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December 05, 2017

司法取引の意味するもの

ところで前回のフリン訴追の続きなのですが、彼の起訴罪状が「FBIへの虚偽供述」だけだったことに「ん?」と思った人は少なくなかったでしょう。おまけに一緒に起訴されると言われていた彼の長男の名前もない。虚偽供述は最高禁固5年なのに彼への求刑はたった6カ月。何だ、全然大したことない話じゃないの、と。

実は今回の訴追はそれがミソなのです。

フリンは、トルコ政府の代理人として米国に滞在するエルドアン大統領の政敵をトルコに送還する画策を行なっていたことが疑われていました。これは無届けで外国政府の代理人を務めることを禁じたFARA法(Foreign Agents Registration Act)違反。さらに昨年12月の政権移行時にキスリャク駐米ロシア大使に接触してオバマ政権による経済制裁解除の交渉をしたという容疑もある。これも民間人が政府とは別に外交交渉をすることを禁じたローガン法違反です。それらから下手をすると米国の重要な情報をロシアに与えたスパイ容疑や国家反逆容疑まで発展してもおかしくない。すると本来は禁固十数年から数十年、あるいは終身刑まであったかもしれない重罪容疑者です。それがたった禁固6カ月……。

この大変な減刑は、もちろん司法取引によるものです。裁判の余計な手間を省くために有罪を認め、その代わりに「罪一等を減じる」というのが司法取引なわけですが、今回は罪「一等」どころか二等も三等も減らされています。

これは普通の取引ではありません。裁判の手間云々よりも、フリンを懲罰に処するよりも刑事罰に処するべき重大な人間がいて、その人物を訴追するに足る情報をフリンが捜査当局に渡す代わりに刑を減じるという取引だったということです。そうじゃなきゃこんなに減刑されない。

そして、フリンよりも重大な人物とは誰か? フリンは国家安全保障担当の大統領補佐官でした。大統領補佐官は実は閣僚級(つまり各省の長官と同じ)ランクです。日本の報道ではフリンと一緒にキスリャク大使に接触していたトランプの娘婿ジャレッド・クシュナーが狙いだ、という解説がなされています。しかしクシュナーは政権内では上級顧問です。これはたとえ「トランプ一家」の人間とはいえ「格下」です。例えば暴力団事案の立件で組長の罪を減じる代わりに情報を取引して、組長代行を挙げようなんてことは起きません。

では誰か? ロシア疑惑ではセッションズ司法長官が関係を疑われているので、この問題では捜査にタッチしないと自ら宣言しています。ならばセッションズか? しかしセッションズはフリンと同格です。同じランクで訴追するなら複数の人間でなければ取引は成立しない。

ではトランプ政権でフリンよりも位が上なのは誰か? それはペンス副大統領とトランプ大統領の2人しかいないのです。つまりモラー特別検察官のチームは、フリンとの司法取引でペンスかトランプ、あるいはその双方を標的にしたということなのです。

これはリチャード・ニクソンの辞任以来の大事件へと発展する可能性があるということです。

フリンがトランプとくっついたのは2015年夏。そして今年2月の辞任以降4月までトランプと接触していました。つまりそのおよそ21カ月間=1年9カ月というトランプの今回の政治経験のほぼすべてを網羅して、フリンは彼のすぐそばにいたのです。そんなフリンが完落ちした。これはトランプにとっては(もし違法なことをしていたのなら)大変な脅威でしょう。

モラーが事情聴取したクシュナーも重要な情報源です。が、捜査チームはクシュナーは家族を裏切らないだろうと踏んだ。だから突破口はクシュナーではなく、フリンだったのでしょう。クシュナーを呼んで話を聞いたのは、フリンが事前に教えてくれたことに関して、つまりはロシアのキスリャク大使との関係において、クシュナーがどう嘘をつくかをテストしたわけです。クシュナーは本丸と一緒に起訴できるから、それは後回しで良い──そんなことが見える今回のフリン訴追なのです。

さて、こりゃまずいと思ったからか、トランプのツイートがまた荒れています。フリンの訴追と有罪答弁を受けて、即「フリンを辞めさせたのは彼がペンスとFBIに嘘をついていたからだ」とツイートしたら、「大統領、それを知っていてその後に(当時のFBI)コミー長官にフリンへの捜査をやめるよう指示したのならば、それは立派な捜査妨害に当たりますよ、とあちこちからツッコミが入りました。そうしたら翌日に慌てて「コミーに捜査中止を指示したことはない」とツイート。それだけでなく、今度はトランプ個人の弁護士が「実は”嘘をついた”と知っていたというあのツイートは私が草稿を書いた。事実関係を間違えた」と名乗り出る始末。

本当に彼が草稿を書いたのか、それとも人身御供の身代わりを指示されたか買って出たか、トランプの一連のあのトチ狂ったツイートに草稿があること自体が疑わしいのですが、何れにしても大統領側の慌てぶりが漏れ見える事態です。

するとトランプの訴追はこの「捜査妨害=司法妨害」が手っ取り早いと受け取られているようで、トランプ大統領の弁護団が4日、今度は面白い論理を繰り出してきました。「大統領はそもそも司法妨害などし得ない」という論理です。つまり、大統領はFBIなどの捜査当局の最高執行官なのであるから、何を「指示」しようがそれは「妨害」ではなく「指揮」だ、というのです。ここまでくると呆れてモノが言えません。

何れにしてもモラー特別検察官チームはトランプ=ペンスを射程に入れました。一方で、FBIの自分のチームから「反トランプ」的なメールを出していた捜査官をクビにするということもしていて、これも昨日ニュースになっていました。このニュースはつまり、「特別検察官チームは大統領への政治的な意見を基に捜査をしているわけではない」というメッセージを世論に向けて表明したわけです。「政治的な思惑ではなく、事実に基づいて捜査している」というさりげないアピールなのです。

これからどうなるか? 捜査の結果が出るまでどれほどの時間がかかるか? それはまだわかりません。大統領は慣例的に「起訴」されたことがないので、何かの罪状が明らかになってもそれで訴追というのではなく、特別検察官が議会へ結果を報告して、次は議会の仕事=弾劾裁判になります。それがいつか、そこまで行くか、それを考えるとトランプ一家は気が気ではないホリデーシーズンからの年越しとなるでしょう。

December 01, 2017

フリン危機

感謝祭(23日)の深夜にニュースが飛び込んできました。ロシア疑惑に関連して2月に辞任した元大統領補佐官マイケル・フリンの弁護士団が、トランプ側の弁護士団に「今後は情報共有を中止する」と通告してきたというのです。これは、逮捕・起訴が近いとされるフリンがこれから、モラー特別検察官チームと司法取引をして捜査協力に転じることを示唆しています。つまり情報共有を続ければ今後は捜査情報を漏らすことになるのでもうできない、という意味です。

フリンは就任前にロシアの経済制裁解除をめぐり駐米ロシア大使と事前接触したことに関連して辞任しました。このフリンと一緒になって動いていたのがトランプの娘婿ジャレッド・クシュナーや長男ドナルド・トランプJr、そしてペンス副大統領です。もしフリンが知っていることを洗いざらい話したら、政権中枢やトランプ家族を巻き込む強制捜査へと進むかもしれない、とSNS上では今トランプ大嫌い派が期待に浮かれています。

ロシアゲート捜査の大変な火の粉をかわすために、トランプ側にはいま大きく2つの方途があると思われます。

1つは彼が「本当のロシア疑惑」と呼ぶものに別の特別検察官を立て、そちらに目を転じさせることです。これはヒラリー・クリントンが国務長官だった時代に、ロシアへのウラン大量売却契約が結ばれ、その見返りとして巨額の金がロシア側からクリントン財団に寄付された、という疑惑です。ロシアゲートからは自分が関係している恐れがあるために捜査に関与しないことを宣言しているセッションズ司法長官が、これに関しては特別検察官の任命が適切か検討するとコメントしていますが、これは一時的な目くらましにしかならないでしょうし、これはこれ、ロシアゲートはロシアゲートですから、このことで痛み分けにはならないでしょう。だいたい、見え見えの戦略にアメリカの世論が騒がないわけがない。

もう1つは北朝鮮カードです。トランプはアジア歴訪直前で北朝鮮へのツイートの言葉を随分と軟化させていて、これは何かあったかと思ったのですが、それは習近平が親書を持たせた特使を北に送るつもりだとトランプ側に伝えていたからだったと後になってわかりました。けれどその特使は金正恩に面会を拒絶され、思惑は失敗に終わります。するとトランプ政権はすぐに北朝鮮へのテロ支援国家再指定を行いました。

北朝鮮問題はロシア疑惑と何の関係もありません。このテロ支援国家の再指定も実は次に何かあった時、あるいは何も進展のなかった場合の既定路線上のさらなる制裁策でした。けれどこれがロシアゲート捜査の目くらましになることは間違いありません。この国の大統領は支持率が極端に落ち込む時は戦争でそれを解決するのです。あのビル・クリントンさえ、1998年のモニカ・ルインスキー事件で弾劾裁判まで受け、支持率ジリ貧の時にアフガニスタンやスーダンへの爆撃を行ったのです。

そう、戦争の火蓋が切られたらロシア疑惑など吹き飛んでしまいます。戦争をしている大統領は辞めさせにくい、辞めさせられない。

まさかそんなことのために、とは思いますが、この大統領は「まさかそんなこと」を次々とやってのけてきている人です。ただし北朝鮮に対する軍事行動に踏み切るのはそれなりの理由づけが必要。そんな理由を手にするために、トランプが奇妙に意識的にさらなる挑発を続けるかどうか、それを見ていれば彼の次の行動が予測できます。もっとも、現時点では在韓や在日米軍に増派などの大きな動きは起きていませんし、韓国や日本にいるアメリカ人への退避勧告もありませんから、喫緊に大変なことになるというわけではありません。

そんな中で北朝鮮は米国東部時間28日の午後1時過ぎに新型とされるICBMを発射しました。実はちょうど1ヶ月前の10月28日に北は「我々の国家核戦力の建設は既に最終完成目標が全て達成された段階」と表明していました。つまり「もう実験も必要なくなった」という「理由」を作って9月15日からこの2カ月半ほどミサイルも撃っていなかったのです。それが、今週初め27日あたりに北朝鮮軍幹部が「(次回の)7回目の核実験が核武力完成のための最後の実験になる」と語ったということがニュースになっていて、なるほど、テロ支援国家再指定の報復の意味も込めてこの75日ぶりのミサイル(核)実験となったのでしょう。しかしこれも、ではもう表立ったミサイル発射や核爆発実験もとうとう必要なくなって打ち止めなのかということになります。

日本ではこれをいつもどおり北の「挑発行動」と呼んで大騒ぎしているのですが、これを「挑発」と呼ぶには無理があります。いくら金正恩の気質に問題があるとしても、北朝鮮が体制崩壊、国家滅亡につながる米国先制攻撃に踏み切ることは考えられません。つまり繰り返されるミサイル発射実験と核実験は、「我々にはこれだけの武器があるのだから軽々に攻撃するな」という「示威行動」「デモンストレーション」なのです。「挑発」してアメリカが(というかトランプが)それに乗ってしまったら元も子もない。挑発なんかしていないのです。

同時に、北にとってこの「核」は交渉でどうにかできる取引材料でもありません。それを取引なんかして失ったらたちどころに攻め込まれて命がなくなってしまう死活的な最後の「宝刀」なのです。核放棄なんてあり得ない。あるとしたら米朝の平和条約締結しかない。そしてアメリカ側は、核を保有したままの平和条約など、世界の核不拡散体制を崩壊させるものとしてこれもやはり到底受け入れられるものではないのです。

かくして現在、この問題は米朝中、そして日韓も含めて三すくみ、五すくみの状況です。二進も三進も行かない。

そこで今度は、トランプの気質問題が出てきます。国内政治情勢もままならず、国際政治でも英国の極右団体代表代行の反ムスリムツイートをリツイートしたり、何をやってるのか支離滅裂なこの大統領は、こんな北朝鮮の閉塞状況にしびれを切らすのではないか? そしてそこにもしロシアゲートが弾けて、どうしようかと辺りを見回した時にこの「北朝鮮カード」があった場合、この人は北の恐らくはまだ続いているであろう「示威行動」を「米本土に対する明確な脅威」とこじつけてあの9.11以降のアメリカのブッシュ・ドクトリンと呼ばれる「正当防衛的」な(しかしその本当の目的は別のところにある)「予防的先制攻撃」に打って出るのではないか? 

前段で書いた「フリン危機」がロシアゲートから北朝鮮問題に飛び火することは、そうなるとあり得ないことではない。アメリカは、戦争をするとなったら同盟国にだって知らせずに開戦します。北への攻撃は、実際に実行される場合、日本政府へはたった15分前に通告するだけなのです。

そんなトランプ政権を「100%支持する」と繰り返す安倍首相は、本当に開戦となったらわずか数日で数百万人の犠牲者が出るかもしれないという事態に、いったいどういう責任を取れるのでしょうか。

いま開戦を阻止できるのは、11月18日に「大統領が核攻撃を命令しても「違法」な命令ならば拒否する」と発言した米軍核戦略トップのジョン・ハイテン戦略軍司令官(空軍大将)ら、正気の現場の軍人たちだけかもしれません。こんな時、文民統制ではなく軍人統制に頼りたいと願ってしまう倒錯的な異常事態がいまアメリカで続いているのです。

November 08, 2017

おもてなし外交のウラ事情

ビル・マーというコメディアンが面白おかしく且つ辛辣に政治批評を展開する「Real Time with Bill Maher」というHBOの人気番組があります。先週末のその冒頭は、拍手喝采の中で登場したその彼が「いや、みんななんでそんなにご機嫌なのかわかってるって。ついさっきトランプがアメリカから出てったからね」と口火を切りました。ハワイとアジア歴訪に旅たった大統領を揶揄したものです。「ずいぶん気が楽になった。子供たちをサマーキャンプに送り出した親の気分だ」と。

軽口はまだ続きます。
▼12日間のアジア旅行。トランプに、あんたがいなくなったら一体この国の面倒は誰が見るんだと誰かが聞いたらしいんだが、トランプが言うには「誰だっけ? 俺がいる時には?」
▼訪れるのは中国、日本、フィリピン、ヴェトナム、韓国......トランプの「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」の帽子を作ってる国だ。
▼中でも中国は重要だよ。トランプはあそこに壁を視察に行くわけだから。あの壁(万里の長城=the Great Wall)のおかげで、あそこでメキシコ人の姿はもうずっと見ていない。あの壁はすごい。
▼それからヴェトナムだね。彼が昔、徴兵逃れで行かなかった国。それで今度はやっと大統領として行けたわけだ。誰だっけ、ドジャーズが負けたって言ったのは? (ドジャーズは「身をかわす人たち」の意味。つまり「徴兵回避の人たち」。ナショナルリーグの優勝決定戦で負けてワールドシリーズに行けなかったドジャーズに掛けて、実世界のドジャー=徴兵逃れのトランプはちゃっかり負けていないという皮肉)
▼ハロウィーン、子供たちに何を配ったかは知らんが、ロバート・モラーの家では起訴状が配られたね。
▼ニューヨークのテロ。トランプが即座にツイートしてた。「バカで弱腰の大統領のせいでこうなるんだ。あ、ちょっと待て、今の大統領は俺だった」
▼ツイッターの従業員が退職最後の日にトランプのツイッターアカウントを11分間、消した。まあ色々あるが、私はその彼に言いたい。「Thank you for your service! (お務め、ありがとう!)」

その話にもあったロシアゲートですが、今週はマナフォートの次にあのマイケル・フリンが息子ともども逮捕・起訴されるという観測が出ました。ワシントン・ポストはトランプ周辺の計9人が選挙中及び就任移行期間中にロシアと接触したと報じ、大統領は大変な不機嫌の中で旅立ったとされています。そのせいか、エアフォース・ワンの中での同行記者の質問「今や中国の中で権力基盤を固めた習近平は世界で最も力のあるリーダーではないかと言われるが?」に、トランプはムッとしたのか「So am I(オレも同じだ)」と答えたそうです。常に誰かと比較して自分を位置付ける、そういう性格なのでしょう。

そんな中での日本の「おもてなし」でした。イヴァンカへの歯の浮くようなチヤホヤした日本のTVカヴァレッジはアメリカでも報道されましたから父親も知っていたでしょう。とにかく日本はこの親子に対してとても気分がいいようです。世界で日本だけです。ゴルフ接待もそうでしたが、安倍=トランプの個人的な蜜月ぶりをことさら強調してウキウキしている国は。昨年11月の当選後真っ先にトランプ・タワーを訪れた安倍首相一行にしても、実はトランプ陣営もそんなに早く来るとは思っていず「慌てて断ろうとしたがすでに機上の人でキャンセルできなかった」というエピソードをトランプ自身がジョークとして披露するくらい"ブッチャケた"仲なのです。

それはいずれおそらくは米国務省の対日外交にも影響し、「大統領とアベがああも仲がいいのだから」と、日本にそうはきつい政策は取らないでおこうとの「忖度」が働くかもしれません。しかしそれは今回はまだ十分ではなかったようです。

2日間にわたる会談を終えて共同記者会見に臨んだトランプは日本の経済を称賛し、そこでアドリブに転じて「I don’t know if it’s as good as ours. I think not, okay?(だが我々の経済ほどいいかはわからない。私は違うと思うよ、オーケイ?)」とすかさず自国民へのメッセージに変えました。

ワシントン・ポストはこの「オーケイ?」をまるで子供にウンと言わせる時の親の口調、と評しています。「And we’re going to try to keep it that way. But you’ll be second.(我々はずっとそのまま(1位)でいるつもりだが、でもキミたちが2番手なのは確かだ)」とトランプは続けました。安倍首相は隣でニヤニヤと曖昧に笑っていました。

もう1つ、この仲の良さの歪つさが垣間見られた時がありました。トランプが「アベ首相が米国からより多くの兵器を購入すれば、北朝鮮のミサイルを上空で撃ち落とせるだろう」と言った時です。「重要なのは米国から大量の兵器を買うことだ。そうすれば米国で多くの雇用が生まれ日本には安全をもたらすだろう」と。

今夏の北のミサイルの日本"上空"通過の際に「日本はなぜ撃ち落とさなかったのか」とトランプが言っていた、と報じられたのはこの伏線だったのでしょう。もちろん高度3500kmは「上空」でも「領空」でもない宇宙空間で、撃ち落とす権利や能力はどの国にだってありません。けれど安倍は「日本の防衛力を拡充していかなければならない。米国からさらに購入していく」と鸚鵡返しに応じました。それはまさに「100%共にある」と言った日本の首相の言葉通りの姿勢であり、それが米国民向けのプロパガンダであることも容認するお追従ぶりです。

もちろんそれには裏事情があります。日本の保守や右翼が純粋な国家主義と親米という相矛盾するねじれた2本柱で成立しているのは、戦後日本で民主的で平和的でリベラルの象徴のような憲法を作りながら一方で冷戦の暗雲が立ち込めた時にそのアメリカ自身が戦前戦中の守旧派政治家や軍人や右翼フィクサーを「復活」させた「大恩人」だったからです。戦後の民主平和国家は、一方で防共の砦として右翼と保守とが政治の表と裏の両方の舞台に配置された国へと変貌させられていたのです。岸信介や児玉誉士夫のことを思えばそれは容易に得心できるでしょう。

そんなねじれが安倍首相に見事に受け継がれています。どんなことがあってもアメリカの機嫌を損ねたら自分の権力が危ないことを、彼はまさに岸信介から教わったのです。たとえそれが彼の被害妄想であったとしても、その彼が今の日本の最高権力者。最高権力者の妄想は最高に強いのです。

こんなにおカネを使って「おもてなし」をしたのはそういう事情です。売り込みに当たっては日本の都合など斟酌せずにどんどん「アメリカ・ファースト」で押し通すのがトランプの勝手な「国益」だと重々知っていても、それを隣でニヤニヤ笑って受け止めるしかない。それでもせめてもどうにか”ご斟酌”していただきたいと、「お土産外交」「おもてなし外交」を懸命に展開しているわけです。外交というゴリゴリにパブリックな交渉を、プライベートな場に引き込んでどうにかできると考えるのはあまりに日本的でナイーブな話なのですが、安倍サイドにはそれしかすがるものがないのでしょう。実際、共同記者会見の二人を見ていて、私はついひと月余り前の米自治領プエルト・リコの知事とトランプの共同会見を思い出していました。

9月20日のハリケーン・マリアの上陸で甚大な被害を受け全島停電にまで陥り、すがるものと言ったら米国大統領だけという悲惨な状況の中、知事はそれでも2週間経ってやっとやってきたトランプを歓迎し窮状を訴えました。けれどかの島は今も復旧ままならず、今も停電下の生活を強いられている住民は多く、劣悪な生活環境は続いています。トランプは、自らに関係のないことにはかくも無頓着かつ他人事の対応しかしない。あるいは、自分に都合が悪くなると「友情」であってもなんであって、さっさと排除してしまうことは、これまでにクビを切られた(そしてこれからクビを切られる)異様な数の閣僚たちのことを思い出せば明らかでしょう。

NYタイムズはタクシーの後部座席から運転手の安倍首相に拡声器でバンバン命令するトランプ大統領の風刺画を載せましたが、欧米メディアにはなべて日本が米国の従順で都合の良い下僕のように映っている。それは今回の訪日でほぼ確定した日本像、安倍政権像となりました。イメージ戦略として失敗ですが、それもしょうがない。レッテル貼りだ、印象操作だ、などと抗弁しようにも関係ありません。そしてその間もホワイトハウスからはロシア疑惑や歴史的低支持率を吹き飛ばしてしまおうという「北への武力行使準備」のキナ臭い情報が聞こえ続けているのです。デビュー間もない村上龍が著した『海の向こうで戦争が始まる』という小説の題名が、私の頭のどこかで微かに明滅しています。

October 31, 2017

アジア歴訪前に窮地のトランプ、次の一手は?

11月8日は「トランプ当選」が決まったあの選挙からちょうど1年。政権は相変わらずツイッターでトランプ節炸裂の大統領と、その後始末に相努める実務派幹部たちとの奇妙かつ絶妙なバランスの上で"安定"した低支持率を保っています。

「安定」と書きましたが皮肉ではありません。傍から見るとデタラメに聞こえるトランプ節ですが、これが支持の中核層に絶え間なくエネルギーを注入している。これが続く限り支持率は決定的に下がることはない、というか最初から低い値だったのですが、意外と3割からは下がらないので今を迎えているのです。

10月末のNBC/WSJの最新共同調査が出ました。トランプ大統領への支持は38%、不支持は58%と不動の不人気なのですが、これまでも他の調査では32%という数字が出たこともあります。38%はこの調査では過去最低ですが、まだまだ底値までは余裕があります。しかし問題はむしろ、この調査で現れた民主党支持層では10人中9人までが不支持(支持7%、不支持89%)で、共和党支持層では10人に8人までが支持(支持81%、不支持17%)という大分断の方です。この合わせ鏡のような対称性がどんどん鮮烈になっています。方やトランプがやることなすこと全部ダメ、方や全部オッケーという真っ二つなのです。

これまでの政権の実績を見てみると、オバマ政権のすべてをひっくり返すような意欲満々のツイートとは裏腹に、オバマケアは今も潰されずに機能していますし、メキシコの壁もサンプルは出来たが予算から言っても建ち並ぶ未来の景色は見えてきません。現在は法人税と個人所得税などの大幅減税公約が焦点になっているのですが、トランプ政権の示すような減税を実行したら財政破綻すると、共和党内部からも異論が続出。おまけに財源確保策として出ているのは地方税額を連邦税の控除対象にしないとか確定拠出型年金の非課税枠を小さくするとか、どうしたって「普通の人たち」の生活を直撃するような内容。いわばそんなヤバい内情を見せないがために、ツイートでさんざん景気の良い話や自慢話を続けているようなものなのです。そうして共和党の本流からは公然とトランプ批判、というかほとんどサイコパス、ソシオパス呼ばわりみたいな非難までもが聞こえ始め、対するトランプも「類い稀な見事なカウンター・ファイター」(最近のスティーヴ・バノンのトランプ評)ぶりを見せて悪口の限りを叫びあげ、それで支持者たちが拍手喝采するというパタンが繰り返されているのです。

しかしなぜそんなことがうまく行っているのか? それはひとえに株価がずっと上昇しているからです。文字通りの景気の良さ(というか好調な株価)を背景に、この政権への全面的な不信にはまだ至っていない。前述の調査でも、トランプの対応に対して支持するという人が不支持より多かったのは、「テキサスやフロリダでのハリケーン被害対応」(48%対27%)と「経済」(42%対37%)の2項目だけだったのです。

つまり逆を言えば、この株価、経済が崩れたら、トランプ政権はあっという間に見限られるということです。

だとすると、北朝鮮問題はどうなるのか? 株価維持のためには軍事的暴発は絶対に回避しなくてはなりません。一方で軍事行動は支持率回復の魔法の杖。まるでその布石のように米国ではまた対話派のティラーソン国務長官の解任説が燻り続けています。5日の日本から始まるアジア歴訪で、トランプ大統領は北朝鮮への予防的先制攻撃を根回しするのでしょうか?

そんな中、とうとうモラー特別検察官によるロシア疑惑の強制捜査が動き出しました。昨年8月までトランプ陣営の選挙本部長だったポール・マナフォートとその友人のリック・ゲイツが昨日30日、正式起訴されました。罪状は、2006年から2015年にかけてウクライナの親ロシア派政治家ビクトル・ヤヌコビッチ前大統領とその政党の「未登録代理人」として活動していたことを背景に、オフショア口座を使った巨額の資金洗浄を共謀して私腹を肥やした罪や、外国組織の代理人として未登録のまま活動したなどというものです。

そしてそこに、トランプ陣営とロシアとをつないだ若いエネルギー・外交顧問ジョージ・パパドポウロスもFBIに対する偽証罪による起訴として連なっていることがわかった。その彼の情報が今回の捜査の端緒として重要な役目を果たしているとみられているのです。

彼はすでに7月に逮捕され、10月5日には罪を認めて司法取引をした。偽証罪というのは色々罪を免れるために事情聴取に対して嘘の弁明をしたということで、けれど最終的に彼はそれを認め、今度は一転、自分の罪を軽くするために当局に彼の知る本物の情報を渡すことになった、ということです。捜査の突破口として、彼の証言から捜査はまだまだ拡大・進展するでしょう。何せパパドポウロスは、選挙期間中に接触したロシア政府関係者の通称「教授」や自称プーチンの親戚の「ロシア人女性」との密会を、逐一トランプ選対本部の「スーパーバイザー(管理者)」に報告しているのですから。

さてこうなると、冒頭に触れたトランプ大統領の支持率の底値30%が揺るぎ始める事態が早晩訪れることになります——支持率回復のために、この大統領は次にいったい何を考えるのでしょうか? 日本の安倍首相は、そんなトランプ大統領へのどんな力添えの言葉を準備しているのでしょうか?

October 12, 2017

The Storm (2017 BET Hip-Hop Awards Cypher Verse)

今年のBET(Black Entertainment Television)のヒップホップ・アワードでエメネムが登場してドナルド・トランプを激しくdisりまくるフリースタイルのラップを披露しました。

何て言ってるか、ざっと訳してみました。もちろんラップなんでちょっとわかりづらいところがあって、誤訳してるかもしれないけど、まあ、こんな感じだと思ってください。ちなみに訳してるのは意味であって、「韻」は踏んでません。あしからず。

これ、どうやったら動画をここに縁ベッドできるんだっけ?
思い出したらトライしてみますが、とりあえず今は文字だけで。


***
[Intro]
It's the calm before the storm right here
嵐の前の静けさってこのことだな

Wait, how was I gonna start this off?
あれ、どう始めるんだっけ?

I forgot… oh yeah
忘れた、ああ、そっか

[Verse]
That's an awfully hot coffee pot
ひどく熱いコーヒーポットがあって

Should I drop it on Donald Trump? Probably not
ドナルド・トランプにぶっかけるべきか? いや違うな

But that's all I got 'til I come up with a solid plot
いや、それしか思い浮かばない、マジにやること決めるまで

Got a plan and now I gotta hatch it
やることはある、いまはそれを考えてるとこ

Like a damn Apache with a tomahawk
トマホーク持った凶悪アパッチみたいに

I'ma walk inside a mosque on Ramadan
ラマダンのモスクに歩いて入るんだ

And say a prayer that every time Melania talks
そんでメラニアがなんか言うたびに俺は祈りを口にする

She gets her mou— ahh, I'ma stop
彼女はフェラ──いや、そりゃ言わねえ

But we better give Obama props
それより俺らはオバマを褒めるべき

'Cause what we got in office now's a kamikaze
だっていまホワイトハウスにいるのはカミカゼだぜ

That'll probably cause a nuclear holocaust
多分そいつが原爆ホロコーストをおっ始める

And while the drama pops
ヤバいことが持ち上がれば

And he waits for shit to quiet down he'll just gas his plane up
そのクソみたいなことが静まるまでの間、あいつは自分の飛行機満タンにして

And fly around 'til the bombing stops
空爆が終わるまで空の上でぐるぐる待ってるわけだ

Intensities heightened, tensions are rising'
激しさは増し、緊張が高まる

Trump, when it comes to givin' a shit, you're stingy as I am
トランプ、肝心な時にテメエは俺みたいにケチくさい

Except when it comes to havin' the balls to go against me, you hide 'em
俺に喧嘩売るキンタマが必要な時以外、テメエはそれを見せもしねえ

'Cause you don't got the fuckin' nuts like an empty asylum
なぜならテメエにゃもともと糞タマタマがねえからだ、もともと空っぽの避難所よ

Racism's the only thing he's fantastic for
奴の得意はレイシズムだけ

'Cause that's how he gets his fuckin' rocks off and he's orange
そうやって差別こいてセンズリこいて絶頂こいて、オレンジ色の

Yeah, sick tan
ああ、薄気味悪い日焼けクリームの赤ら顔

That's why he wants us to disband
奴にとっちゃ俺らが繋がってちゃまずいわけ

'Cause he can not withstand
だって奴がいちばん嫌いなのは

The fact we're not afraid of Trump
俺らはトランプなんか怖くないって事実

Fuck walkin' on egg shells, I came to stomp
綺麗事なんか言うか、俺は蹴り倒しに来たんだ

That's why he keeps screamin', "Drain the swamp!"
だから奴は悲鳴を上げ続ける、「沼から水を抜け!」【訳注:「ワシントン政界を浄化しろ」との選挙スローガン】

'Cause he's in quicksand
なぜなら自分が泥沼にはまってるから

It's like we take a step forwards, then backwards
まるで俺たち一歩進んで、一歩戻っての繰り返し

But this is his form of distraction
だがこれが奴流の話題そらし

Plus, he gets an enormous reaction
おまけに大受けするから調子に乗るし

When he attacks the NFL, so we focus on that, in—
NFLを攻撃したのも、俺らがそっちに目をやって

—stead of talkin' Puerto Rico or gun reform for Nevada
プエルトリコのハリケーンだとかネヴァダの銃規制だとかから目をそらさせるため

All these horrible tragedies and he's bored and would rather
こんなひどい悲劇が続いても奴は退屈でそれより

Cause a Twitter storm with the Packers
パッカーズの悪口ツイートの嵐の連投

Then says he wants to lower our taxes
で俺らの税金を下げるっていうんだが

Then who's gonna pay for his extravagant trips
じゃあ奴の贅沢三昧の旅費は誰が払うんだ

Back and forth with his fam to his golf resorts and his mansions?
家族ぐるみで自分のゴルフ場や豪邸に行ったり来たりの

Same shit that he tormented Hillary for and he slandered
さんざんヒラリーをどついたくせに同じネタを自分でやって

Then does it more
それからもっとひでえこと

From his endorsement of Bannon
バノンにお墨付き与えたり

Support for the Klansmen
KKKの奴らを支持したり

Tiki torches in hand for the soldier that's black
火をつけた人形を手に、イラクから祖国に

And comes home from Iraq
帰った黒人兵に見せつける

And is still told to go back to Africa
彼は今も言われてるわけだ、アフリカに帰れ、と

Fork and a dagger in this racist 94-year-old grandpa
この94歳のレイシストのジジイ【訳注:トランプのこと】の中には熊手と短刀

Who keeps ignorin' our past historical, deplorable factors
奴はずっと、俺らの過去の歴史、嘆かわしい出来事をなかったことにしたがってる

Now if you're a black athlete, you're a spoiled little brat for
で、もしあんたが黒人アスリートなら甘やかされた糞ガキ野郎ってことになる

Tryna use your platform, or your stature
自分の地位や名声を利用して

To try to give those a voice who don't have one
声なき連中の声を届かせようとしているってことで「糞ガキ」だ

He says, "You're spittin' in the face of vets who fought for us, you bastards!"
奴は言う、「我々のために戦った軍人たちの顔に唾を吐きつけるのか、このロクデナシが!」

Unless you're a POW who's tortured and battered
拷問されギタギタにされた戦争捕虜でもない限りは

'Cause to him you're zeros, 'cause he don't like his war heroes captured
なぜなら奴にとってはあんたはゼロだから 奴にとっての戦争のヒーローは捕まっちゃいけないものだから

That's not disrespectin' the military
あれは軍を馬鹿にしてるってことじゃねえ

Fuck that, this is for Colin, ball up a fist!
何言ってんだ、コリン(キャパニック)のために拳を握れ! 【訳注:黒人虐待に抗議してNFL試合での国歌斉唱で起立せず、契約保留になっているクオーターバック選手】

And keep that shit balled like Donald the bitch!
それを握ったままにしてろ、あばずれドナルドの丸める糞と同じく

"He's gonna get rid of all immigrants!"
「あいつは移民を全部根こそぎにしてくれる!」

"He's gonna build that thing up taller than this!"
「あいつはあの壁を今より高く作ってくれる!」

Well, if he does build it, I hope it's rock solid with bricks
そうかい、ならそれはレンガでガチに固めてほしいな

'Cause like him in politics, I'm usin' all of his tricks
なぜって奴が政治でやるように俺は奴のトリック全部を使って

'Cause I'm throwin' that piece of shit against the wall 'til it sticks
その丸めた糞をビタビタくっつくまでその壁に投げつけてやるから

And any fan of mine who's a supporter of his
だから俺のファンでもし奴が好きだってのがいたら

I'm drawing in the sand a line, you're either for or against
俺は砂の上に線を引く、おまえが賛成反対どっちにつくかってやつだ

And if you can't decide who you like more and you're split
それでもしどっちが好きか決められなくて

On who you should stand beside, I'll do it for you with this:
どっちの味方になるべきか股裂き状態なら、俺が代わってあんたに言ってやる

Fuck you!
死んでろ!

The rest of America, stand up!
そうじゃない方のアメリカ、立ち上がれ!

We love our military, and we love our country
俺らは俺らの軍を愛してる、俺らの国を愛してる

But we fucking hate Trump!
ただトランプはクソ大嫌いだってことよ!

October 09, 2017

ティラーソン解任?

先週、ティラーソン国務長官に関するニュースがいくつもメディアに登場しました。7月に囁かれたティラーソン辞任説に関してNBCが再調査し、彼がトランプを「モロン(低脳)」と呼んだと報じたのが端緒でした。7月のボーイスカウトの全国大会のスピーチでトランプが場違いにも「フェイク・メディア」やオバマケアをこきおろしたりワシントンの政界を「汚水場」呼ばわりしたりする政治発言を続けたので、ボーイスカウトの全米総長でもあったティラーソンが激怒して「モロン」発言につながったというわけです。ティラーソンって人は少年時代からボーイスカウトに参加してイーグルスカウトにもなったことを誇りに思っている人です。そんな場に政治を持ち込むこと、しかも自分の自慢ばかりするような政治演説をしたことが赦せなかったのでしょう。

息子の結婚式でテキサスに行っていたティラーソンはもうワシントンに戻らないと伝えます。この時はマティス国防長官や現首席補佐官のジョン・ケリーが「ここであなたが辞任するような政権混乱はどうしたってまずい」と慰留に成功しはしたのですが、さて今になってまたティラーソンが辞めるのでは、あるいは解任されるのではという観測が持ち上がっているのです。

特に4日、乱射事件のラスベガスに訪問してワシントンに戻ったトランプが自分のニュースを期待してテレビを見たら、そこではティラーソンの「モロン」発言で持ちきり。トランプは激怒し、それをなだめるためにケリーは予定の出張をキャンセルして対処したとか。しかしティラーソンはその後の"釈明"の記者会見でも大統領を「スマートな(頭の良い)人」と言っただけで「モロン発言」自体は否定はしませんでした。ホワイトハウス内の情報源によれば、2人の間はもう修復不可能だというのです。

報道はそれにとどまりません。ニューヨーカー誌はティラーソンの長文の人物伝を掲載。これまでの輝かしい経歴からすれば彼が「今やキレる寸前」でもおかしくないと思わせる感じの評伝でした。さらにはティラーソンとマティス、そして財務長官のムニュチンが3人で「suicide pact(スーサイド・パクト)」を結んでいるという報道もありました。3人の中で誰か1人でも解任されたらみんな揃って辞任するという「心中の約束」のことです。6日にはAXIOSというニュース・サイトで、トランプがティラーソンの後任に福音派の共和党右派政治家であるポンペオCIA長官を当てようとしているという報道がありました。

ちなみにポンペオは全米ライフル協会の終身(生涯)会員で銃規制に反対、オバマ・ケアにも強く反対ですし、オバマ政権がCIAの”水責め”などの拷問(強化尋問)を禁止したことに対しても、拷問をおこなったのは「拷問者ではなく、愛国者だ」と発言するほどの反イスラムの「トランプ的」人物です。

こんなにまとまってティラーソン国務長官のことがいろんな角度で報じられるというのは、メディアがいま彼の辞任・解任に備えて伏線作り、アリバイ作りをしているという兆候にも見えます。

そうなると問題の1つは北朝鮮です。表向き「核を放棄しない限り対話はない」と強硬姿勢一枚岩だったトランプ政権ですが、その実、ティラーソンの国務省が北朝鮮側と様々なチャンネルで対話の機会を探っていることが最近明らかになっていました。それに対してトランプが7日、「25年間の対話や取引は無に帰した。アメリカの交渉は馬鹿にされている」「残念だが、これをどうにかする道は1つしかない」とツイート。軍事行動を暗示して「今は嵐の前の静けさ」とも言ったのです。

私はこれまで、トランプ政権が「グッド・コップ、バッド・コップ(仏の刑事、鬼の刑事)」を演じ分けて北朝鮮をどうにか交渉の席につかせようとしているのではないかと、希望的に願ってきました。けれどこうしてティラーソンとトランプの不仲が表面化してみると、本当にカッカして北を潰そうと言うトランプを国務長官、国防長官、首席補佐官がマジになだめ抑えている、という構図が本当だったかもしれないと思い始めています。上院外交委員長でもある共和党コーカー議員がトランプを激しく批判しているのも、そんなティラーソンの国務省の姿勢と符合しています。

彼はNYタイムズの電話インタビューに「ホワイトハウスが今毎日毎日トランプを抑え込むのに苦労していることを知っている」などと語ったのですが、そもそも攻撃したのはトランプの方が先でした。コーカーはティラーソンに関して「国務長官はとてつもなく腹立たしい立場に立たされている」「国務長官は得るべき支援を得られていない」と擁護したのです。上院外交委員長として国務長官(外務大臣)を思いやるのは当然の話ですが、例によってトランプはコーカーへのツイート攻撃を開始したのです。まるで坊主憎けりゃ袈裟まで、みたいな攻撃性です。

ティラーソンが解任されたら北への軍事攻撃の恐れが一気に現実味を帯びます。北は自滅につながる先制攻撃を絶対に仕掛けません。けれどトランプは単に自分のやり方じゃないといって予防的な先制攻撃を仕掛けるかもしれない。そのとき日本はどうするのか? いや、その前に日本は何もしないのか?

22日の総選挙はそんな「兆し」だけでも大きく安倍自民党に有利に動くかもしれません。まさかそれを見越して安倍は「対話は何も役に立たない」とトランプをけしかけていたわけじゃないでしょうが。

September 05, 2017

横綱の折伏

北海道南端を超えてのミサイル発射、1年ぶりの地下核実験、立て続けに示威行為を繰り返す北朝鮮は9日の建国記念日にも今度は射程のうんと長いICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験に踏み切ると言われています。その度に米韓日では新たな脅威が増大したと大騒ぎになるのですが、何度も言うようにこれは「新たな」脅威ではなく、ずっと以前から織り込み済みの北側の既定の挑発路線です。

織り込んでいなかったのはその早さです。本当はもっと時間がかかるはずだと思っていたICBMへの小型核弾頭の搭載が、ともすると直近に迫ってきているかもしれない。そしてそれはアメリカ政府の「レッドライン(踏み越えてはならない一線)」と言われてきたものなのです。

なのでトランプ政権の対北朝鮮の空気がやや変わってきました。朝鮮半島では禁じ手である武力行使に踏み切るかもしれないという嫌な感じが漂っています。何せ「核保有」は体制の必要条件であり、制裁があろうがなかろうが絶対に手放さないと決めている金正恩と、それに屈する形での「核保有」は核保有の連鎖を生むために絶対に認められないアメリカとの間で、解決策はどこにも見当たらないという感じになっているからです。この手詰まり感、「後手後手」感……。

北朝鮮に対しては米国は「圧力」「対話」「軍事行動」という3つの選択肢があると言われています。軍事行動は23年前の第1次北朝鮮核危機に際してクリントン政権が「韓国側の死者が100万人、米軍が10万人」という国防長官の報告を受けて断念、その後もブッシュ政権が02年に先制打撃を検討しましたが実行に至りませんでした。二の足を踏んだ理由である米国同盟側の損害の甚大さ予測は、北の軍事力の増強と比例して現在はさらに拡大し、三の足も四の足も踏むような状況です。

そこで米国は国連の場で北への経済制裁を呼びかけ、中露を巻き込んで「圧力」を強めるやり方に出ているのですが、それが功を奏するには時間がかかる。その間に北は核ミサイル開発を進める算段ですし、実際にこれまでもそうしてきました。

では「対話」はどうか?

米国にとってはこれは実は「対話」ではありません。これは「折伏(しゃくぶく)」なのです。金正恩に、その路線を進めるとどう転んでも自滅になると、詰め将棋のように理路を示し、折伏させる以外の場ではありません。

ところがいまトランプ政権は、国務省の東アジア担当の国務次官補は「代理」職で、しかもロシアが専門のスーザン・ソーントンです。国家安全保障会議にはマシュー・ポッティンジャーというアジア担当上級部長がいますが、彼も中国が専門。ニューヨーク・チャンネルで北朝鮮から例の脳障害の拘束大学生オットー・ワームビア(帰国直後に死亡)を連れ戻した国務省のジョセフ・ユン北朝鮮担当特別代表はあくまで実務担当で政治判断はできない。そればかりか国務省自体が予算と人員の大幅削減を強いられ、アジア担当の数百人のポストが空席のままなのです。つまり「対話」にしろ「折伏」にしろ、その場に出ていける人間がいないわけです。トランプ政権はそもそもやる気がないのか総身に知恵が回っていないのか。

「圧力」の効果は時間がかかり、「対話=折伏」には人材がいないしそもそも態勢も整えていない。ならば残されているのは再び元に戻って、先制打撃という「軍事力行使」でしかないのでしょうか?

