたと分類できてしまうのである。
 そうして問題は、問題というものがいつも最後にそうであるように、自分はそのどれなのかということ、いや違う! そのような「私は何者なのか?」の問いに引き戻すことではなく、そうではなくて、「われわれは懸命に」、そのどれに「なろうとすべき」なのかと問いつづけることなのである。

「木乃伊之吉」を救う──あるいはホモフォビアの陥穽

 木乃伊(ミイラ)という語をその名に含む、あらかじめのスティグマとカップリングされて読者に提示された、「人間というより」「ぼうっと部屋に紫のかたまりが入り込んできたと思」わせるようなこの「いやな奴」を、これから救わなければならないと自分で決める。決めたらまずは、誰から救うのかを次に見定めなくてはならなくなる。その最初の課題から、じつはじつに厄介なのだ。

 島尾敏雄の『贋学生』は「木乃伊之吉」(きの・いのきち、と呼ぶのだろう)と「私」と友人「毛利」の三人の物語である。学生である「私」と「毛利」が「木乃」という医学部の学生に誘われるままに長崎への三人行を行うところから話は始まる。金回りがよく、宝塚のスターを妹に持つという良家の「東京の坊ちゃん」らしい「木乃」は、「私」と「毛利」にその妹を紹介しようと働きかけ、さらには「私」の妹の見合い話もまとめようと奔走する。その間、おそらく六月だろうと思われる時期から残暑までの数カ月間、「木乃」はほんとうは「木乃」という名前ですらない贋学生だということを「私」たちに悟られることなく「私」たちの生活に闖入し、攪乱し、そしてそれら嘘のことごとくがばれそうになったある時に、あたかも真夏の蒸し暑い夜の夢のように忽然と姿を消すのだ。

 物語はそれだけである。真相は何だったのか、その謎解きもない。それなら安部公房の『闖入者たち』と同じような不条理小説かというとそうではない。公房の闖入者たちと違って「木乃」と「私」たちは互いに即物的な見返りを得合っている。それは「木乃」からたびたびおごられる酒食や、「私」が「木乃」から受ける数回の男色行為の描写によって、さらに「毛利」と「木乃」との同様の行為を暗示するさりげない数行によっても示される。なによりも異なるのは読中読後のわたしたちの不条理の感覚の原因となっているのが「木乃」の嘘であるということがわかっていることだ。

 「男色」と「虚言癖」という、もう一つのありがちなカップリングを見せるこのテキスト上の二つの汚名は、しかしそれらの直裁的な表出においては徹底的には深く指弾されることがないこともこの『贋学生』の特徴だ。そういう具体的な事実の表出によって「木乃」の人物像が読者に与えられるのではなく、「木乃」は小説の端緒からとにかくなんとなくいやな人物として記述され、「私」の目を通した、「木乃伊」に象徴されるような気持ち悪さの雰囲気として端から読者に刷り込まれてゆくのだ。そうして冒頭にも示したような「紫」色っぽい不気味さの基底音に見合うように、「男色」と「虚言」とがさしたる「私」の非難も拒絶もなくぽんぽんとさりげなく配置されるのである。

 「木乃」はその最初の登場の文から、つまり第一章の第二文で、次のような「疲れ」る男として読者に与えられる。

 ●毛利に対して私は、さほどに気をつかう必要はなかったが、木乃が毛利だけでなく私に対しても、しきりに気を使っていることが、私の気持ちを一層疲れさせた。(p7=講談社文芸文庫に拠る。以下掲出ページは同)

 それだけではない。「木乃」に対する「私」の視線は初めからはなはだ意地悪である。

 ●木乃は早速、毛利の方に身体をよじって何かしきりに話しかけ、そして毛利がいかにも面白そうに笑いこけているのを、皮肉な気持ちで私は感じていた。(p8)
 ●どこといって言いようはないけれど、何となくいやしい仕草が、私をけげんな気持ちにさせた。(p9)
 ●私は木乃の気持ちの動きをひどく軽蔑した。(p9)

 テキストは過去形の時制を取りながらもあたかも現在進行中の出来事のように記述され、しかもときおりすべてが終わった時点からの省察も綯い混じる形を取る。したがって、読者としてはこれらいやらしさの感覚が、書き手である「私」の、出来事の最中の感想であるのか、それとも「木乃」が「贋学生」であると知れてからの後付けの感想であるのか判読できない。しかも、「どこといって言いようはないけれど、何となくいやしい仕草」(p9)はやがて巧みにその「木乃」の肉体的特徴への嫌悪へとずらされるのである。前記四文の「木乃」の全体的な雰囲気への嫌悪は、その同じ第一章の最後で早くも次のように「肉」付けされるのだ。

 ●紫の色彩から私は芝居の女形を連想し、木乃の腰が目立って太いことや、ふくらはぎも亦たっぷり肉付きのあることなどが、どうしたことか私の印象に強く残った。(p12)
 ●顔だけでなしに、腰と言わず足と言わず、いつも女のようにみがいているような感じを受けた。(p12)
 ●木乃は煙草をくわえた。(中略)両手の指のそれぞれが、べったり磯ぎんちゃくの運動のように、白い煙草をケースから抜きとり、口にくわえ、そしてマッチをすって火をつける。(p13)

 いわば“男”の不快の感覚を総動員して提出されるこの「木乃伊之吉」を、そんなにもいやならば付き合わなければ簡単じゃあないのかと思うのだけれど、柄谷行人は講談社文芸文庫版の『贋学生』に収めたその秀逸な解説「『謎』としてとどまるもの」の中でこれを夢の不可抗力性に比し、「最初の出会いにおいてすでに私は疑うことを放棄している」と記述している。けれど、ではなぜに「私」はその「木乃」の「夢」を見つづけたのだろうか。

 フロイトを持ち出すまでもなく、より具体的な例証を昨年春の米国の学会誌「異常心理ジャーナル」の中に見いだすことができる。ジョージア大学の研究者が、異常心理としての「ホモフォビア(同性愛嫌悪症)」の正体を実験によって分析しようとしたものだ。

 実験は異性愛者を自称する被験男子学生六十四人を対象に、まず彼らを同性愛を嫌悪する者とべつに気にしない者たちとに分類して行われた。彼らのペニスに計測器を装着してともに男同士の性交を描いたゲイ・ポルノのヴィデオを見せる。すると二グループの勃起率に明らかな差異が認められた。ホモフォビアの男子たちの八〇%までに明らかな勃起が生じ、その平均はヴィデオ開始後わずか一分でペニスの周囲長が一センチ増大。四分経過時点では平均して一・二五センチ増になった。対してホモフォビアを持たない学生では勃起を見たのは三〇%。しかもその膨張平均は四分経過時点でも五ミリ増にとどまった。

 この実験結果に通底する事例をインターネットのニューズグループの書き込みにも見ることができる。ゲイの話題を扱ったニューズグループの書き込みの中に、毎日必ずといってよいほどの自称ストレートたちの罵倒の言葉がアップされるのだ。彼らは同性愛を異常、病気、変態と罵り、地獄に堕ちろとか銃で撃ち殺してやるとか書き込んでは素性を明かさずに消えてゆくのである。ニューズグループとはもとよりあるテーマでの情報交換を目的に開放されたネット上の架空空間である。したがって同性愛に関するグループにはほんらい同性愛者たちしかアクセスしない。彼らはそこでポルノ写真を交換したり情報をやりとりしたりしている。そんな場所にそんなにも同性愛が嫌いな輩が、わざわざアクセスしては貴重な時間を費やして一件一件「ホモ」たちの書き込みをブラウズし、写真をダウンしてみては反吐が出るとかの感想を吐き出し、憎悪の殴り書きをしては立ち去ってゆくのである。

 この二つの事例を突き合わせてみると、わたしたちは重大に入り組んだある矛盾に行き当たることになる。つまり、ホモセクシュアルたちが非難するホモフォウブの異性愛者たちのそのホモフォビアは、じつは異性愛者たちの中のホモセクシュアリティの裏返しの自己嫌悪であるということ。すると、同性愛者たちが非難しているのはじつは異性愛者ではなく自らの同性愛を認めない隠れホモたちであるということになる。したがって同性愛者たちによるホモフォビア解体のアクティヴィズムは異性愛強制社会全体の構造に対してではあるものの、じつはその中の隠れホモたちへの攻撃と炙り出しに向かうということであって、圧倒的多数を占めるとされる“真”の異性愛者たちにはあまり関係しない、内部抗争に矮小化されることになるのである。

 冒頭に記した「木乃伊之吉を救う」という行為の、いったい誰から彼を救うのかという見定めは、かくして「ホモ同士で勝手にやってればいいんじゃないの?」といった自家中毒に陥ることになるのだ。

 しかしこの命題のたてかたには統語上の主語の位相のずれが存在している。そのすべてはおそらく同性愛者は男性で全人口の一〇%だとか五%だとかいやそれよりもっと少ない一・六%程度だとかといった神話を背景にしている。この場合の「同性愛者」とは、本質主義でも構成主義でもどちらからでもよいがとにかく自らに同性愛者たる言葉を与えている者を指す。しかしホモフォビアとはもとよりある個人の中の異性愛性と同性愛性との葛藤の結果として現れる。それはセルフアイデンティフィケイションとは別の問題であり、むしろセルフアイデンティフィケイションの過程のせめぎ合いの(あるいは所与のものとしての異性愛信仰から生まれる無意識の齟齬の)結果で生まれる鬼子なのだ。

 フロイトは『性欲論三篇』の中で「人間に関しては純粋な男性も純粋な女性も心理的・生理的レヴェルでは存在しない。人間はすべて自らの性とその異性の性の特徴の混淆を示していて、能動性と受動性というこの二つの心的特徴が混じり合っている」と記している。そしてそのあとに性対象倒錯(inversion)を防止するためには(防止しなくてはならない理由は記述されない)社会的オーソリティによる禁止をしなければならないと説くのである。

 われらが友人のタイモン・スクリーチが今春まとめ上げた『春画』(講談社選書メチエ、高山宏訳)では、この「社会的オーソリティによる禁止」のなかった江戸時代のジェンダー、セクシュアリティの模様が厖大な資料によって一気に現代の知のパラダイムからひっぺ返されて提出されている。彼は「江戸という所でのジェンダーの意味」について、「今日とちがって、江戸の性【@セクシュアリティ】は同性愛と異性愛という二項対立【@バイナリズム】に拠って立ってはいなかった」として次のように記す。

 ●男色と女色の区別をしないというのではない。した。しかしその区別は程度の上の区別であって、何やら絶対的なもの同士の対立というものではなかったのである。(p50)
 ●要するに異性愛者【@ヘテロ】、同性愛者【@ホモ】をはっきり峻別できる固定された人間類型と見る感覚がなかったのである。男色、女色は要するに行為【@・・】の謂【@いい】であって、人間を指す女色-家、男色-家という語はない。(p50)

 すなわちスクリーチは、社会的オーソリティの禁止のない社会である江戸では「どんな男にしろ女も少年も愛することが可能と考えられてい」て、「春画の力学【@ダイナミクス】の中で」もその社会に忠実に性対象は男であっても女であっても「根本的なちがいはな」く、「自在無碍な二つのジェンダー間の移行」が「可能」なのだとするのである。その上で彼はこれを現代の「両性愛【@バイセクシュアル】」とするのも「正確ではない」と断る。なぜなら「江戸には両性愛が横断していくべきそもそもの二項対立の感覚が存在していなかったからである」と説くのだ(第二章「分節される身体」、1江戸のジェンダー)。スクリーチを補足すれば、彼がここで「男色、女色は要するに行為の謂」とか男色は「一人の人間が丸ごとそうだというより、一人の人間の一個の趣味という扱い」とか言うときに、この「扱い」は逆に現代に置き換えることもまた正確ではない。

 このとき、「木乃伊之吉」を誰から救うのかという問題は、「ホモ同士で勝手にやってればいいんじゃないの?」という次元から現代の知【@エピステモロジー】一般への課題として普遍化する。なぜなら、問題は同性愛者が全人口の一〇%とか五%だとかいったことなどではなく、敢えていえば「男なんてみんなホモ」だからである。もちろんこれは女でも少年でもこんにゃくでも木の股でも「愛することが可能」という意味において。そこではむしろ、“真”のヘテロセクシュアルの男性こそが一〇%とか五%とかのレンジでしか存在しない。そうしてここまで来て、「木乃伊之吉」は“ホモ”でもある“異性愛者”の「私」からこそ救われなくてはならないということがやっと明らかになる。

 さて柄谷行人は前述の解説評論の中で「木乃は『私』たちに男色を強い、」と物語のあらすじとともに「木乃」を紹介している。しかし、「木乃」と「私」の性交渉はどう読んでも「強い」られたものとは読めない。せいぜい「私」の「拒みきれない」性交渉といったところだ。それにしてもどうして「男色」が近代以後の文脈で登場するときには、あたかも自ら掘った穴に自ら落ち込んでいるかのような自家撞着的なプロブレマティクスとして「強いる」とか「拒む」とかが必ず言挙げされ、必ずなんらかの名目や譲歩節が男色の成立条件として言い訳のように提示されるのだろうか。

 最初の性交渉は「木乃」が「私」の「冷毒」なる赤い斑点を治療するという名目で行われる。「木乃は私のパンツをずるずるとはいで行」き、「私は自分の股間に熱い息吹を感じ」、「ふと木乃が大きく動き、私の股間は木乃の二つの臀部を感じ、私の位置は巧妙に木乃の手で転倒させられていた」のだが、「全くの受身でいる姿勢は、私に初めてのことであり、それの対応のしようがない」。これが第十四章「奇妙な処方」での描写である。いまひとつの交渉らしきものは後半に入った第二十二章「電話の効用」での描写だ。妹の見合い話を進行中の「木乃」が「私」の実家に泊まることになり、「木乃と私は二階に寝」ることになる。夜中に「私の腰のあたりになま臭い魚がまとわりつくので」「そのつもりで魚に手をかけてはがそうとすると、ずしりとした手応えがあったので眼が覚め」る。「木乃は」「寝返りを打ち、その拍子に彼の首を私の股の所にもって来た。そして彼の右手がするすると伸びて来て、私の股間は彼につかまれていた」。だが、「私は木乃をはっきり拒絶することが出来ない気の弱さを露呈し」、「彼のその無礼をはっきりはねつける勇気が出ないのはどういうことだ」と当惑するのである。