アメリカは本来は土俵の中央でどっかと構え、北朝鮮に対して四つに組んでやるべきなのです。相手が猫だましをしてこようが蹴たぐりをかまそうが慌てる必要はない。そうして四つに組んでやって、相手が右に動けばそちらにちょっと動いて見せても結局は倒れず、左に引いても崩れず、さらにちょいと力を加えて相手の膝を折るぐらいのことはしてみせても決して倒したり土俵の外に投げたりはしない。何故なら土俵際の砂かぶりには韓国や日本や中国がいて、下手に投げ飛ばそうものなら彼ら全部が大怪我をするからです。なので土俵真ん中で「絶対に負けることはない」という横綱相撲を取り続けるのです。相手の面子を立てて「勝つ」ことはせずとも、そのうちに相手は疲れ、持っている技は使えず、横綱の「勝ち」は誰の目にも明らかになります。そしてそこで疲れ果てている相手の耳元に諄々と「自滅はやめろ」と説くのです。

それが北の核保有を認めるでも使わせるでもなく、しかも現状維持や凍結でもない「折伏」の道です。

それしか道がない。けれどこの横綱相撲の比喩を、それに似たソリューションを、トランプ政権は思いつくでしょうか? それより先に、国務省の予算削減と裏腹に国防総省予算の増大がここに来て嫌な感じの伏線になりそうな気までしています。そしてもう1つ、そこに追い討ちをかけるような北朝鮮によるEMP(電磁パルス)攻撃の脅しです。

電磁パルス攻撃によるアメリカの軍事インフラ、経済インフラ、生活インフラの破壊が、巷間言われるほどにとんでもないものなら、アメリカがこれを機に予防的先制攻撃に出るのは火を見るよりも明らかになります。それはロバの背を折る最後の1本の藁だからです。EMP攻撃被害の精確なアセスメントが急がれることになるでしょう。

August 30, 2017

米朝の詰め将棋

早朝6時前に発射されて北海道"上空"を超えて2700km飛んだという北朝鮮のミサイルのことで、28日の日本は朝から大騒ぎでした。TVでは「そうじゃない」と沈静化を図る専門家もいたですが、司会者が妙に気色ばんで番組を進行させるので、急ごしらえの台本がやはり危機を煽る安易な方向付けだったのでしょう。まあ、それ以外にどう番組を作れというんだ、という話でもありますが。なにせ首相声明だって「我が国に北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、我が国の上空を通過した模様」ですから。

北朝鮮は「我が国」に向けて発射したんじゃありません。それに550kmの「上空」ってのはすでに宇宙であって、スペースシャトルの浮かんでいる400kmよりもはるか上です。万が一間違って何かの部品が落ちてきたって真っ赤に燃え尽きます。しかも日本をまたいで北のミサイルが飛んだのは98年にもあって新たな脅威ですらない。政府はなぜ慌てたフリをするのでしょう。「全国瞬時」という緊急警報「Jアラート」を鳴らしても具体的には「頑丈な建物に逃げて頭抱えてかがみなさい」ですから、まるで大戦末期の竹ヤリ訓練みたいな話です。

ともあれ、今回のミサイルからは、実は脅威というよりも次のような興味深い事実をこそ読み取るべきなのです。
すなわち;

(1)北の相手はこれからもこれまでも常に第一義的にはあくまでも「アメリカ」であって韓国や日本ではない

(2)にもかかわらず今回のミサイルは攻撃すると脅していた「グアム」ではなくアサッテの方角の北海道の南部通過の方向に飛んだ

(3)飛距離の2700kmというのもグアムまでの3300kmより微妙に短い

──つまりこれらは、アメリカを脅そうにも脅しきれない金正恩の心理を表しているのです。

金正恩はいま、混乱を極めるトランプ政権のその混乱をこそ実は恐れているのだと思います。それは格好良く言えばトランプの「予測不能性」の賜物なのですが、ロシアゲートで追い詰められ支持率最低でどん詰まりの彼に起死回生の一手があるとすればそれは北への軍事行動です。さらに、おおっぴらな戦争とともに「斬首作戦」までが吹聴されている。それは恐い。
 
金正恩はそれを回避させるためにのみミサイルと核の開発に邁進してきました。ところがそれが父・金正日の時代にはなかった反応を誘引してしまった。こちらが強く出れば向こうは退く、という期待は誤りです。強い作用は強い反作用を生む。これは物理の法則です。金正恩は強い兵器を所有して、それに見合う強い反発を受けてしまったのです。そんな自明にいまさらたじろいだところで遅いのですが。

そこに先日の国連の新たな制裁決議が追い打ちをかけました。中国やロシアも反対しなかったことで、さらには中国が、北による対米先制攻撃で米国の反撃を受けた場合には中朝同盟の義務を行使(すなわち加勢)しないとも示唆したことで、北は確実に追い詰められました。そんな時に自分から実際に攻撃することは蛮勇以外の何物でもありません。

ではどうなるのか? だからと言って北は核を手放すことは絶対にしません。そして米中も、北の核保有を認めることはメンツの点からいっても地政学的にいっても絶対にない。

ではどうするか? このチキンレースをあくまで論理の上で、詰め将棋のように推し進めることです。米韓はミサイル防衛網をより進化させ、北のミサイルの脅威を限定的なものに封じ込めます。すると米韓の反撃がより現実味を帯びることになる。もとより北朝鮮には第二段攻撃の能力などないのですから、北の戦略はそこで出口を失う自殺行為になります。

要は金正恩に、彼自身が生き延びる道はこのチキンレースを止めること以外にないといかに折伏するかなのです。さもなくば米中暗黙の合意の上での「斬首作戦」の道を探るしかなくなる──もちろんそれはすでに、並行して秘密裏に進んでいるのでしょうが。

August 23, 2017

バノンの退場

スティーブ・バノンの「首席戦略官」という職はトランプ大統領が彼のために特設したものです。この「特別職」はこれまでのホワイトハウスの序列とは別のところにいて、それゆえ彼が自由に動き回れる「影の大統領」とも言われたのでもあるのですが、実際のホワイトハウスの実務トップはそれとは別に「首席補佐官(チーフ・オブ・スタッフ)」という職位が用意されています。

これはこないだ、7月末まで共和党全国委員のプリーバスが務めていました。けれどオバマケア撤廃などでもさっぱり議会共和党の協力を得る繋ぎ役を果たしてくれずにクビになりました。

その後にそこに就いたのが国土安全保障省長官だった元海兵隊大将ジョン・ケリーです。その彼が就任直後からホワイトハウスの指揮系統の序列を本来の形に戻しました。つまり大統領への情報はすべて自分に集約し、これまで傍若無人に大統領と繋がっていた首席戦略官を、つまりバノンを特権的な優先序列から排除したのです。

その予兆はしかし、実は4月7日のシリア攻撃の直前にありました。攻撃2日前の5日、バノンは国家安全保障会議のメンバーから外されたのです。彼は「アメリカ・ファースト」の主唱者です。アメリカに関係ない海外のことには手を触れず、もっぱら国内問題に集中しようという主義。ですからシリアへのミサイル攻撃には断固反対。ところがトランプはそこでバノンの意見を聞き入れず、娘婿のクシュナー及び、やはり2月にロシアゲートで辞めたあのマイケル・フリンの後釜マクマスター安保担当補佐官(こちらは陸軍中将です)の助言に従ってトマホークを打ち込んだ。バノンはこのあたりからうるさがられていたのです。

ところで表向き強気で吠えまくるトランプは、誰がどう見ても1月20日の就任以来、イスラム圏からの入国制限から始まりメキシコの壁、オバマケア、税制改革と、公約政策のほとんどが失敗続きです。できたのは大統領令による独断専行ばかりで、それも裁判所に差し止められたりしてきました。パリ協定からの離脱宣言だってこの先議会でどうなるかわかりません。「誰がどう見ても」というのは、大統領自身が一番よく知っているはずです。おまけに例のロシアゲートの捜査の網がどんどん狭まってきている。トランプ支持者はすでに30%台前半しかいません。内心、焦っていなければただの鈍感。しかもその失敗はほとんどがバノンの主導してきた政策でした。

そこに降って湧いたのが12日のシャーロッツビルの衝突です。これは単に「ロバート・E・リー将軍像」の撤去反対派と賛成派の衝突ではありません。これは白人至上主義者やネオナチやオルトライトなど、元を質せば「ナチス=絶対悪」の流れから派生した有象無象の極右思想と、それに対抗しようとした「アメリカの価値観」との衝突でした。

なのでトランプが「両派ともにいい人々も悪い連中もいた」と言ったのは、「え、そこ?」というまったく枝葉末節な喧嘩両成敗論でした。彼が言ったように反白人至上主義者側にも先鋭的な暴力はあったでしょう。しかしそれをわざわざそこで強調するのは、この問題の本質からわざと目を逸らさせる、「アメリカの価値」への裏切り行為に他ならなかったのです。タブーを衝いて自分の型破りさを披瀝しつつ自分の数少ない支持者たちを喜ばせたがったのかもしれませんが、それは彼の大統領としての不適格性を露わにしてしまう以外何の意味もなかった。ロサンゼルス・タイムズは「Enough is Enough(もうたくさんだ)!」という社説でトランプを攻撃し、共和党議員からもトランプ擁護論は皆無です。そして、彼にそう対応しろと強く勧めたのもバノンだったのです。

NYタイムズによれば7月末にケリーとの間で8月14日のバノンの名誉ある退任が決まっていたそうです。つまりは先に書いた、ホワイトハウスの序列を元に戻した時点で既に退任も織り込み済みだったということです。ところがそこにシャーロッツビルの混乱が重なった。さらに追い討ちをかけるように北朝鮮への軍事行動の可能性を一蹴するバノン発言が雑誌に掲載されたのでした。これがロバの背を折る最後の藁の一本だったのか、それとも単なる蛇足だったのか。

リベラル系雑誌「 アメリカン・プロスペクト」に載ったバノン発言は「開戦30分でソウルの1000万人が北の通常兵器だけで死亡するという軍事的選択肢など、論外だ、あり得ない」というものでした。トランプの功績があるとすれば唯一その得意の脅迫口調で金正恩をビビらせているというものなのですが、せっかく北が一歩ひきさがった時にそういう戦略の舞台裏をバラしてしまうのは(とはいえ、バノンの言っていたことはみんなが言っている至極まっとうな普通の対応なのですが)、今週始まった米韓合同軍事演習の意味をも変えてしまう重大な「閣内不一致」。B-1B爆撃機を投入するとか、先制攻撃をも想定した、というブラフも本当にブラフだったってバラしちゃうことですから、トランプが激怒したのは言うまでもないでしょう。

かくしてバノンは「名誉なく」退任しました。トランプ政権はその弱体さゆえにいまケリー首席補佐官、マクマスター安保担当補佐官、マティス国防長官(元海兵隊大将)といった軍人たちに支えられる軍事政権になりつつあります。弱い指導者が軍に頼るというのは歴史が教えてくれています。それが国防予算の9%=500億ドルの増額と国務省予算の3割削減=人員2300人削減という数字に予兆的に表れていたとも言えます。

昨日、アメリカのアフガニスタン政策が刷新されました。権力の空白を避けるために再び米兵を増派する方向です。イラクでのISISの教訓を経て、オバマの立案した撤退戦略の見直しなのでしょうが、人気最低の大統領がこれまた軍事行動で国民の支持を得ようとするというのも歴史の事実です。そうすると、せっかく「ブラフ」で沈静化している北朝鮮問題も、このあと何が起きるかまたまたわからなくなってきたのでしょうか。

機能不全のホワイトハウス、「最悪の1週間」はいまも常に更新されています。

August 16, 2017

ヘイトの源泉

「シャーロッツビルの衝突」の背景は元をただせば150年前の南北戦争にまで遡ります。バージニア州はちょうどその「南部」の出入り口に位置します。そこはまたあの有名な名将リー将軍の出身地でもあります。

150年前、南北戦争に負けた南部の白人男性たちにはいわゆる「Lost Cause of the Confideracy(南部連合州の失われた大義)」という苦々しい感情が遺りました。この場合の大義とは南部が南部であるアイデンティティのようなものです。それは騎士道精神であったり男らしさであったり、まあ、日本でいう大和魂みたいな南部の誇り、丸っと括れば南部魂のことでしょう。それは必ずしも奴隷制への執着を意味しないとも(言い訳気味に)言われています。

それがノスタルジアであった時はよかったのです。サザン・ホスピタリティという南部ならではの親切心も同根でしょう。なのでこの南部連合の古き良き時代を記念する銅像や公園や碑は全米で南部連合11州よりも多い計31州に700以上、おそらくは1000ほどもあるだろうといわれています。

ところがこの南部の「失われた大義」がいつの間にか右翼思想と結びついてきました。この5年ほどの動きなのですが、それが一気に顕在化したのが2015年6月に起きたサウスカロライナ州チャールストンで起きた黒人教会9人殺害乱射事件でした。意図して黒人たちを標的にした犯人のディラン・ルーフ死刑囚(当時22歳)はアパルトヘイトとKKKに心酔する白人至上主義者でした。その彼が南部連合旗=南軍旗を掲げる自分撮りの写真をネットで披露していたのです。ここで一気に南軍旗への反感が再燃しました。

アメリカでいう右翼思想とは最近は白人至上主義=男性優位主義=異性愛中心主義=優生学=KKK=ネオナチ=オルトライト(Alternative-Right)=銃規制反対論=連邦制反対論=ミリシア(民兵組織)と繋がります。

なのでこの2年来、南部州の公共施設からこの南軍旗を撤去しようという動きが広がりました。人種差別の象徴のように受け取られてきたからです。同時にそれは南軍のシンボル、ロバート・E・リー将軍の銅像も撤去してしまおうという話に拡大しました。

リー将軍の名誉のためにいえば、彼は奴隷制に賛成していたわけではなく、しかしまああの時代ですから積極的反対というわけでもなかったのですが、1856年に妻に宛てた手紙で彼は「奴隷制は道徳的かつ政治的に邪悪なものだ」というふうにも書いています。かつ「奴隷制があるのも無くなるのも神の意志だ。黒人たちはアフリカよりはアメリカでの方が良い生活をしている」とも。もっとも、実際の奴隷たちへの対応は拷問もどきの体罰を加えたりするなどひどいものとして伝えられており、彼の所有した奴隷の1人が「これまでで最もひどい奴隷主だった」と語った記録も残っています。それらは確かにその時代性と併せて判断せねばならないことでしょう。

しかし南北戦争前はアメリカ合衆国=北軍の将だったのに、故郷バージニアがユニオン(アメリカ合衆国)から脱退して南部連合(アメリカ連合国)に合流した際に、北軍から南軍に戻って故郷のために一肌脱いだという、南部魂を具現するような人だったわけです。

ところがここ数年、例のチャールストン黒人教会事件のディラン・ルーフに象徴されるように、右翼・白人至上主義者たちが南部連合旗やリー将軍を自分たちのアイコンとする動きが急激に高まりました。そんな中でシャーロッツビルの市議会も1年間の議論の末、右翼過激思想の白人たちに持ち上げられるリー将軍の銅像を撤去するとこの4月に決めたのです。そしてそれに反対する人々が「Unite the Right(右翼をまとめよう)」という旗印の下、最初に撤去賛成派と衝突したのが7月8日の集会でした。ですから今回は2度目の衝突になるわけです。

最初に「それがノスタルジアであった時はよかった」と書きましたが、実際はこれらの銅像や記念碑がアメリカで建立されたのは1920年代のことです。シャーロッツビルのリー将軍の像も1924年に建ちました。実はこの時代というのはKKKが勢いを盛り返した時代、さらには新たな人種差別・人種隔離法が成立した時代でもあった。つまりはそれらが建立された背景には確かに南部と北部との融和の象徴という名目もあったにもかかわらず、その基部には白人たちが「あの時代」を懐かしむ白人主義の根もまたあったと言わざるを得ません。

ところでそれから再び100年近くして、なぜまたこんなあからさまな右翼過激思想が台頭してきたのか? その答えは衝突現場の集会に参加していたKKKの元リーダー、デビッド・デュークの言葉に表れています。彼はTVカメラに向けて「これはトランプの公約を実現するための行動なのだ」と答えているのです。

トランプ大統領の誕生の際にもその支持層の一部低位白人男性層の心理として説明しましたが、前述の右翼思想のすべては80年代からの「政治的正しさ」によって「アメリカの価値観ではない」ということになりました。「南部」に託けた白人男性主義は、ここで2度目の「失われた大義」を経験することになりました。

次にオバマ大統領の登場です。これは彼ら白人にとっては3度目の屈辱でした。黒人大統領を担ぐヤンキー対その屈辱を口に出しては言えないディクシーという、妙竹林な第2次南北戦争のような心理戦が(ヤンキーの側ではなくディクシーに託ける側の心の中だけで)オバマの任期の8年間潜行していたわけです。その積もり積もった鬱憤が、トランプ大統領登場の勢いに乗じてはち切れます。「アメリカを取り戻す」が彼らの勝手な"南部"魂に変形して「"南部"魂を取り戻す」になった。「PCなんてクソ喰らえ!」というやつです。

この憎悪はですからトランプが作ったのではありません。トランプが解き放ったのは確かですが、作ったのはむしろオバマ大統領だったという歴史のパラドクスなのです。それがいま現出している。

これはつまり150年来の鬱憤ばらしです。なので、もちろんオバマに責任は微塵もありません。責任はそれを解き放たせた、いやむしろ解き放つことを奨励したトランプにあります。

支持率33%(キニピアク大学)とか34%(ギャラップ)とかの数字のそう小さくはない部分は、7月8日、8月12日の衝突集会に集まってきた彼ら白人至上主義者たちが占めています。トランプがすでに「アメリカの価値ではない」とされるそんな彼らを指弾できずに「on many sides」(それもこのフレイズを2度も繰り返して強調したのです)の「this egregious display of hatred, bigotry and violence」を非難する、と、対象を曖昧にしてまるで喧嘩両成敗みたいにコメントしたのも、さらにその理由を記者会見で「白人至上主義者たちの支持が欲しいからですか?」と訊かれても答えずに退場したのも、彼らのそんな行動を後押ししているのが自分であるという自覚があるからです。

リベラルばかりか身内の共和党内からもこの大統領コメントの酷さを指摘されて渋々白人至上主義やKKK、ネオナチらを名指しで批判する2度目のコメントを出さねばならなかった時のトランプは、いかにもオレはいまプロンプターを読んでいるんだぞ、という、なんとも正直な顔をしておりました。

このひどい対応に嫌気が刺したのか、医薬品のメルクCEOケネス・フレイジャー、スポーツ用品のアンダー・アーマーCEOケビン・プランクに次いで、この24時間で3人目の大企業CEOがトランプへの企業助言組織(米製造業評議会)を辞めました。インテルのCEOブライアン・クルザニッチです。

それとは別に、政権内部でも次はあのスティーブン・バノンがクビを切られるという情報が流れています。司法長官のジェフ・セッションズも辞めるかもしれません。残るメンバーの中核は軍人とゴールドマンサックスの出身者。ほとんどすでに空中分解していても不思議ではないホワイトハウスの210日目です。

June 08, 2017

「内心の自由」

コミーFBI長官を辞めさせたことで却ってロシア疑惑が深まり窮地に陥っているトランプ大統領。前川文科省事務次官の引責辞任から全く別筋と思われた加計学園の「総理のご意向」問題が火を噴いている安倍首相。

日本ではトランプ政権の破茶滅茶を笑う人が多いのですが、なんのなんの、この2人は"covfefe”や"unpresident"といった英語のミスと「云々(でんでん?)」といった漢字の誤読まで含めて実はとてもよく似ています。だって、身内びいき、マスメディア攻撃、御用メディアの多用、大統領令と閣議決定の多発、「フェイクニュース!」や「印象操作!」といった金太郎アメ反論、歴史の捏造と歴史の修正、「文書は確認できない」といったオルタナファクトに基づいた政権運営──ほら、ほとんど相似形でしょ? しかも磐石な支持層はオルトライト・白人至上主義団体とネトウヨ・日本会議というところまで合致している。

似ていないのは、トランプ政権の方は司法長官の辞任話やコミー証言なども出てきて今やもうメタメタなのに対し、安倍首相の方は今も国会無視の強気の政権運営を続けられていることです。その差異はおそらく政権の長に対する日米の議会と司法の独立性、そしてジャーナリズムの力の違いを背景にしているのでしょう。

なんとも情けない話ですが、さっきCNNで中継されていた上院情報委員会公聴会での委員(上院議員)たちと証人(アンドリュー・マッケイブFBI長官代理、ロッド・ローゼンスティン司法副長官、ダン・コーツ国家情報局長、マイケル・ロジャーズ国家安全保障局長)たちとの丁々発止のやり取りを見ていると、そもそも議論とか質疑応答というものに対する熱量というか、対応の真剣さがまるで違うんですね。ああ言えばこう言うの応酬で、この公聴会ではトランプと彼らの間で交わされた/交わされなかった会話の内容はほとんど明らかにされなかったですが、その「明らかにされなかった」具合の攻防が、ディベイトとはかくあるものかというほどに青白く燃え盛っていました。

一方、そんなアメリカを尻目に安倍政権はいま着々と「共謀罪」の強行採決に向けて進んでいます。共謀罪は過去3回も廃案になった無理筋の法案です。なのに今回は「五輪を前にしたテロ対策だ」という名目で再提出されました。テロ対策なら必要じゃないか、という世論が圧倒的ですが、「テロ等準備罪」という看板を掲げたものの当初は法案内に「テロ」という文言さえ存在しなかった代物なのです。しかも「この法律がなければ国連組織犯罪防止条約(TOC条約)を批准できず国際的批判を受け、オリンピックも開けない」という政権側の説明は「虚偽」。さらにこの条約は金銭目的の組織犯罪に対するもので、「テロ」とは無関係ということもわかってしまいました。


テロと関係ないなら現行法で既に対応できています。おまけに「花見客が双眼鏡を持っていたらテロの下見かもしれない」といったアホみたいな答弁を繰り返す法務大臣が管轄する案件とあって、国会審議は全く噛み合っていないどころか、そもそもまともな説明も回答も皆無なのです。

嘘や説明回避を繰り返しながらのこの前のめりは、いったい何が目的なのでしょう?

ロシアに亡命中のあのエドワード・スノーデンが日本向けに「これは政府の大衆監視をさらに容易にするための法律だ」と説明しています。なぜ監視しなければならないのか? その方が政権運営が簡単だからです。特に警察の活動が容易になります。そしてこれで公安警察の予算がまた増える。1980年以降、どんどん減っている公安警察の活動の場が、これでまた増えることになります。

社会正義と秩序のためにも警察には大いに活躍してもらいたい。それは当然でしょう。しかしその一方で公安警察が、社会正義と秩序を旗印にとんでもない国民弾圧をしてきた歴史も厳然と存在しています。共謀罪と同じような治安維持法で、拷問や冤罪や政治の政権に都合の悪い「一般人」たちへの「予防的な排除」がなされてきました。

警察組織の性格というのは、じつは世界中で今も同じです。だって「今月はスピード違反検挙率が悪いから、ちょっとネズミ捕りやって増やそうか」という「警察の性格」は私たちの誰もが経験的に知っているはずじゃないですか。それが交通警察なら罰金や免停で済みます(それだって酷い話ですが)、それが刑事警察や公安警察の場合だったら、話は取り返しもつかず人生に関わってきます。交通警察と刑事・公安警察の差は、その警察活動が目に見えてわかるかどうか、の違いだけです。どちらにしても警察組織の胸三寸で容赦なく検挙できます。

共謀罪では「内心の自由」が侵される、と心配されています。実際の「内心」など誰にもわかるはずないから、それが直接的に侵されるはずもない、杞憂だよ、と言う人もいるでしょう。けれど問題は、その知られるはずもない「内心」の中身を、自分が決めるのではなく他人が勝手に判断するという点なのです。

「内心」を他人に勝手に決め付けられない権利を「内心の自由」と言います。だから「自分は(共謀罪の対象になるような)そんな恐ろしい反社会的なことは考えないから大丈夫」という問題ではありません。共謀罪の恐ろしさは「あなたは(共謀罪の対象になるような)そんな恐ろしい反社会的なことを考えた」と他人から決め付けられることなのです。

May 18, 2017

3 ストライク

ロシアゲート最中の捜査指揮者コミーのクビ、ロシアへの機密情報漏出、そして今度は、当のコミーのメモによる司法妨害嫌疑の表面化──これでストライクが3つ。トランプはもうアウトです。そんな彼がいまもまだ残っているのは、ただたんに彼がこの試合の主催者だからというだけの話。審判は解雇、選手はどうしたらよいかわからず、観客は総立ちで激しいヤジを飛ばしている。さて、試合を主催している彼はいつ球場の電気を消すつもりでしょう?

しかしこの2週間の動きのなんとも早いこと。蟻の一穴ではないですが、ここを境とばかりに出てくるは出てくるは。メディアも攻め所と判断しているのでしょう。

こんな時にコミーの後任のFBI長官になろうとする輩は出てくるのでしょうか? ひょっとしたらコミーの出戻りだってあるかもしれないというのに(つまりはトランプの辞任があれば、というのが大前提の話ですが)。

いやそれより、解雇が近いとされるスパイサーの後任の報道官だって、政権の屋台骨が揺らいでいる時に、あえてそんな仮初めかもしれない役職に就こうとする輩はいるんでしょうか?

というところで昨日から旅先でバタバタしており、藪から大蛇が出てきそうなこの顛末は東京に戻ってから書きましょう。ちょいとお待ちください。

May 17, 2017

トランプ大統領の終わりの始まり

週明け15日の夕方になって、「トランプ、先週のホワイトハウスの会談でロシア外相にISISに関する重大な機密情報を漏らす」という爆弾スクープがワシントンポストによって放たれました。CNNはそれをWaPo情報として報じ、間もなくニューヨークタイムズが自ら同情報を独自に確認して"Trump boasted about highly classified intelligence in a meeting" (with the Russians.)(高度に機密な情報についてトランプは会談で自慢げに吹聴した)と報じたのです。

「現在のホワイトハウスは空中分解寸前である」という話をアップしたばかりでこれです。トランプの辞任がもし起こるとすれば、発端は先週のコミー解任であり、それに追い打ちをかけたのが今回のこれだということが回顧的に言われることになるでしょう。

どういう話かというと、先週10日のホワイトハウス大統領執務室でのトランプ=ラブロフ会談で、トランプが突然事務方の用意した台本を離れて自分のコンピュータを開け、かくかくしかじかのテロ情報がある、としてシリア国内である同盟国の諜報エージェントが入手したISISのテロ情報──航空機に持ち込むノートブックコンピュータに生物化学兵器を忍ばせるテロ事案という詳細な情報だったとされますが、情報の性質上事実確認はされていません──をラブロフ外相と「大物スパイ」とされる駐米ロシア大使であるセルゲイ・キスリャクに「自慢げに」話した、というものです。

実は米国大統領は米国でただ一人、国家機密情報の開示判断をできる権限を持っています。したがってトランプは事実上、どんな機密を誰と共有しようがそれは合法です。ただしこれは、大統領以外ならば国家反逆罪で死刑にもなる行為です。つまり、大統領は国民から負託されら国民の代表の権限として、と同時に、国民からそういう権限を負託されてしかるべき常識的、理性的、知性的な判断力を有しているということが大前提となって初めて成立する資格なのです。それが非常識で非理性的で非知性的な人物に与えられるということは、そもそも想定されていませんでした。

今回のテロ情報をロシアと共有して何が悪いのか? 実際、トランプは;
As President I wanted to share with Russia (at an openly scheduled W.H. meeting) which I have the absolute right to do, facts pertaining...to terrorism and airline flight safety. Humanitarian reasons, plus I want Russia to greatly step up their fight against ISIS & terrorism
(大統領として、テロ、航空機の安全に関係する事実をロシアと(公に予定されていたホワイトハウスの会談の場で)共有したかった。私はそれを行う絶対的権限がある。それは人道的理由と、さらに、ロシアに、ISIS及びテロとの戦いを大きくステップアップしてほしいからだ)
と16日の早朝になってやっと自分のツイートで"釈明"というか"言い訳"をしたわけです。

しかし、シリア内戦において(というか本来はもっと広範囲においてなのですが)、ロシアはアメリカと敵対しています。ロシアはアサド政権を支援し、アメリカは反政府勢力を支援している。そこにさらにISISがいて三つ巴の戦いなのですが、ロシアはISIS攻撃と言ってアサド政権に敵対する反政府軍勢力をも激しく空爆したりしている。

つまりここで問題なのは、
1)この情報を知ったロシアが、シリア内戦での諜報合戦でこの情報につながるような特定の現地の情報源を割り出し、そこからさらにアメリカの同盟国の諜報要員をも割り出して、手段を選ばずにさらなる別の情報を得ようとするかあるいは抹殺するかしてしまう恐れがある。

2)この情報で動きだすロシアの諜報エージェントにISISがさらに反応して、現在のテロ情報の裏をかくテロ作戦に出て航空機の旅客の生命を脅かす危険がある。

3)この情報をアメリカに提供した同盟国及びその他のすべてのアメリカの同盟国が、トランプのアメリカに情報を提供するとどんなところでその情報が漏れて自国の諜報エージェントさらには諜報ネットワークそのものが崩壊する可能性が出てくると判断し、今度一切、重要な機密情報はアメリカに提供しない事態になる恐れがある。

ということです。

これは、先週問題化したコミー解任にまつわるロシアゲートの捜査妨害、指揮権発動的圧迫、国民への説明責任の冒涜、といった「政治的問題」よりはるかに始末の悪いものです。なぜなら、それらはまだ人間の生命に危害が及ぶ問題ではない。ところが今回の機密情報漏洩は(漏出、と呼んだ方がいいか?)直接様々な人々の命にかかわる問題に直結します。政治問題にする前に、とにかくこの情報漏出によるダメージを早急に手当てするが必要だ。つまり新たな情報の入手とその対策と、同盟国との情報ネットワークの信頼性の回復がまずは急がれる。政治問題化はその次です。そしてその政治問題化の時に、トランプはどう身を処すのか、という話になる。

ホワイトハウスはワシントンポストのスクープ以後、バノンやマクマスターや中枢閣僚が急遽参集して対策に追われましたが、執務室からは彼らが大声で怒鳴り合う声が聞こえてきたほどだそうです。一方でデイリー・ビーストのジャスティン・ミラーのツイートによればホワイトハウスの一般職員たちは自分のオフィスに閉じこもって、まるで死体安置所のように静まりかえっているとか。ピリピリした緊張の中で、みんな息を潜めて次に何が起こるのか、次に誰が怒鳴られるのか、さらには(前回のコラムで書いたように)誰が辞めさせられることになるのか、戦々恐々としているのでしょう。

そんな中でまずは国務長官のティラーソンが「会談ではいろいろと話し合われたが、情報源や情報入手方法、軍事作戦に関しては話し合われていない」という、ワシントンポストの記事を"否定"する”釈明”の声明を発表しました。ところがワシントンポストの記事はべつに「情報源や情報入手方法、軍事作戦」が漏らされたと言っているわけではないのです。まさに「機密情報そのもの」がぽろっとロシア側に披瀝された、と言っている。そしてその情報を得れば、ロシアの優秀な諜報機関が、「情報源や情報入手方法、さらにはそこから導き出される軍事作戦」に至るまで割り出してしまうだろう、ということが懸念されているのです。

それから数十分後、今度はマクマスター安全保障担当補佐官がホワイトハウスの前に出てきて、テレビカメラの前で30秒ほど声明を読み上げましたが、それも「WaPoの報道は誤りだ。私もあの部屋にいたが、情報源は明らかにされていない」と訴えるだけで、報道陣からの質問は一切無視してまた中に引っ込みました。

ところがそのマクマスターの「記事はウソ」(つまり情報漏洩はない、ということですが)声明も、先に触れたその半日後のトランプ自身の「ロシアと情報を共有したかっただけだ」というツイートで、「機密情報が共有されたのは事実だった」と否定されてしまう。

コミーの解任劇の状況説明がトランプと報道官のスパイサーや副大統領のペンスとで全く違ったように、この政府は正式な発表で本当に息をするように平気で事実と違う説明をする。説明責任など、目先の危機を回避するためならどうでもいいと思っている。

ホワイトハウスは、まさにリアリティTVか昼のソープオペラみたいになっています。政策は全く進まず、ボスは癇癪を起こして、ボスを操ろうとする輩たちが政権内部で権力の引っ張り合いをしている。そのうちにまたボスのストレスが高じて何をするかわからない状況になっている。しかもそのボスは、選挙期間中にEメール問題でのヒラリー・クリントンの機密情報の扱いを口を極めて罵っていた人物です。こんな余計なドラマなど必要ありません。

トランプが大統領になる前、私はあちこちで「トランプが国家機密情報を握ったら、辞めた後でも自分のビジネスとかに秘密情報を躊躇なく使う。そんな危険なことはない」と公言していました。しかしまさか大統領就任117日目というこんな時期に、国家機密の重要性を認識せずにこんな形で「危険」をもたらすとは、さすがにこれは想定外でした。

でも思うのですが、ホワイトハウス大統領執務室でのラヴロフ=トランプ会談、その場に居合わせた人間は限られます。そこでの情報がワシントン・ポストに漏れた。側近で、後顧を憂いてその情報を流した者が存在するわけです。それはいったい誰なのか? うーむ。

後顧を憂えて、トランプよりも、一大統領なんかよりも、自分の祖国にこそ忠誠を尽くす人物。

それが例えばあのマクマスターだったとしたら? ロシアゲートで訴追されそうなマイケル・フリンの後任として、ホワイトハウスの安全保障担当補佐官として立て直しに入ってきた陸軍中将。就任の条件として安全保障担当のスタッフの人事を自分に委ねてくれと迫った人物。

そういうドラマなら面白いな、と、よその国の話だからこそちょいと思ってもしまうのですが。

……とここまで書いた時に、ニューヨークタイムズが、今回のロシアへ提供の機密情報は、イスラエルからもたらされたものだというスクープを報じました。見出しは次のようなものです。

Israel Said to Be Source of Secret Intelligence Trump Disclosed to Russians

おいおい、これはまた大変な話です。

イスラエルとアメリカはもちろん大変な同盟国。そして、ロシアは、イスラエルと犬猿の仲であるイランと仲良し。一体この折り合いはどうつけられるというのでしょう。目を覆いたくなります。

May 15, 2017

次に辞めるのは誰か?

すこし遡ってコミーFBI長官解任の伏線を見てみましょう。

前回で触れたようにホワイトハウス内部は4月に入ってマクマスター安保担当補佐官の台頭と、さらにはその後のバノン一派の巻き返しで大変な権力闘争が吹き荒れていました。その4月末の就任100日のロイター・インタビューでトランプは大統領職を「もっと簡単だと思っていた」とボヤいています。

4月30日に取りまとめられた予算案では国境の壁、環境問題、オバマケア撤廃などの強気公約がほとんど盛り込まれず終いでした。5月1日のラジオ・インタビューでは南北戦争について第7代大統領のアンドリュー・ジャクソンが「こんな戦いをする理由はないと本当に怒っていた」と話し、一般常識も知らないと呆れられました(ジャクソンは南北戦争の16年前の1845年に死んでいます。おまけに黒人奴隷農場主で、たとえ生き続けていたとしても南北戦争に怒るなら逆の理由でしょう)。

積もり積もったストレスが噴き出します。その日のツイートで彼は「ジャクソン大統領は16年前に死んでいても南北戦争が起こると分かっていて怒っていたんだ」と意味不明の言い返しをしました。

そして翌2日、突然脈絡もなくヒラリーとコミーを攻撃したのです。

ツイートはこうです。「ヒラリーにとってコミーは最高の贈り物だった。どんな悪いことでもできるというフリーパスを彼女に与えたんだから」「トランプ/ロシアのウソ話は、選挙に負けた民主党の言い訳だ。まさにトランプの選挙戦が偉大だったってことじゃないか」

ここでは明確にヒラリー=コミー=ロシア疑惑の3つが繋がっています。公約したトランプ主義そのものの政策が思うように進まず、しかもロシアの影だけは延々と付きまとっている。それはさらに続きます。

3日、コミーが上院公聴会で、昨年10月28日のクリントンのメール問題再捜査発表に関し「選挙に影響したかもと思うといささか吐き気(nauseous)がする」と証言。さらにロシア政府の米政治への介入はあるかとの問いに「イエス」と答えました。トランプ当選はその結果だと言わんばかりに。(トランプはこの「吐き気」を、重大な影響を与えたかもしれないその関与の責任に対するコミー自身の恐れの表れではなく、自分が大統領になったことへの、自分へ向けられた嫌悪感だと受け取ったというアホな話もあります)

4日、あのオバマケアの再度の改廃法案が僅差でやっと下院を通過しましたが、「オバマケアは死んだ」と宣言したトランプの思惑とは裏腹に「上院通過は難しい」という論調が支配しました。

そんな時に当のコミーがローゼンスティン司法副長官にロシア疑惑捜査のためのFBI予算の増額と人員増強を依頼してきます。

8日、ロシアゲートで2月に辞任した安保担当補佐官マイケル・フリンに関して、オバマ前大統領も、昨年11月の当選直後のトランプに補佐官起用は危ないと進言していたこと、イエーツ前司法長官代理も1月の政権発足6日後という早さで「フリンはロシアから脅迫を受ける恐れがある」とトランプ側に伝えていた事実が上院公聴会で明らかになります。にもかかわらず、トランプはフリンを重用していたわけです。それに関してもトランプは「そもそもフリンを登用したのはオバマだ」という、責任転嫁にもならない話を持ち出して言い訳しました。この辺あたりから精神状態も良くなかった。

まだあります。追い打ちをかけるようにさらにはもうすぐ上院情報委員会が召喚状を出し、フリン並びにトランプ選挙対策本部長を務めたポール・マナフォート、選挙コンサルタントを務めたロジャー・ストーン、選挙の外交政策顧問を務めたカーター・ペイジに文書の提出を求めて、選挙へのロシア干渉の有無を調べるという情報が入りました。11日にはコミーの再度の情報委員会証言も予定されていました。

トランプの精神状態がまたも不安定だというのはホワイトハウス詰めの記者たちの話題になっています。人に会いたくないようだ、表舞台に出たくなさそうだ、ストレスの極みにある……云々。

そして迎えた9日夕、コミーの電撃解任が発表されたのです。

背景にロシアゲートとそのストレスがあることは明らかでしょう。トランプは、捜査が佳境に入りつつあるこの時期に捜査主体の中心人物を解任するという実に愚かな発作的行動に出たわけです。しかも報道官や副大統領までが、司法長官セッションズや司法副長官ローゼンスティンからの進言書簡(クリントンEメール問題の捜査終了を立件判断機関である司法省の職権を冒しまでして7月5日に独断で発表した失態と職権逸脱。10月28日の再捜査着手を通常の非公開捜査でよかったはずなのに「発表するか隠蔽するか」という二者択一であるかのように公表して発表を選んだとした失態)を受け取った大統領が、解任という苦渋の決断をしたのだという筋書きを用意して説明していたのに、「コミー解任は以前から自分で決めていた」と解任翌日のNBCとのインタビューでいけしゃあしゃあと披瀝した。次いでコミーに対し、「私たちの会話の録音テープがないことを祈ったほうがいい」と、訳のわからない脅迫ツイートまでしたのです。

この解任経緯説明の公の矛盾は有権者・納税者・国民への説明責任の不正です(しかも10月28日の件はまるでヒラリー陣営への同情ででもあるかのような、つまりは民主党も賛成するだろうね、と阿るような、取って付けたような解任理由です)。

同じNBCとのインタビューでは、解任を通告する自身のコミー宛て書簡にわざわざ関係もないのに「3回にわたり私が捜査対象でないと知らせてくれたことに本当に感謝している」と記した件に関して、当のコミーに自分が捜査対象か否か夕食の席と電話での2回の計3回も聞いていたという、日本でいえば「指揮権発動」のような捜査圧力をかけた事実を自分で明かしていました。おまけにあろうことか、コミーに自分への忠誠を要求していたことまで明らかになったのです。

頭おかしいんじゃないか? と誰でも思います。だって、これだけでトランプを2度弾劾できるほどのネタなのです。こんな司法妨害はありません。しかもそれを自分では司法妨害だとすら気づいていないでテレビカメラの前で滔々と雄弁に語る。この人は一体、何を考えているのでしょう?

気分次第でブチ切れ、気分次第で自慢にも転じるこの大統領に、ホワイトハウス内は戦々恐々です。それもこれも自分以外が悪いのだと、トランプは次に、報道陣へのウケが悪くて衝突ばかりしているスパイサー報道官を切る心算だとか、いやいや、共和党を全くまとめてくれないプリーバス首席補佐官を切る準備をしているとか、憶測が広がっています。これでは仕事など出来るものではありません。

トランプはコミーのことを「He's a showboat, he's a grand-stander, the FBI has been in turmoil. You know that, I know that. Everybody knows that.」と呼びましたが、「FBI」の部分を「White House」に変えれば「He」とはまるでトランプその人のことです。ホワイトハウスは空中分解寸前なのです。

予言しましょう。

この政権はやがて、弾劾より先に、この大統領自身を辞めさせることになります。

May 09, 2017

いったい何が起きているのか?

前回のこのコラムで、ホワイトハウスの権力構成が、軍と金融・産業界の立役者たちの台頭で「ハイパー共和党政権」の様相を呈し始めたと書きました。その核となったのはバノン首席戦略官の地位低下とマクマスター安保担当補佐官の起用だった、と。

シリアや北朝鮮問題への複雑なオトナ対応がそれを物語っていたのですが、それから1カ月も経たないうちにこのマクマスター補佐官とトランプ大統領が衝突し始めているという内輪話が伝わってきています。

2月にロシア疑惑で辞職したあのマイケル・フリンの後任補佐官マクマスター陸軍中将は、軍内部だけでなく共和・民主両党からも信頼の厚い国防の頭脳家です。就任早々から混乱続きのホワイトハウスもこれでやっと落ち着くだろうというのがワシントンの大方の期待でした。

ところが早くもバノン派の巻き返しが起きているようで、「マクマスターはアメリカ第一主義を公約してきた大統領を籠絡してその逆の政策を採らせようとしている」とトランプに吹き込んだり、主導権を維持しようとするプリーバス首席補佐官がマクマスターの人事構想を邪魔している、などの話が聞こえてきました。

その象徴的な出来事が韓国へのミサイル迎撃システムTHAADの配備費用10億ドルの問題でした。トランプは「この費用を韓国が負担せよ」と例の調子でブチかましたのですが、マクマスターはその無茶振りをフォローしようと「それは米国の公式な方針ではない」と韓国側に伝えた。それは至極真っ当な、実に常識的な話でしょう。

しかしトランプはそうは思わなかった。「韓国にも正当な負担をさせようとしたおれの努力を邪魔するな」と電話口で彼に怒鳴ったそうな。

それだけではない。安全保障担当として大統領へのブリーフィングは欠かせないのですが、トランプは、自分の質問をあまり受け付けずに講義するマクマスターの偉そうな態度がどうにも気にくわない様子だとか。そりゃそうでしょうね。冷静な分析家で理論家のマクマスターのプロフェッショナリズムは、思いつきの決断家であるトランプをどこかでバカにしているような"風味"を帯びてしまうのかもしれません。

トランプ自身もマクマスターを補佐官にしたことを後悔し始めたようで、つい先日には彼と同時に安全保障担当補佐官の後任候補として名の挙がっていたブッシュ政権時の国連大使ジョン・ボルトンを副補佐官にするのはどうかとも内輪で検討したらしい。しかしボルトンとマクマスターの2人も互いにソリが合わないだろうということで断念したとか。

そんなこんなで今月4日の米豪首脳会談の席にもマクマスターは同席せず、代わりに副補佐官のマクファーランドが付いていました。

そもそもトランプは前任のフリンとは選挙を通じて公私ともに仲が良く、その辞任も「泣いて馬謖を斬る」状態でした。そのフリンは「かろうじて正気とつながっている人物」とメディアから評されたこともある人で、現役時代には今はやりのフェイクニュースの原型というか、「フリン・ファクツ」という「フリン独特の事実認識」で有名な人でした。トランプとウマが合ったというのは想像に難くありません。

この衝突の行方はどうなるのでしょう? マクマスターを切るなどということがまた起きるのでしょうか? しかしそれはトランプ政権自体への再度の大打撃になる。いまだ波高しのこの政権の混乱──それはそもそも、個人的な好き嫌いがすべてであるトランプ個人の性格の問題だとしか思えないのですが。

と書いているうちに、今、FBI長官のジェイムズ・コミーを電撃解任というニュースが飛び込んできました。我が目を疑います。だってロシアゲート捜査の真っ最中に、その捜査対象のど真ん中にいるトランプが捜査主体の中心人物をクビにしたわけです。こりゃいったい、ホワイトハウスで何が起きているのでしょう?

アメリカの政治を語る時に、これまでは政策や法律の問題を論理的かつ歴史的に調べていけば済むことでした。ところがトランプになってからは誰が誰とくっついて誰が主導権を握っているかという話になってきています。これは日本の政治を語る時に政局を語らねばならないのと同じです。日本の政界は、論理や歴史というよりも派閥や人間関係で(おまけに党議拘束なんかもあって)政策が決まるからです。政局を考えることがすなわち政策を見通すことにもなる。でもそれはそもそもおかしな話で、アメリカの政治もトランプによって政局化、日本化している感があります。コミーの件については次回で詳しく書くことにします。というか、書かねばならないでしょう。

April 19, 2017

ハイパー共和党政権

北朝鮮問題の気がかりの一つは、米軍というのはこれまで本格展開した後で何もせずに引き返したことがほとんどないことです。数少ない例外は62年のキューバ危機でしたか。でも、いま対峙しているのはケネディとフルシチョフではなく、先週も書いたとおりトランプと金正恩です。
 
ところが先週から今週にかけ、トランプ政権の雰囲気が何やら明らかに変化してきました。シリア・アサド政権へのトマホーク攻撃、アフガン・イスラム国に対する大規模爆風爆弾(MOAB)の投下といったあからさまな軍事的見せびらかしに、一気に北朝鮮への先制攻撃の可能性が取りざたされましたが、不意に自制的、抑制的な発言が目立つようになった。

何と言ってもマクマスター補佐官(安全保障担当)の16日の発言「平和的解決のために、軍事オプションに至らぬ(short of a military option)すべてのアクションを取る」です。17日にはスパイサー報道官が「トランプ政権は北朝鮮にはレッドラインを設けない」とまで言っていました。

イケイケどんどん破茶滅茶煽動パタンからのこの変化は何なのでしょう? 私はこれは、トランプ政権が看板こそトランプという破天荒なトリックスターの姿を維持しながらも(それが彼が当選できた理由でしたから)、その内実は密かに従来型の共和党政権に戻そうとしている、そんな兆候の最初の表れではないかと勘ぐっています。

人事を見ればわかります。大衆への煽りとフェイクニュースでトランプ政権の「性格」そのものだった"影の副大統領"スティーブ・バノン首席戦略官が国家安全保障会議(NSC)から外れたのは、習近平との米中首脳会談(6〜7日)が行われる直前でした。バノンが主導してきた入国禁止令やメキシコの壁、オバマケア撤廃などのブチ上げ型の政策はいずれもうまく行っていません。おまけにロシアゲートの影がつきまとうのです。

ロシアとの関係で辞任したマイケル・フリンの後釜となったマクマスターの入閣条件は、NSCの人事を自分に任せてほしいということでした。そこでバノンが外れ、ダンフォード統合参謀本部議長らが常任メンバーに戻った。マクマスターは陸軍中将、ダンフォードは海兵隊大将です。そこに同じく海兵隊大将だったジェイムズ・マティス国防長官がいて、トランプ政権の外交政策の主要な一端を担うことになったのです。

もう一端は石油メジャー最大手エクソンモービル会長だったティラーソン国務長官、そして「倒産王」と呼ばれた銀行家・投資家のウィルバー・ロス商務長官です。ロスはトランプを例のタージマハルホテルの借金地獄から救った男です。この産業界のやり手たちが文民・経済外交の担い手です。そしてそこには財務長官のスティーブン・ムニューチン、国家経済会議(NEC)議長のゲーリー・コーンといったゴールドマン・サックス(GS)出身の金融界が控えている。

結果、今どういうことが起きているかというと、中国との貿易戦争は起きておらず、選挙公約だった為替操作国指定も北朝鮮交渉の労に免じてペンディングされています。オバマ政権の遺産であるとして破棄すると言っていたイランと核合意は破棄に動いていず、在イスラエル米国大使館のエルサレム移転も聞こえてこない。つまりアメリカ政府の外交は、なんだか少し落ち着きを取り戻しているのです。

それもこれもバノンが外れ、代わりにイヴァンカとクシュナーの娘夫婦が台頭し、そこに従来の軍産共同体に金融も加わった軍産金共同体の思惑が結集し、より強大なハイパー共和党型の政策が実行されようとしているからではないのか? それが発足100日を経てやっとまとまりつつある、まさに旧態依然のエスタブリッシュメントとしてのトランプ政権の正体ではないのか?──それが今現在のトランプ政権に対する私の印象です。

でもそれは、エスタブリッシュメントでがんじがらめになった閉塞状況の中で、そこを打ち壊してもらいたいと願って彼を支持した白人労働者達には、いったいどう映るのでしょうね。

April 11, 2017

予測不能な2つの要素

オバマがシリアの化学兵器使用に軍事介入を模索した2013年から14年にかけ、当時のドナルド・トランプは武力攻撃に反対するツイートを19回も繰り返していました。それが今回、なぜ急に方向転換して60発ものトマホークを射ち込んだのでしょう?