 「対応のしようがない」「勇気が出ない」のは「木乃」が旅行をおごってくれたり宝塚スターの「妹」を紹介しようとしてくれたり妹の見合いを進めてくれたりしている恩義からか、それとも「冷毒治療」や「寝ているときのおぼつかなさ」を男同士の性行為の「譲歩」条件として言い逃れられると思ってのことか。いやそもそも、この「木乃」の男色行為は「木乃」の人物像になんらかの不快の(あるいはさまざまな不快のヴァリエーションの一例としての)飾り付けをする以外に何の意味があるのだろう。「木乃」はべつに男色者でなくとも「小屋者の女形のような陰にこもった女性的な感じ」(p44)でなくとも、「胆汁質」(p63)で「尻は女のように大きくたれ下がっているように見え」(p100)なくともぜんぜんよいではないか。

 しかし「私」はその倒錯者「木乃」を通してやがて自分の中の女性性を次のように述懐するのである。

 ●私は自分がいくらかしおらしく見え、そして自分の身体に女性を感じたりする。自分の身体の汚れや不如意や欠点を化粧と衣装で扮装するという思いつきは、何となく女性身らしく、私の即物的な戒律がそのような扮装と大して違いがなく、わが身があわれになるようだ。(p139−140)
 ●私は、私の耳のあたりやうなじの辺が、女になったのではないかと錯覚した程だ。私は木乃のしつこい言葉を否定しながら、耳と皮膚がそれを喜び始めていた。(p198)

 男性の他者の中に存在する女性性への嫌悪、そうして決定的にはならないまでも自らの中の女性性と男性性との葛藤の自覚──。

 ある不可解な人物が既成の関係性の中に不意に性的にも割り込んできてそれを攪乱し、そしてやはり唐突にいなくなる、というストーリーはピエル・パオロ・パゾリーニの『テオレマ』(一九六八年制作、ヴィデオは東芝EMI)にも共通する。しかしその方向性は、この『贋学生』とはまったく逆である。このホモセクシュアルの映画監督/作家の登場させる「木乃」は完璧な美青年であり、この美青年に対するホモフォビアや不快はこの作品にはまったく存在しない。「木乃」と同じように不可解でときには「男色を(も)強い」る男なのだが、「女のような尻」は持っていないし美しいというだけで謎めいていることさえもが美徳になるこのありさまだ。これは制作された六〇年代後半当時の政治思想を基盤にイタリアの階級闘争とブルジョワジーの欺瞞を描いたものとされているが、じつはたんに男の裸を撮りたくて政治思想を衣服にまとっただけの映画ではある。だが、それでもここでは若きテレンス・スタンプ演じる不意の客であるこの青年の美しさに工場経営者の一家全員が、メイドを含め息子、娘、さらにあの能面のシルヴァーナ・マンガーノ演じる妻やその夫までもが顔を歪ませ彼とそれぞれに秘密の性交渉を持ち、そうして下層階級の出であるメイドは現人神となり、資本家一家のほうは、息子は自分の絵に小便を引っかけるし娘は目を開けたままベッドで動けなくなって入院するし妻は街で若い男をクルーズするし旦那は駅で全裸になって砂漠を彷徨うし、といった階級的因果応報譚に忠実に人生の断裂的大変身を経験してゆくのである。性はここではまがりなりにも人生の欺瞞を暴く起爆剤として提出される。

 対して『贋学生』では「木乃」によって「私」にはエクスプロージョンもインプロージョンも起こらない。起こるのは「私」の例の赤い発疹の「冷毒」からの回復と、「木乃と会ってからすべて妙な具合に解放されてしまった」(p194)という癒しである。あたかも「木乃」が他者の厄災をすべて引き受け、自らそれら厄災もろともその身に火を放って蒸発してしまうというどこかの土地の身代わりの呪術師であったかのように、「私」の忌むべき内的女性性はこうして昇華されるのである。

 「木乃」はそのとき、感謝されこそすれ忌み嫌われるべき人物ではないはずだ。「木乃」が消えたあとで「私」が「だが一体木乃伊之吉は何を目的で私たちに近づいたのだろう」と思い返し、「その目的が何であったか私には分からない。むしろ利益を得たのは私たちの方であったと言えそうではないか」(p260)と自問するなら、その答えはまさに「イエス」なのである。じじつ、「私」はいままさに雨中に逃げ去ろうとする「木乃」の後ろ姿に向けて「落ち着け、待て」と声をかけながら、「奇妙なことに、もう確かにうさん臭い存在に違いない木乃伊之吉に、今迄にない愛情のかたまりみたいなものが胸につき上げて来たのを知」(p257)るのだ。

 そう、感謝と忌避とは相反しない。すなわちその感謝に辿り着く道がゆいいつ忌み嫌うべき人物への自己嫌悪の、すなわち自らのホモセクシュアリティとホモフォビアとの投影と仮託と身代わりとを経て、その引き換えとして初めて達成されるものなのだとしたら、それはつまりは自己の外に忌み嫌うべき身代わりの他者の想定こそが必要だったということであり、自己の一部を自己の外に強いて切り離すという奇妙にねじくれた意図の(つまりは強制的な異性愛主義に屈した意図の)反映であるのだ。「私」が感じた「木乃」への「愛情のかたまりみたいなもの」は、それはまさに廃棄する自己の一部への未練と哀惜にほかならないのである。みずからの内部に在っては愛されず、捨て去るときにのみ余裕を持って自覚できるつねに過去形としての愛の発露。すべては「私」の一人芝居。そう思ってはたと思い返してみれば、『贋学生』のテキストのスタイルは「木乃」が嘘の信憑性を高めるために多用した「電話の効用」とまったく同じく、全体をとおして一度も「私」の心象以外に人物描写や事件描写になんの客観的な物証を示さない形を取っていたではないか。おまけに「木乃」の妹と吹聴される宝塚スターは、まさに彼女こそがゆいいつ「私」たち三人の男同士のホモソシアルな関係性の古典的なアリバイとして繰り返し閉鎖的に内輪同士で交換され、三人のホモセクシュアリティを隠蔽するかのようにホモソシアルでホモフォビックな幻想を補強し、幻想であることが明らかであるにもかかわらずほとんどすがりつくような強さで、あえて、強いて、信じつづけられていたのだ。あたかもヘテロセクシュアリティこそがそこではフィクションであったかのように。

 それらもろもろを引き剥がして考えてみれば、「木乃」はおそらく、“あんな”男色者でなくともよかった。「木乃」はおそらく、女のような尻をした胆汁質のステレオティピカルないやな奴でなくともよかった。“オカマならでは”の虚言癖の変態でなくともよかった。テレンス・スタンプ並みの絶世の、妖しい美青年であったってよかったのだ。彼もまた、いっさいの説明を放棄して「夢」のように登場し性交し去ってゆくのだから。

 だがおそらくその場合、「私」はきっと彼と寝る。拒絶もなにも、あらかじめの逡巡はそれこそ放棄してあるいは圧倒的に圧倒されて、一度はぜったいにじゅんすいに惚けたように彼と寝るはずだ。その場合、「私」の自ら忌む内的女性性は昇華されないばかりか深化しさえするだろう。「木乃」は身代わりの棄却でなく永遠の(あるいは達成されない、あるいは逆にさらに忌むことさえするような)憧憬として「私」の中に種子を宿すだろう。そのとき、『贋学生』のテキストは『テオレマ』の結末のように絶対的に解体してゆくのである。それはおそらく、困るのだ。その覚悟ができていないときには、したがってこのテキストはこのエッセイの冒頭に記したように、あらかじめのスティグマとカップリングにされた「木乃伊之吉」なる人物のいやらしさこそが必要だったのである。

 こうして「木乃」の“不快”は、「私」の“回復”のためにのみ冒頭からデッチ上げられることになった。それが見えたとき、この『贋学生』の物語はすべて「木乃」のではない、じつは「私」のほうの嘘の(あるいは虚構の)、捏造された「男色者」を生け贄とする切り離しと棄却の物語だったという、ぼうっとした紫の色を帯びはじめるのである。“男”とはこうしていま、ほとんどがホモフォビアを介してしか異性愛者になれないほどに情けなくホモセクシュアルなのである。

 それにしても島尾敏雄の困難──。このエッセイは作家本人の実生活を対象にするものではないが、特攻の問題にしてもこの「木乃」のことにしても、なにやらわからぬ外部からの力に対し、この作家はそれに対応する自らの内部を、たとえ時代の拘束としてそれ以上は不可能であったり不能であったりはしながらも、つねに見出そうとはしているのである。『贋学生』の「木乃」の嘘は、つまりは間接的な「私」の嘘は、やがてその十年後の『死の棘』で、あたかも地中深くひっそりと根を伸ばしていたかのように「私」本人の嘘として真正面から噴出することになる。「木乃伊之吉」の次に今度は、「島尾敏雄」をこそ救ってやりたくなってしまうほどに、それは作家自身の手によって徹底的に責められることになるのである。
(了)

クローゼットに迷い込まないための「ブロークバック山の案内図」

◎「愛とは自然の力」の二重の意味

 朝ぼらけのワイオミングの山あいの道路をトラックが行き、グスタボ・サンタオラヤのスチール弦が冷気を貫き、エニス・デル・マーが美しい八頭身でトラックから静かに降り立ったとき、その歓喜と悲劇の物語はすでにそこにすべてが表現されていた。歓喜は遠い山に、悲劇は降り立った地面と地続きの日常に、そうしてすべての原因は不安げに結ばれるエニスの唇と、彼を包む青白い冷気とに。

 「Love is a Force of Nature」というのがこの物語の映画版のコピーだ。「愛とは自然の力」。a force of nature は抗し難い力、有無をいわせずすべてを押し流してしまうような圧倒的な力のことだ。「愛とはそんなにも自然で強力な生の奔流。だからそれに異を唱えることはむなしい」──そのメッセージ。

 しかしここにはもう1つの意味が隠されてある。この「ブロークバック・マウンテン」で中心を成す「愛」は、いつも山や川や湖といった「自然」の中で生きていた。その事実。「愛とは、自然の形作ってくれた力」。あのはるかなブロークバック・マウンテンが彼らに与えてくれた力なのだ。そしてじつは、彼らの愛は、その自然の助けなしには生きられなかったのである。

 このコピーの二重性は象徴的である。しかも原作のアニー・プルー、脚本のラリー・マクマートリーとダイアナ・オサナ、そして監督のアン・リーの意図はあからさまなほどに共謀的で明確だ。

 エニス・デル・マーとジャック・トゥイストの愛の交歓はほとんど(4年ぶりのやむにやまれぬモテルの一夜を除いて)美しく瑞々しい山々と木々に囲まれ、抗い難い川の水の流れをまえに営まれる。対して彼らの日常は、埃舞う乾燥しきった下界での出来事だ。エニスにとっては無教養で小心で疲れ切ったアルマと泣きわめく赤ん坊たち、そしてうまくいかない仕事。ジャックにとっては15歳になっても字も書けない学習障害を持つ息子(原作)やしゃしゃり出る義理の父親。出逢いではあれほどかわいかったルリーンがすぐに逆毛を立てた酸素漂白ブロンドのタバコぷかぷかテキサス女に変身してしまうげんなりさ加減。しかも老いた実の両親のいる実家のひからび具合といったら!

◎混乱とすり替えを総動員させる確信犯

 私たちはすでにここで、そうした日常への嫌悪の反作用として同性愛と共示される「瑞々しさ」「美しさ」に抗い難く誘われてゆくのである。読者が/観客が同性愛者か否かの問題を超えて、埃っぽさやオムツの臭いや夫婦の諍いといった機能不全の乾いた生活を選ぶか、すべての煩わしさを脱ぎ捨て裸でジャンプしてゆくあの澄んだ水を選ぶかという問題(そりゃだれだって後者を選びたくなるでしょう)。

 読者/観客はこうして軽く混乱させられる。なぜならこれまで、異性愛の読者/観客の大半にとって同性愛とはむしろ荒涼たる性の砂漠のことだったはずだから。同性愛が「生活」を離れたものであることは思い描かれ得たが、それは「瑞々しい自然」へと向かうのではなく、「飽くなき放逸」へ「薄汚れた地獄」へと堕ちるものだったからである。

 この小説/映画が「ゲイのステレオタイプを打破」したといわれる所以の1つはそこにある。たとえ男らしいゲイを出してきても「ゲイ」を描くだけでは固定観念を破ることはじつは難しい。アン・リーたち制作陣はだから、「自然の力」まで総動員させてその共示性と価値観とのすり替えを謀ったのである。

 観客はここで、自分が同性愛を求めているのか瑞々しく美しい自然を求めているのか、あるいはその両方を求めているのか(そういえば自分もかつて昔、どこか忘れてしまったはるか遠くに、こんな疼くような甘酸っぱい季節を置き去りにしてきたのではなかったか?)、それらを解決する余裕なく(あるいはその軽い混乱を楽しみすらしながら!)ストーリーにはまり込んでゆくのだ。

 映画は「これはゲイのカウボーイの話ではない。もっと普遍的な愛の物語だ」と宣伝されるが、これが「ゲイ」をプロモートしていないならば何だというのか。いやそれはしかし、右派の文脈での物言いである。これは「プロモート」ではない。これはむしろ、汚名の返上なのである。「同性愛」というものに塗りたくられた歴史的文化的宗教的なスティグマを熨斗【@のし】を付けてお返しする、これはじつは頬かむりした確信犯の仕業なのである。