ホワイトハウスの伝えたかった物語は「大統領は犠牲となった子供たちの姿を見て決断した」というものでした。トランプ自身はさらに「アサドのこの残虐行為はオバマの弱腰と優柔不断のせいだ」ともツイートして相変わらずのオバマ責め。でも自らの過去との矛盾には頰かむりを決め込んでいます。

子供たちは毎日、世界中で殺されています。アメリカ大統領が人間味溢れた優しい人物だというのは好ましいことですが、ならば大統領を動かすには彼に悲惨な動画を見せればよいということになります。そんなことはない。そこにはもっと政治的な判断が働いているはず、いや、働いていなければなりません。

タイムラインで確認しましょう。シリアで化学兵器が使われたのは米国東部時間で3日深夜のことでした。やがて全米にもその悲惨な状況が放送され始めます。

4日午前10時半、情報当局による定例ブリーフィングで大統領は女性や子供たちが犠牲になったという情報をビデオや写真付きで知らされたということになっています。トランプはここで何らか軍事行動を決心したようで、同日中にさらに国家安全保障会議(NSC)が招集され米国が取り得る選択肢を検討するよう指示しています。

5日はヨルダン国王との面会がありました。午後1時にホワイトハウスで共同会見があり、そこでトランプは「シリアは一線を超えた。レッドラインを超えた」と発言。すでに軍事行動の腹を決めていたと窺えます。NSCはその日、具体的な軍事作戦の絞り込みを行いました。そこで決まったのが必要最小限のピンポイント攻撃。戦線は拡大させないということです。

そして6日は最大のイベント、フロリダの例のマール・ア・ラーゴで2日間の米中首脳会談が始まる日でした。一方で午後4時、トランプはシリア空軍基地へのミサイル攻撃にゴーを出します。発射時刻は首脳会談の会食もデザートにさしかかろうとする午後7時40分。そうしてその時がやってきて、トランプは習近平にシリア攻撃を報告しました。

ところでトランプ政権はその前週に、アサド退陣は優先事項ではないとしてオバマ時代からの政策の転換を発表していました。シリア内のISIS(イスラム国)駆逐はアサドとロシアにやってもらうという計画。これはロシアゲートで失職したあのマイケル・フリン安保担当補佐官と"影の副大統領"とも言われたスティーヴ・バノン主席戦略官らの「アメリカ第一主義」一派の戦略でした。

その舌の根も乾かぬうちのアサドへの攻撃。米国はまた「世界の警察」に戻るのか、とも言われています。

いえ、そんなことはありません。これはすべて6日の習近平との会談に向けての行動だったのだと踏んでいます。なぜならシリア攻撃は、アサド政権が本当にサリンを使ったのかを確認してからでも遅くはなかった。むしろその方が国際社会(国連)をも納得させられました。なんといってもシリアは化学兵器を全廃したと国際機関(OPCW)によってお墨付きを得ていたはずなのですから。

しかしトランプ政権は攻撃を急ぎました。この性急な行動はいかにもトランプらしい交渉術に見えます。交渉に入る前に、相手にイッパツかましたのです。北朝鮮問題で、習近平との交渉で「北に対してもやるときはやる。だから速やかにかつ強力に働きかけを行え」という暗黙の、かつ強烈なメッセージを大前提として臨むためです。首脳会談の本題はその翌日に話し合われる予定でした。

トランプは支持率36%という異例の不人気にあえいでいました。不人気の米国大統領は支持率回復のために軍事行動に打って出るというのが常です。トランプはそこでずっと、まずは北朝鮮への軍事行動を仄めかしてきました。

ところが北朝鮮への武力行使はソウルと東京がミサイルの標的になる。難民は押し寄せ韓国のGDPはゼロになる。クリントン政権の1993年から検討されている攻撃計画はリスクが多くて実行不能というのが、この24年間変わらぬ結論です。だから北への強硬手段は、実はブラフでしかない心理戦なのです。

しかしそこに降って湧いたようにシリアの化学兵器使用疑惑が起きたのでした。おそらくトランプはこれで「物怪の幸い」とばかりにシリア叩きをひらめいたのでしょう。シリアはすでに紛争国で、ミサイルを射ち込んでも北朝鮮のようなドバッチリは少ない。おまけに米中首脳会談で中国による「北への圧力」の圧力にもなる。ひいてはシリアの向こうにいるロシア・プーチンに対しても、やるべき時にはやるという自分の毅然さを国内に示すことができて、それはロシアゲートの目くらましにもなるだろう。さらには「化学兵器」「赤ん坊殺し」というキーワードは民主党も反対できない絶対的な不正義だから国内の支持も多いはずだ。ヒラリーでさえニュースを受けてシリア攻撃を要求したのだから……と。

それが今回のトマホーク攻撃でした。結果、攻撃を支持する国民はCBSの調査で57%と過半数。政権支持率も微増したようです。

もう一つ、見逃せない変化があります。トマホーク攻撃までの3日間で、トランプ政権内で重大な人事の変更がありました。白人至上主義者でフェイクニュースでの情報操作も厭わぬスティーヴ・バノンがNSCから外れたという5日付けのニュースです(なんと、私は前回の2月のブログエントリーで、次に辞めるのはスパイサーかケリーアンかバノンかって呟いてるんですな、いや我ながら慧眼慧眼)。そこに本来のメンツであったはずの統合参謀本部議長のダンフォードと国家情報長官のコーツが加わることになりました。これを主導したのがフリンの後任に2月に安保担当補佐官となったマクマスター陸軍中将です。トランプに示した後任就任の条件がまさにこのNSC人事を主導することでしたから。

これはイスラム圏からの入国禁止やオバマケアの撤廃という選挙公約を画策したバノンや、反PC(政治的正しさ)路線の若きスピーチライター、スティーヴ・ミラー補佐官らの白人至上主義かつ反グローバリズムかつ破壊主義的ハチャメチャ一派がいま、トランプの娘イヴァンカとその夫ジャレッド・クシュナー、さらにその2人とつながるマクマスター、ジェイムズ・マティス国防長官、ダンフォードらの軍人閣僚に政権運営の主導権を奪われつつあるということです(実はその奥にもう一つ、国務長官のティラーソンや商務長官のウリルバー・ロス、財務長官のムニューチン、国家経済会議議長のゲーリー・コーンといった産業・金融界人脈が控えているのですが)。

さて、シリア攻撃を終えて現在、トランプは朝鮮半島周辺にカール・ビンソン、ロナルド・レーガンという空母2隻を展開させるなど、いまにも北朝鮮を攻撃するようなシフトを敷き始めました。

軍人というのは実戦の厳しさを知るので実は戦争を嫌います。北への攻撃など頭がおかしくなければできない、というのが24年変わらぬ結論であるということは先に述べました。おまけに北の軍事施設はこの間に地下に潜って攻撃困難となり、瞬時の無力化はまずもって不可能です。つまりアメリカによる平壌への先制攻撃は、次にソウルと東京にミサイルが飛んでくるという展開になります。東京ではそのとき国会、霞が関周辺で42万人が犠牲になります。

だからこそ戦争は、より無理になっているという状況は変わらないのです。

ただしそこでこれまでと変わったことが2つだけあります。それがトランプと金正恩という、2人の予測不能な指導者の登場です。お互いに頭がおかしいと思っているであろうその相手の出方を、お互いが読み間違える恐れはなきにしもあらず。トランプ政権内の軍人閣僚たちに期待するのは、そんな時の正気の状況分析と抑制力なのです。

February 15, 2017

対米追従外交

日米首脳会談に関して官邸や自民党は「満額回答」と大喜びです。安倍首相も帰国後のテレビ出演でトランプがゴルフで失敗すると「悔しがる、悔しがる」とまるでキュートなエピソードでもあるかのように嬉々として紹介していました。でも、これ、アメリカ男性にはよくある行動パタンなんですよね。「少年っぽくてキュートでしょ」と思わせたいというところまで含んだ……。

「満額」とされる日米の共同声明は日本政府がギリギリまで文言を練ってアメリカ側に提起したものでした。安保条約による尖閣防衛などに関してはすでにマティス国防長官の来日時に言質を取っていたものの、外交というものはとにかく「文書」です。文字に記録しなければ覚束ない。

対するトランプ政権はアジア外交の屋台骨もまだ定まっていませんでした。日本の専門家もいません。そこに日本の官邸と外務省が攻め込み、まんまと自分たちの欲しかったものの文書化に成功したわけです。

でも、その共同声明の中にひとつ気になる文言があります。

「核及び通常戦力の双方によるあらゆる種類の軍事力を使った日本の防衛に対する米国のコミットメントは揺るぎない」

日本政府は米国の核抑止力に依存していることは認めています。しかしここにある「核を使って」とまで踏み込んだ発言を、これまで日本はしていたでしょうか? 「抑止力」とは核を実際には使わずに相手の攻撃を防ぐ効果を上げる力のことです。でも、その「核」を「使う」と書いた。これは大きな転換ではないのでしょうか? どの日本メディアもその点について書いていないということは、私のこの認識が違っているのかもしれませんが。

いずれにしてもアベ=トランプの相性は良いようで、産経新聞によると安倍首相は「あなたはニューヨーク・タイムズに徹底的にたたかれた。私もNYタイムズと提携している朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った…」と言って、「俺も勝った!」と応じたトランプの歓心を得たとか得ないとか。

ただですね、報道メディアを攻撃するのはヒトラーの手法です。歴史的には褒められたもんじゃ全くないのですよ。

さて、マール・ア・ラーゴでの2日目のテラス夕食会で「北朝鮮ミサイル発射」の一報がホワイトハウスからトランプのもとに飛び込んできて、前菜のレタスサラダ、ブルーチーズドレッシング和えを食そうとした時にテーブルは慌ただしく緊急安保会議の場と化したんだそうです(CNNの報道)。その時の生なましい写真が会食者のフェイスブックにアップされて、一体こういう時の極秘情報管理はどうなんているんだと大問題になっています。安全保障上の「危機」情報がどうやって最高司令官(大統領)に届くのか、それがどう処理されるのか、というプロトコルは最高の国家機密です。つまりはアジア外交どころか絶対にスキがあってはいけない安保関連ですら、トランプ政権はスカスカであることを端なくも明らかにしてしまったわけです。大丈夫か、アメリカ、の世界です。

そこには血相を変えたスティーブ・バノン首席戦略官とマイケル・フリン安保担当大統領顧問も写り込んでいました。そしてそれから2日も経たないうちにそのフリンが辞任するというニュースも飛び込むハメと相成りました。

フリンはそもそもオバマ政権の時に機密情報を自分の判断で口外したり独断的で思い込みの激しい組織運営のために国防情報局(DIA)局長をクビになった人物です。当時のフリンを has only a loose connection to sanity(正気とゆるくしか繋がっていない)と評したメディアがあったのですが、事実と異なる情報を頻繁に主張したり、確固たる情報を思い込みで否定することが多く、そういうあやふやな情報は職員からは「フリン・ファクツ Flynn Facts」と呼ばれていました。まさに今の「オルタナティブ・ファクツ(もう一つ別の事実)」の原型です。

そんなフリンが昨年12月、オバマ大統領によるロシアの選挙介入に対する制裁があった際に、その解除についていち早く駐米ロシア大使と電話で5回も話し合っていたというのが今回の辞任の「容疑」です。そもそも彼は「宗教ではなく政治思想だ」と主張するイスラム教殲滅のためにロシアと手を組むべしという考えを持っていた人です。そのためにオバマにクビになってからはロシア政府が出資するモスクワの放送局「ロシア・トゥデイ」で解説役を引き受けたりもしていました。ロシアとはそもそも縁が深い。

今回の辞任は民間人(当時)が論議のある国の政府と交渉して、政府本来の外交・政策を妨害してはいけないというローガン法という決まりがあって、それに違反していると同時に、政策に影響を与えるような偽情報を副大統領ペンスに与えていた(ペンスには当初「制裁解除の交渉はしていない」と報告したそうですが、その後にその話は「交渉したかどうか憶えていない」と変わり、ならばそんな記憶力のない人物に安全保障担当は任せられないという話にもなりました。要は、法律違反、利敵行為、情報工作、職務不適格)という話です。まあしかし、それもフリンのそんな電話会議のことをペンスが承知の上だったなら副大統領までローガン法違反の”共犯”ということになりますから、それはそう言わざるを得ないのかもしれませんし。

つまり疑惑は辞任では収まらないということです。疑惑はさらに(1)こんな重要案件でフリンが自分一人の判断でロシア大使と会話したのか(2)その交渉情報は本当にトランプやペンスらに伝わっていなかったのか(3)ロシアとは他に一体何を話し合っていたのか、と拡大します。おまけにトランプ本人の例の「ゴールデンシャワー」問題もありますし。

実はトランプ陣営でロシア絡みで辞任したのは選挙期間中も含めこれでポール・マナフォート、カーター・ペイジに次いで3人目です。ここでまた浮かび上がるのがトランプ政権とロシアとの深い関係。だってトランプ自身も昨年7月の時点ですでにクリミア事案によるロシアへの制裁解除を口にしていたのですよ。この政権がロシアゲートで潰れないという保証はだんだん薄く、なくなってきました。

ところでそんな懸念はどこ吹く風、ハグとゴルフでウキウキのアベ首相は3月に訪独してメルケルさんに「トランプ大統領の考えを伝えたい」とメッセンジャー役を買って出る前のめりぶりです。トランプ政権の誕生で戦後日本の国際的な位置付けや対米意識により独立的な変化が訪れるのではないかと期待した向きもありますが、自民党政権によるアメリカ・ファーストの追従外交には、今のところまったく変化はないようです。

ところでこの「追従」って、世界的には「ついじゅう」と「ついしょう」の両方で捉えられています。就任1カ月もたたないうちにメキシコ大統領と喧嘩はする、オーストラリア首相とは電話会談を途中で打ち切る、英国では訪英したって議会演説や女王表敬訪問などとんでもないと総スカンばかりか英国史上最大の抗議デモまで起きるんじゃないかと言われている次第。こうして西側諸国から四面楚歌真っ最中のトランプ大統領が、アベ首相をキスでもしそうなくらいにハグし歓待したのも、そういう状況を考えると実に頷けるわけであります。

さあトランプ政権、次は誰が辞めさせられるのか? ショーン・スパイサーか、ケリーアン・コンウェイか、はたまたスティーヴ・バノンか──この3人が辞めてくれればトランプ政権もややまともになるとは思うのですが、しかしその時はトランプ政権である必要がなくなる時でもあります。アメリカは今まさに「ユー・アー・ファイアード」のリアリティ・ドラマを地で行っているような状況です。

January 25, 2017

今度はオルトファクト?

「オルト・ライト Alt-Right」だとか「脱真実 Post-Truth」だとかやたらと珍妙な政治用語に今度は「オルト・ファクト Alt-Fact」が加わりました。オルタナティヴ、つまり「そうじゃない、別の事実」ということでしょうか。

今回の出典はトランプ大統領就任式の人出についてのスパイサー新報道官の発言がきっかけです。オバマさんの最初の就任式(09年)の180万人に比して圧倒的に少ない「25万人ほど」とされたことに対し、この新報道官、「メディアがわざと過少な数字を報じている」「これは過去最大の就任式の人出だった、ピリオド」と、はっきり言ってキレ気味発言。

しかし空撮の写真を比較しても明らかなように(というか、オルトライトの連中はこの空撮写真自体をトリミングだとか角度が違うとかすり替えだとか加工だとか言ってるわけですが)、この過少報道内容は「事実」ではない。それを指摘されて、今度は同僚のケリーアン・コンウェイ新大統領顧問が「あなた方は虚偽だと言うが、スパイサーは別の事実 Alternative Fact を示したわけだ」とかばったのです。

それにしても「別の事実」って何だよ、それ?

スパイサー報道官の本音は「聴衆の数の話だけではない。トランプ大統領の信用性や大統領が示す運動を傷つけようという試みが常にある。非常にいら立たしいし、やる気をそがれる」ということらしいですが、こういう子供じみた対応はトランプ政権の「政権というものへの不慣れ」から生じる混乱です。

「政権」を起動させようとしているのかしていないのか、まるでいまもまだ選挙戦期間中ででもあるかのように全てを「勝ち負け」で考えるクセは続いており、相手の反応ばかりを追ってそれに対抗しようとすることだけが至上命題であるかのような浮ついた言動が目立ちます。就任式の人出のことなどどうでもいいことなのに、大統領自身まで「150万人はいた」と嘯くほど。そればかりかもう2ヶ月半も前に済んだ大統領選で、つい昨日の話です、改めて不法移民が300万から500万人投票したせいで総得票数でヒラリーに負けたとまた繰り返しているのです。

ロシアが握っているとされる例の「不名誉な情報」に関しては「裏も取れない情報をリークした」メディアを「ゴミ溜め」呼ばわりしたのに、「150万人」だとか「300万から500万人」だとかいう裏の取れない数字を発する自分の口は「ゴミ溜め」なんぞではなく、これはきっと「別の事実」製造器なのでしょう。オルトファクトとは、客観的とされる事実ではなく、自分に都合の良い解釈に基づく「事実」ということなのです。

本当にそんなことはもうどうでもいいのです。政権が発足してもう6日が経とうというのに閣僚はまだ3人しか議会承認されていません(しかも4人目に承認されそうなのは利益相反が最も危ういエクソンモービルのレックス・ティラーソンです)。オバマ時代もブッシュ時代も就任式時点で7人の長官が承認されていたのにです。

そのせいで各省庁とも引き継ぎがうまく行っておらず、国務省、国防総省、国家安全保障省といった喫緊の国際情勢を扱う省庁を中心にオバマ政権の次官・局長級の50人以上に暫定的な留任を依頼している状態。一方で在外米国大使は「新政権の顔」とばかりに全員を就任式時点で解任し、しかも新大使を決めきれずに大使不在状態が続いているというチグハグさ。

にもかかわらず簡単な手続きだけでどうとでもできる「大統領令」は就任直後から多発気味。オバマケア、TPP、そんな大問題をサイン1つで決めてしまってよいものなんでしょうか? だいたい、英国首相やメキシコ大統領、さらには安倍さんまでが続々と会談を望んで殺到するというのに、対応できる担当者さえまだわからないのです。そのくせホワイトハウスのウェブサイトからは、オバマ政権で培われてきたLGBTQの人権問題や気候変動などの環境問題に関する記述などが一斉に削除されました。

ことほど左様に政権交代を印象付ける意匠は派手やかに尽くされていますが、その中身のスカスカさは就任式の人出どころではありません。大丈夫なんでしょうか、アメリカ?

January 15, 2017

不名誉な情報

トランプ記者会見は日本ではとても奇妙な報道のされ方をしました。トランプにとって「不名誉な情報」のニュースが日本ではほとんど報道されないままだったので、彼と記者たちがなぜあそこまでヒートアップしているのかがまるでわからなかったのです。

で、彼の興奮は例によっていつもと同じメディア攻撃として報じられ、速報では「海外移転企業に高関税」とか「雇用創出に努力」とかまるで的外れな引用ばかり。NHKに至っては「(トランプは)記者たちの質問に丁寧に答えていた」と、一体どこ見てるんだという解説でした。

日本のメディアのこの頓珍漢は、米国では報じられていた「モスクワのリッツ・カールトンでの売春婦相手の破廉恥な性行為」が事実かどうか、裏が取れなかったことに起因しています。

日本のTVってそれほど「裏取り」に熱心だったでしょうか。例えば最近の芸能人らの麻薬疑惑。逮捕されれば即有罪のように断罪口調で飛ばし報道するのに、結果「検尿のおしっこがお茶だった」となると急に手のひら返しで「さん付け」報道。つまりはお上のお墨付き(逮捕)があれば裏は取れたと同じ、お上がウンと言わねば報じもしないというへなちょこでは、権力監視のための調査報道など、いくら現場の記者たちが頑張ったとしてもいつ上層部にハシゴを外されるか気が気じゃありません。

しかも今回のCNNの報道は、未確認情報を真実として報道したのではありません。CNNが報じたのはその未確認情報を米情報当局がトランプ、オバマ両氏へのロシア選挙介入のブリーフィングにおいて2枚の別添メモで知らせた、という事実です。これはトランプが指弾したような「偽ニュース」などではありません。しかもそれが大変な騒ぎになることは容易に予想できたのに日本のメディアはその事情すら報じ得なかった。

一方「バズフィード」はその「不名誉な情報」を含むロシアとの長期に渡る関係を記したリポート35枚をそのままサイトに掲載してしまいました。「米政府のトップレベルにはすでに出回っていた次期大統領に関する未確認情報を、米国民自らが判断するため」という理由です。

こちらは難しい問題です。「噂」を報じて国民をミスリードする恐れと、情報を精査して真実のみを伝えるジャーナリズムの責務と、精査できるのはジャーナリズムだけだというエリート主義の奢りと、そしてネット時代の情報ポピュリズムの矛盾と陥穽と。

いずれにしても日本のメディアは丸1日遅れで氏の「不名誉な情報」に関しても報道することになりました(裏取りは吹っ飛ばして)。その間にTVは勝手な憶測でトランプ氏を批判したり援護したりしていました。しかもCNNを排除した次の質問者の英BBCを、氏が「That's another beauty(これまた素晴らしい)」と言ったのを皮肉ではなく「ほめ言葉」として解説するという誤訳ぶり。BBCが「これまた素晴らしく」トランプ氏に批判的であることを彼らは総じて知らなかったわけです。

いや問題はそんなことではありません。問題の本質は、トランプがプーチン大統領に弱みを握られているのかどうか、米国政治がロシアに操られることになるのか、ということです。

真偽はどうあれ、今回の「暴露」でその脅迫問題云々がこの新大統領にずっと付きまとうことになります。いや、いっそのこと、「ああ、やりましたがそれが何か?」と開き直っちゃえばいいのにとさえ思います。そもそも女性器をgropingしたとかおっぱいを鷲掴みにしたとかしないとか、そんな山のような女性醜聞をモノともせずに当選したのです。「ゴールデンシャワー」など、脅しのネタなんかに全然ならないはずですからね。

January 06, 2017

「脱真実」の真実

米国にはCIAやFBI、その他国家安全保障省や各軍などに属する計17もの情報機関があります。そのいずれもが今回の大統領選挙でロシアのハッキングによる介入があったと結論づけているのですが、次期大統領ドナルド・トランプは、利益相反も懸念されるフロリダの自社リゾートホテルでの大晦日パーティー会場で、「私は誰も知らない情報を知っている」としてその介入がロシア以外のものであることを示唆し、その情報は「3日か4日にはわかる」と話していました。

1月6日現在、しかし彼しか知らないというその情報の確固たるものは開示されていません。それを紛らわすかようにトランプは「情報当局によるブリーフィングが金曜(6日)まで延期された」と、これまた延期された事実もない「情報」を、あたかも前述の情報に関連づけるかのようにツイートしていました。

「脱真実(Post-Truth)」とは、事実に裏打ちされた情報よりも自分にとって耳ざわりの良い恣意的な主張や解釈が好まれる世相のことです。非難と中傷が飛び交う大統領選が、脱真実の状況が拡大する格好の舞台を提供しました。フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディア(SNS)が最強の増幅器として機能したからです。

事実無根の情報を生み出すのは、既存のニュースサイトのように装った新興のネットメディアです。そこではアクセス数によって広告収入が得られるため、より多くの読者が飛びつくような"ニュース"が金ヅルです。そこで「ローマ法王がトランプ支持表明」「ヒラリー児童買春に関与」「ヒラリーとヨーコ・オノが性的関係」といった偽ニュースが量産されました。それらはSNSで取り上げらることで偽ニュースの元サイトがアクセス数で稼ぎ、それがサイト自身の拡大と増殖につながり、さらにそれがまたSNSで拡散し……というスパイラル構造が出来上がったのです。

情報サイト『バズフィード』(こちらはポッと出ではないニュース・サイトです)は、マケドニアの片隅でせっせとトランプ支持者受けする"ニュース"を紡ぎ出し、それらを無数のサイトから発信してカネ儲けをしていた十代の若者たちの姿をリポートしていました。それらを読みたがるのはヒラリーではなくトランプの支持者層でした。つまりこれは政治の話ではなく、経済の話だったのです。

トランプ政権入りのスティーヴ・バノンの関わる保守派サイト『ブライトバート・ニュース』も、そうした「脱真実」新興メディアの1つです。数多くの「バイアス報道」と「偽ニュース」を今も拡散しています。

偽ニュースの蔓延に対して、フェイスブックは先月、「ニュース」と思しき掲載情報の事実確認をABCニュースなどの外部のプロ報道機関とともに行うとに発表しました。でもそのABCニュースも、ブライトバートにかかれば「左傾バイアス」によって「ウソや捏造記事を歴史的に配信してきた企業」でした。つまりは「脱真実」を好む層にとって、ABCニュースやCNNなどの従来のニュースこそが、左寄りバイアスのかかる「偽ニュース」なのです。「事実を無視している」と言うその「事実」こそが、「バイアスのかかった事実」だと思われているわけです。

端的に言えばそのバイアスとは、黒人や女性や移民や性的少数者などの社会弱者(マイノリティ)たちの視点に立つバイアスです。つまりは「政治的な正しさ(PC)」の圧力です。実はそれこそが現在のジャーナリズムの立脚点です。それはトランプではなくヒラリーの標榜した「政治的な正しさ」でした。

一方、そこで捨て置かれていたのがマジョリティ(強者)の視点でした。つまり白人で男性で異性愛者の欧州系アメリカ人にとっての「事実」が不足していた。そこをブライトバートやトランプが掬い取ったのです。

それは「政治的に正しく」ないですが、彼らトランプ支持層の求める、彼らを主人公とする物語でした。「脱真実」とは「脱PC」のことであり、「PC」から自由な事実認識のことに他なりません。彼らの需要を満たして、それがカネと票とに繋がったのです。

その結果誕生した新しい大統領は、今度は「彼らの」というよりは冒頭の例のような、「自分の」読みたい物語を吹聴するツイートを連発するようになっています。かくして「脱真実」の傾向は米国で最大の権力者によって今年、さらに推進されることになります。その行方は誰にもわかりません。

January 01, 2017

1年後の明るい未来の夢

こんな恥ずかしい人物はいないと嫌悪する向きも多かったトランプ大統領でしたが、就任後ほぼ1年経った2018年の元日、予想に反してなかなかやるじゃないかという見方が広まっています。

最初は内政でした。オバマ前大統領の8年間とは真逆の政策は混乱もありましたが、それは長年続いた「政治的正しさ」のタブーを破ることの衝撃波のようなものです。オバマケアは早速上下両院で廃止の手続きが粛々と進められ、現在「トランプケア」と名前を変えた医療保険制度へとシフトしようとしています。共和党がもうそろそろその原案を出そうとしていますが、中身はあまりよくわからないですがきっとオバマケアより安価で広く行き渡るはずだと宣伝されています。オバマケアで新たにやっと医療保険を手に入れた2000万人の人たちも、それを廃止されて宙ぶらりんの状態の解消を今か今かと心待ちにしています。

さらには連邦法人税を35%から15%へと削減したことが功を奏したのでしょう、ダウは2万ドル越えで安定し、ウォール街はますます栄え、それに伴って社内留保を増やした大企業からは、ミット・ロムニーの夢見たトリクルダウン・マネーが社会の隅々に行き届く兆しが見えてきています。

もちろん背景には企業活動への各種の規制解除があります。トランプ政権は公約通りパリ協定など気候変動対策のムダな出費を停止しましたが、北極はだからと言って急にもっと融け出すわけでもなく、気候変動は人為的なものとは違う、大きな地球活動のうねりの一つに過ぎないことが周知されました。そこで国内でもシェールガスなどのエネルギー生産規制が次々と解除され、産業界は一段と活気を帯びたわけです。

当然の事ながら、水質汚染と先住民への環境正義が懸念されるとしてオバマ前大統領が中止したダコタ・アクセス・パイプラインの建設なども再開され、反対先住民を無視した強行手段は沖縄・辺野古移設問題での反対住民への対処の仕方と同じだとして安倍首相をも勇気づけました。

こうした経済第一主義は今後予定される道路や橋など国内インフレの大改修計画で加速が期待され、ラストベルト復興の予兆は国内の治安をも好転させています。

なにしろ犯罪歴のある200万人以上の不法移民をあっという間に強制送還したのです。残っているのはお墨付きの優良移民だけ。何と言っても銃の販売自由化が効果的でした。緩和された身元チェックでより多くの白人が簡単に重武装できるようになったのですから、一般の犯罪者ばかりかテロリストたちもすくみ上がるに決まっています。

驚いたのは国際関係です。ロシアのプーチン大統領に選挙で恩義のあるトランプ大統領はウクライナ・クリミア半島問題で実施されていた対ロ経済制裁をいち早く解除して、ロシアでも米国企業が自由に経済活動をできるようにしました。フロリダのトランプマンションではロシアの富豪たちが部屋を買い漁り、ロシア中でトランプホテルが建設ラッシュ。米露という超大国二国ががっちりとカネで結びつき、世界の不安要素を力づくで押さえ付けてくれるなんてことを、オバマ時代には予想できたでしょうか?

一方これに神経を尖らせるのが中国です。「一つの中国」など気にしないトランプ大統領はツイッターでも台湾総統と相互フォローの関係になりました。前代未聞のこの揺さぶりに中国も大量の米国債売却や中国内での米国企業規制強化などの脅しを試みましたが、トランプ大統領は「やれるものならやってみろ」と深夜の暴言ツイートを止めません。先読みできない滅茶苦茶に、カタブツ習近平と硬直した中国共産党は思考停止中のようです。おまけに世界の問題児・北朝鮮との関係も、こう着状態打破のためならトランプ大統領は金正恩に直接会ってもいいという神対応をほのめかして、これもまた歴史的なウルトラCが見られるかもしれません。

「政治的正しさ」よりも「まずはカネだ、ビジネスだ、取引だ」というトランプ流本音主義がどうも今後の世界の方向性のようです。人間、カネと仕事で満ち足りてさえいれば差別も憎悪も無くなるはず──それが新たな世界秩序なのかもしれませんね(ってホントかよ?)。

November 10, 2016

一夜明けて

一夜明けたアメリカは、まるで会う人会う人意気消沈して地下鉄も通りもなんだかゾンビがたむろしているような活気のなさでした。それが夕方6時からユニオンスクエアでの反トランプ集会がFBなどで呼びかけられ、あっという間に数千人が集まって五番街を北上してミッドタウンのトランプタワー前を埋め尽くしました。ヒラリー支持者層の多い都市部での反トランプ抗議デモがそうやって深夜を回っても続いています。カリフォルニアでもフィラデルフィアでもボストンでもシカゴでも、10代の若者たちも多い彼ら彼女らが口々に唱えているのは「Not Our President, We Didn't Vote You!(お前は私たちの大統領ではない。お前には投票しなかった!)」だったり「Dump Trump!(トランプをゴミ箱へ!)」です。性差別主義者で人種差別主義者のトランプを自分達の代表であるとなんかどうしたって認めたくないのです。その気持ちはとてもわかります。この国の分断はいま、内戦でも始まりそうな気運です。

いろんな言説が渦巻いています。総得票数ではヒラリーがわずかですが上回っていることで、アメリカが「トランプランド」というわけではないのだ、とか。確かにトランプは前回の共和党候補ミット・ロムニーの得票数を下回りました。つまり、前回オバマに投票した民主党の支持者たちがヒラリーにはそれほど投票しなかったというのがトランプ勝利の原因だということです。とするとヒラリーの敗因はまさに民主党支持者たちのほうにあるのですが、デモ参加者はそれでも「投票者の過半数がトランプではなくヒラリーに入れたのに、トランプが大統領だなんて言わないでほしい」と訴えます。

怒り、恐れ、不安、絶望、反感……今日のデモに表れたそんな参加者たちと同じ大きさの感情を、しかしおそらくトランプに入れた6000万人の半分は、すでにじっくりと、ゆっくりと、何年もかけて侵食されるような速度で感じていたんだろうと思うのです。それはこの民主主義の国で、民主主義的ではない経済がはびこり、そのせいで民主制度の恩恵から外されてしまったオハイオなどのラストベルト、あるいは中西部や南部の白人労働者たちの重苦しいストレス感情でしょう。それも、黒人よりも白人の労働者たちの方が疎外感は強いはずです。もともと民主制度の内側にいなかった黒人よりも、いたはずなのに気づけば民主主義から外されてしまった、弾き出されてしまったような白人労働者たちの絶望感というのは、違う意味で強く、痛みを伴うものだったはずです。

一方でいまデモをしている者たちは、言葉を持つ者たち、そしてそれを表明するショーウィンドウの都会という場所を持っている人たちです。彼らはこうして都会で抗議と怒りの集会もデモもできる。でも他方で、言葉も、それから集まってデモンストレーションを見せることのできる都会という場所も持たなかった彼らは、これまでずっと鬱屈を募らせるしかなかったのです。今回の投票はそんな彼らの積年の怒りのデモ(発露)だったわけです。

もう一つ、「6000万人の半分」と言いました。では別の半分は誰か? それはいわゆる中流以上のトランプ支持者です。彼らのトランプ支持はどういうものだったかというと、経済の民主主義をさらに遠のけ、富裕層は富裕層として安穏に暮らすための政治体制を望む者たちです。映画「イリジウム」で描かれたような、富裕層が生き残るためだけのセーフヘイヴンを志向する既得権者たちです。まさにトランプのいう「メキシコ国境の壁」の地域版です。その壁はつまり、排外主義、人種差別、「クッキーを焼かない女」たちへの侮蔑と嫌悪の象徴です。たとえそれを口にしなくても、それが隠れトランプの意味です。

もっとも、そんなふうに前者と後者がくっきり色分けできるわけでもありません。前者の中にも排外主義者や差別主義者は少なからず混在し、後者の中にも民主的な経済体制の再構築を望む者もいるはずです。隠れトランプとは、公には口にはできない隠れ排外主義、隠れ人種差別、隠れ性差別主義者のことです。そして昨日のブログで書いたように、民主的な経済システムからいつの間にか疎外されてしまっていた層はまた、民主的な情報システムからも疎外され、何が政治的な正しさなのか、どうしてそれが政治的に正しくかつ口にしてはいけないことなのか、納得できるような情報教育からも長く除外されていた者たちなのです。差別主義者であるのはただ単にそういう境遇の結果だったりもするのでしょう。「男が男らしくして何が悪いのか!」のその「男らしさ」の誤りも弊害も知りもせず教えられもしなかった人生。

トランプに票を投じた6000万人のうち、どれだけの数が非民主的経済的システムの犠牲者なのか、どれだけが逆に非民主的な経済体制をさらに推進して儲けることを考えている亡者なのか、それはわかりません。言えることは、トランプ自身は、人種差別主義で排外主義で性差別主義の後者だということです。前者の鬱憤を票としてうまく利用した、後者の代表です。前者の怒りは非民主的な経済から発した怒りでしたが、実際は、トランプというさらに非民主的な経済の体現者、差別と偏狭さの促進者を求めてしまった。それは「皮肉」というレヴェルの話ではありません。悲劇です。

トランプ勝利後、ノースカロライナ州ダーナムの壁に大書された落書きは「BLACK LIVES DON"T MATTER AND NEITHER DOES YOUR VOTES(黒人の命は大事じゃない。黒人の票だって同じだ)」というものでした。それは英語の文法的には本当は「Neither DOES your votes」ではなくて「Neither DO your votes」とすべきところです。

その愚かしさの持つ悲しさ。そしてそれを「愚かしい」と指摘できてしまう「知」の「上から目線」が彼らを怒らせた原因でもあるという、堂々巡りの「鶏と卵」です。どちらもがどちらもの原因であり結果であるという、種としての人間の「知」の限界です。

内戦状態のようなこの分断は、実はそんな怒りと怒りのぶつかり合いでは解決しません。大切なのは、政治的な民主主義と釣り合う、何にも増しての民主的な経済、そして民主的な情報共有と理解だったのです。

November 09, 2016

未来の新しい何か

開票からなんだか票の出方がやばいなあって思ってたんだよね。そうしたら日が変わって今度はミシガンやペンシルベニアまで持ってかれちゃう感じになって、てかその前からもうダメって感じだったんだけど、未明のタイムズスクエアはどんどん寒くなるし、お祭り騒ぎを期待して来た若者たちもまるで静かになるしで、まるでお通夜みたいになっちゃっててさ。

でも今もなんだかまだ冗談でも見てるような気がするんだな。だってトランプが大統領って、SF映画でアメリカが壊滅状態になっても誰も希望と再建の演説をしてくれる人がいなくなるってことでしょ。トランプみたいな大統領が登場する映画なんてコメディしかないでしょ? この価値観のでんぐり返り、どうするんだろ、ハリウッド。

それにしてもこの選挙、民主党と共和党ってこれまでは政策とか思想信条を基に「左右」で争ってきたんだけど、トランプ対ヒラリーは心理的というか心の動きの上での、理屈と感情、建前と本音、大脳皮質とその奥の原始的な反射脳、みたいな心の中の「上下」の層の争いみたいな感じがした。従来の政治的対立の構図とは違ってさ、なんかよくわからない下克上みたいな気がする。

正直、ダメだなこりゃ、と思った時の最初の感覚は、文化大革命やクメール・ルージュみたいな、やがて反知性主義革命が襲ってくるみたいな気分だった。そもそもこの選挙戦の初めに共和党自体がそんな下克上にメタメタにされたわけだしね。トリックスターがトリックスターの分を超えてキングになっちゃったわけだから。

本戦に入ってからのTV討論会だってまるで女と男の喧嘩だったし、でも実はそれが事の本質を衝いてたんだなとも思う。何かって言うと、トランプが「もうウンザリだ!」って唾棄して見せた「PC(政治的正しさ)」って結局、アメリカでは白人のヘテロセクシュアルの男たちの「この世界はオレ様のためにできてる」みたいな”独善”をことごとく否定するものだったわけでしょ? 「女は黙ってろ」とか「オカマは気持ち悪い」とか「黒人のくせに」とかメキシコ人のことを「オンブレ」と呼んだりとか。対してヒラリーはそういう「男」の非PCにことごとくケチつける嫌な女(ナスティ・ウーマン)の代表なわけ(と、少なくとも相手方の非PC頭はそう信じてた)。

そこに「なんでそんなこといちいち文句つけられるんだよ」と面白くない思いをしてきた層が食いついた。そうね、PCって80年代からだからここ30年くらい鬱憤をためてたんだ。「オレたちゃこの西部開拓の国の主人公だったのに、いつの間にか黒人や女やホモたちが偉そうにのさばるようになってよ」なんてさ。彼らは取り残されていたんだ。どうしてそんな「非PC」がダメなのか、誰も教えてくれないし考えることもしなかった。その思いを政治にする言葉も持たなかった。それを代弁してくれる政治家なんかトランプが現れるまでいなかったんだ。もう共感するしかないよね。そんな層が結構な数、ずっと鬱々と潜在していたことを、PCまみれの頭のいいエラいさんたちには(天才統計学者のネイト・シルバーを含めて)まったくわからなかったんだろうな。

するってえと、これは、黒人、女性、ゲイ(LGBTQ+)に続く、アメリカにおける(精神的かつ最大数の)被抑圧層の、遅れてきた大解放運動だったのかもしれないわね。確かにそれ(解放)はアメリカの伝統ではあるんだし。ただ、蓋を開けてみたら思いの外たくさんいた、なんとも奇妙な変形「マイノリティ=白人異性愛男性」運動……。トランプが白人女性層の票を集めたってのはあまり関係ない。白人異性愛男性主義の女性はたくさんいるわけだし。

こないだトランプ支持のある弁護士さんと話してて、彼が言うんだ。「この社会はもう飽和状態で閉塞状態で、内側からはどうにもできない。内側からは腐るだけだ。だからトランプみたいに外側から壊す奴が必要なんです」って。「でも、彼があぶり出した憎悪や差別はどうするんです?」と聞くと「そんな憎悪は昔からあるんですよ。この国はそういう差別や排斥感情を表沙汰にすることで解決してきたんです。トランプはそのための劇薬。アメリカ社会はそんな彼をも消費してゆくはずだと思う」。でも、劇薬にもほどがあるだろうさね。「それはそうだけど、ヒラリー支持者たちはそういう劇薬を使うのが怖い保守派、旧守派なわけですよ。私はトランプでもアメリカは大丈夫だと思います」とね。

ほとんどのトランプ支持者は彼ほどには後のことを考えてない。ただ一票を使って既成社会、上部社会にファックユーを叫びたかっただけかもしれない。後は野となり山となっても、トランプが開発してくれると期待して。でもその期待はきっと叶わなくてもいいんだ。どうせ失うものはとっくに失い終えているんだしって。

そう、トランプは革新候補だったんだよ。すでに未来の「新しい何か」しか残っていない彼らには。

そんなこんなでタイムズスクエアから帰ってきてからも日本のラジオやテレビに「トランプ大統領」の現地報告やら解説やらしてて、朝の9時過ぎになってやっとベッドに入った頃から友人たちがそろそろ起きだしたんだろう、ひっきりなしにテキストやLINEや電話がかかってくるんだよね。「ねえ、どうなるの、一体?」とか「クレイジー!」とか、ショックと不安を共有したいんだろう、とりとめもない放心状態で。若いゲイの子は「ねえ、またクローゼットに戻らなきゃダメなんでしょうか?」って。いやはや。

トランプを支持した者たちにとっての新しい何かは、新しい何かだからと言って常に素晴らしいものとは限らない。それが大問題なわけですわ。「Make America Great Again」のその「Great」は、すでに葬り去ったはずの「偉大さ」であって、新しい偉大さにはなりえないわけだから。

9.11に続いて、11.9という、アメリカの価値観の大転換を、二度も目の当たりにしているわけか。

長く居すぎたな。さてさて私はアメリカを去って、日本への拠点移動の準備をしますわね。クリントンから始まり、クリントンで終わる。

しかし、女性大統領を見たかったな、ほんと。

November 01, 2016

「女嫌い」が世界を支配する

投票日11日前というFBIによるEメール問題の捜査再開通告で、前のこの項で「勝負あったか?」と書いたヒラリーのリードはあっという間にすぼみました。州ごとの精緻な集計ではまだヒラリーの優位は変わらないとされますが、フロリダとオハイオでトランプがヒラリーを逆転というニュースも流れて、なんだかまた元に戻った感じでもあります。

だいたい今回のメール問題の捜査対象は、ヒラリーの問題のメールかどうかもわかっていません。ただFBIがまったくの別件で捜査していたアンソニー・ウィーナーという元下院議員の15歳の未成年女性を相手にしたエッチなテキストメッセージ(sexting)問題で彼のコンピュータを調べたところ、中にヒラリーのメールも見つかったので、それをさらに捜査しなくてはならない、というだけの話なのです。もっと詳しく言えばそのウィーナーのコンピュータは彼が妻と強要していたもので、かつその妻がヒラリーの側近中の側近として働いてきたフーマ・アベディンという、国務長官時代は補佐官を務め、今は選対副本部長である女性なんですね。ということで、そのアベディンのメールも調べることになっちゃう。だからその分の捜査令状もとらなくちゃならない、ということで、「ヒラリーのメール問題」とすること自体もまだはばかられる時点での話なのです。

つまりそのメールが私用サーバーを使った国家機密情報を含んでいるものとわかったわけでもなんでもないのですが、とにかくFBIのジェイムズ・コミー長官は自分の机の上に10月半ばまでに「ヒラリーのメールがあった」という書類が上がってきたものだから、これはこのまま黙殺はできない。捜査はしなくてはならないが、捜査のことを黙っていたりその情報自体を黙殺でもしたら後で共和党陣営にヒラリーをかばうためだったと非難されるに決まっている。しかしだからと言って捜査を開始したと言ったら選挙に影響を与えてしまうとして民主党側からも非難される。どっちが自分のためになるか、おそらく彼は苦渋の決断をしたんだと思います。その辺のジレンマの心境は実は彼がFBIの関係幹部に当てた短文のメールが公表されているのでその通りなんでしょう。でも、それは保身のための決断だった印象があります。

そもそもFBIの捜査プロトコルでは、捜査開始のそんな通告を議会に対して行う義務はないし、むしろ選挙に関係する情報は投票前60日以内には絶対に公表しないものなのです。つまり彼はヒラリーの選挙戦に悪影響を及ぼしても自分が職務上行うことを隠していたと言われることを避けた。そちらの方がリスクが高いと判断したんでしょう。つまりリスクの低い道を選んだわけです。誰にとってのリスクか? そりゃ自分にとってのリスクです。つまり保身だと思われるわけです。

で、週末にかけて、アメリカのメディアはコーミーのそんな保身を責めたり、いや当然の対応だと擁護したりでこの問題で大騒ぎです。

ところが問題はもう1つ別のところにあります。

8年前のヒラリー対オバマの大統領選挙の時も言ってきましたが、なぜヒラリーはかくも嫌われるのか、という問題です。なぜ暴言の絶えないトランプが支持率40%を割ることなく、2年前には圧勝を噂されたヒラリーが最終的にかくも伸び悩むのか?

この選挙を、「本音」と「建前」の戦いだと言ってきました。「現実」と「理想」とのバトル。そしてその後ろで動いているのが、もう明らかでしょう、実はアメリカという国の、いや今の世界のほとんどの国の、拭いがたい男性主義だということです。これまでずっとアメリカという国の歴史の主人公だった白人男性たちが今や職を奪われ、家を失い、妻や子供も去って行って、残ったのが自分は男であるという時代錯誤の「誇り」だけだった。いや、職も家も妻子も奪われていなくとも、もうジョン・ウェインの時代じゃありません。当たり前と思ってきた「誇り」は今や黒人や女性やゲイたちがアイデンティティの獲得と称してまるで自分たちの所有する言葉のように使っています。そこで渦巻くのは、アイデンティティ・ポリティクスに乗り遅れた白人男性たちの、白人(ヘテロ)男性であることを拠り所とした黒人嫌悪であり女性嫌悪でありゲイ嫌悪です。ヒラリーに関してもこの女嫌いが作用しているのです。

マイケル・ムーアの新作映画『Michael Moore in Trumpland』で、彼も私と同じことを言っていました。ムーアは昨年、映画『Where to Invade Next?』を撮るためにエストニアに行ったそうです。かの国は出産時の女性の死亡率が世界で一番少ない国です。なぜか? 保険制度が充実しているからです。アメリカでは年間5万人の女性が死んでいるのに。

そこの病院を取材した時にムーアは壁にヒラリーの写真が飾ってあることに気づきます。彼女もまた20年前に同じ目的で同じ病院に来ていたのです。国民皆保険制度を学ぶために。一緒に写る男性を20年前の自分だと言う医師がムーアに言います。「そう、彼女はここに来た。そして帰って行った。そして誰も彼女の話を聞かなかった。それだけじゃない。彼女を批判し侮辱した」

20年前、国民皆保険導入を主導したヒラリーは一斉射撃を浴びました。「あなたは選ばれてもいない、大統領でもない。だから引っ込んでいろ」と。それから20年、アメリカでは保険のない女性が百万人、出産時に亡くなった計算です。保険制度を語る政治家は以来、オバマまで現れませんでした。

ムーアは言います──ヒラリーが生まれた時代は女性が何もできなかった時代だった。学校でも職場でも女性が自分の信じることのために立ち上がればそれは孤立無援を意味した。だがヒラリーはずっとそれをやってきた。彼女はビルと結婚してアーカンソーに行ってエイズ患者や貧者のための基金で弁護士として働いた。で、ビルは最初の選挙の時に負けた。なぜか? 彼女がヒラリー・ロドムという名前を変えなかったから。で、次の選挙でヒラリーはロドム・クリントンになった。で、その次はロドムを外してヒラリー・クリントンになった。彼女は高校生の頃から今の今までそんないじめを生き抜いてきたのだ、と。

そんな彼女のことを「変節」と呼ぶ人たちが絶えません。例えば2008年時点で同性婚に反対していたのに今は賛成している、と。でも08年時点で同性婚に賛成していた中央の政治家などオバマをはじめとして1人としていなかったのです。

マザージョーンズ誌のファクトチェッカーによればヒラリーは米国で最も正確なことを言っている主要政治家ランキングで第2位を占めるのですが、アメリカの過半が彼女を「嘘つきだ」と詰ります。トランプは最下位ですが、どんなひどい発言でも「どうせトランプだから」の一言で責めを逃れられています。同ランク1位のオバマでさえ再選時ウォール街から記録破りの資金提供を受けていたのに、企業や金融街との関わりはヒラリーに限って大声で非難されます。大問題になっているEメールの私用サーバー問題だってブッシュ政権の時も同様に起きていますが問題にもなっていません。クリントン財団は18カ国4億人以上にきれいな飲み水や抗HIV薬を供与して慈善監視団体からA判定を受けているのに「疑惑の団体」のように言われ、トランプはトランプ財団の寄付金を私的に流用した疑惑があってもどこ吹く風。おまけにこれまで数千万ドル(数十億円)も慈善団体に寄付してきたと自慢していたトランプが実は700万ドル(7億円)余りしか寄付をしてこなかったことがわかっても、そんなことはトランプには大したことではないと思う人がアメリカには半分近くいるのです。

これは一体どういうことなのでしょう? よく言われるようにヒラリーが既成社会・政界の代表だから? 違います。だって女なんですよ。代表でなんかあるはずがない。

嫌う理由はむしろ彼女が女にもかかわらず、代表になろうとしているからです。ヒラリーを嫌うのは彼女が強く賢く「家でクッキーを焼くような人間ではない」からです。嫌いな「女」のすべてだからです。「女は引っ込んでろ!」と言われても引っ込まない女たちの象徴だからです。違いますか?

日本では電車の中で化粧する女性たちを「都会の女はみんなキレイだ。でも時々、みっともないんだ」と諌める"マナー"広告が物議を醸しています。みっともないと思うのは自由です。でもそれを何かの見方、考え方の代表のように表現したら、途端に権力になります。この場合は何の権力か? 男性主義の権力です。男性主義を代表する、男性主義の視線そのものの暴力です。「都会の女はみんなキレイだ。でも時々、みっともないんだ」は、どこをどう言い訳しても、エラそうな男(的なものの)の声なのです。

ヒラリーが女であること、そしてまさに女であることで「女」であることを強いられる。それはフェアでしょうか?

この選挙は、追いやられてきた男性主義がトランプ的なものを通して世界中で復活していることの象徴です。私が女だったら憤死し兼ねないほどに嫌な話です。そしてそれはたとえ7日後の選挙でヒラリーが勝ったとしても、すでに開かれたパンドラの箱から飛び出してきた「昔の男」のように世界に付きまとい続けるストーカーなのです。

October 10, 2016

勝負あったか?

前回、トランプに対するジャーナリスムの総攻撃が始まったと書きました。トランプをここまでのさばらせたのもマスメディアです。いざとなったらその落とし前をつけて、アメリカのジャーナリズムは選挙前に事実チェックでトランプ降ろしを始めるだろうと言ってきましたが、まさにそれが今度はワシントン・ポストによって実践されました。しかも今度は「Grab them by the pussy」という発言の録音ビデオです。

この問題はトランプによる一連の女性蔑視発言ではありません。「わいせつ」発言です。

ピューリタンが建国した米国で「卑猥な人格」は致命的でさえあります。たとえ「ロッカールーム・トーク」だと弁明しても、それは血気盛んなプロアスリートでも人気の芸能人でもありません。大統領候補です。

共和党のポール・ライアン下院議長はこれを受けて第2回討論会の席でなんと「投票先未定者」の聴衆席に座り、翌日には「トランプを支持しないし選挙応援もしない」と態度を変えました。彼だけではありません。トランプ支持取りやめは共和党の中でどんどん拡大しています。

背景には大統領選と同時に行われる下院選と上院改選があります。トランプへの嫌悪で、本来の共和党支持者たちが実際の投票所でトランプを支持する共和党の候補者たちの名前を選ぶことを忌避するかもしれない。それを避けるために自ら「そんなトランプは支持しない」と表明しておく必要があるわけです。ライアン下院議長もその辺りを睨んで、「今後は下院での過半数を確保することに集中する」と方針転換したわけです。

第2回討論会は実際、自分のことは棚に上げて全ての質問とその答えを相手への個人攻撃に転じさせたトランプにクリントンも応酬して下世話感甚だしく、メディアのコメンテイターが口々に形容するところによれば「テレビ放送が始まった1960年以降で『最低』『前代未聞』のもの」になりました。

象徴的なシーンはその「わいせつ発言」を責められたトランプが「俺は言葉だけだが、ビル・クリントンは実行したんだからもっとひどい」と言い返したところです。まるで小学生のようなすり替え、責任転嫁。もう1つは自分が大統領になったらEメール問題でヒラリーに特別検察官を立てて再捜査させるとするトランプに彼女が「彼のような感情的な人間がこの国の法の番人でなくてよかった」と言った際、「俺ならお前を牢屋に入れちゃうからな」と横槍を入れたシーンです。

政敵を刑務所に入れるのは民主主義ではない独裁国家の話です。これほど反アメリカ的な(あるいは子どもっぽい敵意剥き出しの)発言は「前代未聞」なのです。

クリントンとトランプの支持率の差は調査によっては11とか15ポイントの差まで広がりました。この時点での2桁の差は、とうとう勝負あったかの感さえあります。

しかしここで考えなければならないのは、トランプ支持層の中核をなすとされる、これまで政治になど関心のなかった学歴のない白人男性労働者層の他に、実はかなり知的な層にも「隠れトランプ支持者」がいるのではないかという説です。

ニューヨークなどの民主党の牙城の大都会で、おおっぴろげにトランプ支持を話せる人は多くはありません。お前はバカかと言われるのがオチです。ところが、"知的"に考えれば考えるほど「人権が第一」「移民も平等に」「差別はいけない」と言った「政治的正しさ(PC)」が行き詰まりを迎えるのは確実だ、と思っている人も相当数いるはずです。また、おそらくは富裕層(あるいは中流層以上)であろうそんな"知的"な人たちが、富裕層への課税を増やすというクリントンに反発し、税制を始めとして富裕層の自分自身が損をしないような政策しか絶対にとらないであろうトランプの方を支持するのはさらに確実だと思われるのです。

つまりは表向き「国のためにはクリントン」のPC顔をしながら、いざ投票となったら「自分のためにトランプ」支持に回ることも大いにあり得る。極端な格差社会とはそういうものです。解消できっこない、ならばこの道の延長戦でも、自分の世界だけはカネの力を使ってでも確保しておきたい、それが「神は自ら助くる者を助く」であると。

最後の3回目の討論会は19日のラスベガスですが、残念なことにそこでの焦点は経済ではなく外交問題です。彼らにトランプへの投票を確実にさせるような話題ではありませんが、しかしトランプ支持層というのは"知的"であろうがなかろうが、討論会はどうでもいい層なのかもしれません。だいたい彼は政策のことなどはなから全く話してなんかいないのですから。

October 03, 2016

ジャーナリズムの総攻撃が始まった

大統領選挙があと一月で決着します。ここにきて大手メディアが相次いで「トランプ大統領阻止」の論陣を張り、総攻撃を行っている感もあります。

驚いたのはUSAトゥデイです。ご存じのようにこの新聞は全米50州すべてで発行されていてどのホテルに泊まってもだいたい置いてあります。創刊34年というまだ新しい新聞ですが発行部数は190万部。政治的中立を謳ってこれまでの大統領選挙でどんな候補への支持も表明してきませんでした。曰く「私たちはその方針を変える必要性を感じてきませんでした。今の今までは(...Until Now.)」と。そして新聞社論説委員室の全員一致の総意として「トランプ候補は大統領として不適格」と結論付けています。しかもその理由の列挙で、「気まぐれで発言する」「偏見を振りまく」と続いた後で最後に「シリアル・ライアーである」と、まるで「シリアル・キラー(連続殺人犯)」みたいな「嘘つき魔」認定。結果、「彼には投票すべきではない」と明言しているのです。

激戦州かつ重要州のオハイオ州でも、これまで1世紀近く共和党候補しか支持してこなかった大手紙「シンシナティ・エンクワイアラー」がヒラリー支持に回りました。カリフォルニア州で148年間も共和党候補を支持し続けてきた「サンディエゴ・ユニオン・トリビューン」もヒラリー支持。アリゾナ州最大手の「アリゾナ・リパブリック」紙も創刊126年の歴史で初めて、さらに「共和党(リパブリカン)」というその新聞名の由来にも反して、トランプを「能力も品位もない」と断じました。ブッシュ元大統領の出身地であり最大の保守州であるテキサス州でさえ、主要紙「ダラス・モーニング・ニュース」が「トランプ氏の欠点は次元が違う」としてヒラリー支持という「苦渋の選択」をしました。大手メディアで正式にトランプを推したものは10月3日時点ではまだ存在しません(ヒラリーは30紙以上)。共和党予備選の時点ではマードック率いるニューズコーポレーションの「NYポスト」やゴシップと宇宙人ネタで売る「ナショナル・エンクワイアラー」など4紙が彼を支持していたのですが。

そんな中でトランプの連邦所得税の納税回避の可能性がNYタイムズによってスクープされました。発端は9月23日に同紙ローカルニュース担当記者に届いたマニラ封筒です。封筒はトランプの会社のもので、差出人の住所もマンハッタンの「トランプタワー」。中にあったのは、これまでトランプ陣営が公表を拒否してきた1995年の納税申告書のコピー3ページ分。そこにあった申告所得額は「9億1600万ドル(916億円)の赤字」でした。

当時の税制度では不動産会社がこうした巨額損失を計上した場合、その赤字を翌年以降に繰り越して、1年に5000万ドル(50億円)を上限としてその年の利益と相殺することが出来ます。つまり毎年の利益がその範囲内なら18年以上に渡って税金を納めなくてもよい計算になるわけです(ちなみにそれ自体は法律違反ではありません)。

さて、どこの誰が何のためにこんなコピーをタレ込んだのでしょう? トランプ陣営及び企業の内部の人間であることは間違いないでしょう。投票間際でも支持者離れを加速させるような暴言を繰り返すトランプのことです、これまでの選挙戦で十分パブリシティ効果も得られたことだし、今後のビジネスもそれで安泰。ひょっとしたら本当は面倒臭い大統領になんかはこれっぽっちもなりたくなんかなくて、「妻のメラニアに出させたんじゃないの?」という陰口まで聞こえています。いやはや。

ジャーナリズムの総攻撃が始まった

大統領選挙があと一月で決着します。ここにきて大手メディアが相次いで「トランプ大統領阻止」の論陣を張り、総攻撃を行っている感もあります。

驚いたのはUSAトゥデイです。ご存じのようにこの新聞は全米50州すべてで発行されていてどのホテルに泊まってもだいたい置いてあります。創刊34年というまだ新しい新聞ですが発行部数は190万部。政治的中立を謳ってこれまでの大統領選挙でどんな候補への支持も表明してきませんでした。曰く「私たちはその方針を変える必要性を感じてきませんでした。今の今までは(...Until Now.)」と。そして新聞社論説委員室の全員一致の総意として「トランプ候補は大統領として不適格」と結論付けています。しかもその理由の列挙で、「気まぐれで発言する」「偏見を振りまく」と続いた後で最後に「シリアル・ライアーである」と、まるで「シリアル・キラー(連続殺人犯)」みたいな「嘘つき魔」認定。結果、「彼には投票すべきではない」と明言しているのです。

激戦州かつ重要州のオハイオ州でも、これまで1世紀近く共和党候補しか支持してこなかった大手紙「シンシナティ・エンクワイアラー」がヒラリー支持に回りました。カリフォルニア州で148年間も共和党候補を支持し続けてきた「サンディエゴ・ユニオン・トリビューン」もヒラリー支持。アリゾナ州最大手の「アリゾナ・リパブリック」紙も創刊126年の歴史で初めて、さらに「共和党(リパブリカン)」というその新聞名の由来にも反して、トランプを「能力も品位もない」と断じました。ブッシュ元大統領の出身地であり最大の保守州であるテキサス州でさえ、主要紙「ダラス・モーニング・ニュース」が「トランプ氏の欠点は次元が違う」としてヒラリー支持という「苦渋の選択」をしました。大手メディアで正式にトランプを推したものは10月3日時点ではまだ存在しません(ヒラリーは30紙以上)。共和党予備選の時点ではマードック率いるニューズコーポレーションの「NYポスト」やゴシップと宇宙人ネタで売る「ナショナル・エンクワイアラー」など4紙が彼を支持していたのですが。

そんな中でトランプの連邦所得税の納税回避の可能性がNYタイムズによってスクープされました。発端は9月23日に同紙ローカルニュース担当記者に届いたマニラ封筒です。封筒はトランプの会社のもので、差出人の住所もマンハッタンの「トランプタワー」。中にあったのは、これまでトランプ陣営が公表を拒否してきた1995年の納税申告書のコピー3ページ分。そこにあった申告所得額は「9億1600万ドル(916億円)の赤字」でした。

当時の税制度では不動産会社がこうした巨額損失を計上した場合、その赤字を翌年以降に繰り越して、1年に5000万ドル(50億円)を上限としてその年の利益と相殺することが出来ます。つまり毎年の利益がその範囲内なら18年以上に渡って税金を納めなくてもよい計算になるわけです(ちなみにそれ自体は法律違反ではありません)。

さて、どこの誰が何のためにこんなコピーをタレ込んだのでしょう? トランプ陣営及び企業の内部の人間であることは間違いないでしょう。投票間際でも支持者離れを加速させるような暴言を繰り返すトランプのことです、これまでの選挙戦で十分パブリシティ効果も得られたことだし、今後のビジネスもそれで安泰。ひょっとしたら本当は面倒臭い大統領になんかはこれっぽっちもなりたくなんかなくて、「妻のメラニアに出させたんじゃないの?」という陰口まで聞こえています。いやはや。

September 10, 2016

いつか来た道

北朝鮮の核実験やミサイル発射でこのところ日米韓政府がにわかに色めき立って、韓国では核武装論まで出ているようです。日本での報道も「攻撃されたらどうする?」「ミサイル防衛網は機能するのか?」と「今ここにある危機」を強調する一方で、どうにも浮き足立っている感も否めません。

でも少し冷静になれば「攻撃されたらどうする?」というのは実はこれまでずっと北朝鮮が言ってきたことなのだとわかるはずです。戦々恐々としているのは北朝鮮の方で、彼らは(というか"金王朝"は)アメリカがいつ何時攻め込んできて体制崩壊につながるかと気が気ではない。何せ彼らはイラクのサダム・フセインが、リビアのカダフィが倒されるのをその目で見てきたのです。次は自分だと思わないはずがありません。

そこで彼らが考えたのが自分たちが攻撃されないための核抑止力です。核抑止力というのは敵方、つまり米国の理性を信じていなければ成立しません。理性のない相手なら自分たちが核兵器を持っていたら売り言葉に買い言葉、逆に頭に血が上っていつ核攻撃されるかわからない。しかし金正恩は米国が理性的であることに賭けた。

実はこれはアメリカと中国との間でかつて行なわれた駆け引きと同じ戦略なのです。冷戦下の米国は、朝鮮戦争時の中国への原爆投下の可能性を口にします。その中で中国が模索したのが自国による核開発でした。米ソ、中ソ、米中と三つ巴の対立関係の中で、核保有こそが相手側からの攻撃を凍結させる唯一の手段だと思われたのです。

そうして60年代、中国はロケット・ミサイルの発射実験と核爆発実験とを繰り返し、70年から71年にかけて核保有を世界に向けて宣言するわけです。それこそがどこからも攻め込まれない国家建設の条件でした。

慌てたのはアメリカです。どうしたか? 71年7月、ニクソン政権のキッシンジャー大統領補佐官が北京に極秘訪問し、それが翌72年のニクソン訪中へと発展するのです。米中国交正常化の第一歩がここから始まったのです。

今の北朝鮮が狙っているのもこれです。北朝鮮という国家が存続すること、つまりは金正恩体制が生き延びること、そのために米国との平和協定を結び、北朝鮮という国家を核保有国として世界に認めさせること。おまけに核兵器さえ持てば、現在の莫大な軍事費を軽減させて国内経済の手当てにも予算を回すことができる。

もちろん中国とは国家のスケールが違います(実際、アメリカが中国と国交を回復したのはその経済的市場の可能性が莫大だったせいでもあります)が、北朝鮮の現在の無謀とも見える行動は、アメリカに中国との「いつか来た道」をもう一度再現させたいと思ってのことなのです。

そんなムシのよい話をしかし米国が飲むはずもない。けれどいま米韓日の政府やメディアが声高に言う「北朝鮮からいまにも核ミサイルが飛んでくるかもしれない」危機、というのもまた、あまりにも短絡的で無駄な恐怖なのです。そんな話では全くないのですから。

さてではどうするか? 国連による経済制裁も実は、北朝鮮と軍事・経済面でつながりを持つアフリカや中東の国々では遵守されているとは言いがたく、そんな中での日本の独自制裁もそう圧力になるとは思えません。たとえ制裁が効果を持ったとしても国民の窮乏など核保有と国家認知の大目的が叶えばどうにでもなる問題だと思っている独裁政権には意味がないでしょうし、中国も手詰まりの状態です。なぜなら金正恩は金正日時代の条件闘争的な「瀬戸際外交」から、オバマ政権になってからの放置プレイにある種覚悟を決めた「開き直り外交」にコマを進めたからです。「いつか来た道」の再現には「この道しかない」わけですから。

金正恩の一連の行動は全て、動かないオバマの次の、新たなアメリカ大統領に向けてのメッセージなのだと思います。さて、彼女は/彼は、どう対応するのでしょう。

August 27, 2016

オルトライト?

大統領選はどんどんうんざりする方向に進んでいます。ここでもトランプvsクリントンの選挙戦を何度も「本音と建前の戦い」と説明してきましたが、このトランプ勢力の本音主義、白人男たちの言いたい放題の感情主義を具現する集団を、クリントンがとうとう「オルトライト(alt-right)」と名指しして批判しました。

「オルトライト」とは「オルタナティヴ・ライト Alternative Right」つまり「もうひとつ別の右派」「伝統的右翼とは違う右翼」のことで、本当は右翼かどうかも疑わしいのですが、この5〜6年、自分たちでそう呼んでくれと自称していた人たちのことです。トランプと同じく「政治的正しさ(Political correctness)なんか構ってられない」と、あるいはアメリカの主人公だった白人男たちの特権を取り戻せと、つまり「アメリカを取り戻す!(Make America Great Again!)」と言っている人たちです。

右翼とは本来、保守、愛国、国家主義を基盤としていますが、この「オルトライト」たちには今のアメリカ国家は関係ありません。白人のアメリカだけが重要なのです。したがって「黒人や有色人種はDNAからいって劣っているから差別されて当然」「移民・難民とんでもない」。それだけだと昔からある白人至上主義と似ていますが、彼らは女性差別も当然だと言ってはばからない。反フェミニズム、男性至上主義も取り込んでいるのです。

なにせ、彼らの理想の国は「女性が従順な日本や韓国」なのだそう。それだけではありません。ツイッターなど彼らのSNS上のアイコンはなぜか日本のアニメの女の子であることが多く、しかも日本のネット掲示板「2ちゃんねる」を真似た「4チャンネル」なる掲示板を作って好き勝手な差別的方言暴言で盛り上がっています。新作の女性版「ゴーストバスターズ」の映画で、ヒロインの1人の大柄な黒人コメディエンヌ女優の容姿をさんざんな悪口で侮辱、罵倒して、彼女がツイッターをやめると言うまでに追い込んだ輩たちもこの「オルトライト」たちです。

こういうと何か連想するものはありませんか? そう、日本でさまざまな差別的ヘイト・スピーチを繰り返す「ネトウヨ」と呼ばれる連中のことです。「ネット右翼」=匿名をいいことにネットを中心に辺り構わず差別的言辞を繰り返し、標的のSNSアカウントを「炎上」させては悦に入っている輩ども。

こちらも「右翼」という名が付いてはいるものの、本来の「保守」主義からは程遠く、「反日」「愛国」と叫びはしますが平和を唱える今上天皇をも「反日」認定したりと、まったく支離滅裂。むしろそういう真面目な主義主張や信条をからかうこと自体を面白がる傾向すらあります。

実際、「オルトライト」の名付け親とも言われる人物は、今回クリントンが名指しで批判したことに対して「やっと大統領候補みたいな大物政治家にも存在を認められた」と言って喜ぶのですからどうしようもありません。

反知性主義、排他主義、男性主義、そういうものが世界中で同時発生的に増殖しています。30年前のネオナチから続く流れにポップカルチャーが混じり込み、それにネットメディアが「場」を与えたのかもしれません。そのせいで今、アメリカの共和党が崩壊の危機にあります。

今回の大統領選挙は、そんな傾向に対抗する言説がどれだけ有効かを見る機会かもしれません。ただ、それにしてはクリントンの好感度がどんどん下がって、対抗言説どころの話ではなくなっているのが冒頭の「うんざり」の原因なのですが。

August 01, 2016

「トランプ大統領」の可能性

週をまたいでの共和、民主両党の全国大会が終わって、トランプ、クリントン両候補の正式な指名が決まりました。計8日間、演説だけでそれぞれが4日間ぶっ通しの大会を開けるという(しかもそのすべてをテレビがニュース中継するという)のは、アメリカという国の政治の言葉の強さを改めて思い知らされた感じです。

しかし「言葉が強い」というのは対立をもまた鮮やかに浮かび上がらせるもので、日本的な「まあまあ」も「なあなあ」も通用しない各4日間でした。トランプの共和党大会では歴代大統領やその候補たち主流派の重鎮の多くが欠席し、アイオワやコロラドなどの代議員たちも抗議の退場。クリントンの民主党でもサンダーズ派によるブーイングや退場騒ぎもありました。

さて、あと100日ほどで行われる11月の選挙の行方はどうなるのでしょう。最新の世論調査では支持率では再びクリントンがリードし、70%の確率でクリントンが大統領になるとの予想もあります。

しかしあえて気になる数字を挙げれば、実は大統領選挙というのはだいたい50%〜55%の投票率で推移しているということです。つまり総投票数は1億人から1億3千万人ほどで、民主、共和両党候補の得票数の差は、2000年のブッシュ対ゴアでは55万票という小差(しかも得票数ではゴアが勝っていました)、04年のブッシュ対ケリーでは300万票差、08年のオバマ対マケインでこそ1千万票という久々の大差でしたが、前回の12年オバマ対ロムニーではまた300万票差に戻りました。つまりいずれもかなりの僅差なのです。

両党で色濃い分裂と混乱で、実は58%もの有権者がトランプ・クリントンの2候補による選挙に不満を持っているという数字があります。すると今回の投票率は50%かそれ以下になる可能性もあります。つまり、それだけ少ない得票で大統領への道が開ける。つまりわずか数百万票の新たな掘り起こしで大統領の椅子はぐっと近づく。本当は州ごとの細かい分析が必要なんですがね。

ただし、それを起こしたのが2000年のブッシュ陣営でした。当時の敏腕選挙参謀カール・ローブは、それまで選挙になど行ったことのないキリスト教福音派の400万票を掘り起こしたと言われています。それが激戦州の要所要所で利いた。

それと同じ現象がトランプの予備選で起きました。予備選でのトランプの獲得票数は総投票数ざっと3000万票中の1400万票でした。この3000万票というのは共和党の予備選挙ではかつてない多さで、この増えた数百万票分はほとんどがトランプ票だったのです。

トランプ支持層の核は教育水準の低い白人労働者層とされます。この人たちは日頃から生活に不満を持ちながらもそれを政治に結びつける術を知らなかった人たちです。エリートが立候補する選挙にも「どうせ自分たちは関係ない」と無関心だった人たち。

それが今回は俄然、自分たちと同じような言葉でしゃべるテレビで知る顔が立候補して、エラそうな「政治的正しさ」連中をさんざんこき下ろしてくれている。

「そうじゃなくても黒人が大統領だなんて気に食わなかった。それが今度はオンナが大統領になるだなんてどういうことだ? アメリカの主人公は白人の男たちだったはずだ。それがいつの間にか隅っこに追いやられて、ああ、腹が立つ。俺たちのアメリカを取り戻そう!」なのです。

その人たちが数百万人分、そっくりトランプ票に上乗せされるとしたら? しかもこれまでより低い投票率の中で? それがこのままトランプ現象が続いた場合の私の”懸念”です。

July 19, 2016

分裂する共和党をつなぐもの

クリーブランドの共和党大会は波乱の幕開けでした。CBSの人気トークショーホストのコメディアン、スティーブン・コルベアが大会リハーサルの最中に突然、映画「ハンガー・ゲーム」の司会者役の扮装で勝手に壇上に上がり込み、「ハンガーゲームの始まり〜!」と叫んで退場させられるという一幕がありました。もちろんトランプをめぐる一連の共和党内の〝骨肉の殺し合い〟を皮肉ったものです。

波乱は開会後も続きました。反トランプ派の代議員が予備選の結果にとらわれずに投票できるよう規則を変更せよという〝反乱〟を起こそうとして叶わず、一斉に会場を立ち去るという事態が起きたのです。おまけに大統領経験者のブッシュ親子やブッシュ弟ジェブ、元大統領候補のロムニー、マケイン両氏ら重鎮も「アイスクリーム・パーティーがある」(何と重大な用件でしょう!)とか「仕事がある」とかいう理由で大会に姿を見せませんし、予備選を戦った地元のケーシック・オハイオ州知事でさえ目と鼻の先にいながら欠席なのです。

共和党内だけではありません。党大会にスポンサー支援していたコカ・コーラやペプシコ、フェデックス、ビザ、アップル、フォードなど数十の法人や個人が今回はスポンサーを降りました。これで資金不足に陥った大会準備委員会が、600万ドル(6億円)もの援助を共和党支持の大富豪、カジノ・ホテル王のシェルドン・アデルソンに依頼したという手紙も先週暴露されました。それもこれも、女性や移民、障害者などのマイノリティに関するこれまでのトランプの差別コメントが原因です。

そもそも共和党は福音派などのキリスト教右派とか男性主義を貫こうとする銃規制反対派だとか、政府はカネを使うような余計なことはするな(=オレたちから余計な税金は取るな)式の小さな政府主義のリバタリアンとかネオリベの大企業や富裕層とか、あるいは異人種異文化を嫌う白人主義の南部・中西部の労働者層とか、利害も思惑も向いてる方向もまったく違う人々の奇妙な集合体なのですが、その微妙な均衡状態がトランプという稀代のトリックスターの登場で崩れてきているのです。そんな分裂を象徴するかのように、共通する団結の象徴はただ一つ、「Lock Her Up!(あの女を牢屋に入れろ!)」と、メール問題のヒラリー・クリントンへの敵対心を連呼することでした。いわばそれだけがこの共和党全国大会の全員共通のテーマなのです。

最新の世論調査ではトランプvsクリントンという二者択一に、58%もの有権者が不満を持っているという結果が出ました。こうした状況で、いま最も不気味なのがこれまでの大統領選で何度も共和党の黒幕として動いてきた大富豪コーク兄弟の動向です。石油化学産業「コーク・インダストリーズ」のこの経営者兄弟はともにフォーブズの富豪十傑に入る大金持ち。というか会社は上場していないので、全部が親族経営で自分たちのもの。結果、2人合わせると計800億ドル(8兆円)という資産を持っているとされるのです。これは世界一の大富豪ビル・ゲイツの資産750億ドルをも凌駕する額です。

そのコーク兄弟は予備選ではずっと茶会系のテッド・クルーズを応援し、かつ、彼らが支援する共和党政治家を金持ちにシッポを振る「操り人形」とコケにした(もちろん自分はカネがあるからそんな必要はない、と自慢する)トランプを毛嫌いしてきました。

しかしここにきてトランプが副大統領候補として選んだのがインディアナ州のマイク・ペンス知事でした。実はこのペンスがコーク兄弟と昵懇で、本選挙でこれまでのように自費で選挙費用を捻出し続けるのがとうとう困難になってきたトランプにとって(彼の資産は40〜50億ドルほどでしかありません)、コーク兄弟との重要なパイプ役を果たすのではと言われているのです。ひょっとしたらこの「カネ」こそが、共和党の内部分裂を繋ぎ止める、「クリントン」以外のもう一つの共通項かもしれません。「カネ」を仲介させて、トランプはコーク兄弟と、すなわち共和党の中央とがもう一度手を結ぶ。仮面の結託。何せコーク兄弟にとって、毛嫌いの度合いはトランプなんかよりもずっとビル&ヒラリー・クリントンの方が強いのですから。

もっとも、このトランプ=コーク連合は間違いなくクリントンにとっても絶好の攻撃材料になります。それはトランプがこれまで攻撃してきたエスタブリッシュメントとの、トランプ自身の結託だからです──しかしまあ、トランプの支持者層というのはそんな「矛盾」を気にするような繊細な人たちではありませんが。

May 24, 2016

広島と謝罪と「語られていない歴史」

共同通信のアンケートで、広島や長崎の被爆者の8割近くの人たちがオバマ大統領に原爆投下への謝罪を求めないと答えました。「謝罪しろと言ったら来ないだろうから」と言う人もいました。確かに原爆ドームや展示館は、「来る」だけで何らかの思いを強いるものでしょう。

日本人は原爆を落とされた後の「結果」を見る。アメリカ人は原爆を落とす前の「原因」を見る。で、今も原爆投下を日本の早期降伏のために必要だったと考える人はアメリカに今も56%います。

でも同じアメリカ人でも44歳以下では投下を正しくなかったと答える人の方が多くなってきました。そんな世論と世代の変化を背景にオバマ大統領が広島で犠牲者を追悼します。これはアメリカ(大統領)が、原爆を落とした「結果」について触れる初めてのことでもあります。

もっとも、アメリカは第二次大戦前も今も同じ国体を保っています。同じ「国」が、自分の過去を謝罪することは、そこから続く現在の国のあり方を謝罪することにもなって論理的に難しい。1945年の前と後では国体の異なる今の日本が、違う国だったあの「大日本帝国」の慰安婦問題やバターン死の行進、南京虐殺を謝罪するのとは意味が全く違うわけです。

さて、それでもオバマ大統領が広島訪問にこだわったのは、もちろん就任直後に核廃絶を謳った09年のプラハ演説(ノーベル平和賞を受賞したきっかけです)の締めくくりを任期最後の年に行いたいという思いがあったのでしょう。でもこの間、世界の事情は大きく変わりました。「イスラム国」の台頭で核兵器は米ロ中といった国家間での交渉だけの問題ではなくなりました。世界の核管理の問題がより複雑になり、そこに北朝鮮やイランなどの不確定要素も加わって、核廃絶の道は遅々として進まないままです。

日本の事情もありました。鳩山政権時の09年にオバマ大統領が広島訪問を日本側に打診した際には、当時の藪中外務次官がルース駐日大使に「反核団体」や「大衆」の「期待」を「静めなければならない」ため「時期尚早」と自ら断っていたのです。民主党政権の得点になるようなことを、一官僚が個人的な忖度で回避したのだという見方もあります。

その後もオバマ大統領は広島訪問を探りますが、やがて与党に返り咲いた自民党・安倍首相が靖国参拝を断行したりハドソン研究所で「私を軍国主義者と呼びたい人はどうぞ」とスピーチしたりで日米関係は最悪になります。

それでもオバマ政権の嫌悪感をよそに憲法改定への道を探りたい安倍首相は、集団的自衛権の容認及び法制化で、米国(特に国防省)に擦り寄る作戦に出ました。同時に米国(これは国務省です)の強い要請のあった懸案の韓国との表面上の和解も果たして、外交的にも鎮静化を図ります。そうして伊勢・志摩サミットの開催で、オバマ広島訪問のお膳立てがそろったのです。

米側、というよりも任期最後の大統領の個人的な思いと、安倍首相の狙う平和憲法改定へ向けての参院選挙あるいは衆参同時選挙のタイミングが、ここで合致します。そこで広島の平和記念碑の前で日米トップのツーショットが世界に発信されるのです。この辺の安倍政権の算段は、偶然もありましょうが実に見事と言わねばなりません。

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実は71年前の原爆投下の後で、7人いるアメリカの5つ星元帥及び提督の6人までが(マッカーサーやアイゼンハワー、ニミッツらです)原爆は軍事的に不必要で、道徳的に非難されるべきこと、あるいはその両方だと発言しています。その中の1人、ウィリアム・リーヒー提督は、原爆使用は「"every Christian ethic I have ever heard of and all of the known laws of war.(私の聞いたすべてのキリスト教的倫理、私の知るすべての戦争法)」に違反していると指摘し、「The use of this barbarous weapon at Hiroshima and Nagasaki was of no material assistance in our war against Japan. In being the first to use it we adopted an ethical standard common to the barbarians of the dark ages.(この野蛮な兵器を広島・長崎で使用したことは、日本に対する我らの戦争において何ら物理的支援ではなかった。これを使用する最初の国になることで、我々は暗黒時代の野蛮人たちに共通する倫理的基準を採用したのだ」とまで言っています。

これらはアメリカン大学のピーター・カズニック教授の「The Untold History of US War Crimes」(米国の戦争犯罪に関する語られない歴史)というインタビュー記事に中に出ています。

それによれば、戦争末期には日本の暗号はすべて米側に解読されていて、日本の軍部の混乱がつぶさにわかっていたのです。マッカーサーは「日本に対し、天皇制は維持すると伝えていたら日本の降伏は数ヶ月早まっていただろう」と発言しています。実際、1945年7月18日の電報傍受で、トルーマン大統領自身が「the telegram from the Jap emperor asking for peace.(日本の天皇=ジャップ・エンペラーからの和平希望の電報)」のことを知っていました。トルーマンはまた、欧州戦線の集結した1945年2月のヤルタ会談で、スターリンが3か月後に太平洋戦争に参戦してくるのに合意したと知っていました。その影響の大きさも。4月11日の統合参謀本部の情報部の分析報告ではすでに「If at any time the USSR should enter the war, all Japanese will realize that absolute defeat is inevitable. ソ連の参戦は、日本人すべてに絶対的な敗北が不可避であることを悟らせるだろう」と書いてあるのです。

さらに7月半ばのポツダムで、トルーマンはソ連の参戦を再びスターリンから直に確認しています。その時のトルーマンの日記は「Fini Japs when that comes about. そうなればジャップは終わり」と書いてあって、翌日には家で待つ妻宛の手紙で「We'll end the war a year sooner now, and think of the kids who won't be killed. 今や戦争は一年早く終わるだろう。子供達は死なずに済む」と書いていました。もちろん、日本の指導者達はそのことを知らなかったのです。

そして広島と長崎の原爆投下がありました。マッカーサーは広島の翌日に自分のパイロットに怒りをぶつけているそうです。そのパイロットの日記に「General MacArthur definitely is appalled and depressed by this Frankenstein monster. マッカーサー元帥は本当にショックを受けていて、このフランケンシュタインの怪物に滅入っていた」と記されていました。「フランケンシュタインの怪物」とは、人間の作ってしまったとんでもないもの、つまりは原爆のことです。

ただし、原爆が日本の降伏を早めた直接の契機ではなかったのです。46年1月、終戦直後の米戦争省の報告書は(最近になってワシントンDCの米海軍国立博物館が公式に見つけたものです)"The vast destruction wreaked by the bombings of Hiroshima and Nagasaki and the loss of 135,000 people made little impact on the Japanese military. However, the Soviet invasion of Manchuria … changed their minds."(広島と長崎の爆弾投下によってもたらされた広範な破壊と13万5千人の死は日本の軍部へ少ししか衝撃を与えなかった。しかし、満州へのソビエトの侵攻こそが彼らの意見を変えた)として、日本の降伏を早めたのは原爆ではなくてソ連の満州侵攻だったのだと分析しています。

あの当時、戦争の現場にいて原爆の非情な威力を目の当たりにした軍部のトップ達はおそらく自分たちの軍が犯したその行為の「結果」に、恐れをなしたのだと思います。それはしかし、取り返しも何もつくものではなかった。だから歴史を「語り直す」作業がそこから始まったのでしょう。「日本は原爆によって降伏を早めたのだ」と。「日本の本土決戦で奪われたであろう50万人のアメリカ兵の命と、やはり犠牲になったであろう数百万人の日本人自身の命をも救ったのだ」と。

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今は語られていないその歴史も、「戦争」を冷静に見ることのできる世代が育ち上がればやがて米国の正史になるかもしれません。それはひょっとすると数年先のことかもしれません。

でもその前に、次に安倍首相が真珠湾で謝罪し、さらに「トランプ大統領」が回避されれば、という条件が必要でしょうが。

April 20, 2016

個人的なことは政治的なこと

ニューヨークの予備選では「勝ち方」が問題でした。クリントンもトランプも有利が伝えられていましたから、あとはどのくらいの差で勝利するかだけがポイントでした。特に両候補とも直前の他州での”負け方”が気になっていたので、トランプはこのままでは7月の党大会の前に大議員数で過半数に達しないのではという懸念が生まれていたのでなおさらです。

民主党のクリントンとサンダーズの場合は得票率の差が二桁になるか一桁になるかがカギでした。十数%ポイントならクリントンの強さが示されて指名獲得へやっと最終ストレッチに入ることになります。逆に10%ポイント以下ならサンダーズの強さが改めて示され、まだもつれる可能性がありました。開票直後のCNNは独自の出口調査からかその差が開いていないとしてクリントンに当確を打つのをためらっていたから、クリントン陣営はヒヤヒヤだったでしょう。もっとも、結果はCNNの出口調査を全く裏切る15%ポイント差と、予想以上の大差でしたが。

一方の共和党はさすがに「ニューヨークの価値観」を非難した宗教右翼クルーズを選ぶわけにもいかず、トランプ以外に投票する積極的な動機はなかったのでしょう。かろうじてケイシックが2位につけたのはニューヨークの”良心”だったでしょうか。しかし60%もの得票率でNY州代議員95人をほぼ総取りできたのは、危ぶまれた指名獲得を引き戻した感もあります。

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それにしても今回の選挙で思うのは人々の個人的な本音の思いの強さです。ロングアイランドシティ、イーストリバー沿いのサンダーズの集会に行って話を聞くと、みんな口々に「政治的革命だ」と言います。「解決策(リゾルーション)がないなら革命(リボリューション)だ」というTシャツのアフリカ系の女性もいました。「クリントンはウォール街から巨額の選挙資金を受け取っているから金持ち優遇を止められるはずがない」と吐き捨てる黒人男性もいました。確かに1回の講演料が20万ドルとか30万ドルとか言われ、昨年から3回講演したゴールドマン・サックスでは計60万ドル(現レートで6600万円)が支払われたというので「こりゃダメだ」と思ったかつての支持者たちのサンダーズ流れが加速してもいるのでしょう。

上位1%の富裕層が世界全体の富の半分以上を所有していると言われます。先日、ボストン大学で講演してきましたが(私の講演料は数百ドルですw)、そこで聞いたのは米国の大学の授業料はいまや年間6万ドルもして、学生たちには卒業時には10万ドル台のローンがのしかかっているという話でした。聴衆の学生たちは中国の富裕層の子女もかなり目立ちました。講演が終わって雑談や立ち話になって、その中の1人の女子学生がニューヨークでいちばんの日本レストランはどこかと聞いてきました。私が「東京レベルの素晴らしい店もあるけど、すごく高いよ」と応えると、「大丈夫、お父さんに頼むから」と言われました。

若者たちにさえそんな歴然とした格差が存在する。そしてそれは米国内だけではなく世界単位で進んでいます。私たちを取り巻くそんな現状にはもう処方箋など残っていず、「革命だ」と叫ぶ以外にないような気がするのはわかります。

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何度も言いますが、米国はそうした個人の本音を公的な建前に昇華して歴史を作ってきた国です。黒人奴隷の問題は「私」的財産だった黒人たちが公民権という「公」の人間になる運動に発展しました。女性たちは60年代に「個人的なことは政治的なこと」というスローガンを手にして社会的な存在になりました。そして同性愛者たちも「個人的な性癖」の問題ではなく人間全部の「性的指向」という概念で社会の隣人となり結婚という権利をも手にしました。

それらの背景には私的な問題を常に社会的な問題に結びつけて改革を推し進めようという強い意志と、それを生み出し受け止める文化システムがありました。「私」と「公」の間に回路が通っている。そうでなければ「本音」はいつまでたってもエゴイズムから旅立てません。その双方向の調整装置が最大に稼働するのがこの4年ごとの大統領選挙なのでしょう。

日本ではなかなかこの私的な「本音」が公的な「建前」に結びつきません。「建前」はいま「偽善」だとか「嘘」だとかという意味が付随してしまって、人々から軽んじられ、嫌われ、疎まれてさえいる。

しかし考えてもみてください。理想、理念はすべて建前の産物です。「人権」も建前、「差別はいけない」も建前、「平等」も「公正」も「正義」もみんな建前を追求して獲得してきたものです。ところがそういうもの一般が、日本ではあまり口にされない。口にする人間はいま「意識高い系」と呼ばれて敬遠されさえします。だから問題を言挙げすると「我慢している人もいるのに自分勝手だ」「目立てばなおさら事態が悪くなる」と足を引っ張る。そうして多くの個々人が感じている不具合は、公的に共有され昇華されるより先に抑圧される。

日本をより美しくするにはこの「私」と「公」とをつなぐ回路を作らねばなりません。「個人的なことは政治的なこと The Personal is Political.」という50年も前の至言を知らねば、いまアメリカで起きているこの「革命」めいた混乱を理解することもできないのだと思います。

March 22, 2016

サフランから広がる世界

世界で最も高価なスパイスであるサフランは小売りだと1gで15ドルから40ドルもします。高いものだと金やプラチナにも匹敵する値段です。そのサフランが、タリバンとの戦いで荒廃したアフガニスタンで大量に栽培されていたことを知る人はあまりいません。そこに気づいたISAF(国際治安支援部隊)の若い米兵たちが退役後の今、現地のサフラン農家を組織・支援し米国のトップ・レストランなどへの販路を展開する会社を設立して注目を浴びています。現地農家はこれで収入が3倍になり女性の雇用も開拓、米側も高品質純正サフランを安価で入手できる、誰にとってもウィンウィンのビジネスです。

退役米兵が設立したのは「ルミ・スパイス(RUMI SPICE)」(本社・シカゴ)。アフガニスタン北西部ヘラート地区の農家に接触し、これまでに35軒と契約を結びました。CEOのキムバリー・ジュンさん(29)は6年前にアフガニスタンで治安部隊として地域再建と女性の社会進出の仕事に関わりました。そこには同僚兵で共同創設者となるエミリー・ミラーさん(29)=現最高広報責任者=もいて、退役後、ともにハーバード・ビジネススクールに入ってMBAを取得しました。そんな頃に、もう一人の共同創設者となるキース・アラニズさん(33)=現社長=からスカイプがかかってきたのだそうです。

当時アラニズさんはまだアフガニスタンで米陸軍の兵務に就いていて、彼女たちと頻繁に連絡を取り合っていました。ジュンさんは「アフガニスタン支援でやり残してきたことがたくさんあると気にかかっていた」と話します。アフガニスタンのサフランを米国市場につなぐというアイディアはその中で生まれました。それが会社という形になったのが、2年前、2014年の3月でした。

ジュンさんはそれから何度もアフガニスタンへ飛んで現地の農家と交渉する一方、サフラン畑の水事情を改善する専門家も雇います。さらに手作業で雌シベだけを選り分けねばならないサフランのために、これまでに現地の75人もの女性雇用を新たに創り出しました。「女性の社会進出と地位向上も私たちの目標の一つなのです」とミラーさんも言います。

ところでアフガニスタンの社会問題の1つはタリバンの資金源たるアヘンの密造です。原料となるケシ栽培根絶のために米国政府はこれまで9000億円も支援拠出してきましたが、タリバンは毎年200億円をも密売アヘンから得ています。「ルミ・スパイス」の目的はこのケシ栽培を、より高価なサフラン(クロッカスの一種)に置き換えることでもあります。

発足から2年、このユニークな事業がニューヨークのトップ・シェフたちの目に止まらないはずがありません。これまでに「ブーレイ」「ル・ベルナルダン」「ダニエル」「グラマシー・タヴァーン」などザガット、ミシュランの錚々たるトップ組がこぞって仕入先を「ルミ」に変更。その品質はシェフ、デヴィッド・ブーレイ氏も「色も最高、香りも最高。アフガン農家の誇りを感じる」と太鼓判を押しています。同社サイト(http://www.rumispice.com/)もサフランとオレンジのスープからサフラン・マキアートやサフラン・ウォッカ・カクテルまで、ユニークなレシピを紹介してネット販売顧客は全米4万世帯に及ぶとか。またホールフーズなどの大手スーパーなどの一般小売販路も拡大中です。

アメリカは世界中でいろんな横暴なこともやりますが、それとは別に、各々の善意をビジネスの形で実現しようというアメリカ人の個人的なアイデアと実行力にはいつも感嘆せざるを得ません。

February 23, 2016

丸山発言のヤバさ

CNNが「日本の国会議員が『黒人奴隷』発言で謝罪」という見出しで報道した自民党の丸山議員の発言は、大統領=オバマ=黒人=奴隷という雑な三段(四段?)論法(というか単純すぎる連想法)が、人種という実にセンシティブな、しかも現在進行形の問題で応用するにはあまりにもお粗末だったという話です。たとえ非難されるような「意図」はなかったとしても、そもそも半可通で引き合いに出すような話ではありません。とにかく日本の政治家には人種、女性、性的マイノリティに対するほとんど無教養で無頓着な差別発言が多すぎます。

この人権感覚のなさ、基準の知らなさ具合というのは、何度もここで指摘しているようにおそらく外国語情報を知らない、日本語だけで生きている、という鎖国的閉鎖回路思考にあるのだと思います。日本では公的な問題でもみんな身内の言葉で話すし、そういう状況だと聞く方も斟酌してくれる、忖度してくれる→そうするとぶっちゃけ話の方が受けると勘違いする→すると決まって失言する→がその何が失言かも勉強しないまましぶしぶ謝罪して終わる→自分の中でうやむやが続く、という悪循環。そういう閉鎖状況というのは昭和の時代でとっくに終わっているはずなのに、です。

かくして丸山発言は当事者の米国だけではなく欧州、インド、ベトナム、アフリカのザンビア等々とにかく全世界で報じられてしまいました。

このところこのコラムで何度も繰り返している問題がここにもあります。日本では本音と建前の、本音で喋るのが受けるという風潮がずっと続いています。建前は偽善だ、ウゾっぽい、綺麗事だ、とソッポを向かれます。だから本音という、ぶっちゃけ話で悪ぶった方がウケがいい。

しかし世界は建前でできています。綺麗事を目指して頑張ってるわけです。綺麗事のために政治がある。そうじゃなきゃ何のために政治があるのか。現状を嘆きおちょくるだけの本音では世界は良くなりはしない。

まあ、トランプ支持者にはそういう綺麗事、建前にうんざりしている層も多いのですが、CNNはじゃあこの丸山議員はわざと建前を挑発して支持者を増やそうとする「日本のトランプなのか?」と自問していて、しかし、そうじゃない、単に「こうした問題に無関心かつ耳を傾けないこの世代を象徴する政治家だ」と結論づけているのです。

さてしかし私は、今回のこの丸山発言、問題は報道されたその部分ではなくて実はその前段、「日本がアメリカの51番目の州になり、日本州出身の大統領が誕生する」と話した部分なんだと思います。

発言はこうです。日本が主権を放棄して「日本州」というアメリカの「51番目の州」になる。すると下院では人口比で議員数が決まるからかなりの発言力を持つし、上院も日本をさらに幾つかの州に分割したらその州ごとに2人が議員になれるから大量の議員役も獲得できる。さらに大統領選出のための予備選代議員もたくさん輩出するから「日本州出身大統領」の登場もおおいにあり得るぞという話。そこでこの「奴隷でも大統領になれる国」という発言が飛び出すのです。

日本がアメリカの属国状態だというのは事実認識としてわかりますが、しかし「日本が主権を放棄する」って「売国」ですか? いやもっと言えば、売国するフリしてアメリカを乗っ取ってしまおう、って話じゃありませんか?