◎すべての背景にクローゼットの罪業

 ところが、ここまで来て私たちはその「美しく」「瑞々しい」はずのホモセクシュアリティが大きなしっぺ返しを孕んでいることに気づくのだ。ジャックがタイヤレバー(タイヤのゴムを外すための鉄棒)で殺されたのかどうかというホモフォビアとゲイバッシングの問題だけではなく(ちなみに、この原作も映画も語り尽くさないことが多い。あたかもそれは私たちの現実生活で、事実がすべて私たちに語られ知られ得るものではないのと同じように。私たちはかなりの部分を事実ではなく解釈によって生きているのだ)。

 それは家族の問題である。制度としてではなく関係性としての。

 エニスはアルマに離婚を告げられる。ジャックの息子のことなどどこかに忘れられる。そうして2人が望んだはずの男同士の家族としての暮らしも、エニスの語った9歳のころの記憶、男2人で暮らしていてタイヤレバーで虐殺されたアールという男の話でもって端から雁字搦めにされ動き出すことさえかなわなかった。

 そのすべての背景に(同性愛者としての自分を隠匿している/隠匿せざるを得なかった、仮想の場所としての)クローゼットの問題がある。小説も映画も後半に向かって、テーマを密やかに同性愛からクローゼットの問題へと移行させてゆくのである。

 エニスの泣き方はまさにその伏線だ。彼の心はクローゼットの中にあった。しかもそれがクローゼットだとすら知らなかった。だからそこから横溢した最初の涙を嘔吐だと勘違いし、ジャックに「おまえをあきらめられさえしたら(I wish I knew how to quit you)!」と告げられたときも「心臓発作なのか燃え上がる激情の横溢なのか」わからない泣き方でしか泣けなかったのである。

 そうしてこのとき、すべての厄災の原因は同性愛にあるのではなく、クローゼットの罪業(あるいはクローゼットを強いる時代の罪業)なのだと判明するのである。

◎入り子細工として提示される4つのイメージ

 ひとはクローゼットに籠っている限り幸福になどなれはしない。家族も裏切る。自分の心も裏切る。すべての親密なものたちを裏切るのだ。そしてあのブロークバック・マウンテンとは、そのクローゼットの反動としての、さらに仮想の理想郷の記憶でありながらもその実、より甘美で広大なクローゼットの装置のことでもあったと暗示されるのである。

 いみじくもジャックが思うのだ──「ジャックが思い出すもの、否応もなくわけもわからず渇望してやまないものは、あの時、あの遠い夏、ブロークバック・マウンテンでエニスが彼の背後に近づき、彼を引き寄せ、なにもいわずに抱きしめてきたあの時間そのものだった。ふたりに等しくあった、セックスとは違うなにかへの飢えが満たされていた、あの時間だった。(略)そしてきっと、と彼は思った。自分たちはきっとあそこから、そうたいして遠くまでは行き着かなかったのだろうと。そんなもんだ。そんなもん」

 この隠れたメッセージは映画でも原作でも最後になって形を取ることになる。あのブロークバックの証しは、ジャックの実家のその彼の部屋の、文字どおりクローゼットの中に潜んでいたからだ。重なり合うあの2枚のシャツとして。そうしてもういちど、本当に最後の最後にふたたび、こんどはエニスのトレイラーハウスのクローゼットの扉の内側に、ブロークバックの絵はがきとともに。

 この映画が真に知的で雄弁なのはそのときだ。私たちはその最後に、入り子細工のように巧妙に区画され提示される4つの額縁イメージを見ることになる。

 1つは、不器用なエニスが初めて明確な思いとともに重ね直したシャツとつながる、絵はがきの枠に収まる彼らの愛の時間。次にそれを取り囲む四角いクローゼット。そのとなりの、窓枠の向こうのうら寒げな外部世界。そうしてもう1つ、スクリーンという額縁に囲まれたアメリカの(あるいは多人種制作陣の)、それらすべてへの批評的な現在である。

◎「I swear....」の次に続くもの

 この重層的な構造を観客に提示しながら、「ブロークバック・マウンテン」はじつに静謐な雄弁さと訥弁さをもって私たちにつぶやきかけるのだ──「I swear....(おれは誓うよ……)」と。

 その次に来る、いまだ言葉にならなかったエニスの思いを言葉にするのは、そうしてその時点からすでに20年以上を経ている私たちの宿題なのである。なぜならそのときエニスのクローゼットの扉は、そのときもなおクローゼットではありながらも、私たちに向かって、少なくとも開かれてはいたのだから。【本文中の原作引用は筆者訳に拠る】
(了)

NYC GAY PRIDE 準備委員会インタビュー【2004年度資料】

●ゲイプライド実行委員会に聞く─100人パレードのできるまで


ウエストビレッジのビルの地下にあるHOP事務局(360度合成写真)

 ストーンウォールから35周年のニューヨーク・ゲイプライドマーチ本番10日前、6月20日にその準備委員会「ヘリテージ・オブ・プライド(HOP=プライドの継承)」に話を聞きに行った。事務局はクリストファーストリートの大きなアパートメントビルの地下(というか、ここの7階に昔、私も住んでいた)。100万人のゲイパレードはどうやって形になるのか。財務担当のラッセル・マーフィー(46)=以下「R」=とマーチ担当のミッシェル・イリミア(28)=同「M」=が教えてくれた。
        *

東京でもゲイマーチをやるんだよ。でも、みんな疲れちゃって毎年はできないというのが現状らしい。

M わかるわー。わたしたちも終わるたびにへとへとだもの。

いったいいつから準備は始まるわけ?

R 正式にはプライドが終わって7月から翌年の準備というふうになっているけど、じっさいはもう始まっている。つまり、6月のプライドが終わる前からすでに翌年のことは考えているね。やっていながらここは来年はこうしようとか。でもまあ7月かな。ボランティアを集めてご苦労さんパーティーもしなくちゃね。

どのくらいの人間が関わっているわけ?

M 年間を通してきちんと役職を持って関わる人間は30人くらい。そのほかにも30〜40人くらいの出入りがあるわね。だからコアメンバーは70人くらいかな。みんなボランティア。その中で中心を成すボードメンバー(理事会)は13人。つまり13人のディレクターがいる。

M 4つのイベント委員会があるの。プライドマーチだけでなく、それに付随する政治ラリー、プライドフェスト(お祭り)、ダンス・オン・ザ・ピア(ディスコ大会)の計4イベント。ほかにも財政委員会、広報報道委員会、参加協力呼びかけ委員会などで構成してる。

13人の理事会、委員長というのはリクルートしてくるわけ?

R みんな最初は普通のボランティアで、だんだん関わりが大きくなって委員長にまでなっちゃうんだね。ぼくの場合は93年にある参加グループの代表になってHOPにもボランティアで手伝いに参加したのが最初だった。
M わたしも99年にボランティアになったの。それから毎年。休みはなし。

仕事はべつに持ってるわけでしょ。

R ああもちろん。ぼくは「バレー・テック」というダンスカンパニーおよびダンス学校の財務担当をやっている。
M わたしは中学校の教諭。ニュージャージーの。

準備は具体的にはどう始めるの?