これはヤバいでしょ。しかしそこはあまり問題にならないんですね(日本のメディアが詳報しないんで外国通信社もそこを報道しないため気づかれていないということなんでしょうが)。ま、日本のメディアが報道しないのは、そういうのはどうせ居酒屋談義だと知ってるからでしょうけど、政治がこういう居酒屋談義、与太話で進んでいる状況というのはいかがなんでしょうか。そして何より、この丸山発言に対して、当の自民党が総裁を始め幹部一同まで明確にはたしなめも断罪もしないという状況が、対外的メッセージとしてはそれを容認しているということになってしまって(まあ、事実そうなんですけど)さらにヤバいと思うのですが。

February 16, 2016

映画『あん』を観て

帰国便の機内で河瀬直美監督の「あん」という日本映画を見ました。永瀬正敏演じる訳ありのどら焼き屋さんに、樹木希林演じるお婆さんが仕事を求めて訪れて、絶品のあん作りを伝授する、というお話です。

美しい桜の景色から始まる物語は淡々と、けれど着実に進んで行きます。なるほどよくあるグルメ映画かと思う頃に、最初に描かれたお婆さんの手指の変形という伏線が顔を出してきます。彼女はほど遠からぬ所にある「らい病」つまりハンセン病患者の施設(旧・隔離施設)から通っていることが明らかになり、その噂で客足も遠のくことになるのです。

心にしみる佳作です。お婆さんはその店でのアルバイトを辞して「園」に戻ります。映画は「世間」の偏見と無理解とに直接対峙するわけではありません。店主の無言の悔しげな表情と、そして常連だった女子中学生と2人しての「園」訪問と再会とが、かろうじてこの病気を取り巻く「差別」と「やるせなさ」の回収に機能します。そして映画は観客の心に何らかの種子を植え付けて終わるのです。

一人一人の心の底に染み渡りながら、しかしその「種子」が「私」の土壌から芽吹いて「公」の議論に花開くことはあるのだろうかと思ったのは、翻ってアメリカの大統領選挙のことを考えたからでした。米国では4年に1度、全国民レベルで「私」たちが「公」の議論を戦わせる大いなる機会があります。というよりむしろ米国という国家そのものが、「私」の領域を「公」の議論に移し替えて成立、発展してきたものでした。

黒人奴隷の問題は「私」的財産だった黒人たちが「公民権」という「公」の人間になる運動に発展しました。女性たちは60年代に「個人的なことは政治的なこと」というスローガンを手にして社会的な存在になりました。そして同性愛者たちも「個人的な性癖」の問題ではなく人間全部の「性的指向」という概念で社会の隣人となり結婚という権利をも手にしました。

それらの背景には個人的な問題を常に社会的な問題に結びつけて改革を推し進めようという強い意志と、それを生み出し受け止める文化システムがありました。顧みれば社会問題に真っ向から取り組むハリウッド映画のなんと多いことよ。

人権や環境問題では地下水汚染の「エリン・ブロコビッチ」やシェールガス開発の裏面を描いたマット・デイモン主演の「プロミスト・ランド」がありますし、戦争や権力の非道を告発したものは枚挙にいとまがありません。ハンセン病に匹敵する「死病」だったエイズでもトム・ハンクスの「フィラデルフィア」などが真正面から差別を告発しています。今年のオスカーで作品賞などにノミネートされている「スポットライト」はカトリック教会による幼児虐待問題を真正面から追及するボストングローブの記者たちの奮闘を描いています。

映画としてどちらの方法が良いかという問題ではありません。アメリカはとにかく問題をえぐり出して目に見える形で再提出し、さあどうにかしようと迫る。彼我の差は外科手術と和漢生薬の違い、つまりは文化の違いなのでしょう。でも、後者は常に問題の解決までにさらなる回路を必要とするし、あるいは解決の先送りを処世として受け入れている場合さえあります。かくして差別問題は日本では今も多く解消されず、何が正義なのかという議論もしばしば敬遠され放置される……。

映画としての良し悪しではない。けれど社会としての良し悪しはどうなのでしょう? 個人の心に染み渡らねば問題の真の解決はないでしょう。しかし一方でそれを社会的な問題として言挙げしなければ、迅速な解決もない。その両方を使いこなす器量を、私たちはなぜ持ち合わせられないのかといつも思ってしまうのです。

February 02, 2016

偽善vs露悪

初戦アイオワでのトランプの敗北は、トランプ人気が実は「面白がり屋」たちの盛り上がりで支えられているということなのかもしれません。選挙はやはりその土地で実際に歩き回る「どぶ板選挙」のような運動が下支えするのでしょう。もっとも、来週のニューハンプシャーなど、これ以降の州ではあいかわらずの強さを示しているようですが。

対して民主党の方はクリントンとサンダーズが事実上の引き分けです。当初は(社会主義者と自称するがゆえに)泡沫とみられていたサンダーズがここまで健闘する背景には、若者たちに広がる社会格差感が(社会主義的メッセージを必要と感じるほど)深刻だということなのかもしれません。サンダーズはニューハンプシャーではクリントンを破るだろうと予想されています。

それにしてもアメリカはどうしてこうも大統領選挙で盛り上がるのでしょうか? 4年に1度の政治的お祭り、と言うのはわかりますが、どうしてその「政治」イベントが「お祭り」のようになるのでしょう?

政治が盛り上がるのは、この国では人間が社会的存在として成立するからじゃないかと思います。「有権者=社会的人間」として「投票=社会的行動」するためにあちこちで「政治=社会的言説」を語る。社会的言説とは「建前=理想と正義」を語って他人と生き方を共有することです。すなわち「社会」を作ることです。アメリカの政治社会史とは、黒人の公民権運動をはじめとして女性の権利、性的少数者の権利など、一人一人が「公民」=社会的存在になるためのうねりだったのですね。

ですから、社会的言説(建前)が必要で、それにコミットしたいと思うのは、基本的にはマイノリティの心性なんです。私的で個人的な言説では埒があかないので、次元を上げて社会の在り方を問題にする。個人の好み(本音)だけではない、どんな社会を求めるべきかを語らねばならない、という自覚。

そう、アメリカの今はみんながどこかでマイノリティだと自覚している時代なのです。人種や性指向に限らず、社会的にも経済的にも、価値観が多様になればなるほどみんながそれぞれのマイノリティです。だからこそそれぞれの場所で社会的言説(建前)がさらに必要になる。

大統領選挙というのはまさにそんなおおっぴらな社会的言説(政治)が許される、奨励される場なんですね。それは盛り上がるはずです

対して昨今の日本社会はどうでしょうか? 私たちはいつの間にか建前(社会的言説)を語ることがとても格好悪いことだと思うようになってきました。本音で生きようよ、と。

そういえば同調圧力の強い日本ではみんなが自分をマジョリティだと思いたがる。マジョリティという安心感があれば、それ以上の建前はあまり必要ないんですね。「本音で生きよう」とはつまり、すべてを個人的な領域で片付けることです。正義と理想は、ナニ格好つけてんだよ、となる。それは「偽善」で、個人の好みをあけすけに語る「露悪」にこそ価値が置かれる。それは当然、社会的存在としての人間を「偽善」として忌避する傾向につながります。よって露悪趣味のネット右翼が声を張り上げる。

実はこれまでのトランプの主張もこの「露悪」を利用したものでした。「政治的正しさ(PC)」を「偽善」として叩き、人間の、生物としての防御本能や恐怖という「本音」を前面に押し出して「私的正しさ」を主張してきた。

その意味で、私は今回の大統領選挙を、まさにこの「建前=公民=PC=偽善」と「本音=私民=非PC=露悪」の戦いの最たるものとしても見ています。

December 23, 2015

私怨と公憤

11月のパリ、12月のカリフォルニアのテロが象徴するように2015年は世界秩序が「イスラム国」に揺るがされた年でした。その反動でフランスでは移民排斥を謳う右翼政党「国民戦線」が大躍進し、米国でもイスラム教徒入国禁止をブチ上げたドナルド・トランプが共和党の大統領候補として相変わらず支持率トップを維持しています。2016年はどういう年になるのでしょうか。

「イスラム国」の惹き起こす各種の問題は今年も続くでしょう。「イスラム国」とは何かという問題に、私はこれは、私怨を公憤に簡単に変えてくれる「装置」なんじゃないかと感じています。

欧米でも「新住民」として定着しつつあるイスラム教徒は「旧住民」との間に様々な軋轢も持つでしょう。それは実は単に「新」と「旧」との軋轢に過ぎないのですが(日本でも新・旧住民間の軋轢は至る所で起きています)、それがここではキリスト教コミュニティとの宗教的軋轢として格上げされてしまう。

新住民たるイスラム教徒たちが「自分は疎外されている、いじめられている、仲間外れになっている」という鬱憤を抱くことはあるでしょう。これまでその鬱憤は私的なことでした。鬱憤を晴らすことも個人的な範囲で抑えられてきました。なのでそんな鬱憤には「晴らす」までに至らずさらに鬱積したものもあったでしょう。それはこの世の常です。それはまた様々な手段で解決していかねばならい。

ところがそこにいつの間にか「イスラム国」というお題目が与えられました。それを唱えるだけで、これは社会的な矛盾だ、キリスト教とイスラム教の宗教対決だ、思想戦争だという、なんだか大義名分のある(ような)鬱憤に格上げしてくれる。「イスラム教徒がいる場所がイスラムの国だ」という思想の下、単なる個人的な鬱憤だったものがなんだか偉そうな大問題に思えてくるのです。この短絡が成立すればもう際限がない。その鬱憤を晴らすことには大義がある。その大義のためには銃器を入手することも爆弾を作ることも人を殺すことも正しく思えてくるのです。

対してトランプが言ってることも同じです。彼の発言もとても個人的な敵対感情です。社会のこと、世界の仕組みのことなんか吹っ飛ばして、個人的な、私的な恐怖心を、大統領候補という大義名分のある地位で、なんだか公的なことのように言葉にする。いま起きていることはつまり、実は私怨と私怨のぶつかり合いなのです。なのにいつの間にか公憤、公の正義同士のぶつかり合いのようなものに、見かけ上は変貌している。

「驚愕反射テスト」というのがあります。突然大きな音を聴かせたり、感情をかき乱すような画像を見せたりする様々な「驚愕すること」に、どのくらい敏感に反応するかという検査です。その結果、保守派のほうがリベラル派よりも「ショックを受ける傾向」が強いという事実が「サイエンス」誌に発表されています。怖がりだとか臆病だとか、そういう生理的傾向が政治思想に影響するらしいのです。

強権主義だとか国家主義だとか男尊女卑だとかそういう強硬な「保守」思想が、結局はその人の性格の問題だなんてなんだかガッカリしますが、その意味では「恐怖をあおる」トランプの選挙手法は保守派の票の掘り起こしにはつながるのかもしれません。

でも、こちらの恐怖には相手側からも恐怖しか返ってきません。それが「公憤」を装う「私怨」同士の応酬につながっているのです。その傾向を、どうにか断ち切れないものかと考えあぐねる新年です。

December 08, 2015

排除と防衛の本能

6日に行われたフランスの地方選で極右政党の「国民戦線」が記録的な支持を集めました。得票率は全体の28%。5年前の前回選挙では11%でしたから2倍半にも増えました。全13の選挙区のうち半分近い6選挙区で首位、しかも党首マリーヌ・ルペン(47)とその姪の副党首マリオン・マレシャル・ルペン(25)は、それぞれ40%超の票を獲得したのです。

130人もが殺害された11月のパリ同時多発テロの不安が「反EU」「反移民」を訴える同党への共感を呼んでいるのでしょう。

同じことがカリフォルニア州の銃乱射テロでも言えます。共和党大統領候補ドナルド・トランプは例によって全てのイスラム教徒の米国渡航を禁止すべきだと主張し始め、支持率をさらに上げています。

銃規制問題も、こういう事件が起きるたびに米国社会には「銃規制すべきではない」「自分と家族を守るために銃所持は必要」という世論も逆に高まるのです。

これまで、米国で最も銃が売れた1日は3年前の12月21日でした。この日の1週間前、コネチカット州ニュータウンで26人殺害の例の「サンディフック小学校銃撃事件」が発生していたのです。

今年のブラックフライデーでも、過去最高の18万5千件以上の銃購入犯歴照会すなわち過去最高の銃セールスがありました。もっともブラックフライデーに限らず、銃の売り上げ自体も今年は年間を通して例年より増加しています。というか、4人以上が死傷した銃乱射事件自体が今年はすでにカリフォルニアの事件で355件目。こういうのを「負のスパイラル」というのでしょうか。

「反EU」「反移民」「難民規制」「反イスラム」「反銃規制」──これらはすべて人間として当然の防衛本能から始まっていることです。私たち人間は、経験則からも常に「悪いことが起きる」と想像してそれに対処できるようまずは身構えることから始めるようにできています。何かいいことがあるはずと想像してガッカリするよりも、初めに悪いことを想像していればそう落ち込まずにも済む、という先回りした自己防衛です。

しかしそればかりでは人間生活は営めません。周囲に戦々恐々としているだけでは友情も共存も平和すらも訪れません。つまりは繁栄もない。「己を利する」ことだけを考えていては結局周囲の反感を買って「己を利する」ことができなくなるという「利己主義」の矛盾がそこにあります。

「防衛」も似た矛盾を抱えています。究極の防御は「予防的防衛」です。「予防的防衛」は「予防的先制攻撃」にすぐにシフトします。そして「予防的攻撃」に専心すれば相手側も先に予防的攻撃を防ぐ予防的攻撃を画策するでしょう。

それが軍拡競争でした。7万発という、人間世界を何度滅ぼせばいいのかというレベルの核兵器が存在した80年代冷戦期の愚蒙を経て、私たちはその矛盾を知っていたはずでした。

それでも背に腹は変えられない。まずは生き延びねば話にならない。それはそうです。しかしそういうことを主張する人々が「防衛」の後の「共存」の展望を、「利己」の後の「利他」の洞察を、ほとんど度外視しているふうなのは何故なのでしょう。その人たちの脳はマルチタスクではないのでしょうか?

フランスやアメリカを笑ってはいられません。中国の脅威だ、北朝鮮のミサイルだ、と同じパニック感を背景に日本でもいま、平和共存の理念が排除防衛の本能に置き換わろうとしています。

背に腹は変えられません。が、背と腹はともに存在して人間なのです。

November 16, 2015

11.13と9.11

思えば14年前、私たちニューヨークに住む者たちは今のパリの人々と同じ恐怖と不安と怒りと悲しみとを共有していました。あのころアメリカには星条旗が溢れ、同じように「普段と同じ生活を続けよう。家にこもっていたらテロに屈したことになる」という呼びかけが誰からともなく発せられ、世界中から数限りない追悼と支持のメッセージが寄せられました。

ただ、14年前と今ではなにやら受け取り方が違うところもあります。Facebookではパリ市民への支援といたわりを込めて自分のアイコンにフランス国旗の三色を重ねる人が急増していますが、一方でパリ事件の前日にあった43人死亡のベイルートでの連続テロ事件には何ら大きな反応を示さなかった大多数の「自分」たちに、「この違いは何なのだろう」という疑問が浮かんでいます。FBが、パリ事件で急きょ適用した安否確認機能も、ベイルートやその他のテロ事件では有効にしなかったことへの批判が起きました。

思えば2001年のあの当時は、欧米はまだ自分たちが「無実の被害者」であることを信じていた時代だったのかもしれません。もっとも、現在のテロ戦争へと連なる動きは直接的には1979年のソ連アフガン侵攻あたりから始まってはいたのです。その時アメリカはソ連に対抗してアフガニスタンの反政府勢力に武器を提供しました。それがイスラム原理主義勢力で、そこにオサマ・ビン・ラーデンもいた。

やがてソ連は侵攻に失敗し91年の崩壊につながりました。中東ではイラクのクウェート侵攻と湾岸戦争の勃発、そしてアフガンの無秩序状態と内戦が始まりました。タリバン、アルカイダは、そんな背景から起ち上がってきたのですから。

でも、それは世界貿易センターの崩壊という圧倒的な事件の前では吹っ飛んでいました。世界はアメリカを支持し、ビン・ラーデンは世界の悪者となり、やがてそれはサダム・フセインにも向けられて、米英などの「有志連合」によるイラク戦争へと突入していったのです。

フランスに溢れる「パリは恐れない」というスローガン、「我々はパリとともに立つ」というメッセージ──ニューヨークも同じものを経験しました。私はいまも、そこから起きた労わりと善意と親切と癒しとを忘れていません。そして同時に、狂騒と間違いをも。

イラク戦争の大義名分だった「大量破壊兵器」は虚偽でした。そしてそのウソから始まった戦争がイラクの混乱を招き、タリバン、アルカイダに続く原理主義「イスラム国」を生み出した。

私たちはもうそれを知っています。パリの虐殺に対し、FBの三色旗アイコンに賛否が分かれるのも、シリア出身の女性の「敬愛するパリよ、貴女が目にした犯罪を悲しく思います。でもこのようなことは、私たちのアラブ諸国では毎日起こっていることなのです。全世界が貴女の味方になってくれるのを、ただ羨ましく思います」というツイートがたちまち世界中に拡散しているのも、私たちは世界がすでに「あの時」よりも複雑になってしまったことを知っているからなのでしょう。

政治家に求められているのは常に、直近の問題解決能力と10年後のより良い未来を作る能力です。しかしその2つが両立しない場合、前者を行えば後者が成立しない場合、「目には目を」が世界を盲目にするだけの場合、私たちはどうすればよいのか? その難問がいま私たちに突きつけられています。

日本のある若手哲学者が「まいったな。これが21世紀か」と嘆いていました。ええ、これが21世紀なのでしょう。

November 09, 2015

旭日大綬章

ジャパンハンドラーとして有名なリチャード・アーミテージやブッシュ政権での国防長官ドナルド・ラムズフェルドの2人が秋の叙勲で旭日大綬章を受けることが発表されたその翌日、イラクの政治家アフマド・チャラビが自宅で心臓発作で死亡していたとの報が届きました。この取り合わせに興を殺がれたのは私だけでしょうか。

このチャラビという人物がアメリカを誘導してイラク戦争に突入させたのです。いえ、それにはもちろんチャラビを利用してイラクに介入し、中東におけるアメリカ戦略を有利に進めようとしたラムズフェルドらネオコン一派がいたことが背景でした。

チャラビはイラク・シーア派の名家の出で、16歳でマサチューセッツ工科大学に入るなど神童と呼ばれた人物。サダム・フセイン時代には国外に亡命していた反フセイン運動の政治策士でした。

憶えていますか? イラク開戦の理由は、9.11から続く対テロ戦争の流れで「イラクは核や生物化学兵器など大量破壊兵器を隠し持っている」というものでした。それが嘘だったことは今では明らかで、イラク進攻に前のめりだった当時のブレア英首相も先月、CNNのインタビューに答えて「情報が間違っていた」と謝罪したほどです。なぜそんな情報が流れたのか?

そこに反体制派組織イラク国民会議(INC)の代表のチャラビがいました。フセインの追放を目指していた彼が、ここぞとばかりに大量破壊兵器のニセ情報を軍事機密として売り込んだのです。「フセインに虐げられているイラク国民がアメリカの進攻を待ち望んでいる」「フセインを追放したらアメリカは解放者として歓迎される」とラムズフェルドや同じくネオコンの筆頭格ポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)に信じ込ませたのも彼でした。

精緻に仕組まれたニセ情報だとしてもネオコンたちはなぜかくも簡単にそれを信じたのか? ネオコンは親イスラエルです。そのネオコンのパトロンたちに、チャラビはフセイン後に自分がイラクの指導者になれば、イラクをアラブ民族主義から脱却させて民主化し、その上でイスラエルと和平を結んでイスラエル企業がイラクでビジネスできるようにする、イラク北部のモスル油田とイスラエルの製油港はイファをつなぐパイプラインを作る、とも約束していたからです。

人は信じたい未来しか信じないと言いますが、米国とイスラエルの抱える難題を一気に解決するこの中東再編の「夢物語」にラムズフェルドらはまんまと引っかかったのでした。

この経緯はマット・デイモンが主役を務めた『グリーン・ゾーン』という映画にもなっています。懸命に大量破壊兵器を探しても見つからず、そのうちに国防総省の大変な情報操作と陰謀とが明らかになっていくという映画です。これに登場する亡命イラク人「アフマド・ズバイディ」のモデルがチャラビでした。

フセイン憎しの私怨と金儲けしか頭になかったようなチャラビは、果たしてイラクでも全く人望もなく、ラムズフェルドらがイラク新政権の首班に置こうとしたのも当然のように失敗しました。かくしてブッシュ政権ネオコン一派が夢見た「新イラク」は破綻し、そのゴタゴタを縫って「イスラム国」という化け物が誕生したのです。

その責任の一端にチャラビがいます。そしてもう一端にラムズフェルドらがいる。チャラビは暗殺もされかけましたが結局は自宅のベッドの上で病死しました。そしてイラク戦争の「戦犯」と批判されるラムズフェルドは安倍政権からは旭日大綬章を贈られるのです。

October 15, 2015

一億総活躍

第三次安倍改造内閣の目玉ポストと位置付けられている「一億総活躍」担当相とはいったい何なのか、海外メディアが説明に困っています。ウォールストリート・ジャーナルはこれを有名な映画の題に掛けて「ロスト・イン・トランスレーション」と見出しを打って説明しています。

そもそも「一億総ナントカ」というのは日本語でこそ聞き慣れてはいますが、外国語においては熟語ではないのでどう呼ぶのか思案にくれるわけでしょう。アベノミクスの「新3本の矢」を強力に推進していくというのですが、「強い経済」なら経済再生相、「子育て支援」と「社会保障」なら厚労相とどう違うのかもよくわからない。そんな内容以前にまずはそのネーミングをどう翻訳するかもわからない、というわけです。

WSJ紙はまず直訳を試みます。「All 100 Million(一億総)Taking Active Parts(積極参加)」。ところが「ワン・ハンドレッド・ミリオン」が日本国民のことだとは普通はわかりません。「アクティヴ・パーツ」は何への参加なのかもわからない。

そこで米国の通信社であるAP電の表記を引いてみます。するとAPは「一億」の部分の翻訳を諦めていて、で、「経済を強化し出生率を増やすことで人口を安定させ国家が浮揚し続けることができるようにする大臣」としていました。

これでは長すぎて話になりません。ではその内容をよく知っている日本の新聞の英字版はどうなんだろうと、そちらを当たってみます。すると毎日新聞は「minister to promote '100 million active people'」(一億の活動的な国民をプロモートする大臣)。読売は「promoting dynamic engagement of all citizens」(全市民のダイナミックな参画を推し進める)。ジャパンタイムズは、これまた長いですが「minister in charge of building a society in which all 100 million people can play an active role」(一億国民全員が積極的役割を担えるような社会を建設する担当大臣)。

ところがロイター電はちょっと違っていました。一応の説明をした後で安倍首相の「一億総〜」のスローガンを「戦時中のプロパガンダの不気味な残響」と注釈したのです。そうです、あの「一億総特攻」とか「一億総玉砕」「一億総懺悔」です。

そもそも「一億総〜」というネーミングはこれまで、戦中のプロパガンダへの反省や揶揄を込めて「一億総白痴化」だとか「一億総中流」だとかといった、何らかの恥ずかしさを伴った批評の文脈でしか使われてきませんでした。

そもそも「一億総〜」というネーミングは、戦後70年かけて培ってきた、一人一人が違っていいのだという成熟した民主社会とは真逆の呼びかけです。「神は細部に宿る」というせっかくの気づきを台無しにするベタ塗りの文化です。

そういえば「行きすぎた個人主義」だとか「利己的」だとかは安倍政権周辺の人たちが最も好む、パタン化した非難のフレーズです。「一億総〜」というのは確かに「個」ではなく「全体」を重視する発想ですしね。

そんなことを考えていたらある人から「一億総活躍」にピッタリの英語熟語があると言われました。「ナショナル・モービライゼーション National Mobilization」。国家国民を(National)全て動かすこと(Mobilization)、はい、すなわち日本語の熟語で言うところの「国家総動員」という言葉です。

ちなみにこの新大臣に任命された安倍首相の右腕、加藤勝信衆院議員は「マスコミをこらしめるには広告料収入をなくせばいい」などの政府批判メディア弾圧発言が相次いだ自民党「文化芸術懇話会」の顧問格でした。

一億総活躍

第三次安倍改造内閣の目玉ポストと位置付けられている「一億総活躍」担当相とはいったい何なのか、海外メディアが説明に困っています。ウォールストリート・ジャーナルはこれを有名な映画の題に掛けて「ロスト・イン・トランスレーション」と見出しを打って説明しています。

そもそも「一億総ナントカ」というのは日本語でこそ聞き慣れてはいますが、外国語においては熟語ではないのでどう呼ぶのか思案にくれるわけでしょう。アベノミクスの「新3本の矢」を強力に推進していくというのですが、「強い経済」なら経済再生相、「子育て支援」と「社会保障」なら厚労相とどう違うのかもよくわからない。そんな内容以前にまずはそのネーミングをどう翻訳するかもわからない、というわけです。

WSJ紙はまず直訳を試みます。「All 100 Million(一億総)Taking Active Parts(積極参加)」。ところが「ワン・ハンドレッド・ミリオン」が日本国民のことだとは普通はわかりません。「アクティヴ・パーツ」は何への参加なのかもわからない。

そこで米国の通信社であるAP電の表記を引いてみます。するとAPは「一億」の部分の翻訳を諦めていて、で、「経済を強化し出生率を増やすことで人口を安定させ国家が浮揚し続けることができるようにする大臣」としていました。

これでは長すぎて話になりません。ではその内容をよく知っている日本の新聞の英字版はどうなんだろうと、そちらを当たってみます。すると毎日新聞は「minister to promote '100 million active people'」(一億の活動的な国民をプロモートする大臣)。読売は「promoting dynamic engagement of all citizens」(全市民のダイナミックな参画を推し進める)。ジャパンタイムズは、これまた長いですが「minister in charge of building a society in which all 100 million people can play an active role」(一億国民全員が積極的役割を担えるような社会を建設する担当大臣)。

ところがロイター電はちょっと違っていました。一応の説明をした後で安倍首相の「一億総〜」のスローガンを「戦時中のプロパガンダの不気味な残響」と注釈したのです。そうです、あの「一億総特攻」とか「一億総玉砕」「一億総懺悔」です。

そもそも「一億総〜」というネーミングはこれまで、戦中のプロパガンダへの反省や揶揄を込めて「一億総白痴化」だとか「一億総中流」だとかといった、何らかの恥ずかしさを伴った批評の文脈でしか使われてきませんでした。

そもそも「一億総〜」というネーミングは、戦後70年かけて培ってきた、一人一人が違っていいのだという成熟した民主社会とは真逆の呼びかけです。「神は細部に宿る」というせっかくの気づきを台無しにするベタ塗りの文化です。

そういえば「行きすぎた個人主義」だとか「利己的」だとかは安倍政権周辺の人たちが最も好む、パタン化した非難のフレーズです。「一億総〜」というのは確かに「個」ではなく「全体」を重視する発想ですしね。

そんなことを考えていたらある人から「一億総活躍」にピッタリの英語熟語があると言われました。「ナショナル・モービライゼーション National Mobilization」。国家国民を(National)全て動かすこと(Mobilization)、はい、すなわち日本語の熟語で言うところの「国家総動員」という言葉です。

ちなみにこの新大臣に任命された安倍首相の右腕、加藤勝信衆院議員は「マスコミをこらしめるには広告料収入をなくせばいい」などの政府批判メディア弾圧発言が相次いだ自民党「文化芸術懇話会」の顧問格でした。

June 26, 2015

アメリカが同性婚を容認した日

2015年6月26日、連邦最高裁が同性婚を禁止していたオハイオ州など4州の州法を、法の下での平等を保障する連邦憲法修正14条違反と断じました。これで一気に全米で同性婚が合法となったのです。

聖書によって建国されたアメリカには戸惑いも渦巻いています。28日に全米各地で行われた性的少数者のプライド・パレードにも眉をひそめる人が少なからずいます。その「嫌悪」はどこから来るのでしょう? そしてアメリカはその嫌悪にどう片を付けようとしているのでしょう?

それを考えるには、1973年、1993年、2003年、2013年という節目を振り返ると良いと思います。

▼それは22年前のハワイで始まった

じつは「法の下での平等」というのは1993年にハワイ州の裁判所が全米で初めて同性婚を認めた時にも使われた論理です。ところがそれは当時、州議会や連邦政府に阻まれて頓挫します。それから22年、今回の連邦最高裁の判断までに何が変わったのでしょう?

これを知るには46年前に遡らねばなりません。69年6月28日にビレッジの「ストーンウォール・イン」というゲイバーで暴動が起きました。警察の摘発を受けて当時の顧客たちが一斉に反乱を起こしたのです。

そのころのゲイたちは「性的倒錯者」でした。三日三晩も続いたそんな大暴動も、新聞記事になったのは1週間経ってからです。それは報道に値しない「倒錯者」たちの騒ぎだったからです。

▼倒錯じゃなくなった同性愛

ところがその4年後の1973年、アメリカの精神医学会が「同性愛は精神障害ではない」と決議しました。同性愛は「異常」でも「倒錯」でももなくなった。では何なのか? 単に「性的には少数だが、他は同じ人間」なのだ、という考え方の始まりです。

その20年後の1993年には世界保健機関(WHO)が「同性愛は治療の対象にならない」と宣言しました。これで世界的に流れは加速します。ハワイが同性婚容認を打ち出したのもこの年です。

そして2000年以降オランダやベルギーなど欧州勢が続々と同性婚を合法化し始めました。

▼犯罪でもなくなった同性愛

そんな中、アメリカ連邦最高裁が歴史的な判断を下します。2003年6月26日、13州で残っていた同性愛性行為を犯罪とするソドミー法を、プライバシー侵害だとして違憲と断じたのです。これでマサチューセッツ州が同年、同性婚を合法と決めたのでした。

しかし2州目はなかなか現れませんでした。それが変わったのが2008年です。オバマ大統領が選ばれた年です。その原動力だった若い世代が世論を作り始めていました。

彼らの世代は性的少数者が普通にカミングアウトし、「異常者」ではない生身のゲイたちを十全に知るようになった世代でした。結果、2013年には「自分の周囲の親しい友人や家族親戚にLGBTの人がいる」と答える人が57%、同性婚を支持する人が55%という状況を作り出したのです。

▼だから法の下での平等

その年の2013年6月26日に再び連邦最高裁は画期的な憲法判断をします。連邦議会が1996年に決めた「結婚は男女に限る」とした結婚防衛法への違憲判断です。そして2年後の先週6月26日、さらに踏み込んで同性婚を禁止する州法自体が違憲だと宣言したわけです。

結論はこうです。1993年時点では、そしてそれ以前から、同性愛者は「法の下での平等」に値しない犯罪者であり精神異常者でした。それがいま、「法の下での平等」が当然の「普通の」人間だと考えられるようになったのです。人々の考え方の方が変わったのです。

ところで1973、1993、2003、2013年と「3」の付く年に節目があったことがわかりましたが、途中、1983年が抜けているのに気がつきましたか? そこに節目はなかったのでしょうか?

じつは1980年代は、その10年がすべての節目だったのです。何か? それはまるごとエイズとの戦いの時代だったのです。同性愛者たちは当時、エイズという時代の病を通じて、差別や偏見と真正面から戦っていた。その10年がなければ、その後の性的少数者たちの全人格的な人権運動は形を変えていたと思っています。

興味深いのは昨今の日本での報道です。性的少数者に関する報道がこの1〜2年で格段に増えました。かつて「ストーンウォールの暴動」が時間差で報道されたように、日本でもやっと「報道の意義のある問題」に変わってきたということなのかもしれません。

May 07, 2015

あめりか万歳!

安倍首相の米国訪問が終わりました。こちらではボルチモア暴動やネパール大地震が連日ニュースを占めていて、安倍関連はちょっとしか報道されていませんでしたね。日本のどこかの新聞が書いていたように「異例の歓待」とか「高い評価」とはちょっと違ったように思います。

上下両院合同会議での演説も、いろいろと反応を聞いていくと(1)米国にとっては非常に納得できるものだったでしょう。軍国主義者だと聞いていたがアメリカ留学の経験も話していたしアメリカが好きだと言っていたし、新ガイドラインとやらで自衛隊が出てきてくれるそうだし米国の安全保障にも100%の協力と貢献をすると言っていたし、これだけカモネギというかお土産抱えてわざわざこっちまでやってきてくれて、「なんだ、思ってたのと違って結構ナイスガイじゃないか」という印象で、大合格点だったようです。

報道のされ方もあって(2)日本国内での受け取られ方も大方はそうだったようですね。演説も全部英語で頑張ったしスタンディング・オベーションとやらが10回以上あったそうだし(3月のネタニヤフの時は23回ありましたが)、アメリカさんがそうやって喜んでくれていたんだから及第点。ただし米国ヨイショの度合いがちょいと過ぎて、そこがワザと臭いと思われなかったか心配。

一方で普段から安倍の家父長主義ぶりを警戒している(3)日米欧の監視層(これにはNYタイムズやワシントンポスト、英ガーディアンやBBCなどの報道機関も含まれます)には、慰安婦問題では謝罪も回避して女性の人権問題という一般論でごまかすし、国会審議も経ずに安保法制の今夏成立を国際公約してしまうし、さりげなく戦犯だった祖父・岸信介の名誉回復は図るし、許せない詭弁演説だったという感じでしょうか。おまけに日頃から英語で苦労して他人にも厳しい日本人の耳には、ブツ切れの単語と結語で高揚するあの英語(デモォークラシイイイとかリスポォン・・シビリテイイとか)はかなり恥ずかしいとクソミソでした。

もっとも安倍政権はこの演説を(1)の米国向けに行ったのであって(3)の批判層の歓心を買おう、汚名を濯ごうと思って用意したわけではなかったわけです。つまり(3)は相手にしていないのですから苦虫を噛み潰すのは当然。(1)の歓心を買うことが目的だったと思えば、歯が浮くようなアメリカ万歳でもオッケーだった──そういうことなのです。

ただ、演説でアベとエイブ・リンカーンとの近似を示唆したり(慰安婦が「性奴隷」だと言われてる時にですよ)、会見ではキング牧師の「I Have A Dream」を文脈を無視して引用したり(ボルチモアで黒人層がこれは「夢の未来」ではないと抗議してる時にですよ)、そういうセンスはかなり危なかったしジョークもなんだか滑ってたし。そもそも議員たちは事前配布の手元のスクリプトに目を落とさねばあのブツ切り英語はよく聞き取れなかったのだと思います。

じつはオバマの安倍への態度や会話も、よく観察すると心なしか終始硬かった、というか、なんだか素っ気ないというか、はっきり言えば軽蔑した相手への態度のようだったのですよ。日本政府が異様にこだわるファーストネーム呼称もすぐ忘れたし会見中は体の向きが外向きで、安倍首相の方へは向かないし。それに普通、共同記者会見した後は後ろ向いて去りながらも会話したりするもんなんですが、オバマはぜんぜん話しかけてなかったですもんね。笑顔が笑ってなかったんですよ。

その辺、行動心理学者に見せたら面白いだろうに、日本のテレビはどこもそんなことはしなかったです。きっと大歓迎だったと頭から信じているからでしょう。それはまあ、あれだけの「お土産」ですからねえ、失礼な対応はしませんでしたが……。

私が気になったのは1つ、安倍がオバマとの共同記者会見で指摘した「レッテル貼り」の批判というか例の「言い返し」台詞です。60年の安保改定の時に「戦争に巻き込まれる」というレッテル貼りが行われたが、それは間違いだったことは(戦争に巻き込まれなかった)歴史が証明している、と安倍は言っていました。しかしその戦争を防いだのは平和憲法でしたし、それを変えようとしてるのが安倍政権だという矛盾はどう考えればよいのでしょう。

戦後日本に山羊や羊を何千頭も贈ってくれた米国、民主主義のチャンピオンたる大使を次々と送り込んでくれた米国。それを褒め称えながら、民主主義の本当のチャンピオンたる「憲法」だけは「押しつけられた」と言うのは、「矛盾」というよりも「二枚舌」と呼ぶべきです。「賞賛」というより「面従腹背」というべきなのです。口では何とでも言っていいんだ、とこの人は思っているのだということなのです。

April 28, 2015

舌をまくほどにお見事!

日米の防衛協力ガイドラインが18年ぶりに改定されました。とはいえこれは国会で話し合われたわけでもなく、今回の安倍訪米に合わせてバタバタと日米両政府間で合意したのです。これで自衛隊は「周辺事態」を越えて世界規模で活動することができるようになる。集団的自衛権容認の閣議決定からこの方、安倍政権は思うがままに日本を変えています。

「え? オバマ政権ってそういう日本の軍事拡大を警戒してたんじゃないの?」と思う人もいるでしょう。

オバマ政権だけでなく欧米諸国およびその報道メディアはいまでも安倍首相の国家主義的な歴史認識を懸念しています。なぜなら彼の歴史修正の方向性は(「イスラム国」と同類の)第二次大戦以降の国際秩序への挑戦だからです。

NYタイムズは安倍訪米に先立って論説室の名前で今回の訪米の成否は「首相が戦争の歴史を直視しているかどうかにかかっている」と断言し、さらに別の記事でも「政府による報道機関の政権批判抑え込みが功を奏している」と批判の度合いを高めています。フォーブス誌に至っては首相の上下両院合同会議での演説はカネで買ったようなもんだというコラムを掲載するし、ウォールストリート・ジャーナルも首相は「歴史に関する彼の見解がかき立てた疑念」を抑止する必要があると指摘しました。英ガーディアンも安倍演説に先立ち「日本の戦時の幽霊がまだ漂っている」と警告していたのです。

けれど、安倍訪米団の最初の仕事であった防衛協力ガイドライン合意の際の相手方、ケリー国務長官の満面の笑みは、まるでそんな懸念など関係ないかのようでした。なぜか?

ちょっとおさらいしましょう。

オバマ政権はアフガン・イラク戦争からの撤退で「世界の警察」の地位から下りることを志向しました。これは何度も書いてきたことです。何千人もの若者たちの命と何億ドルもの軍事費を費やしても地域紛争は果てることなく続き、米国の介入が逆に恨みを買うことも少なくない。ならばその地域の安全保障はその地域で担ってもらおう、という方向転換でした。その中に「東アジア・太平洋地区のリバランス」というものも含まれています。

ここに安倍政権は乗ってきた。取り直しの形で登場してきた第二次安倍政権は、第一次で手もつけられずに退陣した悔しさからか平和憲法の改変と「美しい国」という家父長制国家の復活を明確に押し出してきました。しかしそれは2013年12月、靖国参拝を敢行することで米国の異例の「失望」表明を招き、失敗します。なぜなら日本の存在する東アジア「地域」では、それが中国と韓国を挑発して却って「地域」の安全保障を毀損するからでした。それはリバランスの目論見も崩れて米国の方針に叶わなかったからです。

そこで安倍政権は軌道修正をしました。靖国は参拝しない。ハドソン研究所での演説のような「私を軍国主義者と呼びたければどうぞ」的な無用な国粋主義発言も控える。今回の訪米での厚遇を目指して、安倍政権はこの1年ひたすら米国の歓心を買うためにそうやって数々の布石を打ってきたのです。

昨年7月の集団的自衛権の容認も米国支援を名目に憲法の実質的改変を含んで一石二鳥でした。従軍慰安婦問題については「人身売買」だったとの表現で主語を曖昧にしたまま反省の雰囲気を醸し出しました。先日のバンドン会議では中国の習近平主席と2度目の会談を実現させて「地域」の緊張緩和を演出し、「侵略戦争はいけない」という、これまた主語の違う一般論で先の大戦を反省したような演説も行った。

米政権が懸念するのは米国の安全保障政策に則らない他国の軍事拡大です。その意味で安倍政権は、中国の海洋進出などの脅威増大を背景に実に周到に米国に取り入った。これだけ上げ膳据え膳の「お土産」をもらって喜ばない政府はないし、その菓子箱の底に首相の恣意的な理想国家実現のプロジェクトを忍び込ませたわけです。

なんとも舌を巻くほどに見事な権謀術数ではないですか。

February 03, 2015

「あらゆる手段」って……

もう40年以上もニューヨークに住む尊敬する友人から電話がかかってきて「ねえ、教えて。安倍さんはどうして海外で働いている私たちを危険にさらすような演説をしたの? 最後の一人まで助けるとか言っておいて何もできないなら、何のための政府なの? 私たちは平和を貫く日本人だったのに、これからはテロや誘拐の対象になったの?」と聞かれました。それは私の問いでもあります。

安倍首相のエジプトでの2億ドル支援声明の文言が拙かったことは2つ前のこのブログ「原理には原理を」で紹介しました。日本人人質の2人が「イスラム国」の持ち駒になっていて、この犯罪者集団がその駒を使う最も有効なタイミングと大義名分を探っていた時にまんまとそれらを与えてしまった。そのカイロ演説がいかに拙かったかは、首相自身と外務省が自覚しているのです。なぜなら人質発覚後のイスラエル演説の語調がまるで違っていたからです。「イスラム国」の名指しは最初の呼びかけだけ。あとは「過激勢力」という間接表現。内容も日本の平和主義を前面に押し出したきわめて真っ当でまっすぐなもの。カイロ演説の勇ましさが呼び水だったと自覚していなければ、なぜこうも変わったのか。逆にいえば、なぜ初めからそういう演説をしなかったのか。

そして後藤さんも殺害されてしまいました。3日の国会で、安倍首相は「中東での演説が2人の身に危険を及ぼすのではないかという認識はあったのか?」と問われ「いたずらに刺激することは避けなければいけないが、同時にテロリストに過度に気配りする必要はない」と答弁しました。テロリストへの気配りなんか言っていません。「人質の命」への気配りでしょうに、この人は自分の保身のためにはこんな冷酷なすり替えをするのです。こんな時の答弁くらいもっと正面から堂々ときちんと誠実に答えたらどうなのでしょう。

おまけに言うに事欠いて「ご質問はまるでISILに対してですね、批判をしてはならないような印象を我々は受けるわけでありまして、それは正にテロリストに私は屈することになるんだろうと、こう思うわけであります」。この人は批判や疑義をかわすためならそんな愚劣な詭弁を弄する。

まだあります。安倍首相は後藤さん殺害を受けての声明で事務方が用意した「テロリストたちを決して許さない」との文言に「その罪を償わせる」と書き加えたのだそうです。

以前からこの人の言い返し癖、勇ましさの演出に危惧を表明してきましたが、この文言はCNNやNYタイムズなどでは「報復/復讐する」と紹介されています。NYタイムズの見出しは「Departing From Japan’s Pacifism, Shinzo Abe Vows Revenge for Killings(日本の平和主義から離れて、シンゾー・アベ 殺害の報復を誓う)」でした。それは日本政府として抗議したんでしょうか? 抗議してもシンゾー・アベの政治的言語の文脈ではそういう意味として明確に英訳した」と言われるのがオチでしょうが。

平和主義のはずの日本がなんとも情けない言われ様ですが、これはつまり平和憲法を変えてもいないのに、戦後日本の一貫した平和外交も変えてないのに、一内閣の一総理の積極的「解釈」変更と各種の演説によって、日本は世界に向けた「平和国家」という70年間の老舗看板を、勝手に降ろされてしまっているということなのでしょうか?

早くも政府は閣議で、今回の人質事件では「あらゆる手段を講じてきた。適切だった」との答弁書を決めたそうです。一方で菅官房長官は「イスラム国」は「テロ集団なので接触できる状況でなかった」とも明かしました。接触もできなかったのに「あらゆる手段を講じた」? 例えば接触して人質解放を成功させたフランス経由も試さなかった? つまり「イスラム国」のあの時の突然の要求変更は、2億ドルの身代金云々を告げたのに日本政府がぜんぜん何も接触してこなかったので、詮無く交渉相手をヨルダンに変えた、ということだったでしょうか? つまり初めから後藤さんらを救うための交渉などしてこなかったということなのでしょうか?

それを裏打ちするように、これも3日の参院予算委で岸田外相が、2人の拘束動画が公開された1月20日まで、在ヨルダン日本大使館に置いた現地対策本部の人員を増員していなかったことをしぶしぶ明らかにしました。つまり昨年8月の湯川さん拘束後の5カ月間、後藤さん拘束が発覚した11月になっても、現地はなにも対応を変えなかった。こういうのを「あらゆる手段を講じてきた」と言うのでしょうか?

冒頭に紹介した友人の「最後の一人まで助けるとか言っておいて何もできないなら、何のための政府なの?」という切実な問いに、いまの私は答えを知りません。

January 27, 2015

素晴らしい日本

湯川さんが殺害され、後藤さんの解放が焦眉の急となっている状況で、欧米のメディアが日本人社会の不可解さに戸惑っています。再び登場した「自己責任」社会の冷たさや、2人の拘束されている画像を面白おかしくコラージュ加工したものがツイッター上に多く出回っているからです。

ワシントンポストなどは「自己責任」論に関して04年のイラク日本人人質事件に遡って解説し、あの時の人質の3人は「捕らえられていた時より日本に帰ってきてからのストレスの方がひどかった」という当時の担当精神科医の言葉なども紹介しています。タイム誌は今回の事件でもソーシャルメディア上で溢れる非同情的なコメントの傾向を取り上げ、ロイター電は「それらは標準的な西洋の反応とは決定的な違いをさらけ出している」としています。

確かに米国でも「イスラム国」に人質に取られたジャーナリストらの拘束映像が放送されました。しかしどこにも自己責任論は見られませんでしたし、ましてや彼らをネタに笑うようなことは、少なくとも公の場ではありませんでした。そんなものがあったら社会のあちこちで徹底的に口々に糾弾されるでしょう。80年代にあった「政治的正しさ(PC)」の社会運動は、批判もあるけれどこういうところで社会的な下支えとしてきっちりと共有され機能しているのだなあと改めて感じます。

ちなみに「自己責任」に直接対応する英単語もありません。それを「self-responsibility」とする訳語も散見されますが、英語では普通は言わないようです。また、後藤さんのお母様が記者会見で最初に「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と謝ったことも欧米ではあまり理解できない。そもそも悪いのは「イスラム国」であって「息子」たちではない。

日本語の分かる欧米人は「自己責任」と聞くと「自分の行動に責任を持つ」という自身の覚悟のニュアンスとして、つまり立派なものとして受け止めるようです。でもそれをもし他者を責める言葉として使うならば、それは「It's your own fault」や「You were asking for it」というふうに言う。つまり日本で今使われる「自己責任」とはまさに「自業自得」という切り捨ての表出でしかないのですね。

2人の拘束画像を茶化すようなツイッター画像の連投は「#ISISクソコラグランプリ」つまり「クソみたいなコラージュ」という意味のタグを付けられて拡散しています。例えば拘束の後藤さんと湯川さんの顔がアニメのキャラクターやロボットの顔にすげ替えられているものや、黒づくめの「イスラム国」男が逆に捕らわれているように入れ替えられているもの、その男がナイフをかざしているのでまるで料理をしているように背景を台所に加工しているもの、と、それはそれは多種多様です。外電によればそんなパロディ画像の1つは投稿後7時間でリツイートが7700回、お気に入りが5000回という人気ぶりだったそうです。

こういう現象に対し「人が殺されようというときになぜそんなおふざけができるのか?」「日本人ってもっと思いやり深く優しい人たちじゃなかったのか?」という反応は当然起こるでしょう。

もっともこれを「アニメ文化の日本の若者たちらしい」「イスラム国を徹底的におちょくるという別の戦い方だ」と見た欧米メディアもありました。しかしそれはあまりに穿った見方だと思います。これらの投稿のハシャギぶりは、実際には「イスラム国」への挑発でしかなく、「イスラム国」関係者とみられるあるツイッターのアカウントは「日本人は実に楽観的だな。5800km(おそらく8500kmの誤記)離れているから安全だと思うな。我々の兵士はどこにでもいる」と呆れ、「この2人の首が落とされた後でお前たちがどんな顔をするか見てみたいものだ」と返事をしてきたのです。

「日本は素晴らしい国だ、凄い国だ!」と叫ぶネトウヨ連中に限ってこういうときに「自己責任だ」として他人を切り捨て、嘲り、断罪する。そういう日本は素晴らしいのでしょうか? それは自己矛盾です。そうではなく、「日本を素晴らしい国、凄い国にしたい」という不断の思いをこそ持ち続けたいのです。

January 21, 2015

原理には原理を

「イスラム国」が2億ドルの身代金を払わねば人質の日本人2人を殺害すると予告した事件は米国でも波紋を広げています。米国ではすでにジャーナリストら3人が容赦なく斬首されていて、この件で私に話しかけてきた友人たちも、2人の運命がすでに決まっているかのように「アイ・アム・ソーリー」と言うばかりでした。

米政府はこれまで交渉を表向き全く拒否して空爆を強化してきました。「それが功を奏しつつあってISIL(イスラム国)は追い込まれている」とも発表されたばかりでした。20日のオバマ大統領の一般教書演説でも「イスラム国」の壊滅を目指し、国際社会で主導的な役割を果たすとの決意表明がありました。

交渉しない代わりに、諜報力でどこに拠点があるのか割り出し、そこを急襲して人質を救出するという作戦も行われています。ところが失敗して、昨年12月には数日中に解放予定だった英国人人質を殺させてしまったこともある。

そういうのがアメリカのやり方です。まるでハリウッド映画です。そうじゃない世界の可能性というものはないのか? アメリカ式ではない別の道はないのでしょうか?

今回、拉致されているジャーナリストの後藤さんはシリアに入る際に「日本はイスラム国と直接戦っていない。だから殺されることはないだろう」と語っていました。しかし、安倍首相はエジプトでの記者会見で「イスラム国対策2億ドル支援」を勇ましく表明しました。曰く「ISILがもたらす脅威を少しでも食い止める」「ISILと闘う周辺各国に総額で2億ドル程度支援をお約束」。

ところが人質殺害予告後のイスラエルでの会見はもっぱら「非軍事的な人道支援」を強調した内容で、「イスラム国」を刺激しないためか一転して名指しすらせずもっぱら「過激主義」とのみ呼んでいました。

私はイスラエルでの会見はとてもバランスのとれた、平和主義日本の立場をよく説明した声明だと思いました。それは日本憲法の前文と9条の精神を下地にしたもののようでした。「イスラム国」に対し「何を言っているのだ。日本は困っている人々に手を差し伸べる国家なのだ。2億ドルはそういう支援だ。そんな私たちの国民を殺害するなどイスラム法に則っても正義はない」と正面から啖呵を切れる論理だったと思えたのです。

ここに疑問が湧きます。エジプトでの声明とイスラエルでの声明との間にある明らかな語の選択と語調の差。それこそが安倍外交の齟齬、外務省の失敗の自覚なのではないか? エジプト声明での自慢気さに「拙い」と気づいての慌てての語調変更。

私は「イスラム国」には対抗すべきだと思っているし、「わざわざ標的になるような余計なことは言うな」とは思いません。ただ、彼らの原理主義への対峙は、米国追従やハリウッド的なテロ絶対悪説ではなく、もっと根源的な別の人間原理に基づくべきだと思っています。その原理とはまさに憲法前文と9条と民主主義による真正面からの反撃のことなのだと思うのです。そしてそれこそが、ハリウッド式ではない、世界のもう一つの在り方なのだ、ということなのです。

そんなことを言うとまた「平和ボケのお前が9条を掲げてシリアに入って、おめでたい人質救出交渉でもしてこい」とか「北朝鮮や領土問題の中国や韓国にも同じこと言えるのか」と言う人が現れます。はいはい、でも私が話しているのはそういうその場その場での対処方法の話なんかじゃないんです。

83年からパキスタンやアフガニスタンで戦火の中でも医療活動や水源確保・農業支援活動を続けてきた中村哲さんが毎日新聞の取材に答えて次のように語っています。

「単に日本人だから命拾いしたことが何度もあった。憲法9条は日本に暮らす人々が思っている以上に、リアルで大きな力で、僕たちを守ってくれているんです」

平和憲法を平和ボケだとかお題目唱えてろとか言う人たちは、そんな中村さんたちの、現場の切実な安心感はわからんのでしょうね。

January 19, 2015

運動としての「表現の自由」

仏風刺誌「シャルリ・エブド」襲撃事件はその後「表現の自由」と「自由の限度」という論議に発展して世界中で双方の抗議が拡大しています。シャルリ・エブドの風刺画がいくらひどいからといってテロ殺人の標的になるのが許されるはずもないが、一方でいくら表現の自由といっても「神を冒涜する権利」などには「自由」は当てはまらない、という論議です。

私たちはアメリカでもつい最近同じことを経験しました。北朝鮮の金正恩第一書記をソニーの映画「ジ・インタビュー」が徹底的におちょくって果てはミサイルでその本人を爆殺してしまう。それに対してもしこれがオバマ大統領をおちょくり倒してついには爆殺するような映画だったら米国民は許すのか、というわけです。

日本が風刺対象になることもあります。最近では福島の東電原発事故に関して手が3本という奇形の相撲取りが登場した風刺画に大きな抗議が上がりました。数年前には英BBCのクイズ番組を司会していたスティーヴン・フライが、「世界一運が悪い男」として紹介した広島・長崎の二重被爆者の男性の「幸福」について「2010年に93歳で亡くなっている。ずいぶん長生きだったから、それほど不運だったとも言えないね」と話したところ在英邦人から抗議が出てBBCが謝罪しました。

シャルリ・エブドの事件のきっかけとなった問題は、風刺の伝統に寛容なフランス国内でも意見は分かれるようです。18日に報じられた世論調査結果では、イスラム教預言者ムハンマドを描写した風刺画の掲載については42%が反対でした。もっとも、イスラム教徒の反対で掲載が妨げられてはならないとの回答は57%ありましたが。

宗教批判や風刺の難しさは、その権威や権力を相手にしているのに、実際には権威や権力を持たない市井の信者がまるで自分が批判されたかのように打ちのめされることです。そして肝心の宗教そのものはビクともしていない。

でも私は、論理的に考え詰めれば「表現の自由に限度はない」という結論に達せざるを得ないと思っています。何が表現できて、何が表現できないか。それはあくまで言論によって選択淘汰されるべき事柄だと思います。そうでなくては必然的に権力が法的な介入を行うことになる。つまり風刺や批評の第一対象であるべきその時々の権力が、その時々の風刺や批評の善悪を決めることになります。自らへの批判を歓迎する太っ腹で寛容で公正な「王様」でない限り、それは必ず圧力として機能し、同時にナチスの優生学と同じ思想をばら撒くことになります。

もちろん、表現の自由の限度を超えると思われるようなものがあったらそれは「表現の自由の限度を超えている」と表現できる社会でなければなりません。そしてその限度の境界線は、その時々の言論のせめぎ合いによってのみ決まり、しかもそれは運動であって固定はしない。なので表現の自由とその限度に関する議論は止むことはなく、だからこそ自ずから切磋琢磨する言論社会を構成してゆく、そんな状態が理想だと思っています。

ヨーロッパというのは宗教から離れることで民主主義社会を形成してきました。青山学院大学客員教授の岩渕潤子さんによると「ヴァチカンが強大な権力を持っていた時代、聖書の現代語訳を出版しようとしただけで捉えられ、処刑された。だからこそヨーロッパ人にとってカトリック以外の信教の自由、そのための宗教を批判する権利、神を信じない権利は闘いの末に勝ち取った市民の権利だった」そうです。

対してアメリカは宗教とともに民主主義を培ってきた国で、キリスト教の権威はタブーに近い。しかしそれにしても市民社会の成立は「神」への永遠の「質問」によって培われてきたし、信仰や宗教に関係するヘイトスピーチ(偏見や憎悪に基づく様々なマイノリティへの差別や排斥の表現)も世界の多くの国々で禁止されているにもかかわらず「表現の自由」の下で法的には規制されていず、あくまでも社会的な抗議や制裁によって制御される仕組みです。もちろんそれが「スピーチ(表現)」から社会的行動に転じた場合は、「ヘイトクライム(偏見や憎悪に基づく様々なマイノリティへの犯罪行為)」として連邦法が登場する重罪と位置付けられてもいるのです。いわば、ヘイトスピーチはそうやって間接的には抑圧されているとも言えますが。

「表現の自由」の言論的な規範は、歴史的にみればそれは80年代の「政治的正しさ(PC)」の社会運動でより強固かつ広範なものになりました。このPC運動に対する批判もまた自由に成立するという事実もまた、根底に「正しさ」への「真の正しさ」による疑義と希求があるほどに社会的・思想的な基盤になっています。

でもここでこんな話をしていても、サザンの桑田佳祐が紅白でチョビ髭つけてダレかさんをおちょくっただけで謝罪に追い込まれ、何が卑猥かなどという最低限の自由を国民ではなく官憲が決めるようなどこぞの社会では、何を言っても空しいままなのですが。

December 23, 2014

クーバ・リブレ!

キューバとの国交正常化に向けてのホワイトハウスの動きには驚かされました。どの報道機関もスクープできなかった「青天の霹靂」でしたが、じつは昨年6月ごろからオバマ政権とカナダ、さらに仲介役としてこれ以上は望むべくもないローマ法皇庁のあいだで水面下の交渉が行われていたようです。オバマは大統領就任以前からキューバとの問題を解決したいと意欲的でしたし、そこに昨年3月、国際問題でも平和と公正を訴えて積極的にコミットする人物が法王になった。下準備を経て今年2月のオバマ・フランシスコ会談ではこの問題が内密に直接話し合われたといいます。

20年前にキューバに訪れたことがあります。ちょうどソ連崩壊でサトウキビと石油とのものすごい好条件のバーター貿易体制が崩壊した後で、この社会主義の優等生国が困窮の配給制を実施、路上に初めて物乞いの子たちが立つようになっていたころでした。

キューバではフィデルとエルネストという名前の人がとても多い。それは59年のバチスタ政権打倒でカストロとゲバラが英雄となり、当時生まれた男の子に多く彼らの名前が付けられたせいです。20年前のキューバでは、そのフィデルとエルネストたちが経済危機と独裁の圧政でその自分の名祖を罵っていました。

もっともキューバは他の社会主義の(ジメジメしたり暗かったり寒かったりする)どの国とも雰囲気が違っていて、それはきっとあの南国の明るい空気とスペイン語の陽気な発音のせいなんじゃないかと思いました。首都ハバナは新市街と旧市街に分かれていて、ヘミングウェイの愛した旧市街のバーでクーバ・リブレ(「キューバに自由を!」という名前のラムとコーラとライムのカクテル)などを飲んでいると若いお兄ちゃんが手招きしてきました。何だと思って近寄ると、いいものがあると言って路地に連れて行かれます。そこでそのお兄ちゃん、おもむろにズボンのベルトを外し、腹からコヒーバの葉巻を取り出すのでした。

コヒーバやモンテクリストは世界最上等の葉巻銘柄で、禁輸のせいでアメリカでは絶対に手が入らない垂涎の的でした。それが随分と安い。葉巻工場で働いている友達がこの経済混乱の中、生活のために横流しして観光客から米ドルを稼いでいるのだと言います。もっとあると言うので付いていくとたしかに木箱に入った「工場直送葉巻」が山積みになっていました。葉巻なんか吸わなかったけれど2箱買うとその夜、そのお兄ちゃんは街の裏側を案内してくれました。

友達がカリブ海を渡ってアメリカにイカダで亡命したという若者の家にもこっそりと取材に行きました。お母さんは配給手帳を見せてくれて、芋とババナしか手に入らないとカストロのダメさ加減を激しく非難していました。親戚にもアメリカに逃げた人がおり、ドルを地下送金してくれるネットワークのことも聞きました。自分たちもいつか亡命したいと言っていましたが、彼らはいまどうしているのかなあ。

それでもカストロ体制は90年代をなんとか乗り切り、21世紀に入ってからは各種経済システムの自由化を実施して、最近ではエボラ禍の西アフリカに国家事業でもある医師団の大量派遣を行って面目を施していました、米国内でもついひと月ほど前、この国際貢献に免じて経済制裁の緩和という動きも報じられていたのです。

ところがその一方で今年の原油急落はキューバにも大きな影を落としていました。ソ連の代わりにキューバを支えていた産油国ベネズエラが経済破綻に直面し、それがキューバ経済に波及していたのです。ラウル・カストロ政権としてもオバマ政権のこの「太陽政策」は渡りに船だったはずです。

もちろん、カストロ革命で米国に亡命せざるを得なかった当時の既得権益層はいつかキューバを取り戻そうと復讐心に燃えていたのですが、このオバマの方針変更でカストロ体制が延命するとカンカンです。でも、亡命移民の二世、三世はむしろこれを歓迎している。共和党の有望株マルコ・ルビオ上院議員(42)はキューバ系で、国交回復反対の急先鋒ですが、それはむしろ世代的には少数派。オバマ民主党は、200万人近いこのキューバ系有権者の票勘定もしたはずです。それはフロリダ州での次期大統領選にも関係してくるし、フロリダのヒスパニック票がいまプエルト・リコ系の方が多いという事実も分析したはずなのです。

ところで、来年から上下両院で多数派となる共和党は国交再開のための予算執行や経済制裁解除で徹底拒否に回るでしょう。大使館の設置にしてもその建設費などは議会の承認を経ないと出てきませんから。そこでオバマとしては大統領令でできる細々としたことで先に既成事実を積み重ねてゆく、という算段でしょう。共和党としても反対一本槍では、150kmも離れていないカリブ海の隣国との関係として、果たしてどれだけ支持されるでしょうか。じじつ、日本と違って党議拘束などない米国議会では、この国交再開を歓迎している共和党議員も出ています。なにせ50年以上も経済制裁を続けて埒が開かなかったのは、転機を訴えるのによいタイミングだったのかもしれません。

それにしてもオバマは中間選挙での敗北を経て、逆にオバマらしさを打ち出してきて、レイムダックになるのをまったく感じさせません。まあそれも来年の議会との攻防を見なくては判断するに早いでしょうが。

December 09, 2014

戦場の狂気

ファーガソンからスタッテン島の事件まで、黒人に対する暴力警察への抗議が止みません。抗議マーチの人たちとダウンタウンを歩きながら、この人たちはこの社会は自分たちが作っているのだという思いがとても強いのだなと感じました。

これは「水戸黄門」を期待している人たちではありません。コミュニティから国家まで、問題には自分自身が立ち上がらねばと思う人たちです。そんな社会では「権利」の反対語は「義務」ではありません。「権利」の反対語は自分でやらねばという「責任」「責務」の気持ちなのでしょう。

警官側もじつはかつてのKKKのような差別意識丸出しの時代ではもうないのです。ただ、差別は意識していなくとも「黒人は恐い」という、無知の偏見と思い込みがある。なにせ奴隷時代から白人が抑圧者だった国です。彼らは白人に対して敵意を持っているはずだと先読みする。犯罪に対処する警官にとって、普段から警戒するに越したことはないのですから。

この「先読み」はそこでは「偏見」ではなく標準的な「事前警戒」として認識されます。警官はそうして予防的な正当防衛権を行使する。ブッシュ時代に広まったテロ危険国家に対する「予防的先制攻撃」の考え方と同じです。

黒人に対する「プロファイリング」も、人種偏見のバイアスがかかっていると問題になっています。こういう事件が続くとなおのこと、黒人にとっては警官が脅威です。だから逃げようとする。するとまた「止まれ!」と言われて発砲される。対して警官の方もだからいっそう慎重に取り締まる、とはなかなかならない。どうしてもいつ反撃に転じられるか戦々恐々となって、いっそう過剰に自分を守ろうとする。

それは実は戦場での心理です。イラク戦争から帰ってきた元海兵隊員ロス・カプーティーさんの証言があります。あの高遠菜穂子さんが日本各地で彼の講演会を開催して紹介しました。

「私の同僚はイラクでパトロール中、道端に立っている老人を発見し、武器を持っていると判断し即座に射殺しました。が、手にもっていたのはコーランでした」「ファルージャに入る直前に軍の弁護士から交戦規定に関して一度だけ説明があった。自分の身に危険を感じた時に規定を破っても正当防衛ということで軍が守ると言われた」「もし規定違反をしてしまったような場合は、とにかく『身の危険を感じたから』と言いなさいと言われた」

思えば、警官たちが立て続けに不起訴になっているのはこの戦場の論理です。周囲はみな敵かもしれないという疑心暗鬼。そして恐怖を盾にした過剰な暴力の発散。その典型例が1999年にニューヨークで起きたアマドゥ・ディアロさん射殺事件でした。

ディアロさんは自宅アパート前で職質に遭い、警官たちに動かないように言われたにも関わらずポケットに手を入れたために計41発も銃撃されて即死しました。警官4人が過剰防衛で裁判にかけられましたが全員無罪になりました──「41発」という狂気。ポケットには財布しか入っていなかったのに。

この悪循環を断ち切るにはシステムを変えるというハード面での規制も必要です。大統領が導入を発表した警官のボディカメラ装着はニューヨークではじき始まろうとしています。イラクやアフガンからの米軍撤退であぶれた軍用武器が払い下げられて警察の重武装化が進んでいるのも規制しなくてはなりません。警察自体の銃規制が必要なのです。とはいえ警官たちの心の中の、戦場の狂気こそが問題なのですが。

November 17, 2014

エボラ禍で私たちにできること

米国移送の最初のエボラ感染患者がニューヨークの病院から退院する一方で新たに搬送されたシエラレオネの医師が治療の甲斐なくネブラスカ州で死亡するなど、エボラ熱との戦いはまだ続いています。感染爆発の西アフリカでは死者5000人を超えました。

これから始まる新たな社会問題もあります。エボラで死んだ親の子供たちが、感染を恐れる親戚にも見放されて続々
と孤児になっているのだそうです。中でも死者が3000人近いリベリアでは孤児の数も4000-5000人いると見られています。ところが彼らを世話する孤児院がない。

その孤児院を建設しようと、1人の牧師さんがこの夏からニューヨークで資金集めに奮闘しています。首都モンロビアで最大のキリスト教区を持つサミュエル・リーブズ牧師です。

そもそもなぜリベリアで感染被害が多いかというと、リベリアは家族や友人をとても大切にする社会で、道で会っても話をするときでもいつもハグしたりキスしたり手を取り合ったりしているのだそうです。また家族が亡くなるとみんなでその遺体を拭き清める習慣もある。そんな温かい関係がかえってエボラ熱の接触感染を広める仇となったのです。

にもかかわらずエボラの恐怖と社会的スティグマは家族親族の関係を断ち切るほどに強い。私たちも知っているエイズ禍の時と同じです。

リーブズさん自身、9月の故国からの電話で、幼馴染の隣の教区の牧師さんがエボラで急死したという方を受け取りました。国の保険証の担当官と一緒に国内のエボラ患者の支援と救済に飛び回っている最中に自身もエボラに感染してしまったのだそうです。

リーブズ牧師はどうにか孤児たちを引き受ける孤児院を作りたいと奔走しています。全米の教会を回り資金集めに忙殺されていた9月には、幼なじみだった隣の教区の同僚牧師さんがエボラで急死したという電話連絡も受けました。リベリアの厚生省の担当者といっしょに国内各地を回って患者たちの世話をしていて感染したそうです。

リベリアはやっと内戦が終わり民主社会を建設中でした。それがまた壊滅的な打撃を受けています。その立て直しは孤児院の建設から始まると言うリーブズ牧師は、最終的に国内に15の院が必要になると話しています。その第一号の建設地はすでにシエラレオネとの国境沿いに国際支援でできた医療センターと高校施設との共同敷地があるそうです。

資金集めの目標は1000万ドル(10億円)。そこにニューヨークで40年活躍しているジャズマンの中村照夫さんが慈善コンサートで資金集めに協力することになりました。中村さんは日本のジャズ界の大きな賞である南里文雄賞の受賞者で、20年来、日米でエイズの啓発コンサートも続けてきた人です。

今年も12月1日(月)は世界エイズデーです。この日に「エイズからエボラへ」という持続的な社会啓発を謳って中村さん率いるライジングサン・バンドがブルックリン・パークスロープの「ShapeShifter Lab(シェイプシフター・ラブ)」で7時から演奏します。寄付は現金と小切手で受け付けます。詳細は次のとおりです。

    *

【世界エイズデーコンサート=エイズからエボラへ】
日時=12月1日(月)午後7時〜9時
場所=ShapeShifter Lab (18 Whitewell Place, Broklyn, NY=最寄駅はR線のユニオン・ストリート)
出演=Teruo Nakamura & the Rising Sun Band, with Monday Michiru (Vocal/Flute)
入場料=15ドル
寄付願い=できれば10ドル以上を。小切手宛先は The Safety Channel。全額がモンロビアの「Providence Baptist Church Medical Center and Orphanage」へ寄付されます。

November 05, 2014

失望の選挙

2年前の大統領選の時には「オバマ人気」のことを書いていたのに、この中間選挙でこうなると予想していた人は少ないんじゃないでしょうか? しかしその「オバマ不人気」の原因はというとどうもはっきりしません。

強いて挙げれば医療改革で例の保険サイトが初っ端からひどいバグだらけだったこと。それに保険に関しては今のところ出費だけで、新たに病気になってその保険の恩恵を実感できる人がまだ少ない。かくしてプラス評価が出てこない。

イラク撤退。これは当初は評価されましたが、その空白をねらって隣のシリアからイスラム国が台頭してきた。しかもマンハッタンで斧を持ったイスラム国支持男が警官を襲って重傷を負わせ、カナダでは同じくオタワの国会でイスラム国支持男が銃を乱射して……はてイラク撤退は果たして良かったのかという疑念が大きくなっています。

外交上の疑念はそれ以前から芽生えていてイラクやシリアだけでなくリビアもぐちゃぐちゃ、ウクライナではプーチンの良いようにされたまま。「世界のリーダー」だったアメリカはこれでよいのか、あるいは「このままでは国内でまた本格的なテロが起きるかも」という不安が漂ってさえいるのです。

そこに経済です。失業率や株式市場などの数字上の好転がありながら、景気の良さが一般国民にほとんど実感されていません。つまり格差が広がって、単に上部の富裕層が数字を引っ張っているだけじゃないのか?

でも元を正せばこのすべては前政権の失政のせいでした。心の中で「なんでその責任がぜんぶオレに来るんだ?」とオバマは叫んでいるかもしれません。

大統領選挙は「希望の選挙」と呼ばれます。未来を語り、希望の道筋を示すのです。それに対して中間選挙は「失望の選挙」と呼ばれます。選んだ大統領に対して「こんなはずじゃなかったのに」と思う要素が強く出てくる。

この不人気の原因はオバマの失政というより、むしろ彼が2回の大統領選で示した「希望」の大きさに、現実が付いてきていないことへの「失望」なのではないのか。おまけに中間選挙ではその「失望」のせいかあるいは大統領選で示されるような「明確で大きな争点」の無さのせいか、オバマ旋風の基礎となった若者層、社会的マイノリティ層がそもそも投票に行かないという傾向も影響しました。そして決定的なのが、今回改選分の上院議員は、08年のオバマ旋風でに乗って「勢い」で当選した人たちが多かったということ。旋風なしに当選することはそもそも難しかったのです。

だからといって国民が共和党を支持しているのかというと、茶会派で極端に走る彼らへの信頼は厚くはありません。共和党に穏健派が少なくなったことで民主党にも極端に走る議員が増えて、議会に対する国民の信用は14%しかないのです。

こんな不安な時代に人が求めるのは、実はオバマのような理詰めのリーダーではないのかもしれません。「理」よりも「情」に届いてくる、明るく包容力のある人間なのかもしれません。かといって2年後の選挙で出てくるヒラリーがおおらかな「肝っ玉母さん」になれるかははなはだ心許ないのですが。ただしその選挙で改選される上院議員の多くは10年のお茶会旋風に乗って当選した共和党議員でもあります。それが「ヒラリー政権」の追い風になることは考えられます。

それ以前に、オバマが残る2年をどうやりくりするかが問題です。世界に山積する難問は、彼にレイムダックになるヒマを与えないからです。

October 10, 2014

「イスラム国」とは何か?

9.11の後で私たちはこれからの戦争が国家vs国家ではなく、国家vsテロ集団だということを知らされました。領土も持たず絶えず移動する相手にどういう戦争が可能なのか、それを考えている最中に今度は「イスラム国」が出てきました。
オバマ大統領も今年初め彼らをNBAになぞらえて「一軍に上がれない連中」「大した脅威ではない」と見ていました。ところがあれよあれよと勢力を拡大しシリアからイラクに侵攻し、この6月に指導者のアブバクル・バグダディが自らを「カリフ(ムハンマドの後継者=最高権威者)」と名乗って「イスラム国」の建国を宣言したころにはすでに国際的に無視できない存在になっていたのです。

アルカイダもタリバンも「国」を模索しませんでした。ところがこの「イスラム国」は「国」です。ただしこの「国」は私たちの言う「国」とは違うのです。

現在の世界は「それぞれが主権を有する国家」同士の共存体制を執っています。日本も米国も英国もぜんぶそんな「主権国家」です。この考え方は17世紀のウエストファリア条約で確立しました。この「主権国家」は帝国主義や植民地主義や第一次、第二次世界大戦を経て統合したり分裂したり独立したりして現在に至ります。ただし「主権国家の共存体制」といっても国境線がまっすぐだったりするアフリカや中東では無理矢理この「国家」像を押し付けられた感も残ります。

それに対して「イスラム国」の「国」は違います。これは国境や領土や国民といった世俗的な国ではなく「神の国」という意味です。イスラム教を真に信じる人がいれば国境も領土も関係なくそこが「イスラム国」だという意味なのです。

これはつまり、世俗的な「国家」を単位として構成されている現在の世界に対する、根本的な対峙なのです。そんな堕落した世俗の「国」ではなく、神の「国」なのだ、ということです。

そこに世界数十カ国から10000人以上の若者が戦闘員として集まっている。欧米からも3000人がシリアに入っていると言われます。彼らはイスラム原理主義への共鳴者だけではなく、金権主義で堕落した西欧社会に愛想を尽かした層、西欧で高まるネオナチなどによる移民排斥運動あるいは9.11以降の米国でのイスラム教嫌悪で真っ向から差別を受けた中東などからの移民2世3世です。さらには「自分探し」「英雄志向」「変身願望」の者たちも少なくありません。なにせイスラム教とは本来、困っている者たちを無償で支え合う理想の相互扶助、平等の宗教だからです。イスラム教においては利子を取ることさえ禁止されています。

ところが「イスラム国」はそこから徹底して異教徒を排斥する。異教徒なら奴隷にしても斬首してもかまわないと公言する。支持者たちはそれを「度を超した過激」とは見ずに「純粋」なイスラム主義と受け取る。

この「排斥主義」は元を正せば欧米のイスラム教徒排斥の裏返しです。国家であれば「自衛のための攻撃」と呼ばれ、国家でなければ「テロ」と呼び捨てるのはアルカイダやタリバンを相手にしたときだけではなく、イスラエルとパレスチナの関係でもそうでした。

そうした卑劣な「近代国家」像に「神の国家」の力を対峙させる──それは斬首された米国人ジャーナリストたちがその公開動画でオレンジ色の服を着せられていたことでも明らかです。あれは米国の、アブグレイブ刑務所の囚人服の再現なのです。私たちは私たちの拠って立つ世界の基盤への本質的な問いかけに直面しているのです。

August 30, 2014

氷のビショービショ

友人からチャレンジされて私もアイスバケットの氷水をかぶりました。筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病の支援を目的に7月末から始まったこのキャンペーンは有名人を巻き込んであっというまに300万人から計1億ドル以上を集めました(8月末現在)。昨年の同じ時期に米国ALS協会が集めた募金は280万ドルだったといいますから、このキャンペーンは大成功です。

フェイスブックやツイッターで映像画像を公開しているみなさんは嬉々として氷水をかぶっているようですが、スティーヴン・ホーキング博士も罹患しているこの病気はじつはとても悲惨なものです。四肢から身体全体にマヒが広がり、最後に残った眼球運動もできなくなると外界へ意思を発信する手段がなくなります。意識を持ったまま脳が暗闇に閉じ込められるその孤独を思うと、氷水でも何でもかぶろうという気になります。

啓発のためのこういうアイディアは本当にアメリカ人は上手い。バカげていても何ででも耳目を集めればこっちのもの。こういうのをプラグマティズムと呼ぶのでしょうね。もちろんチャレンジされる次の「3人」も、「幸福の手紙」みたいなチェーンメール方式と違って断る人は断ってオッケー、その辺の割り切り方もお手の物です。

レディ・ガガにネイマール、ビル・ゲイツやレオナルド・ディカプリオといった世界のセレブたちが参加するに至って案の定、これはすぐに日本でも拡散しました。ソフトバンクの孫さんやトヨタの豊田章男社長といった財界人から、ノーベル生理学・医学賞の山中教授、そして田中マー君も氷水をかぶりました。

ところがあるスポーツタレントがチャレンジの拒否を表明して、それが世間に知られると「エラい」「よく言った」と賞讃の声がわき起こったのです。ある意味それはとても「日本」らしい反応でした。その後ナインティナインの岡村隆史も「(チャリティの)本質とはちょっとズレてきてるんちゃうかな」と口にし、ビートたけしも「ボランティアっていうのは人知れずやるもの」と発言しました。こうした批判や違和感の理由は「売名行為」「一過性のブーム」「やっている人が楽しんでるだけで不謹慎」「ただの自己満足」といったものでした。

日本にはどうも「善行は人知れずやるもの」というストイックな哲学があるようです。そうじゃないとみな「偽善的」と批判される。しかし芸能人の存在理由の1つは人寄せパンダです。何をやろうが売名であり衆人環視であり、だからこそ価値がある。ビートたけしの言い分は自己否定のように聞こえます。

私はこれは日本人が、パブリックな場所での立ち振る舞いをどうすべきなのかずっと保留してきているせいだと思っています。公的な場所で1人の自立した市民として行動することに自身も周囲も慣れていない。だからだれかがそういう行動を取ると偽善や売名に見える。だから空気を読んで出しゃばらない。そんな同調圧力の下で山手線や地下鉄でみんな黙ってじっとしているのと同じです。ニューヨークみたいに歌をうたったり演説をする人はいません。

そういう意味ではアイスバケット・チャレンジはじつに非日本的でした。パブリックの場では大人しくしている方が無難な日本では、だから目立ってナンボの芸人ですら正面切っての権力批判はしない。むしろ目立つ弱者を笑う方に回る。

私は、偽善でも何でもいいと思っています。その場限りも自己満足も売名も総動員です。ALSはそんなケチな「勝手」を飲み込んであまりに巨大なのですから。

May 29, 2014

暴力のジェンダー

札幌市厚別区で行方不明になっていた伊藤華奈さんが殺害されていたという痛ましいニュースを目にしながら、その数日前に起きたカリフォルニア州サンタバーバラでの大量殺人事件の余波を考えていました。というのも「暴力には人種や階級、宗教や国籍の別はない。けれどジェンダー(男女)の別はある」という米国の女性作家の言葉が忘れられなかったからです。

サンタバーバラでの事件は単なる「もう1つの銃乱射事件」ではありませんでした。自殺した犯人の男子大学生(22)が残した犯行予告のビデオや百三十七ページの手記の内容が、全米の女性たちに異例の反応を惹き起こしたのです。なぜならば犯人は「自分のような完璧な紳士を相手にしないのは女たちの不正義であり犯罪だ。そんな女たち全員に罰を下してやるのがぼくの喜びだ」などと発言していたからです。

この激しいジェンダー間憎悪。ここにあるのは一義的には「モテない男の個人的な恨みつらみ」ですが、その根底には男たちの拭い去りがたい女性嫌悪、女性蔑視が横たわっているのではないか──その気づきが全米の女性たちに大議論を巻き起こしたのです。

ツイッターなどを舞台にしたその議論のハッシュタグ(合言葉)は「#YesAllWomen(そう、女たちはみんな)」。

男性性への批判に対して男たちが反論するときに「Not All Men(男がみんな〜〜だとは限らない)」と切り出す決まり文句があります。それに対抗して女性たちがいま、直言や皮肉として逆に「そう、女はみんな〜〜だ」という合言葉の下、自分の経験した性暴力や性差別、嫌がらせや性的脅しなどの具体例を報告しているのです。その数すでに百数十万件。つまりここにあるのは圧倒的なジェンダーの不均衡です。男女間の暴力事案の被害者は圧倒的に女性が多く、加害者は圧倒的に男性が多いという事実の列挙です。

しかも今回の犯人はメンズ・ライツ運動(男性の権利を取り戻す運動)に関わっていたこともわかりました。しかも彼の場合は女性の権利の台頭に恐れをなした男性側が、男性性の優位を訴えて権利回復を叫ぶというとても短絡的な主張です。これはつまりフェミニズムに出遭ったときに男性たちがそれを取り込んで柔軟かつ大らかに変わるのではなくて、そんな女性たちに対抗し競争して打ち勝つ、というなんとも子供じみた衝動なのです。

冒頭の「暴力にはジェンダーの別がある」というのは歴史家でもある作家レベッカ・ソルニットの新著「Men Explain Things to Me(私に物事を教える男たち)」の中の言葉です。今回の事件に関して彼女は「democracynow.org」という独立系の米ニュースサイトで「世界中で女性に対する性暴力が溢れている。なのにそれが人権の問題としてとらえられることは少ない」と論難しています。先のツイッターでの議論ではインドやアフリカ諸国などで多発する強姦事件や女性の人権無視も数多く言挙げされています。いやそれだけでなく、米テキサス州で「ビールとバイオレンスはドメスティックに限る!」と手書きの看板を出していたマッチョなバーもあることが報告されました。奨励される前者は国産ビール、後者は身内での暴力、特に女性への暴力のことです。

伊藤華奈さんへの加害者が男性なのかはまだわかっていません。しかし思えば先日のAKB握手会事件も男性が女性を襲ったものでした。暴力事案をこうしたジェンダーの視野から照らして見る。そうしなければ男たちは、犯罪に潜む身勝手な女性嫌悪と女性蔑視とに永遠に気づかないかもしれません。ええ、男がみんなそうだとは限らないのですが。

May 12, 2014

日系企業のみなさんへ〜任天堂事件の教訓

記憶に新しいところではこの4月、ファイアフォックスのモジラ社の新CEOがかつてのカリフォルニアでの反同性婚「Prop8」キャンペーンに1000ドルの寄付をしていたために就任10日で辞任に追い込まれました。東アジアのブルネイが同性愛行為に石打ち刑を適用することに対し全米でブルネイ国王所有のホテルチェーンにボイコットが起きていることも大きなニュースです。そういえばロシアの反同性愛法への抗議でソチ五輪で欧米諸国がそろって開会式を欠席したのもまだ今年の話でした。

性的少数者への差別や偏見に対してかくも厳しい世界情勢であるというのに、どうして大した思想も覚悟もあるわけでない任天堂米国社が、6月に発売するソーシャルゲーム「Tomodachi Life(日本名ではトモダチ・コレクション=先にコネクションとしたのを書き込み指摘により修正しました)」の中で同性婚が出来なくなっているのでどうにかしてほしいと言うファンからの要望に対して「任天堂はこのゲームでいかなる社会的発言も意図していません」「異性婚しかないのは、現実世界を再現したというよりは、ちょっと変わった、愉快なもう1つの世界だからです」と答えてしまったのでしょうか。

実は同じことは日本版リリース後の昨年暮れにも起きました。このときは日本国内での話題で、一部外国のゲームファンの中からも問題視する声がありましたが、任天堂はこれを「ゲーム内のバグ」と言いくるめて押し通し、肝心の同性間交際の問題には正面からはまったく対応しませんでした。そして今回に至ったのです。

これはマーケティング上の大失敗です。なぜならこれは、米国では誰から見ても明白に「大きな問題」になることだったからです。そして、同性婚を連邦政府が認めているアメリカで「異性婚しかないのは」「現実世界」とは違ってそれ「よりはちょっと変わった愉快なもう1つの世界」の話だからだと言うことは、まるで同性婚のある現実世界はその仮想世界よりも楽しくないという、大いなる「社会的メッセージ」を発することと同じだったからです。

果たしてこれをAP、CNN、TIME、ハフィントンポストなど、米国のほぼ全紙全局が一斉に報じました。AP配信の影響でしょうか、アメリカのゲーム関連のニュースサイトもちろん速報しました。「任天堂は同性婚にNO」という批判文脈で。それでもまだ任天堂は気づいていなかった。というのもハフィントンポストからの取材に対して日本の任天堂は「すでに発売された日本で大きな問題になってはいませんし、まずはゲームを楽しんでいただきたい」とコメントしたのです。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/05/08/nintendo-tomodachi_n_5292748.html
「日本では昨年発売されたものですし、お客様にも大変喜んでいただいています。
 ゲームの中で、結婚したり、子供を作ったりという部分が特徴的なのは確かですが、それだけではありません。いろいろなことができるゲームですし、その部分のみが取り上げられるのは、ゲームの中身が理解されていないのかな、という印象です。まだ海外では発売すらされていないので、そういった報道になるのかもしれません。すでに発売された日本で大きな問題になってはいませんし、まずはゲームを楽しんでいただきたいと思います。」

そして翌9日、任天堂は謝罪に追い込まれました。「トモダチ・ライフにおいて同性間交際を含めるのを忘れたことで多くの人を失望させたことに謝罪します」と。

We apologize for disappointing many people by failing to include same-sex relationships in Tomodachi Life.

TIMEは次のようにこの謝罪も速報しました。

The company issued a formal apology Friday and promised to be "more inclusive" and "better [represent] all players" in future versions of the life simulation game. The apology comes after a wave of protests demanding the company include same-sex relationships in the game

もっとも、任天堂は例の「社会的発言」云々のくだりなど、それ以前のコメントの「間違い」への反省の言及は一切ありませんでした。

LGBT(性的少数者)の人権問題に関してどうして日系企業はかくも鈍感なのでしょう。そもそもアメリカに進出していてもLGBTという言葉すら知らない人さえいます。かつて日系企業の米国進出期には女性差別やセクハラ、人種差別やそれに基づくパワハラが訴訟問題にも発展し、多くの教訓を得てきたはずです。にもかかわらず今度はこれ。実際は何も学んでこなかったのと同じではありませんか。

性的「少数者」として侮ってはいけません。米国社会では親しい友人や家族の中にLGBTがいると答えた人は昨年調査で57%います。同性婚に賛成の人は先日のCNN調査で59%にまで増えました。所謂ゲーム世代でもある18歳〜32歳の若年層に限ると、同性婚支持の数字は68%にまで跳ね上がるのです(ピューリサーチセンター調べ=2014.3.)。

つまり、LGBTに関して「あいつオカマなんだってさ」「アメリカにはレズが多いよな」などという言葉を吐こうものなら、あなたは7割の若者から差別主義者の烙印を押されることになるのです。それで済めば良いですが、もしそれが職場や仕事上の話題ならば、訴訟になり巨額のペナルティが科せられます。冒頭に挙げた例はビッグネームであるが故の社会制裁を含んだものですが、アメリカでは最近、せっかく新番組のTVホストに決まっていた双子の兄弟が過去のホモフォビックな活動を問題視されて番組そのものがあっというまにキャンセルされてしまった例もあります。こう言ったらわかるかもしれません。アメリカ社会で黒人にニガーという言葉を投げつけただけであなたは社会的にも経済的にも大変困ったことになります。その想像力をそっくりLGBTに対しても持つ方がよい。ホモフォビックな性的少数者に差別と偏見を向ける人は、よほどの宗教的な確信犯ではない限り、すでにそちらこそが少数派の社会的落伍者なのです。

そんなこんなで任天堂問題がツイッターなどを賑わしているさなかに、大阪のゲーム会社がまた変なことをやらかしていることが発覚しました。

ノンケと人狼を見分けて「(ホモ)人狼」を追放する「アッー!とホーム♂黙示録~人狼ゲーム~」だそうです。

こうなるともうわけがわかりません。

これがアップルやグーグルのゲームアプリとして発売されるというので、いまツイッターなどでみんながアップルとグーグルにこんなホモフォビックなゲームは販売差し止めにしてほしいという運動を起こしています。なにせアップルもグーグルも世界的にLGBTフレンドリーを公言している企業だから尚更、というわけです。

このゲーム会社、大阪のハッピーゲイマー(Happy Gamer)というところらしいですが、ツイッターで抗議されて慌ててこのゲームのサイトに「表現について」という急ごしらえの「表現について」http://ahhhh.happygamer.co.jp/expressというページを追加してきました。そこで「このゲームにおいて「性的少数者=人狼」のように表現はされておりません」と釈明したのです。でも、それ以前にこの会社、ツイッターで「#ホモ人狼 あ、ハッシュタグ作ったんで使ってくださいね!」という「人狼=ホモ」という何とも能天気な自己宣伝をばらまいていたんですね。頭隠して尻隠さずというのはこういうことを言うのです。あまりに間抜けで攻めるこちらが悲しくなってきます。

というわけでこの会社が両販売サイトから差し止めを食らうのも時間の問題です。おそらく零細企業でしょうし、「ホモ人狼」などと堂々と宣伝してしまうところから見てもまったく意識がなかったのは明らかですが、「差別するつもりはなかった」という言い訳が通用するのは小学生までです。ユダヤ人に、黒人に、世界中でどれほどそういう名目での差別が行われてきたか、「差別するつもりはなかった」ということをまだ恥ずかし気もなく言えるのもまた日本社会の甘やかなところなのだと、とにかく一刻も早く気づいてほしい。並べて日本の会社はこの種のことにあまりに鈍感過ぎます。

「差別するつもりはなかった」という言葉で罪が逃れられると思っているひとは、「殺すつもりはなかった」という言葉があまり意味のない言い訳であるということを考えてみるといいと思います。こんなことが差別になるとは知らなかったと言って驚く人は、こんなことで死ぬとは思っていなかったと言って驚く人と同じほど取り返しがつかないのです。LGBTに関して、いま欧米社会はそこまで来ています。

ゲイやレズビアンなどの市民権がいまどうして重要なのか。いつから彼らは「ヘンタイ」じゃなくなったのか。私はもう20年以上もこのことを取材し書いてきました。日本企業のこの状況を、ほとほと情けなく思っています。この問題について企業研修をやりたいなら私が無料で話してさしあげます。連絡してください。

April 28, 2014

尖閣安保明言のメカニズム

「尖閣諸島は安保条約の適用対象」という文言が大統領の口から発せられただけで、鬼の首でも獲ったみたいに日本では一斉に一面大見出し、TVニュースでもトップ扱いになりました。でも本当に「満額回答」なんでしょうか? だって、記者会見を聴いていた限り、どうもオバマ大統領のニュアンスは違っていたのです。

もちろんアメリカ大統領が言葉にすればそれだけで強力な抑止力になります。その意味では意味があったのでしょう。しかしこれはオバマも「reiterate」(繰り返して言います)と説明したとおり、すでに過去ヘーゲル国防長官、ケリー国務長官も発言していたこととして「何も新しいことではない」と言っているのです。

Our position is not new. Secretary Hagel, our Defense Secretary, when he visited here, Secretary of State John Kerry when he visited here, both indicated what has been our consistent position throughout.(中略)So this is not a new position, this is a consistent one.

ね、2度も言ってるでしょ、not a new position ってこと。これは首尾一貫してること(a consistent one)だって。

それがニュースでしょうか? それにそもそも安保条約が適用されると言ってもシリアでもクリミアでも軍を出さなかったオバマさんが「ロック(岩)」と揶揄される無人島をめぐる諍いで軍を動かすものでしょうか? だいたい、上のコメントだって実は中国をいたずらに刺激してはいけないと「前からおんなじスタンスだよ、心配しないでね」という中国に対する暗黙の合図なのです。

それよりむしろオバマさんが自分で安倍首相に強調した( I emphasized with Prime Minister Abe)と言っていたことは「(中国との)問題を平和裏に解決する重要さ(the importance of resolving this issue peacefully)」であり「事態をエスカレートさせず(not escalating the situation)、表現を穏やかに保ち(keeping the rhetoric low)、挑発的な行動を止めること(not taking provocative actions)」だったのです。まるで中学生を諭す先生のような言葉遣いです。付け加えて「日中間のこの問題で事態がエスカレートするのを看過し続けることは深刻な誤り(a profound mistake)であると首相に直接話した(I’ve said directly to the Prime Minister )」とも。

さらにオバマさんは「米国は中国と強力な関係にあり、彼らは地域だけでなく世界にとって重大な国だ(We have strong relations with China. They are a critical country not just to the region, but to the world)」とも言葉にしているのですね。これはそうとう気を遣っています。

注目したいのは「中国が尖閣に何らかの軍事行動をとったときにはその防衛のために米軍が動くか」と訊いたCNNのジム・アコスタ記者への回答でした。オバマさんは「国際法を破る(those laws, those rules, those norms are violated)国家、子供に毒ガスを使ったり、他国の領土を侵略した場合には(when you gas children, or when you invade the territory of another country)必ず米国は戦争に動くべき(the United States should go to war)、あるいは軍事的関与の準備をすべき(or stand prepared to engage militarily)。だが、そうじゃない場合はそう深刻には考えない(we’re not serious about those norms)。ま、その場合はそういうケースじゃない(Well, that’s not the case.)」と答えているのです。

どういうことか?

実は尖閣諸島に関しては、オバマさんは「日本の施政下にある(they have been administered by Japan)」という言い方をしました。これはもちろん日米安保条約の適用対象です。第5条には次のように書いてある;

ARTICLE NO.5
Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan would be dangerous to its own peace and security and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes.
第5条
各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危機に対処するように行動することを宣言する。

でもその舌の根も乾かぬうちにオバマさんは一方でこの尖閣諸島の主権国については「We don’t take a position on final sovereignty determinations with respect to Senkakus」とも言っているのですね。つまりこの諸島の最終的な主権の決定(日中のどちらの領土に属するかということ)には私たちはポジションをとらない、つまり関与しない、判断しない、ということなのです。つまり明らかに、尖閣諸島は歴史的に現在も日本が施政下に置いている(administrated by Japan)領域だけれども、そしてそれは同盟関係として首尾一貫して安保条約の適用範囲である(the treaty covers all territories administered by Japan)けれど、主権の及ぶ領土かどうかということに関しては米国は留保する、と、なんだかよくわからない説明になっちゃっているわけです。わかります?