M 7月にまず理事会を招集するわけ。理事会は毎月開くんだけど、13人の委員がそれとは別にそれぞれの下の委員会も招集するのね。そこでまずは反省会よ。ここはうまく行ったけど、ここがだめだった。だから次はこうしなくちゃ、ということを出し合うのね。それがずっと一年間、続くわけ。

R 各イベント委員長というのは選挙で決めるんだが、連続性を持たせるために2年任期になっている。補佐役の書記は1年任期だけど。その選挙は9月に行って、そこから翌年に向けての新体制が始まる。幸いなことに、HOPでこのゲイプライドを仕切ることになってから今年で19年目なわけで、それでいろいろな歴史も資料も前例も残ってるから、何にもないところから一から始めるというわけではない。

HOPの前はどこがやっていたの?

クリストファーストリート・リベレーションデイ・コミティー。クリストファーストリート開放の日委員会。それが1984年に解散して、いまのヘリテージ・オブ・プライドが生まれたわけ。

どうして前身の委員会は解散したの?

R 財政問題だね。だれかがお金を持ち逃げしたんだ(笑)。その委員会というのは寄せ集めでね、いろんなグループの代表者が集まって作っていたんだ。それで毎年ゲイプライドのイベントが終わるともう後片付けにはやってこない。毎回毎回そうやって委員会自体を作り直さなければならなかった。そういうのは非効率的だし、それに代表者はどうしても自分のグループのことを第一に考える。政治的にも他のグループと折り合いが悪かったりすると準備段階でもめてまとまらない。それでHOPが誕生したわけさ。

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ラッセル・マーフィー

いまのHOPの予算はどのくらい?

R だいたい今年で120万ドルかな。毎年増えていってるね。初めて100万ドルを越えたのは2000年だ。たしかHOPの最初期は5万ドルくらいから始まったんじゃなかったっけな。
M 120万ドルの中にはもちろん企業などからの現物支給品の寄付も含まれているわよ。パレードの最中に配る水とか、印刷物とかもそうね。
R 今年は企業からのスポンサーシップでいまのところ16万ドルある。最終的にはもっと増えると思うけど。最終決算は8月か9月にならないとわからないんだ。でも、この2年ほどは企業からの寄付もかなり増えているね。企業以外にも多くの寄付があるから、収入の40%がそういう寄付かな。

他にはどんな収入源が?

R 最大の集金能力はダンスパーティーだよ。ダンス・オン・ザ・ピアね。それが最大の現金収入。チケット販売でね。だいたい37万5千ドルの売上がある。ダンスパーティーは18年目だけど、今年は2回ダンスパーティーを開くんだ。プライドマーチ前日の土曜日にもやることになった。場所はハドソン川沿いのいつものピア54。13丁目の公園ね。こっちは前売り20ドル。当日25ドル。プライド当日のダンス・オン・ザ・ピアは前売りの40ドルからあって、当日が65ドル。それにVIPチケットで120ドル。このダンスパーティーも最初はゲイ&レズビアン・コミュニティーセンターでボランティアたちのお楽しみ会みたいにして始まったものなんだけど、それがだんだん大きくなって現在に至るわけ。

ダンス開催での難しい点は何?

M 難しいというより、手順が大変ね。公園の使用許可とか舞台のセッティングとか音声やライトの手配とかトイレや救急車の手配もしなくちゃならないから。お金も入るけど手間も大変ってことね。
R それに費用もかさむ。たしかに37万5千ドルのチケット収入はあっても、ネットでの収入は18万ドルくらい。チケット収入の半分以上が経費になるわけだよね。

M ダンスには7〜8000人が集まるわけだから、安全なのか、そのへんをピアの公園当局に納得させられないと使用許可もおりない。交渉は結構面倒ね。でも、毎年交渉していると向こうも顔を憶えてくれているし、友情も信頼関係も生まれるから、だんだん楽にはなるわ。

R でも、今年は向こうのトップが変わって、最初から教え込まなきゃならなかったけどね。

警察はどう?

R 警察はぼくらのイベントは、大好きだよ。こんなに警察の厄介にならないイベントはニューヨークでは珍しいんだと思う。トラブルなんかないものね。

じゃあ年間を通じて最大の問題点というのは何?

M 毎年問題は違うからね。
R 常に抱えている問題は、ボランティア不足ってことかな。
M そうね、準備段階で途中でやめちゃう人もいるし、でも、途中から入ってくる人もいるしでどうにかやっているけれど、最初から最後まで付き合ってくれるボランティアが必要なの。たとえばマーチで100人、ダンスで100人くらいボランティアで関わってくれているんだけど、それじゃ足りないのよ。プライドマーチはボランティアは当日500人いるのね。内訳は、参加グループの代表たちもボランティアとして手伝うことになっていて、いまのところ200グループが参加するからそこからそれぞれ代表の2人を数えると400人ね、それにプラス、参加グループの受付係だとか車両の運転係だとかマーチの進行係を加えれば500人でしょ。でもできれば600人ほしい。
P ダンスのほうはボランティアは当日はHOPからは300〜400人かな。それにプラス、コミュニティーグループからも手伝いが来るから、みんなで1000人くらいかな。
M ラリーには100人、それからプライドフェストには50人。このフェストというのがまた大変でね。一日仕事なの。朝早くから準備が始まって、終わるのが夜の10時でしょ。
R フェストは93年からHOPが始めた。その前はHOPではなくてべつのところが売店やなにやらを出していたんだ。
P ラリーというのはマーチの一週間前のイベントで、GLBTに関する政治的な演説とかコンサートもやるイベント。プライドイベントの公式スタートを告げるオープニングイベントでもある。
R 政治的といっても、あまり政治的になってもいけないんで、むしろ、教育的っていうべきかな。
M 今年はもちろん同性婚の問題、それと大統領や連邦議員選挙などの投票呼びかけとかね。肝心なことは、すべての人たちが疎外感を感じないようにするってこと。そのためにLGBTを取り巻くすべての問題について話題に載せることが重要よね。

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パレードを滞りなく進めるためには連絡用のトランシーバーも不可欠

参加者の政治姿勢というのは変わってきた?

R 80年代はレーガン政権で、エイズ問題に対する政治不信が渦巻いていた。参加者はもっと政治的だったと思う。90年代はそれがすこし薄れたかなあ。94年にはストーンウォール25周年だったけど、あのときはラリーはやらなくて、国際的なグループ参加も目立ったね。日本からも、アカーが来てたよ。

いまの参加者はどう?

R いま、そうね、またすこし政治的になってきたんじゃないかなあ。あの、なんとかいう大統領が選挙によってではなく選択されてから(笑)、政治的にならざるを得ないような状況が続いているからね。それはいいことだと思うよ。みんな、仲間のことを考えるようにもなってきたし。
M わたしたちの世代も気づいてきたのね。政治的なこと、人権とかについても。

どの世代?
M わたしはいま28。ジェネレーションXよ(笑)。で、いままで眠っていた人権意識とかを、真剣に考えるようになってきた。クリントン政権のときはアメリカはもっと自由だったけど、いまはわたしたちの権利が奪われていると感じるようになっている。今年のマーチは、その意味でも大きな意義のあるものになると思ってるわ。みんな参加して、これが自分だっていうんだと思う。たとえあなたがそれを嫌っても、わたしたちはわたしたちの権利を示さなければならないって思ってると思うの。それがいまの政府に対するわたしたちの反対表明。

ところで、給料を払っているスタッフはいるの?