つまり明らかに合衆国大統領は尖閣をめぐる武力衝突に関しての米軍の関与に関して、言葉を濁しているんですね。しかももう1つ、安保条約第5条の最後に「自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危機に対処するように行動する」とあって、この「手続き」って、アメリカはアメリカで議会の承認を経なきゃならないってことでもありますよね。米国連邦議会が「岩」を守るために軍を出すことを、さて、承認するかしら? ねえ。

この共同会見を記事にするとき、私なら「尖閣は安保条約の適用対象」という有名無実っぽいリップサービスで喜ぶのではなく、むしろ逆に「米軍は動かず」という“見通し”と「だから日中の平和裏の解決を念押し」という“クギ刺し”をこそ説明しますが、間違っているでしょうか? だってリップサービスだってことは事実でしょう? 米軍が守るというのはあくまで日本政府による「期待」であって、政治学者100人に訊いたら90人くらいは「でも動きませんよ」と言いますよ。

ところがどうも日本の記者たちはこれらの大統領の発言を自分で解読するのではなく、外務省の解釈通り、ブリーフィング通りに理解したようです。最初に書いたようにこれは「大統領が口にした」というその言葉の抑止力でしかありません。そりゃ外務省や日本政府は対中強硬姿勢の安倍さんの意向を慮って「尖閣」明言を「大成功」「満額回答」と吹聴したいでしょう。でもそれは“大本営発表”です。「大本営発表」は「大本営発表」だということをちゃんと付記せねば、それは国民をだますことになるのです。

私がこれではダメだと思っているのは、何故かと言うと、この「尖閣」リップサービスで恩を売ったと笠に着て、米国が明らかにもう1つの焦点であったTPPで日本に大幅譲歩を強いているからです。ここに「国賓招聘」や「すきやばし次郎」や「宮中晩餐会」などの首相サイドの姑息な接待戦略は通用しませんでした。アメリカ側はこういうことで恐縮することをしない。ビジネスはビジネスなのです。

思えばオバマ来日の前週に安倍さんが「TPPは数字を越えた高い観点から妥結を目指す」と話したのもおかしなことでした。「高い観点」とはこんな空っぽな安保証文のことだったのでしょうか? 取り引きの材料になった日本の農家の将来を、いま私は深く憂いています。

April 26, 2014

勘違いの集団自衛権

みんな誤解してるようだけど、日本が戦争をしかけられるときには集団的自衛権は関係ないんだよ。つまり尖閣での中国との衝突なんて事態のときは、集団的自衛権は関係ないの。どうもその辺、混同してるんだな。集団的自衛権が関係するのは、日本の同盟国である米国が攻撃されたとき。それを米国と「集団」になって一緒に防衛するってこと。つまり米国が攻撃されたらそこに日本が出て行くってこと。米国と同盟国だから。さてそこでそれを「限定的に使うことを容認したい」って言い始めてるのが安倍政権。どこまでが「限定的」なのかは、そんなの、難しくて言えない、ってさ。個別に判断するようです。でも「地球の裏側にまで出かけることはない」とも言ってるけど、「じゃあどこなら行くの?」には答えられていない。

一方、尖閣でなにかあったときに米国が日本を助けてくれるのは、これは米国側からの集団自衛権、それと、それをもっと明確にしての日米安保条約。だから、尖閣の有事の時のために集団自衛権が必要だ、と思い込んでる人は間違いなの。で、今回の日米共同声明では、尖閣も含んだ日本の施政下の場所は、それは「安保条約第5条の適用下にある」ってこと。

いわば、米国から守ってもらいたいがために、日本も米国を一緒になって守りますよ、っていう約束がこんかいの「集団的自衛権の行使」容認に向けた動きなのです。つまり、なんかあったら日本もやりますから、という証文。先物取り引きみたいなもの。約束。だから、日本になんかあったらよろしくね、というお願いとのバーター取引なのね。

でも、じつはこれ、バーターにしなくてももう昔からそう決まっていたの。だって、安保条約、前からあるでしょ? 集団的自衛権行使します、なんて決めなくても、もうそれは約束だったんだから。

じゃあ、なんでいままたそんなことを言いだしたの? というのでいろいろ憶測があって、それは、1つは靖国参拝、1つは従軍慰安婦河野発言見直し、つまりは「戦後レジームからの脱却」「一丁前の国=美しい国」──そういうアメリカが嫌がることをやらなきゃオトコじゃねえ!と思い込んでるアベが、嫌がることの代償にアメリカが有り難がってくれることをやってやればあまり強いこと言わんだろう、ま、だいじょうぶじゃね?という思惑で(というか、もちろんそれはちゃんと武力行使もできるような「一丁前のオトコらしい国家」であることの条件でもあるんでそこはうまく合致するんだけど)、それで前のめりになっているわけ。だってほら、昨年12月26日の靖国参拝で「disappointed」なんて言われちゃったから、なおさら機嫌直さないといけないでしょ。

アメリカだって、助けてくれると言うのをイヤだなんて言いません。そりゃありがとうです。でも、要は、そんなこんなでアメリカが日本の戦争に巻き込まれるような事態はいちばん避けたいわけです。でも日本が集団自衛権行使容認に前のめりになればなるほど、中国や北朝鮮を刺激してそういう事態が訪れる危険度が高まるというパラドクスがあるわけ。だから、アメリカもアメリカに対して集団自衛権を行使してくれるのはありがたいけど、まあちょっとありがた迷惑な感じが付き纏う。

だから、こんかいの共同声明では、集団自衛権の「行使容認に向けての動き」を歓迎・支持する、ではなくて、集団的自衛権の行使に関する事項について「検討を行っていること」なわけよ、歓迎・支持の対象は。

でね、オバマが強調したのは「尖閣も守られるよ」ってことじゃないの。オバマが強調したのは「対話を通した日中の平和的解決」であり、オバマは「尖閣諸島がどちらに属しているかに関してはアメリカは立場を明確にしない」と繰り返したんです。さらに「米国は軍事的関与を期待されるべきではない」とも話した。

そりゃね、大統領が明言し共同声明にも「尖閣諸島を含む日本の施政下の土地」は安保条約第5条の対象だと明示したことは、それだけで他国からの侵略へのけっこうな抑止力になります。これまでに繰り返された国務長官、国防長官レベルの談話よりは抑止力になる。その意味ではよかった。でもそれだけです。

だいたい日米安保条約第5条にはこう書いてある。

「各締結国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するよう行動する」

つまりは、まずは尖閣をめぐって攻撃されても、まずは「自国の憲法上の規定及び手続きに従って行動する」わけ。武力行使なんて、ここには明記されていない。

でもってこれ、「施政下」というのがじつはキモでね、「日本の領土」じゃないのよ。オバマは「尖閣諸島がどちらに属しているかに関してはアメリカは立場を明確にしない」と言って、「尖閣」とともに中国名の「釣魚島」の名前も言ってるのね。で、尖閣はいまは日本の実効支配下にあるけど、いったん中国が奪い取ったらこれは中国の施政下に入って、安保5条の適用される日本の施政下の領域じゃなくなるわけよ。ね? つまり、その時点で安保によって守られることから除外されるわけ。スゴい論理だよね。

そもそもあそこは無人島なんですよ。英語では「rock」と呼ばれるくらいに単なる岩なわけです(ほんとは海洋資源の権利とかあってそうじゃないんですけどね)。シリアやクリミアで軍事介入しなかったアメリカが、無人島奪還のために軍事介入しないでしょう。大義名分、ないでしょう。アメリカ議会、承認しないでしょう。するわけないもん。

だからここまで考えると、日本のメディアが今回の日米首脳会談、TPPはダメだったけど安全保障の上では尖閣の名前を出してもらって「満額回答だ!」「日米同盟の強固さに関して力強いメッセージをアピールできた!」なんて自画自賛してる政府や外務省の思惑どおりの報道をしてるけど、それ、自画自賛じゃなくて我田引水だから。実質的には何の意味もないってこと、わかるでしょ?

だから「尖閣、危ないじゃん、だから集団自衛権、必要なんじゃね?」と思ってるそこのキミ、それ、違うからね。

集団自衛権ってのは、日本が攻撃されていないのに、同盟国が攻撃されたときにそこに(友だちがやられてるのに助けないのはオトコじゃねえ!って言って)自衛隊派遣して、そんでお国のため、というよりも別の国のために、誰かが死ぬかもしれないってことだから。ま、その覚悟があるんならいいけど、そんで、誰か自衛隊員が不幸なことに殺されたら、それはもうそっからとつぜん日本の国の戦争ってことになって、そんで戦争になっちゃうってことだから。で、日本国が攻撃されるかもしれないってことだから、その覚悟、できてる? ていうか、それって、憲法、解釈変更だけでできちゃうの? ウソでしょうよ、ねえ。

そゆこと。

もいっかい言うよ、集団自衛権と尖閣は関係ない。なんか、オバマ訪日の安倍政権の物言いではまるでそうみたいだったけど、尖閣と関係するのは安保条約。集団自衛権は、その見返りとして日本が別の戦争に加わること。

でさ、その「別の戦争」だけど、友だちを助けないのはオトコじゃねえ、と反射的に思う前に、その喧嘩の仲裁に入るのがオトコでしょう、って思ってよ。そっちのほうが百倍難しい。それをやるのがオトコでしょうが。

というわけで、今回、アメリカの妥協を引き出せなかったTPPのほうが具体的な現実世界ではずっと大事なんです。私昔からTPP反対ですけど。

April 17, 2014

オバマ訪日に漕ぎ着けたものの

昨年のハドソン研究所での安倍さんの「軍国主義者と呼びたきゃ呼んで」発言から靖国参拝、さらにはNHK籾井会長や経営委員の百田・長谷川発言まで、あれほど敏感に反応してうるさかった欧米メディアの日本監視・警戒網が、この2〜3カ月ぱったりと静かなことに気づいていますか?

なにより安倍さん自身が河野談話の見直しはないと国会で明言してみせたりと、これまでの右翼発言を封印した。とにかくこれらはすべて来週のオバマ来日がキャンセルになったら一大事だからなんですね。

これにはずいぶんと外務省が頑張ったようです。岸田外相以下幹部が何度もオバマ政権に接触し、米国の顔を潰すようなことはもうしないと説明した。この間の板挟み状態の取り繕いは涙ものの苦労だったようです。そういえば岸田さんは最近では自民党でさっぱり影の薄いハト派、宏池会ですからね。そこには使命感に近いものもあったのではないでしょうか。

そうして一日滞在だったのが一泊になり、次に二泊になって宮中晩餐会へのご出席を願う国賓扱いにまで漕ぎ着けた。ふつうは向こうが国賓にしてほしいと願うものなのに、今度は日本政府からオバマさんにお願いしたのです。もっともそれでもミッシェル夫人は同伴させませんが。

そこで現在の注目点はいったい23日の何時に日本に到着するのかということです。夕方なら翌日の首脳会談の前に安倍さんがぜひ夕食会に招きたい。ところがオバマさんはいまのところ安倍さんと仲の好いところを見せてもあまり国益がなさそうです。なにせTPPの交渉がどうまとまるのか(17日になった現在もまだ)わからない。ウクライナ情勢が緊迫していてそこで安倍さんと食事しているのも得策ではない。なので直前までワシントンで仕事をして日本入りは23日深夜かもしれない。そうすると日本訪問は実質的に最初の計画どおり24日の一日だけという感じ。二泊するから日本のメンツは立て、実質一日だから米議会にも申し訳が立つ。

そこで安倍さん、今年に入って米国のご機嫌伺いに集団自衛権にやけに前のめりですし、先日はリニア新幹線の技術を無償で米国に提供するとまで約束する構えになりました。ものすごいお土産外交です。

ところが米国にとっても都合の良い集団自衛権はすでに織り込み済みで新味がない。極論を言えば、そういう事態にならないようにすることこそが重要なわけで、集団自衛権を使うような有事になったらそっちのほうが米国にとってはやばい。しかも集団自衛権が日本国内で盛り上がることでむしろ集団自衛権を発動しなければならないような状況を刺激するかもしれない。つまりは自国の戦争には協力させたいが日本が起こす紛争に巻き込まれるのはまったくもって困る、というわけなのです。それは米国の国益には反するのです。だから集団自衛権なんてものは、喫緊の議題としてはオバマさんにはむしろ、どっちでもいい、くらいなところに置いておいた方が得なわけです。

で、ならばとばかりにリニア新幹線です。普通は、大もとの技術は特許関連もあるので日本が押さえる、でもインフラや部品は無償で供与する、というのが筋です。しかしそれが逆。じっさい、無償で技術提供を行って引き換えに車両やシステムをたくさん買ってもらった方が得ということもあるでしょう。

でも、ご存じのようにアメリカは鉄道の国というよりは自動車やコミューター飛行機の国です。全米鉄道網というような大規模なものならともかく、いまのところリニアは可能性としてもワシントンDC、ニューヨーク、ボストンといった東部地域のみの感じで、そこら辺は厳密に損得勘定を計算してのもの、というより、大雑把にまあここで恩を売っとけば見返りもあるんじゃないかなあ、というような感じの判断だったなんじゃないでしょうか。しかもワシントンーボルティモア間の総工費の半額の5千億円ほどを国際協力銀行を通じて融資するという大盤振る舞いなんですよ。軸足はやはり「お土産」に置いていると言ってよい。

いかに靖国で損ねたご機嫌を取り繕いたいと言っても、これって安倍さんの大嫌いな屈辱外交、土下座外交、自虐ナントカではないですか?

というわけでオバマさんの訪日、どこが注目点かというと、23日の何時に到着するかということと、翌24日の共同声明でオバマさんが安倍さんの横でどんな表情を見せるか、ということです。満面の笑みか、控えめな笑顔か。宮中晩餐会は平和主義者の天皇のお招きですから満面の笑顔でしょうが、さて、安倍さんとはどういう顔を見せるのでしょうね。

March 29, 2014

48年間の無為

48年という歳月を思うとき、私は48年前の自分の年齢を思い出してそれからの月日のことを考えます。若い人なら自分の年齢の何倍かを数えるでしょう。

いわゆる「袴田事件」の死刑囚袴田巌さんの再審が決まり、48年ぶりに釈放されました。あのネルソン・マンデラだって収監されていたのは27年です。放送を終えるタモリの長寿番組「笑っていいとも」が始まったのは32年前でした。

48年間も死刑囚が刑を執行されずにいたというのはつまり、死刑を執行したらまずいということをじつは誰もが知っていたということではないでしょうか? なぜなら自白調書全45通のうち44通までを裁判所は「強制的・威圧的な影響下での取調べによるもの」などとして任意性を認めず証拠から排除しているのです。残るただ1通の自白調書で死刑判決?

また、犯行時の着衣は当初はパジャマとされていましたが、犯行から1年後に味噌樽の中から「発見」された5点の着衣はその「自白」ではまったく触れられていず、サイズも小さすぎて袴田さんには着られないものでした。サイズ違いはタグにあったアルファベットが、サイズではなく色指定のものだったのを証拠捏造者が間違ったせいだと見られています。

いずれにしてもその付着血痕が袴田さんのものでも被害者たちのものでもないことがDNA鑑定で判明し、静岡地裁は「捏造の疑い」とまで言い切ったのでした。

ところがその再審決定の今の今まで、権力の誤りを立ち上がって正そうとした者は権力の内部には誰ひとりとしていなかった。それが48年の「無為」につながったのです。(1審の陪席判事だった熊本典道は、ひとり無罪を主張したものの叶わず、半年後に判事を辞して弁護士に転身しました。そして判決から39年目の2007年に当時の「合議の秘密」を破って有罪に至った旨を明らかにし、袴田さんの支援運動に参加しました。ところが権力の内部にとどまった人たちに、熊本氏の後を追う者はいなかったのです)

こうした経緯を考えるとき、私はホロコースト裁判で「命令に従っただけ」と無罪を主張したアドルフ・アイヒマンのことを思い出します。数百万のユダヤ人を絶滅収容所に送り込んだ責任者は極悪非道な大悪人ではなく、思考を停止した単なる小役人だった。ハンナ・アーレントはこれを「悪の凡庸さ」と呼びました。

目の前で法や枠組みを越えた絶対の非道や不合理が進行しているとき、非力な個人は立ち上がる勇気もなく歯車であることにしがみつく。義を見てせざる勇なきを、しょうがないこととして甘受する。そうしている間に世間はとんでもない悪を生み出してしまうのです。その責任はいったいどこに求めればよいのでしょう?

ナチスドイツに対抗したアメリカは、この「悪の凡庸さ」に「ヒーロー文化」をぶつけました。非力な個人でもヒーローになれると鼓舞し、それこそが社会を「無為の悪」から善に転じさせるものだと教育しているのです。

こうして内部告発は奨励されベトナム戦争ではペンタゴンペーパーのダニエル・エルスバーグが生まれ、やがてはNSA告発のエドワード・スノーデンも登場しました。一方でエレン・ブロコビッチは企業を告発し、ハーヴィー・ミルクは立ち上がり、ジェイソン・ボーンはCIAの不法に気づいてひとり対抗するのです。

対して日本は、ひとり法を超越した「命のビザ」を書き続けた杉原千畝を「日本国を代表もしていない一役人が、こんな重大な決断をするなどもっての外であり、組織として絶対に許せない」として外務省を依願退職させ、「日本外務省にはSEMPO SUGIHARAという外交官は過去においても現在においても存在しない」と回答し続けた。彼が再び「存在」し直したのは2000年、当時の河野洋平外相の顕彰演説で日本政府による公式の名誉回復がなされたときだったのでした。すでに千畝没後14年、外務省免官から53年目のことでした。

それは袴田さんの名誉が回復される途中である、今回の「48年」とあまりに近い数字です。

February 23, 2014

拡大する日本監視網

浅田真央選手のフリーでの復活は目を見張りました。ショートでの失敗があったからなおさらというのではなく、それ自体がじつに優雅で力強い演技。NBCの中継で解説をしていたやはり五輪メダリストのジョニー・ウィアーとタラ・リピンスキーは直後に「彼女は勝たないかもしれない。でも、このオリンピックでみんなが憶えているのは真央だと思う」と絶賛していました。前回のコラムで紹介した安藤美姫さんといい、五輪に出場するような一流のアスリートたちはみな国家を越える一流の友情を育んでいるのでしょう。

一方でそのNBCが速報したのが東京五輪組織委員会会長森嘉朗元首相の「あの子は大事な時に必ず転ぶ」発言です。ご丁寧に「総理現職時代から失言癖で有名だった」と紹介された森さんのひどい失言は、じつは浅田選手の部分ではありません。アイスダンスのクリス&キャシー・リード兄妹を指して「2人はアメリカに住んでるんですよ。米国代表として出場する実力がなかったから帰化させて日本の選手団として出している」とも言っているのです。

いやもっとひどいのは次の部分です。「また3月に入りますとパラリンピックがあります。このほうも行けという命令なんです。オリンピックだけ行ってますと会長は健常者の競技だけ行ってて障害者のほうをおろそかにしてると(略)『ああまた27時間以上もかけて行くのかな』と思うとほんとに暗いですね」

日本の政治家はこうして自分しか知らない内輪話をさも得意げに聴衆に披露しては笑いを取ろうとする。それが「公人」としてははなはだ不適格な発言であったとしても、そんな「ぶっちゃけ話」が自分と支持者との距離を縮めて人気を博すのだと信じている。で、森さんの場合はそれが「失言癖」となって久しいのです。

しかしこういう「どうでもいい私語」にゲスが透けるのは品性なのでしょう。そのゲスが「ハーフ」と「障害者」とをネタにドヤ顔の会長職を務めている。27時間かけてパラリンピックに行くのがイヤならば辞めていただいて結構なのですが、日本社会はどうもこういうことでは対応が遅い。

先日のNYタイムズは安倍政権をとうとう「右翼政権」と呼び、憲法解釈の変更による集団自衛権の行使に関して「こういう場合は最高裁が介入して彼の解釈変更を拒絶し、いかなる指導者もその個人的意思で憲法を書き換えることなどできないと明確に宣言すべきだ」と内政干渉みたいなことまで言い出しました。国粋主義者の安倍さんへの国際的な警戒監視網はいまや安倍さん周辺にまで及び、というか周辺まで右翼言辞が拡大して、NHKの籾井会長や作家の百田さんや哲学者という長谷川さんといった経営委員の発言から衛藤首相補佐官の「逆にこっちが失望です」発言や本田内閣官房参与の「アベノミクスは力強い経済でより強力な軍隊を持って中国に対峙できるようにするためだ」発言も逐一欧米メディアが速報するまでになっています。

日本人の発言が、しかも「問題」発言が、これほど欧米メディアで取り上げられ論評され批判されたことはありませんでした。安倍さんはどこまで先を読んでその道を邁進しようとしているのでしょうか? そのすべてはしかし、東アジアにおけるアメリカの強大な軍事力という後ろ盾なくては不可能なことなのです。そしてそのアメリカはいま、日本経済を建て直し、沖縄の基地問題を解決できると踏んでその就任を「待ち望んだ安倍政権を後悔している」と、英フィナンシャルタイムズが指摘している。やれやれ、です。

February 17, 2014

自信喪失時代のオリンピック

安藤美姫さんが日本の報道番組でソチ五輪での女子フィギュア競技の見通しに関して「表彰台を日本人で独占してほしいですね」と振られ、「ほかの国にもいい選手はいるから、いろんな選手にスポットライトを当ててもらえたら」と柔らかく反論したそうです。

五輪取材では私は新聞記者時代の88年、ソウル五輪取材で韓国にいました。いまも憶えていますが、あのころは日本経済もバブル期で自信に溢れていたせいか、日本の報道メディアには「あまりニッポン、ニッポンと国を強調するようなリポートは避けようよ」的な認識が共有されていました。それは当時ですでに24年前になっていた東京オリンピックの時代の発展途上国の「精神」で、「いまや堂々たる先進国の日本だもの、敢えてニッポンと言わずとも個人顕彰で十分だろう」という「余裕」だったのだと思います。

でもその後のバブル崩壊で日本は長い沈滞期を迎えます。するとその間に、就職もままならぬ若者たちの心に自信喪失の穴があくようになり、そこに取って替わるように例の「ぷちナショナリズム」みたいな代替的な擬制の「国家」の「自信」がはまり込んだのです。スポーツ応援に「ニッポン」連呼が盛大に復活したのもこのころです。

知っていますか? 現在の日本では街の書店に軒並み「嫌韓嫌中」本と「日本はこんなにスゴい」的な本が並ぶ愛国コーナーが設けられるようになっているのです。なにせその国の首相は欧米から「プチ」の付かない正真正銘の「ナショナリスト」のお墨付きをもらっているのですから、それに倣う国民が増えても不思議ではありません。だからこそ64年の東京五輪を知らない世代の喪失自信を埋め合わせるように、日本が「国家的自信」を与える「東京オリンピック」を追求し始めたのも当然の帰結だったのでしょう。

そこから冒頭の「表彰台独占」コメントへの距離はありません。さらに首相による羽生結弦選手への「さすが日本男児」電話も、あざといほどに短絡的です。80年代にはあったはずの日本人の、あの言わずもがなの「自信」は、確かにバブルのように消えてしまったよう。まさに「衣食足りて」の謂いです。

そんな中で安藤美姫さんも羽生選手も自信に溢れています。それはやるべきことをやっている人たちの自信でしょうが、同時に海外経験で多くの外国人と接して、その交遊が「日本」という国家を越える人たちのおおらかさのような気がします。そしてその余裕こそが翻って日本を美しく高めるものだと私は思っています。じっさい、安藤さんのやんわりのたしなめもとても素敵なものでしたし、羽生選手の震災に対する思いはそれこそじつに「日本」思いの核心です。

スポーツの祭典は気を抜いているとことほどさように容易に「国家」に絡めとられがちです。だからヒトラーはベルリン五輪をナショナリズムの高揚に利用し、それからほどなくしてユダヤ人迫害の大虐殺に踏み切ることができました。ソチ五輪もまたロシア政府のゲイ弾圧に国際的な黙認を与えることかどうかで議論は続いています。

オリンピックはいつの時代でも活躍する選手たちに「勇気を与えてくれた」「感動をありがとう」と感謝の声をかけたくなります。そして表彰台の彼らや日の丸につい自己同一してしまう。そんなとき、私はいつも歌人枡野浩一さんの短歌を思い出します──「野茂がもし世界のNOMOになろうとも君や私の手柄ではない」

はいはい、わかってはいるんですけどね。

January 20, 2014

逆張りの泥団子

昨年の夏に、来月7日から始まるロシアのソチ五輪ボイコットを呼びかけるハーヴィー・ファイアスティン氏の寄稿がNYタイムズに掲載されたことを紹介しました。プーチン政権による同性愛者弾圧を見過ごして五輪に参加するのは、ユダヤ人弾圧に抗議もせずドイツ五輪に参加した1936年の国際社会と同じ愚行だ、という意見でした。当時、私は、ロシア産品の不買運動もすでに始まっており、五輪を巡るこの攻防は国際的にはさらに大きな動きになるはずだと書きました。

果たして予想は当たり、国際社会はその後、米英仏独や欧州連合(EU)などの首脳が相次いで開会式への欠席を表明して、ソチ五輪は国際的にはロシアの人権弾圧に抗議を示す異例の事態下での開会となります。

そんなときに日本の安倍首相が、「北方領土の日」に重なるとして一旦は「欠席」だった開会式に一転、出席する意向を示しました。日本はいちおう西側社会の一員ですが、欧米と逆を行くこの対応は何なのでしょう。

「日ロ関係全体を底上げし、北方領土問題の議論に前向きな結果をもたらすことを期待」と外相が代わって意味づけをしましたが、プーチンさんとの首脳会談も日程的に難しいそうです。それでも開会式に出席すれば北方領土問題でロシアに貸しを作れると思っているなら、それはナイーブに過ぎます。それより何よりロシアの例の同性愛者迫害の一件はどうスルーするのでしょうか?

日本社会では性的少数者の人権保障はいまだ大きな政治課題に育っていないのは確かです。しかし性的少数者の人権保障はいまや先進民主主義国の重要な政治傾向。それを無視して、あるいは知らない振りをしてシレッと開会式に出る。こういうのを何と言うのでしたっけ? 「逆張り」?

そこで思い出すのは昨年12月10日のマンデラさんの葬儀です。アパルトヘイトという史上最大級の差別への反省から、自身で作った南アの新たな憲法で世界で初めて同性愛者などの性的少数者への差別をも禁止したこの偉人の弔問外交の場には、世界の首脳140人が一堂に会しました。それにも安倍首相は欠席した。その3日後に東京で開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)特別首脳会議のため、というのが公式理由でした。

でもここまで来ると安倍さんは仲間はずれ、つま弾きになりそうなところには行きたくない、歓迎されるところにしか行きたくないのだと疑ってしまいます。いろいろ文句を言ってくる欧米はメンツを潰されるので嫌いなのだと。

私は日本が国際社会で「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている」国家であるという「名誉ある地位を占めたいと思」っています。でもここまで「逆張り」が続くと国際社会の動向の「読み違い」が原因というより読もうという努力をハナからしていない、いやむしろ確信犯的に「逆」を張ってどこまで「持論」を通せるか反応を試しているようにさえ思えます。その持論である「美しい国」には国際社会からの評価は必要ないのでしょうか。

国際社会に媚びろと言うのではありません。積極的平和主義だろうが何だろうが、政治も外交も一にも二にも正確な状況分析がすべての土台だということです。それなのに日本はいま、世界の情報を日本語だけで勝手にこねくり回して勝手に解釈している。伝言ゲームよろしくまったく違った牽強付会の泥団子をめでているのです。その泥団子はまずいどころか本来は食べる物ですらないというのに。

私はオバマさんの4月の来日が不安です。

January 14, 2014

爬虫類の脳

ディック・メッカーフ Dick Metcalf(67)という米国の銃器評論家の第一人者がいます。有名雑誌に連載を持ち、テレビでも自身の番組を持って最新銃器のレビューを行う大ベテラン。イェールやコーネル大学で歴史を教えてもいるその彼が昨年11月以降メディアから姿を消しました。なぜか? その経緯が新年早々のNYタイムズで記事になっていました。

40万購読者を誇る「Guns & Ammo(銃&弾薬)」という雑誌のコラムで10月末、彼が「Let's Talk Limits」というタイトルの下、「銃規制」を呼びかけたことが原因でした。とはいえ書いたことは「憲法で保障されている権利はすべて何らかの形で規制されている。過去もそうだった。そしてそれは必要なことなのである」ということだけ。つまり銃の所持権に関しても同じだろうということで、べつに声高に銃規制を叫んだわけでもありません。彼はそもそも銃所持権支持者なのですから。

ところがこれが掲載されるや抗議のメールが編集部に殺到し、あっという間に読者が大挙して定期購読をキャンセル。ネットでは大バッシングが始まり、長年のスポンサーだった銃器メーカーは支援を中止、出演していたテレビも打ち切りとなりました。そして彼は根城だった保守論壇から完全に干されたのです。

もちろん銃規制という国を二分するセンシティブな問題のせいもありましょう。でも注目したいのはこの間髪入れぬ激昂の反応です。ここには有無を言わせぬ敵愾心だけがあります。人間の知性と理性はどこに行ってしまったのか?

人間の脳は何百万年もかけて原始的な脳から層を重ね、いまの大脳皮質まで辿り着きました。原始的で凶暴な反応は上層の大脳皮質にまで行き着くことで理性的になり知性的に発展します。その最深部の最も原初的な層はR領域と呼ばれます。Rとはレプタイル(reptile, 爬虫類)のこと、つまり相手が近づくと誰彼なくとにかく反射的に噛み付いてみるヘビやワニなどの脳のことです。そういう爬虫類脳同然の反応……。

ことはアメリカに限りません。イギリスでは昨年夏、新しい10ポンド紙幣に女性の肖像画(ジェイン・オースティン)を採用するよう運動していたフェミニスト女性がツイッター上でレイプする、殺すと脅され、それを報道した女性ジャーナリストまでが脅迫された事件が起こりました。犯人2人には今月24日に判決が下ります。ナイジェリアでは反ゲイ法が成立発効して有無を言わさず待ち構えていたように100人以上のゲイ男性たちが逮捕されるという事態が起きています。翻って日本であっても、ツイッターで例えば例の安倍の靖国参拝を批判すると猛然とすぐに噛み付いてくる匿名の見知らぬ安倍崇拝者たちがいます。噛み付き口汚く罵り気勢を上げてはまたどこかに消える。これらはみんな同じタイプの人間たちです。こちらで丁寧に対応しても聞く耳など持ちません。

かつては発言するということはその言葉が実社会で他人からの批判や反論の摩擦を受けるということでした。ところがインターネットの一般化で摩擦を受けずに自分の言葉を直接そのまま発信できるようになった。それは権力を手にしたかのような幻想を与えます。1人評論家ごっこもできるし、切磋琢磨を経ない石のままの言葉を投げつける独善主義にもなれる。

ひとつ引用しましょう。たとえば私にツイッターで一方的に絡んできた彼は、私のことを「ジャーナリスト様」と揶揄しながらこう書いて溜飲を下げていました。「インテリを自称する連中は、知性が高くても精神的に成熟している訳ではなくむしろ未成熟。自分は何でも知っていて絶対に正しいと思い込み自分の理解できないものをくだらないと否定し、自分を理解しない人間を愚かだと見下す」

これもその彼に限ったことではありません。すべての噛み付き性向の者たちはまるでどこかで示し合わせてでもいるかのようにほぼこの「引きずり下ろし」とも呼ぶべきパタンを踏襲しています。なぜかわからないが自分よりもエラそうに社会的に発言している者たちへの攻撃パタンです。ここで図らずも白状するかのように記してしまっている、「愚かだと見下」されていると自分のことを妄想する被害者意識と劣等感。それらを起爆剤として彼らは自爆テロのように爆発するのです。

それは知性に敵対する行為です。そう考えて思い当たるのは、文化大革命やカンボジアのポルポトで、まず根絶やしにされたのが知識層だったという史実です。スターリニズムもそうでしたし、アメリカの赤狩りでも同じことが起こりました。権力側が彼ら反対勢力の知的抵抗を怖れたからというのもあったでしょうが、それよりもそれは一部大衆による、知識層への恨みにも似た劣等感とその反動が推進力でした。それらのドキュメンタリー映像に映る激昂する人々の顔は知識層への恐ろしいほどの憎悪と敵意に満ちています。本当は丁寧な知性は大衆の敵ではなく味方であったはずなのに。

知性は勉強ができるできないとは関係ありません。知性とは本来エリート主義とは無縁です。知性とは人々すべての善き人生のための問いかけと答えの運動のことなのです。なのに鼻持ちならない一部エリートたちへの嫌気から彼らと知性とを混同し、知性を蔑み敵対し夜郎自大になる──それがポピュリズムを煽る日本のネトウヨ(ネット右翼)や米国の「ティーパーティー」の、そしてその層を利用している日本の安倍政権や米共和党右派の、爬虫類的な大いなる禍いなのです。

世界で共通するこの反知性主義。「反」くらいな感じでは済まないほどの根拠のない怨念めいた憎悪が渦巻く日本のネット社会。知性フォビア。知性憎悪症。ポピュリズムというのはもともとは反エリート主義の大衆政治のことでしたが、その基盤となった大衆知がいつのまにか本当の知性に置き換わって知性を攻撃しだす。中途半端な知識人への嫌悪が知性を矮小化しその生き方と価値とを憎み倒すようになる。そうして鬱憤を晴らして、しかし彼らはどこに行くのでしょうか?

劣等感というものは、どう転んでも個人的鬱憤の次元から出るものではありません。どう鬱憤を晴らしてもそこから先はないのです。そこから先を作るのは劣等感ではなく知性です。もう一度言います。それは勉強ができるとかできないとかじゃなくて、現在を批評的に捉えて次のより自由な次元へと飛翔するための気真面目な問いかけの運動のことなのです。

ペンは剣よりも物理的には強いはずがありません。ペンが剣より強いのは人間の知性がそういう社会を志向するときだけです。そして反知性主義は、そういう社会を志向しません。剣がペンよりも強い世界、それは微笑みよりも噛み付く牙がすべてである爬虫類の世界です。

December 29, 2013

I am disappointed

クリスマスも終わってあとはのんべんだらりと年を越そうと思っていたのに、よいお年を──と書く前に驚かされました。安倍首相の靖国参拝自体にではなく、それに対して米国ばかりかヨーロッパ諸国およびEU、さらにはロシアまで、あろうことかあの反ユダヤ監視団体サイモン・ウィーゼル・センターまでもが、あっという間にしかも実に辛辣に一斉大批判したことに驚かされたのです。

中韓の反発はわかります。しかし英語圏もがその話題でもちきりになりました。靖国神社が世界でそんなに問題視されていることは、日本語だけではわからないですが外国に住んでいるとビシビシ刺さってきます。今回はさらにEUとロシアが加わっていることもとても重要な新たなフェイズと認識していたほうがよいでしょう。

こんなことは7年前の小泉参拝のときには起きませんでした。何が違うかと言うと、小泉さんについては誰も彼が国粋主義者だなんて思ってはいなかった。でも安倍首相には欧米ではすでにれっきとした軍国右翼のレッテルが張られていました。だって、3カ月前にわざわざアメリカにまで来て「私を右翼の軍国主義者だと呼びたいなら呼べばいい」と大見得を切った人です(9/25ハドソン研究所)。それがジョークとしては通じない国でです。そのせいです。

例によって安倍首相は26日の参拝直後に記者団に対し「靖国参拝はいわゆる戦犯を崇拝する行為だという誤解に基づく批判がある」と語ったとされますが、いったいいつまでこの「誤解」弁明を繰り返すのでしょう。特定秘密保護法への反発も「誤解」に基づくもの、武器輸出三原則に抵触する韓国への弾薬供与への批判も「誤解」、集団的自衛権の解釈変更に対する反対も「誤解」、この分じゃ自民党の憲法改変草案への反発もきっと私たちの「誤解」のせいにされるでしょう。これだけ「誤解」が多いのは、「誤解」される自分の方の根本のところが間違っているのかもしれない、という疑義が生まれても良さそうなもんですが、彼の頭にはそういう回路(など)の切れている便利な脳が入っているらしい。

果たしてニューヨークタイムズはじめ欧米主要紙の見出しは「国家主義者の首相が戦争神社 war shrine」を参拝した、というものでした。それは戦後体制への挑戦、歴史修正主義に見える。ドイツの新聞は、メルケル首相が同じことをしたら政治生命はあっという間に終わると書いてありました。英フィナンシャルタイムズは安倍首相がついに経済から「右翼の大義」の実現に焦点を移したと断言しました。

問題はアメリカです。クリスマス休暇中のオバマ政権だったにもかかわらず、参拝後わずか3時間(しかもアメリカ本土は真夜中から未明です。ケリー国務長官も叩き起こされたのでしょうか?)で出された米大使館声明(翌日に国務省声明に格上げされました)は、まるで親や先生や上司が子供や生徒や部下をきつく叱責する文言でした。だいたい「I am disappointed in you(きみには失望した)」と言われたら、言われたほうは真っ青になります。公式の外交文書でそういう文面だったら尚更です。

アメリカ大使館の声明の英文原文を読んでみましょう(ちなみに、米大使館サイトに参考で掲載されている声明の日本語訳はあまり日本語としてよくなくて意味がわかりづらくなっています)。

声明は3つの段落に分かれています。前述したようにこれはアメリカで人を叱りつけるときの定型句です。最初にがつんとやる。でも次にどうすれば打開できるかを示唆する。そして最後にきみの良いところはちゃんとわかっているよと救いを残しておく。この3段落テキストはまったくそれと同じパタンです。

第一段落:
Japan is a valued ally and friend. Nevertheless, the United States is disappointed that Japan's leadership has taken an action that will exacerbate tensions with Japan's neighbors.
日本は大切な同盟国であり、友好国である。しかし、日本の指導者が近隣諸国との関係を悪化させる行動を取ったことに、米国は失望している。

これは親友に裏切られてガッカリだ、ということです。失望、disappointedというのはかなりきつい英語です。
というか、すごく見下した英語です。ふつう、こんなことを友だちや恋人に言われたらヤバいです。もっと直截的にはここを受け身形にしないで、You disappointed me, つまり Japan's leadership disappointed the United States, とでもやられたらさらに真っ青になる表現ですが。ま、外交テキストとしてはよほどのことがない限りそんな文体は使わないでしょうね

ちなみに国連決議での最上級は condemn(非難する)という単語を使いますが、それが同盟国相手の決議文に出てくると安保理ではさすがにどの大国も拒否権を行使します。で、議長声明という無難なところに落ち着く。

第二段落;
The United States hopes that both Japan and its neighbors will find constructive ways to deal with sensitive issues from the past, to improve their relations, and to promote cooperation in advancing our shared goals of regional peace and stability.
米国は、日本と近隣諸国が共に、過去からの微妙な問題に対処し、関係を改善し、地域の平和と安定という我々の共通目標を前進させるための協力を推進する、建設的方策を見いだすよう希望する。

これはその事態を打開するために必要な措置を示唆しています。とにかく仲良くやれ、と。そのイニシアティブを自分たちで取れ、ということです。「日本と近隣諸国がともに」、という主語を2つにしたのは苦心の現れです。日本だけを悪者にしてはいない、という、これもアメリカの親たちが子供だけを責めるのではなくて責任を分担して自分で解決を求めるときの常套語法です。

そして第三段落;
We take note of the Prime Minister’s expression of remorse for the past and his reaffirmation of Japan's commitment to peace.
我々は、首相が過去に関する反省を表明し、日本の平和への決意を再確認したことに留意する。

これもあまりに叱っても立つ瀬がないだろうから、とにかくなんでもいいからよい部分を指摘してやろうという、とてもアメリカ的な言い回しです。安倍首相が靖国を参拝しながらもそれを「二度と戦争の惨禍によって人々が苦しむことのない時代をつくるという決意を伝えるため」だという意味をそこに付与したことを、われわれはちゃんと気づいているよ、見ているよ、とやった。叱責の言葉にちょいと救いを与えた、そこを忘れるなよ、と付け加えたわけです。

でも、それを言っているのが最後の段落であることにも「留意」しなくてはなりません。英文の構造をわかっている人にはわかると思いますが、メッセージはすべて最初にあります。残りは付け足しです。つまり、メッセージはまぎれもなく「失望した」ということです。

参拝前から用意していたテキストなのか、安倍首相はこの自分の行動について「戦場で散っていった方々のために冥福を祈り、手を合わす。世界共通のリーダーの姿勢だろう」と言い返しました。しかし、世界が問題にしてるのはそこじゃありません。戦場で散った人じゃなく、その人たちを戦場で散らせた人たちに手を合わせることへの批判なのです。これはまずい言い返しの典型です。この論理のすり替え、詭弁は、世界のプロの政治家たちに通用するわけがありません。とするとこれはむしろ、国内の自分の支持層、自分の言うことなら上手く聞いてくれる人たちに「期待される理由付け」を与えただけのことだと考えた方がよいでしょう。その証拠に、彼らは予想どおりこの文脈をそっくり使ってFacebookの在日アメリカ大使館のページに大量の抗議コメントを投げつけて炎上状態にしています。誘導というかちょっとした後押しはこれで成功です。(でも、米大使館のFB炎上って、新聞ネタですよね)

さてアメリカは(リベラルなコミュニティ・オルガナイザーでもあり憲法学者でもあるオバマさんは安倍さんとは個人的にソリが合わないようですが)、しかし日本の長期安定政権を望んでいるのは確かです。それは日本の経済回復やTPP参加で米国に恩恵があるから、集団自衛権のシフトや沖縄駐留で米国の軍事費財政赤字削減に国益があるからです。そこでの日本の国内的な反発や強硬手段による法案成立にはリベラルなオバマ政権は実に気にしてはいるのですが、それは基本的には日本の国内問題です。アメリカとしては成立してもらうに不都合はまったくない。もちろんできれば国民が真にそれを望むようなもっとよい形で、曖昧ではないちゃんとした法案で、解釈ではなくきちんと議論した上で決まるのが望ましいですが、アメリカとしては成立してもらったほうがとりあえずはアメリカの国益に叶うわけです。

しかしそれもあくまで米国と同じ価値観に立った上での話です。ところが、安倍政権はその米国の国益を離れて「戦後リジームからの脱却」を謳い、第二次大戦後の民主主義世界の成り立ちを否定するような憲法改変など「右翼の大義」に軸足を移してきた。

今すべての世界はじつは日本だけではなく、あの第二次世界大戦後の善悪の考え方基本のうえに成立しています。何がよくて何が悪いかを、そうやってみんなで決めたわけで、現在の民主主義世界はそうやって出来上がっているわけです。それが虚構であろうが何であろうが、共同幻想なんてみんなそんなものです。そうやって、その中の悪の筆頭はナチス・ファシズムだと決めた。だから日本でも戦犯なんてものを作り上げて逆の意味で祀りあげたのです。そうしなければここに至らなかったのです。それが「戦後レジーム」です。なのにそれからの「脱却」? 何それ? アメリカだけがこれに喫驚しているのではありません。EUも、あのプーチンのロシアまでがそこを論難した。その文言はまさに「日本の一部勢力は、第2次大戦の結果をめぐり、世界の共通理解に反する評価をしている」(12/26ロシア・ルカシェビッチ情報局長)。安倍首相はここじゃもう「日本の一部勢力」扱いです。

なぜなら、今回の靖国参拝に限ったことではなく、繰り返しますが、すでに安倍首相は歴史修正主義者のレッテルが貼られていた上で、その証左としてかのように靖国参拝を敢行したからです。そうとして見えませんものね。だからこそそれは東アジアの安定にとっての脅威になり、だからこそアメリカは「disappointed」というきつい単語を選んだ。

何をアメリカがエラそうに、と思うでしょうね。私も思います。

でも、アメリカはエラそうなんじゃありません。エラいんです。なぜなら、さっきも言ったように、アメリカは現在の「戦後レジーム」の世界秩序の守護者だからです。主体だからです。そのために金を出し命を差し出してきた。もちろんそれはその上に君臨するアメリカという国に累が及ばないようにするためですし、とんでもなくひどいことを世界中にやってきていますが、とにかくこの「秩序」を頑に守ろうとしているそんな国は他にないですからね。そして曲がりなりにも日本こそがその尻馬に乗ってここまで戦後復興してきたのです。日本にとってもアメリカは溜息が出るくらいエラいんです。それは事実として厳然とある。

それはNYタイムズが26日付けの論説記事を「日本の軍事的冒険は米国の支持があって初めて可能になる」というさりげない恫喝で結んでいることでも明らかです(凄い、というか凄味ビシバシ。ひー)。そういうことなのです。それに取って代わるためには、単なるアナクロなんかでは絶対にできません。そもそもアメリカに取って代わるべきかが問題ですが、独立国として存在するためには、そういうアナクロでないやり方がたくさんあるはずです。

それは何か、真っ当な民主主義の平和国家ですよ。世界に貢献したいなら、それは警察としてではなく、消防士としてです。アナクロなマチズム国家ではない、ジェンダーを越えた消防国家です。そうずっと独りで言い続けているんですけど。

いまアメリカは安倍政権に対する態度の岐路に立っているように見えます。「日本を取り戻す」のその「取り戻す日本」がどんな日本なのか、アメリカにとっての恩恵よりも齟齬が大きくなったとき、さて、エラいアメリカは安倍政権をどうするのでしょうか。

November 07, 2013

ストップ&フリスク

市政監督官のビル・デブラシオ候補が大勝したNY市長選ですが、ブルームバーグ市長の政策を「富裕層優遇」と真っ向から批判してきたことが功を奏したというより、私にはあの高校生の息子ダンテくんの超アフロヘア人気がカギを握っていたと見るのですがミーハーに過ぎるでしょうか?