R 昨年から初めて導入した。フルタイムの、企業からのスポンサーシップを募るための専従責任者のスタッフを設置した。ビジネスデベロップメントマネジャー(企業開拓部長)ね。それと、今年はパートタイムでもう1人雇っている。ミニストレイティブ・アシスタント(運営補佐)。HOPの運営上の必要事項のまとめ役みたいなものだよ。以前から、そうね10年前の94年ごろから、たとえば4月から6月の追い込みの時期に事務仕事で人が足りなくなるんでお金を払って補充してきたけど、これまでは専従ではなかったんだ。

どうして給与スタッフが必要だったわけ?

M 時期だったんだと思うわ。大企業のスポンサーシップが入るようになってきて、HOPの理事会に担当者は設置していたんだけど、さっきも言ったように2年ごとに変わってしまうでしょ。でもそれじゃ企業のほうはやりづらいというわけよ。持続性ね、連続性。最初からまた人間関係から築いていかなけりゃならないのは非効率だし。わたしたちはそういう協力的な企業にいつもいっしょにいてもらいたいと思ってるの。毎年マーチに戻ってきてほしい。ただたんに資金協力をしてくれるというだけでなく、そういう大企業の名前があることだけでもずいぶんと意味のあることだから。100万人以上の人が、プライドマーチ当日にそれを応援してくれているたくさんの有名企業の名前を見るというのは、社会変革のたしかな一助になってると思うわ。

ところで、ボランティアって、どんな人たち?

R クリストファーストリートを歩けば、そこに歩いているような人たちだよ。
M 後ろを見てよ。ああいう人たち。人種も、年齢も、職業も、ほとんどすべてを網羅してるわ。ここはニューヨークよ。世界中から来ているすべての人がボランティアになってるわ。すごいことよね。こんなの、他の場所では味わえないわよ。
R ぜんぶ合わせると、そうだなあ、年間を通して2000人のボランティアが準備に関わっているかな。

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ご近所からTシャツの仕分けのボランティアに参加のデイヴィー、ハリエット、マイケル(左から)

パレードが終わったあとはどんな感じ?

M へとへとよ(笑)。
R 高揚と消耗の二つ、われにありって感じだね。
M そうそう。もう最高の気分であることは間違いない。だって、ずっと自分でやってきたことが目の前で形になって成功してよ、すごい仕事よ、それって。でも、同時に疲れきってるわね(笑)。最高に幸せな気分、と同時に、疲れすぎていて2、3週間はよくその幸福感に対応できないの。そのうちに知り合いだとか友だちだとかに通りで出会ったりするじゃない。そうすると会う人会う人が「すごかったわ、よかったわ」って言ってくれるでしょ。それから新聞を読んでも大きく取り上げられているもんだから、ああ、これをやり遂げたんだって実感できてね。もう、一日中にやにやして過ごしてるわ。

途中でもう投げ出したいって思ったことなんかないの?

M ないわ。マーチの準備ってときどきものすごく大変だけど、スタッフが後ろから支えてくれているし、年間を通していっしょに作業をやっているからね、信頼もしてるし、お互いの気持ちもわかるようになる。心を読めるっていうの? そういう感じ。そりゃ細かいことがたくさん持ち上がってきてうんざりすることもあるけどね。

でも、言い合いとかするでしょ?

R そりゃもう、それも仕事のうちだよ。
M ラッセルとわたしってもういつも意見が合わないのよ(笑)。でも、同じゴールに向かっているって知ってるからね。6月27日の夜にぜんぶうまく行ってることを目指しているわけで。細かいことなんかやってるうちに忘れちゃうわよ。

準備していて最悪のことって何?

M うーん、あまりないわよ。そうね、強いていえば、マーチのグループごとの順番を決めなくちゃ行けないことかな。どのグループも満足行く位置取りってなかなか難しいし、頭が痛いの。ときどき、「こんなグループの後ろはいやだっていってたじゃないの!」とか怒鳴られてる夢を見て目が覚めることがあるわ。でも、HOPの中ではひどい経験ってないわ。

R お金のことだからね、みんな考えたくないけど、ぼくはプロだし、いろいろみんなに注文付けたりするわけさ。だから、ぼくはどっちかというとみんなを怒鳴るほうだね。で、みんなはぼくを無視するって感じかな(笑)。

企業への寄付の呼びかけって、難しい?

R 最近は、もう黙っていても向こうの方から寄付をするって言ってくるんだ。LGBT関連で協力的な企業というのはすでにたくさんあるし、そういうところに毎年プライドイベントの企業向け資料パッケージやレターを送ったりもするけど。ことしは、フォルクスワーゲンが初めてスポンサーに加わった。彼らもLGBTのコミュニティーがどういう反応をするか、知りたいんだろうね。最初の年だからそんなに予算は大きくないけど、まあ、ちゃんと反応を見せてやって、そうすれば来年はもっと大きな金額とともに戻ってくれるだろうと。そういうのって、1つ1つなんだよ。一歩一歩というプロセス、ほんと、信頼関係だね。ぼくが関わった10年前というのは、いまと違うから、ほんとうに種まきだったよ。企業の関心というものを掘り起こさなきゃならなかった。
 3年前には例の専従スタッフを雇う前のビジネスデベロップメント(企業開拓)をぼくが担当したんだけど、企業との交渉をもうちょっと改善することにしたんだ。その過程でいくつかの企業を失いもした。だってさ、大企業のくせに3000ドルしか払わないっていうわけ。3000ドルで100万人以上、200万人への露出があるなんて、大企業にとってはぼろ儲けだろ。そういううまい汁は吸わせない。われわれにもちゃんとそれに見合う対価を払ってもらわないとね。マーケットがぼくらの側にある。それを正当に評価してもらわないことには、なにも始まらないんだ。ぼくらは確かに草の根団体から出発した。それをマーケットを持つまでに育て上げた。ならば、ちゃんとそれに見合うものを請求しましょう、というわけだよ。

東京でもね、数年前、ゲイに人気だったあるデパートがゲイ関連雑誌に取材を申し込まれて、ところがうちにはゲイのお客さまは必要ないって取材を拒否されたという話があるんだ。

M そういうことはニューヨークでだっていまも起きてるわよ。メーシーズ、知ってるでしょ。あのデパートだって、今年初めて、やっとスポンサーになったのよ。これまではだめだったの。それが、今年は初めてマーチにも参加して、しかもCEOまで歩くっていうじゃないの。そうやってゆっくりとだけど確実に企業というのもわたしたちのことをわかってきた。数というのは強いものよ。もしわたしたちがエクソンをボイコットしたら、あの巨大企業エクソンでもひどい目にあうことになるわ。フォルクスワーゲンだってわたしたちのボイコットは怖いの。だって、わたしたちは力なのよ。わたしたちを見くびっちゃいけないわ。こういうのって、ガンジー効果っていうのよ。わたしの命名だけど、非暴力不服従の抵抗よ。そうやって社会は変えていけるんだと思う。
(了)

NYC GAY PRIDEの概要と仕組み【2004年度資料】

●ゲイプライドマーチの概要・仕組み

毎年6月最終日曜日に行われるニューヨークのプライドマーチではいつも百万人近い人が集まります。ストーンウォールから35周年。すっかり大きく成長したこのプライドマーチの仕組みの概要を紹介しましょう。これは主催者の発行する「参加の手引き」みたいな資料です。

 【マーチの企画運営者】
 主催者は「ヘリテージ・オブ・プライド(HOP=プライドの継承)」という名の非営利ボランティア組織。ここへの参加希望者は年齢、HIVステータス、人種、宗教、性的指向、ジェンダーなどの別に関係なく歓迎されます。

 HOPはプライドマーチだけでなく、それに付随する政治ラリー、プライドフェスト(お祭り)、ダンス・オン・ザ・ピア(ディスコ大会)の計4イベントを企画運営。準備は1年がかりです。

 HOPはその4イベントの専門担当委員会の他、資金調達委員会、広報報道委員会、参加協力呼びかけ委員会などで構成されます。

 非営利でありながらも音響機材、観客席、トイレ施設などにお金が必要。このため、参加団体ごとにマーチ参加者のだいたいの予想人数を届けてもらい、その1人につき2ドル50の寄付金をありがたく承る、ということになっています。

 【プライドマーチの手順】
 マーチに参加希望の団体は6月4日まで(消印有効)に使用車両やフロートの届け出とともに参加申請書と参加登録料を提出します。この受領を待って主催者は参加確認書を送付します。

 マーチ参加団体は6月10、12、16日の3回にわたって開かれる1時間の代表説明会の1つに必ず代表を1人以上出席させなくてはいけません。その席上でフロート車両および荷役動物の許可証が配布されます。

 昨年は14部門250団体がマーチに参加しました。

 【参加登録料】
 参加団体からは車両およびフロートの登録料として手数料を徴収。荷役動物を使う場合も車両として登録します。4月23日までを早期登録料として割引し、その後6月4日までの登録は割高です。以下、団体のジャンル別の登録料です。

 ▼4月23日までの割引登録料▲
 ●非営利団体=車両175ドル・フロート250ドル●企業スポンサー付き非営利団体=車両1175ドル・フロート3250ドル●年商100万ドル以下の小企業=車両400ドル・フロート600ドル●企業スポンサー付き小企業=車両1500ドル・フロート3500ドル

 ▼以後6月4日までの登録料▲
 ●非営利団体=車両250ドル・フロート400ドル●企業スポンサー付き非営利団体=車両1250ドル・フロート4900ドル●年商100万ドル以下の小企業=車両600ドル・フロート900ドル●企業スポンサー付き小企業=車両2000ドル・フロート5000ドル

 なお、年商100万ドル以上の企業はHOPのビジネス担当マネジャーが電話またはEメールで応談。

 支払いは小切手、クレジットカード、郵便為替で受け付け。なお、障害者・年配者団体の移動用車両は登録だけで手数料は徴収しません。

 【公式ガイドブック】
 「2004プライドガイド」と名付けられる公式ガイドブックも重要な広告収入源。全面広告は3000ドル。半ページは1700ドル。最小は8分の1のスペースで500ドル。裏表紙での広告掲載は25%増し。掲載希望ページを指定する場合も20%増し。今年は5月3日が出稿締め切りでした。

 広告の図版はすべて300dpiのフルカラー・デジタルファイルで完成品として提出。提出時に広告料金も同時に払い込むことが必須。なお、ガイドに付属する「バー&クラブ・マップ」に掲載されるのは広告出稿の店のみ。ガイドの頒布開始は6月初め。発行数は75000部です。

 【マーチ当日】
 参加団体のチェックインは当日の朝9時から昼1時までです。マーチのスタートは正午。参加者は30分前に集合が望ましい。また、集合場所の五番街50丁目以北は住宅ビルもあるので午前11時半まで音響スイッチを入れてはいけません。

 参加者はHOPが配置するセクションごとの行進指導者の指示に従って行進します。彼らもボランティアで無償で仕事をしているのだから、理不尽に当たったりしないでほしいとHOPは言っています。

 【故人を偲ぶピンクリボン】
 マーチ当日午後2時からエイズ犠牲者を偲ぶ黙祷「沈黙の瞬間」が行われます。HOPはこのシンボルであるピンクリボンを事前に1個2ドルで配布しています。売上は各種エイズ支援組織に寄付されます。「沈黙の瞬間」に音響をオフにしていなかった団体は翌年のフロート使用を許可されません。

 【参加団体のカテゴリー】
①エイズ関連および障害者・親族組織・年配者組織
②スポーツ団体
③バイセクシュアル・トランスジェンダー・政治団体・活動団体・政治家
④ニューヨーク大都市圏および近隣州
⑤その他州および海外団体
⑥レザー・ジーンズ・SM団体
⑦多文化・民族・社交団体
⑧有色人種
⑨専門家組織・労働団体
⑩宗教団体・神秘集団
⑪禁酒・反麻薬組織
⑫大学・演劇・芸術・報道
⑬女性のみの組織
⑭未成年・LGBTの親の団体

 なお、マーチの行進順は毎年入れ替えるものの、女性団体・有色人種団体・エイズ関連団体・障害者団体・年長者団体は常に変わらずマーチの先頭部分で歩きます。

 【表彰】
 今年のテーマ「STAND UP, STAND OUT, STAND PROUD(立ち上がれ、公然と、堂々と、誇りを持って)」にふさわしい趣向を凝らしたマーチの参加団体を表彰。審判席はマーチ中間点の24丁目に設置。

 【マーチで守るべき事柄】
・参加者による募金集めはニューヨーク市の条例で全面禁止。
・下半身のヌードは違法。
・マーチでの沿道への配布物(パンフレットや物品)は事前にHOPに見本を届け許可を得ること。また安全上、フロート車両からはいかなる物も投げてはいけません。
・参加団体の代表者は責任の所在を明示するために主催者配給の代表者Tシャツを着用します。
・車両は1団体につき2台まで。なお、長さ10m50以上の車両フロートはビレッジの狭い角を曲がれないので使用禁止。高さは最高4m20、車幅も4m80を越えないこと。
・フロートだけではなく車両にも各団体の負担と責任でプライドマーチにふさわしい装飾およびメッセージを施さなければなりません。
・フロートおよび車両上では飲酒や違法な薬物はとってはいけません。違反が明らかになった場合は即座にマーチから排除されます。登録料は返還されません。
・ペットを連れて歩くのはアスファルトも熱く、乗馬行進にしても馬がかわいそうなのでやめましょう、ということです。