さてハイラインの建造や歩行者天国の拡大、最近では(これは人気イマイチですが)シティバイクの設置といろいろとアイディアマンだったブルームバーグ市長ですが、確かに振り返れば市の貧困率は21%と過去最高ですし、NY市警による「ストップ&フリスク(通行人を呼び止めての職務質問と身体検索)は人種プロファイリング(人種偏見を基にした思い込みの捜査手法)だとして風当たりが強くなっています。ここら辺で違う風がほしいと思った向きがデブラシオというほとんど無名だった候補へ流れたのでしょう。

ところでこのストップ&フリスク、一般の注目を浴びたのは8月に地方判事が「この施策は憲法に違反する」と判断したのが発端です。警官が「白人だったならば呼び止められなかったであろう黒人やヒスパニックの人々」を日常的に呼び止めており、市警は「間接的な人種プロファイリング施策」に依拠しているとしたのです。

しかしそれが市長選挙直前の10月31日、思いがけぬ展開を見せました。控訴審がストップ&フリスク改革を停止し、警官たちに事実上同手法の継続を容認したのです。

そんな中、19歳の黒人男子大学生トレイヴォン・クリスチャンがこの4月にバーニーズNYで大好きなラッパーがしていたのと同じ350ドルのフェラガモのベルトを購入したところ、店から1ブロックのところで2人の私服警官に呼び止められ、「こんな高いものを買えるはずがない」として手錠を掛けられ、分署で2時間も拘束された件が公になりました。

クリスチャンはIDやレシートを見せたのですが偽造だと相手にされなかったとか。これとは別にやはりバーニーズで21歳の黒人女性が2500ドルのセリーヌのハンドバッグを買って同じような目に遭っていたことも新聞で報じられました。2人ともこれを人種偏見の違法行為として市警とバーニーズを訴えてニュースになったのです。

これは犯罪を起こす以前の予防的警戒と言えます。五番街やマディソン街などの高級地区から危なそうな人物を職質してその場から立ち去らせる。人種差別、人種偏見を基に予防的に犯罪可能性に対応する。この施策を支持したブルームバーグ市長は犯罪率の明らかな低下を支持の理由に挙げていました。

なるほどそうかもしれません。そしてこれはよく考えれば9.11以降にブッシュ政権が国際法を無視して行ってきた、そしてオバマ政権もそれを継承している対テロの予防戦争、予防的先制攻撃の思想と同じです。そうしてブッシュはアフガニスタンやイラクやパキスタンのアルカイダを叩き、オバマは怪しい者を証拠や訴追もなくグアンタナモ刑務所に予防的に拘禁している。いまそれから10年以上経って、その考え方がアメリカの一般社会にまで降りてき始めている。富裕層およびそれを取り巻く権力システムが、既得権益を守るために犯罪も成立していないうちから犯罪の憶測、見込みを取り締まる。黒人だ、ヒスパニックだということだけで高級ショッピングエリアから排除する。これはまさに予防的先制攻撃でしょう。

テロは起きてからでは遅いから事前に叩く──この考えが認められるなら犯罪にだって同じじゃないか、そういうことです。ビッグデータを駆使する対テロ予防の監視システムを認めるなら、それを人種プロファイリングという犯罪予防措置に敷衍して何が悪い、ということです。正当防衛の先取り理論。「悪は、危ないことをしてしまった後ではもう遅い。何かをしでかす前の芽の時点で摘み取るべし」なのです。

10年以上前にトム・クルーズ主演の「マイノリティリポート」というSF映画がありました。まさにこの予防的治安維持捜査の物語でした。原作はフィリップ・K・ディックの1956年の小説です。

翻って日本でさえも特定秘密保護法といい予防的治安維持といい、こないだまでSFの中だけだったものがどんどん現実になっています。一流のSF作家の予見の的確さに感心すると同時に、彼らが怖れたものを私達もまた十分に怖れているのか、私達の感性が試されているような気がします。

October 18, 2013

敗者は誰か?

連邦政府の閉鎖と債務不履行危機はけっきょく16日のギリギリのところで一時的ながらも決着を見ました。いったいあの騒ぎは何だったのでしょう?──オバマ大統領は法案署名後の深夜の演説で「ここに勝者はいない」と言いましたが、敗者はいました。誰か? それは国際的な信用を失ったアメリカそのものです。政府閉鎖期間中の経済損失は230億ドルとも言われています。

いや、国際的な顰蹙を買うもととなったのは何一つ言い分も通せずに妥協するしかなかった共和党だから、共和党こそが敗者ではないか、と言う人もいます。

暫定予算を人質に取っての彼らの要求はとにもかくにも医療保険制度改革(オバマケア)の廃止でした。手を替え品を替えしてやってきたオバマケア阻止行動の、これは43回目の試みでした。もちろん今回で43回目の失敗です。

オバマは折れる素振りさえまったく見せませんでした。完全無視をしたのです。そりゃそうでしょう、ここで妥協してオバマケア開始延期でもしたなら、その延期期限のときには次は「廃止だ」と要求がエスカレートするに決まっているからです。日本では元NHKの日高義樹や産経の古森のオジチャマやらが「オバマは指導力を失った」と我田引水、牽強付会の売文で露出していますが、いったい何をどう見ればそういう解釈が出来るのか私にはまったくわかりません。

だって、ぜんぜん折れないオバマを前に、じゃあせめて避妊医療の保険適用は外せないか? と言ってきたのは共和党です。もちろんノー。じゃ医療機器への課税廃止は? そんなのもダメ。ドサクサに紛れて石油掘削事業の再開や環境保護法の規制緩和やキーストーン石油パイプラインの建設再開の承認まで要求してきましたが、そんなのももちろん全部突っぱねられました。いやはや完敗です。

じつは共和党はベイナーが下院議長になってから1度も自分たちの重要法案を成立させたためしがありません。ティーパーティーの新人議員たちの威勢の良さに引きずられるだけで何一つまとめられないのです。「指導力を失った」という言葉はこのベイナーのためにある。普通の頭ならばそういう読解をします。共和党の完敗はベイナーの完敗なのです。

ではそのおおもとの敗因である茶会の一派はどうかというと、この人たち、自分たちが負けたとは思っていないのです。なぜか? なぜなら彼らはこの「大騒ぎ」の「オバマいじめ」で来年の選挙もまた勝てると確信したからです。政治家は選挙に勝てればいいのですから。

茶会の関係者たちは「オバマ憎し」「オバマケアこそが大問題」なのであって、アメリカの連邦制度がどうなろうが、デフォルトで世界経済がどうなろうが関係ないのです。そもそも連邦政府なんて必要ない、世界のことはどうでもいい「小さな政府」論者たち、あるいは「大きなこと」が考えられない人たちです。「茶会の女王」ミッシェル・バックマン(下院議員)なんか政府閉鎖でも「これこそが私たちの見たかったこと。こんな幸せなことはない」と言い放ったほどです。

この人たちの選挙区はレッドステート(共和党が優勢の州)の中でもさらに真っ赤な選挙区。そこの有権者たちはすっかり茶会の主張である「オバマケアは悪魔の政策でアメリカの自助の精神を破壊し、個人の健康のことにまで口出ししてくる社会主義の悪法だ」を信じているわけです。

ところで彼らに現在の医療格差をどうこうする解決策はありません。茶会は基本的に「アンチ」の党派で、アンチ以外の建設的な対案があるわけじゃないからです。ある意味、対案がないから熱狂できる。なぜなら、対案があったらそこでまたいろいろ考えなくちゃならなくなる。そうすると単純に熱狂しているだけでは済まなくなるからです。そういう面倒なものはない方が熱くなりやすい。そういうもんです。

で、茶会政治家にとっては11月の中間選挙本番より、じつは来年早々本格化する共和党予備選挙が重要です。そこで党候補になれればさっきも書いたようにその真っ赤な選挙区では民主党候補には楽勝できるのですから。しかも茶会スポンサーには全米4位の金持ちのコッチ兄弟や同7位のラスベガス賭博王エイデルソンが控えているのを忘れてはいけません。

この3氏、彼らだけで私財は計9兆円といわれています。日本の一般会計予算の10%に相当する大金です。こうしたことを背景に、去年の予備選では茶会の全面支援を受けた新人が穏健派の現職上院議員を蹴落として共和党候補になるという現象が起きました。これは衝撃でした。

私はこの選挙の傾向はジョージ・W・ブッシュの時の選挙に遡ると思っています。2000年のブッシュ対ゴアのときです。あのときに、副大統領のゴアを大統領にさせないために、ブッシュは、というよりブッシュ陣営の選挙参謀カール・ローブは「ゴアは同性婚や中絶にも理解を示す社会主義者だ」「このままではアメリカが壊されてしまう」と大々的に宣伝し、これまで選挙になんか行かなかった宗教的にとても敬虔な、キリスト教保守派の人々を投票に行くよう焚き付けたのです。そうやって400万人の新たな保守投票者を獲得した。これはブッシュに投票する人が1割増えたという計算です。

その宗教的な保守派の人々が一旦そうやって政治的な力に味をしめると、そこから茶会の波が起きるわけです。田舎の人たち、教会しか娯楽がないような人たち、自分の土地のことが人生の最重要な課題である人たち。それはどの国にもいる生活者です。ただそれが宗教と、それもものすごく狂信的な巨大チャーチと結びつき、そこにアメリカ的な、発言するのが美徳という精神文化が加わると、これほどに大きな政治勢力になる。茶会とはそうやって生まれてきたのだと私は総括しています。

それから13年、かくして共和党の(というか反オバマの、反民主の)候補者たちはそんな茶会とその大富豪スポンサーの歓心を買うためにどんどん右傾し、共和党は股裂き状態になっています。そしてそんな共和党に付き合いきれない民主党がいます。

アメリカの二極化は政治の機能不全につながっています。それはさらなる国際的信用失墜の敗者への道なのですが、もちろん茶会にはそれがひいてはどう自分たち自身の首を絞めることになるのか、理解する想像力も洞察力もありません。

October 03, 2013

靖国とアーリントンと千鳥ヶ淵と

しかし安倍政権もよほどオバマ政権に嫌われたものです。この前のエントリーでも安倍さんのハドソン研究所講演などにおける米民主党との疎遠ぶりに触れましたが、今度は日米外務・防衛担当閣僚会議に訪日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官が、10月3日のその会議の朝に、わざわざ千鳥ヶ淵の戦没者墓苑を訪れ、献花・黙祷したのです。

米国の大臣が2人そろって日本人戦没者を追悼する──この異例の弔意表敬は何を意味しているのでしょう?

これには伏線がありました。安倍が今年5月の訪米に際して外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」のインタビューでバージニア州にあるアーリントン国立墓地を引き合いに出し「靖国はアーリントンだ」という論理を開陳したのです。

「靖国神社についてはどうぞ、アメリカのアーリントン国立墓地での戦没者への追悼を考えてみてください。アメリカの歴代大統領はみなこの墓地にお参りをします。日本の首相として私も(そこを)訪れ、弔意を表しました。しかしジョージタウン大学のケビン・ドーク教授によれば、アーリントン国立墓地には南北戦争で戦死した南軍将兵の霊も納められているそうです。その墓地にお参りをすることは、それら南軍将兵の霊に弔意を表し、(彼らが守ろうとして戦った)奴隷制を認めることを意味はしないでしょう。私は靖国についても同じことが言えると思います。靖国には自国に奉仕して、命を失った人たちの霊が祀られているのです」

このケビン・ドーク教授のくだりは産經新聞への寄稿からの引用で、産経の古森のオジチャマも「靖国参拝問題で本紙に寄稿したジョージタウン大学のケビン・ドーク教授が『アーリントン墓地には奴隷制を守るために戦った南軍将兵の遺体も埋葬されているが、そこに弔意を表しても奴隷制の礼賛にはならない』と比喩的に指摘したことに触発され、初めて南軍将兵の墓を訪れてみたのだった」とコラム(2006年05月31日 産経新聞 東京朝刊 国際面)で触れているから、おそらくそれを読んでの引き合いだったのでしょう。

例によって古森のオジチャマはフォーリン・アフェアーズ記者への安倍の回答を、自分のコラムを読んでくれていたせいか「なかなか鋭い答えだと思います」と賞賛しています。

ですが今回、日本の首相たちのアーリントン墓地表敬訪問の返礼として、オバマ政権が選んだ場所はその「靖国」ではありませんでした。千鳥ヶ淵だったのです。これはつまり日本で「アーリントン」に相当するのは「靖国ではない」ということを暗に、かつ具体的に示したのです。かなりきつい当てつけです。普通の読解力があれば、これは相当に苦々しいしっぺ返しです。

アメリカとしては、東アジアでキナ臭いことが起きたら大変なのです。にもかかわらず相も変わらず中韓を刺激するようなことばかりする安倍内閣というのは何なのかと呆れている。安倍さんは民主党政権でぐちゃぐちゃになったアメリカとの関係を「取り戻す」と、これも自らの宣伝コピーとともに宣言してきましたが、「取り戻せた」と自賛するほどにはまったく至っていないのは自分でも知っているはず。

同時に千鳥ヶ淵献花はかつての敵国である米国による日本との完全な和解の象徴でもあります。いま敵対している中国や韓国との関係をも、このように敬意を示して和解に持っていけよ、というオバマ政権からのメッセージだと読めなくもありません。

「完全な和解の象徴」と書きましたが、じつはその「完全」にはきっと次があります。それは核廃絶を謳ってノーベル平和賞を受賞したオバマさんが広島に行くことです。

米国はイランや北朝鮮の核開発を認めるわけにはいきません。テロリストに核爆弾が渡るのも流血を厭わず阻止し続ける。その強硬一本の姿勢とともに、彼はヒロシマ献花という平和の象徴的なメッセージを世界に振りまく戦略を考えているのではないか。

折りも折り、日本の大使には「叔父(エドワード・ケネディ)とともに1978年に広島に訪れて深く影響を受けた」と承認のための上院公聴会でわざわざ話したキャロライン・ケネディがまもなく赴任します。大統領の広島記念式典への出席には米国内でいろいろと異論も多いのですが、天下の「ケネディ」とともに出席すればその批判も出にくくなるでしょう。

来年の8月、あるいは選挙もない任期最後の2015年8月に、私は今回のケリーとヘーゲルのように2人並んで広島で献花するオバマとケネディの姿が目に見えるような気がするのですが、ま、そんな先のこと、今から確定するはずもありませんけどね。

September 27, 2013

アベノミス

NY訪問を終える安倍首相のフェイスブックのページに「安倍政権の目指す方向を世界に発信できた有意義な出張でした」と書き込まれていました。「発信」といっても報じたのは日本のメディアで、アメリカではほとんど触れられていませんでしたが。

「発信」は今回、ハドソン研究所、ウォールストリートの証券取引所、そして国連総会での3つの演説でした。この中にオバマ政権との接触はありませんでした。

ハドソン研究所というのは限定核戦争を肯定したり核戦争下での民間防衛のあり方を論じたりしたタカ派の軍事理論家ハーマン・カーンの創設したシンクタンクです。もちろんここは共和党と親和性が高い。ちなみにこのカーンさん、あの名高い映画『博士の奇妙な愛情』の主人公ドクター・ストレンジラヴのモデルなんです。

もっとも、ここでの講演は安倍さんがそのカーンの名を冠した賞を授与された記念講演でした。同賞歴代受賞者はレーガンやキッシンジャー、そして前副大統領のチェイニーらほぼ共和党系。そんなところで「私を右翼の軍国主義者と呼びたければ呼んでください」とやればもちろんそれは受けるでしょう。けれど東アジアの、特に日中の緊張関係にヒヤヒヤしているオバマ政権はどう思うでしょう。それでなくとも安倍さんを「右翼の国粋主義者」として距離を置いているオバマ民主党です。中国を意識して言い返したつもりの先の決め言葉は、彼らには当てこすりと聞こえたに違いありません。

そして証券取引所でのスピーチでした。私はこれにも「おや?」と思いました。安倍さん、出だしで「ウォール街──この名前を聞くとマイケル・ダグラス演じるゴードン・ゲッコーを思い出す」とやったんですね。

この映画、オリバー・ストーンが監督で徹底してウォール街の嘘とごまかしと裏切りとインサイダー取引とマネーゲームのひどさとを描いたものです。そしてゲッコーこそがウォール街を具現する悪役なのです。それを思い出すと言うとは、安倍さんは金融マンたちを目の前にして皮肉をかましたんでしょうか?

彼はまだ続けます。「今日は皆さんに、日本がもう一度儲かる国になる、23年の時を経てゴードンが金融界にカムバックしたように『Japan is back』だということをお話しするためにやってきました」。そして「ゴードン・ゲッコー風に申し上げれば、世界経済回復のためには3語で十分です。『Buy my Abenomics』」と……。

映画の続編で、慕ってくる青年にゲッコーが「Buy my book」つまりオレの本を買えばわかると言ったことに引っ掛けたわけですが、ゲッコーはその続編でも手痛いしっぺ返しを食らうのです。その文脈に沿えば、アベノミクスはしっぺ返しを食らう運命にあるってことの隠喩でしょ? これって自虐ジョークじゃないですか?

終始ヤンキーズやイチローやバレンティンや寿司の話などアメリカ人の好きそうなエピソード満載のスピーチで、安倍さんはとても得意げだったのですが、私は逆に微妙な違和感を持ちました。演説の〆で、この演説の悪ノリの印象は決定的になりました。

安倍さんは五輪開催を決めた日本に触れます。そこでヤンキーズのリベラ投手のテーマ曲を持ち出し(リベラはこの演説の翌日が引退試合でした)「日本は再び7年後に向けて大いなる高揚感の中にあります。それはヤンキースタジアムにメタリカの『Enter Sandman』が鳴り響くがごとくです」とやったんです。

でもこのヘビメタ曲、敵チームに対し、リベラが出てきたから「もうお前たちは眠りにつくしかない」と敗戦を言い渡す歌なんですよ。サンドマンというのはまさにその「眠りの精」こととなんですから。東京五輪に来る人たちに「さあ、おまえらはこれからやっつけられるんだぞ」と言うのは、それは大変失礼というもんじゃないでしょうか。

巷間なかなか評価の高い安倍さんのスピーチライターは元日経ビジネスの記者だった谷口智彦内閣審議官なのですが、安倍さん、本当にこのメタリカってヘビメタバンド、知ってるんでしょうかね。どこからどこまでが安倍さんのナマの言葉で、どこからどこまでが谷口さんの入れ知恵かはわからないのですが、いずれにしてもその比喩の原義の取り違えと文脈の無視、私には詰めの甘いミスとしか思えなかったのです。

September 26, 2013

ヤンテの掟

オバマ大統領が「アメリカはエクセプショナル(例外的で特別)な存在だ」と発言したことが国際的な波紋を生みました。シリア攻撃を踏みとどまった際の演説内での1節でした。これに対しロシアのプーチン大統領が異議を唱えた。ニューヨークタイムズへの寄稿の中で「理由がどうあれ、自分たちを特別な存在と見なすのは極めて危険」と批判したわけです。相手がロシアとあって共和党のタカ派議員たちは「侮辱的」「吐き気がする」といきり立ち、メディアもそろって大きく反応しました。

プーチンは「他人とは違うと思うのは傲慢」ということを言いたかったんでしょう。でもアメリカって「君は特別だ。君は他の人と違う。だから君には出来るんだ!」と励まして子どもを育てている国です。そうやって国民を鼓舞し、国造りをしてきた。その根本文化を「危険だ」と言われたらカチンと来ますわね。

ところが世界にはそれとは違う方向で国造りをしてきたところもあります。例えばデンマークには、まさにその逆の「自分が特別だと思うな」「他人よりも賢いと自惚れるな」「他人よりも重要人物だと思うな」などという十カ条を列挙した「ヤンテの掟」という教えがあるそうです。1933年に発表された小説に出てくる架空の町「ヤンテ」での掟だそうで、俗に「What-do-you-think-you-are!(自分のことを何様だと思ってるんだ)の掟」と呼ばれているんだとか(笑)。

世界最高水準の社会福祉国家で、国民の所得格差が世界で最も小さいこの国は、医療制度、教育、環境、経済的な豊かさなど百項目以上のデータを基にした「世界幸福地図」で1位になったこともあります。他人を出し抜いて1番になろうと血眼になるよりも、チョボチョボのところでお互い満足しましょうやという哲学というか覚悟なんでしょう。社会民主主義で税金も50%以上取られますし、ここではアメリカのウォールストリートみたいな生き馬の目を抜く狂騒は選択しなかったのでしょうね。さらに進めばそういう民衆の気質は、ソ連や中国などの社会主義独裁体制には最も都合の良いものでもあります。プーチンの発言はそっちのほうから出てきたものかもしれません。

そういえば日本も「最も成功した社会主義国」なんて言われたことがありました。「出る杭は打たれる」というまさに「ヤンテの掟」がある文化です。和を尊ぶ日本人には本来はそういう政治体制が似合っていたのかもしれません。

ただ70年代くらいからでしょうか、日本の映画館で、普通の人間が普通に物語を織りなすヨーロッパ映画がやたら勇ましいアメリカ映画に駆逐されてきたころから、私たちもとにかくヒーロー志向になりました。西部劇でも現代劇でもSFでも、ヒーローが、あるいはヒーローじゃなかった女性(『エイリアン』以降の特徴ですね)」とか老人(『コクーン』がそうでした)までもがヒーローになって活躍する映画ばかりになった。そのころから日本人は、「出ない杭」と「出る杭」のあいだで迷い始め、アメリカに引っ張られながらどっちにしようかの覚悟もなく、結局はその場その場でふらふら立ち位置を変える宙ぶらりんのまま今に到っているのかもしれません。

そんな折りも折り、国連総会でニューヨークにやってきた安倍首相が保守系シンクタンクの講演で「私を右翼の軍国主義者と呼びたいならそう呼んで結構」とヒーローばりに見栄を切りました。この人も「エクセプショナルな存在」であろうとするくせに自分の悪評がよほど気になるらしい。プーチンを無視するオバマとは対照的に、安倍さんの昔からの逆ギレ癖が心配です。何せ必ず言い返さないと気が済まない人。それは自分の自信がないことの現れです。英語ではinsecure と言います。

そういやこの人、去年12月の新幹線で、JR職員がある老人のために押さえていた席に座っちゃって老人からたしなめられても席を譲らず、「だから謝ってるんじゃないですか!」と逆ギレして狸寝入りを続けたってこともありました。いやはや。

September 03, 2013

孫子の兵法

シリアの首都ダマスカス近郊で毒ガス兵器による死者が1429人も出て(うち426人が子供だとケリー国務長官は言っています)、これを見逃すことは国際社会としてタブーである化学兵器、ひいてはイランや北朝鮮の核兵器開発をも見逃すという誤ったメッセージになる──これがオバマ大統領がシリア政府を攻撃しようとしている理由です。

もちろんこれ以上の一般市民の犠牲を防ぐという人道的な背景もありましょう。ですが国際的な軍事モラルとバランスの維持というのがアメリカにとっての第一の国益なのです。ええ、その「モラル」も「バランス」もアメリカにとっての、というのが国益の国益たる所以ですが、毒ガス兵器がむやみにテロリストやマフィアや犯罪組織に渡ったりするのは確かにまずい。

なのでシリアは(懲罰的にも、国際的な見せしめとして)叩かねばならない、というのが米政権の論理です。ところがアラブの春以来のこの2年半でシリアは内戦状態になり、しかも情勢は政府vs反政府勢力という単純な構図ではなくなっています。日本人ジャーナリストの山本美香さんも昨年8月、そんな混乱の中で政府軍に射殺されました。

反政府勢力の中にも民主化を求める市民勢力やアルカイダ系のイスラム原理主義集団、ジハード主義集団などが入り乱れていて、さらにそこにイランやロシアといった政府支援国、レバノンのヒズボラの参戦やトルコ、イスラエルといった敵対隣国の事情も絡み、国際社会もどう手をつけてよいかわからないのが現状です。

例えばオバマがトマホークを射ち込んで、シリア政府はどうするでしょう。シリアはロシアから地対空ミサイル防衛システムももらっています。報復としてアメリカではなくその同盟国のイスラエルにロシア製のスカッドミサイルを射ち込むということは大いに考えられます。その場合、それがまた化学兵器だったらそこから大変な戦端が開かれる恐れもあります。それを合図にレバノンもまたイスラエルを攻撃するでしょう。イスラエルはすでにそれに備えて「アイアン・ドーム」と呼ばれる防空システムを配備しています。アサド政権の後ろに控えるイランやロシアも黙ってはいないでしょう。アメリカではいま、サイバー・パールハーバー(コンピュータ戦争における真珠湾攻撃)も懸念されています。1週間前にニューヨークタイムズのサイトがハッキングされたのもシリア関連の攻撃だと言われているのです。なにより、個人の持ち込む兵器によるアメリカ本土でのテロも怖い。そんなことになる前にまずロシアと米国の反目が激化します。ロシアが動けばアメリカのソチ五輪ボイコットという事態もあるでしょう。

そしてそれらは、さらに先の、「ひいての」アメリカの国益につながるのだろうか?

その問題がオバマが今回の軍事介入をあくまで「限定的なもの」で「アサド政権の打倒を目指すものではない」として、慎重である理由です。トマホークを射ち込んでも次にどうなるのかが見えない。この軍事介入には「Bad ひどい」か「Worse よりひどい」か「Horrible とんでもなくひどい」の3つの選択肢しかないと言われる理由です。進むも地獄、進まぬも地獄……。

そこでオバマ政権の国防安保チームが知恵を絞ったのが今回の「軍事介入に当たって議会の承認を求める」でした。もちろん前週に英国議会がキャメロン内閣の軍事介入方針を否決した影響もあります。ただこれでオバマは、ブッシュのように猪突猛進はしないと宣言できました。なにせイラクもアフガンもリビアも、米国が軍事介入してうまく行った例はベトナム以降皆無なのですから、ノーベル平和賞受賞者としては1人で勝手にミサイルは射てません。でもこれで軍事介入の責任を議会にも分散させられる。リベラルの大統領としてはアリバイができる。

しかしその一方で東地中海のシリア沖に展開している5隻の駆逐艦、400基以上のトマホークはいまも待機状態で、いつ何時でも有事の際には攻撃できるようになっています。声明でも「司令官から常時報告を受けている。攻撃はいつでも可能。攻撃は一刻を争うもの(タイムセンシティヴ)ではなく、明日でも来週でも1カ月後でも有効だ」と断言しています。議会承認を求めると言う前にオバマがまずは「私は軍事介入を決心した」と明言したことも忘れてはいけません。

これはシリア政府に向けた恫喝です。アメリカの大統領は議会の承認を経ずに宣戦布告して60日間の軍事行動をとれます。つまり、議会の承認を求めるとは言ったものの、シリア政府軍に何か新たに不穏な動きがある際は火急の対応として攻撃できるんだ、とシリア側に宣告しているわけです。

これではシリア軍はなにもできません。いまシリアの司令本部や通信施設は攻撃を予測して移動し仮の状態です。兵器や部隊も分散させてシリア軍はいま本来の力を出せません。それが続く。つまり攻撃しないでも、軍事行動をとったに似た効果をもたらしている。これは孫子の兵法でいう「戦わずして人の兵を屈するは善の善」です。

もっともそれもかりそめのものです。9日以降の議会の承認審議は大揉めに揉めるでしょう。米国民の世論だって軍事介入にはもう乗り気ではない。もちろん介入が否決されてもオバマ大統領は次のシリアの出方でそれはまた変えることはできます。結局はやはり軍事介入、ということになる可能性も高い。シリア国内でも、アメリカの介入を求める人々が多く存在します。介入を求めない人々も多くいます。国際的にも賛否は真っ二つです。なにもしないでよいのかという人道的な憤りも加わって、アサド政権の非道さへの批判は高まる一方です。

しかし結局軍事介入することになっても、「その後」がわからないのはそのときも変わらないのです。そんなことも考えずに、アメリカよりも先に「アサド退陣」を求め、アメリカ国民よりも先に「アメリカ支持」方針を早々と打ち出してしまっている日本の安倍政権の不見識を、とても恥ずかしく思います。

July 24, 2013

ロシアの反ゲイ弾圧

ニューヨークタイムズ22日付けに、ハーヴィー・ファイアスティンの寄稿が掲載されました。
プーチンのロシアの反LGBT政策を非難して、行動を起こさずにあと半年後のソチ冬季五輪に参加することは、世界各国が1936年のドイツ五輪にヒットラーのユダヤ人政策に反発せずに参加したのと同じ愚挙だと指摘しています。

http://www.nytimes.com/2013/07/22/opinion/russias-anti-gay-crackdown.html?smid=fb-share&_r=0

以下、全文を翻訳しておきます。

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Russia’s Anti-Gay Crackdown
ロシアの反ゲイ弾圧
By HARVEY FIERSTEIN
ハーヴィー・ファイアスティン

Published: July 21, 2013


RUSSIA’S president, Vladimir V. Putin, has declared war on homosexuals. So far, the world has mostly been silent.
ロシアの大統領ウラジミル・プーチンが同性愛者たちに対する戦争を宣言した。いまのところ、世界はほとんどが沈黙している。

On July 3, Mr. Putin signed a law banning the adoption of Russian-born children not only to gay couples but also to any couple or single parent living in any country where marriage equality exists in any form.
7月3日、プーチン氏はロシアで生まれた子供たちを、ゲイ・カップルばかりか形式がどうであろうととにかく結婚の平等権が存在する【訳注:同性カップルでも結婚できる】国のいかなるカップルにも、または親になりたい個人にも、養子に出すことを禁ずる法律に署名した。

A few days earlier, just six months before Russia hosts the 2014 Winter Games, Mr. Putin signed a law allowing police officers to arrest tourists and foreign nationals they suspect of being homosexual, lesbian or “pro-gay” and detain them for up to 14 days. Contrary to what the International Olympic Committee says, the law could mean that any Olympic athlete, trainer, reporter, family member or fan who is gay — or suspected of being gay, or just accused of being gay — can go to jail.
その数日前には、それはロシアが2014年冬季オリンピックを主催するちょうど半年前に当たる日だったが、プーチン氏は警察官が同性愛者、レズビアンあるいは「親ゲイ」と彼らが疑う観光客や外国国籍の者を逮捕でき、最長14日間拘束できるとする法律にも署名した。国際オリンピック委員会が言っていることとは逆に、この法律はゲイである──あるいはゲイと疑われたり、単にゲイだと名指しされたりした──いかなるオリンピック選手やトレイナーや報道記者や同行家族やファンたちもまた監獄に行く可能性があるということだ。

Earlier in June, Mr. Putin signed yet another antigay bill, classifying “homosexual propaganda” as pornography. The law is broad and vague, so that any teacher who tells students that homosexuality is not evil, any parents who tell their child that homosexuality is normal, or anyone who makes pro-gay statements deemed accessible to someone underage is now subject to arrest and fines. Even a judge, lawyer or lawmaker cannot publicly argue for tolerance without the threat of punishment.
それより先の6月、プーチン氏はさらに別の反ゲイ法にも署名した。「同性愛の普及活動(homosexual propaganda)」をポルノと同じように分類する法律だ。この法は範囲が広く曖昧なので、生徒たちに同性愛は邪悪なことではないと話す先生たち、自分の子供に同性愛は普通のことだと伝える親たち、あるいはゲイへの支持を伝える表現を未成年の誰かに届くと思われる方法や場所で行った者たちなら誰でもが、いまや逮捕と罰金の対象になったのである。判事や弁護士や議会議員でさえも、処罰される怖れなくそれらへの寛容をおおやけに議論することさえできない。

Finally, it is rumored that Mr. Putin is about to sign an edict that would remove children from their own families if the parents are either gay or lesbian or suspected of being gay or lesbian. The police would have the authority to remove children from adoptive homes as well as from their own biological parents.
あろうことか、プーチン氏は親がゲイやレズビアンだったりもしくはそうと疑われる場合にもその子供を彼ら自身の家族から引き離すようにする大統領令に署名するという話もあるのだ。その場合、警察は子供たちをその産みの親からと同じく、養子先の家族からも引き離すことのできる権限を持つことになる。

Not surprisingly, some gay and lesbian families are already beginning to plan their escapes from Russia.
すでにいくつかのゲイやレズビアンの家族がロシアから逃れることを計画し始めているというのも驚くことではない。

Why is Mr. Putin so determined to criminalize homosexuality? He has defended his actions by saying that the Russian birthrate is diminishing and that Russian families as a whole are in danger of decline. That may be. But if that is truly his concern, he should be embracing gay and lesbian couples who, in my world, are breeding like proverbial bunnies. These days I rarely meet a gay couple who aren’t raising children.
なぜにプーチン氏はかくも決然と同性愛を犯罪化しているのだろうか? 自らの行動を彼は、ロシアの出生率が低下していてロシアの家族そのものが衰退しているからだと言って弁護している。そうかもしれない。しかしそれが本当に彼の心配事であるなら、彼はゲイやレズビアンのカップルをもっと大事に扱うべきなのだ。なぜなら、私に言わせれば彼らはまるでことわざにあるウサギたちのように子沢山なのだから。このところ、子供を育てていないゲイ・カップルを私はほとんど見たことがない。

And if Mr. Putin thinks he is protecting heterosexual marriage by denying us the same unions, he hasn’t kept up with the research. Studies from San Diego State University compared homosexual civil unions and heterosexual marriages in Vermont and found that the same-sex relationships demonstrate higher levels of satisfaction, sexual fulfillment and happiness. (Vermont legalized same-sex marriages in 2009, after the study was completed.)
それにもしプーチン氏が私たちの同種の結びつきを否定することで異性婚を守っているのだと思っているのなら、彼は研究結果というものを見ていないのだ。州立サンディエゴ大学の研究ではヴァーモント州での同性愛者たちのシヴィル・ユニオンと異性愛者たちの結婚を比較して同性間の絆のほうが満足感や性的充足感、幸福感においてより高い度合いを示した。(ヴァーモントはこの研究がなされた後の2009年に同性婚を合法化している)

Mr. Putin also says that his adoption ban was enacted to protect children from pedophiles. Once again the research does not support the homophobic rhetoric. About 90 percent of pedophiles are heterosexual men.
プーチン氏はまた彼の養子禁止法は小児性愛者から子供たちを守るために施行されると言っている。ここでも研究結果は彼のホモフォビックな言辞を支持していない。小児性愛者の約90%は異性愛の男性なのだ。

Mr. Putin’s true motives lie elsewhere. Historically this kind of scapegoating is used by politicians to solidify their bases and draw attention away from their failing policies, and no doubt this is what’s happening in Russia. Counting on the natural backlash against the success of marriage equality around the world and recruiting support from conservative religious organizations, Mr. Putin has sallied forth into this battle, figuring that the only opposition he will face will come from the left, his favorite boogeyman.
プーチン氏の本当の動機は他のところにある。歴史的に、この種のスケープゴートは政治家たちによって自分たちの基盤を固めるために、そして自分たちの失敗しつつある政策から目を逸らすために用いられる。ロシアで起きていることもまさに疑いなくこれなのだ。世界中で成功している結婚の平等に対する自然な大衆の反感に頼り、保守的な宗教組織からの支持を獲得するために、プーチン氏はこの戦場に反撃に出た。ゆいいつ直面する反対は、彼の大好きな大衆の敵、左派からのものだけだろうと踏んで。

Mr. Putin’s campaign against lesbian, gay and bisexual people is one of distraction, a strategy of demonizing a minority for political gain taken straight from the Nazi playbook. Can we allow this war against human rights to go unanswered? Although Mr. Putin may think he can control his creation, history proves he cannot: his condemnations are permission to commit violence against gays and lesbians. Last week a young gay man was murdered in the city of Volgograd. He was beaten, his body violated with beer bottles, his clothing set on fire, his head crushed with a rock. This is most likely just the beginning.
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルの人々に対するプーチン氏の敵対運動は政治的失敗から注意を逸らすためのそれであり、政治的利得のためにナチの作戦本からそのまま採ってきた少数者の魔女狩り戦略なのだ。私たちは人権に対するこの戦争に関してなにも答えないままでいてよいのだろうか? プーチン氏は自らの創造物は自分でコントロールできると考えているかもしれないが、歴史はそれが間違いであることを証明している。彼の非難宣告はゲイやレズビアンたちへの暴力の容認となる。先週、州都ヴォルゴグラードで1人の若いゲイ男性が殺された。彼は殴打され、ビール瓶で犯され、衣服には火がつけられ、頭部は岩でつぶされていた。これは単なる始まりでしかないと思われる。

Nevertheless, the rest of the world remains almost completely ignorant of Mr. Putin’s agenda. His adoption restrictions have received some attention, but it has been largely limited to people involved in international adoptions.
にもかかわらず、そのほかの世界はほとんど完全にこのプーチン氏の政治的意図に関して無関心のままだ。彼の養子制限はいくらか関心を引いたが、それもだいたいは国際養子縁組に関係している人々に限られている。

This must change. With Russia about to hold the Winter Games in Sochi, the country is open to pressure. American and world leaders must speak out against Mr. Putin’s attacks and the violence they foster. The Olympic Committee must demand the retraction of these laws under threat of boycott.
この状況は変わらねばならない。ロシアはいまソチで冬季オリンピックを開催しようとしている。つまりこの国は国際圧力にさらされているのだ。アメリカや世界の指導者たちはプーチン氏の攻撃と彼らの抱く暴力とにはっきりと反対を唱えなければならない。オリンピック委員会は五輪ボイコットを掲げてこれらの法律の撤回を求めなければならない。

In 1936 the world attended the Olympics in Germany. Few participants said a word about Hitler’s campaign against the Jews. Supporters of that decision point proudly to the triumph of Jesse Owens, while I point with dread to the Holocaust and world war. There is a price for tolerating intolerance.
1936年、世界はドイツでのオリンピックに参加した。ユダヤ人に対するヒトラーの敵対運動に関して何か発言した人はわずかしかいなかった。参加決定を支持する人たちは誇らしげにジェシー・オーウェンズ【訳注:ベルリン五輪で陸上四冠を達成した黒人選手】の勝利のことを言挙げするが、私は恐怖とともにそれに続くホロコーストと世界大戦のことを問題にしたい。不寛容に対して寛容であれば、その代償はいつか払うことになる。

Harvey Fierstein is an actor and playwright.
ハーヴィー・ファイアスティんは俳優であり劇作家。

July 21, 2013

まずは撃て!

トレイボン・マーティン君殺害事件でのジマーマン被告無罪評決は、いまから21年前のハロウィーン前にルイジアナ州バトンルージュで起きた交換留学生服部剛丈君殺害事件の、ロドニー・ピアース被告無罪評決を思い出させました。

あの公判で辣腕と言われた被告弁護人アングルズビーは殺された服部君を身振り手振りを交えて「(ハロウィーンパーティー用の白いスーツという)奇妙な格好で自宅敷地に侵入し、かつヘラヘラと手を振り上げながら被告の近くへと向かってくる不気味な他人」として描写しました。「おまけにその手にはなにか黒い武器のようなものが握られていたのです(携帯電話でした)」「そんなならあなただって発砲していたでしょう?」と。そうして家の戸口に立った身長185cmの大柄な被告が身長170cmにも満たない体重60kgの小柄な少年を、あのダーティーハリーの44口径マグナムで撃つことが「正当防衛」となったのです。

トレイボン・マーティン裁判はこれよりも簡単でした。21年前にはなかった新たな「正当防衛」法が今回のフロリダ州を含む全米30州以上で制定されていて、「正当防衛」を立証するのにそんなに面倒な論理が必要なくなっていたのです。

その新法は「スタンド・ユア・グラウンド(Stand Your Ground)」法といいます。「自分の拠って立つ土地を固守せよ/一歩も退くな」という意味の、自分の権利を自分で守る西部開拓時代の勇ましいモットーをその名に戴いた法律で、「不正な脅威が迫っているという正当な確信があれば人は自己防衛のための当然の力を行使してもよい」というものです。そこに必要なのは「自分が脅威だと感じた」という「正しい確信」であり、これまで問われていた「差し迫った脅威だったか?」「脅威に対して退避行動を取ったか?」「過剰防衛ではないか?」などの要件をクリアする必要はありません。

これは、「犯罪者」に対する「被害者」の断固たる対決姿勢を保障することで犯罪そのものを減らそうというものなのですが、一方でこの法律が「Shoot First(まずは撃て)」法と呼ばれるように、何が何でもとにかく相手を撃ってから正当防衛を主張するケースが急増しているのです。そして多くの場合、撃った側が「脅威を感じた正当防衛」と主張すれば、撃たれた相手は死んでしまっていてそれに反論すらできないわけです。

事実、フロリダ州でこのStand Your Ground法が成立してから、「正当防衛」を主張する殺人事件はそれまでの3倍にも増えました。

今回の裁判でも陪審団は、トレイボン君が撃たれた瞬間にジマーマン被告に「馬乗り体勢になっていた」という検視結果などからジマーマン被告の「確信」した「脅威」を認めたのだろうと思われます。「脅威」があれば発砲も「正当防衛」であり、彼を有罪にはできません。なぜならそういう法律なのですから。

身長170cm、体重84kgの当時28歳の自称自警団員の被告が、身長は180cmながら体重は72kgしかない痩せた17歳の丸腰の黒人少年を「怪しいと思って」尾行し、自ら誰何し、そして結果的に取っ組み合いになって発砲したその経緯は、裁判ではほとんど問題とはならなかったのです。そこに人種偏見に基づくプロファイリングは存在しなかったのか、自称自警団というジマーマン被告のヒーロー気取りの独りよがりの正義感がそもそもの発端だったのではないかという問題は、被告弁護人の裁判戦略によってことごとく「関係のないもの」とされ、ただただジマーマン被告の行為が「スタンド・ユア・グラウンド」法に叶っているかどうか、だけが争われることになったのです。

この法律の制定を全米で推進しているのはあの全米ライフル協会(NRA)と、全米で企業に有利な立法や法改正を推し進める秘密主義の右翼団体「アメリカ立法交流評議会(ALEC)」です。そういえば服部君裁判でもNRAが被告の無罪を応援していましたっけ。

そこにあるのは「もっと銃を持とう! それで犯罪を減らそう!」という、例の、旧態依然のアメリカの西部劇精神です。そしてそんな銃の使用の正当性をめぐる争いのかまびすしさに、1人の少年の死の不当性という根源的な問題が、また無視されたのです。

June 15, 2013

ビッグブラザー

国家安全保障局(NSA)の国民監視システムの存在を暴露したエドワード・スノーデン(29)は愛国のヒーローかそれとも国家版逆の犯罪者か──オバマ自身が08年の大統領選挙のときに政府の腐敗を正す内部告発を「勇気と愛国心の行動」と話してもいて、あなたはどう思います?

ちょっと複雑な違いもあります。内部告発者とは「不正・不法を告発する人」です。ところがスノーデンの告発したことが政府の不正・不法なのかは微妙です。ベトナム戦争のときにダニエル・エルズバーグが漏洩した有名な「ペンタゴンペーパー」というのがあります。あのときは政府が議会や国民に嘘をついて戦争を準備した。その不正の経緯を証明する文書は立派に公開の根拠があった。でも今回の監視活動にはいちおう秘密裁判所の許可が出ていました。

オバマは電話の盗聴などしていないとも弁明しています。「封筒の外側を見ているだけ」と例える政府高官もいます。ところがスーザン・ランドーというサイバーセキュリティの専門家は、通話の内容そのものよりもそうしたメタデータ(具体的なデータではなくそれらを統括する、1つ次元が上のデータ)の方がはるかに多くの事実を明らかにできると言います。

彼女の説明はこうです。「例えばあなたが乳がんの検査でマンモグラムを受ける。数日後に医者が電話をかけてくる。あなたも医者に電話をかけ、その診察室に行ってそこから家族に電話をかける。何を話しているかその内容を知らなくとも、それは悪い知らせだとわかる」

別の例えもあります。サンマイクロシステムズがオラクルに買収されたときの話です。買収の前の週末、サンのCEOがオラクルのCEOと電話で話す。それで双方がともに顧問に電話をする。さらに担当者に電話をする。短い間にそれが何度も行われる。さて何が起きているか。月曜の朝の正式発表の前に、それが買収話だろうとわかってしまうのです。

今は携帯電話、携帯端末の時代。あなたのいる場所がGPS機能付きのそんな端末で4カ所判明すれば、95%の確率であなたが誰か、どういう人なのかもわかるそうです。盗聴禁止法というのはありますが、それは通話内容の盗聴を禁止するのであって、どこで何時に誰とつながったかという情報を収集することは禁じていないのです。

人間がスパイとしてそういう情報を収集するのをヒューミント(Human Intelligence)といいます。対して、コンピュータネットワークでこういうメタ情報を収集分析するのをシギント(Signal Intelligence)と言います。いまや007の時代じゃない。なにせ人間はカネがかかるし人数も必要だ。でもシギントの方法だとコストは何十分の1で済むのです。

09年に新型インフルエンザが流行した際、グーグルはそれに関連する言葉がどこでどれだけ検索されたかを調べて拡散地域を正確に割り出しました。疾病管理センターが同じ結論を導き出したのはその2週間後でした。昨年の米大統領選挙もNYタイムズの統計分析家ネイト・シルバーが100%の確率で州ごとの勝者を適中させました。これもメタデータ分析でした。もっと身近な例は、アマゾンで買い物したら次には必要なものがお勧め商品としてピックアップされている。これもシギントの一種です。

いまのこのシステムがあったら「9.11も防げたかもしれない」とFBI長官が言っています。それを言われると辛いニューヨーカーの私たち。そんなビッグブラザーの監視社会に私たちはすでに住んでいるのです。

June 10, 2013

テロ戦争の代償

「テロ戦争」の根幹が揺れています。情報こそすべての現代のテロ対策で、オバマ政権で引き継がれているPRISM(プリズム)と呼ばれる秘密の大規模国内監視プログラムが暴かれました。国家安全保障局(NSA)がネットや通信の大手企業中央サーバなどにアクセスして個人データや通話履歴を収集保存しているというのです。まるでオーウェルの「ビッグブラザー」の世界。

オバマは演説では理想主義者で人道主義者です。しかし今現在のことに関してはかなりシビアに対処するようで、理想の未来を語る一方でそのためにいまやれることは徹底してやる。司法手続きを踏まないグァンタナモ刑務所での無期限拘束や尋問もそうです。

今回のPRISMに関してもオバマは「100%の安全と100%のプライバシーと0%の不都合とを同時に手にすることはできない。社会としては何らかの選択をしなくてはならないのだ」として悪びれることがありません。09年のニューヨーク地下鉄爆破テロ計画は電話履歴の捜査によって回避できたというのですから、背に腹は代えられないのは確かなのですが。

多くの民間人犠牲者を出しながらも拡大する一方の無人機(ドローン)攻撃もそうです。

10年前には50機にも満たなかった米軍の無人機は現在、機数だけで言えば7000機と、軍所有の航空機の40%以上を占めるようになりました。米軍がこれまでの無人機攻撃で殺害した人々は主にパキスタン、イエメン、アフガニスタンなどで今年2月時点で計4700人とも言われています。

私はこの無人機が「戦争」の仕方を変えつつあると思っています。スピルバーグが「プライベート・ライアン」で描いたノルマンディ上陸作戦のような、ああいう多大な人命を犠牲にする揚陸強襲作戦というのはもうあり得なくなっています。

どうするかというと、緻密な(あるいは大雑把でもいいから)敵側情報を分析し、最初から最後まで無人機攻撃で叩く。実際の人間を投入するのは最後の最後だけ。味方の人的被害はこれで最小限に抑えられます。

しかしなにしろ1万キロ以上離れたネバダの砂漠の空軍基地からの遠隔操縦です。どういうことが起きるかというと、殺害した4700人のうち、テロ組織の首脳たちは全体の死者のわずか2%でしかないとされています。パキスタンでは3000人ほどが殺されているのですが、最大でうち900人近くがテロとは無関係の一般市民とも言われます。

それだけではありません。味方にだって取り返しの付かない傷が残る。先日、NBCが引退した無人機攻撃の27歳の遠隔操作官のインタビューを放送しました。彼は退任時に「これまであなたの参加した作戦で殺害した人員は推計1626人」という証明書を渡されたそうです。

「アフガニスタンで道を歩く3人の標的に向けてミサイルを2発撃ったことがあった。コンピュータには熱感知映像が映っている。熱い血だまりが広がっていくのが見えた。1人の男は前に行こうとしている。でも右足がなくなっている。彼は倒れ動かなくなる。血が広がり、それは冷えていってやがて地面の温度と同じ色になる」「いまでも目をつぶれば僕にはそのスクリーンの小さなピクセルの一つ一つが見える」「そして、彼らが実際に殺害すべきタリバンのメンバーだったのかどうかは、いまもわからない」「自分に吐き気がするんだ、本当に」

彼はいまPSTDに苛まれています。突発的な怒りの発作、不眠、そして記憶を失うほどの酒浸り。「背に腹は代えられない」と先ほど書きましたが、その結果もまた地獄なのです。